この衝突を仕組んだのは言うまでもなくミアであり、その流れについて作ったのもミアだ。そしてそれに対するミドリ達が作った作戦に関してもミアは知っており、その流れがルートのものと大差ないものだということも把握している。
どうやっても必要な闘争だったが故にこのようなことになってしまっているが、これはこれで都合が良いというのが本音であった。見方によれば裏切り、二重スパイのようなものではあるし、全てを糸引く黒幕とも言えるが、ミアとしては自分の目標さえ達成出来ればそれで良い。
「よし!上手くユウカ達を騙せた!」
「カリン先輩からの狙撃も止まった!ウタハ先輩とヒビキちゃんのおかげだよ!」
セミナーの保管庫への襲撃。
その目論見はセミナーにも当然流されており、C&Cとセミナーはそれなりの前準備をしていた。しかしゲーム開発部にはヴェリタスとエンジニア部が付いており、システム面で負けることはあり得ない。このミレニアムにおいてそれは無法の力である。
いくらC&Cという武力があったとしても、これを覆すというのはなかなかに難しい。現実的ではない。セミナーも優秀な人間の集まりではあるが、彼等はどちらかと言えば執務に秀でた者達。こういった戦闘で役立てる人員というのは限られる。
「後はこの先に待ち受けてるアスナ先輩をどうにかするだけ……だっけ?」
「ミアさんの予想だと、この辺りでアスナ先輩が出て来るんじゃないかってことでしたけど……」
「……まあ、彼女の神出鬼没を考えるに、可能性として高いのではないかと思っただけです。居なければ居ない方が良いので」
「か、勝てるんだよね!?大丈夫だよね!?」
「私が前に出ます。3人であれば確実に勝てる筈です」
「た、頼もしいです!」
「ま、任せたからね!私達だってそんなに戦える訳じゃないんだから!」
決して、それほど難しい内容でも無かった。
このまま一ノ瀬アスナに足止めされ、窮地に陥ったところをアリスに助けられる。それから合流したアリスと共に保管庫へ向かい、そこで鏡を取り戻し、後から遅れてきたネルと対面する。その後にどのようなことがあろうとも、そこまで概ねの流れ通りに進めることが出来れば、それで十分なのだから。
「……ただ、今回はそうなりませんが」
そんな様子を、リオとヒマリは珍しく肩を並べて見守っていた。それはもちろんAL-1Sの性能を確かめるためではなく、今回の騒動について、その行末を見守るために。
「ですがリオ、まさか貴女が本当にこの策に乗ってくるとは思いませんでした。彼女の言うルートについて、貴女はそれなりの理解を示していたと思いますが」
「……否定はしないわ。ただ、確かめる必要があったのよ」
「何を?」
「マキリの立てたルートが、既に完全に破綻している可能性を」
「……!」
「ミアはそれを承知の上で、それでもマキリのルートに拘っている可能性があるわ。それには何の意味もない。だから多少の危険を冒してでも、確かめる必要があったの」
一見、リオと同じように合理的に見えるミアであるが。しかし彼女達の経緯を知っていれば、そこに間違いなく強烈な感情の塊があることは間違いない。そこが自分との決定的な違いだとリオは当初から感じていた。
だからリオは、疑っていた。
故にこれは決してミアを呪縛から解放するためのものではなく、むしろミアに今後も協力するために必要な試しでもあった。同じやり方でも目的が違うのだ。ヒマリとリオでは、いつものように。
「……貴女には後輩への愛情というものがないのですか、相変わらず薄情な女です」
「愛情で世界が救えるのなら一考はするわ」
「救えますよ、愛で世界は救えますとも」
「……本気で言っているの?」
「愛を知らない人間に世界など救えるはずがないでしょう。誰も愛していない人間に、何を救えるというのです」
「……」
だからヒマリは信じている。それがどのような形であろうとも、そこにどのような思惑があったとしても、ミアであれば可能性はあると。
だってそこには確かに愛があって、今はそれが呪縛になってしまっているだけなのだから。正しい形にさえ戻すことが出来れば、きっと……
だから。
「ここは一度負けてください、ミア」
「お、やっと来たね!」
「ったく、随分と遅かったじゃねぇか。待ちくたびれるところだったっての」
「「「………」」」
セミナーの保管庫まであと少し。扉を開けて、そこで待ち伏せされていることに気が付く。
そこまでは想定通り。というより、元より分かっていたことだ。しかもC&Cの一ノ瀬アスナという生徒はその特殊な性質だけでなく、戦闘力という面でも十分過ぎるほどに優秀なのだから。簡単にはいかないことは分かっていたし、ミドリ達だけでなくミアも十分に覚悟を決めて扉を開いた。……それなのに。
「な、なんで……」
「う、嘘、こんなの聞いてないよぅ……」
「………美甘、ネル」
メイド服の上にスカジャンを羽織った、険しい人相と小さな背丈が特徴的な3年生のその生徒。彼女はこのミレニアムにおいてもあまりに有名過ぎる生徒であり、なんならその活躍ぶりはミレニアムの外部でさえ決して無視出来ないものとなっている。
コールサイン"00(ダブルオー)"、C&Cのリーダー。このミレニアムサイエンススクールにおいて間違いなく最強の戦闘力を持ち、勝利の象徴ともされる絶対的強者。
美甘(みかも)ネル、絶対に正面から対峙してはならない存在。出会うことさえしてはいけなかった存在。本来ならばここに居るはずのない存在。
「よお、お前が甘使ミアか。リオから聞いてはいたが……なるほど、こりゃ面白そうだ。アスナ、そっちの双子頼む」
「おっけー!こっちは任せといて!」
「……ミアさん」
「ど、どどっ、どうしよう!?逃げる!?っていうか逃げられる!?まだ間に合う!?」
「間に合う訳がありません」
「そ、そうだよねぇ!?」
出会ってさえいけないのは、出会ってしまえば逃げることも出来ないからだ。相手はそういう人物であり、複数人で叩けばどうにかなる相手でもない。
空崎ヒナに勝てるのか。
剣先ツルギに勝てるのか。
美甘ネルに勝てるのか。
どれなら現実的かと問われれば、甲乙付け難く全部アウトである。これはそういうレベルの話だ。だからそうなるともう、ミアの取れる行動は実質1つしか無くなる。
最早現状でルートは破綻したのだから、せめて元のものに近付けるためには、手段などそれしかなく……
「ミドリ様、モモイ様。申し訳ありませんが、後はお任せします」
「え、ええ!?どうする気!?」
「ダブルオーは私1人で相手します。なんとか時間を稼ぎますので、どうかその隙に」
「む、無茶です!いくら何でもそんなの!」
「無茶でも何でもやるしかありません。やれるやれないではなく、やるしかないのです。どうかご理解を」
「へえ?良いこと言うじゃねぇか。そうだよなぁ、やれるやれないじゃねぇ、やるしかねぇんだ。ほら、お前らも腹括れ」
「ミ、ミアが死んじゃう!!殺しちゃダメー!!」
「流石に殺されることはないと思いますが」
「わかんないじゃん!うっかり死んじゃうかもしれないじゃん!こう、ポクっと!」
「お姉ちゃん!お姉ちゃんの方が酷いこと言ってるよ!」
やんややんやと相変わらずの調子の2人は、まあこのままでもいいのかもしれない。きっと任せておいても、モモイが引っ張っていってくれるだろう。
彼女さえ居れば、きっと他の生徒達も纏ってくれる。彼女にはそういう力がある。だから安心して任せられる。それがここ最近の生活で何となく分かった、確認出来た。
「ぃよっし!!ほら退いてろ双子ども!あたし等はあっち行くぞ!」
「ぐっ!?……後はお願いします!モモイ様!」
「わ、わたしぃ!?なんでぇ!?」
先生が居ないこと、先生の指揮がないこと、それによる受けることが出来たはずの恩恵。それは自分の考えている以上に強大なものであったと、廃墟での一件で理解出来た。
モモイとミドリのたった2人でG.bibleの元まで辿り着けた先生と、ヒマリのサポート+エイミという実力者揃いの面子でも苦戦した自分。その大き過ぎる差は、どうやっても無視出来るものではない。
だから、ミドリとモモイの2人がルートの通りにアスナ相手に時間が稼げるかどうかについて、正直なところ自信はない。
(完全に準備不足ですね……)
油断していた。
ネルがこのタイミングで来ることなど想定していなかったし、元より来ない筈だった。何処で間違えたのか、何を間違えたのか、これは許容出来る範囲のミスなのか……
「…………オラァっ!!」
「くっ!?」
その小柄な身体から繰り出されたとは思えないような強烈な膝蹴りによって吹き飛ばされ、ミアの身体は扉を突き破って隣の部屋へと転がっていく。
それでも、当然のように更なる追撃を仕掛けてきたネルに対し、ミアは転がる自分の衣服を縫うように、銃口のみを露出させてショットガンをぶっ放した。
至近距離からの強烈な一撃。
意識外からの凶悪なカウンター。
しかしダメージは、これまた当然に……軽微。
「ハハッ、良い顔してんな」
「……確かに私は油断と軽率さ故にミスを犯しましたが、ここで貴女に勝つことが出来れば何の問題もありません。まだ取り返しがつく以上、諦めることなどあり得ない」
「アタシ相手にそこまで言った奴は久しぶりだ、楽しくなってきた」
攻撃は当たる。
近接戦闘も反応は出来る。
どうしようもない程ではない。
ミアはアビドスでの戦闘の際に、自分がこのショットガンを殆ど使わないことに関する指摘を多くされていたことを覚えている。そして目の前の相手は、この銃無しで勝てるほど甘い相手ではないと子供でも分かる。
自分の全身全霊を以て挑む。
そうしなければ話にもならない。
「オラオラオラァ!!」
「くっ……!」
「アハハッ!いいぞいいぞ!お前みたいな大馬鹿野郎は大好きだ!」
いつものように、小楯は自身の顔面を守るためだけ。浴びせられる銃弾の雨霰に正面から対抗し、こちらがダメージを受けると同時に、相手にも確実にダメージを与えていく。
というより、壁を蹴り、飛び上がり、上下左右に縦横無尽に飛び回りながら二丁のサブマシンガンを叩き込んでくるネルに対し、機動力に乏しいミアが出来る手段が元よりそれしかなかった。
真正面からのダメージレース。
タフさと頑丈さであれば、ミアだって負けていない。
「オラ!速度上げんぞ!」
「っ……!?」
「気張れ気張れ!目を凝らさねぇと当たんねぇぞ!」
更に移動速度が上がり、ミアの被弾数は上がるのに、ネルに対するダメージは少なくなっていく。まだ余力があったのか。というより、これでさえも息一つ切らしていないのだから、全くの余裕であるということ。
こっちだってダメージは与えていて、確かにそれはネルの機動力を削っている筈なのに……どれだけ足に銃弾を受けたところで、美甘ネルの動きが鈍ることは一切無い。身体に当てても苦悶の表情さえ見せない。どころかむしろ、動きは益々速度を増していく。
「な、ぜ……攻撃は確実に当てている筈……」
「ハハッ!戦う相手を間違えたな!!」
「っ、誰も貴女を指名などしていませんが……!」
「尻尾巻いて逃げなかった時点でお前の選択だ!」
包囲網から抜け出し、自身の背中を壁に付けてネルの移動可能範囲を制限する。これはこちらの逃げ場も半減するも同義であるが、元よりこちらに回避の手段など殆どない。ならばそれを捨てるのは特段マイナスにはならない。
「オラオラ来いよ!こんな豆鉄砲いくら当てようがダメージになんねぇぞ!」
「いいえ、それは虚偽です」
「っ、アァ?」
「貴女はそれほど防御力には秀でてはいない。少なくともミネ様やホシノ様ほどではない。貴女は優勢を気取っていながら、実のところ攻めあぐねている」
「……ハハッ、言うじゃねぇか」
「粉砕っ!!!」
「っ!?」
「何も散弾が銃だけとは思わないことです!この世の全てが脅威となり得ることを私は知っている……!」
地面を蹴り付ける。
ただそれだけの行動が、ミアほどの筋力を持つようになれば瓦礫による散弾となる。それも銃弾ほどのダメージは与えられなくとも、大小様々な回避困難の厄介なものに。
言ってしまえば砂や小石を投げ付けると同義のような行動ではあるものの、だからこそ面倒なものである。そういったものが目や鼻に入るようなことがあれば、ネルほどの実力者であっても嫌でも動きを止めざるを得なくなる。
「テメェ!近距離戦が得意なんじゃねぇのかよ!」
「自分以上に得意な相手に正面から挑む訳もないでしょう!」
そして分かっている。
近距離戦闘において美甘ネルは無敵と言ってしまっても良い程の無類の強さを持っており、故に最初からその選択肢は捨てていた。なにせ中距離戦闘であれば、結局のところ彼女には攻撃手段などサブマシンガンしか無いのだから。
「……確かにテメェの言う通り、距離ってのは大事だ。攻め難いってのはマジだし、1年にしては妙に強ぇ」
「どうも」
「けどなぁ?アタシが今更"距離"程度の問題抱えたまんまにしてると思ってんのか?」
「っ」
「1年坊が調子に乗り過ぎたなぁ!」
「ぐぅっ!?」
全く予想していなかった箇所から、ミアの後頭部めがけて瓦礫の塊が叩き付けられる。不意の攻撃、一瞬意識がフラつく。咄嗟に唇を噛み締めて立て直すが、その僅かな一瞬の隙を見逃す美甘ネルではない。
「オラァ!!!」
「っカハッ!?!?!?」
首元目掛けての足刀、吹き飛ばされた直後に投げ付けられた片銃。
(手錠に取り付けられた鎖……!さっきのはこれで……)
美甘ネルの両腕には、長い鎖が取り付けられている。何故そんなものが取り付けられているのかと問われれば非常時に便利だからと言うのだろうが、しかしそれは当然ながら戦闘にも利用される。そしてミアはそのような情報を持っていなかった。
手錠の片方を銃に取り付け、投げ付ける。そうして隙を晒した敵を捕まえ、引き寄せる。これもまたネルの常套手段であった。
「オラオラオラァ!!」
「ぐ、ぁあっ……!?」
誰にでも分かる。
美甘ネルを前に鎖で囚われてしまえば、どうなるのか。
サブマシンガンによる徹底攻撃、それだけであればまだ優しい。鉄拳足刀による滅多撃ち、しかもその一撃一撃が……必殺級。
「さあどうするよ!このまま終わりかァ!?これで終わりかァ!?アァ!?」
「………っ」
全力を振り絞って鎖を引きちぎるも、最早それも遅い。美甘ネルにとって最も得意な距離にまで迫られてしまっており、ミアの速度ではそれを引き離すことももう出来ない。
「くっ、ハァアッ!!」
「ハハッ!やるじゃねぇか!これだよこれ!」
「破砕っ!!」
「いいぞ!もっと踊れ!」
ショットガンと小楯を投げ捨てたのは、流石にどう見ても極端過ぎる気もするが。それでも未だに勝ちまで投げ捨ててはいないところを、ネルはより気に入っていた。
1年生にしては強い、何度でも言おう。
その心意気も買う、諦めの意思が見えない。
それ故になのか……
「っ、今……!!」
「なっ!?テメェ正気か!?」
「貴女に勝とうというのに!正気など邪魔なだけでしょう!」
「……ハハッ!」
自身の身体を犠牲にして作り上げたほんの一瞬の隙を狙い、ミアはネルの片足を捕らえて窓を突き破る。
ここはビルの11階、そこから自敵諸共の問答無用の自由落下。それは確かに有効であるかもしれないが、普通であれば誰もやろうとはしない。だがそれをこの女はやる。それをやろうとするくらいには必死だ。
勝つためには何でもするし、勝つための手段を全力で考える。自分の肉体の方が相手の肉体より頑強であるという利点から、咄嗟に自爆を選び実行する決断力の速さ。
「いいぜ!付き合ってやるよ!最後までなァ!」
必死に、必死に、必死に。
無表情な目の奥に確かに炎を宿し。
歯を食いしばって痛みを堪える。
ーーーーーッッ!!!!!
この僅かな時間の間に、ネルは確信していた。
この女は見た目だけでは分からぬほどの凶悪な感情と情熱を持って全てに向き合っているし、常に生死の境を彷徨っているかのような極限の精神状態のまま生きているのだと。それ故に強いのだ。その強さは精神性によるものなのだと。
……ただ、そうだとしても。
「まあ、まだまだ経験は足りねぇわな」
そこだけはどうしても、仕方なかった。