もしもイーサンがクイーン・ゼノビアに乗っていたら 作:秋塚翔
船底パート回。理由付けが大変だけどやりがいがある感。
リフトを使い、船底区画へと降りたイーサン。
着いた先は相変わらずの静けさ。ここに向かったという乗員は、やはりというか移動したようだ。頼りのマップによれば、この先に動力室とやらがあるらしい。イーサンはさてとそちらを目指して進む。
扉を潜り、梯子を下りる。カツンと鉄製の床で妙に響いた足音が立つ。船底という場所柄か、ここにはまだクリーチャーの類いはそういないようだった。安堵して、しかしなるべく慎重に行く。
「――ん? これは……」
そうして辿り着いたモニター室――船の全体像が簡易的に表示されていることからそれらしき場所にて、イーサンは落ちていたメモを拾い上げる。
『予定表(極秘)』とある難解かつ宗教的な用語が並ぶ資料の裏面に、殴り書くようにして記されていたそれ。
『猟犬の一匹が記す。
どうやら俺はここまでのようだ。
連れて来た乗客たちも混乱で散り散りになり、俺は怪物によって重傷を負った。
話に聞いた通りなら俺はじきに怪物の仲間入りだろう。
同胞は生還のため動力室に向かったが、先ほど無線が途切れた。
もはや俺たちは終わりであろう。
だが、我ら猟犬全ての終わりではない。
これを見ているのが同胞なら、《アレ》の回収を頼みたい。
場所は不明だ。もしもの時のため、あの成果が露見しないようある同胞に託した。
あれさえあれば、我らの牙は折れ得ない。
きっといつの日か理想を果たすのだ。それが先に散った友の鎮魂となろう。
ノーマン閣下を迎える時まで、我らは不滅である。
愛しき深淵の天国を、我らが手に――』
「……」
末尾に血が滲む最期の言葉らしきそれは、紛れもなく乗務員に偽装していたヴェルトロ構成員の書いたものだろう。この彼は、もうここではない何処かで力尽きているというのが窺える文章。
不明瞭な単語は気になるが、必要な情報――乗客が散り散りになった――だけは読み取り、イーサンは改めて先に進んだ。
――しばらく奥に踏み入るも、依然とした静寂ぶり。船底区画内も相当広いようだ。
排気口を通ってきたのか、ウーズがところどころで彷徨っている。イーサンの存在を感知するや、水分を求めて吸口を露出させ、猛然と襲ってきた。
「一体どれだけやられたんだ……!?」
ウーズが人間の成れの果てと分かった今は、これらが元人間だとして、その数だけの人間が犠牲になった事実に愕然とするイーサン。しかし躊躇えばこちらがやられ、同じ末路を辿ってしまうため、襲い来るウーズの有象無象を荒々しく捌いていく。
「っらァ!!」
「ヴオオオォっ――」
弱点だろう頭部を撃ち抜き、怯んだところへ渾身の拳を振り抜く。新入社員の頃に受けたプログラムの仕事で、格闘技のモーション解析システムを組んだ経験が今活きた。見様見真似だが基本の型は身に着いた一撃に、ウーズが力なく倒れて溶解する。
「悪いな、ここでくたばってる暇はないんだ」
一言そう言い置き、イーサンは歩き出す。船内は壊滅的だが、まだ希望はある。生存者と合流し、救難信号で救助を呼ぶべく、なおも単独で行軍していった。
その直後だった。
「は、はァっ……――ッ! ひっ!?」
「! 待て、俺は船の乗客だ! アンタもそうだろっ?」
向こうから、息を切らせて一人の男が走ってくる。乗客らしい一般人然とした男。男はイーサンの姿に酷く怯えを見せるも、すかさずイーサンは軽く手を上げ安全を示す。
だが一瞬だけ安堵した男は、しかし変わらず狼狽したように、手に持つ整備用のモンキーレンチをイーサンへと差し向ける。
「そ、そこを退けッ! 俺はもうこんなところ嫌だ! 助けが来るまで部屋にいる!」
「落ち着け、俺は大丈夫だ! まず他の生存者を探して、そうすれば助かる方法があるんだ!」
「他の? 生存者? は、はは、っハハハハハ!!」
イーサンの言葉を反芻するように唱えた男は、不意に嗤い出す。
そうしてから、引き攣った笑顔を浮かべて独白する。
「……もうおしまいだ。俺たちはみんな死ぬんだ。ここは地獄なんだよ」
「お、おい?」
「そうだ、そうだよ。助けなんて来たってもうダメなんだ。
半狂乱で喚く男。この先に行き、余程のものを目の当たりにしたか、もはやそれはイーサンに向けての言葉ではない独り言として自らを追い詰めていた。
それはそうと、とイーサンは深刻性を帯びる。船底に水――つまり浸水したのか。
これだけの客船ならすぐさま沈没とはならないだろうが、それにしたって不味い事態だ。乗客が逃げ込んだとされる船底で、よりによっての浸水。最悪の状況だった。
ひとまず、目先のこの男を鎮めて事態を確認しに行かねば。
「おいアンタ、とにかく落ち着け!」
「うるせえ! 俺は悪くない! そもそもこの船にほいほい誘われた社長が悪いんだ! だから、仕方ないんだよ! 俺の目の前で、目の前で、人がっ――ヒィっ!?」
と、男はそこで通路の先を見て一層怯える。
視線をやれば、なにやらひしゃげた音と共に、ドドドオッ! となだれ込むように水が流れてきた。
幸い押し流される勢いではないものの、瞬く間に腰まで浸かるほど浸水し――同時に、何か小さな魚群のようなものが水中から迫ってくるのを目にする。
「なんだ!?」
「い、ひィィィッ! 嫌だ、来るな、来るなァ!」
困惑するイーサンを余所に、その正体を知るらしき男の狂乱が極まる。逃げようとする男だが、水によって足をとられ、盛大な水音を立ててしまう。
そこに水中の影――個々が小さなカブトガニのような群れが、男を獲物と定めて襲い掛かった。
「ギャアァァァァァッ!?」
「っ! くそ! なんだコイツら……!?」
水中で男に食い付き、噛み千切る群れの存在に、イーサンは咄嗟に助け入ろうとするも、不利な状況から断念し壁の配管を足掛かりに水上へとよじ登る。
襲われる男はしばし絶叫を上げるが、じきに多量の血を浮かばせて無惨な姿を晒す。そうして水面にもう獲物がないと見なしてか、群れは来た道を戻っていってしまった。
「……ちくしょうっ、一体どうなってるんだ」
新たな怪物との遭遇に、イーサンは悔し紛れに毒づく。助けられたかもしれないのに、助けられず零れ落ちた命がまた一つ。年若い彼には、立て続けの死の場面は流石にショックが大きい。
それでも。危険が去ったと確認した水面に降り立ったイーサンは、浮かぶ男の亡骸を横目に気を引き締めて先へと進む。
この先もまた未知のバケモノが潜んでいる。それでも生き延びるべく、その危険に飛び込むしかなかった。
水獄に沈む深淵に、青年は銃を片手にいざ立ち向かう――
シークリーパー。
そう呼称されるクリーチャーは、多くの人間がウーズとなってしまう中で『女性』という性別限定で稀に変異するとされている。
水中に潜み、近付いてきた獲物にしがみつき捕食する、水棲生物さながらの生態を持つ怪物。
ヴェルトロはそれをこのクイーン・ゼノビアで何体か製造・保管していたが、先の船底部の浸水が原因で解き放たれ、不運にも船底にやって来ていた乗員乗客が襲われた結果が今に至っている。イーサンが出会った男が言っていた通り、船底に来た者たちはそれにより無惨にも全滅していた。
水の張られた船底は独自の闇を湛えている。
「キキキキキッ」
「キキキィー」
ザザ、と小さな波が立ち、怪物の群れ――小型のシークリーパーといえる群れが水の満ちる船底の奥地へと舞い戻ってきた。
まさに魚群のよう。しかしそれらは統制を以て、帰るべき場所に帰還する。
そこは、自身の生まれたところ。まだ幼体である自分たちが囲われ、育まれる場所と生物的に認識していた。
「――ギキキィ」
それは、腹部が異様に肥大化したシークリーパーであった。
全体が顎であるはずの下腹部が、体躯よりも大きな膨らみを帯びている。脈動するその部位は、やがて一際強く震えると、ずるりと小型のシークリーパーを一匹、また一匹と水中に産み落とされた。
「キキッ」
「キキキキキィ……!」
「キィー!」
新たな同胞の誕生に、先に生まれ出た幼体のシークリーパー――あえて名付けるなら、『ベビークリーパー』が言祝ぐように泳ぎ回る。
怪物の巣窟となったその区画で起きる、生の営み。人が死にゆく中で、既に多くの恐ろしき命が群れを成していた。
その中心で、大型のシークリーパーが鎮座する。子を産み、守り、それを育むため獲物を――人間を子供らに狩らせるべく。
その名を――マザークリーパー。
深淵の底、母たる怪物が獲物の到来を待ち構えていた。
まず何処行こうがこの船に安全な場所などない(今更)
オリジナルクリーチャー、マザークリーパー及びベビークリーパー。初代バイオのキメラ(無印版)がかなりアレな設定だったので、そこからインスピレーション受けて生まれました。ベビークリーパーは原作のベビードラギナッツォからの発想。
●ベビークリーパー
マザークリーパーから生まれる、シークリーパーの幼体。掌サイズの小型である以外は通常個体のシークリーパーと同じ。
群れで行動し、水中にいる獲物に集団で襲い掛かる。基本は親であるマザークリーパーの周囲におり、母親に守られ、また外敵から守るために統制されている。
マザークリーパーの詳細については次回にて。よければ感想、お気に入り登録、評価をしてくれると励みになります!