士道くんが淫行教師と謗られながら精霊をデレさせる話   作:kish

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体は子供、頭脳は大人

 

 

 

「どこへ行ったのだ……!」

 

 いやに静まり返った街に、夜色の髪がなびく。

 その中を、夜刀神十香は周囲を見回しながら駆け抜ける。

 誰もいない風景は、かつて自分が目にしていたものと重なって見えた。

 やはり皆、地下にあるシェルターとやらに避難しているのだろう。

 かくいう十香も、先程まで学校の地下シェルターにいたのだ。

 なんでも担任のタマちゃん先生が言うには、これから空間震という爆発が起こるらしく、危険が危ないので避難しなくてはならない、とのことらしい。

 なるほど、確かに爆発が起こるのならば、避難することに異論はない。

 ただ気になったのは、そんな状況だというのに姿が見えない者がいることだ。

 見回りに行くと言っていた令音はともかく、士道とは今朝に顔を合わせたきりだ。

 加えて、何かと邪魔立てしてくる鳶一折紙の姿が見えないことも気がかりだった。

 状況の把握がままならない時は、何かと想像が悪い方向へ行きがちである。

 十香の頭の中に、避難しようとする士道を折紙が何処かへと連れ去っていく光景が展開された。

 それは非常に面白くないし、捨て置くこともできない。

 そうして居ても立ってもいられなくなリ、シェルターを飛び出して街を走っているのだった。

 

「おのれ鳶一折紙……! いたら返事をするのだ、シドー!」

 

 このような時に、あの女は一体何を考えているのか。

 憤慨しながら、十香は声を張り上げて呼びかけた。

 しかし無人の街に反響するのみで、応えはない。

 募る焦燥が、逸る心を更に急き立てる。

 士道との関係を、クラスメイトから尋ねられたことがある。

 その際に『フタマタ』や『インコウキョウシ』という言葉が出てきたが、よくわからなかった。

 よくわからない言葉はさて置き、問いに対して十香は頭を捻らせた。

 以前ならば、何の疑問もなしに友だと答えることが出来たはずなのだが……現状だとそれは少し違うような気がする。

 かと言って、それが何なのかと考えても、確たる答えは出てこない。

 ただ、あの時の……唇を重ねた時の衝撃は、決して忘れられそうにない。

 しかしそこに付随する感情を、十香はまだ言葉にすることができなかった。

 自分に名前を与え、この世界のことを教え、そして色彩をくれた。

 ただ一つ言えるのは、決して失いたくない……それだけだ。

 誰かが奪っていくのなら徹底的に抗うし、もし自分の手でそうなってしまうのなら……

 右腕を切り飛ばされて、血を流しながら倒れる姿が、頭の中に浮かんだ。

 立ち止まって、そんな絶望的な光景を振り払う。

 

「――ぬ? あれは……」

 

 空に、光の尾を引いて飛行する何かがあった。

 またメカメカ団――士道たちが言うにはASTというらしい――が飛び回っているのかと思ったが、その外見にメカメカしい様子はない。

 箒に跨るその姿は、アニメで見た魔女そのものだった。

 目を輝かせる十香だが、その後ろにしがみついている誰かに気づいて眉をひそめた。

 見間違いでないのなら、あれは……

 

「シドー!」

 

 探していた姿を見つけて、再び走り出す。

 以前のように空を飛べたら追跡も容易なのだが、今は走って追いかけるしかない。

 しかし障害物が多く、中々真っ直ぐ進むことができない。

 追いつくのはおろか、このままでは見失ってしまう。

 昼餉を中途半端に終えたせいか、何だか体に今一つ力が入らなかった。

 せめて唐揚げだけでも完食できていたら……悔やんでも後悔は先に立たないものなのだ。

 足が止まりそうになるが、幸いにもその前に箒は地上へと降りていった。

 まるで人間のように息を切らしながら、降下地点へと向かう。

 その先で見たものは……顔を近づけて向かい合う、男女の姿だった。

 魔女のような格好をした見知らぬ女と、自分が探していた男――士道だ。

 くらりと、目眩のような感覚が十香を襲った。

 そして士道は跪くと魔女の手を取って……

 以前、アニメで見たワンシーンが目の前の光景に重なる。

 ああやって騎士は姫に忠誠を誓い、なんやかんやあって最後には結ばれるのだ。

 その「結ばれる」というのがいかなる意味を持つのか、そこにはまだ理解が及んでいない。

 ただアニメの中の二人は、その後ずっと幸せに暮らしたと締めくくられていた。

 ならば士道は自分とではなく、自分の見知らぬ女とそうなろうとしているのだろうか。

 そう考えると、何故だかとても嫌な気分になった。

 自分でもよくわからない感情が、膨れ上がっていく。

 堪らず、一歩踏み出す。

 

「――シドー……」

 

 激情を湛えているはずなのに、声はいやに落ち着いていた。

 けれどそれは表面張力のようなものだ。

 少しでも揺さぶりを加えようものなら、あっさりと溢れ出すだろう。

 そして一雫だけ、ぐちゃぐちゃになりつつある頭の中から疑問が零れた。

 

「……その女と今、何をしていたのだ?」

 

 

 

 

 

「まるでアニメや漫画みたいな光景ね……」

 

 超小型カメラから送られてきた映像に、琴里はそう漏らした。

 廃墟となった遊園地にはスーツ姿の男性と、魔女のような格好をした美女。

 そして二人を取り巻くように、着ぐるみ姿の女性の集団が地面に転がっていた。

 ここ〈フラクシナス〉艦橋では、現在精霊攻略のオペレーションが進行中である。

 作戦の矢面に立つのは、映像の中にいるスーツ姿の男性……琴里の叔父である士道だ。

 そして攻略対象は、同じく映像の中にいる魔女帽を被った美女……七罪と名乗った精霊だ。

 接触することには成功したものの、途中でASTが介入したため士道に離脱を命じたのだが……

 

「……見た目だけじゃなく、機能も性質も見た目相応だ。恐ろしい能力だよ」

 

 二人の周囲に倒れた着ぐるみの集団こそが、陸自の対精霊部隊、通称・ASTである。

 恐らくは身に纏った装備が変化させられたのだろう。

 強烈な光でその瞬間は視認できなかったが、天使の能力によるものと見て間違いない。

 令音の解析結果では、ワイヤリングスーツやCR‐ユニットに搭載されているはずの顕現装置の反応はなく、着ぐるみそのものだという。

 変化が外見のみならず、その性質にまで及ぶのなら……もし人間に対して振るわれた時のことを思うと、令音の言うとおり非常に恐ろしい。

 十香のように直接的な破壊能力はないとはいえ、能力の規模が同程度だとするのなら、その潜在的な脅威は計り知れない。

 かつての〈ハーミット〉のように逃げ回るだけでもないのなら、ASTが本格的に危険視しだすのも時間の問題だろう。

 

「〈ウィッチ〉と穂村さんが離脱を開始しました!」

「進行方向は?」

「市外へ向かっているようです!」

「見失わないように注意して。いつでも回収できるよう、私たちも追うわよ」

 

 スクリーンの映像が、艦搭載のカメラの映像に切り替わる。

 回頭すると、〈フラクシナス〉は二人を追って移動を開始した。

 ASTから距離を取ることは必要だが、あまり天宮市を離れるのは得策ではない。

 この〈フラクシナス〉は顕現装置によって透明化しているため、移動しようと発見される心配はないが、街の設備は別だ。

 天宮市には精霊攻略のための様々な設備が用意されている。

 もちろんそれに頼らない作戦コードも用意されているが、いざという時の備えは必要だろう。

 士道に指示を下すべく、琴里はマイクを手に取った。

 

「――士道、聞こえる? 適当な所で地上に降りるよう、頼んでみてちょうだい」

 

 しかし一度だけザザッ、と雑音が鳴るだけで反応はない。

 くり返し呼びかけてみても、士道が応答をすることはなかった。

 マイクを口元に寄せたまま、琴里は怪訝な顔でスクリーンに映し出されたその姿を見つめた。

 インカムの故障か、何かの拍子に落としたか、それとも返事をする余裕がないのか。

 まさか元AST隊員が、今更空を飛ぶことに恐慌をきたすことはないだろう。

 あの状況で別のことに気を取られているとなれば……そういえば七罪は非常にスタイルがいい。

 以前も訓練を始める手前に、大きな胸に顔を埋めてデレデレしていたのを思い出す。

 元を正せばその状況を作ったのは自分なのだが、それはさして重要ではない。

 問題は、士道が胸の大きな女性に対して鼻の下を伸ばしていることなのだ。

 前々から思っていたのだが、胸の大きさに如何程の意味があるというのか。

 あんなものはただの脂肪の塊であり、実生活において何ら役に立つことはないのだ。

 決して羨ましいとか妬ましいとかではなく、これは純然たる事実なのである。

 琴里がスクリーンに半眼を向ける傍ら、令音は解析結果に僅かだけ眉根を寄せた。

 

「……琴里、霊波反応が妙だ。急激に減退している」

「なんですって……?」

「感情値は……やられたね、あれはハリボテだ。恐らく中身は鳥かなにかだろう」

 

 箒に跨る二人の姿がぶれると、一対のツバメに変化した。

 というよりも、七罪の能力で変化していたものが、元に戻ったというのが正しい。

 追撃を避けるためのカモフラージュだろう。

 ASTのついでに、まんまと欺かれてしまったようだ。

 ぐぬぬ、と歯噛みする琴里の後ろで、神無月は感心しながら頷いた。

 

「成程、陽動ですか。単純ながらも効果的だ。偽装は彼女の能力ともよくマッチしている」

「――すぐに二人の足取りを追って!」

「りょ、了解!」

 

 平常運転が変態発言な副司令が、珍しくまともにコメントしている。

 こんな状況でもなければその正気を疑う場面なのだが、今は二人の位置の把握が急務だ。

 スクリーンに〈フラクシナス〉を示す光点を中心とした同心円が幾重にも展開する。

 艦の進行方向とは逆方向に、士道の身につけたインカムの反応が表示された。

 精霊の反応を示す光点と重なっているので、やはり共に移動しているようだ。

 

「発見しました! 二人は市街地方面へ移動中!」

「再度回頭! 見失う前に追いかけて!」

 

 士道の位置は無線の通信距離から丁度外れていた。

 これでは、こちらの呼びかけに反応がないのも無理はない。

 幸い移動速度自体はそれほどでもないので、程なくして追いつけるだろう。

 

「移動が止まりました。その場に降下したようです」

「まだ空間震警報の範囲内ね。またASTに来られても厄介だし、屋内に誘導して――――」

 

 無線通信の範囲内に入ろうという瞬間だった。

 再度艦橋に鳴り響いたサイレンに、緊張が走る。

 そしてほぼ同時に、スクリーン上の同心円の中に、新たな反応が現れた。

 それは全く未知の反応でもなんでもなく……

 

「この反応は……まさか十香ちゃん!?」

「パターン青、間違いなく不機嫌です……!」

「……ふむ、どうやらシェルターから抜け出してきたようだね」

 

 十香を示す反応は、二人のすぐ近く。

 何が起こっているかは判然としないが、修羅場の気配しかしない。

 額に手を当てると、琴里はマイクを引き寄せた。

 

 

 

 

 

『士道、悪い報告があるのだけど、説明が必要かしら?』

「…………」

 

 ようやく繋がった通信に、士道は七罪の前に跪いたまま、無言でインカムを二度叩いた。

 緊急時のサイン……目の前の状況に対する、必死のヘルプの要請である。

 そこにはシェルターに避難しているはずの十香が、荒く肩で息をしながら立っているのだ。

 うつむいているのでその表情は伺えないが、ただならぬ雰囲気は伝わってくる。

 士道の背中に、嫌な寒気が走った、

 通信越しに、艦橋に響くサイレンの音が聞こえてくる。

 もしかしなくても、これは緊急事態というやつだろうか。

 

「何をしていたのかと、聞いているのだ」

「――っ」

 

 顔を上げた十香の眼光に、思わず立ち上がって背筋を伸ばす。

 どうしてここに居るのかはわからないが、不機嫌な理由は何となく察しがついた。

 精霊という存在に、人間の常識がどこまで通用するかはわからない。

 それでも、感動を共有できるのなら、少なくとも感性は近いはずだ。

 精霊攻略といえば聞こえはいいが、要は女性を口説きにかかっているわけである。

 そんな光景を、以前口説かれて唇まで許した別の女性が目撃したのなら、どんな感情を抱くか。

 当然、面白いわけがない。

 名目はあるにせよ、複数の女性に言い寄っているのは覆しようがない事実だ。

 士道が予てから抱いていた危惧が、現実になってしまったようだ。

 やはり修羅場……目を背けたいが、どうやら認めざるを得ないらしい。

 モテたいと思っていた時期もあるが、こんな風に胃の痛い展開を望んではいなかったはずだ。

 しかし精霊の間に挟まれたことを考えれば、胃が痛いだけなら御の字というべきか。

 前に双子のハリケーンに挟まれた時は、それこそミンチになりかけたのだから。

 とはいえ、あまり楽観はしていられない。

 痴情のもつれからの刃傷沙汰というのは、割とよくある話なのかもしれないが、相手が精霊ならそれだけでは済まない可能性が高い。

 刃物も当たり所が悪ければあっさりと死んでしまうが、跡形もなく吹き飛ばされては当たり所もクソもないのだ。

 どうにか笑顔を作り十香に声をかけようとすると、それまで静観していた七罪が前に出た。

 そして十香に上から下まで興味深げな目を向けると、口を開いた。

 

「ふぅん……あなた、お名前は?」

「……十香だ」

「私は七罪。ねぇ、十香ちゃん」

「……私は今、シドーと話しているのだ」

「あら、私と士道くんが何をしていたのか、知りたくないの?」

 

 そう言うと、七罪は士道の胸元にピタッと張り付いてきた。

 魔女帽でその顔は見えないが、もしかすると悪戯っぽく笑っているのかもしれない。

 だとするのなら、中々にお茶目な性格だ。

 それにしたって、そのお茶目さを発揮する場面はもう少し考えて欲しい。

 十香の眉が釣り上がるのを見て、士道は蛇に睨まれたカエルのように固まった。

 AST時代にはそれなりに危地を乗り越えてきたのだが、これはそれらとは全く種類が違う。

 経験が少ない士道には、些か以上に荷が勝ちすぎていた。

 そもそも、こんな男女間の修羅場の経験を十分に積んだ人間がいるとして、そいつはきっとロクなやつじゃない。

 

「ほら、こうやってぇ……誓いのキスをするところだったんだから」

「な……っ」

「お、おい……!」

 

 確かに言葉にしたらそうなるのかもしれないが、場所はあくまで手の甲だ。

 だからこんな風に顔と顔を寄せたら、絶対にあらぬ誤解を招く。

 士道は咄嗟に顔を背けたが、十香は驚愕に目を見開いてわなわなと震えていた。

 

「だからぁ、十香ちゃんがいくら士道くんのことが好きでも、彼はもう私の騎士(ナイト)様なの」

「だ、ダメだ……そんなのは、ダメなのだ……」

「――っ、七罪、悪ふざけしすぎだ! 十香、俺の話を――――」

 

 ふらふらと後ずさる十香に近づこうとしたが、形のない圧力がそれを阻んだ。

 目に見えない力の奔流が渦巻き、道路の舗装がひび割れていく。

 

「黙れ黙れ黙れぇっ! シドーは、シドーは……私とキスをするのだぁぁぁぁぁっ!!」

 

 十香は地面に足を打ち付けて叫んだ。

 士道は思わずずっこけそうになったが、同時に響いた轟音と揺れに地面にしゃがみこむ。

 見ると、足を打ち付けた部分が陥没していた。

 生身の人間の身体能力では、到底不可能な芸当だ。

 

『……士道、更にバッドニュースよ。聞きたい?』

「……聞きたくねぇ」

『十香に霊力が逆流しているわ。悪化する前にどうにか機嫌を取りなさい』

「無茶振りにも程がある……」

 

 司令官様は容赦がなかった。

 攻略中の相手がいる状況で別の相手の機嫌を取りに行くなど、どう考えても無理がある。

 少なくとも士道の手には余るだろう。

 それでもどうにかしなくては、十香がまたASTの攻撃対象になってしまう。

 かと言って七罪を放置しておくわけにもいかない。

 一応断りを入れるために向き直ると、七罪の顔色が明らかに変わっていた。

 警戒の眼差しを、十香に対して向けている。

 

「まさか、あの子も……」

「……七罪?」

「――っ、うがぁーーっ!!」

 

 士道が七罪に意識を向けたのが気に入らなかったのか、十香が突進を開始した。

 ぶんぶんと手を振り回すその様はまるで駄々っ子だった。

 しかし、霊力を伴った状態ならば誇張抜きで戦車のそれに等しい。

 鉄製のクローラーが舗装を削っていくように、一歩踏み出すごとに地面が抉れていく。

 速度は尋常ではないが、今からなら回避が間に合う。

 一緒に退避するためその手を掴もうとしたが、七罪は既に動いていた。

 

「――――〈贋造魔女(ハニエル)〉!!」

 

 強烈な光が十香に向けて放たれる。

 霊力が戻ったことで脅威を感じたのだろう、これは防衛行動だ。

 ここに至ってしまっては誤解を解いている暇はない。

 

「十香っ…………!」

 

 士道は一切の躊躇もなく、光の中に身を投じた。

 視界が光で埋め尽くされ、その最中にポンッ、という何ともコミカルな音が聞こえた。

 

「うっ……」

 

 光が収まる頃には、七罪の姿は消えていた。

 この場から離脱したのか、それとも隣界へと消失したのか。

 十香に目を向けると、目を丸くしてこちらを見下ろしていた。

 とりあえず怪我の類はなさそうだ。

 胸を撫で下ろして立ち上がる。

 どこかが痛む様子はないのだが、そこで士道は自分の体の異変に気がついた。

 何だか視界が低く、立ち上がった状態だというのに十香の顔を見上げている。

 それに何か布でも引きずっているみたいに、手足が動かしにくい。

 見ると、袖や裾がやけにダボついていた。

 それだけではなく、腰周りから肩周りから何まで、サイズがちっとも合っていない。

 このまま動いたら、身につけた衣服がずり落ちてしまいそうだ。

 

「なんだこれ、一体どうなって――――」

 

 そして疑問の声を上げて、途中で士道は喉を押さえた。

 今の妙に高い声は、本当に自分のものなのだろうか。

 これではまるで、声変わり前の子供のような……

 まさかと、じんわり焦燥が這い出してくる。

 その答え合わせのために、近くのビルのウィンドウに自分の姿を求める。

 果たしてそこに映ったのは、十にも満たない子供の姿だった。

 まるで、どこかの誰かを小さくしたかのような見た目である。

 恐らくだが、実家のアルバムを開けばそっくりの姿を拝めるだろう。

 子供は大人用のスーツを身に付け、信じられないようなものを見る目をしていた。

 丁度、今の士道の心境と一緒である。

 手を上げてみると、ウィンドウに映った子供も同じ動きをした。

 更にあれこれと手足を動かしその場でターンをするも、しっかりとトレースしてくる。

 中々現実を受け入れられない士道は、ならばと両手を合わせて腰元で構えた。

 小癪にもこちらの動きに合わせてくるのなら、絶対に真似できない動きをすればいい。

 そして構えた両手を一気に前方に突き出し、叫ぶ。

 

「奥義・瞬閃轟爆破ぁぁぁぁぁッ!!」

 

 士道オリジナルの必殺技が、無人の街に木霊した。

 突然の奇行に正気を疑われそうなものだが、これにも一応理由がある。

 今のは本来なら口に出すのも憚られるほどの黒歴史。

 つまり、そこらの子供が知っているわけがないのだ。

 そんなものまでしっかりと真似てくるのならば……

 ショックと自ら黒歴史を明かした精神的ダメージで、士道はその場にへたり込んだ。

 十香は目を丸くしながら、恐る恐るといった様子で問いかける。

 

「おまえはシドー……なのか?」

「……今度から頭に名探偵とでも付けてくれ」

 

 見た目は子供、頭脳は大人。

 ダウンサイジングした士道は、やや投げやりに返答した。

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁっ……何やってんのっ? 本当に何やってんの私ぃぃっ!?」

 

 とあるビルの屋上で、精霊の少女――七罪はボサボサの髪を振り乱してのたうち回っていた。

 妖艶な美女の姿を取っていた時の自信は、欠片も見当たらない。

 彼女がこうやって過去を振り返って悶絶しているのは……まぁよくある事である。

 とことんネガティブな性格のせいか、過去の経験にことごとく負の注釈がついていくのだ。

 それを少しでも軽減すべく理想の姿を取っているはずなのだが……

 

「あそこまでやろうだなんて思ってなかったのにぃぃぃぃぃッ!」

 

 ばんばんと、床に手を打ち付ける。

 そう、七罪はたった一言、それだけ伝えられたら十分だったのだ。

 だというのに、理想の自分はそれを飛び越して、大胆に迫ってしまったのである。

 気が大きくなっているせいか本意の斜め上の行動を取ってしまうのは、明らかに大きな問題だ。

 

騎士(ナイト)様って何!? バカじゃないのッ!? 夢見がちな痛い女子か私はぁぁぁぁぁッ!!」

 

 ガンガンと頭を打ち付けた後、七罪はゴロンと仰向けになって空を見上げた。

 そして傾き始めた太陽に自分の手をかざし、ため息をつく。

 本当は、姿を偽っても何の意味もないことはわかっている。

 伝えたい言葉は、今の自分自身が言わなければ意味がないのだ。

 それでも、どうしても勇気が出ない。

 理想の自分という殻を被らなければ、前に立つことすらできないのだ。

 

(……優しかったな)

 

 騎士(ナイト)に立候補だなんて言われたときは内心で面食らったが、あれはこちらに合わせてくれたのだろう。

 それとも、それは相手が理想の自分だったからだろうか。

 だとしたら、ますます本当の自分は見せられない。

 ふと、あの場に現れた少女のことを思い出す。

 最初こそわからなかったが、あの霊力は確かに精霊のものだ。

 夜色の髪、紫水晶の瞳、美しい容姿。

 同じ精霊だというのに、ここまで違うものなのか。

 あんな風に躊躇なく自分を出せるのも、持って生まれたものの違いだろう。

 その無邪気な様子が鼻について、嫌いな……というより苦手なタイプだった。

 もっとも、七罪にとって苦手じゃない相手はほぼいないわけなのだが。

 結局彼とどういう関係なのかはわからなかったが、親しいのは間違いなさそうだ。

 羨ましくなんてないし、気になるわけでもないが、何故だか頭から離れない。

 咄嗟に天使の力を向けてしまったが、今頃は小さくなった自分の体に混乱しているだろう。

 そのうち気が向いたら戻してやろうと、七罪はそれ以上考えるのをやめた。

 

「あぁ~もうっ!」

 

 日差しから逃れるように、日陰に転がり込む。

 自分にはこんな暗い場所がお似合いなのだ。

 やることはさっさと済ませてしまえばいい。

 そうしたら、こんな葛藤からも解放される。

 そうしたら、心おきなく人間に失望できる。

 そうしたら、本当の自分を見てくれるなんて期待は捨てられる。

 そうしたら、理想の自分に全てを任せられる。

 そうしたら、自分はきっと自由になれるのだから。

 けれど、それはどうしようもなく孤独であることとイコールで……

 

(私を見てくれる人なんかいなくても平気。元々一人なんだから。それが当たり前なんだから)

 

 寒さに耐えるように、七罪は日陰で自分の身を抱いて丸くなった。

 

 

 

 

 

「はーい、士道くん。お熱測りますよー」

「うそ、士道くんのほっぺたぷにぷに……これが若さか」

「…………」

 

 七罪との接触から一晩明けて、ここは〈フラクシナス〉の医務室。

 子供姿の士道は、女性二人に病衣のままもみくちゃに……ではなく手厚く看護されていた。

 無遠慮に体を弄って……ではなく熱を測ろうとしてくるのは艦橋クルーの椎崎。

 同じく艦橋クルーである箕輪は、何やら頬をつついて打ちひしがれていた。

 いつもならドギマギしている場面かもしれないが、今はただただ居心地が悪い。

 もしかしたら、精神が体の方に引っ張られているせいかもしれない。

 というかこの二人、いつのまにこちらを名前で呼ぶようになったのだろうか。

 ついこの前までは苗字呼びだったはずだ。

 それもこれも今の子供姿のせいか……むずがる様に体を揺らすと、士道はため息を吐いた。

 昨日、あれからすぐに回収され、すぐに検査を受けさせられた。

 精霊の力をまともに身に受けたのだ、当然の措置だろう。

 とはいえ通常の検査とは違い、顕現装置を用いているのでそれ程時間はかかっていない。

 検査結果としては、霊波反応の残滓はあるものの異常なし。

 そう、この子供の体が、どこにも異常はないと判断されたのだ。

 何かしらの異常が見つかれば、それを元に顕現装置でどうにか出来たかもしれないが、これでは何の取っかかりもない。

 顕現装置の力で若さを保つことも可能だと言われているが、その逆はできるのだろうか。

 理論上は可能なのかもしれないが、それでどうにかなるのなら琴里の方から提案があるだろう。

 とりあえず、再び七罪と接触できるまでしばらく我慢するしかなさそうだ。

 この分では仕事もしばらく休むしかないだろう。

 そこらは〈ラタトスク〉のフォローが入るそうだが、一体どうなることやら。

 

「二人共、ご苦労様。もう戻っていいわよ」

「司令、私ならもう少し大丈夫です!」

「士道くんも不安だと思うので、もうちょっとだけこのほっぺたの感触を……!」

「いいから出てく!」

「「そんなぁー!」」

 

 やって来た琴里に尻を叩かれて、二人は退室していった。

 ようやく解放されて、士道は嘆息するとベッドに倒れこむ。

 くぅ、とお腹が鳴った。

 そういえば、起きてからまだ何も口にしていない。

 

「琴里、何か食べるものないか?」

「そう言うと思って手配してるわよ」

「悪い、助かるよ」

「とりあえず体に異常はなさそうだから、出歩いても構わないわ。これ、着替えね」

 

 琴里が持ってきた紙袋を渡される。

 中身を取り出すと、動きやすそうなハーフパンツに、特撮ヒーローが中央に陣取ったシャツ。

 ……もう少しデザインを考えて欲しいとは思うが、文句は言えない。

 士道は着替えるために、病衣に手をかけた。

 しかし、どうにも視線が気になって手が止まる。

 

「……琴里? 見られてると着替えにくい」

「いつも気にしてないくせに何言ってるのよ」

「いや、確かにそうなんだけど……」

 

 琴里の言うとおり、普段なら姪っ子相手にこの程度で動揺したりはしない。

 それが妙に気後れしてしまうのは、やはり子供の姿になっているからだろうか。

 今の士道は、同年代と比べると小柄な琴里よりも身長が低いのだ。

 家族とは言っても、これでは姉と弟である。

 加えて、親子なだけあって琴里の顔立ちは彼女の母親にそっくりと来た。

 そのおかげで過去に……それもちょうどこれぐらいの年の頃に、某クソ姉貴に風呂に入るからと無理やりひん剥かれたのを思い出してしまった。

 どういうことか、今の琴里はその時を彷彿とさせるような、満面の笑みを浮かべているのだ。

 嫌な予感に冷や汗が伝う。

 士道はベッドに後ろ手をつきながら、ジリジリと後退した。

 

「え? 一人じゃ着替えられないって? もう、世話が焼けるわねぇ」

「そ、そんなこと言ってない!」

「ええい、問答無用っ!」

「いやぁぁぁぁぁっ!」

 

 飛びかかってくる姪っ子に、士道は絹を裂くような叫びを上げた。

 まるで暴漢に襲われた少女のような悲鳴である。

 ベッドの上で取っ組み合いになるが、やはりというか力負けしている。

 あっという間に組み伏せられてしまった。

 

「さ、脱ぎ脱ぎしましょうねー」

「ちょっ、パンツまで脱がせることないだろ!?」

「いいからおとなしくしなさい……!」

「きゃぁぁぁぁぁっ! きゃぁぁぁぁぁっ!」

「ええい、生娘じゃあるまいし、情けない声上げるんじゃないわよ!」

 

 このままでは自分の尊厳が損なわれてしまう。

 士道は最後の砦を死守すべく、必死に抵抗した。

 しかしそれも虚しく、両手を頭の上で固定されてしまった。

 足をバタつかせようにも、琴里が跨っているため動かない。

 そして、抵抗できない状態でパンツに手がかけられ、絶望という言葉が士道の頭を過ぎった。

 その時、医務室のドアがスライドした。

 

「……琴里、シンの朝食を持ってきたのだが――――」

「はぁ、はぁ……あれ、令音……?」

「た、助けて……」

「……ふむ、なるほど」

 

 ベッドに組み伏せられ、ほとんど全裸で涙目の士道(子供)。

 そして息を荒げながら跨る琴里。

 状況が特殊すぎて混乱をきたしそうなものだが、令音はあくまで冷静だった。

 

「あ、あのね? これはちょっと興が乗りすぎたっていうか、しーくんがかわいすぎるのがいけないというか……」

「今は精霊の力で子供の姿になっているとはいえ、彼は立派な成人だ。君と性行為を行えば、青少年保護育成条例に抵触する恐れがある」

「だ、だからこれは……」

「……それに、無理やりというのはちょっとね」

「~~~~~~っ」

 

 声にならない悲鳴を上げながら、琴里は医務室を飛び出していった。

 その様子を見送って、令音は首を傾げた。

 

「……何か、間違った指摘をしてしまったかな?」

「…………」

 

 意図は別にあったとは言え、状況的にそう見えたのは確かだ。

 それに、無理やりというのは何ら間違いではない。

 しかし、そのような誤解を受けたままというのは、流石にしのびない。

 士道はいそいそと服を身に付けると、自分を襲った姪っ子の弁明を始めるのだった。

 

 

 




というわけで今回はここまで。
次回か、その次で七罪編は終わると思われます。
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