士道くんが淫行教師と謗られながら精霊をデレさせる話 作:kish
ぐーすか寝てたのでこんな時間になってしまいました。
「どうしてこうなった…………」
途方に暮れた士道の口から、そんな呟きが漏れた。
場所は天宮駅前のツインビルB館四階のとある店舗である。
主に女性用の衣服を取り扱っているその店は、非常に居心地の悪い空間だった。
今日は平日だが、夕方という時間帯もあってか人の数はそれなりに多い。
そしてシーズン中ということもあり、士道がいる水着売り場は女性客で賑わっている。
これがカップルならばまだ目立たないのだが、男性一人ならばどう足掻いても目立ってしまう。
そんな士道に向けられる目は、控えめに見ても好意的とは言い難かった。
しかしこの程度ならばどうということもな……くはないが、それなりに耐性が付いている。
水着のような格好は見慣れているというのもあるし、何より以前に女子高生を伴って下着を買いに行ったという経験が、しっかりと活きているのだ。
高校教師がそんなことをしていれば問題の気配しかしないが、士道には秘密組織のエージェントという肩書きもある。
あれはその作戦行動だったので問題はないはずだ……きっと多分
それに、相手もまた普通という言葉からかけ離れた手合いなので大丈夫だろう……きっと多分。
当時は大いに動揺したものだが、今となってはたかが布切れ一枚に顔を赤くすることもないだろう……きっと多分。
項垂れていた士道は、多分な推量を自分にたっぷり言い聞かせると顔を上げた。
しかし、と耳元に手を当てる。
高校教師の他に秘密組織のエージェントという胡乱な肩書きを持つ士道は、作戦行動や訓練の際には大抵インカムを使用している。
そうして指示やアドバイスやお叱りを受けることで、降りかかる困難や司令官様の無茶ぶりを乗り切ってきたのだ。
この場でこうして居心地悪そうにしているのも訓練の一環なのだが、今回はインカムの使用を禁止されている。
これは大きな不安材料である。
はたしてこの状態で、女子の水着選びに評価を下すという難局を無事に乗り切ることが出来るのだろうか。
自分のセンスという今一つ頼りない武器しか持ち合わせてない士道は、ここに至るまでの経緯を回顧した。
「水着を買いに行くわよ」
「えっ」
「げっ」
「む?」
それは楽しいお出かけだったはずなのだ。
自分と可愛い姪っ子である琴里、それに少なからぬ交流で仲を深めた精霊の少女、十香と七罪。
以上の四人で目的の買い物を済ませて、久しぶりに外食でもしようかと思っていた矢先の提案である。
それを口にした琴里は黒いリボンで髪を括っていた。
つまりは司令官モード……どことなく高圧的な態度と口調は、彼女が強い自分であろうとする表れなのだとか。
ともかくその提案を受けた反応は、三者三様だった。
士道は意外そうに目を丸くし、七罪はあからさまに顔を顰めて、十香は顔に疑問符を浮かべた。
「あー、そういうことなら俺は待ってるよ。荷物は持ってるから楽しんでこいよ」
「何言ってるのよ。士道がいないと話が始まらないじゃない」
「はぁ?」
女子のショッピングというのは往々にして手間暇がかかるものだ。
それが衣類を選ぶとなれば尚更だろう。
なのですかさず見送る姿勢を取った士道だが、即座に却下されてしまった。
思わず間抜けな声が漏れてしまう。
「察しが悪いわね、このあんぽんたん」
それに琴里が舌打ちして罵倒してくるものだから、士道はちょっぴり泣きたくなった。
しかし武士は食わねど高楊枝。
姪っ子の反抗期的な態度にもめげないのが、叔父としての意地である。
心に負ったダメージは、隣の七罪を可愛がることで回復することにした。
「~~っ」
頭を撫でまわされて非常に落ち浮かない様子を見せる七罪だが、抵抗はない。
それをいいことに、士道は癒し成分であるナツミニウムをたっぷりと摂取した。
そんな叔父を見る姪っ子の目が、不機嫌そうに細められているのには気づかない。
明らかに非難がましい視線だが、この場にはより直接的に物申す者がいた。
「んっ」
自分の事も撫でろと言わんばかりに頭を突き出してくるのは、十香だ。
そのそわそわとした様子に士道は、ご褒美を期待する犬が尻尾を振る姿を重ねてしまった。
苦笑して頭を撫でてやると、十香の表情は非常に満足気に綻ぶのだった。
「い、いきなりとか心臓に悪すぎるわね…………」
「へぇ、いきなりじゃなかったらウェルカムだったってことかしら」
「ひぇっ」
ようやく解放された七罪は、咥えたチュッパチャプスを笑顔で噛み砕く琴里に小さく悲鳴を漏らした。
少し赤みが差していた顔が一瞬にして青ざめる。
秘密組織の司令官ということもあり、普段は冷静な態度を崩さない琴里だが、士道の事となるとやや私情が先走る。
それも普段は表に出さない程度のものだが、自分と見た目の年齢が同程度の女子が大好きな叔父に可愛がられている様を見せられては、冷静でいることが難しいのだ。
要するに紛れもない嫉妬である。
「ぎゃーーーー! こ、琴里に殺されるーーーー!」
「あっ、こら! 人聞き悪い事叫ぶのはやめなさいっ!」
それをつぶさに感じ取った七罪は、涙目で叫びながら走り出した。
炎の精霊として正気を失っていた状態の琴里に、これでもかというぐらい嫉妬の感情(物理)をぶつけられていたことを思い出したのだ。
七罪の恐慌っぷりに冷静さを取り戻して保護者っぽい口調になる琴里だが、続く言葉は炎を再燃させるのに十分すぎた。
「あ、謝るからっ! この前チュッパチャプスにイタズラして変な味にしたのは悪いと思ってるから! あと時々琴里が羨ましそうに見てるのに、わざと士道にくっついたりしちゃったことも謝るからっ……!」
「――っ、それを言ったら戦争でしょうが……!」
かくして追いかけっこが始まるのだった。
士道から見ると微笑ましいものだが、こうも騒いでは周囲の注目を集めてしまう。
また誰かにぶつかると危ないので、士道は走り回る二人を捕まえて抱えると、十香と共にその場から離れた。
それもまた十分に人目を引く光景だったので、移動した先でも注目されたのは言うまでもない。
「それで水着を買うのはいいけど、俺が一緒に行ってもしょうがなくないか? ……その、正直気まずいというか」
「だからこそよ。これも訓練の一環と考えなさい。修学旅行先では海に入る機会もあるみたいだし、他の女に目移りしないようにここで慣れておく必要があるのよ」
「マジかー」
「あと各々の水着に対する感想も忘れずにね」
「……マジかー」
先程より幾分か落ち着いた琴里の言葉に、士道は肩を落とした。
言っている理屈は分かる。
修学旅行先では当然、普段とは違う環境に身を置くことになるので、十香の精神状態への配慮は欠かせないものになる。
だというのに他の女性の水着姿にうつつを抜かしていては、不機嫌待ったなしというもの。
士道の予想としては、引率やら監督やらでそんな余裕があるかどうかは怪しいといったところだし、下着ならともかく今更女性の水着姿でそこまでの動揺があるとも思えない。
前の職場は女所帯で、水着のような格好で闊歩するのも珍しくはなかったのだ。
しかし訓練という言葉を聞くと、どうしても精神に重圧がかかる。
過去の過酷な訓練によって、士道が酷い目にあった回数は一度や二度では収まらない。
その事を思い出すと目頭が熱くなるので、心の汗がこぼれないよう上を向いて天井の照明に目を向ける。
「ところでシドーに琴里よ。先程から言っている水着とは一体何なのだ?」
ベンチに座ったまま疑問を発したのは、修学旅行先でのストレスが懸念されている十香だ。
その膝の上には七罪がぐったりと頭を預けている。
琴里との追いかけっこで体力を消耗したらしい。
来禅高校における水泳の授業は今年はまだ始まっていないので、十香が水着の存在を知らないのも不思議ではない。
ふと、学校指定の水着の存在が思い浮かぶが、せっかく買い物に来たというのにここで口に出すのは無粋だろう。
「あー、そのなんだ? 水の中でも動きやすいよう、濡れてもいいように配慮した服、というか」
「おお、では水着とは水中用の戦闘服なのだな」
競技用という視点から考えると十香の解釈もあながち間違いではないのだが、今日見繕うのは遊泳用のものである。
遊泳用の水着はデザインも様々で、中には過激なものもあるだろう。
しかし十香は世間の常識に疎い所があるが、羞恥心の類はちゃんとある。
なので自分で選ぶにしても無難なところに落ち着くという見立てだが、色々と過激なことを吹き込む輩がいるのも事実。
勿論琴里も口を出すだろうが、あまりにアレなものだったら軌道修正してやる必要があるだろう。
自分の訓練云々はともかくとして、士道は保護者としての役目に立ち返った。
水着姿への耐性をつけるという目的は理解できるが、何よりも大切なのは十香が修学旅行を楽しめるかどうかだ。
訓練のペナルティも、毅然とした態度で臨めば回避できるはず。
特に、先月に時崎狂三が転入してきてからは少々翻弄され気味なので、その印象もここで拭っておくべきだろう。
もっとも、最悪の精霊と呼ばれる彼女も結構隙があるので士道もそれなりに反撃、というよりも相手が勝手に自爆していたりもするのだが。
それよりも厄介なのは、普段はにこにことして牙を隠しているもう一人の方かもしれない。
黒と白の二人の精霊を思い浮かべながら、士道は頬に汗を滲ませ、手すりにもたれかかった。
その二人も修学旅行に参加するのかと考えると、どうしても緊張感が出てきてしまう。
果たして無事に帰ってこられるのだろうか。
少し離れた場所で遠い目をしている叔父を一瞥して、琴里は静かに拳を握り締める。
(見てなさいよ。いつまでも子供だって油断してるなら、度肝を抜いてやるんだから……!)
以上、今回の訓練の裏の理由である。
勿論表向きの理由も嘘ではないのだが、それはそれとしてきっちり私情もあるのだ。
普段黒いリボンを身に着けている時は、司令官という立場もあり冷静であることを心掛けている琴里だが、やはり士道の事となるとその限りではない。
静かに燃え上がる琴里を十香の膝の上に頭を乗せたまま見上げる七罪は、げんなりした様子で呟いた。
「私、パスしてもいい? こんな貧相な体を見せつける水着選びとか、一体何の拷問なのよ……」
「別に無理にとは言わないけれど、そうねぇ……これでもし士道に一番ドキドキしてもらえたら、一日デート権がもらえちゃったり?」
「む、それは本当か、琴里」
「ま、まあ……その可能性も無きにしも非ずというか」
「いや、それ思いつきでしょ。ちょっと苦しすぎない?」
「うっ……」
一日デート権という言葉に目を輝かせる十香とは対照的に、七罪の目は怪訝なものだった。
普段はたしなめたりツッコミ役に回ることが多い琴里が、こうしてツッコミを受ける側になるというのは、それだけ冷静さを欠いている証だろう。
言葉を詰まらせる様が、それを示している。
そもそも士道との一日デート権にしても、自分の願望がついこぼれてしまった側面が大きい。
とはいえ発した言葉は容易に取り消すことはできない。
琴里の発言を真に受けた十香は、ベンチから立ち上がると士道の元へ駆け寄っていった。
「シドー、シドー! 本当の本当に一日デェトしてくれるのだな!?」
「え、まあ……休みの日とかなら大丈夫だとは思うけど、一体何の話――――」
士道が疑問を返す前に、十香は再びベンチへと戻っていってしまった。
何のことかと首を傾げるが、ガールズサイドではすっかり話が決まってしまっていた。
「琴里に七罪よ、悪いがシドーの一番は私が貰い受けるぞ」
「そうね、お互い頑張りましょ。しーくんの一番は譲らないけど」
「し、士道がそう言うなら……ちょっとだけ頑張ってみても、いいかも」
他の二人はともかく、乗り気ではなかったはずの七罪までいつの間にやらやる気になっていた。
今さっき十香が持ち帰っていった話に興味を惹かれたのだろうか。
何にしても確かなのは、三人とも士道が関わると程度の差はあれど、冷静さを失うということだ。
かくしてスイムウェア・バトルの開幕である。
事情がいまいち呑み込めない士道は再び首を傾げるが、三人が楽しそうならと納得するのだった。
そうして士道は、女性用の水着に取り囲まれて途方に暮れることになったのである。
店に着いてから今回の勝負の概要について知らされた時にはもう遅い。
すっかり乗り気の三人に押し切られて、ジャッジに就任することになったのだ。
事情は呑み込めないが、ああもやる気になられては水を差すのも気が引ける。
特に、こういった場で抵抗を示しそうな七罪がその気になっているのが大きい。
恐らくは琴里の仕込みだろうが、一体どうやって説得したのだろうか。
何とも難しい顔で水着を選んでいる様子に、士道は心の中で声援を送った。
この現代社会で生きてきた姪っ子は手馴れたもので、候補を次々と手に取っている。
一方、一番苦戦しているのは十香だ。
この店に入って初めて水着がどのようなものかを知り、下着とさして変わらない布面積に大いに動揺していたので、まだそこから抜け出せていないようだ。
最近買い与えられた携帯電話で誰かに連絡を取っているので、恐らくは相談しているのだろう。
ああやって相談できる相手がいるのは良い傾向だが、その相談相手に一抹の不安はある。
思い浮かぶのは〈フラクシナス〉の女性クルーや、二年四組の三人娘だ。
しかしまぁ、流石に放送コードに引っかかりそうなものを勧めてくることはないはずだ。
彼女たちが色々と吹き込んでいるのは確かだが、基本的には十香を思ってのものなのだ。
果たして三人は既に各々水着を選び、試着室の中へと消えていった。
一体どんな格好で出てくることやら。
衣擦れの音は、見事に精神が落ち着きを取り戻すのを阻害してくれる。
せめて余計な事を考えないように、士道は心の中でうろ覚えの般若心経を唱えるのだった。
「し、シドー……」
そうしてどれだけ時間が経ったか、消え入りそうな声で呼び止められる。
見ると、十香が試着室のカーテンから顔だけ覗かせていた。
困ったように眉根を寄せたその表情は、羞恥の色に染まっている。
何か問題でもあったのだろうか。
「十香、どうかしたのか?」
「うむ……水着とやらを身に着けてみたのだが……」
ちょいちょいと手招きされて近づくと、十香は少しだけカーテンの中を覗かせた。
健康的なプロポーションに、暗色の布地が映える。
十香が身に着けているのは、セクシーという形容がぴったりなビキニだった。
見た目だけでそれはもう極上なのだが、桜色に色づいた肌や、恥じらいを隠しきれない端々の所作がそれをさらに引き上げる。
普段が天真爛漫なだけに、なおのことそのギャップは格別だった。
下着ならばともかく水着程度で、とタカをくくっていた士道も、これには己の思い上がりを痛感せざるを得ない。
言葉もなく顔を赤くした士道に対して、十香はもじもじと膝をすり合わせながら落ち着きなく視線を揺らし、やがて意を決するとその胸に飛び込んだ。
「と、十香!?」
「――! 私にドキドキしてくれたのだな……!」
どうやらこうして直接確かめるのがドキドキの判定方法らしい。
しかしこんなことをされてはそうなるのは当然というもの。
心を大いに乱した士道は周囲の視線を感じつつ、たしなめるように十香の背中を軽く叩く。
「じゅ、十分わかったからもう離れようか!」
「む? しかし琴里は士道に感想を聞けと――――」
「すっごい可愛くて似合ってる!」
「そうか! これは少し、いやかなり過激かと思ったのだが、勇気を出した甲斐があったな!」
少々語彙に欠けた感想だったが、十香はそれで満足したのか嬉しそうに笑った。
そうしてやっと体を離してくれたのだが、周囲の視線が気になったらしく、羞恥心を思い出して試着室へと引っ込んでしまった。
胸を撫で下ろす士道は、続く二の矢、三の矢へと意識を向ける。
この判定方法だと明らかに他の二人が不利だ。
魅力が十香に劣っているとかそういう話ではなく、これはその方向性と士道の認識の問題だ。
言うまでもなく琴里は姪っ子だし、七罪も見た目の年齢は琴里と近しい。
二人に対してはどうしても庇護欲が先行するため、十香の様にドキドキしてやれるかどうかは自信がないのだ。
かと言って代替案もないし、こちらから口を出していいものなのかという躊躇いもある。
こうして勝負に発展してしまったのはもうどうしようもないが、どうにか丸く収める方法はないだろうか。
「し、士道……」
うんうんと唸る士道に、再び消え入りそうな声がかかる。
今度は七罪が試着室のカーテンから顔だけ覗かせていた。
ちょいちょいと手招きをしているのも十香と同様で、何かあったのかと士道は駆け寄った。
大変緊張している様子で、しばらく躊躇うように口を開いては閉じるを繰り返し、何かを想像しているのか顔を赤くしたり青くしたりと忙しない。
少しでも落ち着けるように頭に手を置いてやる。
すると、七罪は数度深呼吸してから自分の頭に置かれた手を遠慮がちに握った。
「……や、がっかりさせたくないから、あんまり期待しないでほしいんだけどさ。冷静に考えたら、こんな勝負に乗っちゃったのもバカじゃないのって話だし、ホント調子に乗って何勘違いしてるんだって感じだし――――」
「でも俺は七罪の水着、見たいけどな」
「~~~~っ」
士道の言葉に七罪はあわあわと口元を揺らしたが、最終的には意を決して、他の誰にも見られたくないから、と握った手を引っ張って士道を試着室の中へと招き入れた。
果たしてカーテンで区切られた密室の中で、士道は水着姿の七罪と対面した。
十香と同じく上下に分かれた構成の水着だが、露出は控えめで印象は大きく異なる。
爽やかな緑の布地を基調に、ボトムスにはフリルスカート、トップスもフリルで装飾されている。
何よりも恥ずかしがりつつも精一杯頑張っている七罪の姿は何とも可愛らしく、思わず抱きしめたくなってしまう。
というか実行した。
「あーもう、可愛いなこいつめっ」
「えっ、ちょっ、なっ、なにこれぇ!?」
「お前が可愛すぎるのが悪い!」
「し、士道がバカになっちゃった!」
たっぷりとナツミニウムを補充して解放する頃には、七罪はすっかりなすがままになっていた。
口を開けたまま呆ける様は、まるで魂が抜けているようにも見える。
どうやら我を忘れて少々やりすぎてしまったようだ。
気まずい思いをしながら試着室を出た士道を迎えたのは、周囲の痛々しい視線である。
あれだけ騒がしくしていたのだから、当然の反応だろう。
幼い少女と成人男性が試着室の中で二人きりでいた理由を邪推されたら、むしろ通報されている可能性すらありうる。
しかし士道はちょっと、七罪の可愛さのあまり我を忘れていただけなのだ。
こう言うと問題しかないように思えるが、邪な意図がなかったことだけは主張しておきたい。
背中にダラダラと汗を流しながら、痛々しい視線を向けてくるギャラリーの中に見知った顔が混ざっていることに気が付く。
今回の勝負の発案者である姪っ子、琴里である。
憮然とした様子で目を細めて、つかつかと近づいてくる。
「何やってたのよ、このロリコン」
「おいやめろ。今それはシャレにならないから、マジで」
「まったく……この調子じゃ警察の厄介になるのも時間の問題ね。差し入れは何がいいかしら?」
「捕まる前提で話を進めるのはやめてくれないかなぁ!?」
士道が悲鳴じみた声を上げると、琴里は面白くなさそうにぷいっと顔を背けるのだった。
理由はわからないが、何やら不機嫌であることは確かなようだ。
見ると、着替えたようではあるが水着姿ではなかった。
ブカブカのTシャツだけを着ているように見えるその格好は、風呂上りなどに時折見るものだ。
家の中ならばともかく、出先では不適切と言わざるを得ない。
保護者として注意しようとした士道だが、琴里の変化が服装だけではないことに気がつく。
それは髪型だ。
普段はリボンで二つに括っている長い髪を、今は着替えの邪魔にならないようにだろう、アップにして纏めている。
その姿に既視感を覚えた士道は、琴里の横顔に重なる面影に、それが何であるかに気付く。
琴里の母である五河遥子は、血縁はないが士道の姉だ。
とはいっても物心つく頃には既に成人していたため、母親のような側面もあったかもしれない。
ともかく、小さな頃から自分の世話を焼き、時に振り回し、心に消えない爪痕を残した遥子は、忘れたくても忘れられない存在だった。
そのクソ姉貴が大昔に一緒に海に行ったときに、丁度今の琴里と同じような髪形にしていたことを思い出したのだ。
しばし言葉を失う。
見惚れていた、と言ってしまってもいいだろう。
いつもと違う叔父の態度に、琴里は怪訝に片眉を上げた。
「……しーくん?」
「…………」
「しーくんってば」
「ん……あ、ああ……どうかしたか?」
「それはこっちの台詞よ。そんなに呆けて、もうボケが始まったのかしら? これは今から施設の予約をしとかなきゃいけないわね」
「わ、悪い……ちょっと日頃の疲れが出たというか、そんな感じだ」
「私はいいけど、十香や七罪は心配させないこと。いいわね?」
「わかってる。気を付けるよ」
それっきり、琴里は背中を向けてしまった。
士道は自分の頬を張って気を取り直すと、周囲のギャラリーに頭を下げて騒がせてしまった事への謝罪を行うのだった。
(――――今のなに、今のなに!?)
士道に背を向けた琴里は、落ち着かない様子で自分の胸に手を当てた。
心臓はバクバクとうるさいし、顔には熱が蓄積してきっと赤くなっている。
きっと今は、とても見せられたものじゃない表情をしているだろう。
こうして背を向けたのは、それを見られないようにするためだ。
その原因は言わずもがな、先程の士道の反応である。
叔父と姪という関係もあり基本的に保護者目線で接してくるのだが、それとは明らかに違った。
あれはそう、琴里の年上の親友に対して向けているような反応だ。
彼女に対して士道が時折鼻の下を伸ばしているのを、琴里はしっかり把握していた。
(じゃあまさか、私に見惚れてたってこと……?)
そう認識した途端、体の奥から沸々と高揚感が湧き上がってくる。
それに身を任せて飛び上がりたい衝動に駆られるが、今の自分は〈ラタトスク〉の司令官だ。
白いリボンを身に着けている時ならともかく、この状態での軽挙妄動は控えるべきだろう。
今回の水着勝負自体がその類だと言われたら否定できない部分もあるのだが、そこにはきちんと訓練という表向きの理由を用意している。
とにかく今は喜ぶのを後回しにして、こうなった要因を早急に分析するべきだ。
琴里は取り出したチュッパチャプスを咥えた。
カバンはおろか、今身に着けているものにはポケットもないので、どこから取り出したのかは全くの謎である。
(今の私が普段と違うのは……この格好と髪型かしら?)
まず、琴里は自分の体を見下ろした。
悲しくも豊満とは言い難い胸部が真っ先に目に入るが、一四歳と言えばまだまだ成長期。
これから大きくなる可能性は十分にある……はず。
しかし色々と試してはいるものの、目に見えた効果が出ていないというのが現状だ。
寄せて上げてみるもほとんど谷間ができないという現実に、口がへの字に曲がる。
大体そもそも、胸が大きいからといって何のメリットがあると言うのか。
あんなのはただの脂肪の塊であり、むしろ蒸れたり運動の際に邪魔になるというデメリットすらあるのだ。
たまに七罪が大人姿で「ふぅ、肩が凝って辛いわぁ」などとほざいてる時は、ついもぎ取ってやりたい衝動に駆られるが、常日頃から冷静な琴里はそのような蛮行とは無縁である。
せいぜい元の姿に戻った時に着せ替え人形にしてやるぐらいだ。
……胸の話はともかく、琴里は自分の格好に着目した。
傍目から見たらぶかぶかのTシャツ一枚に見えるだろうが、実のところ下には水着を着用している。
ただ、少々過激すぎるものを身に着けているため、Tシャツで隠しているのだ。
形状自体はオーソドックスなビキニなのだが、布面積がちょっと……といった感じである。
士道の度肝を抜くことを意識しすぎた結果だが、これでは「はしたない」と叱られかねない。
他の水着に着替えようとしていたのだが、騒ぎを聞きつけて仕方なく出てきたという次第だ。
中の水着はともかくとして、Tシャツ一枚の格好は時折自宅でもしているため、今更士道の目を引くものではないだろう。
ならば、この髪型だろうか。
水着とセットでコーデを考えるに際して、邪魔にならないようとりあえず適当に纏めたものだが、たしかに普段と比べて大人っぽく見えないこともない。
これが士道の琴線に触れたというのなら……ごくりと唾を呑み込む。
どうにか冷静であろうと務めるが、心の逸りを抑えることができない。
なにせ何年も空振りを続けてようやくヒットが打てたのだ。
ここが攻め時と判断した琴里は、決然とした面持ちで顔を上げた。
「えーっと、琴里?」
「…………」
「琴里ー? 琴里さんやーい」
七罪の時と同様に試着室に連れ込まれた士道は、すっかり黙り込んでしまった姪っ子に呼びかける。
Tシャツの裾をギュッと握るさまは、何やら逡巡しているようにも見えた。
ここまで引っ張ってきた際の勢いはどこへやら、である。
おかげでこうして狭い中で対面している理由も不明なままだ。
まぁ、水着勝負という目的を考えたら大体の予測はつくが、琴里の水着姿を見るのは初めてというわけではない。
それがこうも躊躇しているということは、いつものような可愛らしいデザインの代物は期待しない方がいいかもしれない。
そもそもこの勝負を提案したのも琴里自身だ。
勝ちを狙ってくるとなれば、こちらの度肝を抜くような水着を用意している可能性がある。
それがあまりにも過激なものであれば、士道も保護者として注意しなければならない。
しかしながら、と俯いた琴里から目を逸らす。
昔から可愛がっている姪っ子だが、今は少々直視し難い理由があった。
あまり意識しないようにしているのだが、この状態で面と向かったら普段通りの対応を取れるかは少し自信がない。
それもこれもあのクソ姉貴のせいだ、と内心で毒づく。
もっとも、実際にそんな身勝手な苦情を申し立てたところで、一蹴されるだけだろう。
そしてきっと、いつもの調子で笑いながら「しーくん」と呼びかけてくるのだ。
「ねぇ、しーくん」
「――っ、ど、どうした?」
想像の中と重なる呼びかけに心臓を跳ねさせた士道は、せめて声を上擦らせないようにするだけで精一杯だった。
しかしようやく顔を上げた琴里の頬は真っ赤に染まっており、こちらの動揺に気づいた気配はない。
その様子に幾分か冷静さを取り戻すが、次の瞬間にはそんな僅かばかりの余裕も吹き飛んだ。
「み、見て……っ!」
ぺろんと捲られたTシャツの下から現れたのは、白い肌と赤い布地のコントラストだった。
十香の水着も中々攻めたデザインだったが、こちらは輪をかけて布地面積が少ない。
中学生の子供が身につけるには明らかに不適切なデザインだが、それがかえって妖しい魅力を醸し出していた。
そして恥ずかしながらも自ら見せつけているという状況が、余計に背徳感を掻き立てる。
いつもなら間髪入れずに注意するところだが、今はその余裕がない。
果たして士道は、子供だと思っていた姪っ子を前にものの見事にフリーズするのだった。
「ど、どう……? ドキドキ、した?」
「あ、いや――――うわっ」
後ずさった士道は、試着室と外の段差に足を取られて背中から倒れてしまった。
どうにか受身はとったが、こんな事をしていたらまた他の客の注目を集めてしまう。
今後の再発を防止するため、ここは店側にバリアフリー化を提案するべきか。
などと関係のないことを考えて気をそらそうとしたが、熱くなった顔は誤魔化しようがない。
「シドー、大丈夫か?」
「……琴里と二人で何やってたのよ」
水着から元の服に着替えた十香と七罪が、上から覗き込んでくる。
十香が純粋に心配してくれる一方、七罪は半眼を向けてくる。
先程自分がされた仕打ちを思い出したのだろうか。
申し訳ない気持ちはあるが、今の士道にはその件について謝罪するだけの余裕はなかった。
その様子に十香はハッとした表情を浮かべたかと思うと、しゃがみこんで士道の胸元に耳を押し当ててくる。
そして愕然と呟いた。
「わ、私の時よりドキドキしている……」
現在は
より直接的に姪っ子にドキドキしてしまったことを突きつけられ、士道は何とも情けない気持ちになった。
すると、試着室から顔を出した琴里が得意気な顔をする。
「まぁ、私が本気を出せばこんなものね」
「いや、余裕ぶってるけど顔すっごく赤いわよ」
「う、うっさい!」
虚勢は七罪のツッコミによりあっさり剥がれていた。
あんな自爆特攻のような水着を身につけていたのだから、余裕がないのはお互い様といったところか。
それはそれとして、本当にあんなものを身につけてプールや海に遊びに行く気なのだろうか。
だとしたら絶対に阻止しなければならない。
もし琴里に対して不埒な目を向ける輩がいたら、士道は鬼になるしかない。
真っ先に
極力関わりたくはないが、いつかは奴とも決着をつける必要があるだろう。
「むぅ……悔しいが私の負けだ」
「はぁ……まあ、十香で勝てないなら、もう勝負は決まりよね」
「ふふん、悪いわね二人共」
「や、だから顔赤いって」
「う、うっさい!」
どうやら勝負が決着したようだ。
結果はどうあれ、ようやく終わったと士道はため息を吐いた。
そして上半身を起こして、三人の様子に目を向ける。
こちらの精神には多大な負荷がかかったが、こんな風に楽しそうにしている姿が見られるのなら、今日のようなイベントもたまには悪くない。
「ほら、水着選んだなら会計に行くぞ。あ、琴里は選びなおすこと。あれを着て人前に出るのは流石にダメだ」
「うっ……わ、わかったわよ」
自分でもやりすぎたと思っているのだろう、琴里は気まずそうに頷いた。
これからもその恥じらいは大切にして欲しいところだ。
あんな捨て身の特攻を繰り返されては、こちらの身がもたない。
どうにか余裕を取り戻すと、士道は立ち上がり――――
「……ふむ、何やら騒がしいと思ったら、君たちだったか」
――――同時に、再びフリーズする羽目になった。
水着姿のその女性は、よく見知った顔である。
村雨令音……都立来禅高校の物理教師にして、秘密組織〈ラタトスク〉の解析官。
士道とは表と裏と二重の意味で同僚である。
その眠たげな目元は相変わらずだが、格好はいつもより明らかに肌の露出が多い。
そう、彼女は水着を身につけているのだ。
「……ああ、これかい? 修学旅行先は離島だからね。必要になると思って新調しに来たんだ」
どうやら水着を買いに来たという目的は一緒のようだ。
しかしその説明もただ耳を右から左へ通り抜けていくのみ。
惚けて固まった士道と水着姿の令音を見比べて、十香は再びハッとした表情を浮かべた。
そして士道の胸元に耳を押し当てると……
「――れ、令音の勝ちだ……」
「いや、これは流石に無理ゲーでしょ……」
「やられたわ、まさかこんな伏兵が潜んでいただなんて……」
十香の判定に、琴里も七罪も膝を屈して敗北を認めざるを得ない。
「……もしかして、何かやってしまったかな?」
そして事態を把握できていない令音は、顎に手を添えて首を傾げるのだった。
水着を買った後、一行は令音を伴ってファミレスに入った。
ここは家族連れで来ている客もそれなりに見られるため、多少騒がしくしても大丈夫だろうという判断だ。
勿論、騒がしくするつもりはないのだが、結果的にそうなる可能性も十分にあるのだ。
十香の食欲に対する懸念は、令音が取り出した黒いカードによって解決することになった。
秘密組織の力はやはりすごい……士道はしみじみとそう思うのだった。
ちなみに十香は手始めに胸焼けしそうな量の料理を注文して、その待ち時間の今は七罪を伴ってドリンクバーへと赴いている。
全員に特製ブレンドを振舞うと大層意気込んでいたので、少し覚悟しておいたほうがいいかもしれない。
七罪にストッパーを期待したいが、そちらはそちらで悪戯好きの一面があるのだ。
「……今更だが、私がお邪魔しても良かったのかい?」
「いいわよ、別に。あの子達もあなたには懐いているしね」
「こちらこそすみません。今日はあっちの方は非番なのに」
士道が言うあっちの方とは、〈ラタトスク〉の勤務についてである。
学校と秘密組織で二重生活を送っているのは士道も同じだが、令音の場合比重がより〈ラタトスク〉の方に偏っている。
なので学校から退勤した後も働いているなんて状況はザラであり、だからこそ今日のような非番は貴重なのだ。
その時間を邪魔してしまったのではないかという懸念は拭いきれない。
「……私は構わないよ。二人には話しておきたいこともある」
ドリンクバーに並ぶ十香と七罪を一瞥して、令音は声のトーンを落とした。
あまり大っぴらに聞かせる話ではないということだろうか。
内容は来週の修学旅行についてだった。
「……今回の修学旅行だが、少々気になる点がある」
「急に行き先が変更になったとは聞いているわ。たしか、或美島よね?」
「ああ、それな……」
士道はゲンナリとした様子で息を吐いた。
元々の目的地は沖縄だったのだが、とある旅行会社の提案を学校側が呑んで変更になったのだ。
そしてその変更に際して色々と面倒が生じたのが、士道がここ一ヶ月忙しくしていた理由の一端だ。
ちなみに或美島とは、伊豆諸島と小笠原諸島の中間に位置する離島である。
その二つと同様に東京都に属しており、沖縄と比べるとまぁ近場、というかグレードダウンした感が否めないが、近年は観光に力を入れているらしい。
「でも、その旅行会社も随分と太っ腹ね。クロストラベル、だったかしら?」
とはいえ観光PRということもあり、宿泊費用は全てそのクロストラベル持ちだ。
パンフレットのための写真撮影はあるようだが、条件は破格と言える。
宿泊予定だった宿が老朽化で急に崩落して利用できなくなったこともあり、学校側が飛びついたのは仕方がないのかもしれない。
しかし、令音の言うとおり気になるのも確かだ。
今回、来禅高校選ばれたのは抽選の結果らしいが、少々タイミングが出来すぎているのだ。
まあ、思い過ごしという可能性の方が断然高いのだが。
「……そのクロストラベルだが、元を辿るとDEM社の系列のようでね」
「なんですって?」
その名前を聞いて、琴里は不審そうに眉をひそめた。
DEM社……正式名称はデウス・エクス・マキナ・インダストリー。
英国に本社を構える世界有数の巨大企業である。
様々な事情から、士道が抱く印象は決していいものではない。
琴里もそれは同じのようで、眉間に寄せた深いしわがそれを示している。
DEMの最大の特徴は、顕現装置という奇跡の技術を各国に供給している点だ。
顕現装置の用途は災害復興や医療と幅が広いが、一番を挙げると兵器としての運用となる。
そしてその兵器が向く先にいるのは、十香や七罪のような精霊である。
精霊の保護を目的とする〈ラタトスク〉とは、真逆のスタンスと言えるだろう。
士道と令音が副担任を務める二年四組には現在、精霊が三人も在籍している。
偶然の可能性が高いとはいえ、何かきな臭いものを感じてしまうのも確かだ。
「念の為に、こっちの人員も回しておいたほうが良さそうね。日程は?」
「……七月十七日からの二泊三日だね」
「あー、そうなの? まずったなぁ、その日は本部に出向なのよね」
琴里は気まずそうにぽりぽりと頬を掻いた。
出向とは中学生に似つかわしくない言葉だが、秘密組織の司令官ともなればそういうこともあるのだろう。
姪っ子の頑張りに密かに声援を送る士道だが、ここでとある事実に気がつく。
「ちょっと待て、お前がいないなら現地で指揮を執るのって……」
「令音は修学旅行に付きっきりになるだろうから、まぁ……」
士道と琴里が口を濁しているのは、とある男の顔が思い浮かんだからである。
想像の中で爽やかな笑顔を浮かべて親指を立てているが、その男はドの付くほどの変態である。
二人が揃って微妙な顔をしているところを、令音がズバリと言及した
「……神無月副司令、ということになるかな」
「…………チェンジで」
「……残念ながら却下よ。他に指揮を任せられる人員がいないわ」
士道は嫌そうな顔で人員配置の変更を要請するがしかし、残念ながらそれは叶わなかった。
他のクルーも優秀な人員揃いだが、指揮を執るとなると勝手が違うのだ。
プライベートでの人間性は全く評価に値しないが、有事の際の指揮能力は認めざるを得ない。
「……まあ、現場には私もいるし、滅多なことは起こらないはずだ……多分」
令音が付け加えた「多分」に不安を覚える士道だが、最終的にはどうにか納得するのだった。
そして来たる修学旅行当日。
来禅高校二年生一行が空港のロビーに整列するさまを眺めて、士道はホッと一息ついた。
諸々の手続きを済ませ、後は飛行機に乗り込むだけなのだが、搭乗開始まではまだ少し時間がある。
このそわそわとした空気が何とも懐かしく、苦笑が漏れる。
自分も当時は教師の目からこう映っていたのだろうか。
二年四組の列に目を向けると、複数人の生徒と目が合う。
髪を逆立てたガタイの良い男子、殿町宏人はウィンクをしながら親指を立ててきた。
何やらキラキラと期待を込めた眼差しも向けてくるが、そんなものを向けられたところで士道にはどうすることもできない。
仮に期待に応えたとしたら、淫行教師一直線である。
頬を伝う汗をぬぐいつつ、尖った視線を向けてくる三人娘からは目を逸らしておく。
三人の後ろに並んだ十香は、飛行機が楽しみなのか誰よりもそわそわとしているが、こちらの視線に気づくと大きく手を振ってくる。
手を振り返すと、そのさらに後ろから飛んでくる視線が強くなる。
その視線の主は鳶一折紙……士道の中に色んな意味で強い存在感を刻み込んだ少女である。
この修学旅行では彼女の動向にも注意するべきかもしれない……貞操の危機的な意味で。
(後は……)
列の最後部で談笑する二人の女生徒に目を向ける。
あらあらうふふと一見したら和やかな様子だが、士道はそれが表面的なものに過ぎないと知っている。
時崎狂三と山打紗和……ともに士道の命を狙う、黒と白の精霊である。
彼女たちも修学旅行に参加するとなると、最早危険の匂いしかしない。
お互いを牽制しあっているためかまだ直接的な行動には出てこないが、旅行先で何も起こらないという保証はない。
二人は士道の視線に気づくと、揃って微笑みながら手を振ってくる。
それに対してぎこちない笑みを浮かべながら、手を振り返すのだった。
「穂村先生、生徒の皆さんは良い子に……って、聞くまでもないみたいですねぇ」
「お疲れ様です、岡峰先生」
声をかけてきたのは二年四組の担任、岡峰珠恵ことタマちゃん先生だ。
一見すると生徒と同年代……どころか年下に見られかねない見た目の持ち主だが、三十路手前で士道よりも年上である。
なおこの話題に触れるとダークサイド・タマちゃんが出現するので、士道は極力触れないようにしている。
尊敬すべき先輩である珠恵は、整列しつつもどこか落ち着かない生徒たちの様子に苦笑した。
その背後でカメラを構えているのは、今回の旅行に随行するというカメラマンだろうか。
カメラで顔は見えないが、ノルディックブロンドの髪が特徴的だった。
その淡い色合いにどこか既視感を覚え、士道は目を細めた。
「……岡峰先生、そちらの方は?」
「ああ、紹介が遅れちゃいましたね。こちらは今回、随行されるカメラマンの――――」
珠恵の紹介に、随行カメラマンであるという
士道は彼女の顔を見て言葉を失ったが、向こうもまた目を見開いて固まっていた。
見つめあったままフリーズした二人を見比べて、珠恵は首を傾げた。
「もしかしてお二人共、お知り合いですかぁ?」
「い、いえ……少々昔の知り合いに似ていたもので。不躾な視線を向けてしまったことを、まずは謝罪させていただきます」
「こちらこそ……まさか外国の方が来られるとは思わなかったもので。ええっと、あなたは……」
「
「
互いにやや固い笑顔で、握手を交わす。
今回の修学旅行には、どうやら最強の魔術師が同行するらしい。
事情はさっぱりわからないが、士道はとりあえず何かが起こることだけは確信するのだった。
というわけで終了。
次回は双子?が出てくるかと思われます。
諸事情で更新に間が空くかもなので、気長にお待ちください。