「正直に言おうか。今の私はもう、未来を見ること"しか"出来なくなってしまったのさ」
「見ること、しか……?」
蒼森ミネはとある日、百合園セイアの自室に唐突に招かれ、こんな突拍子のない話を聞かされる羽目になった。
ミネはセイアに関してはそれなりに信頼を置いている。
彼女は非常に賢く、未来を予知する類稀な能力を持ち、ティーパーティのホストとしての権威さえあるものの、それでも周囲の者達を思いやる心が本物であることをミネは知っていたからだ。
そして、彼女がこうして自分を呼び付けて、何の前振りもなく予知に関する話を打ち明けて来たということは。それは彼女がもうなりふり構って居られない状況にあることを示していると、直ぐに察することも出来た。
「セイア様。見ることしか、という言葉から考えるに……未来に干渉出来なくなったと。そういうことでしょうか?」
「流石だね、概ねその理解で正しい。今の私には未来を改変することが出来ない。……いや、より正確に言うのであれば、『思う通りに変えることが出来ない』だろうか。まあそんなことは今まで一度だって出来た試しがないんだが」
「原因は?」
「甘使ミアだ」
「……!!」
その名前を、ミネはよく知っている。
逸材だ逸材だとは思っていたが、少し目を離した隙にシャーレの後継組織の長にまでなっていた彼女。ミネもそれには当然に驚いたし、そこにはあの浦和ハナコまで参加に加わっているというのだから、2度驚いた。
やはりただ者ではない。
そう思っていたのだが……
「セイア様はなぜ、彼女がそのような異様な現象の原因だと思われるのですか?セイア様の立場を考えるに、重大な冤罪になりかねない内容の話ですが」
「ああ、だからこの話は君にしか打ち明けるつもりはない。後輩を大切にする君なら、私の思い込みに惑わされることなく、公平な判断を下してくれると期待している」
「……分かりました。詳細をお聞かせください。全てはそれを聞いた後に判断することにします」
「分かった」
セイアは一度ティーカップを口に運ぶと、深く溜息を吐いてからミネに向けて目を開く。ミネだってこんな話を容易く信じる性質ではないが、流石に雰囲気くらいは分かる。これがどれほど重要な話なのかも。
「まず前提として、甘使ミアは『未来を変える』という点において異常な程の適性を持っている」
「未来を変える適性、ですか」
「噛み砕けば、甘使ミアが大きな変化を齎す度に未来が大きく姿を変える」
「……浅学の身では、至極当然の話のように聞こえます」
「その度合いが異常なのさ。私からしてみれば、小石を蹴り上げただけで家屋が基礎ごとひっくり返ったように見える訳だ」
「それほどですか……」
「これほど容易く未来が変わってしまうのなら、最早羨ましくさえも思えない。なにせ一切の想定が出来ないからね、影響があまりにも大き過ぎる」
「……つまり、今のセイア様の予知は」
「最早ランダムと言っても良い、試みる度に形が変わっている。想定していた準備が全て泡と消えた。……私は今のこの状況が、とても恐ろしいんだ」
「セイア様……」
それは未来を見続けて来たセイアだからこその恐怖なのだろう。未来が見えない、ではない。未来が変わり続けるのだ。その法則性も分からず、ランダムに破滅の未来が強弱移り変わりながら変わっていく。
……こんなもの、どうしろと言うのか。未来を導くどころか、変えるどころか、本当に手が付けられなくなってしまったのだから。それでいて救われる未来だけは決して現れない、頭が痛くなる。うんざりする程に。
「……こうしてそれを私にお話ししたということは、何か策があるのですね?」
「ああ、それを君に頼みたい」
「お聞きします」
「……私は、未来を固定したいと思っている」
「……それは、もしや」
「そうだミネ、君にはミアを拘束して欲しい」
「っ」
「彼女の行動を抑制し、私はその間に予知と対策に集中する。数日後に私は襲撃を受けるが、死ぬことはない。むしろ必要な過程だ。私が目を覚ますその時まで、どうか私のことを守り、彼女を留めておいて欲しい」
「無理難題と言いたいところです。……そもそも襲撃を抵抗せず受ける気という点が既に正気ではありません」
「無理難題だが、それでもどうか飲んで欲しい。もちろん無茶をしている自覚はあるが、それほどの覚悟で望んでいる。私にはティーパーティの一員としてこのトリニティを守る責任がある。……もちろん、その中には甘使ミアのことだって含んでいるよ。変わる未来の中には彼女が命を落とす未来もあったからね」
「……………………………………………………分かりました。セイア様がそこまで仰られるのであれば、それは真に必要なことなのでしょう。自分で怪我をしに行くという点については、やはり受け入れ難いものがありますが。今回ばかりは折れましょう」
セイア相手に余計な言葉を投げ掛けたところで仕方ない。そして彼女がここまで言うのであれば、それはきっと最善なのだろう。
仮にそれが自分の後輩を縛るような行いであったとしても、ミネとて守らなければならないものがあるのだから。なんなら縛って匿ってしまえば、それは後輩を守ることにも繋がるのだから。そう解釈することにする。その代わり、セイアも後輩も絶対に守り抜く。それを誓う。
「ですがセイア様。ご存知かと思いますが、彼女は生粋の頑固者です。容易く説得することは困難かと」
「そうだね、だから一度彼女の心を折ってくれるかい?君にならそれが出来るはずだ」
「……私のことを人でなしか何かだと思っていらっしゃいませんか?」
「いいや、そういう意味じゃない。君達はよく似ている、君なら彼女の弱い部分もよく分かるはずだ。ここに私が調査させていた彼女の行動記録がある、よく読んでおいて欲しい」
「……あの、先程からため息しか出ないような話しか出てこないのですが」
「甘使ミアをより深く理解する良い機会だとでも思ってくれ」
「ものは言いようですね」
そうして手渡された書類の束は妙に重く分厚く、まあよくもここまで詳細な情報を集めたものだと感心するしかない。もしかすれば予知も利用して集めていたのかもしれないが、だとしたら本当に、とんでもない執着と言えるだろう。
「……本当に、やり過ぎなほどに」
パタン、と。
書類の束を整えて机の上に置く。
目の前で渋い顔をする、愛すべき後輩を見ながら。
「ミネ様……」
「甘使ミア、貴女の本当の目的はなんですか?」
「っ」
「貴女の行動記録を拝見しましたが、どうにも不信感を拭えませんでした。貴女にも未来が見えている可能性があるというセイア様の予想は、この記録を見るに私も同意するところではあります」
「……」
「しかし、だとすれば奇妙なのです」
「……何が、奇妙なのですか」
「貴女の守りたいものが見えてこない」
「!」
鉄格子越しに見下ろすミネと、そんな彼女の言葉に顔を歪めるミア。そしてそこには既に、ミネには既に、容赦など微塵もなかった。
それこそセイアから提案を受けた時のような、後輩を想うような、そんな感情は何処にも。
「仮にトリニティを守りたいのであれば、貴女はここに残りセイア様と協力すべきでした。しかしそれを成さなかったということは、貴女が守りたいのはトリニティではなくキヴォトスそのもの……と、私は考えていました」
「……」
「ですが貴女はトリニティでのセイア様襲撃を事前に知りながら、ミレニアムにおける案件を優先しました。それ自体は理由があったものとは言え、では何故、貴女はミレニアムでの要件が完了した後、直ぐ様にトリニティに戻らなかったのですか?貴女が望むのであれば、私は緊急車輌を回してでも治療中の貴女を迎えに行きました」
「それは……」
「未来が貴女でさえコントロール出来ないほど不確定になっている事実は、セイア様から聞いています。しかしそれでも貴女は何かに導かれるように進んでいる。逐一自分の足元を確認しながら」
「っ」
「つまり貴女は、未来など見えていないのではないですか?貴女は自分の行った結果を確認するためにギリギリまでミレニアムに残っていただけであり、結果を自分の目で確認する必要がある」
「……っ!」
「そう……自分にとって都合の良い未来を、ただひたすらに再現しようとしている。それが貴女という人間、違いますか?」
それがセイアから渡された情報を一纏めにしたミネの結論だった。
「……私、は」
「貴女は、何らかの筋書きに沿って動いているだけ。貴女が守ろうとしているのはキヴォトスではなく、生徒でも人でもなく、その筋書きなのでしょう。……しかしそれは間違っています」
「っ!?」
「ですから、私はセイア様の願いを成すことを決めたのです。少なくともただ筋書きに従うだけの貴女と、未来が確定しない状況でも死力を尽くし自身の安全さえ引き換えたセイア様では、後者を支持するのは道理でしょう。……私は貴女を支持しません」
もちろん理由はそれだけではない。
トリニティにおける今の状況もそう。
結局のところ彼女がトリニティの問題を後回しにしていることは言い訳の余地がないし、そこをハナコとナギサに丸投げしているのも事実。
それはトリニティの生徒であるミネからしてみれば眉を顰めたくなる話であり、同時にミアの中でトリニティの優先度はかなり低いのではないかともミネは睨んでいた。
ただそんなことはミネにとっては些細なことで、実際のところ重要なのはその目的の差だ。トリニティを、そして生徒達を救うために献身したセイアを目の前で見て。
一方で自身の得た情報の中では、ミアは自分の持つ筋書きのためにトリニティの問題を先送りするような姿勢を見せている。
信用出来るのがどちらなのか、そんなこと言うまでもないだろう。
(その上でセイア様は恐らく……絶望的な未来ではなく、未来の形を乱してしまう私に対して恐怖を抱いてしまった、と……)
この小さな檻の中。しかし優しくも用意された簡易なベッドに腰掛けて、ジッとこちらを監視するミネの前で頭を抱える。これは困った、どころの話ではない。
こんな展開は少しだって想像していなかったし、今ここで監禁されてしまうのはとても不味い。携帯端末も繋がらないし、ハナコやナギサに連絡も取れない。
これまではハナコからの連絡を待っていた上に、流石にミネとの会話が終わった後にこちらからしよう……と考えていた所でこれである。向こうの状況が分からないし、彼女達を困らせてしまう。何よりこのままでは……
(マキリのルートが………ルート、が……)
そのルートも、ミレニアムに居た間に散々に言われてしまった。
リオもヒマリもあれ以来、自分に声をかけてくれなかったが、2人は揃ってマキリのルートに対して懐疑的であった。むしろ否定的であったし、それに拘れば必ず後悔することになるとまで言った。
そしてこれに対してミネもまた、否定する立場であるということなのだろう。
セイアに関してはそれ以前の問題かもしれないが、少なくとも彼女にしてみれば自分の存在そのものが矛盾しているように見えているのかもしれない。故に信じられなくなった、ということなのか。不確定な未来というものに耐えられなくなったのか。
(……未来を乱す特異点である私こそが、他の誰よりマキリのルートを乱している。そういう見方も確かにある)
ならば現状の全ての起点となっている先生の死もまた、自分という存在に起因している可能性だってあるだろう。マキリほどこの現象について知見のない自分が何をどう考えたところで、全て仮定の意味のない推論でしかないが。
もしかすればリオやセイア辺りは、大凡の情報を得た時点でそれに気付いていて……
(しかし、それでも……)
それでも、ミアにはそれしか無かったから。
マキリの提示してくれたルートこそが道標であり、それを失ってしまったら取り零すことが目に見えているから。これを手放す訳にはいかないし、どれほど説得されようともそれを曲げるつもりはない。
それは今回だってそうだ。
事の重大さを天秤に掛けて、ミレニアムの問題よりトリニティの問題を優先したとして、ならばアリスがゲーム開発部やミレニアムの生徒達と十分な関係を築く時間を得られなかったら。それでは何の意味もないのだ。
あのままゲーム開発部が廃部になっていたら、C&Cを含めた各部活動同士の関係が築かれていなかったら。ミレニアムの問題は今は重大ではなくとも、将来的にはキヴォトスの存続に関わる問題に発展する。トリニティよりもこちらを優先すべきだと、マキリのルートが無かったとしてもミアはそうした筈だ。
だからこの選択に後悔はない。
これまでの選択についても、間違っていたとは思わない。
そしてそれはこれからも、今だって。
誰に否定されようとも、
誰に失望されようとも、
自分はマキリの提示したルートにこの世界を導かなければならない。
「……」
「……やはり諦めるつもりはありませんか」
「当然です。このような勝手な思想から来る勝手な行動で、私達の邪魔をされては困ります」
「勝手な思想……それはお互い様でしょう。貴女もまた自身の勝手な思い込みで、我々を巻き込もうとしています」
「そうですね、確かに私の目的はマキリとの約束を果たすこと。そのためであればどのような相手であっても相対しましょう。そしてそれはきっと、私が死んでも変わらない」
「マキリ……なるほど、病巣はそこですか」
「病巣?いいえ、これは根源であり核です。もしこの約束を果たせないのであれば、私は死んで良い。私は死んでもこの約束を守ります」
「……良い度胸です、私の目の前で『死』などという言葉を3度も使うとは。仮にも医療士たる貴女が、それほど軽々しく!」
「この覚悟が軽々しいかどうか、それさえ知らずに言ってくれます。……ですが何度でも言いましょう。私は死んでもマキリとの約束を守ります。彼女の提示したルートを辿り、必ずや全てを取りこぼすこと無く掬い上げて見せます!」
「っ」
「何も矛盾などしていない、何も破綻などしていない。私は絶対に全ての破滅の予言を覆す。マキリの犠牲を、絶対に無にはしない……!」
ドゴンッ!!と、ミアは自身を閉じ込める鋼鉄の檻に拳を突き立てる。
しかしこういった生徒を閉じ込めるために作られたこの空間は、あまりにも堅牢で、その程度のことで容易く揺らぐことはない。それでもミアは拳を振り翳すのを止めることはない。2度、3度と、拳が割れ、血に塗れようとも、苦痛に顔を顰め、それでも。
「やめなさい!それ以上は貴女の手が……!」
「私の腕1本で誰かを救えるのなら!本望!!」
「っ」
「他者を救うことがどれほど難しいことか!それをこの拳程度で成せるのなら!!私は!!」
檻を隔てた向こう側。
叩きつけられる拳と、歪む鋼。血飛沫はミネの白衣を汚し、驚愕に染まったその顔も汚す。
その驚愕は決して鉄檻が破壊されているからではないし、彼女ならやりかねないと思ってミネは監視までしていたのだから。
故にそれは、彼女に宿る想定外の覚悟から。それこそ自身を爆発の元に晒してまで未来を固定したいと語ったセイア以上の炎が宿った、その瞳を見てしまったから。決して狂気に蝕まれている訳でもない、ただ真っ直ぐな、子供のように純粋な炎を見てしまったから。
「はぁ、はぁ………」
「………甘使、ミア」
「……ミネ様。それでもそこに立ち塞がるというのであれば、先達たる貴女にさえ私は拳を向けましょう。私はこれから、2人の友人を助けに行かなければならないのですから。こんな所で頭を抱えている時間さえ無いのです!」
人力で壊されることなど想定していない強度を持つ鉄檻を歪ませて強引に這い出て来て、赤く染まった拳からは今も血を滴らせ、痛みと疲労に肩で息をしながらも背筋を伸ばし。それでもミアはミネに言い渡す。
必要ならこの拳をミネに対しても突き立てると。そこに一切の容赦をするつもりはないと。甘使ミアはいつだってそうだ。常に時間に追われている。だから最短で行くしかない。最短で、真正面から。
「……貴女の覚悟は分かりました」
「……」
「ですが、であればこそ、貴女を行かせる訳にはいきません。貴女のような有望な後輩に犠牲を強いる事は出来ません」
「……私にしか出来ないことがあると、主義に反しても敢えて言わせて頂きます。これはミネ様には成せないことです、そしてそのために私が居るのです」
「であれば証明しなさい。貴女に覚悟があることは理解しましたが、それを実現出来るだけの力が本当にあるのかを示しなさい」
「……つまり」
ミアとすれ違うようにして、ミネは歩みを進める。目線は真っ直ぐ、5度もの拳によって歪んだ鉄檻の姿。ビナーの頭さえ叩き落としたその鉄拳は、なるほど確かに一般の生徒とは一線を画した威力を持っているらしい。これほどの一年生が居るというのは、驚愕すべきことだろう。
……しかし。
「ハァッ!!」
「っ!?」
蒼森ミネは3年生。
どれほど優秀な1年生であったとしても、彼女はこのキヴォトスで3年間戦い続けて来た猛者である。1年生の頃からの注目株であったことは彼女とて変わらないし、その上で自分の道を自分の意思で突き進んで来た。
であればこそ、ミアの破った鉄檻を、ミネが破れぬ筈がない。そしてそれに費やす拳もまた、5つも必要な訳がない。
「…………………1撃」
「さあ、証明なさい。貴女でなければならない理由を、貴女がなさなければならない理屈を、それを貴女が成せるという根拠を。その拳をもって、この私に!!」
「っ……!!」
マキリのルートにはない展開、あるはずのない展開、存在するはずのない大きな壁。つまりこれは、先生に与えられた試練やそれに類するものではなく、先生だからこそ生じた問題やトラブルでは無く……
(私という人間だからこそ与えられた、生じてしまった。私だけの……試練)
それが他でもない蒼森ミネというのは、やはり彼女と自分は何らかの運命で繋がっているのではないかと思うような偶然で。それでもミアは決して退くことなく目を細めた。……その表情にミネの口端が僅かに上がったことにも気付かず。
次回:vs蒼森ミネ