片頭痛カードゲーム変更前   作:広所恐怖症

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9話(4940)

「…──うーん……」

 

 壁、天井、床。その全てが純黒に染まった、直方体の空間。

 扉も無ければ窓も無く、あると言えばこれまた真っ黒な卓と箱ぐらいだ。

 それぞれちゃぶ台と冷蔵庫の役割を持っており、これらは全て、僕の相棒たるドルムハーオスによって生み出されていた。

 

 そんな『部屋』の中心にて唸るのは、僕ことユーキである。

 極度の片頭痛であることを除けば、どこにでも居る普通の少年……と言えたのも、今は昔。

 

 別の世界での彷徨(ほうこう)、その上タイムスリップを果たして現代社会への帰還を果たした僕は、何もかもが変わってしまった世界で隠れ潜み、息を殺して生活することを余儀なくされていた。

 

 住居の喪失。文明の利器の破損。身分を証明するものを、悉く紛失したのが今の僕である。

 自分が何者であるかを証明することが出来ない現状、通常ならば警察組織や医療機関の力を借りることで、彼ら彼女らに保護をしてもらうことでこれらの問題を解決することは出来るのだろうが、それを許してくれないのが非情な現実と言うやつであった。

 

 

『先ず前提として。シャドウズなる、仮面と黒衣の集団によって、何かしらの。そして、多大な被害を受けたのが現代の社会だ』

 

 

 そう語ったのはドルム。

 漆黒の大きな板に、分かりやすくイラスト──おおう。随分とこう、丸っこくて可愛らしい絵だな…──を描く相棒。その説明を受けるのは、胡座をかいた僕と、その足のスペースに収まったナゴラだ。

 

 このシャドウズ何某には、幸いにもこれまで僕たちは出会ってはいないものの、格好が似ていたというだけで警察官が問答無用で拳銃を取り出すほどの脅威であることが判明している。

 

 

『嘆かわしいことに、このシャドウズたちの格好は、今現在のユーキと酷似している』

 

 

 ドルムの手によって生み出された、あらゆる光彩を遮断する装置。それは漆黒の仮面の形状を取っており、それに黒色で統合された僕の衣服も合わさることで、現代を……こちらから見て2年後の世界を生きる人々に、僕は恐ろしい破壊者としてその目に映ることだろう。

 

 

『である為、我らがしなければならないのはより多くの情報収集と、早急な光彩遮断装置の改良だな。…まぁ、装置の改良は我が主に進めるのだが』

 

「…それよりも、さ。やっぱり手取り早く、装置を付けずに病院なりに行けば良いんじゃない?」

 

 

 僕が提案した瞬間、ドルムは顔に手を当てがい、ナゴラは勢い良く立ち上がりその頭頂部で僕の顎先を撃ち抜いてきた。

 

 ごぶふぅ、何をする……っ!

 

 

『……それを試してどうなったか思い出してみろ、ユーキ』

 

 

 …ふむ。

 痛む顎先をさすりながら、ドルムに促された僕は、少し前のことを思い出した。

 

 実は状況の改善を図って、仮面を外して太陽光が全力で降り注ぐ日中を出歩いてみたりしている。その結果──

 

 

「──気ぃ失ってぶっ倒れましたね」

 

『幾ら我でもあれには流石に、肝を冷やしたぞ。……ユーキよ。貴様に不自由を強いてしまっていることは理解するが、もう少しだけ待つのだ』

 

 

 突き刺さる──どころではなく。

 貫き、圧し潰してくる光の群れ。眼球を力任せに圧壊され続けながら、その奥を抉られる様なあの苦しみ…。思い出しただけで額の奥に痛みを感じた僕は、更に、その後自分が見ていた景色が傾いた場面を想起した。

 

 予想するに、そこで気を失ったのだろう。次に目を覚まして飛び込んできたのは、目を覚ました僕を見て安堵の溜め息を吐いたドルムと、大粒の涙を流すナゴラである。

 

 ドルムにはもちろん、ナゴラにも悪いことをしてしまった。

 

 特にナゴラに至っては、光が原因によって誰かが意識を失う姿は殆どトラウマになっているはずだ。

 ……長くなってしまうので要点をまとめて説明すると、僕たちが迷い込んだ『向こう側』でナゴラを含んだ人々(ユニットたち)は、ピカピカ光るクソ野郎のせいで()()()()()()に苦しめられていたのである。

 

 一言も発することなく、こちらに顔を向けない少女の頭を、謝罪の意も兼ねて恐る恐る、僕は撫でた。

 

 

『………もう2度とやるなよ』

 

 

 と、いつもの口調が鳴りを潜めたガチトーンで釘を刺される。

 

 流石に今回のことは、僕も反省している。元々、片頭痛持ちであるとは言え、まさかあんなことになってしまうとは…。

 改めて2人に謝罪を述べると、ドルムたちはそれまでの沈痛な空気を払拭する様に、努めて明るい声で話の転換をしてくれた。

 

 本当、2人には頭が上がらないなぁ……。

 

 

『ま、その他の問題──食料についてはすぐそばの河川で水と魚の調達が可能であるし、もう少し探索範囲を広げた先には森林公園らしき施設も見受けられた。そこまで行けば、多少なり、野草や果実の類も手に入るであろう』

 

「まさか『向こう』でのサバイバル経験がこんなところで活かされるなんてね……。人生、何が役に立つかなんてわからないな」

 

『──というかそもそも、ユーキがしておる仮面が黒く染まっておるのが問題なんじゃろう? ほれ。こうして、わしの権能で作った仮面を使えば問題は無──』

 

「やぁめて顔面を覆えるサイズの()()の塊とか首が捥げるどぅおあああああっ!!?」

 

 

 ナゴラが付けている、獣の耳を模した純金で出来た頭飾り。その一部が融解した様に()()()()と蠢くと、その体積を増やして仮面を形成し、僕の頭に装着される。

 

 ドルムの仮面と異なり、不思議パワーで──いやこっちも不思議なパワーではあるんだけど──顔面から少し離れた場所に浮かせたりは出来ないらしく、まるで拘束具じみた形状のそれを無理矢理顔面に嵌められた僕は、その重量から地面に伏して悲鳴を上げた。

 

 やめて! 片頭痛で日頃の運動を避け続けて、ただでさえ僕は貧弱なんだ! く、首から嫌な音が! 首の付け根の辺りからメチャクチャ嫌な音がっ!!

 

 僕が叫び、ナゴラの行動を見たドルムが慌てて救助に入る。

 

 俄かに騒がしくなった邪神印の拠点の中。静寂を齎したのは、室内に響いた次の音だった。

 

 

 ──ぴんぽーん。

 

 

 …何の捻りも無い、チャイムの音。

 その音を聞いた瞬間。僕らは一切の動きを止めて、意識を室内の外へと働かせる。

 

 

『…来たな』

『来おったな』

「来たね……」

 

 

 脳裏に、桃色の髪をした『彼女』の姿を思い浮かべながら、僕らは拠点の(とびら)を開けた──。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

< ● > < ● >

 

『『「」』』

 

 

 拠点の蓋を開けたことで出来た、僅かな隙間から外を覗いた瞬間。地面に顔を擦り付けるほど低い体勢となった少女の、限界まで見開かれた双眸が僕たちを出迎えた。

 

 もうじきに深夜帯に突入する夜闇の暗さの中。

 目の前に浮かび上がるのは、人間の可動域の限界に挑戦した様な姿勢のまま、一言も発することなくこちらを見つめ続ける、青白い少女の顔である。

 

 かっ(ぴら)いた両の目の下には、少し茶色がかったドス黒い隈が居座っており、片頭痛によって寝不足に悩まされている僕と良い勝負が出来そうだ。

 

 並大抵のホラー映画なら、真っ向から跳ね除けてしまいそうな少女。(ひょん)なことから彼女と時折ファイトをすることになった僕は、こうして夜中に訊ねて来る彼女の相手をするのが、ここ最近の日課となっていた。

 

 

「アウェイク」

 

「うん。ちょっとだけ待ってね?」

 

「早よ」

 

「待ってね??」

 

 

 無表情ながらも、ファイトを始めたくて早る少女を宥める。

 

 ファイトをするのは少しだけ待って欲しい。君のお陰で、ウチの邪神2人が口から魂をまろび出して固まっちゃってるから。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

「──みんな、おっはよー!!」

 

 

 教室に透き通った声が響くと、クラスの皆はそれまで花を咲かせていた談笑を中断して、口々に彼女に返事をしていった。

 

 桃色の髪。ハートマークみたいになった、ボリュームのある特徴的な前髪……。

 

 彼女の名前は愛園(あいぞの) 友枷(ユウカ)。クラス皆の憧れの対象であり、僕──駆道(くどう) 幾太(イクタ)も例に漏れず、ユウカちゃんには憧れと言える感情を抱いていた。

 

 

「ユウカちゃん、おはよう」

 

「あっ、イクタくんおはよう! ……あれ? リューガくんは?」

 

 

 こきりと小首を傾げる彼女に、僕は一度教室を見渡してから、僕たち仲良し3人組の内の1人が、まだ教室に居ないことに気付く。

 

 

「まだ来てないのかな?」

 

「もうすぐ授業始まっちゃうのに…」

 

 

 心配そうになるユウカちゃん。

 すると……、

 

 

「──セェーッフ!」

 

「……まぁ今回は多めに見てやろう」

 

 

 ほとんど、担任の先生と同じタイミングで教室に滑り込んで来たのは、嵐の様に渦を巻いた浅葱色の髪の毛が特徴の少年・竜胆(りんどう) 柳牙(リューガ)くん。

 さっき言った、僕たち仲良し3人組の1人である。

 

 寝坊でもしたのか、慌てて登校して来た彼を、クラスの皆は、嫌味を感じない笑い声を発しながら揶揄ったりした。

 それらに軽口を返しながら席に着くリューガくん。僕の隣の席に座った彼に、僕はそっと問いかける。

 

 

「…──(リューガくん。もしかして……また?)」

 

「(…ああ。またシャドウズがファイトを仕掛けてきやがった。計画がなんだとか言いながら、いつもみたいにアルマリアを奪おうとしてきたよ)」

 

 

 リューガくん、ユウカちゃん、そして僕。

 

 僕たち3人組には、クラスの誰にも言っていないある秘密があった。

 それは、闇のファイターであるシャドウズたちと日夜戦っているということだ。

 

 このことを知っているのは、カードについての知識なら誰にも負けない望月(もちづき)博士だけである。明晰なその頭脳で博士にはサポートしてもらいながら、僕たちは平和な日常を守る為に、人知れず、シャドウズたちとファイトを行っているのだ。

 

 彼らの具体的な目的は分からない。

 

 悲願だとか、計画だとか。色々言ってファイトを仕掛けてくるけど、強力なチカラを秘めたカードを求めているところは、今まで闘った構成員全てに共通している。

 

 特に、リューガくんが持っている1枚。〈光霊祈竜 アルマリア〉は、この世に2つと無いルナティックカードと呼ばれる代物の為に、シャドウズから付け狙われる彼は、僕たちと比べてファイトに勤しむ頻度がとても高い。

 

 

「(ごめん、リューガくん。僕にもっと、力があれば……っ)」

 

 

 ……もっともっと研鑽を重ねて、僕の相棒である〈駆動機士長 (ベルトコン)(ベアー)〉の真価を発揮出来るようにならないと。

 

 僕は、リューガくんの様にルナティックカードを持っていないし、ユウカちゃんみたいな優れたファイトのセンスも無い。

 3人組の中で、僕が1番弱いんだ。戦略、咄嗟の判断力、デッキ構成──そして精神も。

 

 僕がこの学校に転入してきたあの日。当時デッキを持っていなかった僕のことを。早く馴染める様にと、ファイトをしてくれたリューガくん。その日から、何かと気遣って声をかけたり、クラスの皆との交流を円満に進めてくれたユウカちゃん。

 

 2人に恩返しが出来ないかと努力をしてはいるのだけど、中々上手くいかないのが現実だ。

 歯痒さを感じて、苦しげに拳に力を込めてしまう。リューガくんはもちろん、ユウカちゃんにも負担をかけてしまっている。いつも明るく快活に振る舞っている彼女も、本当なら疲弊を感じておかしくないはずなんだ。

 

 

「(あんまし自分を責めんなよ、イクタ。お前は頑張ってるさ)」

 

「(そうだよイクタくん! 私たちは、イクタくんの頑張りに何度も助けられてるんだから!)」

 

 

 …僕たちの話が聞こえたみたいで、リューガくんを挟んだ向こう側のユウカちゃんが声をかけてくる。

 それによって、張り詰めていた肩の力が、ほんの少しだけほぐれた気がした。

 

 僕が実感出来ていないだけで、2人の役に立てている……のだろうか。

 

 

「──よーし、それじゃあ授業を始めるぞー。今日は教科書の64ページからだ。愛園! 始めの行から読んでいってくれ」

 

「はーい!!」

 

 

 先生に指名されたユウカちゃんが、元気いっぱいの返事と一緒に席を立って音読を始める。

 

 ……いつもと変わり映えのしない、でも大切な、当たり前の日常。

 この日々を守る為。そして、今はまだ追いかけることしか出来ていない、2人の隣にいつか並び立てる様に。僕は改めて、強く強く、決意を固めるのだった。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

 ──だけど。シャドウズは……()()()は、そんな僕の覚悟を嘲笑うかの様に、全てを奪っていったんだ。

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