『……ほんと、相変わらず滅茶苦茶やりますね。昨日の今日でブラックマーケットに行ってこいだなんて、人使いが荒いと言いますか』
「私達が到着する前にホシノ様が破壊していた強力な戦車や兵器の出所。それが想像通りにブラックマーケットなのであれば、間違いなくカイザーもまたそこに根城を持っていることでしょう」
『まあ、十中八九アビドス高校が納めている現金は全て銀行経由でブラックマーケットに流れているとは思いますが。そうでもなければ現金指定などしませんから』
「ですので、恐らく比較的無防備になっているであろうそちらから証拠を集めて貰います。連邦生徒会を動かすには確実な証拠が必要不可欠ですので。銀行強盗をして貰います」
『……あの、犯罪では』
「命より大切なものはありません」
『まあ、それはそうですが』
既に治りかけている右腕の包帯を取り替えながら、相変わらず表情一つ変えることもなく、淡々と言葉を紡いでいくその様子を見る。
いつの間にか便利屋68を雇っていた彼女は、それまでハナコがホシノ達と話していた今後の方針を打ち破るように新たな方針を提示して来て、結果的にはそれに近いものに収まってしまった。
ブラックマーケットに銀行強盗をしに行く。
アビドス一同にアヤネとカヨコのサポートを付けて、これを成すことになった。目的はカイザー・コーポレーションとブラックマーケットとの関わり、同時にアビドス高等学校の返済金を非合法の組織に流していたという証拠の確保。
「そして、その一方で我々はアビドス砂漠にあると思われるカイザー本拠地の偵察に向かいます。ちょうど先程、お願いしていた件も終わりましたので」
『……!ということは、黒見さんの居場所も?』
「少なくとも彼女の持っていた端末が最後に記録した地点だけは分かりました。また周辺地域に何らかの建造物があるのは分かりましたが、当然ながらオンライン接続はされていないようです」
『なるほど……今回の目的としては、救出前の下見ということでしょうか?』
「それだけではありませんが、概ねその理解で構いません。どちらにせよ、この工程は必要なものですので。そして当然ながら戦闘は避けられませんので、引き続き戦闘支援と指揮をお願いしますね。ハナコさん」
『指揮官になったつもりはないのですが……ミアさんは前衛を張ることが多いですから、仕方ありませんね。今アヤネさんにお願いをしてドローンの性能を強化していますから、期待していて下さい』
「分かりました」
出発は明日の早朝。今日はアビドス本校の一室を貸して貰い、そこでこのまま休息を取る。
到着初日から戦闘に巻き込まれ、単独で壁となり、そうして制圧した相手を味方に付けたりと。まあ色々とあったけれど、こうしてまともな場所で休息を取ることが出来るだけ幸運といったところだろうか。
絶賛襲撃を受けている最中のアビドスの生徒達から僅かな時間で最低限でも信用を手に入れることができたのも、きっとハナコだけならば出来なかったことだ。
だが一方で、ハナコは思う。自分がこうして今日一日手助けをして、果たしてどの程度の効果があったのだろうかと。別に自分が居なくとも、彼女なら今と同等の状況に落ち着けていたのではないかと。
それは確かに物資の輸送調整なんかはしたし、彼女が誤解されないようにフォローにも努めた。だが自分が彼女やセイアに求められていたのは、そんな誰にでも出来るようなことなのかと問われればまた違って……
「……さて。それではハナコさん、私はそろそろ休みます。ハナコさんも明日に備えて、どうか早めの休息を」
『え?え、ええ。そうですね、そうさせて貰います』
「ハナコさんには明日もお願いしたいことが多くありますので、夜更かしはなさらぬよう」
『そうなんですか?』
「……というより、既にハナコさんありきで色々と予定を組んでしまっています。私1人ではどうにもならないので、ここで見放されては困ります」
『……!』
「私より常識的で頭も周り、周囲への気遣いも出来る。その上、ドローン越しで戦闘指揮まで可能なハナコさんは、セイア様の慧眼通り、私には必要不可欠な人材です。私もそこまで器用な性質ではありませんので、既に無意識に頼ってしまっているところもあります。情けないことですが」
『……』
自分の能力を褒められる。
それはこれまで何度も経験して来たことだし、その度に辟易として来た。多くの期待をされ、自分の身の丈以上のものを求められ、掛かる圧力が苦しくて、向けられる視線が重たくて、それから逃げようと画策さえしていた。
……ただ。
『……その褒められ方は、割と珍しいですね』
「そうなのですか?」
『ふふ、でも実は私もそこまで常識的じゃないんですよ?最近はスクール水着にハマっていまして、このまま散歩にでも行ってしまおうかと考えたりしていまして』
「それは犯罪では?」
『いえ、それはまあ……で、ですがスクール水着だって立派な制服の一種とも言える訳ですし。学校の敷地内でそれを着ていたところで何の問題も……』
「公序良俗に反しますし、公然猥褻ではなくとも、迷惑条例辺りには引っ掛かるでしょう」
『……』
「他人の趣味にどうこう言いたくはないのですが、可能であれば自粛して頂けると助かります。今になって逮捕などされては困りますので」
『はい……』
至極真っ当な意見、当然の注意。今居なくなられては困ると言う話をしたら矢先にこう言われてしまうと、流石のハナコであっても何も言えなくなる。
そしてそれを最後に静かに寝息を立て始めた彼女は、もしかしたら本当に疲れていたのかもしれないと。ハナコ自身もドローンの電源を落とし、ヘッドホンを置いて座っていた椅子へともたれ掛かった。
時間は23時。明日は8時からと聞いているが、もう少し早めに起きた方がいいだろう。自分自身はドローン越しであるため着替える必要もないが、しかしだからと言って雑な振る舞いをして良いという訳ではない。
「……まさか常識や気遣いを求められることになるとは思いませんでしたが、セイアちゃんの言う通り、暇を持て余していられる余裕はなさそうですね」
彼女は何かしらセイアと秘密を共有している。まあセイアの持っている秘密など未来予知の関連でしかないので、彼女もまたそれに何らかの形で、恐らくは自分達とは全く別のベクトルで干渉しているのだろうが。流石にそこまで予測することは難しい。そもそも前提となる情報も無いのだし。
【貴女も嫌いなのではないのですか?回りくどい、思考を縫い合わせるような、そんな面倒なやり取りは】
「……」
ふと、思い出す。
アビドスに来る途中に言われた、そんな言葉を。
それは正しく自分という人間に突き刺さる言葉であり、そしてそれはつまり、彼女はそれほどにズカズカと自分の内側に踏み込んでこようとして来たということ。
デリカシーが無いと言ってしまえばそうであるのだが、逆に言えばそれは無関心でもある。しかしそれは悪い意味ではなく、言ってしまえば、彼女は初対面の人間に対しては『誰にでも』そうであるということで。
……つまり出会ったばかりの当時の彼女にとっての自分は、『他の誰とも変わらない人間』であったということ。浦和ハナコという人間の存在は知っていただろうし、噂だって聞いていただろうに。
「能力で人を見ていない?噂を信用しない?それとも単に他人に対して興味がない?もしくは……」
元より、他人に対してそれほど興味が持てるほどの『余裕』がないのか。
「……ふふ、まあそれなりに良い友人にはなれそうですね。彼女は求めている事とか思っている事とか、全部言ってくれるでしょうから。少しの配慮の無さは、まあ後輩の可愛げということにしておきましょう」
それに、先程の反応からしても、少しの茶化し程度では反応も返してこないどころか、冷たく正論を叩き付けられるだけなのだろうし。あの手はあまり使えないのだろう。
「……トリニティの終焉、キヴォトスの終焉。セイアちゃんが言っていた暗雲を打ち砕く可能性が、彼女に本当にあるのか。今回の一件は、果たしてそれを見極める資金石となり得るのか。……そして私は、それを見極めるに足り得る資格を持っているのか。明日にはそれが分かるのでしょうか」
瞼が重くなって来たのを感じ、少し頬を抓りながら立ち上がる。ドローン越しとは言え、万全の状態で望みたい。
正直に言えばまだ彼女を気に入ったと言えるほどに強い好感を持った訳ではないけれど、それでも。少しの時間とキッカケさえあれば間違いなく友になり得るとは確信しているのだから。未来の友人の未来のためにも、ハナコは気合を入れ直した。
「おー、ミアちゃんも怪我治るの早いタイプ?おじさんもそうなんだよね〜。いやぁ、ほんと間に合って良かったよ〜」
「私も相当に早い方ですが、ホシノさんのそれはトリニティの正義実現委員長と比較出来るほどのものではないでしょうか。治療したとは言え、あれほどの火傷がまさか一晩で治ってしまうとは」
「ミアちゃんの治療が上手だったんじゃないかなぁ?それに流石に無茶は出来ないと思う、まあ銀行強盗くらいなら大丈夫そうだけど」
「それはなによりです」
朝7時。
予定の時刻より少し早めに起きて準備をしていた2人は、そんな軽い話をしながら自身の銃と盾の手入れをしていた。
奇しくも同じようにショットガンと盾を持つという戦闘スタイル2人であるが、その体格差は2年の差があってもあまりに大きい。それでも単純な戦闘力で言えば間違いなく体の小さいホシノの方が上であると、昨日の僅かな時間で分かるのだから、不思議な話だ。
「……やはり、大きめの盾を持つべきでしょうか」
「うん?何の話?」
「昨日思いまして。結局のところ昨日の戦闘では、私は一度も銃を使いませんでした。集団戦闘で最前線に立つ以上、小楯では不足に思ったのです」
「なるほどねぇ。でもあの近接戦闘技術を活かすなら、むしろ大楯は邪魔なんじゃないかな」
「私もそう思ったのですが、私が拳で1人を叩き落とすより、後方から支援を受けた方が効率は良いのでは?」
「むしろ大楯を持った方が後方支援を受け難くなると思うよ、間違いなく」
「?」
「ほら、考えてもみなよ。どう見ても硬くて強そうな敵が居たとして、それを優先的に狙う人は少ないんじゃないかな?むしろ周りを倒してから集中攻撃したくならない?少しくらい隙があった方が、タンク役としては優秀なのさ」
「……なるほど、勉強になります」
「その点おじさんはこんな体型だからね、これくらいの大楯を持って漸くミアちゃんとトントンな訳だよ。重くて大変なんだけどね〜」
「ですが、良い盾です。手入れも行き届いている」
「……でしょ?自慢の盾だからねぇ」
予備の弾薬を確認し、銃のメンテナンスを終える。もうそろそろ他の生徒達も集まってくる頃だろうか。正直に言えば今この時間でそれほど多くの言葉を交わせた訳ではないけれど、こればかりは仕方がない。
「……正直に言うと、まだまだ全然君達のことを信用出来てはいないんだけど」
「仕方のないことです。それを釈明する時間もありませんので」
「でもね、信用したいとは思ってるんだ」
「……?」
「気に入ってるって話だよ。もう少し状況が落ち着いたらさ、アビドスの案内をしてあげなくちゃ。ミアちゃんが本当は何の目的で私たちを助けてくれてるのかは分からないけど、助けてくれた場所の良い所くらいは知っていて欲しいし」
「……そうですね。楽しみにしています」
そういえば、確かにまだアビドスの街を見ても居ないし、有名な場所やお店さえも知らないなと。そんなことを思いながら、ミアは便利屋68が準備をしているはずの教室へと向かった。
……まさか今の今まで全員が寝ているとは思いたくないが、妙に静かな状況を見るに、もしそうであるのなら起こして準備をさせないといけないからだ。