聖園ミカの弱味は何かと問われれば、それは3年生にしては戦闘経験がそれほど多くなく、技量も脅威とされるほど卓越していないという点だろう。
いくら強くともティーパーティとして前線に出ることはあまり無く、本人もそれほど必死になって鍛錬を積んでいる訳でもない。故に正義実現委員会のツルギやC&Cのネルと比べれば、その点は明確に劣っている。鎖を使ったり、驚異的な体術によって空間を飛び回ったりも出来ない。
では逆に、彼女の強味は何かと問われれば、【それ以外の全て】である。弱点と呼べる部分など殆どない。全ての能力が非常に凶悪な水準で纏まっている。特別な鍛錬もしていないというのに。
聖園ミカは強いし。
聖園ミカは速いし。
聖園ミカは堅いし。
そして当然のように、物理法則を突破してくる。
「くっぅぅう!?!?」
「こっ、の!!」
「ふ〜ん?ちょっと気合いれよっかな!」
「「っ!?」」
同じ銃火器を使っていても、結果が全く異なるということが度々このキヴォトスでは起こり得る。それは決して扱いが上手いというレベルの話ではなく、そもそもの銃弾の威力が変わってくるという次元の話である。
元はトリニティでもよく使われている一般的なサブマシンガンだったそれは、所有者である聖園ミカが長年心を込めて飾った結果、暗闇の中でも星の様に輝く特異な特徴を持つようになった。
そしてそれは当然ながら武器としての性能にも影響しており、まるで自身の主人に相応しい存在に武器自身が変化したとも言えよう。
「じゅ、銃弾が……ミアさんの盾を……」
「か、貫通しました!?あ、あれってそんなに強い銃なんですか!?」
「……いえ、ミカさんだからこそです。あのサブマシンガンはミカさんが使用した時のみ、壁も盾も貫通する異常な威力を発揮します。どれほどの重装甲を纏っていても、あの攻撃を前にしては意味を為しません」
「くっ……ミアさん!スミレさんと挟むような形で立ち回って下さい!回復はスミレさんに偏らせます!」
「わ、私にですか!?」
「分かりました!ハナコさんに任せます!」
「っ、私もです!」
「はい!任せてください!」
ハナコの腕の中にあるシッテムの箱、これは言うまでもなく見た目は単なる端末である。故にこれを使って戦闘支援をしろと言われた時、ハナコには使い方などデータ整理程度の期待しかしていなかった。
……だが、やはりこれは連邦生徒会長の残したオーパーツの1つであり、同時に現存するあらゆる携帯端末を凌駕する特殊性を保有していた。
空中に映像を表示させる空中ディスプレイ機能、それも異様なほど鮮やかで解像度も高く理屈も分からない。その上で表示される戦闘支援システムは周囲の地形空間だけでなく、支援対象として定めた生徒達の詳細まで把握しているらしい。
いくつものディスプレイを表示させながら俯瞰的に映し出される戦場全体の映像を確認し、同時に味方と敵の情報を頭に叩き込みつつ、最適な動きと支援を考案する。
(っ、多機能過ぎる……どころか、まだ私の手の届いていない部分をシステムの方で勝手に補正している?本当に何なんですかこれは!現在のキヴォトスに存在するあらゆる戦闘支援システムが玩具にしか見えなくなりそうです!)
ディスプレイの1つに表示された、スミレとミアの現状。そしてもう1つのディスプレイに示された、2人のステータス。これこそがハナコが回復をスミレに集中させることを決めた理由である。
「っ!!ミアちゃんも、そろそろしつこいよ!」
「ガッ!?…………………ま、だまだァ!!」
「!?な、なんで今ので倒れないの!?」
甘使ミアは見た目から分かる通り、もう既に瀕死に近い状態である。恐らく彼女の体力を示しているであろうゲージも既に1/3を切っているし、今も理屈は全く理解できないがミカの攻撃と共に何処かから飛んできた落下物の様な物の直撃を受けて大ダメージを受けた。
……本当に何処からどういう理屈でそんなものが飛んで来たのか分からないが。理解したくもないが。それはさておき。
問題は甘使ミアは奇妙な特性をもっており、つまりそれは自分の体力が一定以下になると防御力が上がり、自己回復をし始めるという点だ。少なくともシッテムの箱は彼女のことをそう分析している。
ミアはそうした耐久性能を向上させる要素を2つ持っており、貫通力に優れたミカの攻撃を軽装備故の身軽さと自己回復によって上手く耐えているのだ。これほど攻撃をしているにも関わらず、一向に倒れる気配を見せない彼女にミカが驚くのも当然の話。
(一方で……スミレさんはミカさんとはあまり相性が良くなさそうなんですよね。ミアさんのように自己回復が出来る訳でもなく、特殊な能力もない、全体的な数値が高いだけのシンプルな性能。とは言え、ミカさんの攻撃力を考えると攻撃を引きつける役は難しい。やはり支援を集中して、とにかく生き残って貰うように立ち回るしかない)
イカれたトレーニングによって培われた、とんでもない身体能力と精神性。一方で経験の少なさ故にそれほど熟練されてはいない戦闘技能。ミアのように上手く攻撃を捌くことも出来ないし、逆に単純なその攻撃は動体視力さえも優れた聖園ミカには捌かれてしまう。故に相性は良くない。
「スミレさん!ミアさんの踏み込みに合わせて射撃を集中して下さい!」
「踏み込み……?」
「いい加減にスミレちゃんも鬱陶しいかな!これ以上何もないなら眠ってて貰おっか!」
「っ、しまっ……!」
「浮気ですか!!聖園ミカ!!」
「!?」
「うわぁっ!?そ、その急に威圧感ぶつけてくるのやめてってば!あと変な言い方しないで!」
「貴女は私だけを見ていればいいのです!私のことだけを考えていなさい!!」
「だから言い方ぁ!!」
「踏み込み、今のですか……!」
甘使ミアが定期的にああして発する凄まじい威圧感。それは当てられた者の注意を強烈に惹きつけ、自身の存在を爆風の様に主張する。シッテムの箱によると、どうやらその瞬間に彼女自身の能力も相当に向上しているらしいが、同時に相手の動きを一瞬こうして止めているのだ。
つまり……その一瞬だけなら、スミレの攻撃もまともに当たる。
「いち、にの、さんっ……!!」
「いっ!?たぁ!?」
「粉砕!!」
「あぐっ!?よ、容赦なさすぎ!?」
「っ、そろそろしつこいのは貴女も同じです!聖園ミカ!いい加減に私に救わせなさい!!」
「かっ、こいいなぁ!もう!!」
「ぅぐっ!?」
「っ……彼女は耐久力さえも!これでは何度攻撃しても……!」
ミアの威圧感、直後のスミレの連続射撃に、追撃のミアの打撃。ここまでしても聖園ミカは落ちないし、どころか当然のように反撃を返してくる。
本当に基礎能力に関しては完全無欠。ミアのように即時的な自己回復能力は持っていないとは言え、この女が屈する姿を簡単には想像出来ない。
「っ、ハナコさん……!」
「ナギサさん?」
「今、部屋の外で待機していた側付きにL118榴弾砲を1門用意させました。即席で用意出来るのはこれが限度ですが、火力の足しにはなりますよね?」
「っ、助かります!」
それまで何をしていたのかと思われていたナギサであるが、実のところ彼女は彼女でミカを捕えるためにそれとなく動いていたらしい。端末操作で指示を出し、なんとか用意することの出来たL118榴弾砲。
生徒1人を制圧するために使用するには当然のように過剰に見えるが、幼馴染のことをよく知るナギサからしてみれば、これでも足りるか怪しいところ。しかしそれでも、間違いなく大きな追加火力。
「っ……これは」
「ど、どうしました?」
「……ナギサさん!通信端末をシッテムの箱に近付けて下さい!射撃位置とタイミングを送信します!」
「そ、そんなことが出来るのですか!?」
「シッテムの箱が勝手にやっていることなので何とも言えませんが、とにかく理屈は抜いて出来ることをやります!……ミアさんは最大火力の準備を!代わりにスミレさんが前面で立ち回って下さい!」
「「了解!!」」
部屋は破壊し尽くされ、壁や天井どころか床面まで崩れ始めたこの状況の中。ハナコの指示通りミアは再び自身の拳に力を込め始め、スミレは瓦礫を蹴り、悪くなり始めた足場をむしろ楽しむように高速で動き回る。
「この……っ!?ナギちゃん……!?」
「この程度の射撃くらいは、私にだって出来るんですよ!ミカさん!」
そうしてミカがリロードのために一瞬止めたその手を、ナギサは自身の愛銃である拳銃:ロイヤルブレンドによって撃ち抜く。
どれだけ驚異的な威力を持っていたとしても、それは結局のところ銃であり、弾丸が無ければただの鈍器でしかない。何度も何度も見たミカのリロードの仕草、それを狙い撃つのに不意打ちであればナギサにとって難しいことではなく。
「ミカさんのリロードは私が封じます!」
「っ、だったら銃無しで……!!」
「この浮気者!!私を見なさい!!!」
「!?」
「スミレさん!」
「いち!にの!……さんっ!」
「うっ、またこの……!」
一瞬でも気を抜けば、それを忘れてしまえば、何度だって引っ掛かってしまうミアの威圧感。そしてそれに合わせるようにして放たれるスミレの高速移動+3連射、回避がほぼ不可能に近いこの攻撃を喰らってしまうといくらミカと言えど表情が大きく歪む程度のダメージは避けられない。
……そして、今回は更にそこに加えて。
「ペロロ様の出番です!!」
「え?………は?」
「今ですミアさん!!」
「参ります!!――救ッ済!!!!」
「なっ……ゴハッ!?!?」
「ナギサさん!」
「はい!!L118榴弾砲!Fire!!!」
「ミアさん!!離れて下さい!!」
「了解!!」
ヒフミによって唐突に戦場に投げ込まれたペロロ様と、直後に隙を狙って放たれた甘使ミアによる渾身の一撃。衝突の瞬間に紫色の衝撃波が爆発するかのように放たれる蒼森ミネ直伝の、僅かながら物理法則を捻じ曲げたバケモノへ一歩足を踏み出してしまった証拠となるそれ。
いくら聖園ミカと言えど、この攻撃をまともに喰らってしまったら内臓の中身をぶち撒け兼ねないほどの衝撃を受けて。フラつき、蹌踉めく。それでも膝は突かない。
……その上で、放たれた号砲。
ナギサの側に居れば、嫌でも耳に慣れるその音。
けれど、分かっていても避けられない。
ミアのその一撃を受けた後では、聖園ミカとてそんな風には動けない。
「あ、これやば……」
ーーーーーーーーーーッッ!!!!!!!!!
「………」
ミアはこの戦闘の最中、ずっと考えていたことがある。
それはつまり、結局のところ、聖園ミカという少女が何を望んでいて、何に怯えていて、何をどうすれば納得してくれるのかということだ。
彼女は自分で言うほど頭が悪い訳ではないし、色々なことを考えているし、それによって後悔したりもする。根は善性であるという事前情報も間違いないだろうし、それ故に悪事に手を染めている今の状況で最も追い詰められているのは逆に彼女の方だろう。
言ってしまえば。蒼森ミネよりも強い可能性の高い彼女を攻め落とすには、単に暴力だけで済まそうとするのは絶望的である。もちろん時間をかけて、数を集めればそれは出来るかもしれないが。
(……正直、それではリンチでしかない。大勢で責め立てているのと、何も変わらない。本当にそれで彼女を救うことが出来るのか?)
そう、それだけが引っ掛かっていた。
もちろん、ミア一人で彼女に勝つことは出来ない。それが出来れば一番いいのに、力不足の自分ではそれが成せない。力が無いから出来ないことだ、だがそれで諦めたくもない。
「う、うぅぅぅ…………み、みんな酷いなぁ。私だって普通の女の子なんだよ?こんな寄ってたかってさぁ」
「う、嘘……」
「……やはり、この程度では足りませんでしたか」
「こ、これは流石に、その肉体に至るまでのトレーニング方法を伝授して頂きたいレベルですね」
「た、立ち上がれるどころか、まだまだ全然戦えそうですね……」
「……」
立ち上る火と煙、凄まじい熱量と衝撃の余韻。そんな中でも当然のように立ち上がり、リロードまでし始めた彼女。上着は焼き切れて落ちてしまったけれど、その身体には小さな傷程度のものしかなくて、やはり目に見える重傷と呼べる様なものは無かった。
……この程度で、やはり彼女は倒せなかった。
気絶させることも叶わない。
そしてもちろん、納得させることも。
「……」
「っ!?ミ、ミアさん!?一度作戦を……!」
「いえ、少し私に任せて下さい」
「え?」
「私も少し、腹を括りたいと思います」
「腹を……?」
「へえ、まだ何か秘策でもあるのかな?流石にそろそろ私もキツい頃だから、今度こそやられちゃうかもね?あはは☆」
「……」
どうすれば納得させられる。
どうすれば彼女を止められる。
力で捩じ伏せれば、本当に納得させられるのか。
一度でも気絶させれば、彼女は素直に従うのか。
先生はそんな風に、彼女を救ったのか。
「聖園ミカさん」
「ん〜?そんなに近付いて、今度はインファイトかな?それとも投げ技?頭突きとかもあるかもね」
「聖園ミカさん」
「なになに?ほんと、相変わらず怖い顔してるけど。何をしてくるのか分からないのが一番ミアちゃんの怖いところって言うか……」
「ミカさん」
「っ……ミアちゃん……?」
自分より背の高いミアが、まさに目と鼻の先の距離まで近付いてくる。ただミカの名前を呼びながら、正に何を考えているのか分からないような様子で。
……けれど、ミアだって色々なことを考えていて、その上で彼女なりの答えを出している。そしてこれからしようとしていることもまた、彼女がその冷静に見える表情の下で、これでもかと頭を回した末に至った結論。
「大丈夫です、貴女のことは私が守ります」
「っ………………!?!?!?!?!?!?」
「どうか、私を信じて下さい。私が貴女を守ります」
「なっ、なっ、ななっ!?何を!?」
「私は貴女を守りたい」
「!?」
「私に貴女を守らせて下さい、聖園ミカさん」
「っ!?……っ!?!?」
「――本当に、相変わらず真っ直ぐですね。ミアさんは」
その大きな身体で、ミカの身体を抱き寄せる。
やったことは、ただそれだけ。
驚いて身をよじろうとする彼女を逃すまいと、強く強く抱き締める。ただそれだけ。
ただそれだけしか、思い付かなかった。
「ミカさん、私は言葉があまり上手くありません。ですが懸命に尽くします、聞いてくれますか?」
「……ひゃ、ひゃい」
ただ変わらず、自分の懸命を尽くすことしか。
甘使ミアには出来ないから。
「ミカさん、私は貴女の事情を知っています。最初はアリウスの生徒達と本当に和解したいだけだった。けれどセイアさんへの悪戯が襲撃にすり替わってしまって、もう引き返せなくなってしまったことも」
「っ!?」
「しかし既にセイアさんが無事であり、それもまた彼女の計画の内であったことを今の貴女は知っています。故に貴女はまだ戻れるはず。それでもこちらに戻ろうとしないのは……そしてそもそも、この様な事態を招いたのは。貴女が短慮であることが原因でしょう」
「………」
「その短慮こそが貴女を貶め、恐らくこれから先、その長い人生の中でも何度も貴女自身を苦しめることになる。何処かで是正しない限り、今後も何度でも同じことを繰り返すことでしょう」
「……何が、言いたいの?」
「貴女はここで苦しむべきなのです」
「!」
「楽になろうと思ってはいけません。逃げてはいけません。貴女はここで自らの犯した罪と向き合い、苦しまなければならないのです。……そうでなければ、本当の意味で救われることはない」
そんな突き放す様な言葉と共に、けれどミアはより強い力で彼女のことを抱き締める。自分の胸の内に、ミカを閉じ込める様に。
「貴女は変わらなければならない、これから先の長い人生をより幸福に生きるために。そして今日この時こそ、貴女が変わる最大のチャンスでもあるのです」
「……ミアちゃんは私に、苦しめって言うの?」
「変われ、と言っているのです」
「……それが出来たら、私は」
「それは友人を殺しかけても変われないほどに頑固なものなのですか?」
「っ」
「貴女は自身の犯した罪を正しく認識し、悔いて、反省し、苦しむ、その責任を背負う。ですがそれは貴女にとっても必要なこと。……もしここで逃げてしまえば、仮にアリウスによる乗っ取りが成功したとしても、貴女は未来永劫その苦しみから逃れられないでしょう」
「……未来、永劫」
「私はその様な苦しみをあなたに味わって欲しくない。ただそれだけなのです。……より求めるのであれば、いつの日か貴女のその力を貸して頂きたいという思いもありますが」
「……」
最後の一言は言わない方が良かった気もするけれど、そこまで言ってしまうのもまた甘使ミアというもの。それに実際のところ、ミアの言っていることはミカもなんとなく分かっていたことではある。
……だからこそ、自分の人生はもう終わりだと思って。諦めるどころか、自暴自棄になっていたのだから。何もかもがどうでも良いとさえ、思っていた。
「……でも私、このままだと間違いなく退学だよ?ミアちゃんが言ってたみたいに、ナギちゃんやセイアちゃんと同じ机を囲むとか、絶対に無理だと思う」
「そもそも、なぜ無理だと思うのですか?」
「殺人未遂に外患誘致、それだけで十分だと思う。パテルの子達は失敗した私を絶対に許さないだろうし、他の子達もこれ幸いにと蹴落としに来るんじゃないかな?」
「だからなんだと言うのです」
「……いや、だからね?」
「言った筈です、私が守ります」
「え……」
「仮に貴女が退学になったとしても、私が貴女を引き取ります。そして今度は独立調停部の構成員として、私と共に彼女達と同じ机を囲みましょう」
「………ほ、本気で言ってる?」
「私はいつでも本気です」
それは間違いない。
それだけは断言出来る。
甘使ミアは冗談など滅多に言わない。
「そもそもの退学についても、私は全力で抗います。本件については多くの要素が複合的に混ざり合った結果であり、これからの努力次第で情状酌量の余地があると私は考えます。この裁定の中に僅かでも権力闘争の影響が混じる様であれば、これを徹底的に追求し排除することを約束します。貴女に正当な罰が与えられるよう尽くします」
「……正当な罰、か」
「それでも貴女に過剰な罰が与えられるようであれば、病巣はトリニティにあるということ。やはり貴女は私が引き取り、その上でトリニティの問題解決に取り組みます。もちろん、それとは別に貴女にも十分な反省をして貰いますが」
「……なんだかむしろ、そっちの方が魅力的かも」
「どちらの結果になるにせよ、私は貴女を救います。決して途中で見捨てることはしません。全力を持って貴女の手を取ります。……ですからどうか。この一度だけでも、信じて貰えませんか?」
「……」
「貴女の信用を得られるような根拠を、今の私は持ち合わせていません。ただ言葉を尽くす以外に方法がありません。力では貴女に敵いませんし、ハナコさんのように賢い頭も持っていない。……それでも、ここに誓うことくらいは出来ます。貴女を決して見捨てないと、絶対に諦めないと。約束は出来る」
「…………………そっ、か」
真っ直ぐに、真っ直ぐに、只管に。
何の裏表もない言葉をこれでもかとぶつけられて。逃げられないようにギュッと両手で抱き寄せられながら、救いたいと、見捨てないと、勝手に誓われて。
「そうやってミアちゃんは、誰でも救うんだね……」
「はい、誰でも。私の目についてしまったからには、逃げられないと思って下さい。私は貴女を逃しません」
「……そこは嘘でも、『貴女だからです』とか言うところじゃない?」
「嘘はいけませんから」
「あはは……ミアちゃんの特別になれたら、相当嬉しいんだろうなぁ。君を慕うハナコちゃん達の気持ちが、なんだか少しだけ分かった気がするよ」
「?」
それまでされるがままだったミカが、抱き返すようにして腕を回す。もしこれが他者を信用する最後の機会だったとしても、きっと人選としてこれは間違っていない筈だから。もし彼女にまで裏切られるようなことがあれば、悔いなく全てを憎むことが出来る。彼女がそんな人間だと分かったから。
「ねえ、私本当にまた同じ場所に戻れるのかな」
「まったく同じ場所に戻ることは不可能です、貴女のしたことはそれほどに重い。ですが、今よりマシな場所には進めます。それでは不満ですか?」
「……ちゃんと、連れてってくれる?」
「連れてはいきません、ですが付いてはいきます。壁を乗り越える手伝いだって、隣でしましょう。それでも間違えるようなら、またこうして全霊で止めます」
「そっ、か………………そこまで言ってくれるのなら、うん。信用しない方が、むしろ酷いよね」
そこでようやくミカは身体から力を抜き、自身を委ねるようにしてミアに向けてもたれ掛かる。
こうして何もかもを委ねるということは間違っているけれど、しかしそれの本当の意味は、信頼するという意思表示だ。
「うん……分かったよ、ちゃんと降伏する。確かにどうせこのままアリウスの子達の作戦を成功させたところで、私は幸せになんてなれないだろうから。……その甘い言葉に、乗ってあげる」
「それほど甘いつもりはありませんでしたが」
「ううん、甘いよ。すっごく甘い。……だって、こんな救いようのない女を見返りも無しに助けたいだなんて。いっそ怪しいくらい。ミアちゃんじゃなかったら絶対に信用してないもん」
「見返りはありますから」
「……だったら、ちゃんと返さないとね」
「ええ、ちゃんと幸せになって下さい」
「……お人好し、そっちじゃないでしょ」
自分の言ったことなど、本音であるべきことなど簡単に忘れて。自分の力になって欲しい、などという願いが本当にオマケで。目の前の人間を助けることばかりしか見ていなくて。
……そんなお人好しが丸分かりな彼女は、むしろ守られる側であるべきなのではないかとさえ思ってしまう。だからこそ、力になりたいと、手を貸したいと思ってしまうのだが。
「さて……」
「ひゃっ!?な、なに!?」
「お気になさらず、怪我をされているので。諸々の処理の前に、一度このまま治療へ向かいましょう」
「自分より酷い怪我してる子にお姫様抱っこされるのは流石に申し訳ないんだけど!?」
「安心してください、慣れていますから」
「そのレベルの怪我に慣れるのは間違いなくアウトだよね!?」
そう、それは言うまでもなく。
あまりにあまりに酷い有様、見ていられないくらいに。
なぜ一番怪我の酷い人間が、一番元気に動いているのかと。まったく本当に、呆れてしまう。直接戦っていたミカでさえ、いつになったら倒れるのだと本気で怖くなってしまうくらいに。
いやはや本当に……
――――――――――――――――――萓オ鬟滓─遏・。
「……え?」
「……?ミアちゃん?」
――――――。
「ミ、ミアさん?」
「ど、どうしたのですか?」
――――――――――――逾樒ァ俶キキ霆「縲∽セオ鬟滓拠邨カ。
「ミ、ミアちゃん?な、何言ってるの?な、なにこれ!?どうなってるの!?」
「な、なんですかこれ!?ミアさんの姿が、ブレて!?」
【シッテムの箱、起動。新規プログラム『果てある旅路の登山棒』実行、対象を甘使ミアに指定】
「っ、今度はシッテムの箱が!?」
「何がどうなっているんですか!?」
【甘使ミアの神秘に干渉、安定を補助。並行して調整プログラムを実行、対象を休眠状態に移行させます】
「っ!?倒れちゃったよ……!?」
「い、いえ、恐らくそれは休眠状態で……いえ、だからと言って何が……」
【休眠状態、確認。調整プログラムの正常作用、確認。安定補助、修正処理の拒絶、complete】
【…………………………うん、これでもう大丈夫よ】
「「「!?」」」
「喋っ、た?」
「シッテムの箱に意思が……?」
「………………………あなたは一体、何者なのですか?」
【さて……はじめまして、みなさん。私は天音マキリによって作られた、天音マキリの人格データを元に構築された寄生型AI、通称Kriel(キリエル)"です。よろしくお願いしますね】
少しずつ、動き出す。