理想になってゼロから推しを推したい!それって悪い事じゃねぇよなぁ?~同担拒否の推し狂い過激派TS人間が参ります異世界生活~   作:夕叢白

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第八話「因縁の盗品蔵に到着しました」

王国内ヒエラルキーの最下層、貧民街へ足を踏み入れた。周囲に掘っ立て小屋が乱立し始めた頃、想歌の視界に見覚えのある黒髪が映り込んだ。付け入る隙のない軽快な足取り且つ、廃屋の窓や道端の露天商に視線を這わせる女。妖艶な雰囲気に不釣り合いの鋭い眼光は健在で、設定を思い出した今だからこそ、彼女の奥底に巣食う狂気が明瞭に見て取れる。本物の想歌に身体の主導権を譲り、彼女を通して目にした二度目のあの時とは、迫力が段違いだ。

 

背後のスバルはエルザの姿を視認した途端、小さく喉を鳴らして後退る。身に刻まれた死の恐怖はそう簡単に拭えるものではないのだろう。素早く推しの手を取り、想歌は小屋の影に身を潜めた。

 

「声を抑えて...無駄に耳がいいから、あの女。」

 

息を呑み、スバルは無言で何度も頷く。エルザの危険性を認知している想歌に対して疑問は覚えたものの、追及している場合ではない。気配を殺して、じっと待つ。程なくして完全に足音が聞こえなくなると、緊張の糸が切れたのか、溜め込んでいた息を吐き出して、スバルは地面へ崩れ落ちた。

 

「ぶはぁっ......はー、心臓に悪ぃ...。ソーカさんってばあの美人さんとお知り合い...?もしかして、お友達とか?」

 

尻餅をつきながら、汗ばんだ手で額を押さえる。止まらない震えの中、何とか気丈に振る舞おうとするスバルの姿は痛々しいの一言に尽きる。彼を誰よりも等身大の高校生であると知っているから、そして何より推し続けているから、想歌は彼の先を思って一度目を伏せ、雑念を振り払う。今はスバルの疑念に答えねばならない。

 

「友...?冗談じゃない。一方的に知ってるだけ。『腸狩り』エルザ・グランヒルテ...悪名高い暗殺者。後ろ暗い事を生業にしている人間なら、必ず耳にして、目にする悪趣味な女。」

 

「......なぁ、ソーカって。」

 

含みを持たせた物言いに、スバルは更に踏み込もうとした。知りたい事は山のようにある。しかし、想歌は無表情のまま首を振り、追及を冷たく遮った。

 

「スバルの目的は私の素性を探ること?」

 

「っ...いや違う。そう、だよな。悪い、余計な事聞いちまった。」

 

話す気はない、そう言外に示された断固たる口調にスバルはそれ以上言葉を続ける事ができなかった。

 

「許す。......行くよ。」

 

それだけ告げると、身を潜めていた小屋の影から静かに歩み出る想歌。一瞬だけ口を開きかけたスバルだったが、結局何も言えず立ち上がり、彼女の背を追う。貧民街特有の臭気、風雨に晒されて腐りかけの木材の匂い、何処からか耳に届く怒号や笑い声。雑多な音が絶え間なく反響する中、二人の沈黙だけがやけに重く感じられた。

 

スバルは心の中でぼやく。普段の自分なら、こういう空気は強引にでも解消してきた。冗談を言って、場を引っ掻き回して、適当に笑って終わりにする。だが、今はそれができない。想歌との間に軋轢が生じれば、フェルトやロム爺を救えないばかりか、偽サテラに報いることすら叶わなくなってしまう。スバルは奥歯を噛み締め、居心地の悪さに顔を出そうとする道化を、どうにか抑える。

 

やがて見覚えのある通りを抜けて、周囲の小屋よりも一回り大きい古びた建物が二人の前方に現れる。スバルの視線が自然と吸い寄せられた。そこは間違いなく、因縁の盗品蔵であった。立ち尽くすスバルを一瞥した後、想歌は躊躇いなく先行して扉を三回ノックする。間を置いて、内側から老人の声が響いた。

 

「大ネズミに、」

 

「毒。」

 

「白鯨に、」

 

「釣り針。」

 

「我らが貴きドラゴン様に、」

 

「クソッたれ......もういい?」

 

扉の向こうで沈黙が落ちた。程なくして低く嗄れた声がぼそりと返ってくる。

 

「フン...合っとるわい。」

 

軋みを上げる扉が内からゆっくりと開かれる。現れたのは、岩のような体躯の老人。身長は優に二メートルを超えており、その高みから鋭い眼差しでスバルと想歌を睥睨している。彼こそ盗品蔵の主、ロム爺だった。片手には使い込まれた棍棒がしっかりと握られており、明らかに二人────特に想歌を警戒している。

 

「ここいらじゃ見ない顔じゃな。」

 

二周目に自分一人で来訪した時とは異なる張り詰めた対応に、スバルは思わず肩を跳ねさせ、慌てて口を開いた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺たち怪しいもんじゃ...。」

 

しかし、言葉は途中で止まる。想歌が一歩前に出たからだ。ロム爺の巨体を前にしても、彼女の歩調はまるで変わらない。威圧など意に介さず、ロム爺の眼下で立ち止まり、毅然と彼を見上げる。

 

「私は後ろにいる彼の護衛、話は彼がする。」

 

簡潔にそう告げると、想歌はスバルの背後へ回る。護衛という役割を最後まで全うするためなのか、その視線は常に周囲を観察していた。扉の位置、窓の数、積み上げられた木箱、大太刀を振るえるスペース。それらを淡々と確認する想歌の様子を目にしたロム爺の目が細められる。

 

「護衛じゃと...?小僧、お前さん一体何者じゃ。」

 

「えっ!あ、いや...そのー...。」

 

いきなり話を振られたスバルは狼狽した様子を見せながらも、高速で頭を回転させる。内心で妙な勘違いをされた事に悲鳴を上げつつ、好条件が揃った四周目の現在(いま)を無駄にするわけにはいかないと改めて覚悟を固めた。

 

「えーっと、俺は別に怪しい奴じゃなくてだな?爺さんが思ってるような仰々しい存在でもねぇよ。ちゃんとした目的があってここに来た。用件は一つ、そこの金髪のちびっ子!お前が盗んだ徽章を、こっちで買い取りたい。」

 

部屋の奥で成り行きを見守っていたフェルトが、胡乱げに片眉を上げた。

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