士道くんが淫行教師と謗られながら精霊をデレさせる話   作:kish

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およそ半月ぶりにこんばんは。
夜勤が続くと、どうも眠くてしかたありません。


嵐を呼ぶ転校生

 

 

 

「おはよー、皆の者」

「てかあつー……夏服解禁されてなかったら死んでたよー」

「マジ引くわー」

 

 週明けの二年四組の教室は、いつもより少しだけ活気づいていた。

 それは生徒たちが、冬服のブレザー姿から装いを変えたことにも関係しているだろう。

 きっと半袖のワイシャツに身を包んだことで、夏に向けて開放的になっているのだ。

 しかしそんな中にあっても、鳶一折紙は平静を崩さない。

 気温が上がろうが夏服に変わろうが、これといってやることに変わりはないからだ。

 日中は学校で授業を受け、放課後は訓練に時間を費やし、その合間に恋人と愛を育む。

 もちろん空間震――精霊の現界の際には出動となるため、常にすぐ動き出せる姿勢が望ましい。

 そういった意味では、冬服よりも動きやすいこの格好は適していると言えるかもしれない。

 それはそうと、この夏服姿は恋人的にアリなのか、ナシなのか。

 折紙は、このクラスの副担任である穂村士道のことを考える。

 以前に制服姿を褒められたことがあるが、その時はブレザーを着用していた。

 もし今の格好が好みに合わないようであれば、この夏服でいる必要性も薄れる。

 今度二人きりになった際に、感想を聞いてみるべきだろう。

 そしてあわよくば、より涼しい格好になった上で少子化対策に臨むのだ。

 あくまで平静を保ったまま、折紙はその際に行われるあれこれをシミュレートするのだった。

 頬が少し熱いような気がするが、きっと気のせいだろう。

 

「皆、おはようだ」

 

 凛と良く通る声が響いたかと思うと、教室内は一瞬だけ静まり返った。

 夜色の髪、紫水晶の瞳――夜刀神十香だ。

 他の生徒と同じく夏服に身を包んだ彼女は、折紙と一瞬だけ視線を交錯させた。

 これは信頼が成すアイコンタクトの類ではなく、互いが互いを敵視する視線だった。

 それもそのはず……彼女は精霊で折紙はAST。

 冗談や比喩抜きで、少し前まで剣を交えていた仲なのだ。

 友好的な関係など、築けるはずがない。

 それに、そういった事情を抜きにしても、看過することが出来ない点がある。

 そうなった理由や経緯はともかくとして、十香は生徒としてこの来禅高校に通っているのだが、とある一人の男性教師に執着を見せているのだ。

 その男性教師こそが、このクラスの副担任にして折紙の恋人、穂村士道である。

 横恋慕するだけならまだしも、十香はことごとく二人の逢瀬を邪魔し、隙あらば士道にデートに連れていけなどとのたまう始末。

 当然捨て置ける道理などどこにもなく、士道を挟んで対峙する度、折紙は拳を握り締めるのだ。

 十香の席は教卓の目の前……士道の顔がよく見える席がいいというワガママの結果だ。

 折紙の席は窓際最後列なので、ここからでは彼女の背中しか見えない。

 だが、英語の授業の際にどのような顔をしているのかは、容易に頭に浮かぶ。

 苛立ちを抑えつつ、英語の教科書を取り出す。

 今日の一限目は英語……万が一にも抜かることはできない。

 授業中にいつ指名されてもいいよう、予習は完璧にこなさなければならないのだ。

 十香のように出来の悪い生徒では、覚えも悪くなってしまうだろう。

 もちろん士道は勉強の出来不出来で人を差別する人間ではないが、これは突き詰めた結果どちらをとるかという問題だ。

 例えば無人島において、食料が渋い実と甘い実に限られる場合、人は甘い方へ手を伸ばす。

 そもそも学生の本分は勉学だ。

 良い成績を目指すのは当然であり、好んで悪い成績を取るものなど――――そこまで考えると、折紙はハッと顔を上げた。

 少なくとも英語において、悪い成績を取るメリットに思い当たるものがあったのだ。

 それは補習……士道と二人きりの居残りから、禁断の個人授業へと発展してもおかしくはない。

 もちろん補習授業は成績の悪い生徒に課されるものであり、必ずしも教師とマンツーマンになれるわけではないのだが、そのようなことはすっかり頭から吹き飛んでいた。

 もし十香がそれを狙って悪い成績を取っているのだとしたら……

 

(夜刀神十香……やはり油断ならない)

 

 折紙が密かに警戒心を新たにしていると、チャイムが鳴った。

 朝のホームルーム前の予鈴だ……ほどなくして、教室の扉が開く。

 入ってきたのはこのクラスの担任である岡峰珠恵と、副担任である士道だ。

 本来なら副担任がホームルームに顔を出す必要はないのだが、彼は律儀にも毎回参加している。

 理由はどうあれ、毎朝顔が見られるのは悪いことではない。

 盗聴――ではなく、愛の電波では賄えない栄養素が補給できるというものだ。

 それに毎朝様子を確認していれば、ちょっとした不調にも目が行く。

 こうして最後列からジッと見つめて、士道の健康状態を観察するのが折紙の朝の日課の一つだ。

 

「はい、皆さんおはよぉございます」

「お、おはよう……さ、ホームルームやるから席に着いてくれ」

 

 担任のぽやぽやっとした雰囲気はいつも通りだが、士道の様子は少しおかしかった。

 ほんの僅かであるが、いつもより動きが硬いように見える。

 それに、瞬きの間隔が普段と比べると0.05秒程速いし、呼吸の間隔も0.2秒程速い。

 暑そうにしているのは気温の上昇によるものかもしれないが、今の彼はクールビズである。

 その姿を写真に収めたい衝動に駆られるが、それよりも体調の方が心配だ。

 その他細かい差異を挙げればキリがないが、折紙が立てた推測は――――

 

(まさか、緊張している……?)

 

 いくら新米教師といえど、士道がこの来禅高校に勤め始めて二ヶ月弱。

 特別な場ならともかく、毎朝のホームルームでここまでの動揺は最早珍しい。

 もしくはやはり体調が悪いのか……それを悟られまいと振舞っているのかもしれない。

 現に折紙以外の生徒は、士道の様子に特に疑問を覚えては――――いや、忌々しいことに十香が何かを察したのか首を傾げている。

 気に食わない相手だが、執着しているだけあってその変化に気づいたらしい。

 この際彼女はどうでもいいが、士道の不調は気がかりだ。

 本人の意思は尊重したいが、場合によっては早退も視野に入れるべきだろう。

 もちろん一人で帰らせるのは危険なので、誰かが付き添うのは必定。

 その際は折紙もやむなく早退になる予定なので、うってつけとしか言い様がない。

 日中ならば、家には誰もいないだろう……つまり、付きっきりで看病する必要性がある。

 折紙は、たっぷりしっぽりと上から下まで世話をする覚悟を決めた。

 自分の家で看病してもいいのだが、それでは彼の家族が心配するだろう。

 姉夫婦の家に住まわせてもらっているそうだが、家の主二人は出張中のため、現在は姪との二人暮らしのようだ。

 その他には――――

 

『――もしかして、兄様……?』

 

 崇宮真那……DEM社からやって来た、幼いながらも凄腕の魔術師。

 その少女が、士道の写真を見て漏らした言葉である。

 家族構成は把握しているが、彼に姉はいても妹はいない。

 しかし、彼女の持っているロケットの中の写真には、子供時代の士道と思われる姿があった。

 少し前に、〈ウィッチ〉によって子供に変えられていた姿が思い出されるが、確かにその面影があったのだ。

 様々な疑問が浮かんだものの、この前は横槍が入ってそれらを晴らすことができなかった。

 ホームルームが終わり次第、士道に確認を取ってみるべきだろうか。

 彼の身内ならば、将来家族になる相手である。

 折紙にとっても他人事ではない。

 

「ふふ、今日はですねえ……なんと、このクラスに転校生が来るのです!」

 

 思考に意識を割いていると、にわかに教室が騒がしくなる。

 どうやら転校生という単語に対してのもののようだが、折紙としては首を傾げざるを得ない。

 通常、転校生はクラスの人数や男女の比率を考慮して編入されるはずだ。

 二年四組は特別人数が少ないわけでもなければ、男女比もバランスが取れている。

 ましてや、四月に十香が転校してきたばかりなのである。

 それなのに新しく生徒を追加するというのは、何とも奇妙な話だ。

 同じく疑問を抱いたのか、もしくは別の理由か、士道の顔色が変化したように見えた。

 

「さ、入ってきてー」

 

 間延びした声に続いて、教室の扉がゆっくりと開く。

 入ってきたのは、一人の少女だった。

 気温が上がり夏服も解禁されているというのに、冬服のブレザーを着込んで足には黒いタイツを穿いている。

 あれで日差しにさらされては堪ったものではないだろう。

 しかしそれは個人の自由だし、折紙としても特別興味を抱く理由はない。

 その影のように黒い髪と血のように赤い右目に、少し不吉な印象を覚えたぐらいだ。

 転校生から士道に視線を戻すと、その様子は明らかに変化していた。

 何だか、必要以上に転校生を見ないようにしている……ように見える。

 それでいてやはり気になるのか、チラチラと視線を向けてはすぐに逸らす始末。

 まるで、見てはいけないのに目が離せない……そんな様子だった。

 しかし彼の様子がおかしかったのは、この教室に入ってきた時からである。

 仮に、この状況と関係があると考えると、この転校生に対して緊張していたということになる。

 そして現状の、明らかに意識したかのような素振りは……

 

(まさか、先生は冬服の方が好みだった……?)

 

 もしそうだとしたら、由々しき事態である。

 一限目の英語の授業が終わり次第、自宅へブレザーの回収に向かう必要がある。

 恋人の目を惹きたいと思うのは、乙女ならば当然の思考回路なのだ。

 転校生に対して警戒の目を向けると、黒板にその名前が記されていく。

 

「時崎狂三と申しますわ」

 

 よく響く声で、彼女はそう名乗った。

 そして、士道の方を見て微笑むと――――

 

「そちらの士道先生とは、色々とお世話になった間柄ですの」

 

 決して見過ごせない言葉を、吐くのだった。

 

「ちょっと待てやコラァッ!」

「またかこの淫行教師ぃ!」

「マジ引くわー!」

「畜生っ! 流石師匠(せんせい)と言うしかねぇぇぇぇぇっ!!」

「皆さーん! 落ち着いてぇー!」

 

 教室内に嵐が吹き荒れる中、折紙は転校生――時崎狂三をジッと見つめた。

 彼女が士道に向ける視線は、さながら捕食者のそれである。

 自分も彼を性的に取って食いたい……もとい取って食われたいと思っているため、よくわかる。

 

(――時崎狂三……彼女は、危険)

 

 新たな『敵』の出現に、より一層警戒心を募らせるのだった。

 

 

 

 

 

 時は遡って、空中艦〈フラクシナス〉内のブリーフィングルーム……そこで行われているのは、精霊攻略に向けた対策会議である。

 士道が精霊〈ナイトメア〉と遭遇したその日の夜に、急遽設けられた席だ。

 室内中央に設えられた円卓に着くのは、士道を含めて三人。

 向かって正面の席に座るのは、五河琴里。

 可愛らしい少女であるが、中学生ながら〈ラタトスク〉の司令官を務める才媛でもある。

 士道の姪でもあり、最近は反抗期なのか、スキンシップが減ったのは残念なところだ。

 そして左手の席に座るのは、〈ラタトスク〉の解析官である村雨令音。

 いつも眠そうにしていて、思わず支えてあげたくなる足取りの女性である。

 来禅高校の物理教師という立場もあり、士道とは二重の意味で同僚だ。

 異性として意識しているのだが、それが届いているかは微妙なところだ。

 体を許してくれているため、少なくとも嫌われていないのは確かなのだが……

 なお、いつもならばここに副司令である神無月恭平も加わるが、彼は懲罰中である。

 他のクルーは来るべき作戦に向けて、準備に取り掛かっているらしい。

 思えば、こうして作戦前にちゃんとしたミーティングが行われるのは初めてだ。

 士道の認識では、現界した精霊に対して場当たり的に向かわされるか、もしくは自分が単独で接触するかのどちらかだったはずだ。

 終わった後の反省会でメンタルをボコボコにされた覚えなら、いくらでもあるのだが……

 あまり思い出すと心の汗が流れそうになるので、そこらでやめておく。

 そもそも、精霊の現界には法則性が見出されていない。

 事前にどの精霊と遭遇するかなど、予測のしようがないのだ。

 そして一度現界が確認されたら、そこからは時間との勝負となる。

 場当たり的というより、実際は十分な打ち合わせの暇がないというのが実情だ。

 しかし今回は、精霊〈ナイトメア〉――時崎狂三が再び姿を現すと予見されている。

 それも来禅高校の二年四組……士道の担当クラスに編入する転校生としてだ。

 

「いい? 〈ナイトメア〉の攻略はスピード勝負よ」

 

 チュッパチャプスを咥えたまま、琴里は念を押すように言った。

 その部分に関しては、特に異論を挟むつもりはない。

 精霊との接触が時間との勝負なのはその通りだし、今回の相手は最悪と呼ばれる精霊だ。

 放置していては、周囲に被害が出てしまうかもしれない。

 野良猫と戯れる姿が脳裏をよぎるが、彼女が人の命を意図して奪ってきたのは事実だ。

 そのような警戒をされて然るべき精霊なのだ。

 しかしながら、琴里が言葉の内に含ませているのは、それだけではないような気がする。

 

「そういえば、昼間言ってたもう一人ってのはどういうことなんだ? 狂三は〈ベルセルク〉みたいに、二人で一組の精霊ってわけじゃないだろ」

「最早名前呼びなんて、一体いつの間にそんなに仲良くなったのよ。それとも、それも訓練の成果なのかしら? 令音、次回作は難易度高めで設定しておいて」

 

 琴里の刺々しい視線はともかくとして、次回作とは一体何なのだろうか。

 士道は先日、来禅高校の物理準備室で見つけた『恋してマイ・リトル・シドー2(仮)』のことを思い出して戦慄した。

 ギャルゲー訓練はもうこりごりだった。

 前回のアレより難易度を上げられたら、それこそ黒歴史の全てが明るみに出てしまう。

 それだけは絶対に阻止しなければならない。

 

「馬鹿言うな琴里! 三十近くになっても恋人がいない男の恋愛スキルが、そんな簡単に上がるわけ無いだろ!」

「うんまぁ、それはそうかもだけど……とりあえず、自分で言って泣くのはやめなさいよ」

 

 心の汗を溢れさせる士道に、琴里は痛ましいものを見るような視線を向けた。

 可愛い姪っ子に心配させるわけにはいかないので、士道は目元を拭った。

 しかし、恋人いない歴=年齢という事実は重くのしかかる。

 異性に関心がないわけではないし、人と関りを断つような生き方をしてきたわけでもない。

 それでも恋愛に縁遠かったのは、やはり思春期が黒歴史で満たされていたからだろう。

 中学時代はガイアに囁かれたり、カッコいい設定や技名を考えたり、ポエムや曲を自作したり、これらの優先順位が異性への興味を上回っていたことが原因だ。

 俗に言う中二病を患っていたのだ。

 そして高校への進学を機に中二病からは脱却したものの、当時の来禅高校は恋愛ができるような環境ではなかった。

 右を向けば不良、左を向けば不良……『!』と『?』が飛び交う大不良時代だったのだ。

 そのような連中に囲まれながら、恋愛にうつつをぬかす度胸があったのなら、また話も変わっていたのかもしれないが。

 とにかく当時は必死で、そんな暇がなかったというのが実のところだ。

 しかしながら、中学時代にせよ高校時代にせよ、別の理由がないとは断言できない。

 初恋は他人においそれと話せない類のものだが、それが影響した可能性は否定出来ないからだ。

 浮かんだ面影が姪っ子に重なり、士道は複雑な感傷を抱いた。

 細めた目の端から、涙が一筋こぼれ落ちる。

 

「……琴里、どうか健やかに育ってくれ」

「ちょっと、人の顔見てまた泣き出すとか、どういう了見なのよ」

「少し、夕日が目に沁みてな……」

「窓のない部屋にどうやって夕日が差し込むのか、是非とも詳しく聞かせてもらいましょうか」

 

 付け加えるなら今は夜で、夕暮れ時はとっくに過ぎている。

 胡乱な発言を重ねる士道に、琴里は半眼でジトっとした視線を向けた。

 

「……シン。そう卑下しなくとも、君のスキルの向上はこれまでの成果からも明らかだ。自信を持つといい」

「そうね。十香はもちろん、七罪をデレさせたのは確かに大金星よ」

 

 琴里が珍しく褒めてくるだけあって、七罪は気難しい部類に入るだろう。

 そんな彼女の心を開くことができたのは、やはり事前に面識があったのが大きいように思える。

 つまりは、恋愛スキルとは無関係の部分である。

 二人の言葉はありがたいが、素直に頷きがたくはあった。

 そもそもとして、女性をデレさせる手腕を評価されるのは、暗に女誑しと言われている気がする……というのは考えすぎだろうか。

 つい先日、年上の後輩からミサイルをぶち込まれながら、そんな罵倒をされたような気もする。

 しかし事実に即した面はあるとしても、士道にそのつもりはない。

 もし姪っ子と意中の相手にそう思われているのだとしたら、いよいよ頭を抱えるしかなくなる。

 

「さらなる成果を期待して、〈ラタトスク〉では次の訓練教材を準備中よ」

「い、いやぁ……実は俺、ゲームはあまり向いてないんじゃないかって思うんだよ」

「……もちろん、君のそんな苦手意識を払拭するための試みもしてある。見たまえ」

 

 令音が手元のコンソールを操作すると、士道の席に備え付けられたパーソナルディスプレイに、ゲームのタイトルロゴが表示された。

 

『恋してマイ・リトル・シドー2 ~愛、恐れていますか~』

 

 恐れているも何も、士道にとってはこのゲームの存在自体が既に恐ろしい。

 副題まで付け加えられているところを見ると、完成は近そうだ。

 来月には期末テストや修学旅行もある。

 その準備の事を思うと、全力で遠慮したいところだった。

 とはいえ令音に勧められたのでは、強硬に拒否することはできない。

 惚れた弱みというやつである。

 士道が引き攣った笑顔を浮かべていると、ロゴが消えて映像が切り替わる。

 ゲームのヒロインと思しき少女たちが、軽快な音楽とともに表示された。

 気のせいと思いたかったが、前作より数が増えているように見える。

 絶望的な心地でヒロインのプロフィールを眺めていると、士道はとある違和感を覚えた。

 なんというか、年齢層が妙に低いのだ。

 前作では同年代、年下、年上とバランスよく分かれていたのだが、今回はほぼ年下である。

 それに伴ってか、全体的に体形の方も起伏がないというか、良くて膨らみかけがせいぜいだ。

 これではまるで、そういう嗜好を持つ男性向けのゲームに思える。

 例えばだが、ここの副司令なら喜んで飛びつくかもしれない。

 この顔ぶれに同じく疑問を覚えたのか、琴里が怪訝な顔をした。

 

「ねえ令音、なんだか年下のヒロインが多くない? これじゃあバラエティに欠けるというか……企画段階では、もうちょっとバランス良かったと思うんだけど」

「……ああ、うむ。これはシンの好みを反映させた結果だよ。プレイしやすくなると思ってね」

「なるほど、俺の好みを――――はぁ!?」

 

 寝耳に水の情報に、士道は素っ頓狂な声を上げた。

 自分の好みを大っぴらにした覚えなどない上に、情報が全く合っていない。

 一体誰がそんな誤情報を流したというのか。

 混乱する士道に、琴里がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「へぇ、いい趣味してるじゃない。このロリコン」

「おまっ、人聞き悪いことを言うんじゃない! そんなわけないだろうがっ」

 

 教師という職業でロリコン呼ばわりは痛すぎる。

 それでなくとも現状は淫行教師呼ばわりなのだ。

 もしこの二つが悪魔合体してしまったら、どうなってしまうのだろうか。

 下手をしたら教員生命を絶たれかねない。

 あってはならない誤解に、声を大にして主張する。

 

「大体な、俺の好みはもっと大人っぽい女の人だよ!」

「……それは盲点だった。流石にシルバー世代はどうかと思っていたのだがね」

「いくらなんでも振れ幅デカすぎませんかねぇ!?」

 

 まさかのご年配ヒロイン実装の兆しに、士道は悲鳴を上げた。

 いくら淫行教師の十字架を背負わされているとはいえ、おばあちゃんを恋愛対象とするのは気が引けるどころの話ではない。

 というか士道の好みに関して、令音の頭からは自分のことがすっぽり抜け落ちているようだ。

 確かに好意を言葉にしたことはないが、あれだけのことをしたのに全く意識をされていないようでは、肩も落ちるというものだ。

 ……年上はさて置き、年下にしても琴里ぐらいの年頃だと、どうしても庇護欲が先行する。

 そもそも前作は『現実に起こりうるシチュエーションをリアルに再現してある』という謳い文句だったはずだが、果たしてこんな年下にばかり囲まれる状況がありえるのだろうか。

 士道はヒロインの一人……気の強そうなツインテールの少女を指して異議を唱えた。

 

「このヒロイン……えっと、主人公の義理の姪みたいですけど、流石に無理がありません?」

「……ふむ、そうかね?」

 

 士道の指摘に、令音は琴里を一瞥した。

 義理の姪自体はそう珍しいものではない。

 兄弟、もしくは自身の結婚によって、そういう関係が出来上がることもあるだろう。

 士道は養子なので、琴里との関係は比較的珍しいかもしれないが。

 しかしながら、指摘したいのはその部分ではないのだ。

 姪とは言っても、血が繋がっていないのなら極論、恋人になることに問題はないだろう。

 とはいえ、それはある程度年齢が釣り合っていたらの話だ。

 見たところ主人公は高校二年生で、このヒロインは小学三年生である。

 大人になればそれぐらいの年齢差のカップルはいるかもしれないが、思春期の只中にあるはずの高校生が、小学生を恋愛対象として狙いに行くのはそれこそ特殊性癖だ。

 

「なぁ琴里、お前もそう思う――――」

 

 姪っ子に同意を求めようとして、殺気を感じた士道は頭を引っ込めた。

 次の瞬間、後ろからカッという音。

 振り返ると、プラスチック製の――恐らくはチュッパチャプスの棒が壁に突き刺さっていた。

 この壁に使用されている素材はわからないが、少なくともプラスチックよりは頑丈なはずだ。

 冷や汗を流しながら、士道は琴里に目を戻した。

 

「あら、ゴミ箱かと思って間違っちゃったわ」

「そ、そうか……次は気を付けような」

「しーくんも言葉に気を付けてね♪」

「お、おう」

 

 表情はにこやかだったが、纏う雰囲気は剣呑だった。

 士道は思わず、ガチギレした時の姉を思い出した。

 具体的にどの部分に気を付ければ良かったのかはよくわからないが、頷くしかなかった。

 人の顔をゴミ箱に見間違えるのは、最早錯覚どころの話ではない。

 とんだ大暴投に、乾いた笑いが漏れた。

 多分、あのヒロインが琴里の琴線に触れたのだろう。

 自分の好きなものに対して否定的な意見を聞かされるのは、少なからず不愉快なものだ。

 ならば、同意を求めたのは確かに配慮が足りなかったかもしれない。

 

「……ところで、俺の好みについて誰に聞いたんですか?」

「……一応記録映像は残してあるが、確認するかね?」

「お願いします」

 

 令音が手元のコンソールに触れると、映像が切り替わる。

 背景はぼかされているが、恐らく〈フラクシナス〉の中だろう。

 ニュース内で流れるインタビュー映像のように、長髪の男がカメラの中で喋っていた。

 

『彼の好みについてですか……ええ、知っていますとも』

 

 顔はモザイクをかけられていて、声は不自然に甲高い。

 どちらもプライバシー保護のためだろうが、記録映像にそのような処置を施すのはどうなのか。

 ともあれ、士道はそれが誰であるか一目で理解した。

 この〈フラクシナス〉内で白い軍服を着た長髪の男など、一人しかいない。

 士道の額に青筋が立った。

 

『私と彼は謂わば戦友。苦楽を共にした仲ですからね』

「……令音さん、ストップ。ちょっと止めてもらえます?」

 

 映像が一時停止する。

 士道は瞼の上から目頭を揉みほぐすと、円卓に肘をついて項垂れた。

 奇妙なことに、この男のせいで苦労した記憶はあれど、楽をした覚えは全くなかった。

 ゆっくりと息を吐き出して、昂りかけた感情を落ち着かせる。

 少し間を置いてから顔を上げると、映像が再開された。

 

『――――結論から言いましょう。世の男性に青い蕾を愛さぬ者がいようかっ! いやいない! つまり穂村君はロリータ・コンプレックスっ! 証明終了!』

「……すいません、令音さん。もう結構です」

 

 映像の再生が終了する。

 士道はおもむろに立ち上がると、腕を上げて思い切り背中を伸ばした。

 まるで悩みから解き放たれたような、実に清々しい笑顔である。

 

「ちょっとあの変態、殺してくるわ」

「ダメよ。あんなのでも能力はあるんだから」

「そうか……」

 

 琴里の制止に、士道は気を落としながら再び席に着いた。

 主語をクソデカくすることで、世の男性に自分の嗜好……即ちロリコンの業を押し付けたクソ変態の始末は、またの機会になりそうだ。

 士道が落ち着いたのを確認すると、令音が口を開く。

 

「……それで、シンの好みが年上か年下かについてだが」

「あの、そろそろ元の話に戻りませんか?」

「……すまない、脱線していたようだ」

「令音にしては珍しくうっかりね」

 

 やれやれと肩を竦める琴里だが、そもそも狂三に対する名前呼びに言及して、話をあらぬ方へと向かわせた自覚はあるのだろうか。

 しかし指摘するとまた脱線しそうなので、士道は口をつぐんだ。

 

「それで、ええと……何の話だったかしら?」

「時崎狂三についてだろ。のんびりしてたらもう一人が来るって、どういうことなんだ?」

「ああ、そのことね――令音」

 

 ディスプレイに資料が表示される。

 それは二件の空間震災害についてまとめた報告書だった。

 場所はそれぞれイギリスとアメリカの地方都市。

 合計で数十万人もの死者を出した、痛ましい災害である。

 士道も、ニュースで見た程度には知っている。

 

「この二件は、〈ナイトメア〉ともう一人の精霊によって引き起こされたものよ」

「まさか精霊同士が協力して……いや、争っていたのか?」

 

 精霊の現界に法則性は見出されていない。

 そのような例は聞いたことがないが、可能性の上では複数の現界が重なることもあるだろう。

 似たような事例を挙げるとしたら、二人で一組である〈ベルセルク〉だろうか。

 あの双子は、超高速で移動しながら広大な損害をまき散らす迷惑台風である。

 それがもし一点に留まっていたなら、その場所には深刻で甚大な被害がもたらされるだろう。

 

「……〈ナイトメア〉は単独で一万人以上もの人間を手にかけたとされる危険な精霊だが、彼女がもっとも危険視される理由がこれだろうね」

「ええ――――〈ナイトメア〉が現れると、〈デイドリーム〉も姿を現す」

「ちょっと待て、〈デイドリーム〉だって……?」

 

 たった今言及されたその識別名は、かの最悪の精霊に次いで現界が観測された精霊のものだ。

 もちろん士道も、AST時代に聞き及んでいる。

 ただ、知っているのはその呼び名ぐらいのもので、姿さえもまともに見たことがないのだ。

 記憶にあるのは、遠目からその姿を映した映像だけだ。

 その映像にしてもただ白い影が浮遊しているだけで、それなら幽霊かUFOと言われた方がまだ信憑性があるだろう。

 ともかく、他の精霊よりも圧倒的に情報が不足しており、そのために隊員間では幻の精霊などと語られていたのを思い出す。

 空間震も消失も観測されない、いつの間にか現れいつの間にか消える不確かな白昼夢(デイドリーム)

 識別名が与えられている以上、存在することだけは確かなのだが……

 

「……彼女に関しての情報は依然として少ないが、〈ナイトメア〉の後追いをするように現れて、その結果都市が滅ぶ」

「それが今までの被害から見出されたパターンよ」

「なら、今回はこの天宮市が危険ってことか……」

 

 つまり、精霊をつけ狙う精霊ということだろうか。

 人間同士ならストーカーという言葉が当てはまりそうだが、そこは精霊同士である。

 両者の間にどんな事情があるのかは、想像もつかなかった。

 他にも〈デイドリーム〉に関する資料を渡されたが、情報量としては大したものではない。

 一応、その姿を映した画像も添付されていたが、空間が歪曲したかのように輪郭が歪んでいる。

 これではやはり、白いという事しかわからなかった。

 そもそも現界数自体が少なく、士道がASTを離れた後に観測できたのは、先程の二件の他には一件のみ。

 その時は狂三が既に姿を消していたためか、被害は出なかったようだ。

 翻すと、〈ナイトメア〉さえいなければ進んで破壊を行うことはない、という事か。

 統計的にはサンプルが少ないが、だからといって安易に構えてはいられない。

 何にせよ、この街を滅ぼさせるわけにはいかないのだ。

 しかし気になるのは、狂三がこの街にやってきた理由だ。

 まさか〈デイドリーム〉と一緒になって、暴れに来たわけではないだろう。

 ふと、野良猫と戯れる姿がよぎる。

 もし一つの場所に留まれないのなら、それはどれだけ孤独な思いをしているのだろう。

 そもそも精霊は現界と消失を繰り返しているのだが、そんなことを考えてしまった。

 

「しかし、どうして精霊が学校に通おうとしてるんだろうな?」

「士道の周りに他の精霊がいることも把握してたようだし、何か目的があるのは確かでしょうね」

「……いずれにしても、推測を重ねるにも情報が足りなさすぎるようだ」

「こうなったら、本人に確かめてみるしかないわね……ね、()()?」

 

 琴里はにっこりと笑って『先生』という部分を強調した。

 その意味するところを察して、士道は渋面で呻いた。

 

「まさかお前……転校初日から、しかも校内で口説きに行けってことか?」

「スピード勝負って言ったでしょ。サポートはするから、さっさとコマしちゃいなさい」

「こら、はしたないぞ」

「うるさいわねぇ……何なの? 保護者なの?」

「保護者だよ!」

 

 姉夫婦が海外出張で不在なので、それは純然たる事実である。

 士道はもう何度目か分からないため息をついた。

 懸念すべき事が多すぎて、頭が痛くなりそうだった。

 とりあえずは、目下の標的である狂三をデレさせることからか。

 それを校内で行うことに、嫌な予感しかしないのは気のせいではないだろう。

 勤め始めた四月ならまだしも、今の士道は生徒からしたらやや悪目立ちする立場である。

 成功したら下手をしなくても、淫行教師の汚名は不動のものとなってしまう。

 それでもやるしかないのだ。

 士道が悲壮な決意を固めていると、肩に手が置かれる。

 令音だった。

 

「……学校なら、いざとなれば私が直接サポートすることもできる。少し肩の力を抜きたまえ」

 

 ありがたいのはそうだし、気にかけてもらえるのは嬉しくもある。

 しかしやはり、意中の相手に他の女性を口説くサポートをしてもらうという状況は、複雑以外の何者でもないのだった。

 

 

 

 

 

「――じゃあ、週末に小テストやるから、しっかり復習しておくこと」

「うげー」

「そりゃないよほむっち先生ぇー」

 

 小テストの告知をして、士道は一時限目の英語の授業を締めくくった。

 生徒たちから上がる不満の声に、苦笑が漏れる。

 必要性はともかくとして、テストと聞いて辟易する気持ちはよくわかる。

 目の前の席では、十香が頭から煙を上げて目を回していた。

 真面目に授業を聞いてくれるのは嬉しいが、やはり英語は少し不得意なようだ。

 また帰ったら勉強を見てやろう。

 そして最後列の窓際の席――折紙は黙々と次の授業の準備を進めている。

 学年トップの成績を誇る彼女なら、小テストの心配はいらないだろう。

 頻繁に授業の疑問点を聞きに来るのも、その学習意欲の高さをうかがわせている。

 やたらと二人きりになろうとすることには少々身の危険を感じるものの、その姿勢は教師として望むところだ。

 最後に、士道は最後列の廊下側の席に目を向けて、すぐに逸らした。

 そこに座るのは、今朝この教室にやって来たばかりの転校生、時崎狂三である。

 彼女もこちらを見ていたようで、目があってしまったのだ。

 間違いなく美少女の部類だろう。

 影のような黒髪に、真珠のように白い肌、露わになった右目は血のように赤い。

 左目は前髪で覆い隠されており、それが彼女の陰性の美貌と相まってミステリアスな印象を強めている。

 かといって近寄りがたい雰囲気があるわけではなく、朝のホームルームが終わると、早速クラスの生徒に囲まれていた。

 あれならさぞ人気者になるだろう。

 男子生徒ならば、それこそ骨抜きにされてしまうかもしれない。

 士道も彼女を見ると胸の鼓動が早まるが、これは全く別の理由によるものだ。

 最悪の精霊、もしくは〈ナイトメア〉。

 これらが、空間震の真実を知る者たちが狂三に与えた呼び名だ。

 そして士道は、七年前に不幸な巡り会わせで最悪の精霊に追い回されている。

 その時の経験が、ちょっとしたトラウマになっているのだ。

 しかし、どれだけ苦手意識があろうとやらなければならないことがある。

 彼女が周囲に危害を及ぼす前に、もしくは更なる脅威を呼ぶ前に、その力を封印しなければならないのだ。

 だが、果たして――――()()()()()()()()()()()

 

「――っ」

 

 思考に混じったノイズに、士道は顔をしかめた。

 何にしても、今は時間がない。

 すぐに動き出さなければ、狂三はまた生徒に囲まれてしまうだろう。

 意を決して、口を開く。

 

「あー……時崎、さん? ちょっと話があるから、職員室まで来てもらってもいいかな?」

「はい、わかりましたわ」

 

 ビシビシと、視線が集まるのを感じる。

 わかっていたことだが、先程の嵐は表面上凪いでいるだけだ。

 ここから不用意な発言が飛び出そうものなら、また一気に爆発するだろう。

 まるで爆弾処理班のような気分だった。

 頬を伝う汗は、きっと暑さだけのせいではないだろう。

 

「さあ、参りましょう。士道さん」

 

 するりと、士道の腕に何かが巻き付く。

 そして押し付けられる柔らかい感触……狂三が、腕を絡めてきていた。

 瞬間、集まる視線が鋭さを増し、士道の血の気がサッと引いた。

 

「……あの、これは?」

「あらあら、ごめんなさい……少しふらついてしまいましたわ」

「そ、そっかー! ふらついたんじゃしょうがないよなぁ!」

 

 絡みついた腕は外れる気配がない。

 流石精霊と言うべきか、力勝負は不毛そうだ。

 必要以上に声を張り上げて、士道はどうにかこの不自然な状況を誤魔化そうと試みた。

 その誤魔化し方自体が不自然なのだが、残念ながらそんなことを考えている余裕はなかった。

 

「うふふ……いつものように狂三と呼んでくださっても構いませんわよ?」

 

 本人に対しては一度しかそう呼んでいないはずなのに、いつものようにとはいかがなものか。

 膨れ上がる嵐の気配に、士道は狂三を連れてそそくさと退室した。

 

『やっぱり手ェ出してるじゃんあのヤロー!!』

『十香ちゃんというものがありながら! あの淫行教師!』

『マジ引くわー! 明日の新聞載ったぞテメー!!』

 

 直後、教室に怒号が響き渡るが、全力で聞かなかったことにした。

 

 

 




大して話は進んでいないけど、これ以上は分量が嵩みそうなのでここらで切ります。

士道くんの高校時代は、勘違い系でギャグ寄りのヤンキー漫画みたいな感じです。
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