士道くんが淫行教師と謗られながら精霊をデレさせる話   作:kish

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かくして戦争(デート)の火蓋は切られた

 

 

 

「というわけで、今回は及第点をあげる」

「ハイ、アリガトウゴザイマシタ……」

 

 司令官様のありがたい評価を受けて、士道は机に突っ伏した。

 ここは〈フラクシナス〉内にあるブリーフィングルーム。

 その中央に設置された円卓で行われているのは、先の作戦の反省会である。

 士道と、その正面に座る司令官とその傍らに控えた副司令、そして左手に座る解析官。

 以上が、記念すべき初回の参加者だ。

 手元のパーソナルディスプレイにて、録画された十香とのやり取りを見せられるという、士道にとってはただただ拷問のような時間だった。

 

「しかし疑問でなりませんね。解析官、ちょっとここのシーン、巻き戻してもらっても?」

「……ん」

 

 神無月の要請に従い、映像が巻き戻される。

 士道が十香に、座るように促している場面だ。

 

『よし、じゃあそこに座ってくれ』

『む……なんだ、どういうつもりだ』

『いいからいいから』

 

 一連のやり取りを見終えた後、神無月は首を横に振って盛大にため息をついた。

 そして拳を握りしめて声を張り上げる。

 

「ここは普通、『自分が椅子になる』と申し出る場面でしょうがっ!!」

 

 少なくとも士道の知る常識に、そのような普通は存在しない。

 額に手を当てた琴里がパチンと指を鳴らすと、屈強な男が二人、室内に入ってきた。

 神無月はその二人に両腕を押さえられると、部屋の外へと連行されていった。

 

「司令っ、どうかお慈悲を……ッ! アーーッ!!」

 

 スライドドアが締め切られた直後に、悲鳴が響き渡る。

 そして少し間を置いて、何だかボロボロになった神無月が姿を現した。

 

「それじゃあ続けましょうか」

 

 何事もなかったのように再開される反省会。

 ボロボロの副司令について触れるものは誰もいなかった。

 士道としてもそんなものに意識を割いている暇はない。

 自惚れを抜いても、先程の十香との接触は好感触だったように思える。

 それでも及第点止まりなのだから、評価は辛めの印象だ。

 勝手な想像だが、身内贔屓だと思われるのを警戒しているのかもしれない。

 司令官という立場から考えれば、十分に理解できることだった。

 自分の不甲斐なさが目立てば、琴里の沽券に関わるかもしれない。

 だとするのなら、こんな反省会ごときで沈んでいる場合ではない。

 己を奮い立たせ、やる気をみなぎらせる。

 

「もっと、もっとだ……もっとビシバシ来いよ……!」

「うわ、そういうのやめてくれません? 気持ち悪いんですけど」

 

 率直に引かれて、士道はその場に轟沈した。

 いつもと違う言葉遣いが余計に心の傷に沁みた。

 涙を飲んで顔を上げると、神無月が穏やかな顔で微笑んでいた。

 

「――――ようこそ、こちらの世界へ」

「…………」

 

 全力で見なかったことにした。

 目を合わせて仲間だと思われでもしたら大迷惑である。

 目線を正面から左方向へ逸らす。

 

「……ん?」

 

 令音と目が合うと、キョトンと首を傾げられた。

 それが何だかとても可愛らしくて、士道の鼓動が跳ね上がってしまう。

 動揺を悟られまいと、顔を下に向けた。

 

「全く……一丁前に盛るのは、精霊を一人でもデレさせてからにしなさいよね」

「そうだそうだっ、大きな胸にうつつを抜かすなど言語道断ッ! 愛でるなら指令のように膨らみかけのささやかな胸一択――ぎゃぉふッ…………!」

「んー? 今、不快な言葉が聞こえたけど神無月、あなた何か言った?」

「ぶ、ぶひぃっ!」

「そうよね、豚が人間様の言葉を喋るはずがないものね」

 

 鳩尾に肘鉄を受けて地面に倒れこんだ変態は、さらに足蹴にされて恍惚の声を上げた。

 それは最早気にしても詮無き光景である。

 そんなものよりもずっと気になるのは、姪っ子の女王様的言動だ。

 普段の厳しい言葉は、司令官という立場を考えれば理解が及ぶのだが、これは別だ。

 そこの変態が教育に悪いのは明白だ。

 しかしながら愛すべき士道のクソ姉貴様が、琴里の情操教育に悪影響を及ぼしている可能性も、なきにしもあらずといったところ。

 これは一度、姉夫婦と姪の教育について話し合う必要があるかもしれない。

 場合によっては熾烈な戦いになるだろう。

 割と大真面目に、士道はそんなことを考えていた。

 

「ま、あそこで次の約束を取り付けてたら、合格点をあげても良かったんだけど」

「……それなんだけど、実際に精霊とそういう意味で仲良くなる必要が本当にあるのか?」

「そうねぇ、そろそろ封印のことについて、話しておいた方がいいかしら?」

「封印?」

「そ、封印」

 

 封印……特別な言葉ではないが、創作の中で使われている印象が強い。

 それは伝説の武器が封印されていたり、得意技を封印してみたり、記憶が封印されたり。

 かくいう士道も、自分の過去を黒歴史として封印して埋葬している立場である。

 最近はどうも墓荒らしに掘り返されているようで、非常に頭の痛い問題だ。

 その主犯は、チュッパチャプスをピコピコと上下させながら説明を続けた。

 

「私たちの目的は空間震問題の平和的解決。そのためには精霊の力をどうにかする必要がある」

「それが封印だってのか……いや待て、それとこれと何の関係があるんだよ」

「あら、だって好きでもない相手にされるのは嫌でしょ?」

 

 そう言って、琴里は自分の唇にチュッパチャプスを触れさせた。

 その意味するところを計りかねる士道だったが、続く説明を聞いて固まることになった。

 

「――――冗談、だよな?」

「マジもマジ、大真面目よ」

「…………なんだよ、それ」

 

 理解が追いつかない。

 精霊の力の封印……そんなことが可能だというのも初耳なのに、それをやるのが自分で、しかもその方法が――――

 疑問は尽きないが、こんな空中艦を保有する組織がおふざけで動くとは思えない。

 説明された内容を事実とした上で、しかし確認だけはしておくべきだろう。

 

「それには確証が……いや、前例があると見ていいんだな?」

「……力を封印された精霊は、今は学校に通って家族と一緒に暮らしているわ」

「そうか、そりゃいいな」

 

 名を持っていなかった精霊の少女が、そうやって過ごすさまを想像してみた。

 彼女がそんな日常を送れるようになるのなら、それはきっとこの上ない結果だ。

 そのためならば、自分の中で騒ぎ立てる羞恥心や罪悪感など、問題にならない……はずだ。

 同じ説明を聞いていたはずの令音を一瞥して、士道は小さく息を吐きだした。

 とにもかくにも、精霊をどうにかするのなら、舞台の上に立たないことには始まらない。

 

「それじゃあ琴里、一つ用意してもらいたいものがある」

 

 そのために差し当たって必要なものが一つ。

 それを得るために、士道は琴里に一つだけ頼みごとをした。

 

 

 

 

 

 何もない、あるいは何も見えない空間の中を、ふよふよと漂う。

 先程まで響いていた戦いの音も、ここでは無縁のものだ。

 ただただ静かで、ただただまぶたが重い。

 意識が落ちるように、闇へと飲まれていく。

 その最中で、向こうの世界でのことを思い返す。

 気まぐれで入った建物の中での、とある出会い。

 その男は、実に奇妙な人間だった。

 そもそもの発端はそれ以前、壊れた街の中での邂逅だったはずだ。

 その時からして、既に妙な動きを見せていたのだ。

 だってそうだろう。

 

『俺は穂村士道。君は?』

 

 戦場で座して語りかけてくるなど、愚かとしか言い様がない。

 人間は剣や砲を向けてくる者ばかりで、まともに言葉を交わした記憶などなかった。

 

『そんなわけ――――伏せろっ!』

 

 あまつさえ自分を助けようとするなど、最早正気の沙汰ではない。

 でもそれは、絶望と諦念に色あせた世界の中で、確かに色づいてるように見えたのだ。

 

「シドー……」

 

 その名を呟く。

 愚か者で、慮外者で、よくわからない話を聞かせてきて、そして自分に名を与えた男。

 あの夕日が差し込む部屋でのやりとりが、心の中に楔のように食いついて離れない。

 

「十香……私の、名前」

 

 災厄や害悪のように、そこに恐れや敵意は含まれない。

 精霊や〈プリンセス〉のように、無機質な呼称とも違う。

 名も無き精霊の少女が得た、自分だけの名前。

 手放さぬよう、抱きしめるようにその場で膝を抱えて丸くなる。

 頭の中には彼の別れ際に発した、『またな』という一言が残っている。

 それは再会を期した別れの言葉だったはずだ。

 約束、と言ってしまってもいいのかもしれない。

 

「もう、一度だけ――――」

 

 その先の言葉は続かない。

 ただ、精霊の少女――十香は、自分を否定しないと言った男を、強く思い浮かべた。

 そしてそれっきり、意識はあっさりと闇に飲まれた。

 

 

 

 

 

「まあ、いないよなぁ……」

 

 瓦礫の山を見上げて、士道は独りごちた。

 地獄の反省会から明けた金曜日。

 本日は昨日の空間震の影響で、彼の務める来禅高校は休校である。

 グラウンドには大穴が空き、校舎は主にASTの攻撃によって損壊している。

 校門はぴったりと閉ざされており、ところどころ崩れた塀は立入禁止のテープで塞がれている。

 一般人の進入は制限されており、もちろんそれはこの学校に務める士道も例外ではない。

 であるのにも関わらず、彼がここにいるのには理由がある。

 それは昨日、自分が名前を贈った相手である精霊の少女の存在だ。

 ミステリーやサスペンスというわけではないが、犯人は現場に戻るとも言う。

 一体何を指して犯人とするのかはともかく、包み隠さずに言うのなら、十香を探しに来たというのがここに来た大きな目的になる。

 空間震警報が鳴っていないのに、精霊が現界しているわけがない。

 それは事情を知る者が、共通して持つ認識だろう。

 もちろんその事は士道も承知している。

 しかしながら、路地裏をのぞけば精霊が野良猫に餌をやっていたり、空腹で行き倒れていたり、なんて可能性もあるかもしれない。

 そしていないにしても、散歩のついでに買い物でもして帰ればいいだけだ。

 幸か不幸か今日は暇があるので、たまには時間のかかる凝った料理も悪くない。

 姪っ子の喜ぶ顔を思い浮かべながら、夕食のメニューを考え始めた矢先――――

 

「――――驚いた。まさか本当にいるだなんて」

「ふんっ……またなと言ったのは、おまえではないか」

 

 探していた相手は瓦礫の山の上に立ち、美しい顔を不機嫌そうに歪めて腕を組んでいた。

 光を織り込んだかのようなドレスに、夜色の髪と紫水晶の瞳。

 精霊の少女――十香は軽く跳躍して地面に降り立つと、士道に指を突きつけて不敵に笑った。

 

「ご馳走、してくれるのだろう?」

「ああ、そうだったな」

 

 確かに昨日、そんな話をしたのを思い出す。

 それを頼りにここへやって来たと言うのなら、少々気恥ずかしいが悪い気はしない。

 しかしながら、他に少々……いや、大いに気になることがある。

 今日は休日でもないし、ここは人気のない山中ではなく一般道だ。

 つまり、普通に往来がある。

 十香の少々ファンタジーにすぎる格好は、日常の風景には馴染まないものだろう。

 端的に言うと、滅茶苦茶注目されているのだ。

 

「とりあえず、その格好はちょっとマズいか」

「ぬ、この霊装の何がいけないというのだ」

「いけないって言うより、目立つんだよ。AST……メカメカ団に見つかると面倒だろ?」

「むう……確かに」

 

 十香は周囲に目をやると、苦々しい顔で納得した。

 どうやら、人目を引いていることに気づいたようだ。

 警戒するように腰を落とした様を見ると、どうしてか士道の背中に嫌な汗が伝ってくる。

 これは彼女がギャラリーを攻撃し出す前に、なんとかしなければならない。

 

「なら、着替えなきゃいけないわけなんだけど……」

 

 となると、まずはそのための衣服を調達しなければならない。

 それ自体は自分で買いに走ればいいだけなので、容易ではある。

 だが、士道は女性と出かけるという点で、経験値が不足気味なのは否めない。

 ましてや服を選ぶなどという経験があろうはずもない。

 まさか、十香を店に連れて行って選ばせるわけにもいかないだろう。

 かと言って一人で置いていくことには、それはそれで不安が残る。

 どうしたものかと頭をかいていると、何やらそわそわした十香が目に入った。

 身を守るように両腕で自分の肩を抱き、頬を薄赤く染めてこちらを睨んでいた。

 

「シドー……まさか、ここで脱げというのか?」

「いやいやいや、どーしてそうなるんだよっ」

 

 どのワードに反応したのか、ご近所のおばちゃんたちが何やらヒソヒソと話していた。

 誓って士道には、女性を衆目の中で辱める性癖はない。

 あまりにも心外な指摘に慌てて説明すると、十香はどうにか納得してくれた。

 そしてうむ、と頷いて人差し指を立てると、その先に黒い光が収束していく。

 

「あの……十香さん?」

「なんだ?」

「それは一体……?」

「なに、ちょっとそこらの人間を気絶させて服を――――」

「ストォーーップ!!」

 

 即座に腕に掴みかかって、指を下に向けさせる。

 直後、鈍い音と共に足元の地面が抉れた。

 一応手加減するつもりはあったようだが、お世辞にも慣れているとは思えない。

 もし今のがそこらの人に当たっていたらと思うと、冷や汗が止まらなかった。

 士道は渋面のまま、頭の上で腕を交差させて大きく×を作った。

 

「追い剥ぎ、ダメ、絶対」

「そういうものなのか」

「そういうものだ。そもそもな、人に攻撃するのはダメなんだよ」

「何故だ。メカメカ団の奴らは攻撃してくるではないか」

「でも、攻撃されたら嫌だろ? 自分がされて嫌なことは、他の人にしないようにしなくちゃな」

「むう……なるほど」

 

 まるで子供に言い聞かせているような気分だった。

 難しい顔で唸っていたが、十香は納得したようだ。

 常識には疎いが、思いの外素直で聞き分けがいい。

 そんな彼女だからこそ士道は手を差し伸べたいと思うのだが、胸をチクリと咎めるものがある。

 それは自分が抱える『隠し事』への罪悪感に他ならない。

 もちろん、全てをさらけ出して生きていける人間など滅多にいない。

 他者との関係を円滑にするために、敢えて話さないことだってあるだろう。

 士道の十香に対する『隠し事』も、その類のものだ。

 もし話してしまえば、今の好意が敵意に反転しかねない。

 いつかは話さなければならないとしても、少なくとも今ではない。

 そう自分に言い聞かせて、士道は目前に控える問題と向き合った。

 

(十香の服、どうしよう……)

 

 今日はインカムを持ち歩いていないため、〈フラクシナス〉と連絡を取ることはできない。

 空間震警報も鳴っていないため、向こうも恐らくは十香の現界に気づいていない。

 琴里に直接連絡を取るのは、色んな意味で最終手段だ。

 ドラ○もんに泣きつくの○太くんの如く、姪っ子に縋り付くのは、情けないにも程がある。

 士道にも、プライドとかそういうものがあるのだ。

 

「では、どういうものがいいのだ?」

「あー…………制服、とか?」

 

 十香に尋ねられるが、いきなりだったので返答に窮してしまう。

 そして、どうにかひねり出した答えがこれである。

 つい昨日、自分の生徒の制服姿を褒めたことを思い出して、士道は頭を抱えた。

 

(制服フェチか? 制服フェチなのか俺は……!?)

 

 中学生や高校生の正装ではあるのだが、そうでない者が着たらそれはただのコスプレである。

 士道にその嗜好はなくとも、無垢な少女にそのコスプレを勧めていたら、疑いは増すばかりだ。

 今のやり取りをモニターされていたら、間違いなくそんな罵倒が飛んできていただろう。

 というか、実際に昨日の訓練中にそう言われたばかりである。

 なんにしても、普通の服と比べたら制服は調達が難しい。

 ここはやはり、自分のセンスで勝負するしかないだろう。

 

「それはどんなものなのだ?」

「えっと……こんなのだ」

 

 士道は携帯に、ネット上に転がっている来禅高校の女子制服の画像を表示させた。

 十香はしげしげとそれを見つめると、指をパチンと鳴らした。

 すると次の瞬間、身につけている光のドレスが解けて消えていく。

 かと思えば、キラキラとした光がその体を包み込んで、別のシルエットを形作った。

 数秒の後、そこに立っていたのは、来禅高校の女子制服に身を包んだ十香である。

 

「すごいな、そんなことも出来たのか」

「見た目を真似ただけだが、これで問題あるまい」

 

 得意げに胸を張る十香には悪いが、最初からこれをやってほしかったというのが正直な感想だ。

 そうしたら、先程の冷や汗も無用のものだっただろう。

 しかし、そのドヤ顔は微笑ましい。

 苦笑すると、士道は十香の頭に手を伸ばした。

 

「む?」

「ああ、悪い。馴れ馴れしかったよな」

「全くだ。ああ、全く馴れ馴れしい。……だが、悪い気はしない」

「……そ、そうか」

 

 気持ちよさそうに目を細めた十香に、胸の鼓動が跳ねる。

 そのまま手を動かして撫でてみると、彼女は満足気に息を吐いて笑った。

 気恥かしさで直視することができない。

 こんなところでも、女性経験の少なさが露呈していた。

 なんとなく目をそらした先で、通行人と目が合う。

 そして他方を向けば、また違う通行人と目が合った。

 どこを向いても誰かと目が合うということは、それだけ注目を集めているということである。

 先程の変身シーンを見られていたのなら、当然の話ではある。

 目立つのを避けるために取った行動で、更に目立ってどうするというのか。

 乾いた笑いを浮かべると、士道は十香の手を引いて、そそくさとその場から離れた。

 

 

 

 

 

『デートとはなんだろうか?』

 

 街中を歩く士道の頭の中には、そんな哲学じみた疑問があった。

 英単語的な意味ならば、単に『日付』ということなる。

 辞書を引いてみれば、『男女が日時を決めて会うこと』と書いてある。

 日本において日常で使う場合、大体が後者の意味合いになるだろう。

 士道が〈ラタトスク機関〉から課せられている『精霊とデートしてデレさせる』という役割も、当然こちらの方になる。

 それらを踏まえた上で、現状を考えてみる。

 目の前の、紙袋の中身をはむはむと頬張る十香へ目を向ける。

 士道の感覚的には、これはデートというより琴里とのお出かけに近い。

 しかしながら、精霊と人間の間には決して小さくはない隔たりがあるはずなのだ。

 それを少しでも埋めるのが〈ラタトスク〉の展開する作戦……即ちデート。

 十香と二人きりで出かけているこの状況は、奇しくもそれに沿うようなものになっている。

 加えて、彼女が昨日の別れ際の『またな』という言葉をたよりに会いに来たのなら、それは約束をしたとも取れる。

 関係の進展を期して、再会の約束を取り付ける……なんともデートらしいではないか。

 

「……やっぱデートだよなぁ」

「――んぐっ、そのデェトとやらは――むぐむぐ、一体なんなのだ?」

「食べるか喋るかどっちかにしなさい」

「……あむっ」

 

 注意すると、食べる方にかかりっきりになってしまった。

 紙袋の中身は、十香が香りに釣られて入っていったパン屋で購入したきなこパンである。

 よっぽど気に入ったのか、すごい勢いで口に運んでいた。

 多めに十個ほど買い与えたのだが、この分ではすぐになくなりそうだ。

 その予想に違わず、程なく紙袋は空になり、グシャグシャに丸められてしまった。

 それをどうするか迷っていた十香だが、近くの子供に倣ってゴミ箱へ捨てに行った。

 そして戻ってくると、無言で頭を突き出してくる。

 士道が恐る恐る撫でてやると、満足気に頷いた。

 どうやらこちらも気に入ったらしい。

 思わず苦笑が漏れる。

 

「それで、デェトとは一体なんなのだ?」

「あー……要するに、今の俺たち、みたいな?」

「なるほど、よくわからん。デェト、デェトデェト……」

 

 要領を得ない説明に、十香は首を傾げた。

 かなり曖昧に濁したので、それは当然の反応だろう。

 それにしても、デートという言葉の何が彼女の興味を引くのだろうか。

 反芻するように何度も呟くさまを見て、士道は頬をかいた。

 

「むっ、この香りは……行くぞシドー、デェトだ!」

「おい、そんなに急ぐなって!」

 

 パン屋に駆け込んだ時と同じように走り出した十香を、慌てて追いかける。

 

「…………ありえない」

 

 物陰から自分たちを無表情で見つめる少女の存在には、気づかなかった。

 

 

 

 

 

「んー、おーいし」

「……よくそんなにすっぱいものを食べられるね」

 

 フォークで刺したラズベリーを頬張って、琴里は舌鼓を打った。

 その対面では、令音が溶け残った砂糖が浮かぶアップルティーを一口啜る。

 天宮大通りのカフェでおやつタイムを楽しむ二人は、共に〈ラタトスク機関〉に所属する司令官と解析官である。

 しかしいつもの軍服は着用しておらず、それぞれ中学校の制服と簡素な私服姿だ。

 加えて琴里は白いリボンで髪を括っており、完璧にプライベートであることを示していた。

 本日は平日の金曜日であり、普段なら学校に行っているはずの彼女が、こんな日の高い時間からカフェにいるのにはもちろん理由がある。

 今朝は士道に見送られて登校したのだが、昨日の空間震の影響で休校になっていたのだ。

 そのまま帰るのも癪だったので、こうして令音を呼び出してカフェに洒落込んだわけである。

 

「それにしても、封印か……世界広しとはいえ、そんなことができるのは彼ぐらいだろうね」

「ま、ちょーっと頼りないけどねぇ」

「それでも、君は彼が適任だと考えている。そうだろう?」

「それはまぁ、うちのしーくんだし?」

 

 理由になっているように聞こえないが、令音はそこに掛け値のない信頼を感じとった。

 そして口元を綻ばせて、本当に良かったと、そう胸を撫で下ろした。

 

「君たちは、本当に良い家族のようだね」

「うちで作ったギャルゲーみたいに、血は繋がってないんだけどねー」

 

 決して軽くはない事実を、琴里はなんでもない事のように笑いながら口にした。

 士道は、生まれたばかりの頃に穂村家に引き取られた養子である。

 実の両親の行方、安否は共に不明。

 昔はそのことを気にして荒れていた時期もあったと、琴里は母からそう聞いている。

 そこにどれだけの絶望や諦念があったのかは計り知れない。

 そのような身の上からか、士道は似たような感情を抱える者にえらく敏感なのだ。

 そうして出来上がったのが、困った人を放っておけないお節介マンである。

 それが世界を殺す災厄、と称される存在にまで発揮されるのだから、全くもって尋常ではない。

 正体が判然としない特殊能力以外で士道が選ばれた理由を挙げるなら、その一点になる。

 精霊にも物怖じしないお人好しなど、他にそうはいない。

 

「……ところで、昨日言っていた〈不沈艦〉というのは?」

「あ、令音ってばそれ聞いちゃうー?」

「いや、話せないことなら別にそれで構わないよ」

「んー……まあ、令音にだったらいいかな? しーくん昨日約束破ったし」

 

 少し考えると、琴里は令音の好奇心に応じることにした。

 思えば、彼女がこうして特定の誰かに興味を示すのは珍しい。

 いつもならもう少し、一歩引いたような態度を保っているはずだ。

 今は少し前のめりになっているように見えるのは、気のせいだろうか。

 その対象が自分の叔父であるということに、思うところがないわけではない。

 だが、彼女ならばみだりに言いふらさないという信頼もある。

 自分の知らないところで黒歴史を切り売りされる士道からしたら、堪ったものではないだろう。

 もしこの場にいたのなら、悲鳴を上げて止めにかかるに違いない。

 

「その〈不沈艦〉っていうのはね、しーくんの高校の時の通り名なんだけど――――」

 

 そこまで言いかけて、琴里は窓の外に信じられないものを見てその場に立ち上がった。

 取り落としたフォークが、テーブルに落ちてカランと音を立てた。

 ワナワナと目を見開いて動きを止めた年下の友人の様子に、令音も同じように外へ目を向ける。

 そこにいたのは、今まさに話題に上がっていた士道である。

 来禅高校の制服を着た少女と連れ立って、表の通りを歩いているではないか。

 それだけでも稀有な光景なのだが、問題は少女の方にある。

 見間違いでなければ、あれは自分たちが攻略対象に定める精霊・十香だ。

 目をゴシゴシと擦ると、アップルティーを口に含んでホッと一息つく。

 

「ふぅ……甘さが染み渡るね」

「飲んどる場合かーッ!」

 

 ツッコミを入れると、琴里は携帯を取り出した。

 特に連絡は入っていない……つまり〈ラタトスク〉では空間震を感知していないということだ。

 他人の空似で片付けられるのなら話は早いのだが、あんな美しい少女が二人といるはずがない。

 仮に空間震を伴わずに精霊が現界したとしよう――静粛現界とでも言えばいいのだろうか。

 その対応を士道だけに任せるのは、どう考えても無理がある。

 小さくため息を漏らして、ポケットから黒いリボンを取り出す。

 それで髪を括り直せば、士道曰く反抗期モード……もとい司令官モードに早変わりである。

 そのまま携帯で、〈ラタトスク〉へと回線を繋ぐ。

 

「――私よ。ええ、緊急事態が発生……作戦コードF-08を発令するわ」

 

 その言葉に、令音はピクリと眉を動かした。

 琴里の発令した作戦が実行されるのなら、下手をしたらこの天宮市全域を巻き込みかねない。

 準備は迅速に進めるべきだろう。

 そうと決まれば、こんな所でのんびりしている暇はない。

 無言で顔を見合わせて頷き、席を立つ。

 令音の背中を見送ると、琴里はチュッパチャプスを取り出した。

 

「さあ――私たちの戦争(デート)を始めましょう」

 

 そしてそれを口に咥えると、唇の端を釣り上げて笑った。

 

 

 




次か次の次で十香編は終わる予定。
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