片頭痛カードゲーム変更前   作:広所恐怖症

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12話(3964)

「ユウカ」

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

 〝幻影〟、と。

 そう呼ばれる現象がある。

 

 その発生原因は、今なお詳細が判明していない為にここでは省くものの──端的に説明してしまうと、ファイトの最中に使用される投影技術を用いることなく、ユニットカードが自身の姿を現実世界に出現させる現象だ。

 

 出現させる、と言っても。ユニットがそっくりそのまま現実世界に「こんにちは」をする訳ではない。

 

 あくまでも、彼ら彼女らが生み出したのは自分たちの影法師……故の〝幻影〟。

 

 そこに重さは無く、熱も無い。あるのはただの虚像だけ。

 出来たとしても精々が、自身の相棒たるファイターと、ほんの少し触れ合う程度である。

 

 ……はず、だったのだが。

 

 

『──まさかわしらの()()現世(うつしよ)に居ようとはな』

 

『これは少々、由々しき事態であるぞ…』

 

 

 冥界の神、ナゴラバウワフ。

 邪悪な神、ドルムハーオス。

 

 とある少年に憑くその2柱は、幻影などという()()な代物とは一線を画し、生身でこの世界に存在する、文字どおりに上位の存在。

 

 自由にその権能を行使し、自在に己の姿を変容させる…。

 

 しかし今回ある出来事をきっかけに、同一の存在が居ることを知ってしまった彼ら。

 あるテロリスト集団と間違えられ続けている、自身らの相棒たる少年の現状と照らし合わせ、神々は1つの答えを出す。

 

 

『先日我らが出会した者は、恐らくはシャドウズに対抗するべく、あの様な特殊なチカラの発現をするに至ったのだろう……』

 

 

 一呼吸挟む。

 

 

『…──我らという存在が露呈した今。最早、この場所に留まっていても、徒にユーキが危険に晒されるのみ。……早急に、この地を離れるぞ』

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

「ユウカちゃん」

 

 

 桃色の髪。

 ボリュームのある前髪がハートマークの様になったその少女は、その言葉に反応して、そちらに振り向いた。下校途中の通学路、視界に捉えたのは幾人かのクラスメイトたちだ。

 

 彼ら彼女らの名前や出席番号、誕生年月日。趣味嗜好や、好む会話内容を瞬時に思い出しながら近くに移動すると、しゃがみ込んだ少女の視線の先に、丸まった黒猫の存在を認めることになる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()と心中にて悪態を吐きながら、桃色の髪の持ち主──アイカは『作業』を開始した。

 

 

「わー、黒猫だ! 可愛いね!」

 

 

 野良であろう、首輪などの見られないそれを抱き上げながら。アイカはただただ作業を続けていく。

 機械的に、無感情で。

 

 黒猫は、アイカに抱きかかえられても嫌がるそぶりを全く見せることはなく、どころか寧ろ、自分から擦り寄り始める。人懐っこい性格なのか、アイカの腕に抱かれたまま、多くの生徒に無遠慮に身体を触り続けられても嫌な顔を見せることはない。

 

 面倒臭い、面倒臭い。

 そう思いつつも、友達()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に合わせて、必死に彼女は作業を──演技を続ける。

 自身の心を封殺しながら、ひたすらに。

 

 

『…──(()()()())』

 

 

 ──だからこそ。その一言が聞こえた瞬間に、彼女の心臓は跳ね上がった。

 

 声の正体は黒猫である。自身の肩にまでよじ登り、我が物顔で居座るそれは、アイカにだけ分かる様に、うっすらと額に備わった第3の眼を開く。

 

 

『(驚かせてすまんの。少し話があってな)』

 

 

 それまでと異なり、彼女はきちんと自分の笑顔を露わにした。

 

 ある日の出会いをきっかけにして、毎夜毎夜行われた、あの楽しい毎日。想像しうる限り、最悪の形で横槍を入れられてから、もう暫く経つ。

 

 また、あの。

 心の底から楽しめた、何にも縛られない、輝かしいファイトを行えると思い、アイカは心を踊らせ──

 

 

『(──此度、わしらはこの地を離れることとした。……別れの挨拶を、しようと思っての)』

 

 

 ──、と。

 黒猫の言葉を聞き、彼女の心が凍りつく。一切の波風が()ぎ、感情という感情の起伏が全て消え去った。

 

 表情から、それを悟ったのだろう。黒猫は、それこそまさに、人間の様に分かりやすく悲壮さを露わにする。

 

 そうなんだ。

 ……その一言をきちんと吐き出せたかは、アイカには分からない。

 

 

『(…──お主との出会いは、数奇なものじゃったが……にゃっはっは。思い返せば、中々に楽しい夜じゃったよ)』

 

 

 叶うのならば、最後の夜。きちんと決着をつけたかったと、黒猫は──ナゴラは言う。

 

 

『(明日の夕刻に、お主の(すみか)を皆で訪ねる。そう長くは居れぬが……その時に、また話そうぞ)』

 

 

 そう言うとナゴラはアイカの肩から飛び降り、通路の向こう側へと消えてしまった。

 行っちゃったね、と。周囲からのその声に、一切の綻びなく完璧な笑顔を張り付かせながら、少女は機械的に応答する。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

 ──ピンポーン。

 

 備えられたチャイムの音が響いたことで、来訪者を迎える為にアイカは玄関へと向かう。「あら、誰かしら?」と呑気に喋る母親の横を通り抜けて玄関扉を開けた先。そこには、1人の少年が立っていた。

 

 丸メガネに、青色の髪。おどおどとした、自信の無さげな表情……。

 

 俯き加減のその人物に、アイカの背後から母親が声を発した。

 

 

「あら、イクタくん? どうかしたの?」

 

 

 あ、あの。と、声をかけられたイクタは言葉を詰まらせつつ。

 

 

「そ、その。()()──ごほん! ゆっ、ユウカちゃんが、大丈夫かなって。この前に、あ、あんなことが。あった、ので……」

 

 

 ……母親からすれば、世間を脅かす、危険思想の持ち主たちが集まって結成されたテロリストと遭遇してしまった、我が子を案じた心優しい男の子として、その姿が映ったことだろう。

 

 しかしアイカは、その人物が発言の最中にある言葉を言いかけたことでその正体に気付いた。

 

 玄関先にて、母親の顔色を伺う少年の手を取ると、そのままアイカは家の中へと招き入れる。

 

 

「イクタくんいらっしゃい! 折角来てくれたんだし、少しお話ししよ!」

 

 

 手を引かれるまま、少年はその場所──アイカの自室へと向かった。

 

 

「もう遅いし、親御さんが心配するわよ? 少ししたら、早く帰るのよーっ」

 

 

 はーい、と。

 母親からの声を適当にあしらいつつ、アイカは自室の扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

 アイカちゃんとのファイト、いざ決着という最終場面にて。

 

 ドルムやナゴラの様に、幻影とは異なり実体化したユニットの力を行使する人物と遭遇してから、何日か経った現在。

 僕たちは、ドルムの権能をフルに活用することでアイカちゃんのクラスメイトと思しき人物に変装し、こうして彼女の家へと訪れていた。

 

 黒猫に化けられるナゴラ、影と同化が可能なドルム。

 2人の力を借り、アイカちゃんの自宅の場所や身近な人物の情報を集めたことで、幸いにも、僕の正体がアイカちゃんのお母さんにバレることは無かった。

 

 ……因みにこの変装だが、あくまで見た目を『僕以外の誰か』として見せているだけに過ぎないので、光を遮断したりは一切出来ない。

 

 んっん〜、頭痛と吐き気で死にそうだぜ……っ!

 

 ──なんて。

 そんな風にふざけられる余裕は、今の僕には無かった。

 

 

「アイカちゃん」

 

 

 どろり、と。僕の姿を変える為に全身にまとわり付いていた、粘着質な物体が剥がれ落ち、それらが集まることで見慣れた黒い仮面を形成する。

 頭の痛みに眉間に皺を寄せながら仮面を拾い上げ、顔面を覆う僕は、目前の──ベッドに腰掛けた少女の名を呼んだ。

 

 

「…みんな、どこか遠くに行っちゃうんだってね」

 

 

 日中だからだろうか。僕たちがよく知る、眠気に襲われて怪しい呂律で言葉を紡ぐ様子は少しも見られず、はっきりとした口調で言葉を発するアイカちゃん。

 それに違和感を覚えながら、僕はもう一度彼女の名前を読んだ。

 

 アイカちゃん、と。

 

 

「あはは……。本当なら、もっともっとファイトをしたかったかな。…ほら。この前のは結局、あんな感じで終わっちゃったし……」

 

 

 頬を掻く彼女の表情はとても寂しそうで、しかし仕方がないことだからと、無理矢理に己を納得させた様子で笑顔を浮かべる。

 

 僕は……僕は、それを見て。

 少しだけ声量を上げた。

 

 アイカちゃんと、名前を呼ぶ。

 

 

「…──お別れは、寂しいよ。…でも、でもさ! お互い、名前ぐらいしか知らない仲だったけど……とっても素敵な出会いだったと思ってる。あんなに楽しいファイト。本当に、本当に、久しぶりだったんだ……」

 

 

 一度そこで区切り、彼女は一呼吸挟んだ。

 

 

「──、ね。またいつか、どこかで私と出会った時。そうしたら、またファイトをしてくれる…?」

 

 

 それは、いつぞやに交わした約束を想起させる。

 あの日、彼女と初めて出会った夜。その時にした、約束を。

 

 相違点があるとすれば、アイカちゃんの表情だろう。

 少しだけ嬉しそうにしていたあの時と異なり、今の彼女はほんの少しの感情の変化によって、その瞳から大粒の涙を零してしまうだろうと思えた。

 

 その姿はあまりにも痛々しい。

 悲しい別れを更に悲しいものにしない為にも、精一杯に笑顔を作り、明るく振る舞おうとする1人の少女。

 

 ──アイカちゃん。

 僕がもう一度言えば彼女は、ポロリと。とうとう堪えきれなくなった様で、一雫、頬に伝わせながら言う。

 

 

「そ、うだ。その、わっ私のこと、覚えていてほしいから、さ。カード…交換しよっ? そしたら、それを見て、お互いのことを思い出せる──」

 

「アイカちゃんっ」

 

 

 ……耐え切れなくなった僕は、遂に叫ぶ。

 顔に嵌めた仮面の下。大量の汗を滝みたいに流しながら、恐怖で体を強張らせながら。

 

 

 

()()()()()()()()()()()……ッ!?」

 

 

 

 全ての壁に、天井に。

 無理やり貼り付けられた、夥しい数の写真の群れ。

 

 桃色の髪、ボリュームのある前髪が、まるでハートマークみたいになった少女。

 

 自身と同じ外見の姿。何千何万というそれらに囲まれた、その中心点にいる少女は、先の様子が嘘のような真顔となりながら、ぽつりと呟いた。

 

 

「…──少しだけ、昔話を聞いてくれる?」

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