士道くんが淫行教師と謗られながら精霊をデレさせる話   作:kish

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日曜更新しようと思ってたら文量が増えに増えて、最終的に分割することにしました。
つまり今回では終わりません。


降り注ぐ、破壊の雨(ゲシェム)

 

 

 

 鳶一折紙が生きる上で最も大きな目的が二つある。

 その内の一つは復讐だ。

 五年前の大火災の折、折紙は()()()()によって両親を目の前で失った。

 肌を炙る熱、見慣れた景色が焼け落ちていく光景、その際に発せられる焼け焦げた臭い、そして炎が燃え盛る音と、人々の悲鳴。

 五感に焼き付いたそれらは今なお彼女を苛む悪夢である。

 そしてもう一つは、穂村士道だ。

 五年前に命を救われた時から、彼こそが折紙の心の拠り所になった。

 接触を禁じられていた間も、士道のことを想わなかった日はない。

 それだけに、彼がクラスの副担任として目の前に現れた時の衝撃は、思わず我を忘れるほど凄まじいものだった。

 再会から程なく恋人となり、それからの日々は間違いなく充実していた。

 正直に言えば、折紙は士道への感情を正確に言い表すことは出来ない。

 ただ、それは異常な執着という形で表に出て、己を駆り立てるものだった。

 ともすれば復讐心とも拮抗するその衝動こそが、折紙を最後の一線を前に踏みとどまらせるものだったのだ。

 可能性の上で、士道の命を守るためならば、自身の復讐を諦めることすらありえるだろう。

 だが、もし、それが失われたとしたら。

 

「あ、あ――――」

 

 燃え尽きた体が、重力に従ってゆっくりと落ちていく。

 それを呆然と見つめて、折紙はうわ言のように声を漏らした。

 思考はまともに働かず、喉はカラカラで意味のある言葉が出てこない。

 頭のどこかで、一刻も早く治療を、と急かす声がする。

 顕現装置――魔術を用いれば、それこそ魔法のような奇跡も起こしうるだろう。

 しかし、それにも限度がある。

 現代における魔術とは、現実に存在するパラメーターを改変する技術だ。

 裏を返せば、既に存在しない、失われたものに手を加えることはできない。

 つまり、無から有を生み出すことはできないのだ。

 

「――――先、生」

 

 落ちていくその体が、炭化した足の先から崩壊していく。

 地面に到達する頃には、士道の半身は完全に崩れ去っていた。

 手遅れ、最早どう足掻いても間に合わない。

 あそこまで損傷してしまえば、()()()()()()()()()救いようがない。

 そう認識した途端に、五感の全てが現実を見失った。

 肌は周囲の熱気を忘れ、視界はぐにゃりと歪み、鼻腔を通り抜ける焦げ臭い空気はただ空虚で、耳鳴りが全ての音をかき消して、少しでも正気を保つために噛み締めた頬肉から滲む血の味にも気づかない。

 五年前と同じか、それ以上の絶望が折紙へと降りかかる。

 そこから掬い上げてくれる誰かはいない……いや、たった今失った。

 ならば、ただ無気力に自分も同じように燃え尽きるのを待つだけなのか――――否だ。

 地に落ちた士道の体がこれ以上損壊しないよう、随意領域で覆う。

 これが自分の人間らしさを示す最後の行為になるだろう。

 

「…………〈イフリート〉」

 

 自分からかけがえのない物を、()()()奪った精霊の名を呟く。

 その声は、燃え盛る炎が立てる音にかき消された。

 しかし、折紙の意思に反応して異形の巨体が駆動する。

 CR‐ユニット〈ホワイト・リコリス〉。

 かつての幼く無力な自分と違い、今この手には精霊を討滅するための力がある。

 

「許さない、許さない、許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない――――」

 

 仄暗い怨嗟の声に呼応するように、腕部パーツにマウントされた大型レイザーブレイドが鳴動し、光の刃が現出する。

 更に背部のコンテナが展開し、中に収められていた夥しい量の武装がその姿を露わにした。

 そして巨体の左右にそびえる二つの巨大な砲門に、魔力の光が収束していく。

 それらの照準を、個人が扱うには過剰な火力を、たった一人の怨敵へと差し向ける。

 

「――――〈イフリート〉ぉぉぉぉおおおおおおッ!!」

 

 赤く染まった空に激情の叫びが響き渡る。

 同時に解放された膨大な火力が、周囲を蹂躙し尽くした。

 

 

 

 

 

 ミサイルの雨が降り注ぎ、放出された魔力光が地表を焼き払う。

 まるで戦時下の如く、この一帯が爆撃にさらされているような状況だが、とある一点だけはその被害から逃れていた。

 その一点に張り巡らされた透明な膜越しに、エメラルドの瞳に外の地獄が映り込む。

 そこではASTの魔術師と、炎の精霊が刃を交えている。

 その両者に、七罪は覚えがあった。

 炎の精霊……和装のような霊装を纏って身の丈を超える戦斧を振るうのは五河琴里。

 七罪が身を寄せている、〈ラタトスク機関〉という組織で司令官を務める少女である。

 ASTの魔術師……武装の塊である巨体の中に身を収めているのは、確か鳶一折紙。

 七罪が士道に力を封印される前に、手痛い傷を負わされた相手である。

 そのため、彼女の存在はちょっとしたトラウマになってしまっていた。

 先ほど姿を現した際も恐怖のあまり、震えてしばらく身動きが取れなかった程だ。

 それが今の状況を招いたのだと、自己嫌悪が巨岩の如くのしかかる。

 外の地獄から視線を外し、すぐ傍に横たわった現実を直視する。

 しかし、それもまた地獄であることには変わりがない。

 重みに屈して、膝をついて座り込む。

 そして無残な姿となった士道の手を、震える手で握る。

 その上半身は所々が焼け焦げて黒く染まっており、下半身は……腰から下が焼失していた。

 最早手の施しようがない……誰が見たってわかる、明確な死。

 それとも、精霊の本気の一撃を受けて跡形が残っていることを幸運だと思うべきだろうか。

 無論、そんな考えは気休めにもならない。

 

(あの時、私が琴里の動きに気付けていたら…………)

 

 突如として現れた折紙に萎縮していた七罪に、そのような余裕はありはしなかった。

 しかし、自己嫌悪は積もりに積もって、その身を押し潰そうとしている。

 涙すら流れない、底なしの虚を前にしたかのような絶望。

 のしかかる重みに負けた七罪は、最早そこへ落ちていくしかない。

 それを引き止めてくれる誰かはもう――――

 

「…………なぁに、酷い顔、してんだよ」

「――――って、生きてたのかいっ!」

「我ながら、びっくりだよ…………何で、生きてんだ、これ……?」

「死んだふりとか、紛らわしいことするんじゃないわよ…………」

 

 思わずこぼれた涙を拭って、七罪は弱々しく握り返してくる手を、より強く握り締めた。

 本当に、信じられない生命力としか言い様がない。

 それとも、()()()()()()()()()()()()()()

 その理由については皆目見当もつかないが、このまま放置していては結果は見えている。

 士道は苦笑してみせたが、言葉は途切れ途切れで、その様子は明らかに弱々しかった。

 何とか生存はしているものの、この状態からの回復は絶望的と言わざるを得ない。

 もっとも、それはこの状況を()()()()()で計った場合の話だ。

 七罪は奮然と立ち上がると手を掲げ、己の天使を顕現させた。

 

「――――【千変万化鏡(カリドスクーペ)】」

 

 千変万化の『鏡』の天使である、〈贋造魔女(ハニエル)〉の極致。

 その権能で写し取るのは、かの最悪の精霊が振るう〈刻々帝(ザフキエル)〉。

 精霊の権能は例外なく天災じみた理不尽だが、『時間』という概念を顕すその天使は、中でもとりわけの理不尽である。

 その力ならば、死にかけの人間を復活させる程度の真似はわけない。

 巨大な時計の文字盤が現れ、その短針が短銃となって七罪の手に渡る。

 同時に、『Ⅳ』の数字から滲み出た影が装填された。

 それは撃ち込んだ対象の時を巻き戻す、『復元』の魔弾だ。

 左の瞳を金色の時計の文字盤へと変化させ、トリガーを引く。

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――【四の弾(ダレット)】」

 

 影の弾丸を受けた士道の体が、みるみるうちにそのシルエットを取り戻していく。

 焼失した下半身が復元したのを見届けると、最後の霊力を振り絞った七罪は、再びその場に膝をついた。

 これ以上の能力の行使は、それ以外の()()を代償とすることになるだろう。

 しかし、今まで立ち込めていた絶望の気配は鳴りを潜め、出来ることをやりきったという感慨が心中を満たす。

 こんなにも晴れ晴れとした気分になったことが、かつて一度でもあっただろうか。

 危機的な状況は変わっていないというのに、呑気なものだと自嘲する。

 それでも立ち上がったその姿に、どうしても希望を抱いてしまうのだ。

 

「……頑張りなさいよね、私の騎士(ヒーロー)

「ああ、任せとけ」

 

 

 

 

 

(とは言ったものの、どうしたもんかね……)

 

 自分の生徒と姪っ子が激突する光景を前に、士道は動きあぐねていた。

 二人に対して声をかける程度の真似は試みているが、全く届いている様子がない。

 辺り一帯を埋め尽くすように、爆発が間断なく巻き起こる。

 この環境音の中ではそれも当然か。

 士道の周囲は、随意領域による防護で被害を免れているに過ぎない。

 そしてこの随意領域は、自身で展開したものではない。

 これは恐らく、折紙によるものだ。

 あれだけ苛烈な戦いを繰り広げながら、彼女はこちらの身の安全にリソースを割いているのだ。

 両親の仇への復讐心は、折紙にとって自身を構成する大きな要素なのだろう。

 しかし同時に、他者へ向ける思いやりも、きっと小さくはないはずだ。

 だからこそ、誰かを殺めるという最後の一線を超えさせるわけにいかない。

 そして、それは琴里も同様だ。

 自分の周囲を覆う目に見えない透明な膜に触れて、士道は決意をさらに強めた。

 その決意を遂行するためには、いつまでもここに閉じこもっているわけにはいかない。

 この随意領域は防護と同時に動きを封じるものでもあるが、今の士道ならば打ち消すのは難しいことではない。

 だが、霊力を使い果たした七罪をこの場に置いていくのは危険だし、激化した戦いに割り込むとなれば、傍に置いておくのも同じく危険だ。

 一旦離脱して安全な場所に連れて行くか、もしくは――――

 

「――そこの貴方、危険ですので……って、またてめぇかコラッ!」

「日下部! 良い所に!」

 

 機械の翼を背負った集団が飛来する。

 日本における対精霊部隊、AST――その先頭に陣取るのは、ポニーテールの成人女性だ。

 日下部燎子……かつてASTに在籍していた士道の、年上の後輩である。

 性懲りもなく戦場に現れた一般市民に対して向けられる視線は、実に厳しいものだった。

 しかし、士道はそんなものはお構いなしと言わんばかりに空を蹴って、燎子へと近づいていく。

 

「いや、本当に丁度いいとこに来てくれたよ、お前」

「いや、アンタは毎度毎度何しに……というかその格好、何です?」

「この格好は気にするな!」

 

 士道の纏う装備は、七罪の力によって変化している。

 見た目で言えばさながら中世の騎士だが、その辺りの事情を悠長に説明している暇はない。

 コスプレを見られたかのような気分で顔が熱くなるが、それこそ気にしている場合ではない。

 顔の熱さを誤魔化すように声を張り上げると、士道は脇に抱えた七罪を燎子に手渡した。

 

「というわけで、避難しそびれた一般市民の保護を頼む」

「それは構いませんが……この子、どこかで――――」

 

 燎子の訝る視線に、七罪はビクッと身を竦ませた。

 精霊とASTの関係を考えれば無理もない反応だろう。

 ましてや、今の七罪に抵抗する力はないのだ。

 しかし……いや、だからこそ身の安全が保障される。

 霊力を使い果たした状態では、精霊と認定されはしないはずだ。

 それ以前に、性格的に彼女が今の七罪を攻撃するとは思えない。

 ただ一つ懸念があるとすれば、七罪の精神状態だろうか。

 またいつものように、被害妄想が吹き荒れないとも限らない。

 だが、ちょっとずつかもしれないが、七罪は周囲と打ち解けて、確かに成長しているのだ。

 士道はその積み重ねを信じることにした。

 

「大丈夫だ。このお姉さんは少し怖いけど、悪い奴じゃないから」

「おい、どういう意味だコラ」

「ひっ」

「と、とにかく心配するな! ……すぐ迎えに行くから、ちょっと待っていてくれよ」

「……うん」

 

 怯える七罪を宥めて、燎子に預ける。

 撫でてやると、不安そうな顔をしながらの首肯が返された。

 これで士道は戦いの仲裁に注力することができる。

 このタイミングで、耳に嵌めたインカムに状況の変化を告げる報せが届いた。

 

『……待たせたね。こちらの準備は完了したよ。後は君次第だ』

 

 炎の精霊と化した琴里の意識を呼び覚ますための作戦、その準備が整ったのだ。

 インカム越しの眠たげな声とほぼ同時に、夜色の髪を靡かせて一人の少女がその場に降り立つ。

 

「シドー、待たせたな!」

 

 夜刀神十香……七罪同様に、士道に力を封印された精霊の少女である。

 その登場に誰よりも驚いたのは、ASTの隊長である燎子だ。

 

「ま、まさか〈プリンセス〉……!?」

「む、メカメカ団……ではなく、えぇえすてぃ、だったか?」

 

 両者は互いに表情を険しくし、警戒を露わにした。

 その関係性を考えれば無理もないが、ここで戦闘状態に入られては堪ったものではない。

 しかし、悠長に仲裁をしている時間はない。

 そもそも説得に回ったところで、両者共に納得させるのは極めて困難だろう。

 十香はともかく、燎子に対して明かせない情報が多すぎる。

 そこを強引に突破できるだけの信頼が、こちらにあるとは思えない。

 それとも利害の一致の点から説得するべきだろうか。

 有効な考えは思い浮かばず、修羅場にも似た状況に焦りが募っていく。

 毎度そうだが、こうして女性二人の間に割って入るのにはいつまで経っても慣れそうにない。

 額に汗を滲ませる士道の耳に、インカム越しの声が届く。

 

『……こういった状況での君の独断に、琴里はいつも苦言を呈していたね』

「……それは耳が痛い」

『だが、それが良くも悪くも状況を変えるのだとも言っていた。……士道、私は君を信じよう』

「…………」

 

 その眠たげな声は助け舟と呼ぶには些か頼りないが、背中を確かに押すものだった。

 深呼吸をして、自分の頬を張る。

 互いの関係性だとか、利害だとか、小賢しい考えを一旦全て吐き出す。

 そうして立ち返るのは、『守る』という極めてシンプルな動機だ。

 

「――――十香、まだ手伝ってもらえるか?」

「当然だ。私はそのためにここに居るのだからな」

「じゃあ琴里を頼むよ。ちょっと今は虫の居所が悪くて、むずがるかもだけどさ」

「うむ、任せておけ」

 

 士道の頼みに頷くと、それまで募った敵愾心もどこへやら、十香は揚々と飛び出していった。

 その様子に燎子は呆気に取られ、去っていく精霊をただ見送った。

 そしてその視線はそのまま、精霊と親しげに話してみせた男へと向く。

 睨むといっても過言ではない鋭さは、間違っても自衛隊員が一市民に向けるものではない。

 

「……チッ、この女っ誑しがよ」

「それで結構――――で、日下部、お前には折紙を頼む。このままじゃ、ヤバそうだからさ」

「上官でもないあなたの言うことに、こちらが従う義務はありません」

「そりゃごもっともだ。けど、これは命令じゃなくて昔馴染みへのお願いだよ」

「それを聞き入れる義理が、私にあるとでも?」

「なんだかんだでお前、優しいからな」

「…………知ったふうな口を」

 

 渋面の末に吐き捨てると、燎子は舌打ちの後にたっぷりのため息を吐いた。

 その仕草に士道は懐かしさを覚えて笑みを漏らすが、鋭い視線にすぐさま表情を引き締める。

 

「そちらの言葉に耳を傾ける義務も義理もこちらにはありません。しかし、あんな馬鹿げた兵器に部下の命をくれてやる道理もない」

 

 しかしながらそれは、彼女にとっての降参のサインに他ならない。

 燎子は部下に七罪を預けてから手を上げると、その場に集った中隊規模の一団に向けて声を張り上げた。

 

「総員、あの馬鹿の暴走を止めるわよ! 精霊に対しては防衛に専念、無駄な消費を抑えること……いいわね!?」

『イエス、マム!』

 

 声が重なり、空に響き渡る。

 その音圧に、士道は燎子の積み重ねを垣間見た。

 こんな光景は、ある種の恐怖政治で部隊を率いていたあの神無月(へんたい)では拝めなかったものだろう。

 

「それで先輩、あなたはどうするつもりなんですか?」

「俺は――――」

「ああ、やっぱり言わなくて結構です。どうせまた青臭いことを聞かされるだけでしょうし」

 

 呆れるように笑うと、燎子は隊員を引き連れて飛び去っていった。

 返す言葉もない士道は、それを静かに見送った。

 全てを守る……言葉にするだけなら簡単で、それはまるで子供の描く夢物語だ。

 その夢物語を果たすために向かうのは、この遊園地の中心である。

 

『……準備はいいかね?』

「お願いします」

『了解……では、始めよう』

 

 そこは、十香が設置して回っていた顕現装置の中心点。

 その位置に立った士道の纏う鎧から、魔力光が四方八方へと伸びていく。

 光の線は設置された顕現装置と繋がり、より一層太く輝きを増す。

 それは士道が顕現装置の遠隔起動を果たすためのラインだ。

 

「――っ」

 

 頭に走る痛みを噛み殺す。

 顕現装置を複数機同時に起動させるとなれば、装備の補助を得たとしても負荷は相当のものだ。

 どこぞの変態ならばワイヤリングスーツもなしに涼しい顔でやってのけるだろうが、そんな例外と一緒にされては困る。

 機動を果たした顕現装置から展開した随意領域が、その範囲を拡げていく。

 同じく士道の随意領域も拡大していき、やがて重なり合ったそれらが巨大な一つの領域と化す。

 そうして作り出したのは、虚空をスクリーンとするシアターである。

 琴里の意識を呼び覚ますためには、より強く、より深く呼びかけなければならない。

 そこで参考とされたのが、大迫力の映像と音響で観客に訴え掛ける、映画館(シアター)という環境である。

 実際の機材を持ち込むのは困難だし、更にこの環境下で正常に機能させるのは現実的ではない。

 だからこそ、その再現を随意領域で行うという非効率な真似が求められているのだ。

 しかし似たような例を挙げるなら、士道はエレキギターの音色を随意領域を通してアンプなしに響かせたことがある。

 これほど大規模なセッティングは初だが、演算に関しては〈フラクシナス〉からの補助がある。

 やってやれないことはないだろう。

 精神に訴えかけるという作戦の有効性に関しては、先程の七罪との共闘で証明されている。

 そもそもこの作戦に応じたのも、業腹ながらもあの神無月(へんたい)の提案に納得したからだ。

 だが士道に与えられた情報はそこまでで、実際にどんな映像を流すのかは伝えられていない。

 そうなるとその心を揺さぶる映像とやらに、何か引っかかるものを感じても仕方ないだろう。

 そして、何が一番気になるのかというと……

 

「……これで琴里の正気が戻ったとして、すぐに封印ができるのか……正直不安です」

 

 士道には精霊の力を封印するという特殊能力があって、それこそが琴里を救う鍵なのだが、封印を果たすためには条件がある。

 それは相手からの好感度と、唇を重ねることである。

 キスは極論ただの接触なのでどうにかなるが、好感度に関してはその場ではどうにも繕えない。

 過去に一度、琴里の力を封印したという事実を考えれば、その好感度が必ずしも恋愛感情に根ざしたものではなくてもいいというのは、薄々理解している。

 しかしながら、琴里がこちらへと向ける好意がその域に達しているかというのには疑問が残る。

 嫌われているとは思わないが、最近の姪っ子はどうにも反抗期気味なのだ。

 そんな士道の不安に返されたのは、息が漏れる音である。

 インカム越しでは相手の様子がわからないので、それが笑みによるものだと気づいたのは、令音の言葉を聞いた後だった。

 

『……君のことを、琴里が大好きじゃないわけがないだろう?』

 

 勿論、明確な根拠はない。

 それでも、彼女の言葉は何より士道を奮い立たせるのだった。

 自分の中の空白が埋まっていくのを感じながら、空を見上げる。

 

「こっちは準備OKです」

『……了解した。では、いつでも動き出せるように備えておいてほしい』

「わかりました」

 

 赤い空にノイズが走る。

 一帯を覆う巨大な随意領域で作り出したスクリーンに、映像が投影されようとしているのだ。

 そうして映し出されたのは――――

 

『しーくんしーくん、だっこ! だっこして!』

「…………は?」

 

 広大な随意領域内に、幼気な声が響き渡る。

 思わず間抜けな声が漏れてしまった。

 音響効果も考慮して作られたこの()()において、その声はその場にいる全員の動きを止めるのに十分すぎる効力を発揮した。

 爆撃さながらの戦闘音が止み、折紙が、十香が、ASTの一団が、空を見上げる。

 そしてそれは、炎の精霊と化した琴里でさえも例外ではない。

 遠目の姪っ子は、心なしか目を見開いてわなわなと震えているように見えた。

 それがどういった心の動きによるものなのかに理解が及び、士道の全身から汗が噴き出す。

 つい最近、自分も似たような目にあっていたことを思い出したのだ。

 これは、士道が〈ラタトスク〉による訓練中に受けた悪夢のような仕打ちである、自身の黒歴史の開帳……それと同種のものだ。

 つまり、余人に知られたら悶絶するような過去の暴露である。

 成程、確かにこれならば精神を揺さぶるという意味では著しく有効だ。

 その効力を体感したことのある士道は、納得するしかない。

 しかし、琴里がかつてこちらに行った仕打ちが返ってきたのだとしたら、それは因果応報というべきかもしれないが、本当にロクでもない方法を考えてくれたものだ。

 というか、一体どんな経路でこんな映像を入手したというのか。

 

(……とりあえず、あの変態はやっぱり一度殺そう)

 

 姪っ子がおむつを替えられているシーンに映像が切り替わったのを見上げながら、士道は強くそう誓うのだった。

 

 

 

 

 

「各員、警戒を怠らないように。司令の美しき世界樹を、これ以上傷つけさせることは罷りなりませんよ!」

了解(ラジャー)!』

 

 艦橋内に号令が響き渡る。

 引き続き墜落した〈フラクシナス〉の隠蔽作戦に着手するのは、副司令である神無月を初めとする艦橋クルーたちである。

 同じ場にあって別の作戦の指揮を執る令音は、モニターに表示された情報に目を通して、小さく息を漏らした。

 

(……琴里の精神状態の推移は良好。このままならじきに意識が戻るだろう)

 

 神無月が立案した作戦は、確かな効果を発揮していた。

 上映されている映像の出処など気になる部分はあるが、この場においては瑣末なことである。

 しかし、自分の姪が悶死しかねない映像を見せられた彼はどう思うだろうか。

 実の所、士道に詳細を話したら反対される可能性を考慮して、あえてぼかしていたのだ。

 後でフォローを入れる必要があるだろう。

 

「……それにしても、相変わらず無茶をするね」

 

 映像を流した当初は皆動きを止めていたものの、テーマパーク内ではまだ戦闘が継続している。

 琴里の精神状態には良好な変化が訪れているとはいえ、まだ戦意は消え去っていない。

 そして何より、あの場には炎の精霊への復讐心を燃やす少女がいる。

 彼女が繰り出す攻撃は、一層苛烈さを増していた。

 しかし琴里のものを含め、その一切が()()()()()()()()()()()()

 命中する前に、見えない壁に阻まれるように防がれるのだ。

 あの巨大な随意領域は、文字通り士道の意のままになる空間だ。

 理論上では、その中にいる全ての者を守るのは不可能ではない。

 しかしそれはあくまでも理論上の話であって、あそこまで範囲を拡大させてしまえば、まず頭脳の方が耐えられなくなる。

 常識の上で語るのなら、だが。

 今の士道には、その常識を覆す要素がいくつかある。

 複数の顕現装置を遠隔起動するにあたって、〈フラクシナス〉が〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉を通して演算補助をしているのは大きい。

 五河夫妻が彼のために用意した装備が、随意領域を操る上で大きなサポートを果たしているというのもあるし、七罪が託した霊力が作用していることも十分に考えられる。

 そして何より、こと『守る』ことに関してなら、士道は規格外の力を発揮するのだ。

 勿論、それは自分の身を守ることに特化()()()ものだが、随意領域を広げることで拡大解釈をしているのだろう。

 ここまでの規模となれば、最早それは精霊の権能に届きうる水準に達している。

 

「……何とも過保護なものだ」

 

 常人と比べたら頑強な肉体、炎の精霊の再生能力、〈凶禍楽園(エデン)〉、そして()()()()()()()()()()()()()()

 それとも、■■の愛とはそういうものなのだろうか。

 先程、声を上げてしまったのもそのせいなのだとしたら、自分は相当に()()()()()()()()()

 目を伏せ、自身の願望を見つめ直す。

 それを叶えるためにあらゆる事を……それこそ非道と呼ばれるような行いにも手を染めてきた。

 だというのに、今更そこにブレが生じている。

 この村雨令音の揺らぎを、崇宮澪はどう思うのだろうか。

 喜ばしいと肯定するのか、許されざると否定するのか。

 

「……案外、自分のことは分からないものだね」

 

 何とも人がましくなったものだと、小さく嘆息する。

 三〇年という歳月は、それだけ長かったということか。

 感傷から抜け出してモニターに目を戻すと、令音は眉をひそめた。

 

「――――これは……」

 

 それは琴里が発する霊波反応の乱れに対してである。

 かつて、封印直前の十香が見せたものに酷似したそのパターンは即ち、反転の兆候である。

 その兆候自体は、精霊の力に自我を飲まれつつある状態において微弱に観測されていたものだが、これほどまでの急激な変化は違う要因によるものだろう。

 つまり、琴里は今、()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「どう、して…………」

 

 上空に浮かび上がるその映像に、折紙は呆然と疑問の言葉を漏らした。 

 その中には、幼い少女が家族に囲まれている光景……自分が失った、二度と手に入れることができないもの。

 それを、よりにもよって――――

 

「なん、で……おまえが…………っ」

 

 自分から()()()全てを奪った五河琴里(イフリート)が享受している。

 憤怒と憎悪に狂おしい嫉妬が入り混じり、視界がさらに赤く染まる。

 酷使された脳が主張する痛みは、限界を迎える前のサインに他ならない。

 だがそんなものは考慮するに値しない。

 最早折紙が生きる理由は、炎の精霊の討滅をおいて他にない。

 それさえ果たせるのなら、自分の命がどうなろうと構わない。

 今、折紙の世界には、自分と復讐の対象以外存在しない。

 それ以外の全ては目に映らず、また耳にも入ってこない。

 意識を唯一つの悲願に傾け、己の全てをそのために費やす。

 

「許さない……五年前、そして今……私から、二度も奪った……〈イフリート〉ぉぉぉぉおおおおおおッ!!」

 

 身も心も、魂魄すらも燃やし尽くす気迫で、折紙は復讐の牙を剥いた。

 

 

 

 

 

「折紙! 止まりなさい、折紙っ!」

 

 突如として上空に現れた映像に呆気にとられたのも束の間、燎子は暴走する部下の説得にかかっていた。

 しかし言葉が届いた様子はなく、異形の巨体は湯水のようにミサイルを放ち続ける。

 相変わらずこちらの言うことを聞き入れない部下に、盛大に舌打ちが漏れた。

 折紙には既に活動限界の兆候が現れている。

 このまま戦闘を続行していたら遠からず、脳に甚大な損傷を負い、最悪の場合死に至るだろう。

 部下の命を預かる隊長として、そのような結末を認めるわけにはいかない。

 

「各員、鳶一一曹に対する攻撃を許可するわ。ただし狙うのはあの物騒なCR‐ユニットに留めること!」

「しかし隊長殿、流石にDEMの試作機を破損させるのはマズいんじゃ……」

「何を言っているの? ここは戦場よ。流れ弾の十や百は当然でしょうが!」

「い、イエスマム!」

 

 勿論、預かった試作機を破壊してマズくないわけはないのだが、その程度の()()()()()()()事態に拘らっている場合ではない。

 まるで、どこぞのクソボケの青臭い考えが伝染ってしまったようだ、と自嘲する。

 その命知らずな行動まで真似する気はないが、参考にはさせてもらう。

 遠くからでは声が届かないなら、すぐ近くで聞かせるしかない。

 単騎で折紙の正面に回り込み、振り下ろされる大型レイザーブレイドを、同じくレイザーブレイドで受け止める。

 

「折紙、これ以上の戦闘行為は危険よ。〈ホワイト・リコリス〉はこっちで回収するから――――」

「――――〈イフリート〉……殺す、殺す殺す殺す殺す殺す……お父さんの、お母さんの、先生の仇を…………っ!」

 

 うわ言のように漏れるのは、怨嗟の声だった。

 この分では燎子の言葉はおろか、姿さえも認識していない可能性がある。

 背後では炎が巻き起こり、こちらと同じように必死に呼びかける声がする。

 恐らくは〈プリンセス〉が、〈イフリート〉に対して説得を試みているのだろう。

 精霊同士の関係、ましてやそこにあの女誑しがどう関わっているのかは不明だ。

 また、そのようなことに思考を割く余裕もない。

 

「ぐっ……どんだけ金かけてるのよ、この装備……!」

 

 現状では鍔迫り合いが成立しているが、如何せん出力の差が大きすぎる。

 このままでは押し負けてしまうというのは、目に見えた結果である。

 だが、こちらが仕掛けるのは集団戦(チームプレイ)だ。

 

「今よ!」

 

 異形の巨体が構える二門の魔力砲に、中隊規模の火力が殺到した。

 爆風に巻き込まれる前に、大型レイザーブレイドを受け流して離脱する。

 煙が晴れ、その中から姿を現した〈ホワイト・リコリス〉からは、最大の火力を誇る魔力砲が失われていた。

 これで折紙から戦う力を一つ奪うことに成功したわけだが、燎子の表情は浮かないものだった。

 こうして攻撃が通ったということは、自身の防御が間に合わないほど消耗しているか、防御に割くリソースさえ攻撃に振り分けているか、そのどちらかだ。

 

「許さない……五年前、そして今……私から、二度も奪った……〈イフリート〉ぉぉぉぉおおおおおおッ!!」

「総員、退避っ!」

 

 最早照準を合わせることすらままならないのか、ミサイルが無差別にばらまかれる。

 燎子の指示は一瞬だけ遅く、隊員たちが爆風に飲み込まれていく。

 これだけの火力ならば、たとえ随意領域の防護があっても無事では済まない。

 こんなものでも事も無げに防いでしまう誰かは、事ある毎に自分を平凡だと主張するが、燎子からしたら前隊長と並ぶ規格外の一人である。

 この場にいてくれたらと考えてしまうのは、かつての甘えがぶり返してしまったせいか。

 あんなクソボケを頼りにするなど、全く以てどうかしている。

 誰かに頼ろうとする甘い考えを切り捨てて、負傷した隊員の救助に意識を傾ける。

 しかし、結論から言うとその心配は無用のものとなった。

 

「嘘でしょ、全員無傷……?」

 

 信じがたい結果に息を呑む。

 しかしこの光景は、穂村士道の在籍しているASTで、過去幾度となく見てきたものである。

 ハッと空を見上げ、辺りの違和感に意識を向ける。

 密度が薄くて気づくのが遅れたが、自分たちは今、誰かの随意領域の中にいる。

 あの空に浮かぶ謎の映像も、それによるものだろう。

 ならば、この随意領域の主とは――――

 

「――っ、今度は何!?」

 

 立ち上る炎と共に発生した熱波が、周囲を舐め尽くしていく。

 そして炎の精霊の直上に、かつてないほど膨大な熱源。

 巨大な炎の塊が赤々と燃える様は、さながら地上に太陽が現れたかのような光景だった。

 

 

 

 

 

 深い闇の中から、意識が朧気に浮かび上がる。

 どこか薄膜を挟んだような感覚で、琴里は外の光景を知覚した。

 

「琴里、もうやめるのだ! 帰ってまたシドーのハンバァグを一緒に食べるぞ!」

 

 夜色の髪、紫水晶の瞳。

 炎と瓦礫の中で、凛とした美貌を痛ましげに歪める少女には見覚えがある。

 夜刀神十香……霊力の封印に成功し、〈ラタトスク〉が保護した精霊の一人。

 そしてそこから連鎖的に、自分が何者であるのかを取り戻していく。

 戦意が薄れると共に振るっていた戦斧が勢いを失い、地面に突き立つ。

 見上げた空には現代の魔術師たちが飛び交う。

 こちらに注意は向いているものの、彼女たちが相手にしているのは、戦車と見紛う巨体だった。

 空を飛んでいるところを見れば、戦闘機と表現した方が正確かもしれない。

 ともかく、ワイヤリングスーツを纏った人間が収まっているところを見ると、CR‐ユニットの一種なのだろうか。

 

(なに、これ……一体どういう状況なわけ――――)

 

 鈍痛を訴える頭に手を当てた琴里は、そこで思考を打ち切らざるを得なかった。

 それは辺り一帯に、さながらシアター内のように響く幼児の声だった。

 

『――――やだやだやだっ、おばけやしきやだぁっ!』

 

 声には微妙に聞き覚えがない。

 人間の声というのは、自分に聞こえているものと他人に聞こえているものでは、微妙な違いが出るものなのだ。

 しかし、発言の内容には物凄く覚えがあった。

 あれはそう、幼稚園の時に初めてお化け屋敷に入って、あまりの怖さに泣き出してしまった時の…………見上げると、どういうわけか泣きじゃくる幼い自分の姿が上空に映し出されていた。

 

「――――って、人の恥部を無許可で晒してんのはどこのどいつよっ!?」

 

 あまりの羞恥に顔が火を吹き……というか物理的に炎が吹き出した。

 悶絶して転げ回りたいところだが、羞恥を怒りに転化してどうにか踏みとどまる。

 その炎を躱した十香が顔を輝かせた。

 

「琴里っ、正気を取り戻したのだな!?」

「……ごめんなさい、ちょっと状況が把握できなくて少し……いやかなり混乱してるわ」

「うむ、それはだな――――ちいっ、無粋な!」

 

 魔力光を纏ったミサイルが雨のように降り注ぐ。

 十香に抱えられ、爆撃が絨毯のように地面を覆い尽くしていく様を見つめる。

 その発射元である、空を飛ぶ巨躯から同時に放たれるのは、怨嗟に満ちた声だった。

 

「許さない……五年前、そして今……私から、二度も奪った……〈イフリート〉ぉぉぉぉおおおおおおッ!!」

 

 その少女にも見覚えがある。

 鳶一折紙……士道の生徒にしてASTの魔術師。

 普段の人形のような無表情は怒りと憎しみに歪み、顔中の穴から血を流す様は、鬼気迫るという言葉を忠実に体現していた。

 その眼光が自分に向けられていることを悟り、ドクンと心臓が跳ね上がる。

 琴里には潜在的に抱える絶望があった。

 それは、かつての大火災で誰かの命を奪ってしまったかもしれない、という恐れだ。

 五年前の復讐者である折紙は、何よりも強くその罪を突きつける。

 

「ああ、あああ、あ――――」

「琴里、しっかりするのだ!」

 

 視界に再び暗幕がかかっていくような感覚。

 声は届かず、噴出した霊力に十香は吹き飛ばされていった。

 

 

 

 

 

「――っ、これはまさか……!?」

 

 十香と対峙した際に、そして何よりあの白い精霊に覚えた異質な霊力。

 それらの経験と、修羅場をくぐり抜けて霊力を知覚できるようになった士道は、その予兆を確かに感じ取っていた。

 

「令音さん!」

『……最悪の状況だ。琴里が反転しかかっている』

 

 反転……その言葉の詳細は未だわからないが、確実に良くないことであるのは確かだ。

 琴里がいる位置に高く、天を突くように炎が燃え上がる。

 同時に熱波が広がり、地表を炙っていく。

 吹き飛ばされてきた十香が、士道の横に片膝を付きながら着地した。

 

「くっ……すまぬ、シドー。琴里が……」

「いや、十香が無事でよかったよ」

 

 顔に汗を浮かべながら、空を見上げる。

 十香にはああ答えたものの、こちらの状態も、そしてこの状況にもいよいよ余裕がない。

 

(どうする……どうしたらいい!?)

 

 焦りがジワジワと心を侵食していく。

 今の士道は自由に動くことができない。

 琴里の元に駆けつけて抱きしめてやることもできない。

 状況が更に悪い方へ傾くように、変化が訪れる。

 それは周囲の気温が急激に下がるという形で現れた。

 今までの熱気が嘘だったかのように、吐く息が白くなる。

 吸熱反応……これは灼熱の砲撃の予備動作に他ならない。

 そして、見上げた空には太陽の如き炎の塊。

 炎の精霊の超抜の一撃、それがかつてない規模で展開されようとしていた。

 昏く澱んだ、冷たい声が響く。

 

『〈灼爛殲鬼(カマエル)〉――――【砲・散(メギド・ゲシェム)】』

 

 灼熱の砲撃が、空に出現した太陽を撃ち抜いた。

 撃ち抜かれた太陽は爆散し、巨大な炎の雨となって降り注ぐ。

 あれはダメだと、直感的に悟る。

 その一つ一つが街を灼き尽くし、地下のシェルターごと壊滅させてしまうだろう。

 無論、この場に留まっていては士道たちも無事では済まない。

 

『……一度退避するべきだ。我々ではあれを防ぐことはできない』

 

 正論だ。

 確かにどうにもできない以上、逃げるしか選択肢はない。

 だがこのまま何もしなければ、避難した人々に被害が及ぶ。

 こちらが呼びかけたとして、ASTはともかく折紙は退避しないだろう。

 今の彼女には、両親の仇である炎の精霊しか見えていない。

 そして何より、このままでは琴里自身が無事では済まない。

 たとえその身に傷がなかったとしても、自分のしたことを知れば、きっと立ち直れないほどの絶望に落ちてしまう。

 それでは何も意味がないのだ。

 

「――俺が何とかします」

『……君の随意領域では、あれを防ぎきるのは不可能だ。ましてや活動限界も近い。無謀と言わざるを得ないね』

「それでも、俺がやるしかないんです」

 

 令音の言うとおり、巨大な随意領域内で無差別に攻撃を防いでいた士道の脳には、限界が迫りつつあった。

 七罪は力を使い果たして戦線を離脱し、今この身に脳の損傷を癒す炎の精霊の力はない。

 それでも、自分がやらねばならないのだ。

 この状況で、一体他の誰が琴里に手を差し伸べてやれるというのか。

 士道は今も、あの日自分の小指を握った小さく暖かい手の感触を覚えている。

 守るべきものに、背を向けるわけにはいかないのだ。

 その覚悟に対して、インカム越しに嘆息が返される。

 呆れるような諦めるような、しかしそこにはどこか安堵の色があった。

 

『……これは賭けになるが、十香の力を借りるのはどうだろうか』

「ぬ、私か?」

 

 話を差し向けられた十香が、顔に疑問符を浮かべた。

 十香同様に、士道もこの場を彼女の力を借りてどう切り抜けるのか、見通しが立っていない。

 確かに〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の力は強大だが、こうも拡散した目標に対して有効な手立てがあるとは思えない。

 仮に超抜の一撃である【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】ならば、あの太陽のような炎の塊を吹き飛ばすこともできただろうが、今となっては遅きに失している。

 一体この状況下で、十香の力がどのように光明をもたらすというのか。

 

『……うむ、そうだね……とりあえず、キスをしたまえ』

「れ、令音! こんな時に何を言っている――――んむっ」

 

 一切の迷いも逡巡もなく、士道は十香の唇を塞いだ。

 申し訳ないとは思うが、今は許可を得る時間が惜しかった。

 一度だけビクッと体を震わせたものの、抵抗はない。

 間近に迫った紫水晶の瞳は大きく見開かれ、次第に緩み蕩けていった。

 昼前に間食でもしていたのか、きなこの味がする……またきなこパンだろうか。

 初めてのデートの時からすっかり好物になってしまったようで、士道や他のクルーが買いに走ることも珍しくはないのだ。

 現状からは乖離した日常に思いを馳せつつ……いや、そうでもしないと正気を保てそうにない。

 それ程までにこの状況は極限で、十香は暴力的なまでに美しかった。

 

『……先程七罪は君に自分の霊力を付加したが、実際に観測された霊力値を考えると、あれは君の中にある自分の霊力の使用許可を与えたと表現する方が正確だろう。……ああもあっさりやってのけたのは、他者を変化させる天使を振るう彼女ならではと見るべきかな』

 

 インカム越しの言葉に、今一つ理解が及ばない。

 だが唯一つ、霊力という言葉に、十香の力を借りるというのが如何なる意味なのかを理解する。

 魔力の他に霊力を併用することで、士道は身の丈以上の力を発揮することができる。

 その力ならば降り注ぐ炎の雨を防ぐことが出来るかもしれない。

 十香の霊力がそのために必要なのだ。

 そして、一体どうすれば霊力を()()()()()ことが出来るのか。

 考えるより先に、まるでするべきことを知っているかのように、士道の体は動き出していた。

 

「――――!?」

 

 未知の刺激に、十香の体が跳ね上がる。

 それを強引に押さえつけて、貪るように彼女の口内を蹂躙する。

 触れるだけのキスは、より深さを求めて舌の絡み合いへと発展していた。

 奇しくも、日中の見舞いの経験が活きた形となる。

 その際の背徳感を追い風に、さらに深く、行為にのめりこむ。

 

『……天使の性質の差から、十香では同じことをするのは困難だろう。ならば、別の方法で君たちの間の経路(パス)に変化を加えてやるしかない。キスによって繋いだものなら、その変化もまたキスによって生じる……という仮説なのだが、説明は不要だったかな?』

 

 これは十香に霊力を()()()()()、まるで物の様に扱う行いだ。

 罪悪感と自己嫌悪がさざめく中、腕の中で十香が頬を染めながら羞恥に身を震わせつつも瞳を蕩けさせる様に、どうしようもない高揚と興奮が体を満たす。

 行為に待ったをかける理性の働きは、この衝動に比べたら些細にすぎる。

 時間を置けばやがて後悔が追いついてくるだろう。

 精霊とはいえ生徒相手に、しかも自発的にこんなことをしているとなれば、いよいよ淫行教師の蔑称は免れない。

 それでも、()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 真意と言い訳をない交ぜにして、士道は思うさま十香から霊力を略奪した(かりうけた)

 

「ぅあ……し、どぉ…………」

 

 唇が離れても昂ぶりは途切れない。

 それどころか、虚ろな目の端に涙を浮かべ息も絶え絶えに、口の周りを涎でベトベトにした姿に更なる興奮が掻き立てられる。

 ともすれば本来の目的すら忘れて没頭しそうになるところを、どうにか踏みとどまる。

 

「……悪い、十香。お前の霊力、使わせてもらう」

 

 霊力を失ったことにより、限定霊装から光が解け、元の衣服の形を取り戻す。

 士道の蛮行によって戦う力を奪われた十香は、その場にぐったりと倒れて動かない。

 そんな状態だというのに、微かな笑みを浮かべて……

 

「――――琴里が、戻ってきたら……また一緒に、ハンバァグを、食べるのだ…………」

「ああ、絶対にそうしよう」

 

 こんな時に出てくるのが食べ物の話題なのは、十香らしいというべきか。

 何よりも、琴里の帰還を望んでくれていることに、背中を押され立ち上がる。

 

『……あくまで仮説にすぎなかったのだが、上手くいったようだね。引き続き、演算のサポートはこちらで請け負おう』

「お願いします」

 

 士道の体から漏れ出た夜色の光が、空気に溶け込むように拡散していく。

 複数基の顕現装置から成る広大な随意領域に、霊力が満ちる。

 着弾地点だけをピンポイントで、だなんてケチくさい真似はしない。

 魔力も霊力も出し惜しみのない全力で、己の意のままになる空間をさらに押し広げて、降り注ぐ炎の雨を受け止める。

 そんなことをしたら強度が落ちるのが道理だが、一つでも受け止め損じるわけには行かない。

 炎の雨と表現したが、その一つ一つが雨粒と呼ぶには大きく、苛烈にすぎる。

 受け止めるたび、決して軽くはない痛みが士道の脳を苛む。

 たとえ十香の霊力を使っているとはいえ、現代の魔術師としてのフォーマットに従う以上、頭脳への負担は避けられない。

 精霊の本気の一撃を受け止めるなどと、要求する水準が桁外れに高いのもあるだろう。

 しかし、こうして霊力を利用していると、今やっていることが()()()()()()()()()()()()()()

 こうする以外の術など知らないはずなのに、一体何故そのように感じてしまうのか。

 答えは見つからず、早々に考えを打ち切る。

 この場において、それはどうでもいいことだ。

 今はただ、炎の雨を防ぐことだけに集中する。

 

(残り七、六、五、四、三、二――――)

 

 分散した炎が見えない壁にぶつかり、凄まじい爆炎を上げて空を彩っていく。

 赤くスパークする視界に目を細めて堪え、せり上がる血の味を飲み下す。

 そうして天宮市に降り注ぐ炎の雨に、終わりが見えた時だった。

 

「――っ、随意領域が維持できない……!?」

 

 士道が限界を迎える前に、全てを防ぎきるより先に、機械の限界が訪れた。

 遠隔機動のためのラインが数本断線し、離れたビルの上で小さな爆発音が上がる。

 稼動限界を迎えた顕現装置が破損したのだ。

 元々使用方法も想定外のものだった上に、要求する出力が大きくなりすぎていた。

 むしろこの瞬間まで保ったことこそが、幸運だったと言うべきか。

 しかし、それでも後一歩足りない。

 何も阻むものはなく、最後の()()が落ちていく。

 その一粒でさえ、地上に落ちてしまえば甚大な被害をもたらすだろう。

 士道単独の随意領域では、あそこまで届かせることはできない。

 仮に届いたとしても、防ぎ切るには強度が足りない。

 ならば自ら駆けつけて防ぐか……それでは、無防備な十香をこの場に残していくことになる。

 そもそも、間に合うという保証もない。

 

(くそっ……考えてる場合じゃないだろうがっ)

 

 思考速度において、悪い意味で大人になってしまったと実感する。

 高校生の時の自分だったら、ゴチャゴチャ考える前に足を動かしていただろう。

 遅ればせながら十香を担いで駆け出そうとして、インカムからストップがかかる。

 

『……待ちたまえ。既に彼女たちが迎撃している』

 

 落ち行く炎の直下に、中隊規模の集団が展開している。

 その集団――ASTは一斉に銃口を直上に差し向け、火力を解き放った。

 中心で声を張り上げるのは、何とも頼もしくなった年上の後輩だ。

 

「総員、ありったけをぶっ放しなさい! 何としても防ぐわよ!」

 

 展開した部隊の下には、未だ戦意を滾らせる異形の巨体。

 自分の身を惜しまない今の折紙は、あの炎が迫っても避けようとすらしない。

 守るために戦っているのは、士道一人ではないのだ。

 迎撃を受けた炎の塊は果たして、地上に届く前に爆散した。

 その爆風に部隊全体が巻き込まれるが、随意領域を構成する魔力光は途切れない。

 どうやら一塊になることで、その強度を増したようだ。

 間髪入れず、体のあちこちを黒く焦げさせた燎子が声を張り上げる。

 

「余力がない者は後退、少し焦げている程度なら引き続きあの馬鹿の相手をしなさい!」

 

 炎の雨はどうにかなったが、設置した顕現装置が使い物にならなくなった今、これまでと同じように琴里の精神に訴えかけることはできない。

 それこそ、今度こそ自分が真正面に立って呼びかけるぐらいしか思いつかない。

 しかし琴里の状態はさらに悪化しているように思える。

 果たして、自分の声が届くのだろうか。

 

『そんな君の不安を、この私が解決してみせましょう!』

「…………チェンジで」

 

 インカムから届くのは、思わず頭を抱えたくなるような変態の声だった。

 墜落した〈フラクシナス〉の隠蔽作戦に着手しているはずの副司令・神無月恭平である。

 明らかに声のトーンが下がっている士道の態度をものともせず、神無月は朗々と声を響かせる。

 そうするにつれて、聞いている側の眉間の皺も深くなっていくのだが、インカム越しでは伝わるものではない。

 

『破損した顕現装置の穴埋めとして〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉を代用しましょう』

「……それはこっちで動かせるものなんですかね」

『心配はご無用! 制御はこちらで担います。ふふふ……久しぶりの共同作業というわけですね』

「…………頼むから死んでくれ」

 

 あまりの気持ち悪さに、うっかり本音が漏れてしまう。

 ド直球の暴言だが、そんなことでメゲるような男だったなら、士道の忘れたい思い出ももう少し減っていただろう。

 しかし、こんな変態でも琴里のために動いているのは士道と変わらない。

 こちらの作戦に手を貸すということは、むこうの作戦に余裕があるのだろう。

 個人的な感情はともかく、この変態じみた天才の手を借りられるなら、十二分に頼もしい。

 大人の対応でグッと本音を抑えておく。

 

「わかった。協力感謝するよ、副司令」

『それでは早速――――』

 

 破損した顕現装置が設置された位置に、葉のような形状のユニットが飛来する。

 汎用独立ユニット〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉。

 まるで見計らっていたかのようなタイミングだが、この男ならそんな手回しも不思議ではない。

 飛来した〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉が一度鳴動すると、再び巨大な随意領域が構成されていく。

 事も無げにやってのけるが、実際はそんなに簡単な行為ではない。

 他の顕現装置と出力を合わせなければならないし、そもそも他人の随意領域と自分の随意領域を合わせるなど、この男でなければまず不可能だろう。

 自分の意のままになる空間に二つの意識が介在していれば、混線するのが必定なのだ。

 相変わらずの変態じみた腕前に、冷や汗すら流れてくる。

 しかし、琴里の状態はより悪化している。

 先程までと同じような映像を流したとして、果たして効果があるのか。

 そんな士道の不安を察したかのように、神無月が声を張り上げる。

 

『こうなればこの神無月恭平、出し惜しみなしで全てを曝け出しましょう!』

 

 勘弁してくれと頭を抱えながら、士道は口を出すのを必死に堪えた。

 何故この変態が姪っ子の恥部を握っているのかはともかく、先程は確かに有効だった。

 今回も信じてみるべきだろうか。

 しかし、事態は士道が考えているよりも深刻だった。

 

『それではこの川越、司令が寝言で漏らした「理想の結婚相手」についての音声データを提出しましょう! これによれば、司令は教職に就いた家庭的で優しい男性が好みのようですな!』

『ではこの幹本は、司令のご学友を買収して得た極秘データを! 司令が小学校の時分に発表した将来の夢によると、年の離れた男性のお嫁さんになりたいのだとか!』

『ふふふ、まさか僕の自作した司令の1/7スケールのフィギュアが、日の目を見る機会が来ようとは……勿論、スカートの中身も誠心誠意製作しておりますぞ!』

『ガールズトークなら任せて! 私とヒナちゃんが聞き出したあれやこれやが火を噴くわ!』

『私の呪術と箕輪さんの盗聴で裏付けは取れてます!』

 

 ……なんというか、まぁ、弾には事欠かないようだ。

 今までは神無月だけを警戒していたが、実はあの艦橋に詰めるクルーは、揃いも揃ってストーカー予備軍なのかもしれない。

 令音だけは例外だろうが、そうなるといよいよ保護者としてあの環境に置いておくのが心配になってくる。

 ともあれ琴里が慕われているのは確かだし、今はあの連中の持ち寄ったものを信じるしかない。

 物申したいところを必死に堪えて、その特ダネが炸裂する様からは目を逸らしておく。

 可愛い姪っ子に関してのことならば、知っておきたいという気持ちはあるが、士道にも情けというものがある。

 今はただ、この領域内の全ての者が傷つかないよう注力する。

 その末に――――

 

「――――いやぁぁぁぁああああああああっ!!」

 

 琴里の悲鳴じみた絶叫が響き渡る。

 余程恥ずかしかったのであろうことは、その音量の大きさから窺い知れる。

 顔を真っ赤にする様は、自我を精霊の力に侵された状態ではありえない。

 

『……士道!』

 

 インカムに声が届くのに先んじて士道は駆け出した。

 身の丈を越える戦斧を杖によろける姪っ子の元へ、一直線に。

 そしてその身から放たれる熱気など物ともせず、小さな体を抱きしめる。

 

「し、しーくん? あ、あの理想の結婚相手っていうのはたとえばの話で、実際の相手とはそれ程関係がないっていうか、将来の夢も大分昔のあれだし――――」

 

 ここに至って躊躇している時間はない。

 あたふたと言葉を重ねる姪っ子の唇を、すぐさま塞ぐ。

 ドングリのようにくりくりっとした目は大きく見開かれ、炎の精霊の力が流れ込んでくる。

 封印の成功を裏付けるように、負っていた傷が炎と共に消えていき、周囲に蟠った熱が薄れていく。

 しかし同時に流れ込んでくる『記憶』に、士道は頭を手で押さえて呻いた。

 

「うっ……これは――――」

 

 ずしゃり、と重い音が近づく。

 半壊したCR‐ユニットを纏った折紙は、行動不能の寸前な有様を晒しながらも、なおもその目に憎悪を滾らせる。

 

「〈イフリート〉…………許さない…………絶対に…………」

「折紙……もういいでしょ! いい加減止まりなさい!」

 

 部下に取り付いて止めようとする隊長の声は、悲痛で聞くに堪えない。

 執念に衝き動かされる折紙は、なおも止まらず大型レイザーブレイドを振りかざす。

 その先に立つ士道の姿は、恐らく目に映っていない。

 割って入ろうとする燎子を目で制して、士道はその刃を防がずそのまま受け止めた。

 

「――先輩っ、どうして!?」

「いいから、俺に、任せてくれ」

 

 肩口から、胴体の半ばまで刃が食い込む。

 そのまま両断されなかったのは、折紙自身の力がほとんど残っていないせいだろう。

 そんな状態でも光の刃の形を保ち続けているのは、まさに執念の成せる所業か。

 当然、痛みはある。

 血は止めどなく流れているし、肺を傷つけられたせいか血が気管を逆流して口の中が鉄臭い。

 それに加えて呼吸にも支障が出て、意識が揺らぎつつある。

 ただ、何よりも折紙の姿が痛ましい。

 刃を押しのけると、傷口に沿って炎が走り、跡形もなく癒していく。

 息を飲む声は、燎子のものだろう。

 こんな光景を見せれば当然だ。

 しかしこれからしようとしていることを考えれば、序の口と言わざるを得ない。

 そして士道はゆっくりと折紙に歩み寄ると、その両頬に手を添えて頭突きをかました。

 

「――――ぁ……先、生…………?」

「遅くなって悪かったな」

「良かった…………でも、どいていて……私は、〈イフリート〉を――――」

「なら、俺を討て」

 

 そう告げてから、大型レイザーブレイドの刃で手首の動脈を切断する。

 血が流れ出すが、次の瞬間には炎が舐めて癒していく。

 その光景を目の当たりにした折紙は、先程の燎子と同じように息を飲んで目を見開いた。

 

「今は俺が〈イフリート〉だ」

 

 

 




続きは今週中にでも。
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