士道くんが淫行教師と謗られながら精霊をデレさせる話   作:kish

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何とか日曜に間に合った……
仕事の都合で書く時間がなくて笑えません。


成長

 

 

 

「折紙!? あんたこんな所で何やってるのよ!」

 

 天宮駐屯地内のAST本部に、アラートが鳴り響く。

 これは空間震警報――即ち、精霊の現界を受けてのものだ。

 程なくしてこの基地から、現代の魔術師たちが出動することになるだろう。

 今はその準備に追われる慌ただしい時間である。

 ASTの隊長である日下部燎子は、多忙を極める立場にある。

 昨日の戦いの事後処理に追われて昨夜は寝ておらず、つい先程も新たなCR‐ユニットの搬入チェックを行っていたのだ。

 そして今から出動という矢先に、病院で安静にしているはずの部下が現れたのだから、少々声を荒げてしまっても仕方がないだろう。

 

「精霊が現界したのなら、出動しなければならない」

 

 その声を受けた病衣姿の少女――鳶一折紙は、表情を動かさないまま淡々と答えた。

 AST……正式名称、陸上自衛隊・対精霊部隊はその名の通り、人の形をした災害である精霊への対処を役割とする。

 彼女の言う通り、AST隊員ならば精霊の現界に際して出動しなければならない。

 しかし折紙は今日一日の静養を言い渡されており、出動もまた許されていない。

 言うなればこれは命令違反であり、処罰の対象となってもおかしくはない行為だ。

 それは勿論、本人も承知しているところだが、折紙にはそうせざるを得ない理由がある。

 胸の内で燃えるのは復讐の炎――――その炎は、五年前の大火災に端を発している。

 肌を炙るような熱、可燃物の尽くが炭と灰に変わっていく様、その際に発せられる焼け焦げる臭い、燃え盛る炎から生じる轟々という音と爆発音、それに混じり聞こえてくる逃げ惑う人々の悲鳴と足音。

 日常から乖離した、あまりにも現実離れしたその光景を、折紙は全て覚えている。

 

「――〈イフリート〉……っ、必ず、私の手で……!」

 

 そして五年前、天宮市南甲町を炎の海に沈めた、大火災の原因である炎の精霊(イフリート)

 両親を目の前で灼き尽くしたその精霊……炎で赤く染まった空に浮遊する、()使()のような存在。

 その姿は判然とせず、精々年若い少女だということぐらいしかわからない。

 それでも片時も忘れたことはない。

 五年前の復讐を果たすために折紙はASTに入隊し、顕現装置という力を手に入れた。

 それを振るう機会は、今この時をおいて他にない。

 空間震警報と共に空が赤く染まる光景を目にした時、折紙は病院を飛び出していた。

 

「いいから今すぐ病院に戻りなさい。これは命令よ」

「それを受け入れることはできない」

「言っていることの意味、本当にわかってるんでしょうね」

 

 命令違反を辞さないという姿勢を見せる折紙に対して、燎子は苦々しい表情で問いただす。

 そこに疑問の色はなく、これは形式的な確認に過ぎない。

 鳶一折紙という少女は、優秀な隊員である。

 訓練態度は非常に真摯だし、戦闘技能は隊員間でも抜きん出ている。

 最近では単独で〈ウィッチ〉に手傷を負わせたこともあり、部隊内でその実力を疑う者はいないだろう。

 しかし同時に、思わず頭を抱えたくなる程度には問題児でもあるのだ。

 素行が悪いというわけではないのだが、暴走癖があるのだ。

 それは特定の人物や存在が関わった時に発揮されるものであり、部隊を統率する立場である燎子にとっては非常に頭の痛い問題だった。

 特定の人物はおいておくとして、折紙は精霊という存在に固執している。

 その中でも、両親の命を奪ったとされる炎の精霊は最悪の食い合わせだ。

 多少は事情を知っている燎子は、この暴走が遠からず避けられないことであると理解していた。

 だからこそ、この問答に意味がないことも理解しているし、裏では既に()()()()()()()()

 

「……っ」

「悪いけど、あんたのワガママに付き合ってる時間はないの」

 

 折紙の体が、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()横倒しになる。

 現代の魔術師は、機械仕掛けの装備で身を固めた上で、自分の意のままになる空間を操る。

 既にワイヤリングスーツを纏っている燎子にとって、無防備な人間の動きを封じることなど造作もないことだった。

 問題の先送りではあるが、後は拘束した上で病院に送り返せばとりあえずどうにかなる。

 

「私は、お父さんとお母さんの仇を――〈イフリート〉を討たなければならない……!」

「誰か! このバカを病院に――――」

 

 パン、パン、パン、パン――――

 

 四度、乾いた音が打ち鳴らされる。

 けたたましいアラームの中でいやに響くそれは、何者かが手を叩く音だった。

 その発生源は、漆黒のスーツに身を包んだ背の高い男である。

 くすんだアッシュブロンドに、切れ長の鋭い双眸。

 どこか異質な存在感を伴ってこの場に現れたその男は、口元に笑みを浮かべて折紙へと賞賛の言葉を送った。

 

「――――いや、素晴らしい。意思の強さは魔術師(ウィザード)にとって必要な素養の一つだ。その点、彼女の闘志は申し分ない。君もそう思うだろう、ジェシカ?」

「仰るとおりでス、ウェストコット様。極東のオママゴトチームの一隊員にしては、多少の見込みはあるかト」

 

 少し後ろに控えた赤毛の女性が、その声に応えた。

 男と同じく口元に笑みを浮かべているが、その口ぶりや狐を思わせる目元から見え隠れするのは侮りや嘲りの類だった。

 しかしそれよりも、燎子と折紙の注意を引いたのは、その女性が呼んだ男の名である。

 ウェストコット……二人の記憶に間違いがなければ、それは世界的に有名なとある企業のトップに座る人物のファミリーネームだったはずだ。

 

「自己紹介も兼ねてゆっくりと挨拶をしたいところだが、緊急事態なのは重々承知しているとも。だから単刀直入に問うとしよう」

 

 その男――ウェストコットは、燎子の随意領域から解放され、地面から身を起こした折紙にその切れ長の目を向けた。

 見据えられた瞬間、心臓が何かを急き立てるように拍動を速める。

 それは最早、恐怖と言ってしまっていいかもしれない。

 極度の緊張状態に陥った折紙は、ただジッと相手の言葉を待つしかない。

 

「若き魔術師(ウィザード)よ。精霊を討ち滅ぼすことの出来る力が今ここにあると言ったら、君はどうする?」

 

 ドクンと、それまでとは別種の緊張に、心臓が一際大きく跳ねる。

 その問いかけは救いの手か、或いは悪魔の誘いか。

 どちらにしても、折紙の答えは決まりきっていた。

 

 

 

 

 

 空間震警報を受けて住民の避難が完了した街並みは、さながらゴーストタウンだった。

 その上空――赤く染まった空を駆け抜ける三つの影がある。

 一人は夜色の髪の少女である。

 その衣服の所々を覆う光の膜は、どこか幻想的な輝きを放つ。

 一人は箒に跨った少女である。

 先端の折れた円錐状のつばの広い帽子をかぶったその姿は、魔女のようにも見える。

 そして最後の一人は、ビジネススーツ姿の男性である。

 どこかファンタジーな印象を与える他二人と違い、少なくとも見た目の上では街中を歩く一般人と相違ない。

 だがこの場で最も異彩を放っているのは、間違いなく彼だった。

 一般人と変わらない見た目の男性が、空を駆けているのだ。

 そもそも人間が目立った道具や乗り物も使わずに、空路を進んでいること自体が異常なのだが、これは比較の問題である。

 ともかく二人の少女に比べて、その男性には空を飛ぶだけの()()()が欠けていた。

 加えて言うのなら、『空を飛ぶ』という表現は正確ではない。

 他の二人は間違いなく飛行しているのだが、男性は空中を『()()()()()』のだ。

 勿論、これは比喩でもなんでもなく、そのままの意味である。

 街中を歩いているようなビジネススーツ姿の男性が、文字通り足場のない空中を、自分の両足を動かして走っている。

 その光景は、立ち並ぶ異常の中でも殊更に際立っていた。

 

「シドーよ、本当に大丈夫なのか? 私が運んでもいいのだぞ?」

「平気だよ。それよりも悪いな、二人にはまた迷惑かけちまって」

「別に、私がかけた迷惑に比べたら、こんなの全然誤差程度というか……あと、なんかその走り方ちょっと気持ち悪い」

「うっ……ま、まあ我慢してくれ。CR‐ユニットがないと飛ぶのは流石にキツいんだ」

 

 特におかしな動きではないのだが、こうも速度があれば最早早送り映像にしか見えない。

 しかし尋常でない速度で走っているにも関わらず、その男性――穂村士道は微塵も息を切らすことなく、こうして会話を交わす余裕すらある。

 士道と話すこの二人、十香と七罪は見た目こそ人間と変わらないが、その正体は特殊災害指定生命体……通称・精霊と呼ばれる存在である。

 本来ならばこうして飛行することはおろか、『世界を殺す』とまで恐れられる天災の如き権能の持ち主なのだが、現在は色々あってその力のほとんどは封印されている。

 一方、士道は普通の人間……と断ずるには少々特殊すぎる能力があるが、少なくとも己の身一つで空を走るような芸当ができるものではない。

 ただ、彼にはとある特殊な装置への適性があった。

 顕現装置と呼ばれるそれは、ざっくりと俗に言えば『魔法』を現実のものにする装置である。

 その顕現装置から単独で魔力を生成、運用できる者は、現代において魔術師(ウィザード)と呼ばれている。

 士道はかつてそんな魔術師の一人として、ASTに所属していた。

 こうして空を走っているのは顕現装置の恩恵であり、昔取った杵柄と言えるだろう。

 そして身につけているビジネススーツこそが、空を走るという『魔法』を叶える装備である。

 

(これ、凄いな。ワイヤリングスーツと同等の性能というか、それ以上じゃないか……?)

 

 託された新装備を身につけた士道は、その性能に瞠目した。

 ワイヤリングスーツとは、魔術師の基本装備である。

 それ自体の防御性能や生命維持など最低限の機能は言うに及ばず、特筆すべきは随意領域の展開を支える機能だろう。

 随意領域とは文字通り、自分の意のままになる空間を示す。

 魔術師の超人じみた力も、魔法の如き奇跡も、全てはその随意領域を操った結果である。

 如何に適性があるといえど、顕現装置から生成した魔力で直接随意領域を展開するのは困難だ。

 出力も安定しないし、何よりも脳に多大な負荷がかかる。

 そのような状態で戦闘を続けるのは、己の命を顧みない愚かな行為だ。

 その愚かな行為を続けていた士道に与えられたのが、このビジネススーツにしか見えない装備である。

 士道がASTを辞してのはおよそ五年前のことであり、それからこの春に十香と出会うまでは、魔術師や精霊と無縁の生活を送っていた。

 そのブランクの間に技術が進歩したのかもしれない。

 同等の性能とは言うが、魔力の出力というか、ノリが明らかに記憶とは違うのだ。

 細かい話を抜きにすると、魔術師としての力量を示す能力は大きく分けて二つある。

 まず魔力の生成能力……これは最も基本的な項目と言っても過言ではない。

 顕現装置から魔力を生成できなければ、そもそも魔術師として認められない。

 当然、生成できる魔力量が多いほど実力は高いとみなされる。

 次に展開した随意領域を操作する能力……これこそが魔術師としての力量に直結する。

 随意領域を操って力を振るう魔術師にとって、その操作能力はシンプルに実力を示すものだ。

 演習等で魔術師同士が対した場合、特に接近戦ではこの能力が勝敗を分けることが多い。

 ちなみに、士道はどちらの面から見ても平均の域を出ない魔術師だった。

 それ以外の部分で特異性はあったのだが、魔術師としての実力にはあまり関わりがないものだ。

 しかしこのスーツを着用していると、あまりの調子の良さに、まるで身の丈に合わない力を持たされた気分になってくるのだ。

 これはAST時代に、ワイヤリングスーツを纏っていた時には感じたことのないものである。

 それとも、サイズがピッタリだったように、性能の上でも自分に合うようにチューンされているのだろうか。

 自分の姉の顔を思い浮かべ、士道は口をへの字に曲げながら目元を緩めるというという、何とも複雑な顔をした。

 ともあれ、これは決して悪いことではない。

 随意領域を操るとは、現実に存在するパラメータを改変するということだ。

 そのため、何も考えずに振るえるほど甘い技術ではないのだが、かと言って感覚が軽視されるのかというとそうではない。

 そもそもの問題として、自分に想像できないことは顕現装置を以てしても実現が難しいのだ。

 一般に、魔術師としての才能を持つ者は万人に一人と言われ、その希少性から各国の対精霊部隊では年齢を度外視した採用も珍しくはない。

 それは人手不足を補うという理由もあるが、低年齢の魔術師が持つ想像力という武器を活かす、という意味合いもある。

 士道の個人的な観点から言えば、顕現装置を扱う上で最も重要な才能はそれだ。

 例えばだが、もしも七罪が顕現装置を扱う術を手に入れたら、きっと凄い魔術師になるだろう。

 変化の権能を司る〈贋造魔女(ハニエル)〉を操る彼女は、その点において非常に優れた適性がある。

 実際に魔術師になりたいと本人に言われても士道としてはあまり賛成できないのだが、その適正を別の道に活かすのなら十分にアリだ。

 勝手な意見になるが、七罪には創作業が合っているのではないだろうか。

 もしその気があるなら、ちょっとした助言ぐらいはできるはずだ。

 士道にはイラストや漫画、それに作詞作曲など創作を嗜んでいた時期があるのだ。

 あまり知られたくない黒歴史の類だが、優先するのは七罪の将来だろう。

 彼女が何かに打ち込む姿を見られるのなら、少々悶絶する程度どうということはない。

 

(っと、流石に今考えることじゃないな)

 

 横道に逸れた思考を、本来の道に引き戻す。

 ともかく、ありえない空想じみた現象を出力する顕現装置を扱う上で、『出来るはずがない』と思い込むより、『出来るはず』と思っていた方が上手く作用するのだ。

 今の精神状態ならば、この装備の性能も十全に引き出せるだろう。

 炎の精霊と化した姪っ子の窮状に焦燥を募らせているだけでは、それも叶わなかったはずだ。

 これが誰のおかげかは、考えるまでもない。

 

「……なによ」

 

 目を向けると、その功労者である七罪は居心地悪そうに眉根を寄せた。

 エメラルドの双眸は何とも不機嫌そうに歪み、口をへの字に曲げた様子に苦笑が漏れてしまう。

 元来の性格からか、七罪はこうして表情を曇らせていることがほとんどだ。

 しかし、彼女が不器用ながらも笑ってくれたことを、士道は覚えている。

 そして雨の中で自分の手を取ってくれたことを思い出し、ありのままの感謝を言葉にした。

 

「ありがとう、七罪。お前がいてくれて良かったよ」

「え、ぁ――――そ、そうやっておだてておいて、後で『冗談でしたー』とか言ってからかうつもりなんでしょ……!? わかってるんだから! わかってるんだから!」

 

 吹き荒れるのは嵐のような被害妄想である。

 しかし、以前と比べると言葉のトゲというか、表現がマイルドになっているように思える。

 それが七罪なりの歩み寄りに感じてしまうのは、自分の思い込みだろうか。

 残念ながらそっぽを向かれてしまったが、その薄赤く色づいている耳元に士道は口元を緩めた。

 

「むぅ……こら、二人だけで楽しそうにするな。寂しいではないか」

 

 少なくとも目に見える部分では不機嫌そうにしているはずなのだが、十香は七罪の様子を楽しげなものだと受け取ったらしい。

 頬を膨らませて間に割り込んでくるのだった。

 

「悪い悪い、十香にも感謝してるよ。昨日も今日も、本当に助かってる」

「ぬ、そうか? 私も士道には沢山助けられているからな。当然のことだ」

 

 しかし、士道の言葉に十香の不満はあっさりと消え去ったようで、得意げに笑うのだった。

 聞き分けがいいというか素直というか、度が過ぎれば少々心配になる性質だが、これは紛れもない彼女の美点だろう。

 裏表のないその性格は、ある意味で七罪と相性が良いのかもしれない。

 

「それに今回は七罪にも助けられた。ありがとう、だな」

「えっ……わ、私っ?」

 

 いきなり感謝を差し向けられた七罪は、驚きと困惑を露わにした。

 士道の時と反応が違うのは、まだ十香に対して及び腰だからだろう。

 そんな戸惑いに躊躇することなく、十香は言葉を続けた。

 

「ふらくしなすの巨体を支えるのは、今の私一人では流石に厳しかったからな。七罪がいてくれて本当の本当に助かったのだ」

「あ、あれは……あのままじゃ中にいる私も危なかったし……それに、あの艦の人たちにはその……いっぱいお世話になってるし……」

「うむ、つまり七罪は良いやつなのだな」

「~~~~っ」

 

 二人のやりとりは実に微笑ましい。

 その様子を横目に、赤く染まる空を見上げる。

 それはある一点から広がっており、士道たちが目指しているのはその中心だ。

 五河琴里……士道の姪である中学生の少女にして、秘密組織である〈ラタトスク〉の司令官。

 そして彼女こそが、この空を赤く染める炎の精霊(イフリート)である。

 精霊の力に飲み込まれつつある琴里を救うために、士道は行かなければならないのだ。

 同行してくれている二人には、本当に感謝の念が尽きない。

 どれだけ装備を与えられようと、自分一人でできることなどたかが知れている。

 その気持ちを表現するには、どれだけ言葉を重ねても足りないだろう。

 だから士道は一つだけ、変哲もないありふれた未来を口にした。

 

「二人共、琴里を連れて帰ったら、また一緒に晩御飯を食べよう」

 

 焦燥に駆られるでもなく気負うでもなく、ただ穏やかに笑った士道に二人は頷いた。

 赤い空の中心が近づき、気温が急速に上昇していく。

 熱風が、肌を炙るように吹き抜けた。

 目を細め、自分の周囲の気温や湿度のパラメータを改変する。

 以前はこれだけで脳に相当な負荷がかかっていたが、今の士道にとっては指の先を動かす程度の労力で事足りる。

 

『――――聞こえるかね』

 

 ザザッというノイズの後に、右耳に嵌めたインカムに眠たげな声が届いた。

 これは〈ラタトスク〉の解析官、村雨令音のものだ。

 通信の範囲をカバーする中継機の設置が完了したのだろう

 士道たちが拠点にしている空中艦〈フラクシナス〉は、現在は墜落して動けない状態にある。

 墜落地点である天宮市外縁部の山林と目的地とでは大分距離が空くため、このような措置が必要なのだ。

 ちなみに、司令不在の際の指揮権は副司令に委ねられるものだが、この状況においては別の重要な役割がある。

 それは〈フラクシナス〉の隠蔽である。

 普段は恒常的に随意領域を展開することでその存在を隠しているのだが、現在は墜落の影響でいくつかの機能が使用できない状態にある。

 その窮状をどうにかするために、副司令である神無月が持つ、とある特殊な技能が必要なのだ。

 もし〈フラクシナス〉の存在が明るみに出れば〈ラタトスク〉の存在にまで感づかれかねない。

 そうしたら、これからの作戦行動に支障をきたすことが十分に考えられる。

 精霊攻略に次ぐ、重要なミッションと言えるだろう。

 これは決して、神無月が琴里の攻略に際して気持ち悪すぎる意気込みを見せたからではない。

 彼が女子中学生に足蹴にされることを望む変態(ロリコン)であることも関係ない。

 ちなみに、医務官により健康上問題ありと判断されたり、艦橋クルーの三分の二以上に指揮能力なしと判断された場合、指揮権を剥奪されたりもするのだが、これも全く関わりないことである。

 

『……琴里の反応はオーシャンパークから移動していないようだ。そちらでも確認できるかな』

「――見えました」

 

 向かう先にあるオーシャンパークは、天宮駅から数駅離れた栄部駅のほど近くにあるテーマパークである。

 その構成は大きく二つに分かれており、屋内のプール施設をメインとするウォーターエリアと、屋外の遊園地をメインとするアミューズエリアがある。

 士道の視界ではようやく施設が小さく見えてきたところなのだが、随意領域によって強化された視力は、はっきりとアミューズエリアを彷徨う琴里の姿を捉えていた。

 和装のような霊装の端々を揺らめかせ、纏わりつかせた炎の帯はさながら天女の羽衣のよう。

 しかし身の丈に合わぬ巨大な戦斧を引きずり、頭部から一対の角を生やした姿が与える印象は、紛れもなく鬼のものだった。

 

『……彼女がそこを目指した理由はともかく、移動する様子が見られないのは幸いだ。横槍が入らないうちに攻略を開始しよう』

「…………」

 

 黙り込んだ士道の視界の中で、琴里はアトラクションに近づいては、己の身から噴出す炎で崩壊させていく。

 その左手は何かを求めるように宙を彷徨い、しかし何も掴むことはなく空を切る。

 そんな姪っ子の姿に、士道は五年前の約束を思い出していた。

 八月三日……天宮市の大火災が起こったあの日、琴里の誕生日のお祝いに、一緒に遊園地に行く約束をしていたのだ。

 思えば、あれからも遊園地を訪れる機会はなかった。

 もしかすると今の琴里は、自意識をすり減らしていく中で、果たされなかった約束に縋り付いているのかもしれない。

 ならばその手を握ってやるのが士道の願望(のぞみ)であり、責任(つとめ)だろう。

 胸を締め付ける思いが、一刻も早くと急き立てる。

 しかし努めて表には出さず、ペースも変えずに琴里の元へと向かう。

 次の瞬間、紅い眼光が士道を射抜いた。

 

「――っ、散開しろ!」

 

 凄まじい炎熱の奔流が、空を焦がす。

 士道は咄嗟に空を蹴って回避したが、他の二人は――――

 

「成程……あの炎の柱は琴里のものだったのだな」

「火力えぐすぎるでしょ……あんなの、まともに食らったら消し炭も残らないわよ」

 

 見上げると、何かに納得したかのように難しい顔で頷く十香と、盛大に顔を引きつらせて頬に汗を垂らす七罪の姿。

 二人の無事な様子に一息つくのも束の間、思考を切り替える。

 このまま馬鹿正直に向かって行っても迎撃されるだけだ。

 しかし、接近しないことには話が始まらない。

 今のように避けるか、真正面から受け止めるか、同規模の攻撃によって打ち消すか、撃たれる前に無効化するか。

 

「十香、あれを何とかすることはできるか?」

「【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】ならば相殺できるが……今の状態では少し厳しい。すまない、シドーよ」

「いや、謝る必要なんてないよ」

 

 十香の振るう玉座と大剣の天使、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉。

 その最大の一撃である【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】は、文字通り地形を変えるほどの破壊力がある。

 だが、今の十香は霊力のほとんどを封印されているので、その使用を制限されているようだ。

 顔を曇らせる姿に、士道は気にするなと首を振った。

 

「七罪、昨日みたいに琴里の天使を花火に変えることはできるか?」

「もっと近づかないと無理ね。それに、今の状態だと昨日みたいにすぐ元に戻っちゃうと思う…………いや、なんでこんな役立たずが調子乗ってついて来ちゃったのかしらね…………」

「いやいや、七罪が役立たずだったら俺、昨日の時点で消し炭も残ってないからな?」

 

 七罪が跨る箒型の天使、〈贋造魔女(ハニエル)〉。

 攻撃力という点では他の精霊の天使に大きく劣るものの、その能力はある意味最も荒唐無稽だ。

 有機物と無機物、生物と非生物問わず、あらゆるものの姿を問答無用で変えてしまう変身能力。

 七罪によって子供姿に変えられていた経験がある士道は、その恐ろしさを十分理解していた。

 しかし、こちらも霊力の封印の影響で制限が設けられているようだ。

 それにしても、鬱々と声のトーンを沈ませていくにつれて発する霊力が強まっているように感じられるのは、果たして気のせいだろうか。

 同時に瘴気のようなオーラが見えるような気がして、これ以上沈みこまないように士道は声をかけるのだった。

 

『……では作戦通りに行くとしよう』

「了解――――十香、七罪!」

 

 呼びかけに頷くと、十香は地上へと下り、七罪は〈贋造魔女(ハニエル)〉の力で姿を隠した。

 そして一人空中に残った士道に、炎の精霊の膨大な戦意が向けられる。

 この肌が粟立つ感覚は、先ほどの一撃によって蟠った熱のせいだけではない。

 しかし、射竦められて動きを止めていては恰好の的である。

 強化された視界の中で再び砲身を向けられたのを合図に、士道は弾かれるように空を蹴った。

 先程までいた場所を灼熱の砲撃が通り過ぎていく。

 辛くも避けつつ、流れる汗を拭う。

 随意領域下では、温度や湿度といったパラメータも思いのままに改変することができる。

 だというのに汗が流れるということはまず、過度の運動や重度の疾患、そして異様な緊張といった内的な要因が考えられる。

 それか或いは、単純に()()()()()()()()()()()()()()に晒されているかだ。

 

(わかっちゃいたが、改めてとんでもないな……)

 

 この装備の性能が如何に優れていようと、そう何度も直撃を防ぎきれるものではないだろう。

 しかし、と通常の汗に加えて冷や汗を流しながらも、士道は唇の端を上げて笑った。

 こうして一人で矢面に立って狙われることは、とっくに織り込み済みである。

 なにも士道たちは闇雲に、ただ琴里の元へ向かっていたわけではない。

 十香や七罪と〈フラクシナス〉を出る前、艦橋で大体の作戦は立ててあるのだ

 

 

 

 

 

「放してくださいっ、私の司令への献身を如何なる理由で押し止めようというのですかっ!」

「どーしてそれが全員で司令のコスプレをするって話になるんですか! 完全にあんたの趣味だろうがっ!」

「心身ともに相手になりきってその心情を理解する! ついでに司令にその姿を見られて蔑まれ、あわよくばお仕置きをしてもらえる! どう考えても一石二――いや三鳥でしょうが!」

「ええいっ、この度し難い変態めっ!」

「罵倒をどうもありがとう! しかし、このように上官を無理やり取り押さえて作戦を邪魔するだなんて、重大な規約違反ですよ!」

「あーもう! ご存知かとは思いますが、我々の投票で指揮権を剥奪することだって出来るんですからね?」

「……わかりました。少々お互いに冷静さを欠いていたようですね。今回の件は不問に――――」

「皆さーん、副司令に指揮能力がないと思う人は、手元のボタンを――――」

「不問不問! ここは不問でお互い手を打ちましょうってばぁ!」

 

 作戦開始前の艦橋は、主に一人の変態のせいで騒がしかった。

 艦橋クルーの男性陣に取り押さえられる姿は変質者そのものだが、これでも彼は副司令である。

 その様に十香は目を丸くして、七罪はドン引きしているが、現在は一刻を争う状況なのだ。

 環境音としては実に聞くに堪えないので、変態の悲痛な声は極力頭から締め出しておく。

 その上で、士道は令音とブリーフィングを進める。

 本来ならそれ専用の部屋があるのだが、今はそちらに移動する時間が惜しい。

 

「……琴里の現在の状態だが、迂闊に接近をしたら攻撃を受ける可能性が高い」

「あの砲撃ですね。地上の遮蔽物を利用して近づくというのは?」

「それは推奨できない。……もし空からあの砲撃が放たれたなら、地下に被害が出てしまう」

 

 地下に、つまりシェルターに避難した人々に被害が出る。

 昨今、世界の各都市に設置されているシェルターは空間震を想定したものであり、その耐久性能もそれ相応に優れている。

 特に天宮市は空間震の頻発地帯ということもあり、その対策は充実している。

 しかし、かつて十香が引き起こした破壊を思い返すと、精霊の本気の一撃を受けて無事に済むかは怪しいところだ。

 昨日の戦いでも、琴里は地上に向けてあの砲撃を撃たないようにしていたように思える。

 

「……完全に姿を隠して近づくのも、また難しい。以前、君と力を封印した精霊の間には、目に見えない霊力の経路が通っていると説明したのを覚えているかな」

 

 士道には、精霊の力を自分の内に封印する特殊能力がある。

 理由も由来も不明のものだが、これこそが精霊攻略に駆り出される最大の要因である。

 そして力を封印した精霊との間には、目に見えない繋がりが構築されるらしい。

 十香や七罪が限定的ながら天使や霊装を顕現させるのも、その繋がりを通じて霊力の逆流が起こるからなのだ。

 それは勿論、士道が()()()()()()()()()()()()()である琴里との間にも、築かれているものだ。

 今の口ぶりだと、それが関係しているのだろうか。

 

「……その霊力の経路から、どうやら琴里は君の存在を感じ取ることができるようだ」

「俺が近づけば、確実に気づかれてしまうということですか」

 

 令音は眠たげな目のまま、小さく頷いた。

 そういうことならば、例えば目に見えない地下から接近しても察知されるだろう。

 どうしたものかと顎に手を当てていると、七罪が口を挟む。

 

「ちょっと待って。霊力の経路を通じて士道を察知するなんて、私にはできないんだけど」

「ぬ? 私はシドーが近くに来たら何となくだがわかるぞ? 何だかいい匂いがするからな!」

「いや、それ多分別件だから。てか犬かあんたは……」

「おお、犬か。あれは何だかこう、撫でるとほわほわーとなっていいな」

「うっ……」

 

 いい匂いというのに特に覚えはないが、普段から料理をしているのでそのせいだろうか。

 十香が無邪気に笑いかけるものだから、思わずツッコミを入れた七罪は最終的に毒気を抜かれ、たじろいでしまっていた。

 

「……それは恐らくだが、君たちが霊力を封印されてまだ日が浅いからだろうね。いずれは琴里と同じことができるようになると推測するよ」

「うむ、それは待ち遠しいな」

「いや、でもそれってプライバシーとか色々無事じゃないわよね……」

 

 期待に満ちた顔で頷く十香に対して、七罪はこちらに配慮をしてくれているようだ。

 その心遣いは非常にありがたいが、訓練という名目で行動をモニターされている現在の日常に、プライバシーという言葉はあまりにもそぐわない。

 士道がホロリと涙をこぼしつつ頭を撫でると、困惑とともに本気目の心配を向けられてしまい、それが余計に涙を誘うのだった。

 とはいえ、琴里が日常生活でそのような素振りを見せたことはないので、霊力を取り戻した状態ならではの特性と見るべきだろう。

 しかし、封印を施すために距離を詰めるのは必須である。

 超火力の迎撃を受けながらでは、相当に困難なミッションになることは間違いない。

 

「――――でしたら、今回はそれを逆手にとってはいかがでしょう」

 

 ここで提案を発したのは副司令――神無月恭平、その人だった。

 長髪に日本人離れした美形が特徴の男なのだが、他のクルーに取り押さえられた状態で「変態」や「ロリコン」だのと罵倒を受けながらシリアスな表情を作る様は、ある種の異様さを感じさせる光景である。

 頬を染めて息が荒くなっているあたり、拘束や罵倒が一切ダメージになっていないのが全く以て本当に気色悪い。

 しかし、関わり合いになりたくはないが、その発言に一定の有用性があるのも事実。

 聞くだけ聞いてみるべきだろう、と士道は続きを促した。

 

「なぁに、昔取った杵柄というやつですよ。盾役や囮役であれば、〈不沈艦〉の穂村ならお手の物でしょう?」

「……その呼び方やめろ」

「おっと、これは失礼」

 

 如何にもやれやれとでも言いたげな表情だが、取り押さえられて艦橋の床に這いつくばっている現状では、あまりにも格好がつかない。

 極力視界から外しつつ、今の言葉について考える。

 高校から続く不本意な呼び名についてはともかく、盾や囮というのは士道がAST時代に負っていた役割だ。

 士道の魔術師としての適性は平均的なものでしかないが、防御性能に関してはその限りではない。

 その随意領域の異常な硬さは、AST時代は勿論のこと、精霊攻略の上で何度も己の身を救ってきた要素である。

 それがなければ、冗談抜きで数回は死んでいただろう。

 しかし、霊力を封印するためには、あくまで自分自身で近づく必要がある。

 盾や囮という立場は、あまりその目的に適うものではないように思える。

 

「――わかった。その方向性で行こう。琴里の迎撃は俺が何とかする」

「ちょっ、穂村君、まさかこの変態の言葉を真に受けるつもり!?」

「どうせこの人は、もし自分だったら司令の攻撃を一身に浴びたいから、とかそんな理由で言ってるだけですよ?」

「失礼な! こんな時に誰が私情を挟みますかっ! 司令手ずから消し炭にされたいというのは、まあ否定はしませんが」

「いや、そこは否定してくれよ……」

 

 艦橋クルーの箕輪と椎崎が、士道の正気を疑わんとばかりに止めにかかる。

 神無月は二人の言葉を否定するかと思われたが、何とも曖昧な反論に留まるのだった。

 本当にこの男の言葉を受け入れるべきかと、士道は渋面を作りながら脱力した。

 本人の言う通り、流石に状況が状況なのでふざけているわけではないと思いたいのだが、どうにも疑問が拭えない。

 

「……ここは副司令の案を採用しよう。というよりも〈フラクシナス〉の転送装置が使用できない現状では、そうするしかないだろうね」

 

 その不安を払拭するように、令音の一声が差し込まれる。

 彼女は立場こそ副司令である神無月には及ばないが、能力の高さや、少々天然のきらいはあるものの常識的で冷静な言動から、寄せられる信頼は段違いである。

 今のように司令官が不在の状況では、自然と指揮を執るポジションに収まることが多い。

 神無月の提案に異を唱えていた箕輪と椎崎も、令音が言うのならと頷くのだった。

 副司令の存在意義が危ぶまれる逆転現象だが、当の本人はビクンビクンと恍惚の表情を浮かべているので、きっと問題はないのだろう。

 

「……とはいえ、それだけでは決定打に欠ける。当然、そこを補うための案も用意してあるとみるが……副司令、どうだろうか」

「ふふふ……勿論、我に秘策ありですよ。十香、それを君に託しましょう!」

「む、私か?」

 

 いきなり話を差し向けられた十香が、きょとんと顔にハテナを浮かべる。

 その場の実質的な指揮権が令音に移ったことで、ようやく拘束から解放された神無月は、何事もなかったように立ち上がり埃を払うような動作を取ると、顎に手を当ててシリアスな表情を作った。

 仕切り直したいという意図は伝わってくるのだが、直前までの奇態は大きなマイナスである。

 その場のほぼ全員が、何とも微妙な表情で言葉の続きを待つ。

 

「本来ならば私が向かいたいところですが、司令が不在の今、〈フラクシナス〉を離れるわけにはいかない。それに、ただ彼を見送るつもりはないのでしょう?」

「シドーは目を離すと、どんな無茶をしでかすかわからん。私も着いていくのは当然だ」

 

 どうやら話を向けるまでもなく、十香は着いてくる気が満々のようだった。

 これまで散々心配をかけた手前、突っぱねることは難しい。

 それに士道は先ほど、この艦橋内にいる者に向けて、頭を下げて助力を頼んだばかりだ。

 心中には十香の身を案じる気持ちはあるが、それと同じくらい頼もしさも存在する。

 盾や囮というのは、同行する十香を守るための役割なのだろう。

 昔取った杵柄というのは、正にその通りである。

 士道の能力は、共に戦う誰かがいてこそ最大限に発揮されるものなのだ。

 

「作戦の指揮は当然、私が預かります。司令を救うためとあらば、不肖の身ではありますが、全てを捧げて臨みましょう」

 

 胸に手を当てて朗々と言葉を発する神無月だが、つい先ほどまで拘束されていたという記憶は、忘却の彼方に消えてしまったのだろうか。

 再び男性陣がすぐに取り押さえられるよう身構えるのを横目に、士道は令音に〈フラクシナス〉の現状を訊ねてみた。

 

「……航行機能を失っているのは勿論だが、何よりも大きいのは恒常随意領域(パーマネント・テリトリー)の異常だね」

 

 この〈フラクシナス〉は普段から天宮市の上空で浮遊、待機をしているが、どこの所属とも知れない空中艦がそんなことをしていれば、問題となるのは当然だろう。

 なので観測や干渉を避けるために恒常的に随意領域を周囲に張り巡らせているのだ。

 現状は動力源となる基礎顕現装置の一部とその制御を失い、丸裸同然なのだそうだ。

 このままでは遠からず、異常を察知したASTに発見されてしまうだろう。

 となれば、副司令である神無月の役割もまた、定まったようなものだ。

 動力源の減少による出力の低下は痛いが、この艦を覆う随意領域の制御を担う()()ならば、申し分ないものがここにある。

 

「あんたは今回、指揮よりもこっちだろ。琴里の()()()〈フラクシナス〉を頼むよ」

「……やれやれ、それを言われると弱いですね」

「それこそ昔取った杵柄ってやつだ。顕現装置の扱いならお手の物だろ、()()殿()?」

「おっと、その肩書きはもう過去のものですよ」

「じゃあ()()()、どうか琴里の居場所を守ってやってくれ」

「承りました。敬愛すべき司令の副官として、苦楽を共にした友の頼みを引き受けましょう」

「いや、友とか気持ち悪いから勘弁してくれ、マジで」

「――あふんっ! この心を抉るような一言……流石に心得てますね」

「無敵かよ……誰かこの変態を何とかしてくれ……」

 

 ゲンナリと顔を顰める士道に対して、艦橋内の視線が集中する。

 今まで出来るだけこの変態との接触を避けていたので、恐らくこうして、ともすれば気安いとも取れる会話を交わしているのが物珍しいのだろう。

 もし、万が一、何かの間違いで仲が良いなどと勘違いをされたら、明日からこの艦橋に顔を出せなくなる自信しかない。

 まとわりつく奇異の視線を払拭すべく、士道は話の進行を促した。

 そもそもとして、のんびりしている時間はないのだ。

 

「それじゃあ令音さん、指揮をお願いします」

「……了解。微力ながら、出来うる限りサポートしよう」

 

 頷くと、令音は作戦の概要を引き継ぐべく、神無月と打ち合わせを始めた。

 それを横目に、士道は募る焦燥を抑えつつ、感慨に息を漏らした。

 今のこの場の空気は、かつてASTで感じていたものと少し似ている。

 差し迫った状況だというのに、思わず口元が緩んでしまった。

 

わ、私も、その…………

 

 それは、作戦前の慌ただしい空気にかき消されてしまいそうな程か細い声だった。

 辛うじて聞き取った士道が目を向けると、何かを言いたげな七罪の姿。

 手を上げようとして、注目を集めるのを厭ったのだろう、中途半端な姿勢で固まっていた。

 こちらの身を案じてくれた七罪にとって、今回の作戦は不本意なものだろう。

 だが、それでもやらなければならない。

 屈んで目線を合わせると、その頭に手を置いて士道は謝罪した。

 

「悪いな、七罪。でも、俺がやらなきゃいけないんだ」

「わかってるわよ…………だけど、そんなの簡単に納得できない」

 

 眉根を寄せて、震える口元を引き締めて、手が白くなるほど拳を握りしめる。

 そして、そのエメラルドの双眸に決然とした光を宿らせて、七罪は言葉を続けた。

 

「だ、だから……私も行く。安全な場所で見送って、後で悔やんだりなんかしたくない……っ」

 

 理想の自分の言葉も借りず、こうもはっきり自分の意見を示したことに、士道は素直に驚きを示した。

 いや、先ほどの様子を思い出せば、別段おかしな話ではない。

 七罪はどこまでも自分を卑下して、本当の自分を見せることに強い抵抗を示していた。

 だからこそ現界するたびに、自身の天使の力で本来の姿を覆い隠していたのだ。

 そんな彼女がこうして強い意思を見せたのは、確かな成長の証だろう。

 士道にとって、七罪を危険な場所へ連れ出すのは相当に抵抗がある。

 同じ精霊ではあるが、十香と比べて七罪は戦闘向きではない。

 それは本人も承知していることだろう。

 ここで否定したら、或いは渋々と従ってくれるかもしれない。

 

「そうか……じゃあ、手伝ってくれるか?」

「――――えっ?」

 

 士道の返答に、七罪は口をあんぐりと開けて意外そうな顔をした。

 こうもあっさりと受け入れられるとは思っていなかったのだろう。

 確かに、危険な場所に連れ出すのは抵抗があるし、正しいことではないのかもしれない。

 ただ、それでも士道は、七罪が踏み出した一歩を阻むようなことはしたくなかった。

 その成長を見守りたいと思ったのだ。

 未だに口を開けたままの七罪の両頬を、つまんで引っ張ってやる

 

「どうする? やっぱりやめるか?」

「や、やる…………やってやるわよっ」

 

 士道の手を振り払うと、七罪はキッと睨み返してきた。

 どうやら意気込みは十分のようだ。

 そして、そのまま指を突きつけ――――

 

「――――見てなさい、士道。私があんたを、無敵のヒーローにしてあげるんだから……っ!」

 

 

 




これ以上は長くなりそうなので、ここまでにしておきます。
あまり話は進んでいませんがご容赦を。
次回は士道くんが空を跳ね回って、七罪の奥の手が見られるかと思います。
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