士道くんが淫行教師と謗られながら精霊をデレさせる話   作:kish

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冬になると余計な仕事が増えるので書く時間が……という言い訳。


炎の精霊(イフリート)

 

 

 

「しーくん、まだかなぁ……」

 

 五河家のリビングのソファに、一人の少女が顔を曇らせながら、膝を抱えて縮こまっている。

 五河琴里……白いリボンで髪を二つに括った幼い少女である。

 家主である五河夫妻の一人娘である彼女は、しばしば家を空ける両親に代わり、こうして留守番を任されることがあった。

 とはいえ、まだ小学校に上がる前の年齢である。

 一人での留守番はまだまだ心もとなく、また本人も心細さを拭えない。

 しかしこんな日には、家にとあるお客さんがやってくるのだ。

 カチャリと鍵が回り、玄関のドアが開く音。

 琴里はドングリのように丸っこい目を輝かせて、ソファから飛び出して玄関へと駆けていく。

 そして待ち構えていたかのように手を広げる少年に、勢いよく飛びついた。

 

「しーくぅぅぅぅぅんっ!!」

「――っと、よーしよしよし、今日も元気だなぁ」

「わー♪」

 

 琴里を受け止めて頭を撫で回すのは、学ラン姿の少年だ。

 穂村士道……琴里の母親である五河遥子の弟――つまりは叔父である。

 両親が不在で一人でいる時に、いつも傍にいてくれる士道が、琴里は大好きだった。

 手始めにリビングまでグイグイと引っ張り込むと、ソファに腰を下ろした士道の膝の上に座り、お喋りに興じる。

 

「ねぇねぇしーくん、ふりょーってなぁに?」

「怖ーい人たちのことだぞー。琴里は関わっちゃいけないからなー?」

「でもおかーさんは、しーくんはふりょーとなかよしだっていってたよ?」

「……まぁ、色々とあるんだよ、色々と」

 

 来禅高校といえば、この天宮市において治安の悪さ、及び不良の多さで有名な学校である。

 元々は二つの高校が統廃合することによって誕生した高校なのだが、それでも空間震による生徒数の減少は深刻だったらしい。

 それを解決しようと間口を広く取った結果、素行の悪い生徒の数も増して、それが長じて現在に至るそうなのだが、そこら辺の事情は勿論、琴里には預かり知らぬところである。

 当然、自分の叔父がその来禅高校で〈不沈艦〉などと祭り上げられていることも知らない。

 そうなった経緯を説明するためには、実に勘違い系のヤンキー漫画一作分ぐらいの尺が必要だ。

 まさかバカ正直に話すわけにいかないし、子供に聞かせるような内容でもない。

 何とも言えない表情のまま、士道は言葉を濁すのだった。

 その様子に琴里は首を傾げたものの、お喋りしたいことはまだまだある。

 士道の膝の上に乗ったまま、引き続き声を弾ませる。

 

「ねぇねぇしーくん、ふりょーはこーせーしなきゃいけないんだって」

「お、よくそんな難しい言葉知ってるなぁ」

「おとーさん、しーくんもこーせーしなきゃっていってたよ?」

「まぁ、義兄さんはちょっと大げさだからな……不良じゃないからね?」

 

 朱に交われば赤くなる、とは言うものの、士道自身は不良になった覚えはない。

 人を殴った経験などほとんどないし、喧嘩に巻き込まれても終始殴られているだけである。

 しかし客観的な評価は別で、来禅の裏番などと目されているのが現状だ。

 琴里の父である竜雄も士道のことを信頼してくれてはいるのだが、生傷が絶えない様子が心配でもあるようだ。

 折に触れて、危険なことに関わるのはやめなさい、とやんわり諭してくるのだ。

 もっとも士道の主観から言えば、厄介事が降って湧いたり転がり込んでくるという認識なので、危ない真似はするなだとか、更正しなさいと言われてもどうしようもない。

 心配をかけているのは申し訳なく思うが、この高三の一年をやり過ごせば晴れて「!」や「?」が飛び交う不良の世界ともオサラバである。

 それまでどうか平穏無事に過ごせるように、というのがささやかながらも涙ぐましい目標だ。

 無情にも叶う見通しは限りなく低そうなのだが、言うだけならばタダなのだ。

 目頭を押さえる士道の悲哀が琴里には今一つ伝わらず、「う?」と首を傾げるのだった。

 

「ねぇねぇしーくん、どーてーってなぁに?」

「ぶはっ――――だ、ダメだぞー、そんな言葉使っちゃ」

「そーなの?」

「特定の人の心を抉りかねない悪魔の言葉だからなー? ……いや、どこで覚えてきたんだよ」

「おかーさんがしーくんはどーてーで、かのじょもつれてこないって」

「あんのクソ姉貴……っ!」

 

 己の姉の悪魔のような所業に、士道は義憤を燃やした。

 今まで恋人の一人もいなかったのには非常に有機的かつ複雑な理由があり、別に作ることができないとかそういうわけでもなく、とにかく仕方がないのだ。

 そのような事情もロクに考慮せず恋愛経験ゼロのクソ雑魚童貞呼ばわりなど、しかもそれを年端もいかない娘に吹き込むなど、最早言語道断である。

 少々思い込みによる付け足しも混じっているが、世の中には事実陳列罪というものもあるのだ。

 しかし、士道には姉に逆らえない事情がある。

 黒歴史ノートを初めとした自分の弱みを握られているという現実は、どこまでも高い壁となって立ちはだかるのだった。

 いつかリベンジを果たすにしても、今はまだ時期尚早である。

 勿論、幼い琴里に醜い姉弟喧嘩を見せるわけには行かない。

 せめて姉のようになってくれるなと、その小さい体をそっと抱きしめる。

 それが甚く気に入った琴里は、自分も士道の首に腕を回してぎゅ~っとするのだった。

 

「ねぇねぇしーくん、かのじょってなぁに?」

「そうだなぁ、男の人にとって一番仲がいい女の人……ってところかな?」

「んー、おとーさんとおかーさん? けっこんするってこと?」

「まぁ……そんな感じだな」

 

 必ずしも恋人関係と結婚はイコールではないのだが、五河夫妻にフォーカスした場合はそれで間違いない。

 なにせあの二人は、生まれて間もない士道が穂村の家に引き取られた当時から付き合っているのだ。

 付き合いの長さを考えればもう少し落ち着いても良さそうなものだが、未だに恋人気分から抜け出していない、というのが正直な感想である。

 呆れ混じりに曖昧な肯定を返した士道に、琴里は膝の上で体を弾ませながら手を上げた。

 

「じゃあことりがしーくんのかのじょになる!」

「ははは、嬉しいなー」

「どーてー? もらってけっこんしてあげる!」

「そ、そうだなー……琴里はまだ小さいから、そういう話はもっと大人になってからしようか」

「おとなになったらしーくんとけっこんできるの?」

「う~ん……」

 

 日本の法律において三親等以内の血族との婚姻は禁止されているが、士道は養子なので姉との、延いては琴里との血のつながりはない。

 結論から言えば、年齢さえ条件に達していれば結婚自体はできる。

 しかしながら、気持ち的な問題は別だ。

 勿論、琴里のことは大好きだが、それは恋愛感情ではなく家族としての愛情だ。

 琴里にしても、まだまだ『好き』の違いに理解が及んでいないのだろう。

 ここで否定するのは簡単だが、可愛い姪っ子が泣いたり落ち込んだりする姿は、出来れば見たいものではない。

 いつかは成長して現実を知るだろう、という前提の元、士道は琴里を抱き上げて頷いた。

 

「そうだな……じゃあ琴里が大人になって、まだこのことを覚えてたら……な?」

「――! わすれないっ、ぜったいぜったいおぼえてる! しーくんとけっこんする!」

「はいはい、約束なー」

 

 とはいえ、ここまで好かれているのは素直に嬉しいものだ。

 こんな可愛い琴里に限って、反抗期を迎えて罵倒してきたりなんてことは絶対にない。

 もしそうなったら、士道は崩れ落ちて涙を流すしかなくなる。

 たかいたかいをしながら、いつか姪っ子が現実を知るであろう未来に思いを馳せる。

 琴里はそんな叔父の心情など露知らず、キャーキャーと歓声を上げるのだった。

 

「ことりとけっこんするまで、しーくんはかのじょつくっちゃダメだよ? どーてー? もとっておいてね!」

「ま、前向きに善処する方向で検討させてもらうよ……」

「う? まえむき……ぜんしょ?」

「ははは、琴里は可愛いなー」

 

 極めて曖昧な返答をした士道は、誤魔化すようにハテナを浮かべる姪っ子の頭を撫でる。

 それで疑問がすっかりどうでも良くなって、琴里は嬉しさを隠さずに笑った。

 果たして、こんな見え透いた手で誤魔化されてくれるのは何歳までだろうか。

 頬に汗を滲ませながら、どうかいつまでも純真であってくれ、と祈る。

 ちなみに、童貞を取っておく云々はともかく、今の所捨てる見通しは全く立っていない。

 いかつい不良どもに囲まれた現状では、出会いなど欠片もないのだ。

 

「ねぇねぇしーくん、おとなっていつになったらなれるの?」

「そうだなぁ……琴里がお化けを怖がらなくなったら、かな?」

「お、おばけっ? こ、こわくないもん! ことり、おばけなんてへいきだもんっ!」

「ほほーう? じゃあ今から、遊園地のお化け屋敷にいってみようか?」

「う~~、しーくんのいじわるっ」

「ははっ、悪い悪い。さぁて、じゃあそろそろ飯の準備しなきゃな。何食べたい?」

「……ハンバーグ」

「了解、お姫様」

 

 拗ねながらのリクエストに、士道はウィンクして親指を立てた。

 料理はまだまだ勉強中だが、ここでうまく作れたらきっと機嫌を直してくれるだろう。

 琴里を下ろしてソファから立ち上がると、学ランを脱いで袖をまくり、冷蔵庫を物色する。

 姉夫婦から、冷蔵庫の食材は自由にしていいと許可を貰っている。

 姪っ子の喜ぶ顔などを思い浮かべると、自然と鼻歌が漏れてくるというものだ。

 台所へ向かったその背中を、琴里はソファの背もたれに顔の下半分を隠しながら見送った。

 士道とお喋りしたり遊ぶのは大好きだが、一番好きなのはこの時間だ。

 料理が待ち遠しくてワクワクしているのはそうだが、士道が楽しそうにしているのを見てると、何故だか琴里も嬉しくなってしまうのだ。

 

「しーくん……だーいすき

「んー? なんか言ったかー?」

「いじわるするしーくんにはおしえてあげなーい」

「だから悪かったって、機嫌直してくれよー」

「ダメー」

 

 明るい母がいて、優しい父がいて、両親が仕事で忙しくて寂しい思いをすることもあるけれど、そんな時は大好きな叔父が傍にいてくれる。

 幼い琴里は、こんな日常が続くと信じて疑っていなかった。

 学校では心休まる時はないものの、姉夫婦の家を訪ねれば可愛い姪っ子が出迎えてくれる。

 しかし高校生活最後の一年である士道は、こんな日常もいつか終わるのだろうと予感していた。

 そして転機は確かに訪れた。

 その年の夏に、士道は出会ってしまったのだ。

 今までの常識を覆す精霊(さいがい)魔術(ちから)と、黄金の鎧を纏った英雄(ヒーロー)に。

 

 

 

 

 

「えっ……しーくん、もうきてくれないの?」

 

 琴里にとってショックな報せがもたらされたのは、誕生日の少し前のことだった。

 士道の通う高校が夏休みに入り、これからは毎日遊んでもらえるとワクワクしていた矢先でもある。

 申し訳なさそうに頭を掻く叔父の姿が、じわりと涙で滲んで歪む。

 

「来れなくなるっつーか……まぁ、今まで通りってわけにはな」

「……こ、ことりがワガママばっかりだから? おばけこわがってるから……?」

「ああ、泣くな泣くな。大人になるには、その泣き虫もどうにかしなきゃな」

「ぅぇ……やだやだっ、ことりのこときらいにならないでぇ……」

「嫌いじゃない嫌いじゃない。俺、琴里、ダーイスキ」

 

 いつもは抱きしめられたらすぐに涙も止まるのだが、今回は止まってくれなかった。

 泣き顔を隠すように、琴里は士道の胸元にぎゅ~っと顔を押し付けた。

 士道はその様に苦笑すると、いつものように頭に手を置き撫でてやる。

 

「なんつーか、目標みたいなのを見つけてさ。もう高三だし、進路も決めなきゃだしさ」

「……じゅけんべんきょー?」

「お、また難しい言葉を知ってるなぁ。でも違う。俺はな、ちょっとヒーローってやつを目指してみようかと思うんだよ」

「ヒーロー? しーくんへんしんするの?」

「しちゃうかもなー。それで琴里も、琴里の居場所も、全部全部守ってやるからな」

 

 大好きな士道が目を輝かせて無邪気に笑うものだから、琴里は何も言えなくなってしまった。

 一緒にいるのは勿論好きなのだが、楽しそうにしているのを見るのはそれ以上に好きだった。

 いつものように泣いてワガママを言えば、考え直してくれるのかもしれない。

 それでも、琴里は大人になると約束したのだ。

 涙もワガママもグッと堪えて、我慢して我慢して我慢して……一欠片だけ、ポロっと溢れる。

 

「じゃあ、おたんじょうびだけ……おたんじょうびだけはことりにあいにきてくれる?」

「ああ、それだけは絶対に約束する」

「ぜったいのぜったいにぜったいだよ?」

「絶対の絶対に絶対だ。ほら、指切り」

 

 小指を絡めて、離す。

 士道の言う「ヒーロー」というのが具体的に何を意味するのか、幼い琴里がその詳細を知ることはなかったが、両親が酷く心配していたことだけは覚えている。

 それから確かに顔を見せる機会は減っていったが、約束通り誕生日には会いに来てくれた。

 琴里はそれを心待ちに日々を過ごし、数年が経ち、やがて()()()が訪れた。

 当時の記憶は判然とせず、自分の身に一体何が起きたのか、正確には把握していない。

 結果として琴里は人間のまま精霊となり、幼くして過酷な道へと足を踏み入れた。

 それでも、ただ一つだけ覚えていることがある。

 炎に焦がされながらも琴里を、街の全てを守ろうとする姿は、正真正銘の英雄(ヒーロー)だった。

 その腕に抱きしめられたとき、強い自分の証を受け取ったとき、まだ形が定まりきっていない『大好き』は、明確な『恋心』へと変わった。

 それが世間一般からすると異常とされるものであることは、成長するにつれて自然と理解した。

 たとえ叶わずとも、自分たちの間には家族という絆があると納得もした。

 だから今はただ、精霊と対話する士道を支え――――

 

(――――納得? そんなもの、()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 炎が、揺らぐ。

 目を覚ました琴里の視界は、赤い炎で埋め尽くされていた。

 だというのに熱さは一切感じることはなく、響き渡るアラームの音もどこか現実感が薄い。

 少し遅れて、琴里は自分が普段とは異なる格好をしていることに気がついた。

 和装のようなその()()――〈神威霊装・五番(エロヒム・ギボール)〉は、その端々を炎のように揺らめかせる。

 つまり、周囲を埋め尽くすこの炎は――――

 

「ぁぐ――――」

 

 自分が精霊になっていると自覚した瞬間、自我を磨り潰すように破壊衝動が押し寄せる。

 呑まれまいと歯を食いしばるが、霊力は炎となって噴出していく。

 周囲の景色が歪んでいるのは熱による空気の揺らぎなどではなく、実際に壁や機材などが溶け出しているのだ。

 ここはこの艦の中でも一番頑丈な造りをしているはずだが、精霊の力に対してまるで歯がたっていない。

 

(ダメ……このままじゃ〈フラクシナス〉が――――)

 

 断続的に起こるこの揺れは、飛行、及び浮遊を支える機能に異常をきたしている可能性が高い。

 事態の把握は急務だが、この状態では人に近づくことはおろか、通信機の使用も困難だ。

 しかしながら、異常の原因ははっきりとしている。

 ならば、その原因を取り除いてしまえばいい。

 

「――〈灼爛殲鬼(カマエル)〉!」

 

 巨大な戦斧――自らの天使を顕現させると、琴里は壁や床をぶち抜いて艦外へと抜け出した。

 このまま留まっていては、〈フラクシナス〉が文字通り跡形もなく消し飛びかねない。

 艦長として、クルーの命を預かる者として、それだけは避けなければならない。

 精霊の力に呑まれつつある琴里の自我を支えるのは、その責任感だった。

 後はどこかに身を潜めて、ジッと耐えていればいい。

 この状態でそんなことができるかは分からないが、きっとすぐに士道が迎えに来てくれる。

 琴里にとってのヒーローは少し頼りないけれど、期待にはしっかり応えてくれるのだ。

 

(ヒーロー、家族? そんな言葉で誤魔化すのは、もうやめにしたら?)

 

「――っ、うるさい! 士道は士道よ! 私はそれで納得してる!」

 

 傍から見たら、一人で叫んでいるようにしか見えない光景だろう。

 それもそのはず……その声は外からのものではなく、自分の内に響くものだった。

 そして、それがどういったものであるかを理解しているからこそ、琴里は声を荒げて反発するしかない。

 

(確かにしーくんは家族として傍にいてくれるし、ヒーローのように守ってくれる。けれど、それじゃああなた(わたし)の欲しいものには永遠に手が届かない)

 

 心をかき乱すこの声は、紛れもなく自分自身の本心だった。

 しかし、それは『強い自分』で押し込めたものだ。

 表に出すということは、剥き出しの自分が晒け出されるということに他ならない。

 また幼い頃のように、泣いてワガママを言うだけの弱い琴里に戻るわけにはいかないのだ。

 

(そう、強くなるためにあなた(わたし)はこの力を手にした……だったら、それを振るうことが、そうして望みを叶えるのが道理でしょう?)

 

「違うっ! 皆を傷つける力なんて私は望んでなかった!」

 

 天宮市は世界においても有数の、空間震対策に特化した街だ。

 そのノウハウは他の災害に対しても強い効力を発揮するものだ。

 しかしそれでも、五年前の大火災の死傷者はゼロではなかった。

 その事実は琴里が抱える心の傷となって、今も影を落としている。

 

(確かにその通り――――でも、今は違うでしょう? この力はどんな()()()をも灰にする業火)

 

 そう、世の中には理不尽が蔓延っている。

 それは人間同士の中で生じる些細なものだったり、社会の仕組みの中でこぼれ落ちる澱のようなものだったり、そして時には予想すらつかない天災として形を成す。

 そして、琴里にとっての一番の理不尽とは……

 

(この恋はきっと叶わない。欲しいものはどうしたって手に入らない)

 

「あ、ああ……違う、私、そんなこと――――」

 

(――――ならそんな理不尽なんて、この世界ごと灼き尽くしてしまえばいいのよ)

 

「い、いや……やだ、助けてしーくん……しーくんしーくんしーくん――――」

 

 剥き出しになった弱い自分が飲み込まれ、空が赤く染まる。

 噴出した炎は爆発のような勢いで、辺りに轟音を響かせた。

 その中で、無機質な瞳に宿った光は紅く輝く。

 天女のような装いに鬼のような威容を伴って、炎の精霊(イフリート)はここに顕現した。

 

 

 

 

 

「ほう、これは……今日はプライベートのショッピングのつもりだったのだがね」

 

 赤く染まる空を見上げ、漆黒のスーツに身を包んだ男はそう呟いた。

 鳴り響くのは空間震警報――それを受けてショッピングモール内の人間は既に避難している。

 自分自身も避難しなければならないはずだが、男は切れ長の目を細め、口元を歪める。

 そこに怯えや危機感といったものは欠片も存在せず、むしろ状況を楽しんでいるような様子さえ見て取れた。

 

「ウェストコット様、早く避難ヲ」

「いや、折角の機会だ。天宮駐屯地に向かおう。ホワイトリコリスの様子も見ておきたいからね」

「しかし――――」

「いざとなったら君がいるだろう? それとも、エレンやマナがいなければ不安かな?」

「――っ」

 

 避難を促した赤毛の女性は、男の言葉に顔を強ばらせた。

 どこか狐のような印象を与える釣り目を大きく見開いて、それが彼女にとって特大の地雷であることを示していた。

 もし余人が迂闊にも踏み抜こうものなら、即座に喋れなくなる程度に痛めつけていたとしてもおかしくはない。

 男が無事なのは、二人の間に明確な上下関係があるからだ。

 それは社会的立場からくるものであり、同時に精神的なものでもある。

 その女性――ジェシカ・ベイリーは、男に対して崇拝とも呼べる感情を抱いていた。

 

「いや、済まないねジェシカ。しかし、私はそのコンプレックスこそが君の強みだと思っている。期待しているよ、アデプタス3」

「はっ……仰せのままニ!」

 

 結構、と頷くと、男は再び赤く染まる空へ目を戻した。

 そして何かを掴み取ろうとするかのように手を伸ばし、拳を握る。

 

「――さあ、まだ見ぬ炎の精霊よ。君が反転したら、一体その()()はどんな輝きを見せてくれるのだろうね?」

 

 各国に供給される顕現装置の製造を一手に担う大企業、Deus Ex Machina Industry……通称DEM社。

 その業務執行取締役である男――アイザック・()()・ペラム・ウェストコットは、まるでずっと欲しがっていた玩具を見つけた子供のように笑った。

 

 

 

 

 

 天宮市の外縁部に位置する山林に、金属で構成された巨体が横たわっている。

 その横っ腹に大きな穴を開け、バチバチと断続的な破裂音と共に炎と煙を吹き上げる。

 地に墜ちた〈フラクシナス〉を前に、士道は絶句した。

 

「何だよ、これ……」

 

 少しの間呆然と立ち尽くし、ようやく絞り出したのは、誰に向けたわけでもない言葉だった。

 半ば自失状態に陥っていた意識を引き戻したのは、横倒しになった巨体から這い出るように姿を現した少女の存在だった。

 夜色の髪、紫水晶の瞳。

 炎と煙の中にあってなお、その隔絶した美貌は欠片も損なわれていない。

 それはある種の近寄りがたい雰囲気を感じさせるものだが、彼女の本質はその印象を裏切るものである。

 士道の姿を認めると、その少女――夜刀神十香は綻ぶような笑顔を浮かべ、大きく手を振ってみせた。

 

「十香……!」

「シドー! 無事だったか!」

「他のみんなはっ、無事なのか!?」

 

 掴みかかるような勢いで詰め寄ると、士道は十香に乗艦していた者の安否を尋ねた。

 七罪や令音、真那を始めとして、艦橋に詰める川越、幹本、椎崎、中津川、箕輪。

 副司令の神無月は心配を向けるだけ無駄だが、その他のクルーも気がかりだ。

 そして何より、眠っているはずの琴里は、どうなったのだろうか。

 急き立てるようにあまりに心臓が騒ぐものだから、半分も言葉に出来ていたかは怪しい。

 そんな士道の形相を前に、十香は困惑した様子で「むぅ」と唸った。

 

「……落ち着きたまえ。とりあえず皆存命だ」

 

 眠たげな声に振り返ると、〈ラタトスク〉の軍服に身を包んだ村雨令音の姿があった。

 十香と同じように〈フラクシナス〉から這い出そうとしているが、苦戦しているようだった。

 普段から足元が覚束無い印象がある彼女だけあって、その様は中々に危なっかしい。

 士道は手を差し伸べると、苦戦する令音を引っ張り上げた。

 

「……すまないね、士道」

「それより、みんなは本当に無事なんですか?」

「十香と七罪の協力もあってね。クルーも艦体も全くの無傷とはいかなかったが、どうにか不時着には成功したよ」

「よかった……」

 

 胸を撫で下ろして、十香に目を向ける。

 よく見ると、その衣服の所々が光の膜で覆われていた。

 それは精霊の鎧である霊装が、限定的ながらも顕現したものだろう。

 士道は昨日、今と似たような姿をした十香を目の当たりにしている。

 恐らくは取り戻した霊力で、この〈フラクシナス〉を守ってくれたのだろう。

 先程、令音から連絡を受けた時はすぐに通話が途切れてしまったため、〈フラクシナス〉が墜落したことしか伝わっていなかったのだ。

 今回の功労者の頭に手を置いて撫でてやると、十香はとても嬉しそうに笑うのだった。

 そして、そのまま頬を染めて顔を上に向けて突き出してくるものだから、士道は思わず首を傾げた。

 何かを待っているように見えるが、一体どうしたのだろうか。

 士道がその意図を汲み取りかねていると、焦れた十香が飛びかかってくる。

 これが犬猫の類なら可愛いものなのだが、今の十香には限定的ながら霊力による後押しがある。

 冗談抜きに、これは虎やライオンに飛びかかられるようなものだ。

 そのまま押し倒された士道は、流石に堪らず制止を呼びかける。

 

「ちょっ、待っ、と、十香、一旦落ち着こうか!」

「ううううう~~……ぬ?」

 

 何やら不満を示すように唸っていた十香だが、士道の上に跨って顔を近づけると、怪訝な顔で眉をひそめた。

 クンクンと鼻をひくつかせる様は、匂いを嗅いでいるようにも見える。

 それはそうと、こんな風に誰かに馬乗りされるのは、今日二度目である。

 一度目の際は何というか、とんでもないことになる寸前まで行ってしまったのだが、あまり思い出していては邪念が生じかねない。

 生徒との情事一歩手前を振り返って発情していては、淫行教師の謗りは免れないのだ。

 降参の意を示すようにタップすると、十香は眉をひそめたまま顔を離した。

 

「むぅ……」

「ど、どうかしたのか?」

「いや……なんだかシドーから嫌な匂いがするような気がしてな」

「は、ははは……ちょっと汗臭かったかな」

「そうではないのだが……いい匂いのはずなのにムカムカするというか……まるであの鳶一折紙のような――――」

「いやははは……うん、きっと気のせい、気のせいだ!」

 

 十香の鋭すぎる嗅覚に、士道は心臓を跳ねさせた。

 これ以上この話題に留まるのは危険だ。

 少々強引ながらも、「気のせい」で押し通して話を終わらせにかかる。

 傍から見れば誤魔化す気が満々というか、後ろめたさが見え見えなのだが、十香は納得するように頷いた。

 

「そうか……うむ、そうだな! あの女がシドーに馬乗りになって無理矢理キスでもしない限り、こんな匂いなど付くはずがないというのに……すまぬ、私がどうかしていたようだ」

「ウ、ウン……ワカッテクレタナラ、ソレデイイカラ」

 

 極めて具体的な言及に、士道は冷や汗をダラダラと流すのだった。

 内心を反映してか、言葉もどこかぎこちなかった。

 病院での一見を知られては、マズいことになるのは目に見えている。

 精霊とASTという関係からか、十香と折紙はとにかく折り合いが悪い。

 十香との約束の手前もある。

 そんな相手とキスしたと知られたら、色々と無事では済まないだろう。

 

「……すまないが、あまり悠長にしていられる時間もない。ついて来てもらえるかね?」

 

 令音の助け舟で危険な体勢から脱すると、連れ立って〈フラクシナス〉の中へと()()()()()

 いつもは転送装置を使っているので、こうして直接出入りするのは新鮮な気分だった。

 とはいえ、それは浮ついた気分には繋がらない。

 見慣れたはずの艦内通路は斜めに傾いでおり、墜落の影響で電力供給が滞っているのか、照明がチカチカと点滅して薄暗い。

 士道が精霊攻略に取り掛かる前、琴里がこの空中艦のことを自慢気に語っていたことを思い出す。

 もしこの光景を目の当たりにしていたのなら、きっと心を痛めてしまうだろう。

 いや、そもそもこの事態が士道の危惧した通りならば――――

 逸る心を押さえつけて、令音に追随する。

 

「――来ましたね、穂村君」

 

 傾いだ通路を抜けて艦橋にたどり着くと、白い軍服の男が出迎えた。

 神無月恭平……この〈フラクシナス〉の副司令である。

 琴里が指揮を取れないとなると、この場ではトップの立場となる。

 その人間性には全く信頼が置けないが、能力の高さは士道も認めるところだ。

 この緊急時においては十二分に力を発揮するだろう。

 

「早速ですが、君には司令攻略に取り掛かってもらいます」

 

 薄暗い艦橋が、普段の明るさを取り戻す。

 すると傾いでいるはずの足場が正常に――いや、これは顕現装置による重力制御だろう。

 航行不能に陥ったものの、全ての機能が停止したわけではないらしい。

 明るくなった環境を見渡すと、いつものメンバーに加え、端の方に七罪の姿もあった。

 自分の席に着いた令音がコンソールを操作すると、艦橋に設置された巨大スクリーンに、琴里の姿がバストアップで表示される。

 

「……琴里の状態は極めて深刻だ。投与していた薬剤の効力が、予想以上に早く切れてしまった。そこは我々の想定が甘かったと言わざるを得ない」

「じゃあ、琴里は……」

「……恐らくは、被害を増やさぬよう〈フラクシナス〉から離れたのだろうね。今の琴里は精霊の力に飲まれ、暴走状態にある。……彼女が彼女でなくなるのも、時間の問題だろう」

「……っ」

 

 危惧していたことを改めて突きつけられ、士道は言葉を失った。

 しかし焦燥がその体を衝き動かす。

 一刻も早く、万難を排して、何が何でも琴里の元へ向かわなければならない。

 引き止める声が聞こえたような気がするが、頭には入ってこなかった。

 衝動に駆られたまま、艦橋を出ようとして――――

 

「ま、待ちなさいよ――わぷっ」

 

 前に立ちふさがった小さな人影が、バランスを崩して倒れかかってきた。

 咄嗟に受け止めると、くせっ毛をゆるく二つにまとめたその少女――七罪はエメラルドの双眸を不機嫌そうに歪め、口をへの字に曲げる。

 そしてその表情のまま、七罪は飛び上がって士道に対してチョップを振り下ろした。

 頭に軽い衝撃が走る。

 

「あいたっ」

 

 しかし、痛みに声を上げたのは、チョップを振り下ろした当人だった。

 士道は目を丸くして驚いたものの、ダメージはほぼ皆無である。

 七罪は目の端に涙を湛えながらも、キッと士道を睨みつける。

 

「あ、あんた私に言ったわよね…………自分自身を諦めるなって」

 

 それはかつて、自分自身を好きになることができず、どこまでも否定しようとする少女へと贈った言葉だ。

 しかし士道は、それこそが絶望の淵に立たされた彼女に、奮い立つ切欠を与えたのだという事実は知らない。

 言わんとするところを図りかねて困惑するものの、今は時間が惜しい。

 脇に避けて進もうとするが、七罪は頑として離れようとしなかった。

 

「悪い、行かなきゃならないんだ。俺はどうなってもいい、琴里を助けに行かないと――――」

「だからっ、どうして私に諦めるなって言ったあんたがっ、自分を蔑ろにするのよ…………!!」

 

 

 

 

 

「た、たしかに士道は周りの人を助けて、守って、みんな無事なら構わないって思ってるかもしれないけど…………それであんたが無事に帰って来られなかったら何の意味もない……っ!」

 

 穂村士道という男は、何かを守るためならば本当にあっさりと自分の身を危険にさらす。

 それが昨日の戦いの一部始終をこの〈フラクシナス〉の艦橋から見守っていた七罪の感想だ。

 艦橋に立ち入ることに琴里はあまり良い顔をしなかったが、それを押しのけての行動だった。

 本来、七罪に他人の反対を押し切ってまで自分の我を通すような積極性はない。

 それは「自分なんかが……」という考えが、行動を尻込みさせるからだ。

 そんな彼女でも、士道のこととなると居ても立ってもいられなかった。

 結果、艦橋スクリーン越しに目撃したのは、何度も死にかけては立ち上がる士道の姿だった。

 

(し、士道なら大丈夫……きっと帰ってくる……)

 

 何度そう、己に言い聞かせたかわからない。

 瓦礫に押しつぶされた様が頭を過ぎるところを、何度振り払ったかわからない。

 そして、精霊と化した琴里に天使を向けられている姿を見た時、七罪は自分の不安を抑えることができなくなった。

 気がつけば理想の自分に変身し、〈贋造魔女(ハニエル)〉に跨っていたのだ。

 

「だから、お願いだから……守るなら自分の命も守りなさいよ……」

 

 高く鋭い声は、いつの間にか涙混じりで震えていた。

 縋り付くように泣き顔を押し付けたシャツの布地が、濡れて変色していく。

 無様でみっともなくとも、声に出さなければ届かないものがある。

 握ってくれた手を離さぬよう、七罪はなりふり構うのをやめたのだ。

 

 

 

 

 

「七罪……」

 

 自分に縋りつく七罪の姿に、士道はようやく冷静さを取り戻した。

 振り返ると、艦橋内の視線は全てこちらに向けられていた。

 確かに琴里を助けに行くのは必須で、急務だ。

 時間をかければASTの介入を招くし、街の被害も無視できるものではない。

 そして何より、琴里自身に残された時間は多くない。

 しかし、今の士道が一人で突っ走ったところで出来ることは限られている。

 今までの無茶がまかり通ってきたのは、琴里の霊力が士道を守っていたからに他ならない。

 それを失った今では、何かがあれば容易に命を失ってしまうのだ。

 自分の視野が狭くなっていたことを痛感し、それを気づかせてくれた七罪の頭に手を置く。

 

「悪い、助かったよ。もう大丈夫だから離れて……七罪?」

「……やだ。絶対メイク崩れてるから……このまま顔離したら、絶対顔面崩壊女とか言われるに決まってるんだから……」

 

 先ほどの威勢はどこへやら、すっかりいつものネガティブな様子に士道は苦笑した。

 エネルギーを使い果たしたかのように、声もトーンダウンしている。

 七罪を張り付かせたまま、士道は艦橋内にいる者たちに深々と頭を下げた。

 

「琴里を助けるために、力を貸してほしい……お願いします」

 

 少しの沈黙の後に、複数の嘆息が重なる。

 その場にいる者を代表するように、神無月が士道の肩に手を置いた。

 

「全く、君は本当に周りが見えていませんね。我らが女神を救うのに、一体何の躊躇いがあるというのか――――そうでしょう、親愛なる〈ラタトスク〉機関員諸君!」

 

『応っ!』

 

 艦橋内に響いたのは凄まじい大音声――あまりの音量に、咄嗟に耳を塞ぐ。

 沸き立つのは令音を除くクルーである。

 何事かと目を剥く士道を他所に、艦橋内の熱狂は高まっていく。

 

『KO・TO・RI! KO・TO・RI! L・O・V・E・KO・TO・RI!』

 

 最早これは宗教か、もしくはアイドルのライブを思わせるような光景だった。

 大音量に目を回した七罪を抱え、この熱狂の中でもいつもの調子を崩さない令音の元へ向かう。

 その隣では十香が耳を塞ぎながら、艦橋内の光景に目を丸くしていた。

 

「こ、これは一体……?」

「……まあ、なんだ。皆琴里が大好きなのさ」

「な、なるほど……」

 

 その熱狂は今や、ヲタ芸じみたパフォーマンスへと発展していた。

 それを横目に、頬に汗を滲ませながらも士道は納得に深く頷いた。

 姪っ子の可愛さは十分に知るところである。

 仮に、この〈フラクシナス〉に身を置く時間が長ければ、士道もあそこでオタ芸に仲間入りしていたかもしれない。

 

「……ともかく、琴里を助けようという意思は皆一緒だ。勿論、私も全力を尽くそう」

 

 相変わらず、分厚いクマに彩られた目元は非常に眠たげだ。

 何を考えているか今一つ読み取りにくい彼女なのだが、この時ばかりは普段よりもわかりやすかったように思える。

 令音は士道にアルミ製のアタッシュケースを手渡した。

 大型のものだが、サイズに対して重量はそれほどでもない。

 受け取りはしたものの、持ち手の左右にそれぞれ四桁のダイヤルロックがある。

 開けろと言わんばかりに促されたが、合計八桁の数字ならば、流石に当てずっぽうでは厳しい。

 まさか破壊して中身を取り出すわけにもいかないだろう。

 

「あの、ロックの番号は?」

「……ああ、すまない。開錠の番号は君の生年月日だ」

 

 その番号に何故という疑問は残るが、恐らく琴里が設定したのだろう。

 ダイヤルを自分の生年月日に合わせると、ケースはあっさりと開いた。

 中に収められていたのは、ビジネススーツの一式である。

 デザインはシンプルながら、質は上等だ。

 もし値段を付けるのなら、一桁万円では済まないだろう。

 これがプレゼントならば喜ぶところだが、この状況で渡してくる意図がわからない。

 

「……それは琴里が君のために用意していた()()だ。CR‐ユニットをマウントすることは不可能だが、ワイヤリングスーツとほぼ同等の性能がある」

「琴里がこれを俺に? こんな装備があったなんて……」

 

 士道の知識が五年前で止まっているせいかもしれないが、こんな普通のスーツにしか見えないような装備の存在など聞いたことがない。

 必要性という面から見ても、やはり疑問は生じる。

 CR‐ユニットをマウントできないワイヤリングスーツなど、精霊と対峙する魔術師には無用の長物でしかない。

 そんなものを、顕現装置製造の元締めであるDEM社が開発するとは思えなかった。

 

「……ああ、それはDEM社製ではなく、〈ラタトスク〉で独自に開発したものだよ」

「〈ラタトスク〉で……?」

「正確に言うと、その母体となるアスガルド・エレクトロニクスでということになる。……装備の開発者も、随分と張り切っていたようだね」

 

 DEM社以外に顕現装置を利用した装備を製造できる企業の存在など、聞いたことがない。

 しかし、こんな秘密組織の母体となるような企業ならば、一定の納得はあった。

 ただ、士道にとってその名前は、決してそれだけのものではなかった。

 アスガルド・エレクトロニクス……アメリカに本社を置くその企業には、姉夫婦が勤めているのだ。

 ……ともかく、ワイヤリングスーツと同等の性能が保証されるというなら、装備の有用性に関しては言うまでもない。

 七罪を令音に託すと、士道は着替えるためにケースを手に艦橋を出た。

 艦内通路の有様は変わりないが、顕現装置の重力制御のおかげで歩くのには苦労しない。

 最早お馴染みとなりつつある医務室へたどり着くと、再度ケースを開き、その中身に袖を通す。

 サイズはぴったりで、本当にこれが自分のために用意されたのだと思い知る。

 

「――ん? これは……」

 

 ジャケットからメッセージカードが一枚、滑り落ちた。

 書かれている文字は日本語で、内容もごくシンプルなものだ。

 差出人の名前は書いていないが、どうも見覚えのある筆跡に、士道は口をへの字に曲げた。

 

『しっかりやりなさいよ、しーくん♡』

 

 全く……少しは自分の年齢というものを考えて欲しいものだ。

 短い文面から相変わらずな様子が察せられ、ため息が漏れる。

 

「――――言われなくてもやってやるっての……クソ姉貴が」

 

 悪態のような言葉を吐き、ネクタイを締める。

 口元には自然と笑みが浮かんでいた。

 

 

 




というわけで終了。

次は日曜更新に戻したい……という願望。
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