片頭痛カードゲーム変更前   作:広所恐怖症

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18話(7218)

 ──全ての黒幕の正体が判明した。

 

 望月(もちづき) 会希(カイキ)

 カードのことならなんでも知っている物知り博士──しかしそれは偽りの顔。

 常人とは一線を画すその頭脳と知識を活かし、闇の力を用いる悪のカードファイターたち・シャドウズと日々激闘を繰り広げる、少年少女たちをサポートする、その傍ら。

 

 街の人々の意識に干渉することで、1人の少女を追い詰め続けていた、シャドウズたちよりもドス黒い邪悪。

 彼の傀儡(てさき)としてリューガの前に立ちはだかるのは、桃色の髪とハートマークの様になったボリュームのある前髪が特徴の少女・アイカである。

 

 体の至る所に、用途不明な機械類を装着している彼女とファイトを始めてからどれほどの時間が経ったのだろうか。数分かも知れないし、既に1時間も経ってしまっているのかも知れない。リューガは、時間の感覚が薄れていた。

 それほどまでに、少年の精神は疲弊し尽くしていた。

 

 

「ふははっ! どうしたのじゃリューガよ。守るばかりではファイトに勝つことは出来んぞ!」

 

『リューガ、しっかりするんだ! 奴の言葉は無視しろ、私の声をしっかり聞くんだ──リューガっ!!』

 

 

 嘲りを多分に含んだ言葉を発する望月にも、カードの状態で必死に檄を飛ばす相棒たるアルマリアにも、なんの反応も返せない。

 それは、アイカとのファイトが苛烈を極めるから……ではなく。

 

 

「うぶbbbふふ、あはhhhh」

 

 

 少女──アイカが、笑っているからだ。

 

 恐らくは、取り付けられた謎の機械が要因となっているなだろう。声を()()()()()()()、少女は不気味なほどに明るく笑うのだ。

 

 心の底から嬉しそうに、腹の底から楽しそうに。

 展開された特殊なフィールドによって現実のものとなった、ユニットや呪文の効果で()()()()()()()()()()()。うふふ、あははと笑みを深めていくアイカ。

 

 …──皆が皆、自分を他人として扱う。そんな地獄の日々を少女が生きる最中、リューガは最後までその隣に立つことができなかった。自身の両親が周囲の仲間入りを果たした時に心が折れ、アイカが独りになることを理解しながら……理解した上で、見殺しにしてしまった。

 

 少女、アイカにとっては、自分はただの憎悪の対象でしかない。

 ……当然の、帰結である。

 

 助けると誓ったその意志が。

 もう逃げないと蹶起したその決意が。

 折れる。砕ける。

 少年から、立ち向かう気力を剥奪していった。

 

 

「おお、Oぉわおわおわ終わりにして、してttt──〈灰灰灰(シンデレラ)〉」

 

 

 アイカのチャージゾーンに5枚目のカードが置かれ、彼女の切り札たる、真紅のドレスを纏った女性型ユニットが姿を現しす。

 糸の切れた人形の様に瞳から光を失ったままバトルゾーンに降り立った〈灰破り〉は、その剛脚に炎を宿らせた後に、リューガに向けて突撃を仕掛けた。

 

 

『リューガ、ガードするんだ……リューガぁッッ!!!』

 

 

 アルマリアの悲鳴が響き渡る。

 少年は──動けない。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

『お主よぉ。わしと別れる前にあんだけ覚悟決めたみたいな感じ出しといて、なーにを勝手に諦めとるんじゃい』

 

 

 ──いつまで経っても衝撃は訪れず。

 代わりにリューガに到来したのは、まだまだ幼さの残る声音と対照的に、古風さを感じる妙ちきりんな口調の少女の言葉だった。

 

 見上げた先に捉えたのは、小さな小さな背中である。

 3つある瞳をリューガに向けるのは、ナゴラと呼ばれるユニットだ。携えていた金色の錫杖を使い、倍近い身長差の〈灰破り〉のアタックを受け止めている彼女は、錫杖を振るい〈灰破り〉を退ける。

 

 不機嫌そうに自身をねめつけるナゴラに、しかしリューガは何も返すことが出来ない。そうするだけの、力が残されていない。

 

 

「俺には、無理だ…。アイカを、助けることなんて──!」

 

 

 どうして、心の底から憎しみを向けられている自分が、助けることなど出来ようか。

 悔しさや自責の念──様々な感情が渦巻くことで生まれた、深い絶望に身を落としてしまった少年は、嗚咽混じりに吐露する。

 

 ……それを聞いた小さな冥界の神が取った行動は、至ってシンプルだ。

 

 まず初めに、ナゴラは少年の胸ぐらを静かに掴み上げる。その体躯からは想像の付かない膂力によって無理矢理立ち上がらせられたリューガが、驚愕を顕にするよりも早く、風切音が発せられた。

 

 

『ふンっ!』

 

「ぶがぁッ!?」

 

 

 パァンという、乾いた音……というよりも、極限まで膨らませた厚めの風船が破裂した様な音を伴い、リューガの顔が左に向かってカッ飛んだ。

 平手打ちをされた、と彼が理解するのに、そう時間は要さない。どんどんと増していく頬の痛みと熱に、先ほどまの絶望から来ていた涙とは、別の涙が少年の視界を潤ませる。

 

 そうしている内に、再びの風切音──身構えようとする暇も与えられず、今度は逆の頬に平手が襲来した。

 

 

『今! お主が! 感じとる! ()()を! アイカの奴は! ずっと! 独りで! 向き合わされとった! っつー話! じゃろがい!』

 

「うぐぁッ! ぐぼほぉっ!?」

 

『四肢が捥げようが! 心の臓を砕かれようが! 泥水啜って這いつくばってでもアイカを助けんかい! アイカの敵になってでもアイカを助けんかい!それが今わしらがしなければならんことじゃろうがァ──ッ!!』

 

『ちょ──っ。止めてあげて止めてあげて!! わたっ、私の相棒が! ドングリ頬張り過ぎたリスみたいになっちゃってるから──!!』

 

 

 アルマリアが幻影(シャドウ)の形態となり止めに入るも、ナゴラは聞く耳を持たなかった。

 語りかけ、奮い立たせ。少女を救う為に少年を立ち上がらせるだとか、そんな展開は一切無い。荒ぶる冥界の神によって、リューガの頭が右に左にカッ飛んでいく。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

「おびゅ…はびゅぼ……、ひィん…」

 

『おら立て、さっさと勝て。んでもってアイカを助けぃ』

 

「はび…」

 

 

 おたふく風邪Lv.100みたいな外見となったリューガは、痛みと熱を引き摺りながら、なんとか立ち上がってみせた。ボロボロと溢れる雫が腫れ上がった頬を刺激し、その所為でまた涙が──という悪循環に囚われている彼は、己の不甲斐なさやらアイカへの申し訳なさやらなんやらで、なんとも情けない声を漏らしている。

 

 その背後。ナゴラの眷属たる黄金に輝くスライムたちが、意識を失って倒れていた眼鏡の少年(イクタ)を介抱しようと、細長い触手を伸ばしている様子を視界に捉えながら、ナゴラは舌打ちをした。

 

 

『ちっ……。お主の所為で手番(ターン)を渡してしもうた。死ぬ気で防げよ、おい。出来なかったら──分かっておるな?』

 

 

 ナゴラに睨みつけられ、条件反射の様に敬礼のポーズとなるリューガ。

 ファイトをスムーズに進める為、各ターン、ファイターには持ち時間が設定されている。その時間を過ぎてしまうと強制的に相手のターンが開始されるのだが、先のやり取りで、リューガたちは持ち時間を浪費してしまったのだ。

 

 絶対に負けられないと、死ぬ気で──もちろん、アイカを助ける為にも──リューガは身構える。

 

 アイカの切り札〈灰破り〉。能力こそ有していないものの、その戦力は19500/12と、コアエネルギーが満タンの状態であろうと、一撃で全てを吹き飛ばす破格の性能だ。

 現在のリューガのコアエネルギーは、大抵のユニットからアタックを受けただけでゼロになってしまう有様な上、手札も……そこまで質が高い訳ではない。

 

 ここは一度、先ほどの様にナゴラに受けてもらうのが最善だろう。少々、情けないものの、リューガはナゴラに守りに回ってもらおうと、彼女のカード情報を読み取った。

 そこに記されていたのは──

 

 

 

 ⑤ 魂喰冥神 ナゴラバウワフ

 闇属性 戦力9999/1

 

 

「……え、ちょっ。よ、弱ッッッ!!?」

 

 

 ──原則、虎の子たるグレード5のユニットの戦力は10000を超過しているのがほとんどである。コアエネルギーに与える数値の方はまちまちであるが、ユニット同士の力比べ(バトル)に用いられる数値に限っては、どんなに低くとも10000を下回ることはないのが、リューガにとっての常識であった。

 ……この時までは。

 

 下手をすれば、グレード4以下のユニットたちにすら打ち負けそうな具合のナゴラ。

 リューガも含め、対抗手段を有さない彼女はなす術なく〈灰破り〉の一撃によって地に沈む──

 

 

『案ずるでない。わし、神ぞ?』

 

 

 ──ことはなかった。

 

 丸太の様な剛脚が小さな身体に着弾すると同時。本来であれば彼女が吹き飛ぶと予想される方向には、代わりに、彼女の身体から飛び出した無数の()()()()がばら撒かれる。

 金貨や首飾り。大小種類の様々なそれが、ゴガラガシャン! と派手な音を立てながら散らばる様に、リューガは目を見開いて驚いた。その後、慌ててバトルゾーンに立つナゴラのカード情報を読み取る。

 

 

【◆】(常在効果)で……破壊される時、代わりにデッキの上から9枚を墓地へ…!? 除去耐性持ちか!」

 

『にゃごにゃご! ──確かお主の相方は、カードを除外すればするだけ腕力(かいなちから)を増すのじゃったな! ほぅれ、こちらの手番じゃぞ!』

 

「……!! ドロー、フルチャージ! 〈獰猛な幼竜〉を2体召喚、それぞれの効果でコピートークンを2体生成! 呪文〈大いなる竜の秘術〉発動! バトルゾーン、手札、墓地にある〈竜〉ユニットを、それぞれ3枚以上除外する──!!」

 

 

 ナゴラの言葉に合点がいった様子を見せたリューガは、即座に行動に移る。

 〈偉大なる竜の秘術〉は、指定された枚数分カードを除外することで、手札を1枚チャージゾーンに置ける効果を持つ呪文だ。既にフルチャージを終えた現状、その効果は意味を成さないが……コストとして除外されたカードは別だ。

 

 ナゴラが持っていた効果も合わさり、除外されたカードは全部で20枚にも及ぶ。そして彼の切り札たる〈光霊祈竜 アルマリア〉は、除外されたカード1枚につき、戦力が上昇する効果を持っている!

 

 

「頼んだぜアルマリアぁっ!」

 

『任せておけリューガっ!!』

 

 

 3対の翼に2対の腕。光で作られた剣を携えたアルマリアが、満を辞してバトルゾーンへと降臨した。

 

 光属性然とした眩い輝きと共に、その全身から闘気を放つ純白の竜の騎士。その戦力は、実に40000/20。

 十二分に、射程圏内である。

 

 

「……jzz呪もn【D**@666ぢぢ→→¿¿ッhhhaiyyy).//ぎぎぎぎがががががが──っ!!」

 

 

 しかし言うまでもなく、それをアイカが見過ごす訳がない。特記戦力としてアルマリアに危機感を抱いた彼女は、もはや、言語の体をなしていない擦過音の集合体の様な悲鳴を喉奥から放ちながら呪文を発動する。

 

 アルマリアに襲いかかったのは、無数の荊棘だった。鋭い棘が問答無用で肉を裂き、流血を強いる。

 血と共に力を奪われたらしく、苦悶の表情を見せたアルマリアはその場で片膝をつき──疲弊状態となってしまった。

 

 

「くそっ、アルマ……!?」

 

『うぅ、不覚……ッ!!』

 

 

 如何に破格の戦力を有していようと、攻撃そのものを行えなければ意味が無い。

 

 砕けんばかりに奥歯を噛み締め、血が滲むほど拳を握りしめるリューガは、ただただ自身のバトルゾーンの状況を見ることしか出来ない。

 

 ここまで来て……ここまで来て届かないのか。

 奮い立たせた闘志が、絶望によって再び砕けそうになる。しかし、そんなリューガの鼓膜を震わせるのは、快活な笑い声だった。

 

 

『にゃっはっは!! 案ずるなと言ったはずじゃぞ。この程度で怯むわしではないわっ!』

 

 

 言いながら、ナゴラは携えていた錫杖の先端を足元へ叩き付ける。小気味の良い硬質な音と共に、彼女は言い放った。

 

 

『〝闇に惑え(オルタグロウ)〟!!』

 

 

 ──一瞬である。

 ナゴラとアルマリア。どこからともなく現れた黒い影が、()()()丸ごと飲み込んだ。黒く巨大な球がリューガの目前で形成され……そして弾ける。

 

 

『──見よ、これぞわしの必殺技じゃい!』

 

『ななな、何が起き…!? なんだ、今私はどうなっているんだ!?』

 

 

 影が弾け現れたのは、黒と白が捩れる様にして混ざり合った、異形の手足を備えたナゴラであった。獣の様に四足歩行の形態を取っている彼女の背には、純白の片翼が生えており、その他にも鎧の一部分が下顎や片腕を覆いつつ、周囲には光り輝く剣が、警戒を維持する様に浮遊している。

 

 突然の現象に暫く固まっていたリューガだったが、所々に自身の相棒を思わせる特徴を有したナゴラと、その声に、アルマリアのものが重なり合って聞こえることから、()()()をつける。

 

 

「まさか、合体……いや。融合したのか!?」

 

『応とも! …──さぁ指示を寄越せリューガ。これならば、届くじゃろうて!!』

 

 

 にゃっはっは! と豪快に笑うナゴラ。

 変貌を遂げたのは、何もその見た目だけではない。戦力自体も両者のものを合わせたそれとなっており、49999/21──これならば!

 

 

「ああ。頼んだ、2人とも!」

 

 

 ファイトを終わらせる為に、リューガが動く。

 

 

「…──こわっ、こわkkk壊壊す壊すして、ぜぜっぜん全部ぜぜんぶぅ……〈灰灰灰ぎぎっ〉がががが──ッ!!」

 

 

 ──同じく、アイカも動いた。

 

 壊して、全部。

 

 ……他者として生きることを強要し続けた周囲、自分として生きることを許さなかった世界への。憎悪、憤怒、怨嗟。それらを練り固めて放たれた命令を聞き、〈灰破り〉がゆらりと体を揺らした。

 

 彼女のバトルゾーンのユニット・〈灰破り〉。その体が、足元から出現した黒い粒子に包み込まれ、姿を変える。

 炎の様に揺らめく闇。ドス黒いオーラを纏った〈灰破り〉は、鮮血の様に輝く双眸以外の全てを、漆黒に飲み込まれた。

 

 

「戦力……100000だってッ!?」

 

 

 ファイトの最中にユニットの姿が変わる──先のナゴラと、とある少年と交戦した際に目の当たりにした現象が。しかし、それらとは比べ物にならないほど邪悪なものとして、リューガの前に立ち塞がる。

 

 悲鳴を上げるリューガ。目を瞠るナゴラたちの視線の先で、無慈悲に、〈灰破り〉が全てを壊す為に(効果によって)動いた。

 黒く、粘着質な炎を脚に纏わせた〈灰破り〉が力強く跳躍。

 

 一瞬の風切り音の後、落雷を思わせる速度で攻撃が繰り出される──。

 

 

『………!? お主…ッ!!』

 

『wA、っルい…。相棒Nコと、頼ンda……ッ!!』

 

 

 ──しかしその攻撃が実際に振るわれたのは、ナゴラたちの目前、すぐそばの床に向けてであった。轟音と共に深く亀裂が走るその最中、即座に判断を下したナゴラたちはその横合いを抜けて駆け出して行く。

 

 相棒の為。カードとして、ユニットとして、下された命令を無視して決定的な隙を作り上げてみせた〈灰破り〉。無防備となったアイカの元へ、ナゴラたちは一直線に飛びかかる。

 

 

『合わせいっ!』

 

『ああ、これで決める!』

 

「いっけぇ──!!」

 

 

 闇と光。相反する力同士が織り混ざった一撃により、コアエネルギーがゼロとなる。

 そして──

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

『──ふむん?』

 

 

 ──見慣れない景色の中に立っていることに気付き、ナゴラは訝しげに声を漏らした。

 暗く、(くら)い。どこまでもどこまでも、果ての見えない湖面の様な場所だ。ナゴラが進む度に、ちゃぷちゃぷという水音が、波紋と共に暗闇に消えていく。

 

 当てもなく、ここがどこでどういった場所なのか、見当もつかないまま彼女は進み続けた。

 

 進む。

 進み。

 進んで──。

 

 

『おおアイカよ。こんなところに居ったか』

 

 

 ──そうして、1人の少女を見つける。

 膝を抱え、顔を埋めた桃色の髪の少女は、ナゴラの声に応えることはない。ナゴラもそれに構うことなく、少女の隣へと腰を下ろした。

 ……氷水じみた冷たさが臀部に襲いかかったことで、僅かに身震いを起こしながら、

 

 

『ひえぇ…! ──おほん、アイカよ。こんな暗く冷たい場所に居ても、寂しいだけではないか?』

 

「………」

 

『そうじゃ。外に出たら、あの日の続きといこうではないか。結局、きちんと決着をつけられんかったしの』

 

「………」

 

『アイカはどうしたい? なぁに。わしの他にも、ユーキや同胞、リューガも居る。並大抵のことは出来ようて』

 

「………みんな。みんな、きらい…」

 

『──さて、と。どうしたものか…』

 

 

 幾らナゴラが呼びかけようと、少女がそれに応じようとする気配は無い。悩ましげに、頬を掻くナゴラ。暫く考え込む様子を見せてから、小さく彼女は声を漏らした。

 

 

『のう、アイカ。わしは──うん。わしは、まあ。力尽(ちからず)くでお主のことを無理矢理に助けようとは思っておらん』

 

 

 寧ろ、と一呼吸挟んでから。

 

 

『望むなら言え。今ここで全て()()()()()()()

 

 

 ぎりぎちぎりィ……ッ、と。暗闇と静寂だけが支配する空間に、異音が混じる。

 その小さな体躯の至る所から、異形の(あぎと)を無数に生じさせるナゴラ。一噛みで、容易く命を砕くことが出来るであろうそれらを構えながら、彼女は続ける。

 

 

『わし、こう見えても神じゃからな。…お主が望むのならば、その最期が安らかになることを約束しよう』

 

 

 冥神。──冥界の神。

 死を司るナゴラは嘯く。憎悪に塗れ、悲哀に満ちたまま生きることが辛いのならば、ここで立ち止まってしまった方が楽かもしれないと。

 

 諦め、手放すことをナゴラは肯定する。そうするだけの力を有しているが故に。

 その上で、彼女は訊ねる。夜闇の暗さに怯える幼子を、優しく宥める親の様に、穏やかな笑顔で。

 

 

『じゃから──最期なんじゃ。何かしたいことはあるか?』

 

「………したい、こと」

 

『うむ! 食べたいもの、見たいもの、感じたいもの……なんであろうと構わんよ。折角の最期、贅沢をしても文句は言われまいて。というか、誰にも言わせん』

 

「………ぁ、ぅ」

 

 

 10秒、1分と。ゆっくりと時間が流れていく。

 ナゴラの言葉を聞いた少女は、幾らかした後に静かに喉奥を震わせた。

 

 

「…──もう、一度。()()()にしたみたいな、ファイトを。もう一度、したい……っ」

 

 

 ──ピシっ、と。暗闇に亀裂が走る。

 

 そして──。

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