士道くんが淫行教師と謗られながら精霊をデレさせる話   作:kish

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ニチヨルギリギリにこんばんは。

今回はネタバレの塊のような人が黒幕っぽく原作設定のネタバレをしますので、気になる方はご注意を。


千変万化、乱反射

 

 

 

 轟、と凄まじい炎熱の奔流が、大気を焦がしながら空へと突き立つ。

 辛くもその下を掻い潜った士道の頬から、汗が散る。

 飛び散った汗の玉は随意領域の外に出た次の瞬間、深紅の残光と共に蟠った膨大な熱に晒され、蒸発した。

 強化された視界の先で、和服のような霊装を纏い、巨大な砲門を構えた少女が酷薄な笑みを浮かべる。

 その少女……炎の精霊と化した姪っ子である五河琴里を、士道は救わなければならない。

 

(一、二、三、四、五、六――――)

 

 流れる汗をそのままに、頭の中でカウントを開始する。

 それが二〇に届く前に、再び灼熱の砲撃が士道の横を通り過ぎて行った。

 対する炎の精霊の天使には、二つの姿がある。

 巨大な戦斧と大砲――どちらも人知を遥かに凌駕する破壊力ではあるが、彼我の距離がある現状で脅威となっているのは、超火力の砲撃である。

 これをどうにかして切り抜けなければ、最終目的である霊力の封印は叶わない。

 超火力にして長射程、しかしながら全く隙がないわけではない。

 それは砲撃毎のインターバルだ。

 冷却時間(クールタイム)充填時間(チャージタイム)か、一撃毎におよそ十数秒の間が空くのだ。

 その隙に距離を詰めて肉迫し、どうにか琴里の唇を奪わなければならない。

 成人男性が未成年女子の唇を狙っている。

 こうして言葉にすると何とも言えない犯罪臭が漂うが、これは至極真面目な話である。

 士道が精霊とキスしなければ、その霊力を封印することは出来ないのだ。

 しかし、ただ近づいて唇を重ねたら目的達成という程、話は甘くない。

 勿論、今の状態の姪っ子にキスをするのも十分高いハードルではあるのだが、霊力の封印にはもう一つ高いハードルが存在するのだ。

 それは相手がこちらにどれだけ心を開いているか……ギャルゲー的に言えば好感度だ。

 精霊の力に呑まれかけた今の琴里の精神状態では、到底封印可能域にない。

 まずは、その意識をどうにか呼び覚ますのが大前提となる。

 士道は霊力の封印という最終目的の実行者ではあるが、その大前提を終えるまでは盾、もしくは囮役である。

 そして、そのための仕込みはというと……

 

(十香は……順調みたいだな)

 

 視界の端に、夜色の髪が翻る。

 ビルの屋上から飛び降りたその人影は、壁面を蹴って地上へと下っていく。

 夜刀神十香……士道がかつてデートしてデレさせ、力を封印した精霊の一人だ。

 衣服の所々を光の膜であしらったその姿は、限定的ながらも霊力を取り戻している証だ。

 その状態で、十香はこちらの作戦に協力してくれているのだ。

 発案者である副司令から託されたとある装置を、そこかしこに設置している最中なのである。

 その装置を使って具体的に何を行うのかは知らされていないが、あの神無月(へんたい)の発案だ。

 ロクでもない可能性は十二分にあるが、有効であるのは間違いないだろう。

 

「――っ」

 

 しかし、一瞬とは言え十香へ注意を割いた事が隙となった。

 カウントを失念していた士道は、迫る灼熱の砲撃に顔を強ばらせ、随意領域の範囲を狭めて守りを固める。

 真正面から受け止めるのは愚策だが、この装備の補助があれば一度は確実に耐えられるだろう。

 覚悟を決めた士道だが、予想していた熱と衝撃はやってこない。

 怪訝な顔で射線から逃れ、迫る砲撃を真正面以外の角度から視認して、ようやく何が起こっているかに気付く。

 弾速が、まるで()()()()()をしているかのように遅くなっているのだ。

 理由も理屈もわからないが、このように()()()()()()()()()()現象には覚えがある。

 赤と金の虹彩異色症(ヘテロクロミア)が、士道の頭を過ぎった。

 やがて元の速度を取り戻した砲撃が、空を焦がして赤く染める。

 

「今のは……」

「士道っ」

 

 何事かと一瞬だけ足を止めるが、鋭い声で呼びかけられて動きを再開する。

 この場で立ち止まるのは、それこそ命取りだ。

 下方を一瞥すると、そこには声の主の姿があった。

 くせっ毛の上に先が折れた三角錐の、つばの広い帽子をかぶった少女である。

 七罪……さながら魔女のような霊装を纏った彼女も、かつて士道が力を封印した精霊の一人だ。

 十香と同じように、その力の一部を取り戻した状態で協力してくれているのだ。

 普段と同じく不機嫌、或いは不安そうに眉根を寄せ、しかし左の瞳にはとある変化があった。

 エメラルドと金の虹彩異色症(ヘテロクロミア)――金の瞳の中では、時計の針が無機質に時を刻む。

 七罪の手には精緻な装飾が施された古式の短銃、そしてその背後には巨大な時計の文字盤。

 空を駆けながらも、士道の頭の中には疑問が押し寄せる。

 何故ならそれらの特徴は、とある精霊と一致していたのだ。

 血の赤と、影の黒に彩られた悪夢(ナイトメア)

 時を司る天使を振るう、『最悪』と呼ばれる精霊――――時崎狂三。

 

 

 

 

 

恒常随意領域(パーマネント・テリトリー)、再展開します!」

「ああ、自動回避(アヴォイド)は起動しなくて結構です。この状態では、それこそ〈フラクシナス〉がひっくり返りかねない」

 

 ヘッドセットを身に着けた男が、艦長席の傍らで艦橋内に朗々と声を響かせる。

 長髪に日本人離れした美形のその男は神無月恭平……この艦の主の副官、即ち副司令である。

 階級の違いを示すため、他のクルーとは色違いの白い軍服を身に纏っている。

 この艦の存在、延いては所属元である〈ラタトスク機関〉の存在を公にするわけには行かない。

 そのため、艦長であり司令官である五河琴里が不在の今、彼は墜落した空中艦〈フラクシナス〉の隠蔽作戦の指揮を執っているのだ。

 

「了解、不可視迷彩(インビジブル)、起動します!」

「同時に残りの〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉も展開。制御は全て私が担います」

 

 現在〈フラクシナス〉は航行機能を失い、動けない状態にある。

 この状態では、隠密航行を支える機能も普段通りに働かない。

 自動回避(アヴォイド)は、飛行物が恒常随意領域に触れた際に自動で回避する機能なのだが、墜落している現状は地面に接しているため、誤作動を起こすのは目に見えている。

 不可視迷彩(インビジブル)は、外部からの視認と観測を防ぐ機能であり、これこそが隠密航行の大本命なのだが、今回は〈フラクシナス〉が動けないため、外部からの干渉を避けることができない。

 神無月が展開を指示した〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉は、〈フラクシナス〉の汎用独立ユニットである。

 汎用という言葉が示す通りその用途は多岐に渡り、その内の一機は現在、士道たちとの通信のために稼働している。

 その最大の特徴は、小型ではあるがユニット毎に顕現装置を搭載している点である。

 そして顕現装置を搭載しているということは、()()()()()随意領域も展開可能なのだ。

 確かにそれを以てすれば、動けない〈フラクシナス〉への干渉を防ぐ手立ても取れるだろう。

 しかしながら、艦の恒常随意領域を制御しながら遠隔で複数機の顕現装置を駆動させ、なおかつ個別に随意領域を展開させるという行為に果たして、人間の頭脳が耐えうるものなのか。

この艦橋に詰めるクルーは、士道の無茶を何度も見てきたのだ。

 

「驚いた、副司令にこんな特技があったとは。ただの変態ではなかったのか」

「いつもがいつもだけに少々……いや、かなり戸惑ってしまいますな」

「きっと道端に落ちているパンツとか、変なものでも食べたんですよ。いや、普段通りだなそれ」

「というか副司令、経歴不詳だったけど魔術師だったのね」

「私、てっきりそこらへんに捨てられてたのを、司令が拾ってきたものだと思ってました」

 

 クルーの表情や口ぶりからは、信じられないといった感想が見て取れる。

 そもそも副司令である神無月に、このような芸当が可能だったこと自体初耳である。

 普段のあまりの変態っぷりに、道端で捨てられていたところを拾われてきたなどと、勝手な想像を広げていた者もいる始末。

 ともかく、単独で顕現装置を操る術を持つ人間……つまりは魔術師だったとは、誰も考えもしていなかったのだ。

 集まる視線にくねくねと身を捩らせて頬を染める様は非常に気持ち悪いが、事実として独立起動した〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉は、全て無事に随意領域を展開した。

 むしろその状態で、普段通りの変態っぷりを見せていること自体が余裕の表れと言えるだろう。

 艦橋クルーの面々は半ば現実逃避気味に「まあ、神無月(へんたい)だから」と自分を納得させるのだった。

 しかし同じく艦橋に座りながら、副司令の意外な活躍に驚くでもなく、淡々とディスプレイに向かう者が一人。

 他のクルーと同じように栗鼠色の軍服を纏った、見た目の上では二十歳程の女性である。

 間違いなく美人と評される容貌の持ち主だが、分厚いクマで覆われた眠たげな目元や、頭や足元をふらつかせる様から、見る者の印象としては心配の方が先行しがちだ。

 そんな彼女が向かうディスプレイの中には、古式の短銃を握り、左の瞳を金色に変化させた七罪の姿があった。

 

「……成程、それが君が開花させた力か」

 

 艦橋で同時展開されている二つの作戦の内、精霊攻略作戦の指揮を託された解析官、村雨令音は誰に聞かせるでもなく呟いた。

 その口ぶりには僅かながら、驚きとも称賛ともとれる響きが含まれていた。

 精霊の心臓部たる霊結晶(セフィラ)には、それぞれ異なった性質がある。

 そのため、発現する権能は個人の資質に大きく左右されるが、方向性自体はその性質に沿ったものとなる。

 ある精霊は全知の書を手にし、ある精霊はあらゆるものを凍てつかせ、ある精霊は全てを閉ざす鍵を手にし、ある精霊たちは嵐を纏って空を駆ける。

 十に分けられた霊結晶(セフィラ)の中でも、七罪に与えられたものは『変化』を司るものだ。

 その性質に沿うように、彼女は〈贋造魔女(ハニエル)〉という天使を顕現させ、万物の姿形を強制的に変えてしまう圧倒的な権能を手に入れた。

 ただ、そこまでならばあくまでも予想の範疇に過ぎない。

 しかし今回彼女が見せたものはその極致……ここまで至ったのは、ひとえに彼女の才能だ。

 令音は昨日、七罪が恐る恐るといった様子で艦橋を訪れた時のことを思いだした。

 恐らくは士道のことが心配だったのだろう。

 それ以外に、彼女が複数の人間が集まる場へと顔を出す理由が思いつかない。

 ともかく七罪は不安げに眉根を寄せて、琴里に自分の部屋に戻るよう諭されながらも令音の後方に居座った。

 そして最悪の精霊が振るう権能を、艦橋スクリーン越しに目撃したのだ。

 勿論、精霊が誇る絶対の矛である天使は、それだけで複製できるほど甘いものではない。

 映像を見た程度では恐らく、形を真似るだけに留まるだろう。

 それならば、まだ他に別の要因があるはずだ。

 自分が手を置くコンソールに目を落とす。

 

「……解析、か」

 

 解析官である令音の仕事は、艦載の顕現装置で読み取った情報をより扱いやすい形に出力しなおす、いわば翻訳のようなものだ。

 そこには当然、時崎狂三が自身の天使によって引き起こした現象も含まれる。

 令音が解析したその情報を、七罪が読み取っていたのだとしたら……

 

「……ネツァクの霊結晶(セフィラ)を彼女に託したのは、どうやら正解だったようだね」

 

 その力はきっと()の助けとなるだろう。

 来るべき未来に思いを馳せて、たった一人の、かけがえのない最愛の男性(ひと)を思い浮かべる。

 

「――――シン……士道」

 

 胸元のポケットに収まったぬいぐるみにそっと手を置く。

 呟いた二つの名は、本来同じ人物を指す()()のものだ。

 彼に恋した少女としての自分、彼と愛し合った女としての自分……そして、■としての自分。

 それが乖離しかかっているということは――――そこで考えを打ち切る。

 犠牲にしたものを、切り捨てたはずのものを回顧する余裕も資格もありはしない。

 より差し迫った事態に対処するため、令音はマイクを手に取った。

 五河琴里……年の離れた親友とでも呼ぶべき幼い少女。

 彼女を救うために全力を尽くすことに、疑問や逡巡が挟まる余地はない。

 それが偽らざる令音の本心……その親友をも、いつかは犠牲にするのだとしても、だ。

 他の何をも、たとえ自分自身をも捧げたとしても叶えたい望みがある。

 ただ、それだけなのだ。

 

 

 

 

 

(――――私に、何ができる?)

 

 赤く染まる空の下、自身の天使、〈贋造魔女(ハニエル)〉の力で姿を隠した七罪は自問した。

 霊力を取り戻してはいるものの、現状は全開状態には程遠い。

 そんな役立たずが、果たしてこの場にいる資格があるのか。

 士道を助けるどころか、むしろ足を引っ張るだけの結果に終わるのではないか。

 

(じゃあ、〈フラクシナス〉に戻って震えて待っているだけでいいの?)

 

 そうした方がきっと安全だ。

 自分の力は戦闘向きのものではないし、何より戦って傷つくのは()()()()()だ。

 切り裂かれた時の痛みがフラッシュバックし、思わず傷一つないはずの脇腹に手を添える。

 引きつった七罪の頬に、汗が一筋伝った。

 

(――――それでも)

 

 唇を噛んで、恐怖を振り払う。

 戦って傷つくのは恐ろしいが、それよりももっと恐ろしい事がある。

 その未来が果たされた時、自分の存在はひっくり返って、きっと二度と元に戻れなくなる。

 漠然とした予感に過ぎないが、そうなってしまうという確信があった。

 この場にいるのは何より、その未来を避けるためなのだ。

 

(だから、これは自己満足。だから、逃げたりなんかしない)

 

 そう、誰に言われたからでもなく、七罪はそうしたいからそうしているのだ。

 弱火になりそうになる気持ちに薪をくべて、己を奮い立たせる。

 

(――――私に、何ができる?)

 

 その上で、今一度自分に問う。

 力が足りなければ、その分頭を回せばいい。

 その頭さえも足りないのなら……後は気合と意地でどうにかするしかない。

 

「…………何それ、バッカみたい」

 

 勿論、気持ちだけでどうにかなる程、現実が甘いはずはない。

 そんな結論に至ってしまった自分に、自嘲の言葉が漏れてしまう。

 どこの誰の悪影響かは、はっきりと目に見えている。

 今までの自分でいられなくした責任は、取ってもらわねばならない。

 らしくもなく、何とも厚かましいことを考えている自分に、再び自嘲で今度は笑みが漏れた。

 そのためには、是非とも無事に帰ってきてもらう必要があるのだ。

 だから、その誰かが大切な家族を助けたいというのなら、七罪もまた全力を尽くす他ない。

 だってこれは自己満足なのだから。

 自分自身を諦めることをやめた七罪にとって、それはそうするに足る理由になる。

 決然と〈贋造魔女(ハニエル)〉の柄を握り締め、赤く染まった空を見上げる。

 この状況で変身能力は有効に働かない。

 形のない非物質であるあの砲撃には、そもそも変化の力が通じない。

 仮に士道のデコイを作り出したところで、琴里が辿っているのは士道との間に築かれているという霊力の経路だ。

 流石の〈贋造魔女(ハニエル)〉でも、そこまでを模倣することはできない。

 大規模に能力を展開させれば、空に浮かぶ雲を片っ端から掻き集めて、その水分で士道の盾を作ることぐらいはできるが、今の霊力では難しい。

 そもそも、あまり派手なことをしたら矛先がこちらに向きかねない。

 それは士道の負担を増やす結果に繋がるだろう。

 ならば、昨日のように近づいて無力化を図るか。

 そうしたら一瞬とは言え、確かな隙を生み出すことができるはずだ。

 しかしその後はどうする。

 そこまで接近したら、琴里は完全に七罪をロックオンするだろう。

 万全の状態の精霊と対して、無事に済む保障はどこにもない。

 この手は、全ての条件が整う決定的瞬間まで取っておくべきだ。

 ならばどうするか――――答えは単純だ。

 この天使が有効じゃないのなら、()()()使()()()()使()()()()()

 

「〈贋造魔女(ハニエル)〉――【千変万化鏡(カリドスクーペ)】!」

 

 七罪が掲げた箒型の天使が、光を放ちながらその姿を変えていく。

 身の丈ほどの細く長いシルエットが拡散し、巨大な時計の文字盤が姿を現す。

 その威容は、かの〈ナイトメア〉が振るう天使と全く同一のものである。

 それと同時に、七罪の左の瞳にも変化が訪れた。

 エメラルドから金色に染まったその中では、時計の針が無機質に時を刻む。

 それが自分の命の時間であると、直感的に理解する。

 あの恐ろし気な精霊は、それを全く躊躇いなく消費して力を振るっていたのだ。

 とてもじゃないが、まともな精神で扱える代物だとは思えない。

 時崎狂三という精霊(おんな)は、狂っているとさえ思える。

 同じことを自分も行うのだと考えると、正直ゾッとして震えが止まらなかった。

 その震えを、短銃のグリップを握り締めることで押し殺す。

 

(――大丈夫。霊力さえあれば、時間の消費はある程度肩代わりできる)

 

 昨日の戦いの最中、艦橋にて令音が解析した情報を読み取った七罪は、時崎狂三の天使〈刻々帝(ザフキエル)〉が持つ力の一部を理解するに至った。

 観察して理解し、そして模倣する。

 七罪の秘めた才能は、〈贋造魔女(ハニエル)〉の持つ『変化』という特性と見事に合致していた。

 その極致として発現したのが【千変万化鏡(カリドスクーペ)】――――この超抜の技能は、()()()()()()()()()使()()()()()()()

 天使とは、精霊が振るう災害の如き権能の具現。

 それを模倣するということが、一体如何なる意味を持つのか。

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――【二の弾(ベート)】!」

 

 巨大な時計の文字盤の『Ⅱ』から影が滲み出て、七罪の握る短銃へと吸い込まれていく。

 同時に、存在の一部を削り取られるかのような虚脱感。

 時を操る天使は、その絶大な権能の代償に使用者の寿命を喰らう。

 霊力でカバーしているとはいえ、この感覚には耐え難いものがある。

 

(――――それでも!)

 

 銃口を向け、トリガーを引く。

 放たれた影の魔弾は、空中で足を止めた士道に迫る灼熱の砲撃へと吸い込まれていった。

 それはさながら、膨大な水量の激流に墨を一滴流すような光景だった。

 しかし効果は確かに表れた。

 灼熱の砲撃は、目に見えてその速度を減じさせた。

 士道が回避するのを見届け、七罪も再び身を隠す。

 そして自身が模倣した〈刻々帝(ザフキエル)〉を見上げた。

 恐らくこの天使は、巨大な時計の文字盤に刻まれた数字の数だけ能力を有している。

 しかし現在、『Ⅱ』と『Ⅳ』以外の数字は白く染まっていた。

 それはそのまま、七罪が扱える〈刻々帝(ザフキエル)〉の能力を示している。

 対象の動きを遅くする【二の弾(ベート)】と、対象の時間を巻き戻す【四の弾(ダレット)】。

 それ以外にはまだ、理解が至っていないのだ。

 しかし、と思考を回転させる。

 

(遅くしたり巻き戻す能力があるなら、その逆があったっておかしくはないはずよね……力の性質は同じで、でも()()()()()()()()()()()ような――――)

 

 カチリ、と歯車が噛み合った。

 時計の文字盤の『Ⅰ』と『Ⅲ』の数字に色味が生じる。

 動きの減速に対する加速、【一の弾(アレフ)】。

 状態の巻き戻しに対する早送り、【三の弾(ギメル)】。

 新たに影の弾丸が装填された短銃を構える。

 その銃口が向く先にいるのは――――

 

 

 

 

 

「――【一の弾(アレフ)】!」

 

 景色が物凄い勢いで流れていく。

 それは動体視力が、自分の動きに追いついていないからだ。

 影の銃弾に撃ち抜かれた士道は、自分の遥か下方を通り抜けた灼熱の砲撃を見送って、遅ればせながらその事実に思い至った。

 動きを加速させる能力……恐らくは七罪による〈刻々帝(ザフキエル)〉の力だろう。

 他の精霊の能力すら模倣する〈贋造魔女(ハニエル)〉の力には、ただただ驚嘆するしかない。

 随意領域によって強化された魔術師の動きに加速の権能が重なれば、それは最早音速に迫る域に達する。

 その速さに対応できるよう動体視力を強化すると、視界を流れていく景色が正常に戻った。

 この状態ならば、動くのに不自由することはないだろう。

 七罪に感謝の視線を向けると、「いいから行け」と言わんばかりに睨み返される。

 士道は苦笑すると、空を蹴って縦横無尽に飛び跳ねる。

 動きを追いきれないのか、灼熱の砲撃は見当違いの方向へ飛んで行った。

 次の砲撃に備える士道の耳に、インカム越しの眠たげな声が届く。

 

『……悪い報せだ。その砲撃を撃つ毎に、琴里の自我の侵食が進んでいる』

「――っ、対策は!?」

『砲撃で自我の侵食が進むのは、恐らく霊力をより多く消費して、霊結晶(セフィラ)がそれを補おうと活性化するからだろう。それを抑えることが出来れば、或いは……』

 

 士道にその辺りの細かい事情はわからない。

 そもそも霊結晶(セフィラ)などという言葉にも覚えがないのだ。

 しかし、現状は詳しい説明を聞いている時間が惜しい。

 要するに、霊力の消費がより少ない状態にしてやれば、自我の侵食も抑えられるということか。

 それならばと、士道は意識を最大限に集中させる。

 顕現装置が駆動し、限界出力まで魔力を生成すると、身に纏う黒いスーツの所々が淡く緑色の光を発した。

 余剰な魔力が、光となって表出しているのだ。

 通常の繊維ならこのような変化は起こらないが、これはビジネススーツにしか見えずとも、士道のために作られた立派な装備である。

 恐らくは魔力の伝達に適した、特殊な素材が使われているのだろう。

 生成した魔力でまず、空中に足場を作るのと同じ要領で防性の随意領域を筒状に形成し、己の身を弾丸として()()するための『砲身』を作り出す。

 次に身体能力、特に脚力を強化する。

 強化された脚力と随意領域の押し出しで、初速を得るのが目的だ。

 CR‐ユニットによる推力があればこのような手間は必要ないが、贅沢は言っていられない。

 さらに、自身に降りかかる物理現象にも改変を加える。

 重力の値を増加させ、その向きを目標――琴里へと設定する。

 これによって士道は()()による加速を得ることになる。

 勿論、その際に邪魔となる空気抵抗の影響は排除する。

 そして、最終的な速度は七罪が模倣した〈刻々帝(ザフキエル)〉の権能によってさらに押し上げられる。

 それがどの域まで到達するかは正直未知数だ。

 一応の防御は残すが、大気圏突入よろしく空力加熱で燃え尽きないことを祈るばかりである。

 ここに至って躊躇や逡巡の余地はない。

 目に見えない『砲身』の中で脚をたわめたまま姿勢を固定させる様は、スタートの合図を待つ競技選手のようにも見えた。

 最後に、こちらに砲門を向ける琴里を見据えて――――横合いからポカっと殴りつけられる。

 

「いてっ……な、なんだ?」

「……士道、あんた今何しようとしてたのよ」

「何って、ちょっと琴里のところまで一直線に――――」

「そんなことしたら、真正面から撃たれるでしょうが……っ!」

 

 再度ポカっと殴りつけられる。

 霊力を取り戻している状態だからか、結構痛かった。

 そのままぐいぐいと引っ張り出されると、直前まで身を収めていた『砲身』が灼熱の砲撃に飲み込まれ、跡形もなく焼失した。

 これを撃つたび、琴里は精霊の力に呑まれていく。

 最早一刻の猶予もない。

 

「七罪……悪いけど、俺にはもうこれしかないんだ」

 

 超スピードで一直線に距離を詰めて、接近戦に持ち込む。

 それが士道の出した答えだった。

 しかし、それは被弾を考慮しない強行突破である。

 砲撃毎のインターバルを狙ったとしても、こちらの射出までの準備にかかる時間で次の砲撃を許してしまう。

 守りにリソースを傾ければ一発は耐えられるだろうが、他の部分に魔力を回していてはその守りも必然的に薄くなる。

 受け止めきれるかは賭けになる……それでもやるしかないのだ。

 士道が前のめりな決意を固めていると、今度はヘッドバットが飛んできた。

 額と額がぶつかり、痛みのあまり視界に星が散る。

 頭突きをかました本人も痛かったようで、額を押さえて涙目になっていた。

 

「余裕がないのも、そうするしかないのも分かってるわよ…………」

「だったら!」

「――――でもっ、ここには私がいるでしょうが……っ!」

 

 再度、ヘッドバットが飛んでくる。

 しかし痛みよりも何よりも、七罪の言葉が心に響く。

 また一人で突っ走ろうとしていたことに気付き、士道は内心で反省した。

 

「……士道が行くなら私も行く。こんなちんちくりんでも、ひのきのぼうぐらいの役には立つんだから…………多分、きっと」

 

 相変わらずの自己評価の低さに、思わず苦笑が漏れる。

 そんな初期装備どころか、気持ち的には伝説の武器を装備したような頼もしさだ。

 それとも、自分を呪いの装備扱いしないだけ改善した方だろうか。

 しかし、やはり時間的な猶予はない。

 感謝も謝罪も後回しにして、士道は七罪を抱きかかえた。

 一緒に来るというのなら、そうしてもらうとしよう。

 いきなりの抱擁に、七罪は目を白黒させて狼狽えた。

 

「え、あ……な、なにこれ!?」

「行くぞ、七罪」

 

 士道のやることはほとんど変わらない。

 そこに一つ、七罪を信じるというのが加わっただけだ。

 魔力を高め、先程と同じ工程で射出の準備にかかる。

 狙う対象も同じく、こちらに狙いを定めている。

 この状況は、スナイパー同士がスコープ越しに睨み合うのと少し似ているかもしれない。

 もっとも、向こうが放つのはライフル弾などという()()()()()()代物ではないし、こちらが放つのは自分自身の体だ。

 スプリンターのスタートダッシュのように、たわめた脚を解放すると同時に随意領域で自分の体を押し出す。

 次の瞬間、士道は七罪を抱えたまま、音を置き去りにして弾丸と化した。

 胸元で悲鳴が上がったが、耳には届かなかった。

 余剰の魔力光が真っ直ぐ一筋に、赤い空に淡い緑の軌跡を描く。

 その様は、さながら流星が地上に落ちていくようだった。

 迎え撃つのは、柱と見紛うほど膨大な真紅の炎熱の奔流。

 発射から数秒と待たず、両者は真正面から衝突した。

 

 

 

 

 

「――――――!」

 

 士道の腕の中で、七罪は口を開けたまま目一杯悲鳴を上げた。

 しかしその声は音になることはなく……いや、正確に言うと耳に届いていない。

 あまりのスピードに、悲鳴を上げるそばから()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 これならば数秒の内に琴里の元へとたどり着くだろう。

 しかしその前にぶつかるのは、万象の一切を灼き尽くす、灼熱の砲撃である。

 悲鳴を上げながらも、七罪は己の役割を理解していた。

 それを果たすための手段は、今この手の中にある。

 

『――【二の弾(ベート)】』

 

 短銃を構え、迫る砲撃に対して手始めに『減速』の魔弾を撃ち込む。

 その声は霊力が含まれているからか、置き去りにされることなく頭に直接響いた。

 これは彼我の相対速度を緩和するための大前提だ。

 対策を講じる間もなく衝突しては何の意味もない。

 その上で、新たな魔弾を装填する。

 

『――【三の弾(ギメル)】!』

 

 これは【一の弾(アレフ)】と同じく、撃った対象の時間を早める能力だ。

 ただ、その効果は動作のスピード等の外面に作用するものではなく、その対象が持つ時間そのものに干渉する。

 幼い者には『成長』を、老いた者には更なる『老化』をもたらす。

 時間経過による状態変化を促す、『促進』の魔弾と言えるだろう。

 この【三の弾(ギメル)】で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 構えた短銃をそのままに、七罪は震えを押し殺してトリガーを引いた。

 影の弾丸は砲撃に飲み込まれるように消えていった。

 目に見える変化は訪れない……あまりのエネルギー量に、たった一度の減衰だけでは足りないのだ。

 精霊が誇る超抜の一撃は、簡単に防げるほど甘いものではない。

 勿論、そんなことは織り込み済みだし、だから次弾以降の装填はもう済ませてある。

 

『【三の弾(ギメル)】! 【三の弾(ギメル)】、【三の弾(ギメル)】、【三の弾(ギメル)】――――』

 

 間髪いれず、トリガーを何度も引く。

 その度に、僅かながらも『時間』が削り取られていくのを感じる。

 今は霊力で肩代わりしているから大事無いが、それが尽きた時、自分はどうなってしまうのか。

 それを考えると、怖気とともに逃げ出したい気持ちが湧いてきてしまう。

 

(嫌だ、怖い、逃げ出したい、帰って部屋の隅で縮こまっていたい…………!)

 

 しかしそう思うたびに、目に見えないつながりを通して霊力が流れ込んでくるのがわかる。

 こうして戦場に立つことを忌避すればするほど、戦うための力が湧いてくるなど、なんとも皮肉な話ではないか。

 

(――――それでもっ!)

 

 確かに不安や恐怖、逃げ出したいといった気持ちは精神を不安定にさせ、霊力の逆流を招くものだ。

 けれども、「それでも」とその気持ちに抗う度に、更なる力が湧いてくるのだ。

 それはきっと決意や覚悟、或いは勇気だとかそう呼ぶべきもので、後ろ向きな感情ばかり抱えている自分には不相応極まりない。

 ()()()()、目的を果たすための力になるのなら、何だって構わない。

 

(…………でも、まだ足りない)

 

 慣れない高揚に気を昂らせつつも、七罪は冷静に状況を分析した。

 それは生来の気質というか、浮かれるような気分になると、どこか水を差すような思考が挟まるのだ。

 ともかく、このままでは【三の弾(ギメル)】による減衰は追い付かない。

 それは単純な手数の問題で、新たに歩兵銃を持ち出して二倍程度にしたとしてもまだ足りない。

 この速度域に対応するために、既に自分に対して【一の弾(アレフ)】を使用している。

 これ以上の連射速度の上昇は見込めない。

 あの最悪の精霊は自分の複製を何体も使役しているらしいが、それは七罪にとって未知の能力だ。

 この場で再現することは出来そうにない。

 ならば、どうするか。

 七罪は士道の腕の中で、元の姿に戻した〈贋造魔女(ハニエル)〉を掲げた。

 何を模倣しようとも、根幹にあるのはこの『変化』の権能だ。

 手を加えるのなら、ここしかない。

 箒型の天使である〈贋造魔女(ハニエル)〉だが、その本質はあらゆるものの姿形を写し取る『鏡』だ。

 変身能力をもたらす光も、そこから発せられるものである。

 その〈贋造魔女(ハニエル)〉の核である『鏡』が露わになり、次の瞬間には十数の破片に砕け散った。

 そして砕け散った破片の一つ一つが光を放ち、その形を変えていく。

 それはあたかも光が散乱するかのように――――

 

『〈贋造魔女(ハニエル)〉――――【千変万化鏡・乱反射(カリドスクーペ・メフツェレット)】!』

 

 立ち並ぶのは、()()()()()()()刻々帝(ザフキエル)〉の短銃。

 その全てが一斉に銃声を轟かせた。

 

『――――【三の弾(ギメル)】っ!!』

 

 影の魔弾が灼熱の砲撃に殺到する。

 同時に物凄い勢いで、七罪の持つ霊力が消費されていく。

 短銃の数は先程の十数倍……掛かる負担も当然それに比例するのだ。

 霊力が底をついたとき、模倣した〈刻々帝(ザフキエル)〉は七罪の『時間』に本格的に手を伸ばすだろう。

 

(――ああ、嫌だ、怖い……本当にこんな所に調子乗って出てくるんじゃなかった…………!)

 

 あいも変わらず、胸の内ではネガティブな感情が渦巻く。

 最悪の精霊の権能に頼りながら、「こんな力、二度と使ってなんてやるものか」と吐き捨てる。

 歯の根が合わずにカチカチと震えて、今にも泣き出してしまいそうだ。

 

(――――それでもっ!!)

 

 後ろから自分の体を抱える腕に、手を重ねてギュッと握る。

 怖気づいて、逃げ出したくなって、後悔に塗れて、泣き出したくなって――――()()()()、絶対に手放したくないものがある。

 絞り出したありったけの想いを、影の魔弾に乗せて撃ち放つ。

 弾数が数十発を超え、三桁に届くというその時だった。

 火山の噴火を凝縮したかのような灼熱の砲撃が、ようやく翳りを見せる。

 

「――――!」

 

 発した声は置き去りにされて、自分の耳に……当然、相手の耳にも届かなかっただろう。

 しかし、応じるように抱きしめる腕の力が強まる。

 視界が赤く染まる……ついに砲撃と正面衝突したのだ。

 熱気に肌がチリチリと炙られる。

 減衰に減衰を重ねたが、これでも士道の随意領域がなければ燃え尽きていただろう。

 何とか自分の役割を果たしたと実感し、七罪は絶え間無い虚脱感に身を任せた。

 

 

 

 

 

 淡い緑の流星が、真紅の炎の柱を切り裂いて地面に突き刺さる。

 隕石の落下そのままに、着陸地点は抉れてクレーターとなった。

 視界は舞い上がった粉塵によって塞がれている。

 しかし、今の士道の知覚は視覚に頼り切りではない。

 膨大な戦意と霊力が渦巻く。

 間髪いれず、士道は随意領域のリソースを防御に傾けた。

 直後、振り下ろされた赤い刃を受け止めた魔力壁が、削り取られて火花のような光を散らした。

 

「――――よう、不良娘。おしりぺんぺんしてやるから覚悟しとけよ」

「……切り裂け、〈灼爛殲鬼(カマエル)〉」

 

 周囲に蟠る熱に反して、その声に温度はない。

 どこまでも無機質に、酷薄な笑みを浮かべて、炎の精霊と化した琴里は己の天使を振るう。

 既に砲撃形態を解いたそれは、巨大な戦斧の姿を表していた。

 この至近距離では、そちらの方が扱いやすいと判断したのだろう。

 一先ず目論見が成功したことを悟り、士道は内心で胸を撫で下ろした。

 

「令音さん、十香の進捗は?」

『……もう少しだけかかりそうだ。そのまま時間稼ぎを頼めるかな』

「了解。こう見えて俺、そういうの得意なんで」

「いや、あの……人を抱えたまま話進めないで欲しいんだけど」

 

 士道の腕の中に収まっている七罪が、ツッコミを入れた。

 消耗している様子ではあるが、無事なようだ。

 それでも無理をさせたことは確かなので、労わるように頭を撫でてやる。

 この程度では七罪の献身に到底見合わないが、今の士道にしてやれるのはこれぐらいだ。

 すると、何故だか炎の刃による攻撃が激しくなる。

 あまりの苛烈さに、七罪が堪らず悲鳴を上げた。

 

「ぎゃーーーー! なんかあれすっごい怒ってない!?」

「いや、まさか……令音さん?」

『ふむ……確かに僅かだが、精神状態に変動が見られるようだ。意識を戻すのに有効な変動量ではないが、自我の侵食を抑える効果は期待できるかもしれないね』

「成程、つまり?」

『……抱えたままでは動きづらいだろう。七罪を背負うといい』

「いやいや、どうしてそうなるのよ……」

 

 この作戦に参加するにあたって、七罪や十香にも通信用のインカムが渡されている。

 令音の提案も七罪にバッチリ聞こえているので、当然ツッコミを入れてきた。

 勢いを増した琴里の攻撃をしのぎながら、士道は真面目にその提案について考えてみる。

 勿論、令音がふざけているとは思わないが、彼女はあれで中々に天然な部分もあるのだ。

 消耗している七罪はなるべくなら安全な場所に置いておきたいが、絶対に攻撃が届かないという意味では、士道のすぐ傍こそがその安全地帯である。

 つまり、色々と理に適っているのだ。

 無言で七罪をヒョイと持ち上げ、自分の背中に移動させる。

 

「よし、七罪。しっかりつかまってろよ」

「いやいやいやいや、こんなバカみたいな方法で…………ぎゃーーーー!」

 

 さらに苛烈さを増した攻撃に、再び悲鳴が上がる。

 そんな音量で耳元で叫ばれては堪ったものではないが、随意領域の内部ならどうとでもなる。

 飛んだり跳ねたりのジェットコースター状態で、必死にしがみつく七罪は涙目で叫んだ。

 それをBGMに、士道は姪っ子の癇癪を受け止め続ける。

 

「あ、謝るからっ! 顔を引っ掻いちゃったのは悪いと思ってるから! あと大人姿の時に、自分を棚上げして琴里のことちんちくりんとか言っちゃったのも謝るからっ……!」

「そ、そんなこと言ってたのか……」

 

 七罪の謝罪に、士道は頬に汗を滲ませた。

 思春期の若者、特に女子に対して体型について言及するのはタブーである。

 特に琴里は、とある一部分の発育に気を揉んでいたはずだ。

 思い出したくもない姉の体型を思い出して、遺伝的には大丈夫だとフォローしたところ、少しの間口を聞いてもらえなくなったのは、いまだに涙を誘う記憶である。

 というか、七罪が謝るたびに琴里の表情が険しくなっていくように見えるのは、果たして気のせいだろうか。

 

「あーもうっ――――〈贋造魔女(ハニエル)〉!」

 

 箒型の天使が光を放つ。

 その対象は士道……正確に言うと、身につけている衣服だ。

 スラックスとシャツは軽装の鎧に、ジャケットは中世の騎士が身につけていたようなサーコートに変化した。

 

「これは……」

「…………言ったでしょ、無敵のヒーローにしてあげるって」

 

 七罪にとってのヒーロー像とは、この騎士のような姿なのだろうか。

 以前、騎士(ナイト)などと立候補したことを思い出し、少し照れくさくなる。

 あれは選択肢によるものだが、つまりは七罪に対して「お前のヒーローになってやる」と言ったということになる。

 見たところ、魔力の生成や随意領域の展開に悪影響はなさそうだ。

 それどころか、何かしらの力が加えられているようにも感じられる。

 これは琴里の一撃を防ぐために、あの白い精霊から霊力を託された時の感覚と似ていた。

 

「だ、だから…………しっかり守ってよね、騎士(ナイト)様」

 

 大人姿の時とは違い、なんとも恥ずかしそうな様子に、頬が緩むと同時に意気が湧いてくる。

 騎士(ヒーロー)上等、必ずやり遂げて見せよう。

 

「さあ、俺たちのデートを見せつけてやろうぜ……!」

「いや……なんか気が抜けるからやめない? その言い方」

「あ、はい」

 

 姪っ子攻略の第二ラウンド、開幕である。

 

 

 




というわけで終了。

ちなみに七罪にとってのヒーロー像は、騎士というより魔女の騎士を名乗ったどこぞの淫行教師です。

あまりあてにはならないかもしれませんが、次回かその次で決着がつくかと思われます。
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