片頭痛カードゲーム変更前   作:広所恐怖症

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14話(4530)

「……───」

 

 

 暗闇に包まれていること以外は、これと言って特徴を持たない空間に、大小、そして形状も様々な影が3つ存在していた。

 

 1つは、竜の頭と人型の上半身。そして蛇の様な下半身が合わさった、荒々しい鱗に全身を覆われた巨大な異形。

 1つは、小麦に焼けた肌と射干玉の髪、縦に裂けた第3の眼を備えた、小柄な少女。

 そしてもう1つは──

 

 

『……(もうずっとあの調子じゃが、大丈夫じゃろうか…)』

 

 

 小さく声を発したのは、ナゴラである。

 彼女の視線の先には、黒を基調とした衣服に身を包み、同じく黒い、黒曜石に似た材質の仮面を嵌めた少年がいた。

 

 彼は、これと言って何かをしているわけではない。ただただ黙し、静かに座しているだけである。

 邪神・ドルムのその権能によって作り出されたこの空間に来てからというもの、立て膝の姿勢を維持するばかりだ。

 

 一言も語らず、欠片ほども動かずに。

 

 

『……(仕方なかろう。ユーキは未だ子供なのだ。…例えそうでなくとも、あの様なことがあった後では、な……)』

 

 

 ──両者が想起したのは、とある少女だ。

 自身を封殺し他者として生きることを強制され続けた結果、満足に涙を流すことも出来なくなった、アイカという名の1人の少女を。

 

 

『(今は──今は、陰から見守るしかあるまい。時間が必要なのだ、ユーキには……そしてそれは、貴様にもだ。我が同志よ)』

 

 

 ドルムの言葉に、ナゴラは悲痛な面持ちとなり、俯いてしまう。

 

 それぞれ死と闇を司る、神の名を冠したナゴラとドルム。

 しかしながらその大層な名前に反し、2柱の神は少女を救うだけの力を有していなかった。……一時的であろうとも恒久的であろうとも、少女を救えなかったのである。

 

 冥界の神であるナゴラも、精神年齢に関して言えば少年とそう変わらない幼さだ。

 

 少年と同じく彼女もまた、様々な思いによって、その心が潰れてしまいそうになっていた。

 それを察したドルムは、小さな小さな自身の同族を座らせると、弱々しく丸まったその背中に優しく手を添える。

 

 彼らは邪神だ。全知全能の神ではない。

 ……暗闇であることを除けば、それ以外には何も無い空間。誰も何も語らず、重く冷たい静寂が支配していた──。

 

 

「──ドルム」

 

 

 ……と。

 

 唐突に、少年が声を発した。姿勢そのままに、視線を下に向けた状態で言葉を吐き出す彼に、名前を呼ばれたドルムもまた、ナゴラを気遣ったまま意識だけをそちらに向ける。

 

 

『……貴様が何を言いたいかは、分かっている。だがな、だが──我らでは、どうすることも…』

 

 

 言いながら、ドルムは。胸中に溢れた自責の念から歯を食いしばった。

 

 ドルムたちでは、あの少女を救うことは出来ない。

 

 闇に様々な形を与え、時に異空間すら作り上げることを可能とする力を有しているのがドルムである。

 なのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことが、ドルムが無力であることの何よりもの証左であった。

 

 邪神などと呼ばれておきながら……あまりにも非力で、無力。

 懺悔の様に、ドルムは少年へ言葉を

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 ……む? と。

 少年の一言が、ドルムの意識を切り替える。

 

 怪訝そうに邪神はそちらへ視線を向けた。視界に捉えたのは、居住まいを正した少年である。

 彼に倣い、ドルムも改めてそちらへ向き直った。

 

 

「ごめんドルム。ちょっと気になることがあってさ」

 

『は、はぁ。気になること、であるか……?』

 

 

 発言の意図が読めず、ドルムは首を傾げるばかりである。

 てっきり、少女のことについて考えを巡らせていたと思い込んでいた為、その頭上に無数のクエスチョンマークを浮かべながら先を促した。

 

 

「……うん、色々と考えてみたんだけど。結局『これ』は、分からなかった。もしかしたら僕の知識が足りないだけかもしれないから、教えて欲しいんだ──」

 

 

 一呼吸挟む。

 

 

「…──()()()()()()??」

 

 

 あん? と。

 今度こそ、ドルムは間の抜けた声と表情を晒すことになった。

 

 そんなドルムの様子に気付いていないのか、少年は顎先に手をあてがいながら続ける。

 

 

「アイカちゃんが言ってただろ? 寝不足を解消──あれ、直すだっけ?──する、機械だかロボだかを、ほら。『博士』がってさ」

 

『──あ、う、うん? ちょ、ちょっと待て。今思い出す…』

 

「……えーと、それでさ。()()()()()()()普通ならお医者さんとかの仕事じゃないの? それとも僕が知らないだけで、医療関係にはそう呼ばれる…役職? があるの?」

 

 

 少年の問いかけに、ドルムは思考を巡らせ該当する知識を引き上げた。

 少しの間を置いてから、

 

 

『…医学博士と呼ばれるものは確かにあるが、これはあくまでも役職ではなくそれを修了した者に与えられる学位であるな。博士号、というやつだ』

 

「それは……つまり、お医者さん? で、いいのかな」

 

『いや、そうであるとは断言出来ぬな。先も言ったが、あくまでも学位、称号でしかない。例えそれを有していようと、医師免許を持っていなければ医師であるとは呼べないし、医療行為も行えない──はず、だ』

 

 

 その方面に明るくはない為、1つ1つ思考を巡らせながら声を発するドルムは……そうして吐き出した己の発言に、次第に違和感を覚え始めた。

 

 医師ではない、博士と呼ばれる存在が睡眠不足を解消する? それも薬剤などを利用する一般的と思われる様な治療ではなく、機械やロボットの類を用いてだと? 一体、どうやってだ??

 

 確かに、TCG・ミステリオマキアの普及と発展の為に()()が編み出された現代社会は、ありとあらゆる技術が飛躍的進化を遂げている。

 ただ知らないだけで、少年やドルムでは想像もつかない治療法や、それを行う為の資格等があるのかもしれない。

 

 

(本当に、そうか…??)

 

 

 何か……何かを。

 見落としている、見逃している。…様な、気がする。

 

 少女からその言葉を聞いた当時は、彼女が晒されているその状況の衝撃から、思考がそこまで巡っていなかった。

 

 だが、時間が経過した今。何か、とてもとても小さく、それでいて途轍も無く巨大な何かを見過ごしてしまった様に感じられてならない。

 

 まるで、氷山の一角しか見ておらず、水面下に潜む実際の大きさに気付けなかったみたいに──。

 

 

「ドルム」

 

 

 少年が、仮面越しにドルム見る。

 ぬらりとした暗い表面が自身に向けられ、しかし、ドルムは首を横に振った。

 

 

『駄目だ──駄目だ、ユーキ。今外界は、貴様が思っている以上に危険な状態なのだ』

 

 

 シャドウズなるテロ行為を行う集団。

 それに対抗する為、武装の使用を躊躇しない警察組織。

 そして極め付けに、ユニットを具現化しその力を行使する者すら現れる始末……。

 

 もし仮に、少年がシャドウズとは一切無関係であると証明出来たとしてもだ。

 

 ドルム、そしてナゴラ。

 全くもって一切合切に無関係でありながら現実世界に顕現している両者の存在が露呈してしまった今。深く考えずに下手に身を晒せば、どうなってしまうかは想像に難くない。

 

 ──そしてそれを理解してなお、少年は意思を曲げようとはしなかった。

 

 

「なぁドルム。…あの時に手を差し伸べておかないで、何を今更って話だろうけどさ──やっぱり僕は、アイカちゃんのことを助けたい」

 

 

 だから、力を貸して欲しい。

 精一杯頭を下げる少年に……しかし邪神は、努めて平坦な声を返す。

 

 

『助ける、か。…しかしユーキよ。具体的に、何をどのようにしてあの者を助けると言うのだ?』

 

「それは──」

 

『自身以外の者全てに、他者として自己の存在を否定される状況だぞ。どうやってそれらを解決する?』

 

「…──分からない」

 

『1人1人拳を振るって黙らせるか? それとも、あの者を我らの仲間として迎え入れ、こうして世間から隠れ潜み暗闇に生きるか? ……仮にあの者が差し伸べた手を取ったとして、その後はどうする。食料は、衣服は、教育は、その後の社会的な復帰はどうするのだっ?』

 

「分から、ない……ッ」

 

 

 ドルムの言葉に返された少年の声は、震えていた。

 

 彼には何も無い。力も、学も、財も、(すべ)も、何も。己の無力さを改めて痛感したことで、絶望を覚えたのかもしれない。

 

 それでも、だ。

 それでもという声が、静かに弱々しく、だけど確かに発せられた。

 

 

「それでも──それでもッ。誰にも助けを求められないで、泣くことすら出来なくなってる友達を、出来ないからって諦めて、見なかったことになんてしたくない……ッ!!」

 

 

 必死だった。

 

 助けたい人がいる、救いたい友達がいる。だけど、自分ではどうすれば良いか分からない。……だから、力を貸して欲しい。方法を一緒に考えて欲しい。

 

 決意を固めても、覚悟を決めても。

 少年が出来ることは、頭を下げて他者を頼り、協力を仰ぐことばかりだ。

 

 手を突き、額を擦り付ける少年。

 それを見た、邪神は。

 

 

『──良かろう。では早急に向かうとするぞ、ユーキ!』

 

 

 あぇ? という声は寧ろ、両者の会話をそれまで静かに聞いていたナゴラからだった。

 

 

『ああ、ああ。そうだとも。何を迷う必要があったのか…! 力が無かろうと、方法が分からずとも、誰かを救うのに何を躊躇する必要があると言うのだ!!』

 

 

 怒気を孕んだ声と共に、大袈裟に身振り手振りを交えながら。

 

 

『すまんな、ユーキよ。我ともあろう者が情けない姿を晒してしまったものだ。貴様や、我が同志にも要らぬ心労をかけることになった……情けない!!』

 

 

 …次第に声量を増させるドルムを見て、少年は顔を上げ、ナゴラは3つある眼を開き、爛々と輝かせ始める。

 

 

『不可能だと? 知ったことか。無謀だと? だからどうしたッ。自己満足(エゴ)であるだと、偽善であるだと!? 当然だ、じょ・う・と・う・だッ!! 我こそは邪神ドルムハーオス。無様だろうが邪悪だろうが、闇の力を好き勝手に振い、望むがままに欲したものを手に入れてやろう──!!』

 

 

 ぜぇぜぇ、はぁはぁ、と。

 

 息を切らせ、両の肩を上下させるドルム。その目前では、デッキケースをベルトに装着した少年と、純金で作られた錫杖を携えた小さな神の姿が。

 少年の方は、仮面を付けている為に分からないものの──きっと。ナゴラと同様に、笑顔を見せているはずだ。

 

 

『……先も言ったが。我らは兎も角、外界は貴様にとって危険な場所であるぞ、ユーキよ』

 

「今更何を。そんなんで、僕が怖気付くとでも?」

 

『──これ以上何かを語る必要もなかろうて、同胞よ。さあ皆、アイカの元へ往こうではないか!』

 

 

 ナゴラの声に合わせて、少年たちは暗闇の中から躍り出る。

 

 随分と前に日の落ちた、満点の星空が彼らを出迎えた。一陣の冷たい風に全身を撫でられながら、彼らはどことも知れない路地裏から姿を曝け出す。

 

 ──1人の少女を救う為に。

 少年と、2柱の邪神は夜闇に紛れて世界を進んで行った。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

「──む?」

 

 

 その道中にて。

 曲がり角から少年たちの前に姿を表したのは、パラボラアンテナに似た装飾が施された漆黒のヘルメットを被り、黒い衣服を身に纏った不審人物であった。

 

 

「うおおおあァあ不審者ァ──ッ!!」

 

「いや格好に関して言えばそっちも大概……ふぬおおお!!?」

 

 

 ひゅぼッ、と音を立てて右ストレートが、謎の人物の鳩尾に向けて正確無比に放たれる。

 覚悟を決めた少年は、躊躇などしない──っ!!

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