なんで先生が死んでるんですか……?   作:ねをんゆう

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28.揺らぐ

 その日、ミアはトレーニングとリハビリをするために人気のないトレーニング室でミレニアムプライスの結果を見ていた。

 

 ……というより、今は休憩中で、それを見ながらとあることを試していた。つまりミレニアムプライスはあくまで横目であり、本題はこちら。

 

 

「――我々は望む、ジェリコの嘆きを。我々は覚えている、七つの古則を」

 

 

 

 ………………。

 

 

 

「――我々は望む、七つの嘆きを。我々は覚えている、ジェリコの古則を」

 

 

 

 ………………。

 

 

 

「……どういうことなのでしょうか、これは」

 

 

 

 七神リンから託された"シッテムの箱"。

 ミアはこれについて色々と試してみたし、調べてもみた。その上でどうにもならないからと放置していたのだが、それがどうやらまた様子が変わり始めている。こればかりはミアの、マキリから授かった知識にも何の情報もない。

 

 

「当初、シッテムの箱の解除自体は出来ましたが、そこにOSである"彼女"は存在しなかった。つまりこの箱にはOSが居ないため、パスワードを知っていたところで私には何も出来なかった。……これは私が本来の持ち主で無いが故に生じたものだと理解していましたが」

 

 

 今、何故かそもそも解錠することさえ出来なくなっている。つまりパスワードが変わってしまっている。当然自分はそんなことをしていないし、元よりOSが居ないのだから出来ない筈。

 

 

「……?そもそもOSが居ないのであれば、パスワードによる解錠さえ出来ない筈では?つまりOS自体は存在している?隠れていただけということでしょうか」

 

 

 普通ではない方法で知ったパスワードで入場したことで、彼女は隠れてしまい、密かにパスワードを変えられてしまったと。そう認識すべきなのかもしれない。

 

 ただそうなると、やっぱり自分にはもうどうしようもないのかもしれない。これが必要になる機会は間違いなくやってくると分かっているのに。その時が来たら、果たしてどうすれば良いというのか。これでは本当に詰んでしまう。

 

 

「……昨日の夜。ミレニアム中が突然に停電し、シッテムの箱の電源が付いたかと思えばこれですか。間違いなく関連性はあると思いますが、こうなるとヒマリ様にお願いすべきかもしれませんね」

 

 

 シッテムの箱と呼ばれるそのタブレット型の携帯端末は、所謂オーパーツとされているものであり、全てが現代の技術では解明出来ない異常な物体と言われている。

 マキリから聞いた情報でもこれについて根本的な部分は語られなかったし、あまりにも謎が多い上に、あまりにも汎用性が高い。もしこれの権限を自分に移し替えることが出来るのなら、本当に便利ではあるのだが。当初の想定通り、そんな旨い話はないということ。

 早めにどうにかしたいが、一度ここは諦めるしかあるまい。

 

 

 〜〜♪ 〜〜♪ 〜〜♪

 

 

「……?扇喜アオイ様から連絡ですか」

 

 

 鳴り始めた自分の端末を手に取り、シッテムの箱を鞄の中へと仕舞い込む。画面に映った名前は久しぶりの相手。一応協力者の件についてはメールで報告しておいたので、それに対する回答ということなのだろう。仕事が早くて助かる。

 

 

『こんにちは、今いいかしら』

 

「はい、リハビリ中ですのでお構いなく」

 

『……リハビリ?ミレニアムに居るのよね?』

 

「C&Cの00と戦うことになりまして。見事にボコボコにされてしまいました」

 

『……一先ず、その話は置いておきましょう。致命傷は負っていないのね?』

 

「あと数日で完治するかと」

 

『それならいいわ』

 

 

 相変わらず常識的で当然の反応を返してくれたアオイは、疲れたように一つ溜息を吐きながら、淡々と話を進める。どうやらやはり変わらず連邦生徒会は火の車らしい。こちらもあまり時間的余裕はないのだろう。早急に手を打たなければ後がない。

 

 

『ミレニアムとトリニティから推薦状を受領したわ。同時にミレニアムでの勧誘の進捗を聞きたいのだけど。貴女と浦和さんを含めた構成員3人、そのもう1人は見つかったかしら」

 

「偶然にも昨日、立候補してくださる方が見つかりました。乙花スミレさん、トレーニング部の2年生です。ご存知ですか?」

 

『……いえ、知らないわ。けど信用出来る相手なのね?』

 

「はい、共に汗を流した仲です」

 

『汗?』

 

「トレーニングを共にしたという意味です」

 

『ああ……まあ、そうよね。貴女が信用出来る相手と言うのならそれでいいわ。安心した』

 

 

 どうやらアオイからミアに対する信用度はそれなりに高いらしく、そのような言葉をかけられるとミアとて素直に嬉しいと感じる。自分としても今回の人選については自信を持ってイエスと言えるのだから、信用して貰ってもいい。

 

 

「ところで、先ほどトリニティとミレニアムと聞きましたが、やはりアビドスの方は難航しているのでしょうか?」

 

『ええ、解決の目処はついてるけど難航はしているわ。なにせ現在のアビドスにはアビドス生徒会とアビドス廃校対策委員会の2つが存在しているもの。公式には生徒会は存続していることになっていて、けれど実情としてアビドスを維持しているのは対策委員会。……連邦生徒会としても扱いに困る事案よ。現副会長の小鳥遊ホシノがそのまま会長になってくれるのなら話は早いのだけど、彼等としては対策委員会の方を表に立てたいでしょうし』

 

「結論は?」

 

『対策委員会の方をアビドスの代表組織として登録することにしたわ。アビドス生徒会は対策委員会の下部組織になる。これなら生徒会が消失することによる多くの不利益を回避することが出来るわ』

 

「大変な手続きになりそうですね」

 

『言うまでもなく。ただもうなりふり構って居られないから、貴女の案件については部署を越えて対応する方針になったわ。主導は提案者の私』

 

「七神様の評判が更に落ちていそうですが」

 

『代わりになる人材が居ないから問題ないわ。今の連邦生徒会長代行を代わりたいと思うような物好きなんて居る筈ないもの。……そういう思惑を持っていたであろう人間も、一度リン先輩の下で手伝わせたら次の日から来なくなったし』

 

「正に影の権力者のような働きですね」

 

『……リン先輩の手伝いをするようになってから改めて思ったのだけれど、あの人、不器用過ぎるわ。隣で目を光らせておかないと簡単に蹴落とされかねないのよ』

 

「そうでしたか」

 

 

 連邦生徒会はパンク寸前。故に解決のためにアオイが主導となって新たな試みを始め、アオイならばと他の室長達も協力し始める。そうなると現在の代行のリンを蹴落とそうとする動きも出てくるのが当然だが、そこをアオイは1つ1つ潰しているということ。

 まあリンが代行を下されれば連邦生徒会はその瞬間に確実に破綻するので、当然の対応ではあるのだが。どちらにせよこの状況でアオイは非常に上手く立ち回っていた。自身の仕事もあると言うのに。

 

 

『まあどちらにせよ、このまま問題なくシャーレの後継機関を作ることは出来るわ。それにいつまでも後継機関なんて言うのは面倒だから、私なりに名前も付けてみたわ』

 

「教えてください」

 

 

『【独立連邦調停部――通称:F.L.A.S.K(フラスコ)】』

 

 

「……連邦調停部」

 

『かなりアバウトな命名よ。組織の方針も"キヴォトス内におけるあらゆる紛争とその火種への対処"という形にしたわ。つまりキヴォトスにおける紛争を解決するためなら好きに動ける、そしてこのキヴォトスにおいて紛争なんて至る所にあるわ』

 

「何をしても適当な理由を付けられるということですか」

 

『そういうことよ、小さな組織で現状それほど権限もないから書類上も可能な限り制限を減らしてる』

 

「承知しました。それでは以降、私は連邦調停部フラスコ所属を自称します」

 

『正式にはまだ立ち上げてはいないのだけど、問題ないわ。既に記者発表の準備は進めているから、反響は大きい筈』

 

 

 となると今後、否が応でもミアは注目される立場になる上に、多くの責任を求められることにもなる。そこにプレッシャーは感じるものの、これはどうしても必要なことだった。最早マキリのルートからは掛け離れた路線になっては来ているものの、少なくとも自分が先生の代わりにならなければ本当に破滅しかないのだから。

 

 

『お願いしたい仕事を後でメールしておくから、確認しておいて頂戴。内容はそれほど重くないもので纏めておいたわ。ミレニアムとトリニティ、その周辺地域における問題を中心に整理しておいたから、定期報告も欠かさないこと』

 

「承知しました」

 

『それと……』

 

「?」

 

 

 

『改めて……ありがとう、甘使ミア』

 

 

「!」

 

 

『貴女のおかげで、なんとかリン先輩を、そしてキヴォトスを、守ることが出来そうよ』

 

「……アオイ様の努力があってこそです」

 

『だとしても、感謝くらいはさせて。これからも迷惑をかけると思うけれど、どうか見捨てないで貰えると助かるわ』

 

「もちろんです。キヴォトスを守りたいのは私も同じなのですから」

 

 

 そうして、通話を切る。

 

 こうなると今後、先生にとっての七神リンが、ミアにとっての扇喜アオイということになるのかもしれない。早速送られてきたメールには様々な案件が纏められており、なるほど確かに全体的に簡単そうな案件が多い。頼りになる。

 

 

「……しかし、記者発表と来ましたか。こうなるとあちらの方にも一報を入れておくべきでしょうか」

 

 

 アオイとの通話を切ってから数秒後、再び別の人物に通話を掛け始める。そういえば彼女への諸々の報告もアビドスでの一件以降していなかったのを思い出し、色々起きてしまった今更ながら申し訳なくなる。まあ彼女はため息一つで許してくれそうではあるが。

 

 

『……ミア?久しぶりね、どうしたの?』

 

「戦闘中でしょうか?後からお掛けした方が?」

 

『構わないわ、いつものことだから。何か報告?』

 

「はい、現状報告をと」

 

『そう、助かるわ。アコにも見習って欲しいくらい』

 

 

 端末越しに聞こえてくる喧しい銃声と爆発音。にも関わらず以前と変わらぬ淡々とした声が聞こえてくる、この違和感。しかしそれがゲヘナ風紀委員会の委員長である空崎ヒナという人物である。

 

 恐らく彼女は今日も今日とてヤンチャなゲヘナの生徒達を鎮圧するために飛び回っているのだろうが、それも既に通常業務。特筆すべきものでもなく、会話のついでに出来るようなものなのだろう。

 実際こうしてミアが新しく設立される連邦調停部について話していても、適度に相槌を打ってくれる余裕があるようだった。なんなら息一つ切らしておらず、敵の悲鳴しか聞こえて来ない。

 

 

『……そう、連邦調停部フラスコね。助かったわ、記者発表がされる前に報告して貰えて』

 

「万魔殿のマコト議長の反応を考えるに、貴女にはお伝えしておいた方が良いかと思いまして。何せ今回の件にはトリニティとミレニアム、そしてアビドスが関わっていますから。ゲヘナとしては面白くないでしょう」

 

『そうね、とは言えこの件について万魔殿が関わる余地は無かった。……申し訳ないのだけど、一度面会の打診だけでもしてあげてくれないかしら?マコトのことだから、それだけでも溜飲は下がる筈よ』

 

「分かりました。エデン条約前に一度会っておきたい所もありましたので、問題ありません。記者発表後、なるべく早急に申し入れを行いたいと思います」

 

『お願い』

 

 

 ミアがどうしても避けておきたかったのは、万魔殿のマコト議長との関係の悪化。というか、一方的に嫌われること。仲を深めたいとまでは言わないが、少なくとも中立の立場程度は維持しておきたいという思惑があった。

 ……手土産の1つくらいは用意すべきだろう。それもまあ、有名店のプリン辺りを。

 

 

『そういえば、せっかくの就任なのだし、何か祝いをすべきかしら』

 

「?いえ、別にそのようなことは……」

 

『何を言うの。これで貴女も立派な権力者、祝いと称して近付いてくる野心家は腐るほど出てくるはずよ』

 

「……」

 

『私としても打算はある。貴女とは立場としても長い付き合いをしたいと思っているわ』

 

「なるほど」

 

『何か欲しいものはあるかしら?』

 

「……貴女からの信頼を頂ければ、それで」

 

『……なるほど、それはまた贅沢な要求ね』

 

 

 そんなやり取りに互いに少しだけ笑いながら、相変わらず聞こえてくる爆発音を背景に言葉を交わしていく。まあ打算があることは事実であろうが、その上で互いに互いを好ましく思っているのも事実である。

 

 

『ふふ……なにをどうしたらダブルオーと戦うことになるの』

 

「手を抜かれていた上に、チャンスまで与えられてしまいました。やはり彼女ほどの相手となると単独で勝つことは不可能に近いですね」

 

『貴女はまだ1年生。確かにキヴォトス全体で見れば上位に入るのは難しいでしょうけど、同学年なら間違いなくトップの実力を持ってる。それだけでは不満?』

 

「結局のところ、私に必要なのは何かを変える力ですので。そして私にはシャーレの先生のように、誰かを導く力も、誰かを支える力もありませんから。であるなら、代わりの何かが必要です」

 

『……不足を感じているのね』

 

「はい、このままでは何れ必ず何かを取り零してしまうと確信しております。そのために、今のままの自分では居られない。負けが許される機会など、そうそうありはしないのですから」

 

『……』

 

 

 悩み相談のようになってしまったが、実のところ、それが今回の件でミアが思ったことであった。一見何事もなくルート通りに進められると思い込んでいたのに、たった1つのイレギュラーで全てが破綻しかけた。

 

 だから確信した。

 

 今の自分のままでは居られないし、今までなんとかなっていたのは運によるものであると。廃墟での戦闘然り、美甘ネルとの戦闘然り、自分には先生の能力を補えるだけの何かが無いし、それを補ってくれたのはハナコやスミレである。

 成長しなければならないし、努力をしなければならない。何かを変えるということは、例え未来を知っていても決して容易いことではないのだから。

 

 

『……ミア、1つ忠告しておく』

 

「はい」

 

 

『もう少し周りを見なさい』

 

 

「?」

 

『そんなことを思っているのは、貴女1人だけよ』

 

「……???」

 

 

 賢くても、利口でも、人が良くても、自分のこととなると途端に分からなくなるということはよくあることで。いつもは察しの良いミアであっても、ヒナの語ったその言葉の真意を掴むことは出来ない。

 

 

『貴女なら直ぐに分かるわ。それが全く分からないほど貴女は無粋ではないし、心があるのだから』

 

「心……」

 

『また会いましょう。お祝いはその時に』

 

 

 途切れた通話。

 自分のような人間に心があるだなんて言葉を掛けてくれた彼女に嬉しさはあれど、困惑もまた強い。けれどそれを普通に尋ねても彼女が教えてくれることはないということも知っている。

 

 周りを見る。

 

 そう思っているのは自分だけ。

 

 ……けれど不足しているのは事実だ。だから何かしら努力をして、考えて、別の力で補わなければならない。それはどうしようもない事実。

 ならば彼女が言いたかったこととは何なのか。

 

 

「……いつの間にか、中継も終わっていましたね」

 

 

 ミレニアムプライスの中継も終わり、ミアは映像を切って再びベッドに横たわる。考えることも多いが、やらなければならないことも多い。不足だらけの自分で何処まで足掻き続けられるかは分からないが、どこまで突き進むことが出来るかは分からないが、この命が尽き果てるまで、やれるだけのことをやらなければならない。

 

 

「決して、無かったことにしてはならない」

 

 

 瞳を閉じれば浮かぶ彼女の顔に、誓いを再度結び直す。

 

 

「『すべての事象に意味はあり、その過程を無かったことにしてはならない。仮にそれが困難であったとしても、それは間違いなく彼等を作り上げる一因なのだから』」

 

 

 今もハッキリと耳に残っている。

 忘れるはずがない、忘れてはならない。それが全ての前提であり、約束事なのだから。

 

 

 

 

 

 

「………?そういえば、ゲーム開発部はどうなったのでしょう」

 

 

 

 自分が消したはずの画面を見る。

 

 

 一応横目で見ていたはずだが……

 

 

 

 

 

 

 

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