なんで先生が死んでるんですか……?   作:ねをんゆう

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29.大きく小さな変化

「ミレニアムプライス……受賞、出来なかったのですか?」

 

 

「うわぁあん!!もう終わりだ!終わりだよー!!」

 

「ごめんねアリスちゃぁあん!!」

 

「うぅ……」

 

「が、頑張ったんですけど……」

 

 

 中継の後、走って訪れたゲーム開発部の部室では、それはもう酷いことになっていた。同じように急いで駆け付けたユウカと顔を見合わせながら、しかしどんな反応を返せばいいのか困ってしまう。

 G.bibleが役に立たないからと、彼等は直ぐに切り替えてゲーム作りに没頭していた筈だ。特にユズは事前に準備を始めていて、このままならルート通りに彼女達はミレニアムプライスで特別賞を受賞できる……そう思っていたのに。

 

 

「ユウカさん、彼女達の作ったゲームは……」

 

「……まあ、その、悪くはなかったわ。けど特別良かったっていう評価でもなかったわね。前作がクソゲーとして有名だった分、こう、インパクトに乏しいっていうか」

 

「……」

 

 

 今更ではあるが、ミアはまだ彼女達のゲームをプレイしていない。部室に行っても邪魔にしかならず、度々差し入れはしていたが、それだけ。ゲームが完成した後はリハビリに励んでいたし、フラスコの設立のためにと書類作成に励んでいたりしていた。

 なんならプレミアムプライスは絶対に取れると油断していたし、ゲームの楽しさの分からない自分が今プレイしたところで彼等の自信を折ってしまうだけだと思っていたから。意図的に避けていたと言っても良い。

 

 

「……正直に言ってしまうと、貴女達らしくないゲームだったわ。無難というか、王道過ぎるっていうか、捻りがないっていうか」

 

「うっ」

 

「どうしていきなり路線変更なんてしたの?確かに悪くはなかったけど、今更"子供向け"のゲームだなんて、ノウハウも何もないでしょうに」

 

「子供向け……?」

 

 

 益々よく分からなくなる。

 あの流れから一体どうしてこうなったのか。どうしてそういう方向性へと流れてしまったのか。正しい方向性へ進んだのなら、元のルートのまま進めていれば、彼女達ならきっと栄光を手に掴むことが出来ていただろうに。

 

 

「モモイ様、どうして……」

 

「……」

 

「モモイ?」

 

「だ、だって……」

 

「お姉ちゃん……」

 

 

 

 

「だって!ミアにゲームを楽しんで欲しかったんだもん!!」

 

 

 

「っ」

 

 

 

 息が止まる。

 

 

 

「その……私達の作りたいゲームについて話し合ったんです。売れるゲームが良いのか、話題になるゲームが良いのか、私達が楽しいゲームが良いのか」

 

「そしたら、その……」

 

「ミアに好きになって貰えるゲームが作りたかったんです!」

 

 

 

「………」

 

「貴女達……」

 

 

 

「だ、だって、ミアはもうトリニティに帰っちゃうから……」

 

「どう頑張ってもゲームを好きになれないなら、ミアさんが好きになれるようなゲームを作ろうって思ったんです」

 

「ゲームの楽しさを丁寧に作り込んでたら、子供向けみたいに言われちゃったけど……」

 

「このゲームはミアのために作ることにしました!」

 

 

 

「っ」

 

 

 

 ……それは、なんだかとても懐かしい感覚だった。

 

 胸が熱くなるような、けれど喉の奥が苦しく締め付けられるような。そして目と額に自然と力が入ってしまって、思わず下唇を軽く噛んでしまうような、そんな感覚。けれど決して不快ではないし、愛おしくさえも感じてしまう。最初にその感覚を覚えたのは数年前のことではあったけれど、あれが最初で最後のことだと思い込んでいた。どうやら、そうではなかったらしい。

 

 

「ミア……?」

 

 

 この気持ちを、この思考を、この事実を、どう整理したら良いのか分からない。

 これが間違っていることなのか、これが正しいことなのか、これで良かったのか、もうどうしようもないのか。それを冷静に判断出来るような余裕が今のミアにはなかった。この衝動が、この感情が、あまりにも大き過ぎて。

 

 

「ミア、さん……?」

 

 

「あの……少し、ゲーム機をお借りしてもよろしいでしょうか」

 

 

「!!……もちろんだよ!!好きに使って!」

 

 

「はい!アリスも隣で見ていてもいいですか!?」

 

 

「ええ、もちろんです」

 

 

「……ふふ」

 

 

 立てていた今日の予定を、全て放り投げる。頭の中にあった想定や前提を完全に外れてしまったという不安も、今は心の奥底へと仕舞い込む。

 自分にはまだ他にやらなければならないことが沢山あって、こうして"娯楽"に興じている暇などありはしないが。しかしこれは、それでも、やらなければならない。

 

 いや。

 

 "やりたい"と、そう思ったのだ。

 

 自分の意思で。

 

 

 

 【ゲームsライフ】

 

 

 

 タイトル画面に浮かんだ、知らないゲームのその名前。捻りもなくシンプルで、けれど伝えたいことだけは何となく分かる。

 これから先、どれほど長く短い人生になるのかは分からないが、間違いなく自分にとって最愛のゲームとなるであろうそれを。ミアは自分の抱える全ての責任と義務を一度見えないところに置いて、目を向ける。

 

 

「……ユウカさん」

 

「大丈夫、会長は説得するわ」

 

 

「「「「?」」」」

 

 

「ミア、貴女が判断してちょうだい。このゲームが本当に子供向けゲームとして推奨出来るものなのか。セミナーとして勧められるような健全なものなのかどうかを」

 

 

「「「「……!!」」」」

 

 

「はい、お任せください」

 

 

 もう発表された初日から個人的にプレイをしていたユウカであれば、既に結果など分かっているだろうに。けれどそれでいい、それでいいのだ。別にユウカは最初から本当にプレミアムプライスでの入賞を求めていた訳ではないのだから。

 

 曲がりなりにも本気で彼女達が作品を作ったのなら、何かのために真面目に本気で取り組んだのなら、それが出来たのなら。たとえ賞に手が届くことはなくとも、世間に認められることがなくとも、何かと理由を付けて延命はさせていた。

 

 ……そこに誰かを、ミアを本気で楽しませたいという純粋で美しい気持ちがあったのなら。ユウカとしては十分が過ぎる。その上でプレゼントされた当人が、こうして自分からやりたいと言い出して普段より柔らかな笑みを浮かべているところを見てしまえば。それはもう。

 

 

 

「……良かったわね、ミア」

 

 

 

 本当に。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 ミアとユウカがそうして互いの仕事を放り投げてゲーム開発部と共に新作ゲームに興じている一方。ミレニアムの深部ではそれとは全くの無縁の想定外のトラブルが生じていた。それに対応する2人の表情には笑みを浮かべる余裕などカケラも無く、ただただ冷汗しか出て来ない。

 

 

「ヒマリ!!"ハブ(hub)"がハッキングされたわ!!まだ特定は出来ないの!?」

 

「こちらも必死にやっています!!しかしこれは以前のハッキングとは道筋が全く異なりますので対応は困難……っ、ファイアウォールが!?」

 

「敵はデカグラマトンじゃないということ……!?」

 

「ならば一体誰が……!!」

 

 

 偶然か、必然か。ヒマリとリオが共に同じ部屋におり、今後の対応について珍しく建設的に相談している最中に……それは起きた。

 ミレニアム深部、それもリオが管轄している中枢とも言っても良いシステムへのハッキング。そのような事象は以前にもデカグラマトンと思われる存在から受けていたが、それに対する対策もリオは事前に仕込んでいた筈だった。

 

 

 ーーーーーブツンッ。

 

 

 にも関わらず、リオどころかヒマリまでこの場に居たにも関わらず、完全に一方的に全システムが掌握され、部屋内の全ての照明が落とされる。

 デカグラマトンの際にもこのような屈辱は味わったが、今回はそれとは全く異なるものだ。ハッキングの手口からもそれを確信することが出来た。

 

 まるでこちらを弄ぶようなやり方。本気でやろうとするのならデカグラマトンのように数秒で出来たであろうに、わざわざ意地悪く正面から叩き潰すような、このやり方。

 

 

 1つだけポツンと赤色の画面が映っているモニターがあった。

 

 否が応でも2人の視線はそこへ向かう。

 

 全てが掌握されていた。

 

 間違いなく、この行動でさえも。

 

 

「……ヒマリ、今回の相手は」

 

「ええ、私達の予想が正しいのなら……聞こえているのでしょう?犯人さん。あなたはAIではなく、人間なのではないでしょうか」

 

「そうね。ここまで思想を感じるやり方は、流石に意図的なものでしょう。答えなさい、あなたは誰?」

 

 

 見つめるモニターの画面が揺れる。

 ヒマリもリオも、こうは言っているものの、その敵の正体に思い当たる人物は居ない。このミレニアムの中は当然、その外部の人間であってもここまでハッキングに長けた存在など居るはずがない。

 

 それこそリオとヒマリに匹敵する頭脳を持つ者という括りでさえも、それは……

 

 

 

 

 

『お久しぶりです、先輩方』

 

 

 

 

「「っ!?」」

 

 

 

『こうしてお話しするのは……少なくとも今のわたしにとっては初めてでしょうか。その辺りの扱いについては少し難しいところなんですけど』

 

 

 

 

「……まさ、か」

 

 

 

 

「マキリ……?」

 

 

 

 

 画面に映り込んだその少女は、相も変わらず……優しげな笑みを浮かべて微笑んでいた。

 

 

 

 

『いいえ。私は天音マキリによって作られた、天音マキリの人格データを元に構築された寄生型AI、通称"Kriel(キリエル)"です。どうぞよろしくお願いしますね、先輩方』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 記憶にあるのは、2人の少女が言葉を交わす様子。

 

 一方は他者に対して完全な拒絶を見せ、貝のように部屋の中へと閉じ籠りながら死へと着実に進んでいく少女。病弱を自称する自分以上に弱い身体を持ち、その原因も解明することが出来ず、ただ未来に待つ死に対して呆然とするしか出来なかった少女。

 

 一方は自身に対して一切の意識を持たず、機械のように目の前の事象を処理し、未だ人として生まれることが出来ていない少女。人間性というものを得ることが出来ず、意思を持たず、生まれた学園から放り出されたにも関わらず、変わらず生きることだけをしていた少女。

 

 そんな救いようのない、救う方法さえ分からないような終わりかけの少女達が。自然と出会い、自然と語らい、自然とこうして共に在った。

 それがどれほどの奇跡であったのかについては、ヒマリはその時には分からなかった。そこでどれほどの奇跡が起きていたのかについても、当然に。

 

 

『マキリ、"生きる理由"とはなんですか?』

 

『……なに?今日はいきなり難しいことを聞くのね』

 

『報道で聞きました、私には理解の出来ない概念です』

 

『はあ、また変なことばかり聞いてきて……わたしだって何でも知ってる訳じゃないんだから、いきなり言われても困る』

 

『マキリも分からないのですね』

 

『だから、その答えさえも難しいんだってば』

 

 

 ここまで他人に話しかけに行く彼女の姿は初めて見たし、ここまで他人に対して表情を見せる彼女の姿も初めて見た。

 

 普段は他者からの声掛けにのみ応じて、理由がなければ他者に自ら声を掛けることなどあり得ない機械のような人間と。他者から何を話しかけられようと反応をせず、常に表情を変えることなく身を丸めていた死人のような人間が。

 今この場においては、積極的に質問をしに行く好奇心旺盛な少女と、それに対して困りながらも苦笑いをし言葉を捻り出そうと必死になる少女に変わっていた。

 

 

『では、マキリには生きる理由はあるのですか?』

 

『へ?私に?』

 

『はい、私にはありませんので。参考に教えて頂きたく思います』

 

『私の生きる理由、か……』

 

『生きることに理由など必要ないと私は思います。何をせずとも人は生きて死ぬのですから。何故そこに理由が必要なのでしょうか』

 

『……悲しいことを言うのね、ほんと』

 

 

 一瞬、止めに入ろうかと思った。

 盗み聞きをしているという罪悪感はあったものの、病に悩まされている彼女に生きる理由を問うなどと。それはあまりにも酷いことのようにヒマリには思えたから。

 

 ……けれど、それは間違っていた。

 

 

『今は、ミアが私の生きる理由かも』

 

『私がですか?』

 

『うん。ミアと話してる時間は、楽しいから』

 

『……そのようなことは、生まれて初めて言われました』

 

『ふふ、そうかもね。……でもね、ミア。人が生きる理由なんて、結局そんな感じのものばかりだと私は思う』

 

『……』

 

『だって少なくとも、私はたったそれだけの理由で救われたんだから。ミアにもいつか、そんな理由が出来る日が来ると思う』

 

『……やはり、理解出来ません』

 

『ふふっ、ならそれは将来のお楽しみね』

 

『……楽しみ」

 

 

 悩み、苦しんでいるのは、生きている証拠で、生まれている証拠で、今正に成長している証でもあるから。苦痛に歪む表情など一度も見せたことのなかった少女が漸く変わり始めたその姿にこそ、対面の彼女は奇跡を見出したのだ。

 

 どんな絶望に浸されても、どんな暗闇を歩くことになったとしても、そこにどれほど強大な壁があったとしても。奇跡は必ず何処かにあるし、それに至るための小さな一歩は必ず存在する。

 生まれてから十数年も人として生きることの出来なかった少女が、たった1人の人間との出会いで変わるように。何も変わらないと諦めていた絶望にも、その少女は向き合うことが出来た。目を背け続けていた漆黒に、手を伸ばす勇気を得ることが出来た。

 

 ちっとも似てなんかいない2人は、けれどだからこそ、互いを求めて、互いに寄り添い、互いに手を取り合った。生まれたその瞬間から祝福されることが無かった2人であっても、出会いこそが救いとなったのだ。

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