もしもイーサンがクイーン・ゼノビアに乗っていたら 作:秋塚翔
軽くオリ設定開示回。お楽しみいただければ幸い。
程なくして大きな貨物リフトに辿り着いた。
マップによれば、これより下の船底部は動力施設になっているようだ。だが行こうにも起動キーが差されていなかったため、とりあえずそこから繋がる扉を抜け、その先のエレベーターに向かう。
「こっちは……船員居住区か」
またマップを見て行き先を調べる。そこならもしかしたら食料も別の通信手段もあって、避難場所としては都合がいいのかもしれない。そう当たりを付け、イーサンはエレベーターに乗り込んだ。
――だが、この状況とはいえ向かう先はこの船の関係者用のエリアである。そこに人がいるのなら、バケモノ以上に用心する必要があるだろう。先ほど、船員全てが『ヴェルトロ』の構成員ではないかもしれないと見なしたが、その内の一部は間違いなくヴェルトロであるのだ。自分たちを誘い込み、テロ活動での人質や技術者引き抜きを企んだ連中。更には、この騒動を起こした元凶の可能性もある。バケモノも危険だが、対人間にはもっと警戒しなければならない。
ガガッ、と重い開閉音で目的階に着いたエレベーターの扉が開く。意を決したイーサンが一歩出ていくと、そこは依然として異様な静寂と暗闇に包まれた無機質な場所だった。
「――誰か! いないのか!?」
一つ声を上げる。けれど返ってくる応えはなく、イーサンは自分の声だけが辺りに反響するのを聞く。
船員居住区とされるそこは、なるほど確かに乗客向けの場所ではない。存外各所に置かれた物資類の荷が崩れて道を塞いでおり、いかにも不精な人間たちが気のまま過ごしているところらしい。これが船員の性格故か、それともここを活動拠点とするヴェルトロ構成員の気性故かはイーサンには判断着かなかった。
と、ゆっくり周囲を注意深く見渡しながら進んでいると、やがて船員の休憩室らしき空間に着く。照明も点いてなくて変わらず暗いその場所だが――ただ一点、やけに主張するように照らされる自動販売機の前に、寄りかかるようにして人影を見出した。
「! おい、大丈夫か!」
「うぅ……?」
イーサンが駆け寄ると、人影こと男は呻く声に訝しみを乗せた。こんなところに人が、という疑念を痛む体を抑えて零した様子。
それに対してイーサンは眉を顰めて尋ねかける。
「バケモノ共にやられたのか?」
「い、いや。ここまで来る時に酷く足をやってしまった。多分折れて――っ、お前、イーサンか!?」
応えた男は不意にイーサンを見て驚きの声を上げた。自身の名を言われてイーサンも男を暗がりで良く見てみると、それは見覚えのある顔だった。――イーサンが仕事で知り合い、この船のツアーに誘った髪を短く刈り込んだ浅黒肌の男。
「……! お前は、ハサン!?」
「ああ。……無事なようで良かったよ、イーサン」
まさかの再会に男――ハサンは皮肉交じりの笑みを浮かべる。
一方のイーサンは、驚愕も間もなくしてそんな訳知り顔の元仕事仲間に問い詰めた。
「教えろ。どうしてこんなことになった。お前はヴェルトロの一味なのかっ?」
「はは、そこまで察してたか。だがどうしてこうなったかは、俺の方が聞きたいくらいだ……」
ハサンは仰ぐようにして呟く。嘆きを含んだ独り言かのように。
「お前の言う通り、俺はヴェルトロだ。といっても、組織で主動していたノーマン閣下を始めとする主要陣じゃない、地方行動の裏方メンバーだがな。……あの一件で閣下たちが消息を絶ち、俺たちは思想の牙を隠して息を潜めていたんだ」
あの一件――テラグリジア・パニックのことか。イーサンは黙って察する。
ハサンはあっさりと観念した風に語った。
「だが、機は突然やって来た。『世の陰に潜む猟犬よ、立ち上がれ』と――ノーマン閣下からの指示が来たんだ。閣下は生きていた。俺たちは今こそ立ち上がり、静かに研いだ牙を再び狂った世に突き立てるべく行動を始めた」
洒落込んだ口ぶりは、心身に刻まれたヴェルトロの教義とやらか。酔い痴れるような口調。
「この船は、テラグリジアでの遺物だ。ここで俺たちはより強い『牙』を得るべく、行動を起こした。お前のような技術者や、無駄に金を持った奴らを集めたのもその一環さ。何の関係もない人間を巻き込むのは気が引けたが、主要陣を欠いた俺たちが事を成すには手段を選べなかった。全ては堕落した世界を正すためだ……っ」
痛む足に呻きつつ、ハサンは吐き出すように続ける。
「しかし、それも失敗に終わった。俺たちは閣下の期待に応えられなかった。この一年、準備を重ねてきたが、結局はこのザマだ。所詮は技術畑の出ばかりの裏方だったのさ。最期は猟犬として働けて悔いはないが――せめて贖罪はしないと、ただのテロリストで終わっちゃ癪だ」
そう言って、イーサンに取り出した鍵を差し出す。
「これは?」
「リフトの起動キーだ。他の乗員は動力を再起動させるため船底に向かっているはずだ。そっちと合流すれば助かるかもしれん」
「……お前はどうするんだ」
「はは、これじゃあお前の荷物になる。閣下の教えに従う猟犬として、一人の人間としてそれは願い下げだ。俺が騙して連れてきて悪いが、お前だけでも生き延びてくれ」
と、その時だった。
バガンッ! と暗闇の先で何かが蹴破られる音が響く。それは排気口の蓋であり、じきに水の滴るような這いずり音が近付いてくる。――無数のウーズが、紛れもなく迫ってきていた。
「っ、早く行け! ここは俺がやる!」
「そんなことできるかよ! 一緒に生きて逃げるぞ!」
「甘いこと言ってるんじゃねえ! ……ああくそッ、来るぞ!」
自販機の薄明かりに照らされて姿を見せた、気味の悪いウーズの群れにイーサンがハンドガンを向け、ハサンもまた自棄気味に構えて迎え撃つ。
「オ゛ォォォ……!」
嫌でも見慣れたウーズ。その中には、見たことのない形態のものもいた。両手が刺々しいハサミのようになったピンサーを筆頭としたウーズの群れに、二人は銃弾を撃ち込んでいく。
「アァァッ」
「! くそっ!」
覆い被さってくるウーズをかわし、カウンターと銃撃するイーサン。
比較的広い空間内とはいえ、物が散乱している閉鎖された空間も同然の場所だ。逃げ場がない。囲まれれば命取りだろう。イーサンはそれを注意し、立ち回っていった。
が、それは自分以外に気を回せる状況でなかった。
「うわあぁぁぁぁぁッ!?」
「ハサンっ!?」
動けないハサンは迫るウーズを捌けず、接近を許してしまう。
イーサンはそちらに向かおうとするのだが、他のウーズが立ちはだかる。気を抜けばこちらも危うく、目の前を片付けていくしかなかった。
最後に襲い来たピンサーの攻撃を回避して、弾丸を叩き込んで倒したところで、ようやく空間に静けさが戻る。
「ハサン……っ」
それは、間に合わなかったことも指していた。
駆け付けたイーサンは、そこで息絶えるハサンの姿を見る。良く観察すれば、こめかみに撃たれた痕がある。銃撃は聞こえていたが、どうやらウーズに噛まれてもう後がないと悟ってか、自決したようだった。
「くそッ」
これ以上責められないその最期に、イーサンは一つ毒づきながら踵を返す。
目指すはリフト下の船底。取り零した命を目にして、一層意思強くイーサンは先に進むのであった。
「――もーっ、いきなり散々ですよお……」
甲板に降り立った女が、置かれている状況に不満を零す。
叩きつけるように降り頻る雨は、彼女の体を容赦なくずぶ濡れにする。このくらいで堪える訓練はしてないし、装備も窮屈だった胸元を開放させる大胆なことをしているものの、こうした環境を見越した性能のあるものなので身体的な問題はないだろう。それはそれとしても若い年頃の女としては、つい愚痴りたくなる現状であった。
「さっさと仕事を終わらせて、予約したエステでリフレッシュしましょーかね。そのためにも早くレイモンドさんには合流してほしいんですけどお……別件で遅れるからレディ一人先に行かせるなんて『上』も酷いですっ」
ふと、女はついさっき自分が登ってきた甲板の縁を覗き込む。そこではちょうど乗ってきたボートがそそくさと撤収するところだった。無理やり連れてこられたのでしょうがないが、その無機質さに不満を込めた溜め息を吐く。
そうした後、さてと振り返る。見上げるのは、乱天の下で漂う不気味な客船だ。これが晴れた海の上で、普通のそれであるならば目を輝かせる威容だが、生憎と聞いている情報からそこが暗い闇の潜むブラックボックスにしか見えない。
女は雨に濡れた金髪ブロンドの髪を掻き上げ、今一度目標を再確認しながら勝ち気に微笑む。
「それじゃあ――レイチェル・フォリー、任務遂行ですっ!」
陰気な空に虚ろな船、それらを前に明るい声を上げてレイチェルは先行した。
第一話から名前が出ているハサンは、原作のメモで判明しているゼノビアに乗り合わせていたモブキャラです。この作品では彼と、そのメモを書いた人はヴェルトロの構成員(二軍)というオリ設定。彼らに号令したノーマン閣下・偽は言うまでもなくあの人ですねー。
そしてレイチェル登場。やっと原作キャラ来た。今までちゃんと把握してなかったけど、レイチェルってこんなキャラだったんですよね。エイダみたいのかと勝手に思ってた。お陰で動かしやすくなったので、ここから始動させます。
次回は船底。思えば何故あそこにもクリーチャーいるのかって思って、こうなった上にイーサン向かわせるという。またオリクリーチャーを予定してます。
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