『………停止していたサンクトゥムタワーですが、現在は連邦生徒会を中心に活動を再開しており………の陰には連邦捜査部シャーレ所属……先生の活躍が……』
「………」
身体をほぐしたいという生徒に按摩を施しながら、背後に流れるニュースの内容に意識を向ける。
事情についてはそれなりに把握している。
なにせ"彼女"の言葉通りにサンクトゥムタワーの停止と共にキヴォトスのあちこちで異常事態が発生し、その原因を突き止めるために正義実現委員会のハスミと自警団のスズミが連邦生徒会へ向かったという情報は聞いていたのだから。
ミレニアムにおいて風力発電所が停止したりなど、耳に入ってくる情報の何もかもが"彼女"の言葉通り。概ねの心構えはしていたとは言え、改めてこうして向き合ってみると色々と思うところもある。
何せそれは、言ってみれば彼女の語った"予言"の全てが事実であるという証左でもあるのだから。喜ばしいことだけならまだしも、悲劇や災厄まで含まれるとなれば素直に喜ぶことなど決して出来まい。
「未来を知る人物というのは、果たしてどのような苦痛を抱えるものなのでしょう。セイア様」
「……それを私に聞くのかい?」
「この展開は予知されていなかったのですか?」
「ふむ……君は未来予知というものを少し勘違いしているらしい。いや、これは単に実感の問題か」
「実感、ですか」
適度な力具合で、的確に気持ちの良い所を指圧されて、少しうとうとした表情で百合園セイアは言葉を紡ぐ。噂通り、どうやら彼女は腕も一流らしい。
「未来を予知するというのは安くなく易くない。時間と体力、なにより精神的な摩耗が激しい。それこそ最悪な未来など見させられようものなら尚更だ。一般的な感性を持つ人間であれば、飛び起きて息を荒げるような悪夢を何度も見たいとは思わないだろう?」
「つまり、それほど簡単に乱用出来るものではないということですか」
「ああ、君はオカルト的な話はそれほど信じていないと聞く。であるなら、これを現実と見紛う程の夢を見る能力だと思ってくれて良い。そして私は肉体的には元より、精神的にもそれほど強い性ではない。……正直に言えば。こんな能力、無ければ良かったと思ったことも何度もある」
「にも関わらず、責任感が強いのですね」
「単に臆病なだけだろうとも。せめて自身の周りの者達くらいは助けたいと思った癖に、それさえ満足にこなせてはいない。実際つい先日までナギサにもミカにも顔を見せることなく自室に引き篭っていた、彼女達が傷付く確信を得ていながら」
「それでは、一体何の御用で今日はこちらに?」
「……」
按摩の手を止め、互いにジッと見つめ合う。冷たい目……否、静かな目。心の奥底まで水面一つなく、荒れ狂ってばかりの自分のそれとは対極的な位置にある彼女の精神。それは一年生のものとは到底信じられないものの、しかしどこか似たものを見たことのある、異質なもの。
生まれつきの精神性なのか、後天性の変質なのか。どちらにせよ、こうして向き合ってみて初めて分かるものもあるというもの。予知の中では常に誰しもが余裕がないのだから、こんなことには気付けない。
「……見極めたかったのさ。君が真に信用足り得る人物なのかどうか」
「つまり、セイア様の未来に私の姿は無かったのでしょうか」
「あったとも。だが予知の範囲内では君の目的が分からなかった」
「……」
「君はナギサを救うことが出来る。君はより多くの人間を救うために奔走する。トリニティだけでなく、他の自治区にまで足を運び、その腕を振るうことになる。この予知については既にナギサにも伝えているし、彼女もそれを理解した上であの提案を君にしている」
「……何故そうなるのかの過程については理解出来ませんが、セイア様がそう仰るのであればそうなるのでしょうね」
「ああ、だがどの未来を見たとしても君の目的だけがどうしても掴めなかった。真意と言っても良いだろう。……ミカ辺りが言っていたかもしれないが、君とミネは似ているようで、精神性が明確に異なる。少なくとも君の行動原理は正義感や救護精神に基づいたものではない。君の救護はミネのそれとは異なり、また別の根源から派生したものだ」
「……」
「そして君の抱える何らかの秘密にも、私は興味がある」
そして、知っている。仮にこうして直接向き合って尋ねてみても、誰がどの場面で聞いたとしても、彼女がそれを答えてくれる事はないということを。
セイアは未来を見ることが出来ても、過去を見ることは出来ないのだから。その人物の根本に根付くものを見抜くことが出来ない。
そしてどの未来を見ても彼女のそれを暴くことのできなかった事実を考えれば、少なくとも自分がそれを直接聞くことなど出来るはずがないということも、理解していた。
「……私としても、セイア様に興味があるのは事実です」
「そうなのかい?」
「ええ。なにせ貴女が絶望している未来というのは、私もまた無視することの出来ないものなのですから」
「確かに、無関係では居られないだろうね」
「その点で1つ確認させて頂きたいこともあります」
「聞こう。答えられるかどうかは別として」
「……セイア様は、一体どれほど先までの未来を見たことがありますか?」
「……っ」
ここに来て初めて、彼女の目が本当の意味でセイアを貫く。
「それはまた、奇妙な質問だ」
「より端的に申し上げるのであれば、貴女がその"絶望の未来"とやらの表面を舐めた程度で騒いでいるのではないかと私は疑っているのです」
「……」
そして、唐突に打ちつけられたそんな心ない一言に、流石のセイアであっても顔を歪めた。
だがそれでも、何の意図もなくそんなことを言う女でもない。つまりそれは、彼女がどうやっても知りたいことなのだろう。そして同時に、百合園セイアという臆病な少女に対して抱いた疑い。……それだけ?
「……君の言う通り、確かに私は一目見た絶望の一欠片でいつも心が折れそうになる。実際にその通りだ。そうして一度は何もかもを諦めようとした」
「そうですか」
「その上で君の質問に答えるのであれば……光を失った君と、そんな君に覆い被さったナギサの姿。取り返しのつかないそんな瞬間なんてものは、どうだろう」
「……十分です、ありがとうございます」
眉を顰め、目線が彼女の右下へと落ちていく。
セイアのその答えはどうやら彼女にとって満足のいくものであり、そして同時に彼女に何らかの考えごとをさせる程度には意味のあるものであったらしい。
「……他に何かないのかい?私にして欲しい事、若しくは聞きたい事」
「随分と気前が良いのですね」
「それほど君には期待しているんだ」
「そうですか、ですが現状それに答えられるほどの余裕が今の私にはありません。時間が必要です」
「余裕がない?」
「ええ」
「それは何故だい?」
「それは……」
言えない、言わない。
恐らくそこもまた、彼女の核心に迫るものなのだろう。それが理由となって、彼女は今珍しく困惑しているということ。……というより、それが珍しい事かどうかも分からない関係性でしかないのだが。
「あ、あのー……今って空いてますかー……?」
「……失礼します、セイア様。少々こちらでお待ち下さい」
「ああ、構わないよ。気にしないでくれ」
恐る恐ると扉から顔を覗かせた正義実行委員会の少女に気付くと、彼女はセイアの寝転ぶベッドのカーテンを閉めて対応に向かう。恐らくは同じ一年生の生徒だろうに、その正義実現委員会の少女は髪で目元を隠し、小さな体躯で同い年の彼女に必死に調子の悪さを説明し始めた。
(あらゆる能力に秀でていながら、ハナコに届くほどの頭脳はなく、ミカに抗えるほどの暴力を持たず、集団を率いる力は私にさえ劣る……詳細な情報はまだ無いが、基本的な能力はミネの下位互換と考えていい。しかし重要なのは、彼女の思考と意思だ。彼女の行動力だけは、恐らくあのミネをも上回っている)
カーテンの隙間から覗き見るセイアを横切るようにして、どうやら少し熱があったらしい少女を優しく抱き抱えて歩いていく姿を見る。
それなりに背が高く、クールな顔付きで表情も少なく、それでいて甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる彼女に、意外と隠れたファンはそこそこ居る。そして顔を真っ赤にして抱かれているその様子を見るに、そんなファンがもう1人増えてしまったというところだろうか。
(となるとやはり……ハナコを付けるのは間違った選択では無かったか。ハナコであれば彼女の穴を埋めてくれるだろう。多少感情的になった際にやり過ぎてしまう性質はあるが、それはむしろ彼女の方が補ってくれるはず。これで未来が多少であっても変わってくれるのであれば……)
ーーーーーザザッ
(………?)
セイアがそんな風に自身の選択とこれからの道筋について思いを馳せていると、突如として診療所内で流されていたラジオの音に雑音が走る。
それは何かしら機械的な異常や、回線にハックを仕掛けられた時に生じるようなものではなく。むしろそれまでラジオとして流れていた何の変哲もないニュースの途中で、何らかの異変が起きて、放送を途中で止めざるを得なくなったような、そんな……
『臨時ニュースです!!先程………邦生徒会からの発表が……』
(連邦生徒会……?)
あまりの慌てようなのか、それともラジオ自身が故障気味なのかは分からないが、ところどころ途切れながらもクロノススクールのレポーターが必死に言葉を紡いでいく。
その内容は実のところセイアにとっては分かっていた事で、というよりは知っていたことで、知っていた上で大したことではないと思っていたことで。
むしろ別に注目もしていなかったし、状況が状況だけに大したことではないと思考に上げることさえしていなかった。なにせそれは決して特別なことではなく、どんな未来を見たとしても変わることなく……既定路線の出来事。
『シャーレの……先生がアビドス自治区にて……『死亡』してい……が確認され……!!』
「は?」
「……っ!?」
けれどそのニュースを聞いて、誰よりも大きな声で反応を示したのは彼女で。そしてそんな彼女の顔は、これまでに無かったほどに感情が浮き彫りになっていて……
「先生が、死んだ……?」
その瞬間に、セイアはなんとなく察してしまった。
もしかすれば、全ての原因はそこにあったのではないかと。
そして同時に、それもまた手遅れになってしまったのではないかと。
「……セイア様」
「……甘使ミア。まさか、あの先生が」
「これより私はアビドスへと向かいます。ナギサ様を含め、説明や後始末等の諸々をお任せしてもよろしいでしょうか」
「……すまなかった、これは恐らく私のミスだ。私はこの事象をそれほど重く捉えてはいなかった」
「責任の所在を問うことに意味はありません。今はただ、お願いします」
「分かった、引き受けよう」
セイアにそう言い残すと、彼女は別のベッドに寝かされた正義実現委員会の少女に一声をかけて、掛けてあった鞄と白衣をひったくる。
鞄に取り付けてある小楯と肩から掛けた巨大なショットガン。大楯と細身のショットガンを使用する青森ミネと似たような構成であっても、やはり何もかもが同じと言うわけではないらしい。
「では、行って参ります」
「……ああ。落ち着いたらまた話そう」
想定外の事態、自身も混乱と困惑の真っ只中のはず。それでも口より頭より先に身体が動く。よく分からないが、理解して飲み込むことは出来ていないが、やるべきことだけは分かるから、ただ足を動かす。
その意思と、思考と、人間性。狂気とも評されかねないそれこそが、きっと……
『……なるほど、それはまた急な話ですね』
「申し訳ありません、ミネ様。それでも引き受けて頂きたく思います。それと暫くの間、診療所の管理をお願いしたいのです」
『それは構いませんが……しかし、一体何が?単なる用事とは思えませんが』
「少しアビドスの方へ向かうことになりまして」
『アビドス?……そういえば先程、妙なニュースが』
「諸々の引き継ぎはセイア様にお任せしていますので。何かありましたら、後程この連絡先にお願いします。何分、私自身今はそれほど余裕がありませんので」
『……分かりました。また落ち着いたら連絡を下さい。貴方の考えや目的は分かりませんが、セイア様関係の事柄なのでしょう。どうかお気を付けて』
「ありがとうございます」
歩く、歩く。
無駄を省き、感情を排し、思考を回し。
心に描くは、美しき過去。
『……なるほど、分かりました。事前連絡は頂けましたし、セイアさん関連という事であれば仕方ありません。アビドス高等学校の問題解決、それが今どうしても必要な事なのですね』
「セイア様は便利ですね」
『……一応確認しますが、嘘ではないんですよね?』
「もちろんです」
『それならいいのですが……しかしお分かりかと思いますが、他校の自治区への干渉というのは基本的に推奨されません。それは殆ど自治能力が機能していないアビドスであっても変わりません。その辺りの策はあるのですか?』
「ありません」
『……ですよね。分かりました。ええと、それでは応急処置的な対応に過ぎませんが、私の方で適当な立場を作っておきます。救護騎士団関連のボランティアとして他校を訪問する、というような形で。名目としては弱いですが、無いよりはマシです」
「分かりました。それともう1つお願いがあるのですが、どのような形でも構いませんので、私のその役職と存在を連邦生徒会の方にも伝えておいて頂けないでしょうか」
『連邦生徒会に……?』
「……どこまで話すべきか戸惑われますが、私がこうして動かざるを得なくなった理由には『連邦捜査部シャーレの先生』の存在があります」
『……確か、その方はアビドスで』
「ええ。連邦捜査部シャーレの先生は、失踪した連邦生徒会長直々の推薦です。どのような形であれ、今の生徒会長代行も関わっていることでしょう」
『なるほど……考えるに、恐らくシャーレの先生はアビドス高等学校の問題を解決するために、アビドスを訪れたのでしょう。その後を継ぐ、つまりミアさんはシャーレの先生の役割を代わろうとしている訳ですか』
「応急処置ですが」
『……色々と聞きたいことはありますが、今は飲み込んでおくことにします。それとなく連邦生徒会の方に話を流しておきましょう。他に何か必要なことがあれば言ってください、協力しますよ』
「ナギサ様、このお礼は必ず」
『気にしないでください、我々は友人なのですから。友人とは個人の損得ではなく、自然と相手を思いやるもの。そうでしょう?』
「……そうでしたね」
急転直下、生きる世界は容易く変わった。
けれどそんなことが当たり前のように起きる政治の世界で生きるナギサは、可能な仮定を積み重ね、その真意を予想して、適当なレールを引いていく。……否、道を整備する。
『報告はお願いしますね』
「ええ、可能な限り。またお力をお借りすることもあるかと思いますので」
『分かりました。本件は機密の緊急事項として扱いますので、アビドスの皆さんには可能な限り私のことは伏せておいて下さいね。……ただの友人、と』
「承知しました」
そうして整備された道を、脇目も降らず歩いていく彼女は。もしかすれば建前など抜きに本当に友人として相性が良いのではないかとも思えたが、一先ずそれを口に出すことはせずに、ナギサは通話を切る。
やるべきことはいくらでもあるし、頼まれたことも早急に成さなければならない。彼女がどういう意図で動いているのかは分からないが、それがセイアの意思が絡んでいるとなれば疑う余地はない。……無い、が。
(シャーレの先生、その単語がセイアさんの口から出たことは殆どないはず……つまり本来の出所はセイアさんではない?しかしミアさんの交友関係はトリニティ内には殆ど存在せず、当然ながらミネ団長から出たものではない。だとすると……)
自然とズラした手に当たる、一枚の報告書。
頼んだのはいいものの、結局それほど大した情報が集まることもなく、このまま破棄する予定のそれ。
(ミレニアム……セミナー……ビッグシスター……全くの交友関係がないと断じることは、出来ないでしょうね)
元々は他校との最低限の関係を保つための留学制度。留学に送るのは基本的には無害で迷惑を起こさず、将来的に派閥の幹部に入り込むようなこともないような、つまりスパイに仕立て上げられても問題のない生徒達。
もちろん留学を経験した生徒達が派閥のトップに祭り上げられるようなことは基本的になく、甘使ミアもまたそんな生徒の1人の筈だった。それがここまで開花したというのは、頼もしくはありつつも、不安が全くないということではない。
「……嫌ですね、疑いたくなどないのに」
疑わなければならない立場。けれど彼女はそんな風に疑われているということを知ったとしても、「仕方がない」と、「当然のことだ」と言うに違いない。
「確かシャーレの先生については報告がありましたね……もう少し聞き込みもしてみますか。記録ではハスミさんの他に自警団のスズミさんが……」
暗雲、窓の外から迫り来る曇り空を横目で見る。
不吉な予感、光を遮る灰色。
それでも足を動かし続けるのが執政者。
……足を止めても世界は回り続けるのだから。
仮に向かう先がセイアの言う通り本当に絶望しかないとしても、その絶望の底に辿り着くまで足掻き続けるしかない。少しでもそれが最善になるために。それまでの選択や決断が本当に正しかったのかと不安を抱き続けることになったとしても、それでも。
「それが私の役割ですからね」
決断しなければならない。
そしてその決断をするための情報を集める。
最善の未来へ導くために……