「なるほど、つまり……」
「聖園ミカさんとアリウスが繋がっているのはほぼ確定……その上で」
「ああ。桐藤ナギサが襲撃されるのは、明日の朝になる」
「そ、そんな……明日は最後の特別学力試験があるのに……」
此度ナギサから補習授業部に与えられた関門は、3度の特別学力試験。
5教科で500点満点のテストを3回。そのテストの合計点数で全員が1000点に達せなかった場合、そのまま特別クラス行きという普段ではあまり見られない形態のものである。
これは少なくとも3度の学力試験を終えるまでの期間は全員を拘束しておくことが可能であり、同時に試験内容により点数を調節し易くすることで、いざという時に簡単に彼等を特別クラス送りに出来るからである。
実際、1度目の学力試験の結果が想定通りかなりヤバかったこともあり、アズサはこの最終試験で全教科80点を取らなくては不味いし、コハルなど全教科90点を取らなければアウトという有様だ。背水の陣も良いところだろう。
……そんな中で、生じて来た別の問題。
アリウス分校によるトリニティ総合学園への攻撃。百合園セイア襲撃だけで収まることはなく、今度は桐藤ナギサへの襲撃を目論んでいるという事実。
「ハナコさんの予想した通り、恐らくアリウス分校の生徒だと思われる怪しい方々が頻繁にあの建物を出入りしていました。聖園ミカさんとの接触に関しては確認出来ませんでしたが、次の襲撃対象が桐藤ナギサさんとなれば、かなり怪しい所になるかと」
「アズサちゃん、敵の規模は分かりますか?」
「ハナコからの指示通り、サオリからそれとなく聞き出して来た。少なくとも主力のスクワッドは参加しない。具体的な数までは分からなかったけど、こちらも十分な準備をして、それなりの数を用意出来れば問題ない筈だ」
「か、数って……」
「となると問題は、やはり聖園ミカさんですね」
不安げな表情でオロオロとするヒフミとコハル、それに対して眉に皺を寄せながら真剣な表情で考えるハナコとアズサ。そんな両者の緩衝材となっているのがスミレだった。
「コハルさんも気になっているようですし、先ずは数の問題から解決しておきましょうか。実際のところ、各派閥への協力というのはどの程度現実的なのでしょう?」
「そうですね……正義実現委員会は、まず難しいと思います」
「え!?そ、そんなことないわよ!ちゃんと説明すればハスミ先輩達なら!!」
「いえ、ハスミさんの人柄は疑っていませんよ。問題は相手が本当に聖園ミカさんだった場合、正義実現委員会を封じ込める手段は当然のように取ってくるということです」
「あ……ティーパーティー……」
「どのような手法を用いてくるかは分かりませんが、何れにせよ確実性がありません。これは予備プランにしておくべきでしょう」
「武闘派と名高い救護騎士団はどうでしょう」
「最高戦力というか、救護騎士団の8割近い戦力である蒼森ミネさんが行方不明ですので。味方に出来たところであまり意味はありませんね……」
「となるとやはり……」
「シスターフッド、しかありません」
ハナコは最初から分かっていたようにそう呟く。
まあこれについては、最初から分かっていたことだ。元よりこの状況で頼れる派閥など1つしかないし、現状でまともに機能している派閥もシスターフッドのみだ。他に選択肢などないし、ハナコも諦めている。
「交渉材料はあるのでしょうか」
「……まあ、こちらは私の方でなんとかします。少しのお仕事のお手伝い程度で許して貰えることを祈りましょう」
「ハナコ……」
「ひ、必要なら私も手伝いますから!言ってくださいね!」
「わ、私も手伝うから!」
「ありがとうございます、お二人とも」
既にハナコがフラスコへ所属していることは周知の事実であり、ハナコがシスターフッドに所属するという未来はまず無い。その中であの歌住サクラコがどの程度の妥協で許してくれるかは想像も付かないが、本当に最悪の場合は泣きつくのも覚悟の上。
だからこの問題はこれで良い。今は一旦置いておく。
「ね、ねえ?じゃあ最大の問題っていう……ティーパーティーのミカ様って、そんなに強いの……?」
「……強いですよ。恐らく正面からぶつかれば、彼女1人でシスターフッドを殲滅出来ます」
「そんなに!?嘘!?あんなに綺麗な人なのに!?」
「そこまでなのか……」
「所謂、怪物のような生徒の1人ということですね」
「ええ、ミアさんが絶対に勝てないラインの生徒です。ここをどう処理するか、というところが本件の最大の難所と言ってもいいでしょう」
そう、問題はそこだ。
アレを相手にするには正義実現委員会の剣先ツルギか、せめて蒼森ミネが居なければ前提にも立てない。ここにミアが居たとしても今と変わらず頭を悩ませていた筈だ。
「……正直、私はそこまでの怪物というものを見たことがない。ハナコ、ゲリラ戦では勝てないだろうか?」
「柱に縛り付けても、柱の方をへし折るような人です。もし本気で封じ込めるなら、禁止指定されているような武装を複数持ち込む必要があります。……今から大掛かりなトラップを作る時間もありませんし」
「ス、スミレは意外と戦えたりしない!?」
「……仮に偶然が重なって時間を稼ぐことが出来たとしても、そこまでの方となると、そもそもダメージを与えられるかが鍵になると思います。戦うという選択肢自体が間違っているのかもしれません」
「た、確かに戦わずに済むならその方が……」
「……」
スミレの言うことはもっともだ。
聖園ミカと戦闘をした場合、仮に勝てたとしても甚大な被害が生じることは言うまでもない。故に戦わないのが最善だというのは間違いないし、出来るのならハナコだってそうしたい。
だが説得を行おうにも、実際のところハナコにだって聖園ミカの思惑がまだ完全には見えて来ないのだ。同じティーパーティーであるセイアだけでなく、幼馴染であるナギサにまで手を出そうとする理由も目的も分からない。そこまでしてアリウスに協力することで得られる物も。彼女のイメージとどうしても噛み合わない。
仮にティーパーティのホストの座を狙っていたとして、という前提さえも奇妙なのだ。故に説得するのであれば、それは彼女の話を聞いて、その後にぶっつけ本番という形になってしまう。これでは作戦とは言えないだろう。
「……何れにせよ、やれることをやるしかありませんね。私はこれからシスターフッドへ行って来ます。皆さんはその間……」
「ああ、私は施設の見取り図を見てトラップの準備をしておく」
「あ、えっと、武器や装備を持って来ますね!」
「では私はミアさんへの再度の連絡と、再度の偵察を」
「わ、私は!私は!えっと………お、お菓子とかジュース持ってこようか……?」
「……ふふ、皆さんありがとうございます。それでは各自、自分の出来ることを」
「「「「了解!」」」」
そうしていそいそと立ち上がり始めた彼等を見て、状況は良くないし、打開策も何も生まれていない現状であるにも関わらず、ハナコは何処か安堵した気持ちを得ていた。
(これも、ミアさんの影響でしょうか……)
何よりの変化は、こんな状況を作り出せた自分について。少し前の自分であれば、間違いなくこんな雰囲気を作ることなんて出来なかった筈だ。
もちろんそこにはスミレの助力もあったけれど、何でもかんでも自分でやろうとするか、若しくは自分には関係ないと知らぬふりをするか、そのどちらであった自分とは明らかに違う。
『アズサちゃん。アズサちゃんが隠していることを、私に共有して貰うことは出来ませんか?』
『!?』
『きっと力になれると思うんです。……だって私は、独立連邦調停部フラスコの一員なんですから。私の予想が正しければ、きっとアズサちゃんが求めているのはそういうことですよね?』
そんな正面からのやり方は、間違いなく彼女の影響。白州アズサという少女の人柄を知って、それを信用して、囲い込むのではなく向かい合うようなことをした。そして、そうした事情を全てヒフミ達に話した上で、協力を求めた。
『いえ、まあ、その……ブラックマーケットなんかに行ってたのは事実なので、疑われても仕方ないというか、むしろナギサ様に余計な心労を与えてしまって本当に申し訳ないと言いますか……』
『待って!?あたしだけ普通に成績が悪過ぎて入れられてるってことじゃないわよね!?……え?ハスミ先輩への人質?でも処分的には妥当?う、うるさいわね!!』
『あ、もちろん協力させて貰います!ここでナギサ様への名誉挽回もしたいので!』
『……ま、まあ、良いわよ。ハナコとアズサのためだもん。それにこれでも正義実現委員会のエリートなんだから!襲撃なんて見過ごせないから!」
……もちろんそこには、どうやっても戦力が足りないという困った事情もあったけれど。きっとそれだけが理由ではないと、ハナコは自分を信じたかった。
いつも周りに居る人達とは違う、柔らかな笑みを見せてくれる補習授業部の面々と触れて。自分もまた少しずつ変わり始めているのだと。成長出来ているのだと。実感を。
「え?ハナコちゃんの印象ですか?……うーん、そうですね。なんというかこう、いつも困ってる感じがしますね」
「なるほど」
それは何の変哲もない雑談。
この補習授業部の教師役である彼女に対する、生徒達からの印象を聞きたいと思ったスミレの興味である。それこそ誰かに何かを教えるということについては、スミレもまたスポーツに活かしたいと思っていたから。
「私達のこと以外にも、何か色々とやらないといけないことがあるんだと思います。まあ私はアビドスにも居ましたから、きっとそれが甘使ミアさんのことなんだろうなぁとは分かるんですけど」
「そうですね、ハナコさんも今や大変な立場です」
「ただそれでも、ハナコちゃんなりに真摯に向き合おうとしてくれているのが分かるんです。アビドスで話した時よりもずっと、私の目を見て話してくれているような気がします」
「相手の目を見る、ですか……」
「せっかくなのでこの機会に友達になれるといいなと思うんですけどね。というか、なりたいです。……だってハナコちゃん、ミアさんのお話をしてる時とかとっても可愛いんですよ?抱きしめたくなっちゃいます!」
ヒフミがそう言って時々寂しげな顔で窓の外を見ていたりするハナコの顔を思い出しがらニマニマしていると、その横で武器の整備をしていたアズサも言葉を紡ぐ。
「私はその甘使ミアという人物のことは知らないが、ヒフミと同じようにハナコが相当に心酔……というより、支えにしているのは分かる」
「支え、というと……」
「この人を助けたい、この人を救いたい。そう言いつつ、実際にはそう思える相手が居るからこそ、立つことが出来ている。そんな関係性を、私は知っている。……まあ、ハナコの場合はまた少し違うかもしれないが」
けれどそれは決して歪という訳ではなくて、実際にそれでハナコは救われている。もちろんより大変なことに顔を突っ込まざるを得なくなってしまったのは事実だが、それでも間違いなく、以前よりも活き活きと生きている。
「ハナコの場合はなんというか……もっとこう、慕っているというか、なんだろう」
「分かります!まるで恋をしているみたいですよね!」
「「……恋?」」
なんか話の方向がズレてきた。
「連絡が来ないか気にしたり!無意識に名前を口にしてしまったり!その人の話をする時に自然と笑みが浮かんでしまったり!そんなのもう恋ですよ!恋!」
「そ、そんなの!……あれ、破廉恥じゃない?」
「ふむ、むしろ清純なのでは?」
「なるほど、あれが恋なのか……確かに甘使ミアの話をしている時のハナコは少しだけ可愛いらしい気がする」
「恋は女の子を綺麗にすると言いますから!」
「で、でも、そのミアって人も普通に女よね……?」
「何を言いますかコハルちゃん!恋に性別なんて関係ありません!誰だって何処でだって恋をする可能性はあるんです!」
「そうなのか……つまり、私がヒフミに恋をする可能性もあるのか」
「え!?そ、それはその……」
「ややこしくなるからそこまでにして!ヒフミは脱線し過ぎだから!」
まあ大切なことは、ハナコはヒフミが思わず恋をしているのではないかと思ってしまうくらいに思いを馳せていたということ。次に会える時を楽しみにしていたということ。その時に褒めて貰えるように、相応しい自分としてあるために、必死に頑張っていたということ。
そしてそんなハナコの姿がとても可愛らしくて、愛らしくて、補習授業部の3人も彼女のことが先生というよりは、その先生に褒めて貰うために頑張る優等生のようにしか見えなかった。それ故に人間関係的な距離が生まれなかったのだとしたら、良き偶然だったのかもしれない。
「ま、まあ、ハナコは偶に変なこと言うけど……頑張ってるのは分かるから。この前の美食研究会を逮捕する手伝いをした時も、ハスミ先輩から頼まれてゲヘナの人との仲介とか、色々最後までやってたし」
「ちなみにハナコちゃんは私たちとは別に自分の勉強もしていますよ」
「え?そうなの?」
「ああ、私も戦術指揮について何度か相談された記憶がある。確かにあの時も手慣れているように見えたが、そういうことか」
「恐らくミアさんをサポートするためでしょう。アビドスの時にはハナコさんに頼っていたと聞いています、こればかりは出来る人も限られますからね。戦闘支援というのは才能だけでどうにかなる代物ではありませんから」
「……そっか、ハナコも頑張ってるんだ」
「毎晩、私たちにあった勉強方法とかテストまで作ってましたからね……」
「私達がもう少し頑張っていたら、明日の襲撃とテストが重なってもここまで悩まなくて済んだかもしれない」
「それは本当に申し訳ないって思ってるわよ!」
さて、こんな有様で本当に明日のテストで全科目90点以上を取ることが出来るのかと問われれば、コハルはもう全部投げ出したくなる気になるけれど。
それでもここまで尽力してくれたハナコのためにも、こうして仲を深めたアズサのためにも、そして正義実現委員会の1人としても、逃げ出すという選択肢はまずない。
「とにかく!ハナコとアズサのためにも!それに正義実現委員会としても!明日の襲撃は絶対に止めるから!いい!?」
「私も……その、色々と心労をかけてしまっているナギサ様をお守りするためにも、頑張ります!」
「私も調停部としての役割はありますが、何よりこのような出来事を目の前にしてお手伝いをしないという選択肢はありませんから!襲撃もテストも全て解決して!皆で野球をやりましょう!海に行ってビーチバレーなんかもいいかもしれません!」
「……ああ、私ももっとみんなと楽しいことがしたい。そのためにも協力して欲しい。ハナコも連れて、海に行ってみたい」
壁は高い、しかも2枚もある。
けれどきっと、超えることは出来るはずだ。
なにせここには信頼出来る仲間が居るのだから。1人では無理でも5人も居るのなら、きっと全部上手くこなせる。そう信じたい。