理想になってゼロから推しを推したい!それって悪い事じゃねぇよなぁ?~同担拒否の推し狂い過激派TS人間が参ります異世界生活~ 作:夕叢白
彼女を語るとしたら、一言ではまるで足りない。大前提として、命の恩人。全幅の信頼を置けるほど関係性は構築できていないが、不思議と甘えたくなる安心感がある存在。それがナツキ・スバルから見た想歌という少女だった。
「ん、ふふっふふふふ!それが貴女の本性かしら?歪んでいるのね、ご同業さん。」
エルザから発せられた同業の単語に、思わずスバルの体が強張る。想歌が隠し事をしているのは知っていた。貧民街で小屋の影に身を潜めた際、エルザをその容姿から『腸狩り』と断定した時に気付くべきだったのかもしれない。思えば、二周目で会った彼女は明らかに盗品蔵に用があって現れていた。即ち想歌はイカれた殺人鬼と同業であり、目的はエルザ・グランヒルテを殺す事。現状を鑑みれば、見事に辻褄が合ってしまう。
私怨か依頼かなど、スバルには関心がない。今はただ彼女に利用されていた事実が酷く胸を締め付けている。困っている人を見捨てるのは性に合わないから、と手を差し伸べてくれた善意は中身のない体裁でしかなかった。想歌は
「やっちまえ!ソーカ!んなサディスティック女、さっさとぶっ飛ばして大団円だ!」
「大団円、ねぇ。ふふっ、威勢のいい子。そういう強がりを叫ぶ人ほど、お腹を裂いた時に綺麗な悲鳴をあげてくれるの。けれど残念、あなたはお預け。今はご同業さんに集中したいの。」
「お話中ごめんなさい。でも、私もいるの忘れない、でっ!」
偽サテラが合図をすると、再展開された氷柱がエルザに向かって一斉に射出される。殺到する弾幕の中、必要最低限の動きで致命傷を回避するエルザはその顔に微笑を浮かべながら想歌に突進。二振りのククリナイフで接近する氷柱を砕き、時折フェイントの如きステップを織り交ぜ、不規則な足運びで着実に想歌へ迫っていく。エルザは今、全力を出さざるを得ない状況に追い込まれていた。精霊術師の狙いが予想以上に正確無比な事もあるが、それだけではない。相対する想歌に付け入る隙が一切見当たらないからだ。
構えも佇まいも、つい先ほど交戦した時とは全くの別人。それこそ彼女の本性なのだとすれば、実に嬉しい誤算だ。少なくとも、現在のルグニカ王国で想歌に対処可能な人物は『剣聖』以外にいないだろう。そんな強者の腸を引き摺り出す快感は、きっと想像を絶するものに違いない。『腸狩り』として培った全身全霊をかけて、想歌の腹を搔っ捌く。依頼主には悪いが、元より後顧の憂いはない。想歌との距離は残り僅か。
「嬉しい誤算よ...こんな場所であの時の焼き直しをできるなんて!」
「遺言はないの。」
氷海のように冷え切った双眸がエルザを射抜く。紡がれた声には絶望へ沈み、とうに抗う事すら手放した者特有の諦念が宿っていた。その有り様はエルザには馴染み深いものだった。出逢い方が違えば、私達はどんな関係性を築けたのか?ふと考え、やめる。もう遅い。有り得たかもしれない話はいらない。余計な情は、あの寒い北国で人を殺めた瞬間に死んだ。今はただ─────。
「貴女の温もりが、欲しいッ!」
「第三眼、解放......さようなら、エルザ・グランヒルテ。」
知覚する間もない音速の斬撃が、エルザの身体を寸断した。想歌は一度たりとも大太刀を振るっていない。それは『空間の定義を書き換える』能力、『空間支配』による斬撃。想歌の空間支配とは、空間そのものへ命令を下し、現象を発生させる異質の力。斬るのではなく、空間に斬れと命じた結果。空間を掌握した異次元の攻撃、魔法以外の異能という力。エルザが身に纏っていた魔法無効化の外套は意味をなさず、その不死性もまた、肉片の一欠片すら残さぬよう放たれた無数の斬撃により機能しない。痛みや苦しみのない、慈悲ある最期。腸狩り───エルザ・グランヒルテは想歌なりの敬意を確かに受け取り、充足感に包まれて逝った。
重苦しい沈黙が場を支配する。襲撃者は倒され、全員が五体満足で生存した。本来なら肩の力を抜いて喜ぶところだ。しかし、エルザの最期を目にした偽サテラは未だ身構えている。パックは言わずもがな、活動限界が迫る今も想歌の一挙手一投足を最大限警戒している。スバルとて例外ではない。感情の整理が追いついていないのか、当惑した様子で視線を彷徨わせるばかり。誰も動き出そうとはしない。息が詰まる空気を破ったのは、場違いなくらい爽やかな声だった。
「まさか『腸狩り』が王選候補者を狙っていたなんて......予想できなかったよ。」
半壊した入口から、一人の男が姿を現す。燃えるような赤髪、蒼天を想起させる青い瞳。そして、緊張状態が続く盗品蔵で誰より自然体な佇まい。男の一歩で張り詰めた空気が霧散する。世界そのものが彼を安堵の象徴と認めているかのようだった。想歌は静かに『剣聖』へ向き直る。第三眼を解放した影響か、床に散らばる木片が浮遊していた。ラインハルトは警戒を露わにする事なく、戦闘の跡に視線を向ける。エルザの亡骸は既に存在しない。ただ、空間自体を斬り裂いたような歪みが虚空に漂っている。
「これは......。」
ラインハルトの胸中に、言語化できない感嘆が広がった。剣技や魔法によるものではない。世界の法則へ干渉した痕。仮にあの斬撃が自分へ放たれていたなら、無傷では済まないだろう。
「ソーカ。」
穏やかな声で名を呼ばれ、微かに想歌の指先が震えた。第三眼の負担は大きい。強制解除は目に見えている。脳髄を焼く痛みが彼女の思考を妨げる。それでも、想歌は無言を貫く。彼女はこの世界に招かれた直後発生した『剣聖』との戦闘で彼に苦手意識を持ってしまっていた。
『想歌、気力が尽きるぞォ。疾く第三眼を閉じ、呼び戻した小童と交代せい。』
「君の話は事実だった。疑念を向けた非礼、騎士として謝罪する。」
「......あなたの疑念は騎士として当然。謝罪はいらない。」
「すまない。エミリア様、大精霊様も...どうか矛を収めていただきたい。」
怒涛の一日が幕を閉じた。スバルは盗品蔵の端に腰を下ろし、壊れた屋根の隙間から夜空を見上げる。こんな時でさえ、変わらず星は瞬いている。事の経緯はラインハルトと呼ばれる騎士が親切丁寧に説明してくれた。要約すると、想歌は彼の古い知人で王国の重要人物を狙う存在への対処を任されていたらしい。話せないわけだ、話せるわけがない。
「スバル......えっと、大丈夫?」
前屈みの姿勢で声をかけられる。想歌だった。その面持ちはどこか所在なさげに見える。二周目の盗品蔵で出会ったあの時と寸分違わず同じ光景。もう話す必要なんてないはず。相変わらずのお人好し具合だ。平然を装って、自分が消耗している事すら他者へ悟らせまいとするのだから。
「自分の心配するべきだろ。」
口をついて出た言葉に、彼女は小さく目を見開く。図星みたいだ。本当に放っておけない。この異世界は美少女に損な生き方を強要する神様でもいるのだろうか。
「あんだけ無茶苦茶な戦い方して、ピンピンしてる方がおかしいって。でも、助かった。ありがとな。」
都合良く利用されていたのかもしれない。隠し事だって、まだ山のようにあるだろう。だが、想歌が命懸けで全員を護った事実は否定しようがない。いつの間に戻っていたのか、盗品蔵の奥でフェルトがラインハルトと揉めている。偽サテラとロム爺は仲裁に回っていた。ついさっきまで命のやり取りが行われていた場とは思えないほど、少しずつ日常が戻っている。
「ん......スバル、手出して。」
「は?何で手なんか...って、うぉ!ソーカさん!?」
「いいから。」
有無を言わせない声音だった。半ば強引に手首を掴んでくると、彼女はその細い腕からは想像もできない力強さでスバルを銀髪の少女の元へ引っ張っていく。
「ちょ、待て待て!どこ連行すんの!?」
「スバルが探してた人のところ。」
「見りゃ分かるけども......だから何で!?」
想歌は答えない。前を向いたまま、静かに歩き続けている。盗品蔵に差し込む月明かりが、そんな彼女の横顔を淡く照らす。結局、想歌の事は何一つ識れちゃいない。どこから来たのか、何を背負っているのか。なのに、心を許してしまう。偽サテラの近くで立ち止まり、やっと振り向いてくれた彼女の美しさに改めて息を呑む。
「ほら。」
「いやいや、ほらじゃなくて......何でソーカは、俺にそこまでしてくれるんだ?」
スバルの問いかけに、想歌は一度目を細めてから、やがて困り顔で微笑む。そして彼に聞こえない、小さな声でそっと呟いた。
「俺にとってオンリーワンの『推し』だから。」
「え、なんて...?」
「ううん、何でもない。性に合わないから、だよ。」
スバルの背中を想歌が軽く押す。胸を張っていってこい─────無言の応援だった。不意に視線が交わる。紫紺の瞳は、今度こそ真っ直ぐにナツキ・スバルを捉えた。
「君の名前を、教えてほしい。」
第一章、王都の一日編 完!
最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。プロット無しの見切り発車だったので途中スランプに陥りましたが、何とか第一章を終える事ができました・・・。お気に入り追加や感想、評価を下さった皆様のお陰です。
第二章は執筆予定ですが、エルザの退場により物語が大幅に変わるので、投稿はプロットが完成してからとなります。正直なところ、早くスバルくんや主人公くんを曇らせたい気持ちでいっぱいです(愉悦部)。曇らせをより甘美にするための第一章、本番は第二章からなのですよッ!
第二章の前に想歌や元男の状態を簡潔に記した設定集も投稿予定。気長にお待ちして頂けると幸いに存じます。改めまして、第十二話までお読み頂いた皆々様、誠にありがとうございました。