理想になってゼロから推しを推したい!それって悪い事じゃねぇよなぁ?~同担拒否の推し狂い過激派TS人間が参ります異世界生活~   作:夕叢白

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第五話「推しに守られてしまいました」

エルザの心臓を貫いた手応えを想歌や黒耀は確かに覚えていた。大太刀の一突きが的確に急所を捉え、獰猛な殺人鬼の命を奪った。そう、誰もが確信していた。だが、スバルだけは違った。彼の顔から血の気が失せ、唇は必死に何かを伝えようとしている。その様子を不自然に感じで背後を振り返った時には、もう遅かった。

 

「ごめんなさいね。私の体、こういう風にできているの。」

 

背後から届いた抑揚の少ない声、幻聴ではない悪夢の足音。死んだはずのエルザが何事も無かったかのように立ち上がり、妖しい光を宿した瞳で真後ろから想歌を見下ろしていた。大太刀の一撃で生じた胸部の刺傷は影も形もない。

 

エルザはククリナイフを高々と振り上げ、想歌の無防備な背中を斬り裂こうとしていた。理解が追いつく間もなく、凶刃が迫る。その間、元男の脳裏には幾つもの判断が閃いては消えた。何をしようと、間に合わない。胸が冷たく凍りつく───だが、視界の端に何かが割り込んだ。

 

「スバル...?」

 

思わず漏れた声と同時に、最推しの姿が目の前に飛び込んでくる。スバルが想歌を突き飛ばし、身を盾にしてエルザの一撃を受け止めていた。ククリナイフはスバルの肩から腹部にかけて深々と突き刺さり、刃によって内蔵が強制的に体外へ引き摺り出される。血液と臓物が盗品蔵の床をこれでもかと汚し終え、スバルの体は力を失ってその場に崩れ落ちた。

 

「がっ....は...ぁ...。」

 

スバルの口内からごぼごぼと血が溢れ、苦しげな喘ぎ声が響く。瞳は段々と虚ろになり、顔からは生気が抜け落ちていく。命が尽きるまでの時は片手で数える程度しか残されていなかった。

 

「スバ...ル...。」

 

想歌は震える声で、縋るように彼の名を呼んだ。推しが自分の為に命を賭けたという事実が信じられなかった、信じたくなかった。脳が理解を拒否した。

 

「俺の、せいで...こんな...?」

 

放心状態のままスバルの元へ這いずり、血染めの彼を抱き起こすも、命の重さが喪われつつある体は驚くほど軽く、風前の灯火となった命を更に痛感させられるだけだった。如何に足掻こうとも、既に助かる見込みはない。

 

「ぁ......あああああッ───!」

 

短くも激しい慟哭が、半壊した盗品蔵の中で反響した。元男の胸中では怒り、悲しみ、そして重苦しい無力感が渦巻く。原作知識を持ちながら、想歌や黒耀に頼り切りで、助けるべき推しに救われた自分自身が許せない。だが、何より一番許せないのは、推しを斬り裂いた(エルザ)の存在だった。

 

「あら...?あなたのような歪んだ存在でも、涙は流せるのね。少し、そう...ほんの少しだけ拍子抜けだわ。」

 

愉悦に浸り、満ち足りた様子で想歌を挑発するエルザ・グランヒルテの表情を元男はその眼に焼き付け、記憶する。命を奪う度に狂気を蓄える眼差しも、癪に障る仕草も、その不死性も。次こそは恐れない、忘れない、確実に息の根を止める。

 

「次は、ないぞ...。」

 

想歌の震える声はエルザの口角をゆるりと吊り上げた。手ずから齎した惨状を目にして、彼女は今、無上の悦びを享受している。この瞬間、想歌に神様と呼ばれた元男は初めて人間に対して醜い殺意を覚えた。

 

「エルザァァァッ!!」

 

黒耀を力任せに引き抜き、想歌はエルザの首を狙って渾身の一閃を放つ。こうして、ナツキ・スバルは二度目の死を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

ルグニカ王国内の建物の屋上、平和な喧騒に包まれた街中を見下ろす形で想歌はその場に立ち尽くしていた。脳裏には死に戻る前に見たスバルの死に顔が浮かんでいる。彼は見ず知らずの想歌を守る為に身を投げ出した。リゼロの主人公に相応しい、英雄の行動だった。だからこそ、想歌はそう思ってしまう自分自身に吐き気がしていた。最推しのナツキ・スバルは今や空想上のキャラクターではない。この世界で共に生き延びるべき、唯一無二の存在だ。確かに彼は英雄にしかなれない存在なのだろう。しかし、その実は年相応の未熟な青年でしかない。

 

『創造主よ、あれはこの黒耀の油断が招いた結果故、お主が気負う必要は───』

 

「何言ってんだ黒耀、最初から全て知っていたのはこのだ。エルザの能力も、盗品蔵の展開も、何もかも知っていて失敗したのはなんだよッ!」

 

落ち着いて早く辿り着けていれば、フェルトやロム爺は無事だったかもしれない。エルザに恐怖せず、冷静になって物事を見通す胆力があれば本物の想歌や黒耀にエルザの詳細を伝えられたかもしれない。たらればの話ではあるが、どれも実現可能だった範囲なのだ。成人を迎え、仕事に明け暮れ、酒を嗜んで大人になったと自惚れ、転生前のちょっとした人助けの特典で理想を叶えられたと思い込み、神様と呼ばれて成長した気でいた。

 

「でも、次はないって...エルザにそう言ってやったんだ...。」

 

『小童...。』

 

「安心してくれ、折れちゃいない...。お前らとの約束だ。俺は、想歌の創造主に相応しい人間になりたい。だから、次にエルザと会う時は俺が戦う。」

 

そして、ナツキ・スバルの三度目の死に戻りが発動する。予期していた感覚に想歌となった元男は目を伏せ、四度目となる次を失敗に終わらせないよう、脳内で自身の行動をシミュレートする。この手で護れる範囲を護る、その為に。




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