なんで先生が死んでるんですか……?   作:ねをんゆう

36 / 40
36.急転直下

『ハナコ、こちらアズサ。東棟からの侵入者は対処した、予定通りトラップが上手く機能した』

 

『こ、こっちはチーム:トレーニング!北棟はなんとか抑えられた……って言うか、数も少なかったし、ほとんどスミレが暴れてるだけだったけど』

 

『ハナコさん、西口と南口は予定通りシスターフッドで対応が完了しました。……まさか本当にこれほどの規模の襲撃が起きるとは思いませんでしたが』

 

 

「皆さん、お疲れ様です。ありがとうございます。それではこのまま第2段階に進みますので、補習授業部の皆さんは中央の指定ポイントまで来て下さい。サクラコさんはそのまま周辺の警戒を行いつつ、各組織への協力要請をお願いします。シスターフッドが独断で動いていると、またあらぬ噂が立ちそうなので」

 

『……否定したいところですが、身に覚えがあり過ぎて否定出来ませんね。承知しました。それでは皆様、お気をつけて』

 

 

 アリウス分校による襲撃、これについてはいくつか前提として考えるべきところがある。

 まず重要なのはこちらが相手の襲撃のタイミングを知っていて、動向も概ね把握しているということ。そしてこちらは守るべき相手のことを知っていて、戦力も事前にそこそこ集められたこと。良いことばかりだ。

 

 故にこうして敵の群勢がある程度まで踏み込んで来た段階まで待ち、戦力があらかた出て来たところを見計らって一網打尽……ということが出来たし、それによるこちらの被害はあまりに軽微だった。

 

 アズサによるゲリラ攻撃、スミレという強力な駒をコハルの遠距離攻撃や支援で徹底的にサポートする戦法、そしてハナコがそれほど干渉しなくともある程度は自己完結して動いてくれるシスターフッド。

 特に今回、ドローンの代わりに施設内の監視カメラを使うやり方をしているが、これがかなり効果的だった。その辺りの知恵を齎してくれたスミレにはハナコとしても感謝しかない。流石にその辺りはミレニアムの生徒というだけはあるだろう。

 

 

「ただ、流石にこれは順調過ぎますね……」

 

『ああ、スクワッドが来ないことは分かっていたが、"聖園ミカ"が何処にも見当たらない。本来ならこの段階で見つけて、その後は時間稼ぎに徹するつもりだったが……』

 

『"聖園ミカ"さんに関しては、自室には居なかった筈です。しかしこの段階で単独行動する理由もないので、一部のアリウス生徒を引き連れて別行動をしている……というのがありそうなところですが』

 

『ミカさんですか……現状、このトリニティにミカさんが狙いそうなものなどナギサさんくらいしか思い付かないのですが。もちろん私やシスターフッドそのものが狙われるという可能性も考慮はしていますが、今のところそういった前兆もありませんね』

 

「……姿が見えないというのが、1番恐ろしいものです」

 

 

 最も警戒している相手であり、どれほど順調に進めていても一瞬で盤面をひっくり返さねない相手でもある。故に彼女が見つかるまでは戦力を広く薄く分散して、居場所を確認した瞬間に一点集中させるという普通の手段くらいしか結局のところ手は見つからなかった。

 ……そんな彼女が姿を隠している、もしくは潜んでいる。自分達の頭にはない行動をしている。それはとても恐ろしいことだ。

 

 

「ハナコちゃん!迎えに来ました!行きましょう!」

 

「っ、ええ!今行きます!」

 

 

 まあそんなことを言っていても仕方がないので、ハナコは手持ちの端末に映像を切り替え、迎えに来たヒフミと共に部屋を出る。どうやらルートの安全も確保出来たらしい。

 

 今回の襲撃、勝利条件はいくつかある。

 

 1つは敵の完全無力化。

 

 2つ目は桐藤ナギサの安全の確保である。

 

 もちろんハナコとしてはどちらも狙いたいところであり、というかこの2つが達成出来てようやく安堵の出来る完全勝利と言えるだろう。

 聖園ミカの居場所が分からない現状では前者は今のところ置いておくしかないが、ならば今のうちに後者の方を詰めるべき。そして何よりそのために必要なのは、既に冷静さを失ってしまっている桐藤ナギサとの対話である。ハナコとヒフミは今回、そのための人員とさえ言ってしまって良い。

 

 

「……ヒフミちゃん、あの後ナギサさんに連絡は」

 

「……いえ、繋がりませんでした。ハナコちゃんの方は」

 

「繋がりましたし、お話も出来ましたが……なんというか、話にならなかったと言いますか」

 

「話にならない?」

 

「自暴自棄とでも言いましょうか。……恐らくナギサさんは、既にミカさんが裏切っていることに勘付いています」

 

「!?」

 

「私の配慮不足です、情報を与え過ぎました。そして今のナギサさんとしては、ミカさんが裏切ったというその可能性に気付いた時点でアウトだったんです」

 

「……ミカ様とナギサ様は、幼馴染」

 

「ええ。にも関わらず、セイアちゃんへの襲撃に関わっているだけでなく、アリウスを率いて反旗を翻そうとしている。どころかナギサさんにさえも牙を剥こうとしている、かもしれない。……大切な幼馴染が」

 

「それは確かに、自暴自棄になっても仕方がないというか……」

 

「何もかもがどうでも良くなってしまったのでしょう。私からの報告も上の空といった感じで、恐らくほとんど聞こえていませんでした。唯一反応があったのは……」

 

「?」

 

「……ミアさんは何処に居るのか、という質問くらいでしたね」

 

「……ナギサ様」

 

 

 既に恐怖すら超えて、虚無に堕ちているのが今の彼女だ。

 未来視を持つセイアが襲撃されただけでなく、大切に思っていたヒフミに妙な噂が確認されて疑わざるを得ない状況になっただけでなく、何故かミアともフラスコ設立の報告以降は完全に連絡が途絶えていた。

 

 ……次は恐らく自分が狙われるのだろうという恐怖感の中、それでもセイアが抜けた穴を埋めようと懸命に仕事をこなして、もし何かあったとしても幼馴染のミカだけでも守ろうと色々な画策をして。出来得る限りの最善を尽くしてきたというのに、それなのに……最も信頼していた筈の幼馴染こそが裏切っていたなどと。

 

 そんなもの、心が折れても仕方がない。

 

 

「ミアさんとはやはり連絡が取れません。であれば、もう頼れるのはヒフミちゃんしか居ないんです」

 

「……分かってます。元々は私のせいですから。ミアさんの言っていた通り、悪いことをしたのなら隠さずに早めに謝っておくべきだったんです。ナギサ様がこれ以上だれも疑わなくて済むように、今度こそちゃんと謝ります」

 

「ええ、お願いします。ナギサさんの無事を確保するためには、なによりナギサさん自身に生きたいという意志を持たせる必要があります。それがなければこの騒動が終息した後、結果的にティーパーティは破綻してしまうのですから。このような状況の中、もしナギサさんまで失うようなことがあれば……トリニティは恐らく崩壊します」

 

「ハ、ハナコちゃんやサクラコ様では駄目なんですか……?」

 

「私は学籍こそ変わらないとはいえ、既に連邦生徒会関連の組織に身を置いています。私のティーパーティ入りは多くの派閥に反発されるでしょう。……そうなるとサクラコさんを使い潰すような姿勢が最善になりますが、そもそもシスターフッドという組織自体がアレなので、対抗馬としてミネさんが同時にティーパーティに据えられることもまた確実……」

 

「……あのお二方は」

 

「十中八九、初回の会議で破綻するでしょうね……」

 

「うぅ、ナギサ様が要過ぎます……」

 

 

 もちろんナギサだって完璧ではないけれど、ナギサ以上にその役割をこなせる人間が居ないこともまた事実だ。トリニティ内には野心を持つ者も多いが、結局のところ中枢に近付くに連れてそんな人物が減っていくのがその証拠。

 

 かつてハナコがティーパーティの役員の1人に『次期ティーパーティは貴女でほぼ内定です』などと言われたように、相応しい能力が無ければそもそも声も掛けられず、セイアの代わりとなる生徒の話が出て来ない時点で、今のトリニティは人材が不足しているということに他ならない。

 

 きっと誰よりもナギサの身を案じているのは、その現実を知っているティーパーティの役員達に違いない。だからきっと、そことの交渉は簡単だ。

 

 

 問題は……

 

 

 

 

 

 

「……やはり、顔色が悪そうですね。ナギサさん」

 

「ナギサ様……」

 

 

「…………ハナコさん、ヒフミさん」

 

 

「聞きましたよ。最近は食事どころかお茶やお菓子にさえ手を付けて貰えないと。いくらなんでも食事を抜くのは感心できませんね」

 

「……」

 

 

 時間が時間とは言え、月明かりしか光のない真っ暗な空間の中。まるで病人のように覇気のない姿でベッドの上に起き上がるナギサの姿。ハナコのそんな言葉にもそれほど反応を返さず、彼女は逸らすようにして窓の外へ目を向ける。

 

 ……こうして2人をこの時間にナギサの私室へ入れてくれたのは、彼女の側付き達でさえ今の状況をどうにかしたいと思っていたから。なにせここは別に彼女のセーフハウスでも何でもないから。いつ襲撃されるか分からないというのに、ナギサが隠れようともしていない有様だから。

 

 だからこうして現れたハナコとヒフミに、彼女達もどうにかして欲しかったのだろう。食べることさえもしなくなってしまった、ナギサのことを。どうにかしてくれるのではないかと、そう縋って。

 

 

「ナギサさん、アリウスの襲撃者達が迫っています。直ぐにここから退避しましょう。今はアズサちゃんやサクラコさん達が足止めをしてくれていますが、いつ何が起きるか分かりません」

 

「……"アズサさん"ですか。つまり裏切り者など最初から居なかったと、そういうことですね」

 

「ナギサ様……」

 

「……セイアちゃんを襲撃したのはアズサちゃんで間違いありません。しかしそれは、恐らくセイアちゃんの計画です。アズサちゃんは二重スパイをしていたんです」

 

「……どちらにしても、私は何もかも間違っていたということですか」

 

「そ、そんなことは……!」

 

「きっと、ヒフミさんの件も勘違いだったんですよね。ハスミさんのことも、私の考えは全部。申し訳ありませんでした、思い込みで必要のない疑いをかけてしまいました。……こんなことだから、私は」

 

 

 ナギサは何処まで分かってしまったのだろう。今から思えば彼女の精神状態を考えて、もう少し報告する情報にも制限をすべきだったのかもしれないとも思うが、それ故に今の信頼を勝ち取れているとも言えるかもしれない。

 

 しかしどちらにせよ、ナギサはもう限界だった。何もかもを自分を責める方向に持っていこうとする。それが今の少しの会話だけでよく分かった。

 

 

「……ミカさん、なんですよね。この件の主犯は」

 

「っ」

 

「なんでしょうね、不思議な話です。せめてミカさんだけでも守ろうと頑張っていた時は、どれほど怖くて苦しくても我慢出来ていたのに。そのミカさんが主犯だという可能性が出てきた瞬間に、何も頑張れなくなってしまったんです。……何もかも、どうでも良くなってしまいました」

 

「……それほどナギサさんにとって、ミカさんの存在は大きかったということです」

 

「ええ、ですがそんなミカさんを敵に回してしまったのが今の私です。……だからなんでしょうね。ミカさんになら、例え殺されても良いと思っています」

 

「っ」

 

「ミカさんにそこまで思わせるようなことを、私はしてしまったということですから。あの優しいミカさんに、恨まれるようなことをしておきながら、私はその自覚さえ持てなかったということですから。……もう、嫌になったんです。そんな自分が」

 

 

 聖園ミカが犯人という可能性が出てきた時から、きっとナギサはずっと考えていた。その理由を、その原因を。ナギサは何よりミカのことを知っていたから、その優しさを知っていたから。彼女がそんなことをするのなら、そこには相応の理由がある筈だから。

 

 ……だから、その理由さえ思い浮かばなかった自分に失望したし、ならばもう殺されても仕方がないと納得した。大切な幼馴染にそこまで恨まれるような自分に価値などないと、そんな風にも考えてしまって。

 

 

「嫌な女ですね、本当に。知らず知らずにミカさんを追い詰めて、何の関係もないヒフミさんに冤罪をかけて……いえ、それは補習授業部の方みなさんに言えることでしたね。ふふ、図々しくも頭から抜けていたようです。こんな人間なのですから、見捨てられてしまっても仕方がありませんね」

 

「っ……まさかそれは、ミアさんのことを言っているんですか?」

 

「違いますか?何度連絡をしても、何度メールをしても、一言だって返事が無いんです。無視されているんです。ここまで連絡の取れないことが普通ありますか?私はきっと彼女にも見捨てられたんですよ」

 

「それは……っ、ですがミアさんは!!」

 

「そんなことをする人ではありません。でも自分がそんな人にそんなことをさせるような人間だったとすれば、それはもう仕方のないことです」

 

「ナギサさん……」

 

「放っておいて大丈夫ですよ、私のことは。……私はもう、何が正しいのか分からないんです。今まで自分がして来たことも、全部」

 

 

 言葉が届かない。

 言葉は通じていても、届く前に拒絶されている。

 

 ハナコは知っている、こういう状態に陥ってしまった相手を説得することは容易いことではないと。自分で自分という闇の中に陥ってしまい、その闇に浸り切ってしまった人間を引き上げるというのは、あまりに難しいことだ。

 

 どれほど理論立ててハナコが説明したとしても、かもしれない、もしかしたら、という有りもしない仮定でそれを弾かれてしまう。けれどそれも仕方がない、ナギサの現状は確かにこれまでの自分さえ信用出来なくなっても仕方のないものだ。

 

 ……今でもやはり、ミアとの連絡は付かない。けれどハナコではナギサを救うことは出来ない。そうなるとやはり。

 

 

 

「ナギサ様……私、ナギサ様に謝らないといけないことがあります」

 

「謝る?ヒフミさんにはむしろ私こそ謝らなければ……」

 

「違うんです!……その、私、ナギサ様に疑われても仕方のないようなことをしていたんです!」

 

「?」

 

「ですから、その、ナギサ様は何も悪くありません!最初から悪いことをして、それを隠そうとしていた私が悪いんです!だからそれを謝らせて下さい!」

 

 

 ヒフミは勢いよく頭を下げる。

 ナギサは目の前で起きたことに理解が及ばず困惑した表情を見せるが、それは言ってしまえば彼女の心に隙を作ったとも言える。ここからが勝負だ。

 

 

「私……実は、ブラックマーケットに出入りしてました……」

 

「っ!?な、なぜ!?ヒフミさんがどうしてそのようなことを!?」

 

「……欲しいグッズがあったんです。もう何処にも売っていない物がブラックマーケットになら売っているって聞いて、それで……」

 

「そ、そのようなこと……」

 

 

「……そんな馬鹿な理由であり得ない、と言った様子ですが。この件については紛れもない事実です」

 

 

「ハナコさん……?」

 

 

「ナギサさんもヒフミちゃんがモモフレンズの大ファンだということは知っていると思いますが、正直、その度合いは常軌を逸していると私は思います。グッズなんかのために、そこまでのことをしても決して不思議ではないほどに」

 

 

「で、ですが……」

 

 

「ヒフミちゃん、今回のテストに参加しなかった理由はなんでしたか?この際ですから素直に話しちゃいましょう」

 

「そ、その……ペロロ様のゲリラ公演に、どうしても参加したくて……」

 

「こ、公演……?」

 

「では実際のところ、ヒフミちゃんはペロロ様のグッズをどれくらい持っていますか?」

 

「か、貸し倉庫を2つ借りてるくらいには……」

 

「ではでは最後に、月にどれくらいの金額をモモフレンズに注ぎ込んでいますか?」

 

「……………………お小遣いが殆ど、残らないくらい、です」

 

 

 

「……嘘ですよね?ヒフミさん」

 

 

「う、うぅ……」

 

 

 仮にもこのお嬢様学校に通っているだけあり、元よりヒフミは金銭的に困るようなことはほぼほぼあり得ない程度の経済力を持っている。それはナギサも知っているところであり、それ故にヒフミがナギサと親しく接していても、それによる周囲からの批判はほぼ無かったと言ってもいい。

 

 ……だからこそ、最後の質問に対する回答にこそ、この信じ難い真実を受け入れさせるに十分な説得力が宿っていた。ヒフミの経済力でも足りないほどに注ぎ込んでいるという、その事実が。

 

 そう、阿慈谷ヒフミは異常者である。

 

 平凡で普通で可愛らしい生徒という印象とは裏腹に、自身の気に入った物に対しては明らかに異様とも言える執着を見せる。ハナコはここ数日の生活の中でそれをよく理解した。

 

 少なくとも彼女のなかで「ペロロ」というキャラクターは自身の成績や評判以上に優先すべき存在であり、そのためならば単独でブラックマーケットに忍び込むという常軌を逸した行為さえやってしまう。

 ナギサはそれを知らなかった、知らなかったからこそスレ違いは起きた。

 

 

「で、では、本当に……」

 

「元よりアビドスの一件でヒフミさんが絡んでいたのも、アビドスの皆さんがカイザーコーポレーションの手掛かりを探すためにブラックマーケットを散策していた際に、襲われていたヒフミさんを助けたからです」

 

「っ、ミアさんからは少しお手伝いをお願いしたとしか……」

 

「そ、それは、私からミアさんにお願いしたんです……ブラックマーケットに忍び込んだなんて、ナギサ様に知られたくなくて。もちろんミアさんからは、悪いことをした自覚があるなら素直に話すべきだと言われたんですけど……」

 

「せっかくですから、これも話してしまいますが。ヒフミさんはその際にアビドスの方々と銀行強盗を行っています」

 

「銀行強盗!?!?」

 

「とは言え、これはミアさんからの指示でもありました。元よりアビドスの皆さんが返済していたお金がカイザーコーポレーション経由でブラックマーケットに流れている可能性は考えられましたので。連邦生徒会へ提出する証拠集めの一環として必要な行動でもありましたから」

 

「ま、待ってください!!では巷で噂の覆面水着団というのは……!!」

 

「あ、あぅ……」

 

「アビドスの皆さんが名乗ったものですね。ちなみにリーダーのファウストはヒフミさんのことです。断り切れず、祭り上げられてしまいました」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「……あの、ナギサ様?」

 

 

 

 

 

 

「……かふっ」

 

 

 

 

 

「ナ、ナギサ様ぁぁぁああ!!!」

 

 

 

「あ、あらら、一度に与える情報量が多すぎましたか」

 

 

 ドサリと白目を剥いてベッドに倒れ込んでしまったナギサを、ヒフミは慌てて支える。とは言えこれはもう仕方がない、それはもうそんな反応にもなるだろう。

 

 ナギサがあれほど可愛がっていたヒフミにそんな一面があり、知らぬうちに犯罪組織のリーダーを名乗っていたのだから。脳が情報を拒絶したくなるのも納得出来る。これは先ほどまでとはまた別の拒絶である。

 お労しいことこの上ない。

 

 

「ええと……一先ず、これがヒフミさんに関する全貌になります。トリニティの裏切り者ではありませんが、強烈なペロロ狂いであり、ブラックマーケットにまで足を伸ばしていて、流れで犯罪組織のリーダーになっていました。正直ナギサさんに疑われるのも当然の有様です」

 

「す、すみませんでした……」

 

「……信じたくありません」

 

「すみません……」

 

 

「この流れで他の件も話しますね。まず先程も言いましたがアズサちゃんはセイアちゃんに唆された二重スパイですし、むしろナギサさんを助けるためにと精一杯に働いてくれています。アリウスの生徒ではあるものの、帰属意識より自身の判断を優先する非常に特異な子です。信じても良いと思います」

 

 

「……そうですか。セイアさんはそこまで考えていたのでしょうか」

 

 

「次にコハルちゃんですが、そもそも成績が悪過ぎてハスミさんからも人質どころか妥当な処置だと思われています。圧力としての意味がありません。ちなみにナギサさんが警戒していたハスミさんのゲヘナ嫌いの噂に関しても、どうやら元はゲヘナのマコト議長に自身の身体的特徴を揶揄されたからだそうです。その後は大々的にダイエットを宣言しつつ、つい先日に大量のパフェを平らげている所が目撃されました。しかも夜間に」

 

「……いつものハスミさんじゃないですか」

 

「まあ万魔殿で多少暴れたのは事実みたいなので、そういった噂が出るのも当然なんですけどね。その後に癇癪を起こして部室のものまで破壊していたみたいですし、ナギサさんの元に情報が届くまで様々な脚色もされてしまったのでしょう」

 

「あ、あの、それって普通にちょっとした外交問題なんじゃ……」

 

「だからナギサさんも警戒してたんですよ。そこまでゲヘナを嫌いになっていたのか、と」

 

「あぁ……」

 

 

 色々な疑惑には理由があって、けれどひっくり返してみたら実は自分の想像とは全く違う光景が広がっていて。世の中というのはいつだってそんな繰り返しだ。

 自分の思い描いた光景がそこにあることの方が少ないくらいに、世の中というのは陳腐であり、同時に奇想天外なものでもある。ハナコほどの知を持っていたとしても、確実な予測など出来ないのだから。

 

 

「だから間違いなく、ミアさんと連絡が取れないことにも、私はこういう奇妙な真実があるからだと思っています」

 

「奇妙な、真実……」

 

「ナギサさんが思うほど、全部が全部ナギサさんの責任ではありません。ヒフミちゃんのように、ナギサさん以外の人のミスや悪さによって状況が作られていることの方が多い筈です。自分の起こす渦より、他人の起こす渦に巻き込まれていることの方が人生は多いものですから」

 

「……」

 

「だから、大丈夫ですよ。少なくとも私とヒフミちゃんはナギサさんの味方ですし、ミアさんだって絶対にナギサさんを見捨てたりなんてしていません。……だってその証拠に、ミアさんはスミレさんを真っ先にナギサさんの下に向かわせたじゃないですか。同僚の私ではなく」

 

「!」

 

 

 それを断ってしまったのは他でもないナギサだったけれど。確かにミアは自分の最も信頼出来る人物の1人を、迷うことなくナギサの下に送っていた。それは乙花スミレというミアが自信を持って選んだ人物のことを知れば知るほどに、あまりに大きな意味を持つことがハナコにもよく分かった。

 ……そこまで心配して貰っているナギサのことを、いっそ嫉妬してしまったくらいに。

 

 

「だからナギサさん、今は私達と逃げましょう?」

 

「ハナコさん……」

 

「だって、聞きたくありませんか?あのミアさんがここまで私達の連絡を無視して何かをしているんですよ?絶対に変な無茶をしているか、妙なことに巻き込まれているに決まっています。……そんなお話、聞かない手はないじゃないですか」

 

「…………………………確かに、そうかもしれませんね」

 

「大丈夫です、ちゃんとヒフミちゃんと一緒に手を握っていてあげますから。安心してください。退路はアズサちゃんにコハルちゃん、それに私の大切な同僚であるスミレさんが確保していますよ」

 

「は、はい!絶対に離しません!私だってその、ナギサ様に愛を返すんですから!」

 

「……!」

 

 

 辛い現実ばかりで、信じたくない噂ばかりで、それでも押し寄せてくる責任と仕事に疲弊して、そんな最中でも常に付き纏う襲撃の恐怖。擦り減る精神と蓄積する疲労は次第に心を蝕み、いつしか微かな希望の光さえ隠してしまった。

 

 けれど、いくら個人を闇が包み込んだところで、その外側では人々は変わることなく自分の人生を懸命に生きている。そこには闇もあるし、絶望もある。しかしそれだけではなく、光は消えていないし、希望も確かに存在している。

 

 何もかもが黒などということはあり得ない。

 

 黒と白が両方存在するのが世界の在り方なのだから。

 

 そんな世の中だからこそ、人は生きているのだから。

 

 

 

「……ハナコさん、ヒフミさん」

 

 

「はい」

 

 

「その、お腹が空いて、あまり早くは歩けなくて……エスコートをお願いしても、良いでしょうか?」

 

 

「っ……はい!任せてください!」

 

 

「ええ、行きましょう。補習授業部が責任を持ってお守りします」

 

 

 

 まだ何も解決していない。

 けれど、他の何より重要な問題を解決出来た。

 ハナコはそれを確信している。

 

 以前の自分だったら間違いなく出来なかったことを、こうして成すことが出来た。成長することが出来た。その実感を、確かにこうして得ている。

 

 

 (ミアさん、貴女は本当に今何処に……)

 

 

 それだけが分からない。

 早く自分の働きを自慢したいのに。

 それから褒めてもらいたいのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハナコ!!ヒフミ!!聖園ミカを見つけた!!』

 

 

 

 

 

「へ?ア、アズサちゃん!?それは本当ですか!?一体どこで……!!」

 

 

 

『説明している暇はない!直ぐにそこを出るんだ!スミレが向かっているが間に合わない!』

 

 

 

「え、ええ!?まさかここに来てるんですか!?」

 

 

 

「……ミカさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

『違う!!そこに向かって【落ちているんだ】!!!』

 

 

 

 

 

 

 

「「「…………落ちる???」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー――――――――――ッッッッッ!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、ハナコの後方が爆ぜた。

 

 

 

 

 5階建ての建物の最上階である筈のこの部屋が。

 

 

 

 

 これ以上の上がないこの空間が。

 

 

 

 

 上空からの、"落下"によって。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。