士道くんが淫行教師と謗られながら精霊をデレさせる話   作:kish

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二週間ぶりにこんばんは。
いつもより分量は少なめですが、話が進むにつれて分量が増えてるような気がするのでトントンかもしれません。


ストーム・リサイタル

 

 

 

「うわぁぁあああぁああっ!!」

 

 自身の周囲に展開した随意領域ごとシェイクされて、穂村士道は悲鳴を上げた。

 景色は目まぐるしく移ろい、三半規管は完全に己の役目を見失っている。

 数年前、空間震の真実を知った時は、風に巻かれて振り回される感覚をジェットコースターのようだと評したが、それはこの風の地獄のほんの先触れに過ぎなかったことを思い知る。

 もし生身のままでこの中に放り出されていたら、今頃は物言わぬ血袋になっていただろう。

 空間震、即ち精霊の現界を受けてASTが出動し、交戦状態に入ったのが少し前のことだ。

 識別名〈ベルセルク〉――どこからともなく飛来して去っていく双子の台風。

 空間震の規模こそ大きいものの大抵は遥か上空や洋上に現界するので、その際の被害自体はそれほど危険視されていない。

 しかし一般的に空間震の真実、つまりは精霊の存在は秘匿されている。

 他の精霊ならば、現界の際の警報で一般市民は避難するため目撃の心配もそれほどないのだが、彼女たちは違う。

 現界してから長距離を高速で移動する風の精霊たちは、人類の生活圏に姿を現す場合、空間震の発生地点から遠く離れていることがほとんどだ。

 なので警報が鳴ることはなく、一般市民の目に触れることとなる。

 彼女たちが巻き起こす突発性暴風(にじさいがい)は勿論の事、情報の秘匿という面においても危険視されているのだ。

 なので各国の対精霊部隊からは優先度が高く設定され、こうして現界を察知できた今回はまたとない機会だったのだが……

 

(くそっ、なんなんだよこれっ、戦闘にすらなってなかったぞ……!)

 

 先程までの、実際には交戦状態とも呼べない状況を思い出し、士道は戦慄に頬を引き攣らせた。

 巻き起こる嵐に、隊員のほとんどがまともに飛ぶことすら出来ていなかったのだ。

 双子の精霊は互いのことしか眼中にないようで、そもそもASTの存在を認識していたかどうかも怪しいところだ。

 つまりそれは余波だけでこちらの行動が立ち行かなくなったということであり、本格的に敵意を向けられていたら間違いなく壊滅していただろう。

 そんな隊員たちの体たらくに、荒れ狂う風に身を任せて気色悪い歓声を上げていた隊長は撤退を指示した。

 元々、優先度の高い風の精霊の捕捉に、千載一遇のチャンスと色めきだった上層部の無茶ぶりという背景もある。

 士道がこうしてシェイクされているのは、盾役を買って出て逃げ遅れたせいである。

 

「――応答っ、応答願います……ああもうっ、変態バカ隊長ーー!!」

 

 インカムが破損したか、そうでなければ通信範囲外まで出てしまったか、応えはない。

 何にしても、この状況から脱するためには独力で何とかするしかないということだ。

 今は展開した随意領域で何とかしているが、いずれ限界がやって来る。

 そうなれば本格的にシェイクされてお陀仏か、同じく暴風の中を飛び交う何かと激突してお陀仏か、吹き飛ばされた勢いのまま叩きつけられてお陀仏か。

 勿論、どの未来も許容するわけにはいかない。

 士道は意識を集中させて出力を上げ、随意領域の密度を強めた。

 活動限界は早まるが、このまま手をこまねいているよりはマシだろう。

 随意領域が、機械の翼が、ギシギシと軋む。

 額に汗を浮かべながらどうにか姿勢を保ち、強化した視力で捉えた地面へワイヤーに繋がれたアンカーを打ち込む。

 戦闘行為には適用外のものだが、盾役や救助に回ることの多い士道にとっては活躍の機会が多い装備だ。

 今はそれを、己の身の安全のために使う。

 

「――よしっ」

 

 果たして無事地面に突き刺さったアンカーに、士道は拳を握り締めた。

 こうして縫い留めてしまえば、少なくとも吹き飛ばされる心配はなくなる。

 どうにか寄る辺を得たことに、内心で胸を撫で下ろす。

 このままワイヤーを巻き取って着陸することが出来れば、安全性はより高まるはずだ。

 後はその状態で嵐が通り過ぎるのを待つしかない。

 軋んで悲鳴を上げるワイヤーに肝を冷やしながら、巻き取りを開始する。

 ドラムが回転し、程なくアンカーは腕部の収納ユニットに帰還した。

 これの意味するところはつまり、アンカーがすっぽ抜けたことに他ならない。

 刺さりが甘かっただとか、刺さった部分の強度が低かったとか、そういう問題ではない。

 そもそもの失敗は、地面ならば安全だ、などと思い込んだことにあった。

 

「うそ、だろ……」

 

 いつかと同じように、呆然と呟く。

 横倒しになった木が、根ごと掘り起こされて吸い上げられるように上空へ昇っていく。

 それどころか、その土壌自体が解され巻き上げられていく。

 吹き荒れる風が、地面すらも捲り上げていたのだ。

 

「――ざっけんなぁぁああぁあああっ!!」

 

 大量の土砂とともに巻き上げられて、士道は絶叫した。

 その叫びを呑み込むように、土色の風が殺到する。

 アレに巻かれては削り潰されるのは目に見えている。

 随意領域のリソースを防御に傾けるが、一連の無茶で限界が近づいてきている。

 一体、この状態でどこまで耐えられるのか。

 存在を主張しつつある頭痛とあまり明るくない未来図に、士道の顔が強張った……その瞬間だった。

 

「……なんだこれ、急に風が――――うわっ」

 

 随意領域を軋ませていた風が止まり、一瞬の浮遊感の後、体が重力を思い出したかのように落下を開始する。

 咄嗟に姿勢制御を行って着地した士道は、その場から空を見上げた。

 風こそ止んだものの、空には相変わらずの灰色の雲が渦巻く。

 この無風状態は、台風の目のようなものか。

 そしてこの台風の中心にいる存在といえば――――

 

「くく……腐っても我が半身というわけか。さすがと言っておこう、夕弦よ」

「反論。ゾンビ臭を漂わせているのは耶倶矢の方です。きちんとお日様にあてないからそうなるのです」

「だ、だぁれが部屋干しして生乾き臭を漂わせてるってぇ!? 腐ってもってそーいう意味じゃないわよ! そもそも霊装に洗濯も何もないでしょーが!」

「憐憫。ふぅ……耶倶矢の女子力の低さには憐れみを禁じえません」

「憐れむなぁぁぁぁぁっ!!」

 

 降り立った二人の少女は、何やら言い争いを始めた。

 揃って橙色の髪に、水色の瞳、そして整った顔の造りは全く同一と言っても差し支えない。

 一卵性の双子だろうか……しかし二人を判別する要素はそれなりにある。

 髪型や体形の違い、左右反転したような造りの衣装、そして何よりわかりやすいのは、表情と身に纏う雰囲気の違いだ。

 髪を結いあげた少女は、どこか勝気な表情で活発的な印象を覚える。

 対して長い髪を三つ編みにした少女は、目が開ききっておらずどこか気怠げな雰囲気があった。

 突如として現れた二人の少女を前に、士道は固唾を飲んだ。

 こうも間近で見るのは初めてだが、彼女たちこそが〈ベルセルク〉と呼ばれる精霊で間違いないだろう。

 そして精霊というのは、例外なく災害的な力を誇る。

 今ここで下手に注意を引いてしまえば、文字通り跡形もなく吹き飛ばされてもおかしくはない。

 そんな危機感を抱く一方、言い争う二人の様子はまるで普通の少女のようにも見える。

 それは世界を殺す災厄、とまで称される存在にはそぐわない印象だった。

 路地裏で猫に餌をやって「にゃあにゃあ」と鳴き真似をしていた精霊の姿が思い浮かぶ。

 同時に発砲されながら追い回された記憶も蘇り、士道は思わず身を震わせた。

 

「……ま、まあよいわ。此度は我らが決着に相応しき神器を用意した」

 

 仕切り直しということか、耶倶矢と呼ばれた少女は手をかざしながら口元を歪めて、嘲笑めいた笑みを浮かべた。

 それにしても、と胸元に手を当てる。

 その大層な言い回しと大仰な身振り手振りは、どうにも記憶の彼方に葬り去ったはずの黒歴史を刺激する。

 士道にも、特に意味のない思わせぶりな言動を好んでいたり、右腕が疼いていたり、ガイアに輝けと囁かれていた時期があるのだ。

 彼女も先程、素の態度のようなものが顔を出していたので、芝居がかった口調はそのまま演技である可能性が高い。

 ちなみに口調こそ尊大だが、少女の高い声ではあまり威厳は感じられなかった。

 

「――刮目せよ! これぞ神器〈雷音奏でし魔の六弦(ドナーシュラーク・ザイテン)〉なり……!」

「呆然。それは、まさか――――」

 

 掲げられた神器とやらに、夕弦と呼ばれた少女は静かに目を見開いた。

 傍から見ている士道は、どうも見覚えのあるシルエットに困惑し、動揺した。

 鋭角のボディに、そこから伸びる長いフレット、そしてその上に張られた金属製の弦が六本。

 記憶に間違いがなければ、あれはエレキギター、それもケリータイプと呼ばれる形状のものだ。

 その刃を思わせるデザインが、中学生の頃にはやたらとカッコよく映っていたものだ。

 神器というのも、いかにもな呼び方だった。

 それに加えてドイツ語の命名ときたら、もろにクリティカルヒットである。

 士道は吐血して倒れそうなところを必死に堪えた。

 黒歴史はともかく、一体どうして精霊がエレキギターを持ち出しているのか。

 謎は深まる一方である。

 

「困惑。何を持ち出すかと思えば……耶倶矢の残念な頭は、かつてのギター勝負の結果を忘れてしまったのですか?」

「くく、これはギターにしてギターに非ず。ギターを超越した神器なるぞ!」

「質問。その神器とは?」

「ふ……あらゆる概念を超越したこの神器を前に言葉など無意味よ。もっとも、言葉にしたとて貴様の残念な頭では理解できぬであろうがな」

「要約。つまり特に意味はないと」

「ちっ、違うし! 意味あるし! だから理解できない夕弦が馬鹿なんだし!」

「嘆息。まぁいいでしょう。それよりもその神器……いえ神器(笑)を勝負に使うのなら、夕弦の勝ちは揺るぎません。ごめんなさいと泣いて取り下げるのなら、聞き入れなくもないですよ?」

「なっ、なめんなぁぁぁぁぁっ!!」

 

 片方は士道の黒歴史を刺激してやまないが、もう片方もかなり特徴のある喋り方をしている。

 ちなみに鼻で笑っているようなのだが、表情は半眼のままあまり動いていなかった。

 というように一見するとやる気なさげな雰囲気の彼女だが、その発言は挑発に満ち溢れている。

 おかげで神器(エレキギター)を手にした方の顔は真っ赤である

 地団太と共に吹き荒れ始めた風に、士道は肝を冷やした。

 このままでは、また風の地獄に逆戻りしかねない。

 

「――しかと聞き届けよっ!」

 

 風の精霊の片割れが、六つ並んだ弦をかき鳴らす。

 中々に堂に入った構えだった。

 何とも得意げな顔で、ポーズだけ見たら立派なギタリストに見えなくもない。

 士道もああやって形から入って満足していた時期がある……黒歴史が胸を抉った。

 ただ、構えた獲物はエレキギターである。

 アコースティックギターならば楽器自体に音を共鳴させ増幅する仕組みがあるが、通常のエレキギターはそれを外付けの装置に依存している。

 ましてやこの風の中では、いくら弦を弾こうとも耳に届く前に音はかき消されてしまう。

 思うように音が出ないことにアタフタとする少女に対して、フスーと息の漏れるような音。

 見ると、もう一人が口元に手を当てていた。

 ひょっとすると笑っているのだろうか。

 

「あ、あれっ? なんか全然音出ないんだけどっ!?」

「失笑。プークスクス」

「~~~~っ、じゃああんたがやって見せなさいよ!」

「了解。いいでしょう。夕弦の絶技で耶倶矢の戦意を根こそぎへし折ってあげます」

 

 神器(エレキギター)受け取った少女は、これまた堂に入った構えをした。

 雰囲気も相まって相当出来そうな気配は感じるのだが、やはりエレキギター単体では無理があると言わざるを得ない。

 見事な指さばきも虚しく、やはり音は耳に届かないのだった。

 

「きゃはははははは! なにそれ、なーにそれ! えっらそうなこと言って、夕弦だって全然ダメダメじゃない!」

「……憮然。耶倶矢には言われたくありません」

「はん、お互い様でしょーが!」

「否定。同じダメダメでも、耶倶矢のダメダメっぷりはレベルが違います。山の如しです。まぁ、胸は平坦ですが」

「ちょっ、最後の一言は余計でしょうがぁっ!」

 

 かしましい言い争いが高じるにつれて、段々と風は勢いを増していく。

 それが先程のように吹き荒れるだけなら、またシェイクされるだけなのでいい……わけではないが、まだ対応もできる。

 しかしここに来て、風の地獄は新たな様相を見せ始めていた。

 宙に舞い上がった丸石が、一瞬で粉々になって砂塵と化す。

 原因は、両者が無自覚に撒き散らしている風だった。

 相克する風と風が、間に入り込んだものを容赦なくすり潰しているのだ。

 もし生身のまま放り込まれたら、一瞬でミンチである。

 その未来を想像して、士道は顔を青ざめさせた。

 

「そ、そもそも胸が何だというのだ! 斯様なものは所詮、ただの脂肪の塊ではないか!」

「失笑。結局、持たざる者はそうやって現実から目を背けるのですね」

「うっさいわ、このでぶちん!」

「憤慨。ならばそちらは鶏ガラです」

「な、何おう!?」

「応戦。何ですか」

 

 ぶつかり合う風が戦意を帯び始める。

 睨み合いながら宙に浮かび上がる二人を前に、士道は必死に頭を回転させる。

 このまま留まっていれば、地面にへばりついていたとしてもミンチにされかねない。

 かといって離脱しようにも、外の嵐を抜けるのは難しい。

 風の勢いは勿論、ここに来るまでの無茶が祟って飛行ユニットが不調をきたしているのだ。

 走って離脱しようにも、地面を捲り上げる程の風に巻かれてはどうにもならない。

 ならば、と背筋に汗を伝わせながら声を張り上げる。

 最早二人の争いを止めるしか、無事に切り抜ける方法が見つからなかった。

 精霊に対して意思の疎通を図るなど前代未聞だが、ここに至ってはやるしかない。

 某最悪の精霊は、こちらを追い回しながら言い訳じみた発言を繰り返していたが、あれはかなり特殊な例だろう。

 

「もしもーし!」

 

 第一声は届いた気配がなかった。

 二人は睨み合ったままで、こちらには一瞥もくれない。

 続けて呼びかけるが、やはりどれも届かない。

 周囲の風がこちらの声を遮断してしまっているのだ。

 それとも、精霊にとって無害な人間は注意を向けるに値しない塵芥にすぎないのだろうか。

 発砲でもしたら注意を引けるかもしれないが、生憎と武装は風の中でほとんど飛ばされてしまったため、現在手元にあるのはアンカーぐらいのものだ。

 そもそもそういった類のものを向けたとして、ほぼ間違いなく敵対行為とみなされる。

 二人の争いの余波だけであの惨状なのだから、それが個人に向けられたらどうなるかは火を見るより明らかだ。

 どうしたものかと頭を抱える士道の元に、飛来する物があった。

 

「――っと、こいつはさっきの……」

 

 神器〈雷音奏でし魔の六弦(ドナーシュラーク・ザイテン)〉である。

 主の手を離れて(そもそもどうやって入手したかも謎だが)ここまで飛んできたのだろう。

 エレキギターをキャッチした士道は、フレットを左手の指で押さえて右手の指で弦を爪弾く。

 昔取った杵柄と言うべきか、どうやらまだコードは忘れていないようだ。

 

「……全く、冗談じゃねーぞ」

 

 そして自分の思い付きに、盛大なため息が漏れる。

 たった今考え付いた精霊の注意を引く方法は、間違いなく自分もダメージを喰らう類のものだ。

 無事に生還できたとして、ベッドの上で悶えるのは目に見えている。

 それでもこのまま黙って死ぬよりは数段マシだ。

 宙に浮かんだまま対峙する二人を見上げ、士道は大きく息を吸い込んだ。

 そして、エレキギターをかき鳴らす。

 

『俺の曲を聞けーーーーーッ!!』

 

「――何この音!?」

「――驚愕。これは……」

 

 風の中、ありえない音が鳴り響く。

 それは増幅されたエレキギターの音色だ。

 通常のギターとは違い、エレキギターは弦の振動を電気信号に変換してアンプに送り、それを増幅させて再度変換し、音として発する。

 なので単体では大した音は出ないのだが、現代の魔術師である士道が纏うのは随意領域――己の意のままになる空間である。

 それを以てすれば、アンプの代用はどうにかこなせるのだ。

 しかし、それには少なくない集中力を要求される。

 仮にもっと優秀な魔術師――例えばASTの隊長(どこぞのロリコン)ならば片手間でこなすこともできるだろうが、士道はある一点を除いて平凡な魔術師でしかない。

 

(――――死ぬ死ぬっ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ……っ!!)

 

 自身の防衛からリソースを傾けた結果、士道はあっさりと空へ巻き上げられた。

 墜落かミンチか、いずれにしてもこのままでは死ぬのは目に見えているが、それでも演奏は止めない。

 半ばやけっぱちで自作の一曲を高らかに奏でる。

 良くも悪くも思い入れがあるので、ブランクがある中でまともに演奏できそうなのは、これしかなかったのだ。

 ちなみに本当は歌詞付きなのだが、それまで披露しては流石に自殺行為(オーバーキル)なのでやめておいた。

 二人の戦意に水を差すことに成功したからか、辺りは再び無風状態へと移行していく。

 落下に備えようとするが、その前に風が体を支えるように纏わりついた。

 風に受け止められて緩やかに着地した士道の目の前には、地面に座る観客が二人。

 高校生の頃に街中で路上ライブを見かけたことがあるが、この構図は傍から見たら同じように見えるのだろうか。

 

(……つーか、何この状況?)

 

 心中で率直な感想を吐き出す。

 士道は対精霊部隊の一員であり、目の前に座る二人は精霊である。

 それが一体、どう因果を捻じ曲げたらこんな展開が訪れるというのか。

 はっきり言って訳が分からない。

 しかし困惑はあるものの、とりあえず注意を引いて争いを止めるという目的は達している。

 なのでこのまま演奏を止めてしまってもいいのだが、寄せられる二人分の眼差しは期待に目を輝かせているようにも見えて、何となく気が引けるのだった。

 そうして若気の至りの一曲をどうにか弾ききって、士道はその場に座り込んだ。

 心と脳に多大な負荷がかかって疲弊してしまったのだ。

 

「すっごーい! なに今の! どうやって音出したの!?」

「感服。夕弦たちの風に翻弄されながらのパフォーマンス、人間ながら侮れません」

「あ、ああ……どうも」

 

 二人同時に詰め寄られて、若干引き気味に心臓を跳ねさせる。

 どうにも精霊というのは、どいつもこいつも顔の造りが整い過ぎているように思える。

 勿論、そんなことを考えながら接触できるほど生易しい存在ではないのだが、先程の言い争いの印象が尾を引いている。

 とりあえずだが命を拾ったという事実に、気が緩んでいるせいもあるかもしれない。

 それにしても、精霊を観客に一曲披露したなど、何とも報告に困る内容である。

 ありのままを伝えたとして、ふざけているのかと叱責されて終わりだろう。

 エレキギターの弦にグローブの金属部分を当て、スライドさせてギュインギュインと鳴らす。

 随意領域でアンプの代用を果たすという手品じみた真似だが、地味に処理すべきパラメーターが多く、脳には結構な負担がかかる。

 こんなことをしていて活動限界を迎えたら、果たして笑えばいいのか泣けばいいのか。

 

「かかっ、よもや貴様の如き矮小な人間が、我らが神聖なる戦場に足を踏み入れようとはな。よかろう、この八舞の耳をさらに汚すことを許そうぞ」

「要望。もう一曲お聞かせ願います」

 

 二人の精霊からのアンコールに、士道は頬に汗を滲ませながら無言で数年前のヒットナンバーをかき鳴らす。

 ギターに入れ込んでいたのが中学校時代のため、最近の曲はレパートリーにないのだ。

 最近の流行りとは少し外れるかもしれないが、そこは我慢してもらおう。

 もっとも、精霊が流行を察知しているとは考えにくいが。

 それでも、この拙い演奏に何とも楽しそうに耳を傾けている姿に、つい口元が緩んでしまう。

 この奇妙な路上ライブは、もう少し続きそうだ。

 

 

 

 

 

「懇願。馬鹿の耶倶矢は一体どこにいるのでしょうか…………教えて、ください」

 

 開ききっていない半眼に物憂げな光を湛えた少女を見上げ、士道は困惑した。

 三つ編みに括られた橙色の長い髪に水色の瞳、身に纏うのは拘束服のような霊装。

 あまり表情を動かさない彼女だが、今は焦りが見え隠れする。

 風の精霊・八舞の片割れ、夕弦。

 先程どこかへと飛び去って行った耶倶矢の、双子の姉妹である。

 二人は現界する際も常に一緒で、そして勝負をしながら広範囲に台風の被害を撒き散らしていくのだ。

 それが別々に行動して互いを探しているというのは、一体如何なる事態なのか。

 単に迷子やはぐれただけ、という非常に人間らしい理由が思い浮かぶが、二人の深刻そうな顔がそれを否定する。

 その憔悴した様子は、明らかに尋常ではない。

 

「待ってくれ。確かにさっき耶倶矢のやつに会ったけど、すぐにいなくなっちまったんだよ」

「消沈。そう、ですか……」

「あいつもあいつでお前の事を探していたみたいだけど、一体何があったんだ?」

「説明。それ、は――――」

「――おい、大丈夫か!?」

 

 ぐらりと傾ぐ体を受け止めて、士道は夕弦に呼びかけた。

 返事はないが呼吸はしている……どうやら気を失ってしまったようだ。

 風の精霊が意識を失ったためか、空に渦巻く灰色の雲が霧散していく。

 程なくして、天気は元の快晴っぷりを取り戻すのだった。

 嵐が去った空を見上げ、降り注ぐ日差しに目を細める。

 

「暑い……」

 

 背中に十香を背負い、前に夕弦を受け止めた現状はサンドイッチ状態である。

 女の子の柔らかさとか匂いとかドギマギする要素はあるものの、この夏空の下で真っ先に出た感想はこれだった。

 とりあえず、このまま放置していくわけにはいかない。

 生徒たちや他の先生方は資料館だが、ここは先にホテルに向かうべきだろうか。

 二人を寝かせる場所が欲しいのは勿論、夕弦は何とも誤解を招きかねない格好をしている。

 このまま合流するのは、士道の世間体的な意味で危険すぎるのだ。

 そもそも、部外者を拾ってきたことに対する説明を求められても困る。

 身元不明ならば、まずは警察か病院に連れて行けと指摘されるのは間違いないだろう。

 士道も基本的にはそれには賛成なのだが、この夕弦に関しては事情が特殊すぎる。

 真っ当な手順を踏んでも、後で話がややこしくなるだけだ。

 とはいえ報連相は大切だ。

 ここは諸々の事情を含めて、まずは二重の意味で同僚である彼女へ報告するべきだろう。

 士道は携帯を取り出すと、連絡先の一覧から『村雨令音』の名前を選択した。

 

 

 

 

 

「それで、二人はの容態は?」

「……どちらも気を失っているだけだよ。時間が経てば目を覚ますだろう」

「そうですか……良かった」

 

 宿泊先の旅館の一室、二年四組の副担任に割り当てられた部屋で、士道はベッドに横たわる二人の精霊の少女に目を向けた。

 二年四組の生徒としてこの修学旅行に参加している夜刀神十香と、先程遭遇した風の精霊の片割れである夕弦。

 気絶した二人を抱えてここまで連れてくるのは少々苦労したが、命に別状はないと聞いて胸を撫で下ろす。

 精霊は常人よりは頑丈だろうが、それで全ての心配が拭えるほど士道は楽観的ではない。

 まぁ、十香に関しては夢でも見ていたのか寝言できなこパンを要求していたので、あまり心配はしていなかったのだが。

 しかし、夕弦の方はどうにも事情が見えないため、多少の憂慮はどうしても出てしまう。

 医学の心得がある令音の言葉で、ようやく安心した次第だ。

 霊力の封印を施されていない精霊に、人間の医学が通じるかどうかは未知数だが、解析官として日々精霊のパラメーターと向き合っている彼女の言葉なら信頼できる。

 

「……〈ベルセルク〉とは、また珍しい精霊に出くわしたものだね」

 

 備え付けられた机の椅子を引いて座ると、令音は夕弦を一瞥した。

 珍しいとは言うが、一般市民の目撃情報の上で語るなら彼女たちはトップに君臨する。

 アメリカのゴシップ誌に写真を撮られ、天使だとかUFOだとか、空飛ぶスパゲッティ・モンスターなのではないかと議論されたこともあるらしい。

 なので珍しいと言っているのは、こうして接触に成功したことについてだろう。

 彼女たち風の精霊は、人がいない場所に現界しさらに超スピードで移動するため、非常に捕捉が難しいのだ。

 

「……しかし、もう一人の行方がはっきりするまでは下手な動きは避けるべきだろうね」

 

 精霊攻略の事を考えれば千載一遇かもしれないが、今の状況は少々不透明だ。

 どこかへ行ってしまった耶倶矢の事も気がかりなのもあるが、一人でいる彼女たちはどうにも不安定に見えるのだ。

 それはつけ込む隙とも捉えられるが、残念ながら士道は性格的にそういった方向性のアプローチに全く向いていない。

 仮に万全のサポートを受けた上で臨むならどうにかなるかもしれないが、今は頼りになる司令官も〈フラクシナス〉も不在である。

 令音の言葉に、士道は静かに頷いた。

 

「そういえば、あの変態――じゃなくて副司令達は?」

「……到着の連絡はまだだね。あの嵐のせいかもしれないが……」

 

 令音が机の上に置かれたノートパソコンを操作すると、簡素なウィンドウが立ち上がる。

 恐らくは通信用のものだろう……しかし表示は『NO SIGNAL』。

 通信途絶状態に、まさか本当に遭難してしまったのだろうかと、士道は窓の外の空を見上げて度し難い変態の顔を思い浮かべた。

 しかしすぐに馬鹿らしくなって、それ以上考えるのをやめた。

 その程度でくたばるような男だったら、今頃は士道の悩みの種も少しは減っているはずなのだ。

 

「まぁ、やつならきっと大丈夫ですよ」

「……やはり君は副司令を信頼しているようだね」

「…………俺が? あの変態をですか?」

 

 信用ではなく信頼ときたら、それは下手をしたら誹謗中傷の類である。

 何故なら信用は能力や実績に対する評価だが、信頼は人間性も含めた期待だからだ。

 士道は神無月恭平という男の能力は認めているが、人間性に関しては微塵も認めていない。

 勿論、彼女がそんなつもりで言ったわけではないことは理解しているが、思わず渋面を作ってしまった。

 しかし、思いっきり嫌そうな顔をしたにも関わらず、令音は僅かに口元を緩めるのだった。

 その微笑に、息を詰まらせる。

 常時眠たげな表情をしているが、時折こうして見せる笑みは非常に心臓に悪い。

 熱くなった顔を悟られないように明後日の方を向きながら、士道は早まった鼓動を静まらせることに腐心した。

 しかし一度平静を失った頭は、今まで意識を向けないようにしていた余計な部分にまで考えを巡らせ始めた。

 

(大体そもそも、男女の相部屋っておかしくないか……!?)

 

 この部屋は二年四組の副担任に割り当てられた二人部屋で、二年四組の副担任とは士道と令音の二人を指す。

 一体学校側は何を考えてこの部屋割りを許可したのだろうか。

 士道自身はこの旅館に着くまで、他の男性教師と同じ部屋だと思っていた(というか先週の段階ではそう伝えられていた)ため、正に青天の霹靂である。

 倫理的にというか風紀的にというか、とにかく明らかに問題がある。

 士道としては間違いを起こす気はさらさらないが、いくら鋼の精神を備えていようとも融点というものは存在するのだ。

 などと考えつつも、大体の事情は察することが出来る。

 こんな無茶な部屋割りが通ったのも、〈ラタトスク〉による働きかけだろう。

 秘密組織の面目躍如とでも言えばいいのか、学校の人事に口を出したりと色々と融通を聞かせられるらしい。

 ここを或美島における〈ラタトスク〉の拠点にするつもりなのだろうが、それにしたって一人は他の教師と同じ部屋にするべきではないだろうか。

 二人部屋という特別扱いの上に異性のペアはどう考えても不自然だ。

 それが今年入ったばかりの教師二人というのも、余計に拍車をかける。

 それとも何か別の思惑でもあるのだろうか。

 残念ながら、士道の頭では大した利点は思いつかなかった。

 ただ一つ、純粋に自分と相部屋になりたかったなどという、自惚れも甚だしい俗っぽい妄想なら思い浮かぶのだが……

 チラリと、なるべく直視しないように令音の様子をうかがう。

 

「……?」

「~~っ」

 

 すると、見事に目が合ってしまう。

 首を傾げる令音に、さらに心臓を跳ねさせるのだった。

 まるで思春期男子のような動揺っぷりに、自分が情けなく思えてくる。

 舌を噛んで強制的に心を落ち着けると、士道は熱くなった顔を扇ぎながら話題の転換を図った。

 

「そ、そういえばあのカメラマンの事なんですけど!」

「…………たしか、エレン・メイザースだったかな?」

 

 その名前を口にした令音の目が、僅かに細められる。

 クロストラベルから派遣されてきたという随行カメラマン、エレン・メイザース。

 空港での邂逅からここに至るまで機会がなかったため、彼女の正体について話すのはこれが初となるが、この修学旅行に絡む諸々の事情を考えるなら、警戒は向けられて然るべきものだ。

 ただ、そこに込められた感情は、どうにもそれとは少し違うように思える。

 これはそう、〈フラクシナス〉で士道の妹を名乗る少女、崇宮真那の容態を語っていた時の様子と似ている気がした。

 静かな怒気のようなものが見え隠れしたのも一瞬のことで、すぐに眠たげな表情に戻るが、まだ何か気になることがあるのか、今度は顎に手を当てて考えるような素振りを見せる。

 そしてジッと、士道に対して視線を向けてきた。

 

「……わかっているとは思うが、十香の前でそういう態度はあまり見せない方がいい」

「うっ……あの、何か勘違いしてません?」

 

 訝るというか嗜めるというか、これは責められていると言ってしまってもいいかもしれない。

 とにかく令音の視線に、士道は何だか気まずい思いになるのだった。

 言われていることは何となくわかる。

 現に飛行機の中で、エレンへ注意を向けていたのを十香に誤解されたばかりだ。

 しかしそれはあくまでも警戒のためで、そこにやましい気持ちは一切ないのだ。

 

「……彼女も非常に美しい見た目をしているからね。君がそういう目を向けても、ある程度仕方がないとは思うが――――」

「だから誤解ですってば!」

 

 ――ガタッ

 

 士道の大声とほぼ同時に、部屋の入り口のドアが揺れる。

 今は窓を開けていないので、大きな空気の流れはない。

 これが心霊現象でもなければ、ドアが物音を立てる理由は限られる。

 令音と顔を見合わせてから、士道は足音を立てないように部屋の入り口へと向かった。

 そしてドアノブに手をかけて開け放つ。

 

「――――ぷぎゃっ!」

 

 外開きのドアが何かにぶつかったかと思うと、奇妙な鳴き声、のような悲鳴。

 外の廊下に座り込んでいたのは、たった今話題に上がっていたエレンだ。

 涙目で鼻に手を当てて、震えているようにも見える。

 察するに、ドアにぶつかって転んでしまったというところだろうか。

 ドアにぶつかるような位置に身を置いていた理由は気になるが、仮に盗み聞きしていたとしても特に証拠はない。

 外開きを考慮してか廊下の幅は広めになっているようだが、歩く位置取りは各人の自由である。

 廊下を歩いていたらたまたまぶつかってしまった、という可能性もないわけではない。

 なので、ここは一教師としての対応に留めることにした。

 

「ごめんなさい、外に人がいるとは思わなかったもので。メイザースさん、大丈夫ですか?」

「い、いえ、問題ありませ――――ひっ」

 

 しかし手を差し伸べると、何故か怯えたような反応をされる。

 どうしてそんな反応をされるのかはわからないが、士道の直感はアラートを鳴らしていた。

 エレンは涙目のまま膝をガクガク震わせながら後ずさると、壁に手をつきながらどうにか立ち上がる。

 

「――けっ」

「け?」

「汚されるーーーーーっ!!」

 

 そしてとんでもなく人聞きの悪いことを叫びながら、一目散に走り去っていくのだった。

 これは一体、何が起こっているのだろうか。

 訳が分からずポカンと見送る士道だが、室内からの視線に気づいてぎこちなく振り返る。

 そういえば、さっきあらぬ疑いをかけられたばかりだと思い出す。

 

「……あの、令音さん? 今のは多分、向こうが何か勘違いをしていただけでですね」

「…………心配せずともわかっているよ。戻ったら、訓練プログラムの強化を琴里に提案しよう」

 

 どうしたら今の一連の流れから訓練の強化に繋がるのだろうか。

 やはり、何も分かってもらえていないのではないだろうか……訓練の強化とかいう罰ゲームを何とか免れるために弁明を始めようとした士道に、さらなるバッドニュースが降りかかる。

 

『エレンさん? そんなに慌ててどったのさ』

『あっ、もしかしてうちの淫行教師に何かされたとか!?』

『マジ引くわー!』

 

 廊下の向こうから、二年四組の三人娘の声が聞こえてくる。

 その憤然とした声に、士道は遠い目で本日のスケジュールを思い浮かべた。

 そろそろ、来禅高校二年生一行がホテルに到着するような時刻だったか。

 

(ああそうだ。温泉に入ろう……)

 

 そうしたらきっと、日頃の疲れも吹き飛ぶに違いない。

 ドタドタと近づいてくる足音から意識を背けるように、そんなことを考えた。

 

 

 




というわけで終了。
次回は温泉会かもしれません。
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