片頭痛カードゲーム変更前 作:広所恐怖症
「──ぁ、ぅ」
ゆっくりと。
まるで、泥沼から引き上げられる様な気怠さを全身に纏わり付かせながら、アイカは意識を浮上させる。霞がかった意識は、同様に不明瞭であった視界と合わせ、時間と共に本来の調子を取り戻していった。
クリアになる五感。そうして感じ取ったのは、自身が何者かに見下ろされていること。体勢や感触的に、誰かの膝に頭を乗せている状態の様だった。
更に時間を要し、彼女が認めたその姿は──
「リュー、ガ……? …っ。怪我、して…!」
「へへ…っ。このくらい、どうってことないっての……」
額から、決して少なくない量の血を流し、その上で左腕を力無く揺らしている少年・リューガ。胡座を崩した姿勢の彼に、体を預けていたアイカは状況を理解すると、跳ねる様にして起き上がる。
「うむ、うむ。無事目を覚ましたの、アイカ」
「ナゴ、ラ…」
リューガの傍から顔を覗かせた、小柄な少女の姿をしたユニットが声を発した。
両者の姿を目の当たりにしたアイカは、次第に先程までのことを思い出し始める。苛烈を極めるファイト。それにより、自分は……。
「あ、ぅ。っアタシ、あ、ああ…っ」
「よい、よい。気にするな。…──そちらは任せたぞ」
瞳を揺らし、ぽろぽろと雫をこぼし始めた少女の体を、その小さな体で包み込み、優しく手を添わすナゴラ。
…アイカを慰める一方で、その3つある眼球はリューガへと向けられた。目配せをされたリューガは静かに頷くと、痛む体を引き摺り、立ち上がる。
だらりと力無く片腕を垂らしながら向かうのは、言うまでもなく望月のもとだ。
……全ての元凶。諸悪の根源たる存在。
人々を操り、自身の友人たちを傷付けた張本人。
「…博士──どうして、こんなことを…!」
苦渋の表情で、リューガは言葉を絞り出す。頭では理解出来ていても、シャドウズを打ち倒す為に力を合わせていたこれまでの日々を思い出してしまい、まだまだ幼い少年の心は、どこかで否定の言葉を求めてしまったのかもしれない。
淡い希望を抱くリューガの言葉に、しかし望月は端的に返す。
「──儂は許せなかった。愛する娘家族たちを奪ったシャドウズを。そして、儂の愛する者たちが居ない世界が。そこでのうのうと生きる君たちも、な……」
「…っ」
その独白に、リューガは口を引き結んだ。
望月が行ったことを考えれば、彼は紛れもない悪人である。だが、最愛の家族を奪われた悲しみも苦しみも、リューガには分からない。憎悪に取り憑かれたことのない自分が何を語ろうとも、それは耳障りな綺麗事にしかならないだろう。
「……どんなに完璧な本物に寄せたって、それは偽物でしかない。これであんたの企ては終わりだ、博士」
──そうであったとしても、望月を許すことにはならないのもまた事実。
同情はしよう、憐憫の念も確かに感じる。しかし、街の人々を洗脳し、友達を傷付け追い詰めたことを無かったことになんて出来るわけがない。
己の内側から噴出し続ける、マグマの様な粘着質な怒りを押さえつけながら。リューガは目前の老人に向けて、冷徹に言い放ち──
「…──何故。これで、終わりだとぉ…?」
ニタニタ、ゲタゲタ、ゲラゲラと。
最終手段として操られていた友達を救い、全てが終わったはずの状況の中。不気味な笑顔を浮かべるのは、醜怪な老人である。
「ッ!? な、なんだ!?」
ズズン──っ!!
突如として発生した地響きに体勢を崩し、片膝を突くリューガ。
地震……?? いいや違う。
これもっと、
「博士……なにを!?」
「ふはははっ! 何をじゃと? 何をじゃとぉ!? 決まっている、理不尽に奪われた娘夫婦を甦らせる。それこそが儂の目指すところじゃ!」
そうしている間にも、揺れは酷くなる一方だ。研究所全体が軋んだ音を立て、それに合わせる様に望月の背後──謎の機械群が、淡く光を放ち始める。
「幾ら他者を似せようと、それは偽物でしかない。ああそのとおり、君の言うことは正しいことじゃよリューガ」
「うう…っ!?」
一段と激しさを増した揺れに、這う這うの体で呻くことしか出来ないリューガ。アイカを自身に抱き寄せるナゴラたちの姿を認めつつ、望月は続ける。
「生者に死者を演じさせようと、それは紛い物にしかならん。──儂が真に欲していたのは
あ、と。アイカが声を漏らすのに続き、リューガは目を見開いて息を呑んだ。
先のファイト。そこで、アイカは何を願っただろうか。そして、彼女のユニットは何をした?
もしも。一見すれば自身の相棒の為にしたあの行動が──行動したことそれ自体が望月の狙いどおりだったとすれば?
「他者で在ることを強要され、自己を殺し続ける日々を送らされる。…憎しみなど、募って当然! 不条理な世界に嘆き、怒り──その全てを壊そうとするのは必然じゃあ!!」
憎悪を誘発し、指向性を持たせ、対象を破壊させる。
その企ての全てが、
変化は直ぐに現れた。
先のファイト。操られていたアイカが、切り札として繰り出した〈灰破り〉。それが砕いた研究所の床──ひび割れたそれから、ドス黒いナニカが漏れ始めている。
「さぁ……開くぞ、『扉』が!」
──ずるり、と。
天変地異かと見紛うほどの激しさを見せていた揺れが、嘘の様に治ると同時。リューガたちの視線の先、床のひびから噴出していた黒い靄から、何かが出現した。
闇が凝縮されたかと思えるほどにドス黒い体毛に覆われた『それ』。関節から関節までが異様に長く、どこか昆虫を思わせる獣の腕だ──それが、ずるり、ずるりと。肌が粟立ちそうな不気味な音と共に、無数に現れていく。
生える様に、もがく様に。
或いは、這い出る様に。
「嗚呼……ようやくだ、ようやく逢えるよ…。
黒が。影が。夜が。──闇が。
形を得たそれが目前に顕現すると同時、リューガは1つの確信を得る。
これは……これだけは絶対に、世界に解き放ってはいけないものだと。許してしまえば、間違いなく世界が終わってしまう。
恍惚の表情を見せる望月を視界の隅に捉えながら、リューガは立ち上がった。
満身創痍。立っていることすらままならない状況であろうとも、少年は懸命にデッキを構える。……
そんなリューガを敵と見做したのか、黒々とした異形が無数に在る眼球を不気味に動かし、狙いを定めた。
「くふはははっ! 理外の存在たる『それ』に挑むか、リューガよ! まぁ儂は止めはしない。好きに挑み、理不尽に敗れるがいいっ!!」
「ダメだよ、リューガ…っ。逃げ、て──ッ!!」
展開される
友達を守る為、世界を救う為。どこにでもいる普通の少年は、覚悟を決めて立ち向かう。
そして。
◆◀︎▲▶︎▼
びっびー、と。
けたたましいクラクションと共に研究所に突っ込んできた軽自動車が、異形を巻き込みながら勢いそのままに直進を続け、稼働を続けていた機械群に衝突──爆ぜた。