片頭痛カードゲーム変更前 作:広所恐怖症
「──主人公みたいな存在、って聞いた時。あなたはどう思う?
「抜群の運動神経、頭脳明晰、それでいて嫌味ったらしくなくて、誰からも好かれる存在……?
「うん、まあ。そんな感じで大体あってるよ。実際
「……双子なんだ、アタシ
「ユウカって言って、さっき言った主人公みたいな──いや、主人公そのものだった奴がいたんだ。
「この部屋に貼られた写真に写ってるのが、そうだよ
「運動神経はクラスで1番! 勉強はいっつも100点満点! ファイトでは負けなしの最強無敵! 誰にでも優しくて、誰からも好かれる、とっても素敵な女の子!
「……こんな感じ
「姿形はおんなじだけど、アタシとあいつは全然違った。生まれ持った才能…ってやつ?
「もちろん、アタシも努力はしたよ。負けてたまるかってさ
「でも……うん。誰もアタシを見なかった
「どれだけ頑張っても、どこまで行っても、私はユウカとそっくりなだけの
「醜い嫉妬だよね、ほんと
「え? ──あはは、違う違う。
「無視をされるんじゃないんだ。本当に映らないんだよ、誰の目にもアタシっていう存在が
「いや……まあ。寂しかったけど、別にそれでも良かったよ?
「確かに、アタシは誰にも見られなかった。でも、孤独って訳じゃなかったからね
「〈灰破り〉だとか、〈魔法の鏡〉だとか。〈童魔〉の皆は──相棒たちは、ずっとアタシの傍にいてくれたから……
「やっぱりファイトは楽しいよね。知略と戦略を巡らせる、ファイターとカードの力を合わせて行われる、世界で最も熱い勝負!
「本当に、楽しかったなぁ…
「………今から、1年前。
「あの日の出来事は、絶対に忘れないよ
「シャドウズたちによって引き起こされた、『
「そこに、アタシたちも居たんだ
「アタシと、それから母さん。たまたま少しだけ離れたところにいたから、無事だったんだけど……父さんとユウカは、あの日あの場所にいて、巻き込まれた
「…2人とも、他の人と一緒で今でも見つかってないよ
「──アタシさ、多分。頭おかしいんだと思う
「ユウカが死んだって分かった時、ユウカがいなくなったって分かった時、嬉しかったんだ
「本当の本当に、嬉しかったんだ
「アイツがいなくなった。だから、皆アタシのことを見てくれる。皆、アタシのことを知ってくれるって
「でも
「はは。そんなこと、なかった
「…ね。ユウカのこと、主人公そのものって言ったでしょ?
「主人公が消えてなくなると、一体どうなると思う?
「分かんないよね。えっとね、正解は……皆おかしくなる、です
「主人公が消えて無くなると、物語は──世界は破綻する。壊れる。正しく回らなくなる
「気持ち悪いよ、本当に。人が壊れていく様を見せられるのって
「クラスの皆、学校の先生たち、近所のおじさんおばさんたち
「みーんな例外無く、頭のどこかの歯車がズレたみたいになるんだよ
「──ある日。…えーと。誰、だっけ…
「…別に、誰でもいっか
「誰かがアタシのこと見て言ったんだ、『ユウカ』って
「最初は1人だけだった。次の日に、それが2人になってた
「次の日には3人。次の日には4人。その次の日には──
「……気付いたら『皆』、アタシをユウカとして扱ってた
「母さんも、クラスの皆も、先生たちも、近所のおじさんおばさんたちも、誰も彼も
「……もうユウカはいないのに。もう主人公はどこにもいないのに、誰もアタシを見てくれなかった
「誰もがユウカを求めた。誰もが主人公を求めた
「そうしないと
「だから、アタシ、さ。ユウカの真似してるんだ
「……させられ、てるんだ
「喋りたくない口調で喋って
「話したくない奴と話して
「使いたくもないデッキ使って、さ
「……はは
「なんだか疲れちゃったなあ、もう」
◆◀︎▲▶︎▼
…どうして少女はいつも眠そうにしていたんだろう?
──普段寝ている時間帯に出歩いていたから、じゃない。極度のストレスによって、睡眠障害を患っていたからだ。
…どうして少女の目の下の隈は、僅かに茶色がかっていたんだろう?
──『ユウカ』には無い隈を隠す為に、普段から化粧品を使っていた所為で色素沈着を引き起こしていたからだ。
…どうして少女は家に帰れと促された時、それを拒否したんだろう?
──当たり前だ、帰ったらその時点から『ユウカ』に成らなければいけないから。
…どうして〈天使〉デッキを使っている最中、少女の傍に幻影は現れず、それを彼女は気にしたんだろう?
──本当の相棒たちを扱えず、使いたくもないデッキを使うことを強いられていたからだ。
…どうして少女は、自分みたいな不審人物でしかない存在をつけ回して、ファイトの相手として求めたんだろう。
──いなかったからだ。
自身を『アイカ』として正しく見てくれる存在が、こんな自分しかいなかったからだッ!!
(……これを地獄と言わないで、なんて言うんだ)
これを、こんな惨状を。地獄と言わないで、なんと呼ぶんだ……!!?
何が出来る。考えろ。
目の前の、この少女の為に。何が出来る。
「──良い、泣け」
──機械の様に無感情に、無表情に話していた少女の頭を、その小さな身体を精一杯使って抱きしめる存在があった。
「わしは何も聞かん。…じゃから、お主ももう何も語るな」
小麦に焼けた肌、
──〝
「辛かったな、苦しかったな。怖かったな、寂しかったな」
「……、」
きゅう、と。自分の頭を包む、小さな体が纏った衣装を、少女は掴む。
「いいんじゃ、お主は泣いて良い。いや、泣くべきじゃ。…全て吐き出すが良い。それを咎める者はここにはおらん。ここにおるのはわしらじゃ。お主を、アイカを。わしらの友たるアイカのことを、アイカと呼ぶわしらしかおらん」
優しく、優しく。
我が子を抱きしめる様に、夜の闇の暗さに怯える子供をあやす様に。ナゴラは優しく、彼女の頭を撫で続けた。
「…──ぁ、う。…うぐっ、あ。ふぅ、ふぅ──あ、あああああああ………ッ!」
──決壊した様に、少女の両目から大粒の涙が溢れ出す。
今まで出せなかった……出すことを許されなかったそれを、最後の一滴を吐き出すまで、ナゴラは少女を手放すことはしなかった。
絶対に。
◆◀︎▲▶︎▼
「──すぅ…。すぅ…」
──泣き疲れてしまったのだろう。
化粧が落ちたのか、伝った涙の跡が残った少女のその顔を見て、僕は──僕もドルムも。誰も、何も言葉を吐き出すことが出来ない。
「なるほどのう。ずっとずっと、此奴は苦しんでおったのじゃな……」
──ただ1人、ナゴラだけを除いて。
ふむ、と。一呼吸挟み、彼女は続けた。
「
…何か別に、その小柄な体軀の至る所から、ドス黒い殺気が放たれたとか、そういう訳ではない。
本当に何の気なしに。
今日はこの後散歩でもしようかと、そんな調子で彼女は殺戮を提案したのだ。
冥神。──冥界の神。
死を司る、命あるありとあらゆる者に対する『天敵』である彼女の言葉に、僕たちは──
「…──なーんでそう極端な発言をするかなぁ」
『ただの言葉とて、TPOを考えろよ我が同志よ』
『ちょお、待て! 同胞よ、何故わしの身体を握り潰そうとし……まっ、待たんか! どうして
どろり、と動き始めたのはナゴラが身に付けていた、獣の耳に似た頭飾りだ。
純金の一部は生物の様に溶ろけ出すと、それぞれが一定の大きさを持った
ナゴラの眷属である、黄金のスライムたちは──もちろん、僕もドルムだって、分かっているのだけど──分かっているのだろう。自分たちの主がどういった存在なのかを。
魂喰冥神 ナゴラバウワフ……
誰かの為、皆の為ならば。
自己がどうなろうと、どう思われようとも構わない。そうやって、必死に邪悪な神を演じ続けた、優しいだけの小さな
『にゅぎぎぎ…ッ。ああ、ああ。分かるとも。お主らが言わんとしていることはッ!』
幼女の頭部の至る所から、ひんまがった手足が伸びる怪生物と化しながら、ナゴラは言う。
『じゃが、それではどうする。この少女をどうやって救う。最早己だけでは、誰かの手を借りねば、満足に泣くことすらも出来んくなったこの者を、一体、どうやって!』
……その言葉を聞いて、ドルムは力を込めていた両手からナゴラを解放し、スライムたちもゆっくりと、1体また1体と、もとの頭飾りに戻っていった。
『……何も、出来んのか? 本当に。わしらは此奴の為に、何も出来んのか…?』
今にも泣き出してしまいそうな声で、ナゴラは言う。
魂喰冥神、黒淵邪神。
死を司るだけの神と、闇を操ることしか出来ない神。
そして……そんな彼らよりも、何もすることが出来ない僕。
誰も何も、答えることは出来なかった。
◆◀︎▲▶︎▼
「…──えへへっ。は、恥ずかしいところ見せちゃった。涙で化粧落ちちゃったし……ごめんね、ナゴラちゃんも。お洋服、べとべとにしちゃって…」
……少しして目を覚ましたアイカちゃん。涙で跡が幾つも出来た顔を、恥ずかしそうに赤くしながら彼女はデッキケースをいじっていた。
「えーと、確かこの辺に──あった!」
そうして取り出したのは、1枚のカードである。
少々、おどろおどろしさを感じるデザインのそれを、彼女は僕に手渡して来た。
「これ、良かったら持っていって! この前の〈アカツキ〉を使ったコンボの手助けになると思うんだ。上手くいけば、ワン・ショット・キルの成功確率がぐんと上がるはずだよ!」
手渡されたカードの効果を見て、ああ確かになるほどと思う。運要素は大きく絡むものの、彼女の言うとおり、決まればかなり、あの日の夜に僕が使った〈アカツキ〉コンボの成功率が上がるはずだ。
でも、けれど。
そんなことよりも。
「アイカちゃん」
「──良いんだ、良いんだよ。……こんなクソみたいな地獄に、大切な友達を巻き込みたくない」
──その一言を聞いて、僕は何も言えなくなってしまう。
地獄の底まで付き合うとも。離れていてもずっと友達だとも。
……何も。言うことが、出来、ない。
ぎゅぎり、と。
力の籠った奥歯が、仮面の下で鈍い音を放つ。
…そんなことしか、僕は出来ない。
「──良いんだよ。それだけで──それだけでさ。本当に、アタシは救われてるんだ。だからさ、ありがとう。……アタシのことなら心配しないで、皆のお陰で久々にちゃんと寝られたし、博士も睡眠不足を解消してくれる、機械? ロボット? だかなんとか作ってくれるって言ってたから、さ…」
本当に、大丈夫だから。
だからどうか、そんな風に苦しまないで、と。
自分のことを放って、彼女は笑う。
「またどこかで会えたなら、その時は……また、ファイトしよ!」
──彼女の申し出に、満足に返事をすることも出来ずに。
僕はか細く、なんとか別れの言葉を、やっとの思いで吐き出すしかなかった。
『──往くぞ。もうじき夜だ、これ以上は怪しまれる』
僕の影と一体化していたドルムに促され、ナゴラがドルムの手を借りて同じように影に潜り込み、僕も、来た時と同じく変装を施された。
……自分の非力さと無力さに打ちのめされながら。
僕のことを見送った、アイカちゃんの母親を非難することすら出来ず、薄暗くなった通りを進んでいく。