士道くんが淫行教師と謗られながら精霊をデレさせる話 作:kish
「…………」
灰色の雲に覆われた空の下、穂村士道は地面に胡座をかいたまま、何とも難しい顔で黙り込んでいた。
目の前には、睨み合うように対峙する二人の少女の姿がある。
共に橙色の髪と水色の瞳……表情や体型、髪型など見分ける要素はそれなりにあるが、一卵性の双子なのか顔の作りは同一と言っていいほど似通っている。
特殊災害指定生命体、通称・精霊。
世間にはその存在を秘匿されているが、そんな中でも一般市民による目撃情報がしばしば挙げられるのが、彼女たち風の精霊なのだ。
その身に纏っているのは、霊装と呼ばれる霊力で編まれた鎧である。
精霊にとっての防御の要であるはずなのだが、そうとは思えないほど布面積が少ない。
鎧とは言うが、見た目の上ではベルトと錠と鎖で構成された拘束服のような装いなのだ。
士道が難しい顔をしている理由の一つは、単純に目のやり場に困っているせいだった。
天災と称される程の絶大な力を持つ精霊に対して、本来ならばそのような感想を抱く余裕などあるはずがない。
実際に少し前まで、士道は彼女たちが巻き起こす暴風に翻弄されていた。
それがこうして安全に……とは言い難いが、ともかく腰を落ち着けていられるのには、この二人から仰せつかったとある役目が関係している。
「くっ、往生際の悪い奴め。そろそろ諦めてはどうだ……というか、しつこすぎでしょ」
風の精霊の一方、髪を結い上げたスレンダーな体付きの少女が言葉を発した。
表情こそ余裕を保っているように見えるものの、その頬には汗が滲み、小刻みに痙攣している。
尊大な口調は途中から崩れて、一向に決着のつかないこの勝負に、相当焦れていることがうかがえる。
「辟易。そちらこそ、一体いつになれば負けを認めるのですか……」
応えたのは風の精霊のもう一方、長い髪を三つ編みにした肉感的な体付きの少女だ。
気怠げな表情にも独特の口調にも変化はないが、どことなく言葉にはため息が混じっているように思える。
同様に勝負の決着に焦れているのだろう。
二人の様子に、士道は渋面で唸った。
この勝負の裁定を如何にするかを決めあぐねているのだ。
二人の前で披露したちょっとした手品のようなものが気に入られたのか、それからしばらく審判役を任され、こうして勝負に付き合わされているのが現状だった。
そしてそれこそが、難しい顔をしている最大の理由と言ってもいい。
「「あいこでしょっ、あいこでしょっ、あいこでしょっ、あいこでしょ……ッ!」」
(というかさ、この勝負に審判っているのか……?)
凄まじい勢いで
士道の知る中では、ジャンケンほど結果が明快なゲームはそうない。
なんせグーはチョキに強く、チョキはパーに強く、パーはグーに強いのだ。
ルールもシンプル極まりなく、こうまであいこが続いて勝負が長引いているのははっきり言って少し……どころではなくかなりおかしい。
余程思考パターンが似通っているのだろうか。
ともかく問題なのは、そのジャンケンの中で審判が果たす役割が見えないことだ。
いや、よくよく考えれば不正の監視など思いつくこともなくはないのだが、如何せん精霊の中でもスピードに特化した風の精霊同士の勝負である。
そのスピード感は人間の比ではない。
正直、士道には二人の手元がブレているようにしか見えなかった。
顕現装置を用いて己の意のままになる空間を操る現代の魔術師は、しばしば超人と称される。
その端くれである士道が動体視力を強化してこれなのだから、その速さは規格外と表現しても余りあるものだ。
「あっ、今後出ししたでしょ! ちょっと士道、今の見てた!?」
(いや、見えねぇって……)
「不正。今の手の形はおかしいです。士道、是非厳正な判定を」
(だから見えねぇって…………!)
左右から挟まれるように迫られて、ダラダラと汗が流れる。
これは修羅場というやつなのだろうか……いや、それにしては色気が全くない。
それでもこれから先、このように女性から迫られる機会などきっと二度とないだろう。
しかしそれを楽しむような余裕は全くなかった。
そもそもそんな豪胆な精神があれば、今頃恋人の一人や二人は出来ていてもおかしくはない。
未だにそういった話題を振られた際に「彼女? 今はいないけど」と虚しい返事をするしかない士道にとっては、無縁の境地である。
……そんな吹きさらしの平原同然の女性遍歴はさておいて、二人の勝負はどうやら互いの存在をかけたものであるらしい。
というのも、元々風の精霊・八舞とは一つの存在だったらしく、何かの拍子に現在のように二人に分かれて以降、真の八舞の座を巡って競い合っているのだとか。
そして、その勝負の果てに敗者は消え去るのだ、とも。
つまり、士道の手にはこの二人の行く末が握らされているのと同義なのだ。
そのような状況下で全く緊張も動揺もしないほど、士道は老成も達観もしていない。
もし残った方に人間に対する害意があれば、それはこの上ない脅威となる。
対精霊部隊の人間としては、決して見逃せない事態だ。
しかしながら、士道は同時に、その立場にあるまじき感情を抱き始めていた。
その脳裏に過ぎるのは、決して思い出したくはない、されど色濃く残る記憶だった。
『忘れるからっ、子猫相手に「にゃあにゃあ」言ってたことは誰にも言わないからっ!』
『ええ、ええ、そうですわね。ここでその記憶ごと頭を吹き飛ばしてさしあげれば、きっともっと完璧ですわね?』
まあ、とりあえずトラウマの類であることは間違いない。
そもそもの話、丸腰のまま銃を持った相手に追いかけ回される経験など、相手が精霊でなくとも恐怖以外の何者でもない。
細かい経緯を省けば、命の危機と共に士道はその時に初めてとある事実を認識した。
『そも、人を
それは、どうやら精霊にも子猫をかわいがったり、自分の名前に執着するような情動があるらしい……ということだ。
勿論、あの精霊が外れ値である可能性は十二分にあった。
それでも、その一件は士道の常識に一石を投じるには十分すぎた。
そして今日、この二人と接触することで、それは確信へと変わるのだった。
陸自の対精霊部隊、通称・ASTに所属する者は、大きく二つに分けられる。
何らかの機会に適性を見出されて配属された者と、空間震の被災経験等から魔術師や精霊の存在を知り、自らその門戸を叩く者だ。
士道は後者にあたり、そしてそのきっかけこそがこの二人、風の精霊だった。
ASTにやって来た者はまず、精霊の脅威についてこれでもかというほど叩き込まれる。
その過程で形成される認識に沿うならば、士道が抱いた感情は間違いでしかない。
だってそうだろう。
世界を殺す、とまで恐れられる
しかしそう思ってしまった以上、その手に握らされた選択権はどこまでも重く感じられた。
自分の掌を見つめてから、士道は両手を一度大きく打ち鳴らす。
「やめやめ、それじゃあキリがないだろ」
精霊とちっぽけな人間という事実を鑑みれば不遜な物言いかもしれないが、二人は顔を見合わせるとしぶしぶ従った。
自分達でも不毛だとは思っていたものの、引っ込みがつかなくなっていたのかもしれない。
しかし熱は冷めきらないのか、或いは勝負に水を差したせいか、向けられる視線が妙に険しい。
人間と同じように感情があることは確かだが、その一方で彼女たちが天災と呼ばれるような存在であることも確かだ。
下手な発言で怒りを買ってしまえば、自分一人の命で済むかどうかも怪しい。
なのでなるべく刺激しないよう降参するように両手を上げると、士道は困ったように笑いながら口を開いた。
「耶倶矢と夕弦……だったか? 勝負もいいけど、その前にもっと君たちのことを教えてくれよ」
士道の提案に、二人は再び顔を見合わせる。
先程もそうだったが、まるで鏡合わせのような動きである。
真の八舞の座を巡って争っているそうなのだが、そこらの事情を抜きにしたら実は気が会うのかもしれない。
「我らが真名を賜っただけでも人の身に余る幸運だというのに、どこまでも不遜な奴よ。我が……ええと、
「指摘。
「う、うるさい! 夕弦は黙っててよ!」
「疑問。夕弦が黙る必要性が見い出せません」
そしてまた、流れるように言い争いへとシフトしていく。
というかこの双子、耶倶矢の発言に夕弦が茶々を入れてヒートアップしているような状況が多いように思える。
そこから二人の性格というか、互いの関係性が窺えるのだが、印象としてはそれ程仲が悪いようには見えないのだ。
士道も自身の姉に対して色々思うところはあるが、決して嫌っているわけではない。
その少々複雑な感情が、風の精霊の姉妹仲の機微を察する一助となっていた。
となると目の前で繰り広げられている喧嘩が、何だか微笑ましいものに見えてきてしまう。
勿論、これが精霊同士の激突に発展しかねないと考えれば、呑気にそんな感想を抱いている場合ではないのだが、この時の士道はちょっと前に嫌というほど風の地獄を味わっていたため、少しばかり感覚が麻痺していたのだ。
別の言い方をしたら、気が緩んで油断をしていたと言ってしまってもいい。
だからだろう、二人に対して明らかに要らない質問を投げかけてしまったのだ。
「そういえばさ、君たちってどっちが姉でどっちが妹なんだ?」
一つから二つに分かれたとなれば生まれたタイミングは同時だろうし、士道としてもこれはただの雑談のつもりでしかなかった。
しかし、世の中には「兄よりすぐれた弟なぞ存在しねえ!!」という考えも存在する。
二人は士道を一瞥すると再三顔を見合わせ、好戦的に笑う。
次の瞬間、吹き荒れる風に上空まで巻き上げられ、士道は自分の失言を悟るのだった。
「失望。見損ないました」
「いや、あの……はっきり言ってこっちも何が何だかわからないんだけど、とりあえず誤解です」
暴風によって思う様荒らされた部屋の床に正座して、士道は弁明の言葉を吐いた。
室内は台風一過の惨状だが、物は散乱しているものの不思議と何かが割れたり壊れたりといった様子はない。
片付ければ、とりあえず旅館側に報告するようなことはなさそうだ。
部屋の状況を確認してから、士道はいよいよ自分を責め立てる少女へと視線を戻した。
橙色の髪に水色の瞳、半端に開いた目でどこか気怠げな表情を浮かべたままベッドに腰かけているその少女は、風の精霊・八舞の片割れ、夕弦である。
先程までは全裸だったのだが、今は霊装を身に着けている。
その霊装も布面積的には心許ないので、視線は肌色の面積が少ない足のあたりに落ち着いた。
夕弦といえば、昨日この部屋に運び込んだ後にふらっと姿をくらませていたのだが、いつの間にやら戻って来ていたらしい。
もっともこちらが眠っていた間にやって来たらしく、詳しい事情は分からない……というか説明をもらいたいのは、むしろ士道の方だった。
一体何があったら、全裸の少女が同じベッドに入っている、などという事態になるのか。
過去の訓練で似たようなことはあったが、あれは思いっきり人為的なシチュエーションなので、参考にはならないだろう。
それともまさか、霊力の封印を施していない精霊相手にそんなことを敢行する命知らずがいるのなら、また話は変わって来るのだが。
同室の彼女が相手だったのなら、まだ納得は出来そうなものだが……と部屋を見回して、その姿がどこにもないことに今更気づく。
落ち着きなく視線を周囲に散らす士道に対して、夕弦は目を細めて手をかざした。
するとどこからともなく鎖が現れ、士道はあっさりと体の自由を奪われてしまった。
「詰問。一体どのようにして夕弦をベッドに引き込み、霊装を剥いてあられもない姿にした上で純潔を奪わんと――――」
「だから誤解だって! 俺も起きたらいつの間にかお前がいて訳がわからないんだよっ!」
「確認。何やら揉まれた感触があったのですが、本当に何もしていないのですか?」
「…………」
「…………」
「…………故意では、なかったんです」
まるで懺悔するかのように告白すると、じゃらじゃらとさらに鎖が巻きつき、士道は芋虫のように床に転がった。
見下ろしてくる夕弦の目は実に冷ややかで、足蹴にまでしてくる始末。
これは何か新手のプレイだろうか……士道が現実逃避気味にそんなことを考えていると、ドアが開く音がする。
オートロックの部屋なので、外から自由に出入りできる者は必然的に限られる。
それは旅館の人間か、もしくはこの部屋の利用者だ。
姿を現した令音は、部屋の惨状を見てか士道の惨状を見てか、僅かながら眉をひそめた。
「…………今朝は随分とお楽しみのようだね」
さらに重なる誤解に、この朝は弁明に次ぐ弁明のオンパレードになるのだった。
「え、あのへんた……副司令が或美島に?」
「……昨夜遅くに連絡がついてね。早急に確認したいこともあったから、合流していたんだ」
壮絶なる弁明の後、令音からもたらされた一報に士道は何とも嫌そうな顔をした。
少々大人げない反応だが、この場合は相手が悪い。
士道や令音の所属する〈ラタトスク〉の副司令と言えば、どこに出しても恥ずかしいのでせめて思い出の中でじっとしていてほしい、いやそもそも記憶からも消し去りたいレベルの変態なのだ。
今のは士道の主観が大いに混じったものだが、大体のクルーが副司令を白眼視か、もしくは見なかったことにしているのは事実である。
なお、そうしたらそうしたでかえって悦ぶという無敵のドМなので、最終的に普通の対応に落ち着くところまでがデフォルトだったりする。
そんな
連絡が取れた際に声がかからなかったのは、そのためだろう。
令音はベッドに腰かける夕弦を一瞥すると、耳元に口を寄せてくる。
吐息が耳にかかって、昨夜のことを思い出した士道は非常に落ち着かない気分になった。
「……ところで、彼女は耶倶矢ではなく、夕弦で間違いないのかね?」
「ほ、本人もそう言ってたので。それに、顔はそっくりでも結構違いはありますから」
双子の精霊ということもあり、耶倶矢と夕弦は確かに顔の造りは全く同じだが、それ以外の部分ではそれなりに違いがある。
あまり見慣れていないと判別がつけづらい部分はあるかもしれないが、勝負に付き合わされていた士道には見分けがついた。
仮に今ここにいる夕弦が耶倶矢の変装だったとして、表情や言葉遣いを含む態度は真似できたとしても、見た目の部分で無理が生じてくる。
霊装や髪形などはどうとでもなるだろうが、七罪のような変身能力がなければ体形自体は弄りようがない。
スレンダーな耶倶矢と比べると、夕弦は相当に立派なものを持っているのだ。
「警戒。何やら不埒な視線を感じます。えっちです」
すると、夕弦が胸元を隠して頬を薄く染めながら、ジトっとした視線を向けてくる。
弁明に次ぐ弁明でどうにかわかってもらえたとは思うのだが、わざとではないとはいえ彼女の胸を触ってしまったのは事実である。
思いっきり警戒されていることを察した士道は、跳ね上がるように天井を仰ぎ見た。
傍から見ると不審な事この上ないが、何も見ていませんという必死のアピールである。
また鎖でぐるぐる巻きにされては堪ったものではない。
士道にはどこぞの変態と違い、縛られて悦ぶような性癖はないのだ。
「…………」
しかし視線は一つだけではなく、すぐ傍からも向けられていた。
具体的に言うと令音のものだが、先程散々弁明をしたというのにまだ疑われているのだろうか。
二人が放つ無言の圧力に晒されて息を詰まらせた士道は、声を張り上げて話題の転換を図った。
「と、ともかく! 耶倶矢のやつを呼んでくるから、ちょっとここで待っててくれよ」
「――! 確認。ここに、いるのですか……?」
「ああ、昨日からこの旅館に――――」
耶倶矢の状況について軽く説明しようとして、言葉を途切れさせる。
夕弦の反応に、そうせざるを得なかった。
涙というのは、時にそれだけの力を発揮するのだ。
『…………だから、さっさと出てきなさいよ……夕弦の阿呆……』
その様子に、温泉で見た耶倶矢の姿が重なる。
どれだけ憎まれ口を叩こうと、やはり二人は互いが大切で、好きなのだ。
だとしたら、一体どんな思いで真の八舞を決めるための戦いに身を投じているのだろうか。
かつて、双子の精霊が語った運命という言葉を思い出す。
二つに分かれた精霊・八舞は、いずれ一つに戻るのだと。
本来の人格はとうに失われ、どちらかの人格がその代わりを果たすのだと。
その座に相応しい方を決めるため、こうして競い合っているのだと。
それこそが、自分たちの運命なのだと。
だとしたら、その運命の果てに真の八舞となった方は、独り何を思うのだろうか。
「――っ」
骨が軋むほど強く、拳を握り締める。
その中には、かつて不本意ながらも握らされた、真の八舞を決める選択権がある。
そんなものを知り合ったばかりの人間に握らせるなど、正直どうかしていると今でも思う。
耶倶矢が生き残るか、夕弦が生き残るか――――無論、そんな二択を認めるわけにはいかない。
精霊攻略で散々慣らされた士道にとって、選択肢というのは三択でなければならないのだ。
だから、握らされた権利を悪用する。
どこにも存在しなかったはずの、三つ目の選択肢を付け加える。
きっとそのための力が、自分の中にはあるのだから。
「――――大丈夫だ」
握り拳を解いて、涙を流す夕弦の前で屈んでその手を取る。
「俺が全部、何とかするから」
そうしてどこまでも独善的に、傲慢に、士道は二人を救うと決意した。
「…………」
しかし、その傍らで顎に手を添えて考え込む令音の様子には気づかなかった。
「耶倶矢がいないって……?」
「うむ、今朝起きたら布団がもぬけの殻でな」
朝食の前に耶倶矢が泊まっているはずの部屋を訪ねた士道は、盛大な肩透かしを食らっていた。
夕弦に大言を吐いた手前もあるのだが、十香が言っているので本当にそうなのだろう。
彼女はとても素直な性格で、嘘が大変苦手なのだ。
確かにこの場に留まっている絶対的な保証もなかったため、可能性の上では考えなかったことではない。
しかし、これでまたも二人は入れ違ったことになる。
この徹底的な間の悪さに、愕然として言葉が出てこない。
『十香ちゃーん、だれか来たのー?』
『とゆーかエレンさんも耶倶矢ちゃんいないんですけど』
『マジ引くわー』
部屋の奥から聞こえる声に、士道はビクッと小さく体を跳ねさせた。
十香と耶倶矢は二年四組のかしまし三人娘と相部屋なのだ。
今は運よく十香が出てきてくれたが、彼女たちが出てきては少々面倒なことになる。
ただでさえ昨日、こってり絞られたばかりなのだ。
というかこの部屋にいないはずの名前まで聞こえてきたが、聞き間違いだろうか。
ともかく士道は十香を連れ出して、二人きりで話せる場所へと移動した。
「それで、耶倶矢がいなくなったって、昨日何か変わったことはなかったか?」
「ぬ? 変わったことといえば……おお、そういえば昨夜は耶倶矢に頼まれて、一緒にシドーの忘れ物を届けに行ったのだったな」
「俺の忘れ物……?」
忘れ物と言われても、特に覚えはない。
昨日はあまりに疲弊してゾンビのようになっていた時期があるので、その時に何か小物でも落としてしまったのだろうか。
「あの時の耶倶矢は、まるで勝手におやつを食べてしまったかのように申し訳なさそうにしていてな。それで一緒に脱衣所へ向かったのだ」
何とも十香らしい表現に苦笑してから、士道は「ん?」と首を傾げた。
忘れ物自体はいいのだが、何故それで脱衣所へ向かうことになるのだろうか。
すると、自分の発言に疑問を覚えたのか、今度は十香も首を傾げ始める。
「……む? ところで、どうしてシドーの脱いだ服が女湯の脱衣所にあったのだ……?」
「あー…………それはあれだな。誰かが動かしたんだな、恐らく多分きっと」
大体の事情を察した士道は、気まずげに目を泳がせた。
本来ならば男湯に入っていたはずなので、その疑問はもっともだ。
しかし昨日は暖簾を入れ替えるという耶倶矢の策略で、女湯に入らされていたのだ。
そして当然のごとくトラブルに見舞われ、最終的に銃声と共に海へとダイブしたのだ。
その後、何とか部屋に戻ることは出来たが、確かに脱いだ服や部屋の鍵は回収していなかった。
今朝は普通に部屋に置いてあった(というか、夕弦の起こした風で散乱していた)ので失念していたが、それは十香たちが届けてくれたおかげなのだろう。
耶倶矢に対しては物申したい気持ちが山々だが、十香に対しては純粋に感謝しかない。
その気持ちを示すために頭を撫でると、何とも気持ち良さそうに笑うのだった。
「ありがとな、十香。しかしまぁ、耶倶矢のやつはまたどこ行ったんだか」
「むぅ……たしかに心配だ。もうすぐ朝餉だというのに、きっと腹を空かせているにちがいない」
実にらしい心配を向けていた十香だが、何か重大なことに気付いたのかハッとした顔になる。
何らかの手掛かりでも思い出したのかと、士道は顔を引き締めた。
しかし十香は何やら唸りながら恨めしそうな目を向けて、話そうとはしなかった。
なんだか責められているような気分になって、思わず息を詰まらせる。
「と、十香? なにか気づいたことがあるなら――――」
「……するのか?」
「するって……何を?」
「うぅ~~~~~っ!」
言わんとするところが分からずに首を傾げたところ、襟を掴まれ揺さぶられ、士道は余計に困惑を深めた。
十香がここまでムキになるのは食べ物か、何かと反りが合わない鳶一折紙の事か、もしくは……
「耶倶矢とも、その……するのか?」
それでようやく、何に言及しているのかに気付く。
士道にはキスをすることで精霊の霊力を封印するという、訳の分からない特殊能力がある。
そうして封印を施した精霊の一人が、十香だ。
そして彼女との間にはとある約束があった。
その約束に則るならば、耶倶矢や夕弦の霊力を封印した場合、士道は十香とも唇を重ねなければならない。
十香は耶倶矢が精霊だと知っているので、それでこうなっているのだろう。
先払いということでこの場で済ませてしまえば、それで満足してくれるだろうか。
十香の肩に手を置こうとしたところで、士道はいや待て、と首を振った。
キスをする方向で話を進めようとするのは、どうにも感覚が麻痺している気がしてならない。
本来ならば、生徒と教師がそう軽々としていい行為ではないのだ。
しかし十香との関係はそれだけで済むものではないし、何より士道には大義名分があった。
今の十香は霊力を封じられている状態だが、ご機嫌斜めになるとその限りではない。
つまり、精神状態を安定させるためならば、キスもやむなしなのだ。
引っ込めようとした手を肩に置くと、十香は顔を上げて目を閉じた。
何を待っているのかは、言葉にせずとも明白だった。
趣きの違いはあれど、精霊は皆揃って美しい顔立ちをしている。
それを一番に思い知るのは、こうしてキスをしようと向かい合っている時だ。
そして十香の場合だと、どうしてもあの貪るようなキスを思い出してしまう。
あの時の蕩けた顔が重なり、大義名分を忘れそうになるところを、どうにか堪える。
己の欲望のままに唇を重ねては、それこそ非の打ちどころのない淫行教師だろう。
そもそも昨夜にあんなことをしたばかりだというのに、自分はこんなにも節操なしだったのか。
自制と興奮の中に自己嫌悪を混ぜ合わせながら、ゆっくりと顔を近づけていく。
「――何をしているの?」
しかし、第三者の静かな声に行為を中断する。
驚きに小さく鼓動を跳ねさせながらも、士道は同時にどこか安堵していた。
もし仮にあのままキスをしていたとして、それだけで済ませられる自信がなかったからだ。
この場に現れた闖入者に、十香はムッとしかめっ面になった。
「また貴様か、鳶一折紙」
「それはこちらの台詞。昨日はあなたたちにしてやられたけれど、今日は好きにはさせない」
出て来て早々に十香との間に火花を散らせているのは、二年四組の女子生徒、鳶一折紙だ。
彼女は何かと十香と折り合いが悪く、こうして顔を合わせては小競り合いに発展することも珍しくない、というよりしょっちゅうだ。
その間に挟まれて少なくない苦労をするのもまた、士道の日常となっていた。
或美島までの飛行機の中で、大岡裁きのような状況になっていたのは記憶に新しい。
またあれを再現されては堪ったものではないので、士道は早々に仲裁に回った。
「ま、まあまあ、こんな朝からそんなけんけんするものじゃないぞ、二人とも」
「む……まあ、朝餉も近いからな。この女に構っている場合ではないか」
十香はしかめっ面のままだが引き下がる姿勢を見せたが、折紙は違った。
告発するように、ピッと十香を指差したのだ。
「その女は昨夜、先生の私物をどこかへ持ち去ろうとしていた」
「なっ……だから違うと言っているではないか! あれはシドーへ届けようとしていただけだ!」
「ならば何故、私が代わりに届けると提案した際に逃走を図ったの? あれはうしろめたい事情がある動かぬ証拠」
「貴様に渡したら何をするかわからぬだろうが!」
「人聞きの悪い事を言わないで。むしろ下着が新品になるから先生にとっても良い事づくめ」
どうやらこちらの知らぬ間に色々とあったようだ。
というか、下着が新品になるとは一体どういうことだろうか。
気にはなったが、とりあえず士道は深く突っ込まないことにした。
この口ぶりだと未遂に終わっているし、何よりつつかなくてもいい藪ならば、なるべくそのままにしておくべきなのだ。
「とにかく、二人共俺のためにありがとうな」
諍いがあったとはいえ、どちらも善意で動いてくれたのは間違いない。
士道の感謝に二人は互いから顔を背けながらも、満足気に頷いた。
どうにも昨今は褒めて伸ばす教育が効果的らしい。
二人の様子に、士道はしみじみと実感するのだった。
すると、折紙がジッと視線を向けてくる。
どちらかというと寡黙な彼女は、こうして意味ありげな視線だけを向けてくることも多い。
汲み取ってやりたいのは山々だが、察するには不透明な部分が多すぎる。
なので素直に訊ねてみることにしたのだが、それよりも折紙の行動の方が早かった。
「――――!?」
唐突に足を払われて床に倒された士道は、受け身を取りながら目を白黒させた。
折紙はすかさず馬乗りになると、服を剥ぎ取りにかかる。
あまりの早業に思考が追い付かない。
数舜唖然とした後、士道は生徒の暴挙を止めにかかった。
「待て待て待てっ、一体全体どういうことなんだ!?」
「私には先生の無事や安全を確かめる義務がある」
「それとこれと話が繋がらないんですけど!?」
「こらっ、やめぬか! シドーから離れるのだ!」
十香が引きはがしにかかると、折紙は軽い身のこなしで跳躍して距離を取った。
そして、極めて真剣な雰囲気を漂わせたまま……
「時崎狂三は危険。先生の貞操は私が守る」
そんなことを言うのだった。
そこで士道は、折紙がとんでもない勘違いをしていることを思い出した。
彼女はあろうことか、かの最悪の精霊がしがない新米教師を、性的に狙っているなどと思い込んでいるのだ。
まぁ、狙っているという部分は正解なのだが、間違っても性的にではないし、その理由も断じて色気があるものではない。
士道が身を起こしつつ頬に汗を滲ませていると、折紙は僅かながら眉根を寄せて、自分の無力さを噛みしめるように拳を握り締めた。
「昨日、あの女の動向には気を配っていた……でも、時崎狂三は精霊。こちらの想定を上回る手段で先生に接触する可能性も考えられる」
何やら方向性はおかしなことになっているが、こちらの心配をしてくれているのは間違いない。
全てを詳らかにするわけにはいかないが、せめてその誤解だけは何とかしておくべきだろう。
士道は頭を掻くと、乱れた服を直しつつ立ち上がった。
「――!? そ、れは……」
すると、折紙が目を見開いてこちらに人差し指を向けてくる。
相当の衝撃を受けたのか、指先はプルプルと震えていた。
その尋常ではない様子に、士道は折紙の指が向く先――自分の胸元に視線を落とした。
「いぃっ!?」
果たしてそこに浮かび上がっているものに、思いっきり変な声を上げるのだった。
流石に十香も異常を察知したのか、眉をひそめながら胸元を覗き込んでくる。
「ぬ、なんだこれは……虫刺されか?」
士道の胸元にある赤い点は、虫刺されに見えなくもないが、実際は内出血の類だ。
より俗っぽく言ってしまえば、キスマークである。
そんなものが付く心当たりしかない士道は、目に見えて動揺を露わにした。
それが余計に疑惑を深めさせたのか、折紙は士道の懐に飛び込んでくると躊躇なく胸元に吸い付いてきた。
唇の柔らかい感触と舌の湿った感触と、皮膚を吸われる感触に思わず悲鳴が漏れてしまう。
「ひっ――――ちょっ、折紙さん!?」
「
「なっ……貴様は何をしているのだ、鳶一折紙!」
すると折紙を引きはがすために十香も飛び込んでくる。
内情はともかく、二人の女生徒を侍らせているように見えるその様は、傍から見たら立派な淫行教師である。
二人に揉みくちゃにされながら士道は、ここにあの三人娘がいなくてよかった、などとやや現実逃避するのだった。
「――ん?」
折紙を士道から引きはがそうと奮戦していた十香だが、何か気になることがあるのか動きを止めて、怪訝な様子で鼻をひくひくとさせた。
まるで犬のようだが、実際に十香は時折、信じられないぐらい鋭い嗅覚を発揮するのだ。
昨夜は散々令音と体を密着させていた士道は、その仕草に息を詰まらせた。
体はしっかりと洗ったので、彼女の匂いが残っているとは思えないが――――
「むぅ……何故だかシドーから耶倶矢と同じ匂いがするような……これはそう、まるで同じベッドに入っていたかのような――――」
「ハ、ハハハ……ソンナワケナイダロー?」
「ぬ、そうか? シドーが言うのだからそうなのだろうな」
士道の言葉には明らかに焦りが見えたが、十香はそれで納得した。
あまりに素直過ぎて、士道はほんのりとした罪悪感を抱えてしまった。
それにしても恐るべきはその嗅覚である。
耶倶矢と同衾した覚えはないが、その双子の姉妹である夕弦とならばばっちりと覚えがある。
勿論、なにか変なことがあったわけではないが、姉妹だけあって匂いも似ているのだろうか。
具体的な言及に、思わず日本語に慣れていない外人のような発音になってしまった。
相手が十香でなければ通じなかっただろう。
そしてこの場にいるもう一人――ようやく胸元から顔を離した折紙は、士道の見え透いた誤魔化しに対して、ジトっとした視線を向けてくるのだった。
「あの転校生、ただものではないとは思っていたけれど……してやられた」
昨日、十香と折紙が遭遇した際に、その場には耶倶矢もいたはずだ。
彼女は精霊なので折紙の「ただものではない」という感想もその通りなのだが、そこには恐らくまた新たな誤解が加わっているに違いない。
汗をダラダラと流しながら、どうしたものかと説明しあぐねている内に朝食の時間になり、結局事態はうやむやのまま流れていくのだった。
ちなみに、上書きされてより大きくなったキスマークは、絆創膏を貼ることで対応した。
朝食の後、自分の班に割り当てられた旅館の室内にて、折紙は己の無力さを噛みしめていた。
折紙には穂村士道という恋人がいる。
彼とは生徒と教師という関係ではあるが、その程度の障害などさしたる問題ではない。
問題は、最近になってそれ以外の障害が次々と現れていることだ。
まず、四月に転入してきた夜刀神十香。
彼女は精霊であるにもかかわらず、学校に通い士道に付きまとう危険人物である。
恥知らずにも「デートに連れていけ」などとのたまう度に、折紙は拳を握り締めているのだ。
次に、先月に転入してきた時崎狂三。
彼女も夜刀神十香同様に精霊であり、その危険度は群を抜いて高い。
士道に対する態度も到底見過ごせるものではなく、彼(の貞操)を守るために折紙はこの修学旅行中、警戒を厳にしているのだ。
加えて、時崎狂三の後を追うように転入してきた山打紗和も、当然警戒の対象だ。
一見すると普通の女子生徒と変わらないのだが、士道に向ける視線が普通ではないことに折紙はしっかりと気づいていた。
彼女は現時点で目立った動きを見せていないが、それだけにその潜在的な脅威は計り知れない。
そして、転入に先駆けて修学旅行に合流したという八舞耶倶矢。
彼女に関しては、自分の油断を認めざるを得ない。
全く警戒をしていなかったわけではないが、こんなにも早く士道と同衾を図り、あまつさえキスマークを拵えるなど、折紙の想定をはるかに上回っていた。
そのアグレッシブさと超スピードには感服すら覚える程である。
しかし、士道の貞操を守り切れなかったのは事実。
それはそれとして血涙を飲んで受け入れるしかないが、肝要なのはこれからどう動くかだ。
無論、これ以上の士道に対する狼藉を許すわけにはいかない。
どれだけ他の女に汚されようと最終的に隣に立っていればこちらの勝利だが、それはそれとして他の女の痕跡は上書きしておく必要がある。
(――決行は今夜)
誰を警戒するにしても、守るべき対象の傍にいればそれだけで事足りる。
時崎狂三に注意を割くあまり、そんなシンプルな事実にさえ失念していたのには、ただただ恥じ入るしかない。
そうして折紙は今宵、少子化対策に踏み切る決意を固めるのだった。
「請願。今日一日お世話になります、八舞夕弦です。どうぞよろしくお願いします」
三つ指をついて頭を下げたその女子を、横目で視界にいれる。
八舞夕弦と名乗った彼女は、今朝合流したばかりの転入生である。
そして、あのとんだ泥棒猫である八舞耶倶矢とは双子の姉妹らしい。
成程、たしかに顔立ちはそっくりだ。
しかし、落ち着きのない印象のあちらと比べて、こちらは物静かな印象だ。
その丁寧な所作のせいか、どこか超然とした雰囲気のせいか、この班に新たに加わった一員に、他の班員は不必要に畏まっているようだ。
しかしそれは折紙の気にするところではない。
むしろこの微妙な空気を、必要以上の会話をしなくてもいい、と好意的に受け止めてすらいた。
しかし他の班員たちは座布団の提供等で何とか間を持たせようとしていたものの、ついには沈黙に耐え切れずに夕弦へ質問を投げかける。
「ええっと、八舞夕弦さん?」
「応答。夕弦で結構です」
「じゃあ……夕弦さんって、昨日合流した耶倶矢さんとは双子の姉妹なんですよね?」
「肯定。その通りです。……皆さんは耶倶矢のことをご存じなのですか?」
「それはまあ……結構インパクトがあったというか」
「疑問。そのインパクト、とは?」
問いかけに、班員たちは若干気まずそうに顔を見合わせた。
夕弦自身の雰囲気もあるが、そもそもクラスでも大人しい女子を中心に、他の班からあぶれた女子を寄せ集めたような班である。
どちらかといえば、コミュニケーションが苦手な者がほとんどなのだ。
そうあけすけと、しかも当人の姉妹に関して語るのは、少々ハードルが高かった。
「その、何と言いますか、ちょっと個性的なキャラクターというのもあるんですけど」
「納得。耶倶矢のような女子は、たしかに他にはいないでしょう」
言葉選びに配慮した表現に、夕弦は静かに頷いた。
気怠げな表情は変わらないが、どこか誇らしげにも見える。
その様子に姉妹仲の良さを察した班員は、それ以上の言及を憚るのだった。
かの悪名高い淫行教師と何やら色々とあった、などという噂話を聞かせたら、余計な心配をさせてしまうと考えたのだ。
「懇願。他にも何か知っていることがあるのなら、是非教えてください」
しかし、床に伏す勢いで頼み込んでくる夕弦に、根負けしておずおずと口を開くのだった。
かくして口々に語られるのは、淫行教師の武勇伝(現地妻バージョン)である。
一人窓の外に目を向けていた折紙が、それを耳にして拳を握り締めていることには、誰も気づかなかったことにした。
「驚愕。まさか、そんなはずは…………」
目を見開いて口元に手を当てた夕弦の様子に、班員たちは揃って口をつぐんだ。
やはり仲の良い姉妹が悪い男に誑かされていると聞いて、ショックを受けないはずがないのだ。
慌ててフォローの言葉を投げかけるも、考え込んでしまって声が届いている様子はない。
「……推測。もし、耶倶矢が一〇〇番目の勝負を果たそうとしているのなら――――」
ブツブツと呟いている姿に、班員たちが気遣わしげな視線を向けていると、思考から脱した夕弦は再び静かに頭を下げた。
「――請願。男性の気を引く方法をお教え願いたいのですが」
「えっ、この話の流れでそうなっちゃうの!?」
まさかのお願いにギョッとしているのを知ってか知らずか、夕弦はグイグイと詰め寄りながら頭を下げるという、何ともアグレッシブな低姿勢を見せてくる。
壁際まで追い詰められて、余り物の女子集団は大いに恐れおののいた。
そもそも異性との交遊関係に乏しい面子なので、有効なアドバイスなど思いつかないのだ。
なのでしどろもどろに出した提案は、実体験に基づかない、実に当り障りのないものとなった。
経験のなさからくるファンタジーとでも言ってしまえばいいだろうか。
そのような夢物語を聞かされて、立ち上がるものが一人。
「――話にならない」
今まで静観を決め込んでいた折紙は、班員のあまりの体たらくに腰を上げざるを得なかった。
そこには勿論、トンビにまんまと油揚げをかっ攫われた自分自身への憤りも含まれている。
学年一の才女の登壇に、皆一様に気まずげな顔をした。
淫行教師の武勇伝の始まりとして語られる『鳶一インシデント』の当事者こそ、彼女なのだ。
実を言うと、噂話を語るのを躊躇したのには折紙に対する気遣いもあった。
「漫然とした行動では相手に先を越されるだけ。意中の相手を落としたいのならば、とにかく攻めるべき」
己の失敗を噛みしめながら語るその姿には、気迫というか執念というか、とにかく説得力を感じさせるものがあった。
その並々ならぬオーラに、夕弦はその瞳を輝かせた。
「請願。是非、ご教授を」
「…………」
折紙は無言で座布団を掴むと、夕弦の前に置いてその上に正座した。
その無駄のない綺麗な姿勢に実力の程を感じ取って、夕弦は静かに気を引き締めた。
かくして正座と正座で向かい合った二人の少女の間に流れる緊張感に、他の班員はゴクリと唾を飲み込んだ。
「まず、大事なのは――――」
そうして折紙は静かに語り始めた。
これは教授の形を取った宣誓である。
この宣誓の果てに、必ず恋人の愛を取り戻すのだ。
というわけで終了。
折紙さんのインターセプトがなければちょっと危なかったかもしれませんね。
そういう意味では淫行教師になるのを防いでくれた恩人と言えるでしょう。
なお、淫行教師呼ばわりの原因と折紙さんの普段の素行に関しては目を背けておいてください。
今回の話を経たことで、耶倶矢と折紙さんの間で天の助ネタがいけそうです。