何をどうしたらそうなるのか。どうしてそうなったのか。どうしてそこが手を組んで、どうしてこんなところで動いているのか。何が目的なのか。何がしたいのか。何も分からない。分からないまま、放っておけない。おけるわけがない。それがたとえ他の学校の自治区であったとしても。知らぬままにはしておけない。
『思惑としてはそんなところでしょう。まあ不安に思うのは当然ですが』
「ふむ……」
『それが分かっているのなら早急に目的と意図を話して頂けないでしょうか、トリニティ。それと便利屋68』
「つ、ついでみたいな言い方されたわね……」
「あはは、カヨコちゃんが居ないからじゃな〜い?残念だけど、今は別行動なんだよね〜」
『は、はぁっ!?別にカヨコさんは関係ないですけど!?これは風紀委員会として必要な行動で……!!』
「アコちゃんは相変わらずだなぁ」
「まったくです。こんな急に呼び出されて……流石に不満の1つも言いたくなります」
どうやら今回の招集はかなり急な話だったらしく、ゲヘナ風紀委員会の銀鏡イオリと火宮チナツは、十数人の一般委員を引き連れながら顔を歪ませていた。
ここはアビドスの町に近くとも間違いなく砂漠。足元が悪いのは当然、しかも暑くて風には砂が混ざる。それにゲヘナの彼等の本拠地から絶望的に距離があるという訳ではないが、しかしそこそこ距離があるのは間違いない。
そんなところに今から急に行ってこいと言われ、当然ながらバッチリ準備など出来なくて靴の中は砂だらけ。武装はしっかり出来ているけれど、まあ不快。そんな状況で横で本部からドローンを飛ばしているだけの行政官の大きな声を聞いていると、多少イライラとしてしまっても仕方がないのだろう。
『さあ、答えなさい!陸八魔アル!こんなところでトリニティと何をしているのですか!』
「い、依頼よ!それ以上は言えないわ!依頼主に直接聞いてちょうだい!」
『投げましたね』
「まあ雇用されている側とすれば十分な対応では」
『では、そこのトリニティ!身分と名前を言いなさい!』
『ふむ、やはり大分興奮していらっしゃいますね。鬼方さんが居ないことを相当に不満に思っているのでしょうか』
「ゲヘナの行政官である天雨アコさんは、鬼方カヨコさんと恋愛関係にあった可能性があると聞いたことがあります。それは本当でしょうか」
『なぁっ!?だ、誰ですか!そんな根も葉もない噂を広めているのは!!』
「そ、そうだったのかアコちゃん……」
「妙に執着すると思っていたら、まさかそんなことが……」
『ありません!!そんな事実はありません!!その話を委員長に言いふらしたら絶対に許しませんよ!?』
「では横乳で呼吸しているという噂は……?」
『馬鹿にしているんですか!?馬鹿にしているんですよね!?そんな人間がどこにいるんですか!』
『それもお友達からの情報ですか?あまり信憑性は無さそうですね』
「ええ、残念です」
『何も残念じゃありませんよ!いいから所属を言いなさい!!』
「……」
これでもかと言うほどに煽っているように見えるが、本人に特に煽ったつもりが特にないのが逆にタチが悪い。
けれどヒートアップしているのは行政官だけであり、周囲は完全に冷め切っている。これはこれで対話が出来そうであるが、ここからどうやって導いていくのかは全てミアに一任していた。
「……私は確かにトリニティの生徒ですが、所属は特にありません。個人で治療院を運営しています。今回アビドスに来たのは、医療師のボランティア派遣及び交流のためです」
『医療師のボランティア派遣?交流?なんですかその適当な理由は』
「なんなんでしょうね」
『……ほんとなんなんでしょうね』
『なんですかこれ、舐められてます?』
「理由が欲しかったのでは?」
『誰がそんな建前の理由を欲しがったんですか!?というかせめて隠す気の一つくらい見せるべきでは!?』
『そろそろ真面目に答えてあげたらどうです?』
「私は真面目なのですが」
改めて、ミアは一歩足を進めて前に立つ。それは戦闘のためではなく、この会話における最前線に立つための行動だ。
正しい選択、正しい回答、確かにそれが必要なら前に立つのはハナコの方が適任だろう。だがこれはハナコが主導する行動ではない。責任を持つのは、これを始めた者だ。
「目的はアビドス高等学校の復興です」
『復興?なるほど、それがトリニティの目的ですか……アビドス復興の代償に、何らかの権利を奪い取ろうとでも?』
「いいえ、これは単なる『私の過程』です」
『過程……?』
「仮に私がミレニアムであってもゲヘナであっても、これは成していたことです。そしてそれを邪魔するのであれば、トリニティであろうとアビドスであろうと叩き潰します。私の存在理由たる目的を果たす過程として」
『……つまりあくまで、トリニティの思惑とは無関係であると』
「むしろ私に関してはゲヘナも無関係では居られないと思いますよ」
『ゲヘナも?』
「ゲヘナにもあるそうですね、"予言"が」
『っ!?』
『……?』
「その際には私はゲヘナにも赴く予定です。そして此度と同様の努力をすることになるでしょう。仮にエデン条約が結ばれなくとも、そしてトリニティとの関係が悪化していたとしても。絶対に」
『…………………っ』
ゴンッと重い音を立てながらショットガンを地面に突き立て、同時にまるでそんな彼女を後押しするかのように凄まじい突風が吹き荒れる。
そんな最中でもやはり表情1つ変えることなく仁王立ちするその姿は、どう考えても1年生のそれではないし、その鋭い眼光に、なんならアコは気圧された。
「便利屋を雇ったのもその一環です。彼女達の求めるアウトローになるかは分かりませんが、それ以上の理由はありません」
「……アコちゃん、これどうする?」
「言い分を聞くに、非常時にはゲヘナの戦力にもなって貰えそうな話でしたが……信用できるかどうかはさておき」
「ええ、そのつもりです。それはミレニアム
であろうと、百鬼夜行であろうと、レッドウィンターであろうと変わりません。可能な限りの全力を私は尽くします」
『…………まるで聖人のようですね。ですが貴女のような方が最も厄介でもあるんです。引っ掻き回されて余計なことをされる前に、ここで捉えておくというのが一番良いのではないかとさえ思ってしまうくらいに』
「私はエデン条約推進派ですが、それでも?」
『う……』
ゲヘナ風紀委員会は、風紀委員長のヒナがエデン条約を推進していることから、当然ながらこれを進めていきたい方針がある。つまり今の言葉は、少なくともエデン条約が締結されるまでは『捕える』という手段はしない方がいいのではないかと、そう言っているのだ。委員長の判断を伺えない現時点では特に。
『……』
アコの言う通り、こういう人間が一番厄介だ。
話を聞いているハナコだってそう思うし、それは恐らくハナコであっても変わらない。常に甘使ミアの味方をしていなければ、何処かで敵になる可能性があるということなのだから。そしてこれを止めることがあまりに難しいということも、言うまでもない。
「さて、よろしければ風紀委員長に繋いで貰えませんか?行政官。お話ししたいことがあるのですが」
『!?……それは難しい相談です。委員長とそれほど簡単に接触出来ると思われては困ります』
「それは今回の行動が行政官の独断行動だからですか?他自治区への侵入行為など、あまり良い顔はされないでしょうね」
『……適当なことを言わないでください。そのような事実はありません』
「どちらにせよ、もう一度願います。風紀委員長に繋いで貰えませんか?これは私の目的のために必要な行動でもあります。これを諦めるという選択は絶対にありません」
『……』
……素直に繋がなければ、どんな手段を用いてでも風紀委員長と対面する努力をする。対面出来るまで絶対に諦めることはない。そんな脅し。
天雨アコは思考する。
果たしてどちらの方が被害が少なくて済むのか。
ここで戦闘を行い、捕縛するか。
願いを断り、直接訪問されるか。
悔しいが素直に受け入れ、自分が怒られることも覚悟の上で委員長に繋ぐか。
……いや、どれにしても自分の行動は委員長にバレるし、お叱りは確実では?最早どう足掻いても意味のないことに気付き、アコは普通に絶望した。
『……イオリ』
「ん?なに?アコちゃん」
『なんか悔しいので今直ぐ捕縛して下さい』
「……はっ!?い、いやいや!流石に理由が私情すぎないか!?」
「えぇ……」
『だってだって!悔しいじゃないですか!何やっても委員長に注意されるの確定なんですよ!?良さそうな情報も何も持ってなさそうですし!せっかくここまで来たのに褒められるどころか怒られるだなんて!!』
「ここまで来たのは私達なのですが……」
「なあ、もう良くないか?戦う理由もないんだし、素直に委員長に繋いであげれば……」
『だーめーでーすー!!ここには便利屋だって居るんですよ!?ええ、そうです!きっとまた何か悪いことやろうとしてるんですよ!ええ!間違いありません!しっかり捕らえて本当の目的を吐き出させます!』
「い、言いがかり……」
「うーん、気持ちいいくらい八つ当たりだね〜」
「ああもう!結局こうなるわけ!?」
『ふむふむ。どうやら癇癪持ちという情報だけは当たっていたようですね、ミアさん』
つまりはまあ、この状況に吹っ切れたということだ。悪い意味で。
流石にアコだって分かっている。今回の件について便利屋68に責められる理由はないし、むしろ彼女達は珍しく善行を成そうとしている。ゲヘナへの利益不利益についてはさておき、ヒナならばそれを聞けば感心さえするかもしれない。
便利屋がトリニティの生徒とアビドスで行動しているという情報を聞き、"いつものように"特に深く考えず意気揚々とイオリ達を派遣したのはいいものの、その意味は全くなかった。
イオリとチナツが呆れるくらいには無意味であるし、むしろ他校の自治区侵入をしているのでマイナスまである。本来処理出来た筈の仕事を放り出しているのだから、ヒナの仕事を増やしたまである。常日頃から言われているのに。特定の生徒に厳しくするなと。
……もしこんなことを聞けば、カヨコやヒナは自分にどんな顔をするだろうか。想像するだけで胸を掻きむしりたくなる。故に、もう証拠を作り上げるしかない。無理矢理聞き出すしかない。自分の行動の正当性が絶対に何処かにある筈だと、そう信じて。
「ぐぬぬ……!」
「……仕方ありません。適度に戦って、無難なところで終わらせましょう。行政官の鬱憤を晴らすということで、こんなことで変に被害を出しても互いに益はありませんから」
「はあ……そうだな、そうしよう。模擬戦という形で頼む」
『イオリ!?模擬戦じゃありませんよ!?本気で!本気で捕らえてください!!絶対に何か隠してる筈ですから!!』
「あーはいはい」
「それではハナコさん。せっかくの模擬戦なので、戦闘指揮についても色々と試してみて下さい。基本的には指示に従う形で動くことにしますので」
『分かりました。それではみなさん、お願いしますね』
『だから模擬戦じゃないんですってば!!』
こうして模擬戦は始まった。
「さて、戦闘指揮ですね……どうしましょうか。せっかくの機会なので、色々と試してみたくはあるのですが」
上空に飛ばしたドローン越しに戦場全体を俯瞰し、ハナコは事前に纏めていた便利屋とミアの戦闘データを別の画面に映し出す。そして新たに入力した敵の武装と地形データを組み合わせ、戦場全体の把握に努める。
「ミアさんを中心に戦闘を組み立てるのが、まあ定石ですかね」
甘使ミアは防御力と近接戦闘に優れた便利な駒である。基本的には前衛に置き、敵の注目を引き付ける役目が適切だろう。
実際に彼女はその存在感で敵の注目を引き付けやすく、一度気を引き締めると爆弾の直撃を受けても大したダメージにならない。ショットガンと近接戦闘術で淡々と敵を薙ぎ倒しながら敵陣を引っ掻き回してくれる。
ハナコも基本的にドローンを使った回復支援はミアを中心に行うし、これだけである程度は完結出来るところも良い。他の駒の邪魔になり難いのもポイントだ。
「一方で便利屋68は……爆発物と罠を扱えるムツキさんに、前線で暴れるハルカさん、後方から高火力の支援射撃が出来るアルさん。これもまた役割が上手く分かれていて使い易いですね」
ムツキのようなトリッキーなタイプは、それこそハナコにとってはありがたい。戦況の打開策として、そして奇襲策として、一枚は持っておきたい切札になる。
アルの高火力射撃も重要だ。ミアは遠距離攻撃の手段がないため、敵陣後方からの狙撃に対して反撃が出来ない。またタンク同士で衝突した時、やはり必要になるのは後方からの火力である。必須の存在と言えるだろう。
「そういう意味では一見するとミアさんと役割が被っていて使い辛そうなハルカさんですが、むしろ役割が似ているからこそ扱い易いというもの。そもそも彼女が壁役を引き受けてくれるのであれば……」
走り回り暴れ回るハルカ、堅実な立ち回りで着実に道を開くミア。多数相手ならば爆弾という武器もあるハルカの方が勝る。だが一方で単体相手ならばミアの方が強い。
「つまり、敵の主力にミアさんを当てられる余裕が生まれる」
銀鏡イオリ。ゲヘナ風紀委員会の切り込み隊長であり、その実力は委員長に次ぐほどのもの。日夜多くの問題児達を最前線で相手にしている彼女は経験も豊富であり頭も回る。
そんな彼女を正面から制圧することは非常に難しいことではあるものの、彼女ならそれが出来るとハナコは確信している。元より初見の彼女を相手に近接戦闘で勝てる相手が何人居ることか。
『ふっ!!』
『こ、小楯で殴りかかってきた!?こっ、のっ!!』
『ハァッ!!』
『ぐっぅ!?こ、こっちの蹴りは効かないとか反則だろ!』
『イオリ!貴女まで格闘しなくていいんですよ!!その手に持っている物はただの棍棒ですか!?』
『い、言われなくても……っ!?』
『鎮圧!!』
『ぐぼぉっ……!?しまっ、た……』
『イオリィィィ!?!?!』
ゲヘナという学園においても屈指の実力を持つ風紀委員会の銀鏡イオリ。しかしその弱点は無鉄砲で猪突猛進気味なところも言えるだろう。考えなしに罠にハマることもよくある彼女は、今回も近接戦闘には近接戦闘で対応しようとして、そのまま腹部を鉄拳で撃ち抜かれた。
……まともに距離を取って戦おうとすれば、確実な優位を取れたであろうに。近距離戦闘において甘使ミアの実力は相当なものであり、その剛力に掴まれてしまうようなことがあれば、逃げることはまず叶わない。
『あははっ!面白いくらい地雷踏むじゃ〜ん!なるほどね〜、こうやって置くといいのか〜。にっしっし』
『射線が綺麗に通るわ!やるじゃない指揮官!』
『あ、暴れればいいんですよね!?暴れますからね!?暴れます!!』
『行政官!こちらも戦術指揮を……っ、人数はこちらの方が多いのに』
『ちょっとイオリ!早く起きてください!気絶してる場合じゃありません!……ああもう!前衛に掻き回されすぎです!3人1組に固まって対処してください!盾役は最低限の戦力で応戦し、先ずは遊撃役から潰すんです!』
『……ということなので、ここからは爆弾を中心に攻めて下さい。勝手に固まってくれましたので。ミアさんも少し距離を取って、射撃を中心に』
『了解。……しかし、やはり練度が高いですね。風紀委員会の戦力の半分は委員長によるものだと聞いていましたが』
『ヒナが強過ぎるだけよ!ただ突出した戦力もこれ以上無いはずだから、バンバン暴れちゃいなさい!仕掛けるなら今のうちよ!』
『あぐっ』
『チ、チナツ!?』
「さて、殲滅といきましょうか」
流石に十分な戦力を用意することが出来ず、追加の部隊も居ない状態で、しかもイオリを初手で落とされてしまえば、風紀委員会に勝ち目などなかった。
元より指揮官のアコが冷静ではなかったのだから、戦闘指揮の差もまた大きかったのだが……