片頭痛カードゲーム変更前   作:広所恐怖症

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20話(5027)

 1人の少年が、友だちを──世界を守る為に立ち上がった。

 その頃より、時間は少しだけ遡る。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

 場所は小高い丘。規則正しく並んだ街灯に照らされた煉瓦の敷かれた道は緩やかな傾斜がついており、その先の終着点には、奇妙な出立ちの建造物が鎮座しているのを認められた。

 

 

『フラスコ状の中央部分に、それを囲うドーナツの様な外見の建築……っ、あれで間違いないだろうッ』

 

「よ、ようし。後はこの坂を登るだけだ……!」

 

 

 あれが、ここに来る前に別れた少年が言っていた、研究所とやらだろう。あそこまではおおよそ数百メートルくらい……かな? 坂道とは言え、そこまで急勾配(きゅうこうばい)という訳でもない。アイカちゃんや、先に向かったナゴラや少年たちのこともある。急いで向かわなければならない。

 ならない……ん、だけども…。

 

 

「ご、ごめんドルム。ちょっ。ちょっとだけ、休んでからにしない…? ……おぼぇっ」

 

『い、いや。我の方も……可能ならば、息を整えたい……げえっほゴホッ、おえ゛っ!』

 

 

 僕が煉瓦の道に寝転がりながら苦しげに言うと、街灯に寄りかかっていたドルムが嗚咽混じりに賛同してくれた。

 

 それから僕たちは、何を語る訳でもなく自分の呼吸を整えることに尽力する。ぜぇぜぇと乱れる呼吸を何度も繰り返して肺に空気を取り込みながら、火照り、汗に塗れた身体が夜風に晒されることに心地よさを覚えること、暫く。

 なんとか呼吸が落ち着いてきたので、僕たちは目的の場所である研究所に向けて、歩みを進め始めた。

 

 さて。どうして僕たちがここまで疲弊しているのか──だが。

 

 

『ぬぐゥ。まさか、この我が道を間違えるとは……!』

 

 

 ──道に迷ってそこら中走り回っていたからである。

 これが道中でシャドウズと出会しただとか、スーツを着たあの女の人と再度ファイトを行ったとかなら、まだ格好がついたものの……そんなことはなく、僕とドルムは人が寝静まった街の中を、あっちへ行ったりこっちへ行ったりを繰り返してしまっていたのだ。

 

 僕と、〈竜〉デッキ使いの少年。

 彼と初めて邂逅したあの日の夜。ファイトを行ったあの公園を、北に進んだ場所に研究所があると教えられた僕たちだが、あろうことか別の場所にあった公園へと向かってしまったのである。

 

 公園の雰囲気やデザインが全く違っていたのが不幸中の幸いだった。あそこで気付かずに引き返していなければ、こうして研究所に辿り着けられなかっただろう……。

 

 

「はぁ、はぁ。おえっ、げほ…っ。な、ナゴラたちは大丈夫かな。あの男の子も……」

 

『あの者の強さは、はぁ。あの日の夜に実際に体感している。並大抵の相手に敗れることは──我が同士もついておるのだ、早々に考えられんだろう。…──む?』

 

 

 激しい運動の所為で痛む頭を押さえながら進んでいると、突然ドルムが訝しげに声を発した。どうしたんだろうとそちらを向けば、何やら進行方向に大きな影があることに気付く。

 街灯の下、進むにつれてその正体が露わになっていった。そこにあったのは…、

 

 

「車…? って、この人。アイカちゃんのお母さんじゃないか!」

 

 

 明るい水色をした、丸っこいデザインのその車。近づいて分かったのは、その搭乗者がアイカちゃんの母親だということだ。

 明かりの具合により、見辛い窓の向こう側では、シートに全身を預けたまま、()()と虚な表情の女性がなんの反応も見せずに居る。

 

 時間も時間である為、最初は眠たげにしているのかと思ったが……暫くしても窓の外の僕たちに意識を向けることのない彼女の反応から、ドルムが顎先をさすりながら呟いた。

 

 

『ふぅむ。これが例の、「意識に干渉」されている状態ということか?』

 

「ああ、そういうことなのか。……怖いなぁ、これ」

 

 

 糸の切れた人形、とでも呼ぶべきか。…意識は有るけど、()()()()()

 人間らしい一切の反応が見られない女性を見て、僕は恐怖を──恐怖と共に、自分の内側で暗い感情が鎌首をもたげたのを感じ取る。今この場所にアイカちゃんの母親がいるということで、博士が悪である事実がまた1つ、証拠づけられた訳だ。

 

 

「……急ごうドルム。博士とやらの馬鹿げた企てを、さっさと止め──」

 

 

 言いながら、その場を後にしようとした僕だったのだが……その言葉は最後まで続けられなかった。

 突然、地鳴りと共に足元が揺れたことで、体勢を崩しかけたからである。

 

 ズシン、と足元から頭のてっぺんまでを貫く様な振動に、ドルムが驚愕を露わにして叫んだ。

 

 

『ぬゥ!? 地震──いや、この揺れは一体…!?』

 

 

 唸るドルムが視線を向けた先には、今まさに向かおうとしていた研究所がある。

 地震というにはどこかが()()()な、不気味な振動。これはまるで、あの研究所を中心に発生している様な……!?

 

 

「な、何が起きて──うわっ!?」

 

『!! 大丈夫かユーキ!』

 

 

 次第に酷くなる揺れに立っていられなくなった僕の体が、ドルムの巨大な掌によって受け止められる。

 

 

「拙いよドルム、早く行かないと! 確実に何かが起こってる!」

 

『そうは言うが、この揺れの中を進むのはいくらなんでも危険だ! 少し待つのだ!』

 

「んな悠長なこと言ってる場合じゃ──!」

 

 

 …ふと。

 声を荒げそうになった僕は、視線を横へと向けた。

 

 揺れによって体勢を崩した時。支えを求めて突き出した手。それが当たっているのは、アイカちゃんのお母さんが乗っている車のドア部分である。

 ──車、である。

 

 

「──ドルム。今すぐこの車のドアを開けるんだ」

 

 

 取手部分を引っ張ってみるがドアが開くことはない。ロックが掛かっていることを知った僕は、僕よりも遥かに腕力を有しているドルムに向けて声を発した。

 一瞬、惚けた様子を見せたドルムであったが……僕の言葉を飲み込み終えたらしく、慌てた様子で首を横に振りまくる。

 

 

『いや、いやいや。いやいやいや待てユーキ。それはいかんぞ、他者の所有物を傷付ける行為は器物破損と言ってだな』

 

「こんな異常事態にそんなこと言ってられるか! こうしてる間にも、ナゴラやアイカちゃんたちが危険な目に遭ってるかもしれないんだぞ!」

 

『それはそうかも知れぬが……いやそれでも待て! よしんば開けたとして、誰が運転するのだ! アイカの母親と思しきその者は意識が定かではないし、我の身体でも難しい。貴様が運転する訳にもいかんだろうに!』

 

 

 確かに言うとおり、人間と違ってドルムの下半身では運転は難しいだろう。そもそも、単純なサイズ差から運転席に収まるかどうかも怪しいところだ。

 アイカちゃんの母親も論外。あんな状態では会話が成立するかも怪しいのだ。…であれば必然的に、唯一残された僕がその役を担うことになる!

 

 

『そっ、そうだ! そんな危険なことをせずとも、我がユーキを抱えて()んで行けば良い!』

 

「それを最初っからしないのはここに来るまでで体力使い果たしちゃってるからだろ! ほら、早く!」

 

『い、いやぁ〜…。でもぉ……っ!』

 

「こ、この…ッ」

 

 

 幾ら促されてもうじうじとするばかりのドルムに、いい加減にしろと言わんばかりに僕は声を張り上げた。

 

 

「人の命がかかってる(かもしれない)んださっさとやれェ──ッ!!」

 

『うわぁーん!!』

 

 

 僕の気迫に負けたらしく、ドルムが掛けられていたロックを無視して車のドアを開け放った。バギィっ!! と凄まじい音が発せられる。

 

 運転席に座っていたアイカちゃんのお母さん。彼女を降ろし、道の脇の芝生に寝かせて──冷えると危ないので、僕の着ていた上着を布団代わりに被せて──から、僕は運転席に乗り込んだ。キーは……挿さっているな、よし!

 

 

『は、はははッ。いや、そうだ待て! ユーキは齢で見れば未だ中学生ッ。何を怯える必要があったのだ。そも、車の運転方法など知っているはずが──』

 

「ブレーキ踏みながらエンジン点火! レバーをドライブにしてアクセル全開いぃイっっ!!」

 

『いやァ──っ!!』

 

 

 バックミラーに映る、後部座席いっぱいにその巨体を捩じ込んでいたドルムが悲鳴を上げると同時、急加速をした車がいよいよ発進する。僕がアクセルを踏む力を強めるのに合わせ、ぐんぐんとメーターも上がっていった。

 

 

『ひぃーっ、これは無理だ怖過ぎる! 何が好きで運転経験皆無の人間がハンドルを握る車に乗らなければならんと言うのだァ──っ!!』

 

「静かにしてろダボ! ほら、もう少しで着」

 

 

 瞬間、()()()と。

 僕の全身を、ドス黒いプレッシャーが包み込んだ。

 

 恐怖から肌が粟立ち、身体の真芯に氷柱を撃ち込まれた様な錯覚に陥る。

 …これを。この感覚を、僕は知っている。これはあの日の夜、『組織』の青年と相対した時、アイツが召喚した邪神と対峙した時の──!

 

 

「──このまま突っ込むッ!! ドルム、脱出は任せたッッッ!!!」

 

『…──は? いや、は?? ……待て待て、待て待て待て待て、待ってってばねェ!! これ軽自動車だぞ!? 防御力はいろはす並なんだぞ──ッ!!?』

 

 

 ドルムがなにやら叫んでいるが、僕がそれに何か返すことはない。

 もう2度と味わうことはないと思っていた、世界を容易に終わらせる力を有した存在の気配。1分1秒も無駄に出来ない状況であることを理解した僕は、もはや蹴りを叩き込むのに近い勢いで、アクセルを踏み込んだ。

 

 風景が流れていく。

 研究所が目と鼻の先となったその瞬間。クラクションを全力で鳴らしながら、僕たちは車ごと研究所内部に突入した。

 

 硝子を粉々に突き破り、なんか黒々とした怪物を跳ね飛ばし──次の瞬間。淡く光を放っていた機械の塊にぶち当たったことを理解した直後、僕の体に衝撃が襲いかかった。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

 ……車が突っ込んで来たかと思ったら、次の瞬間には爆発していた。

 状況を飲み込むこと叶わず、爆発に吹き飛ばされたリューガが瞑っていた眼を開けて捉えたのは、黒い仮面を装着した少年の姿である。

 

 

「良かった、目が覚めた!」

 

「……なぁ。まだぼっかんぼっかん言ってるけどあれ大丈夫なのか?」

 

「ふう。なんとか間に合ったみたいだね。アイカちゃんと、えーと、眼鏡の男の子も無事さ。安心してよ!」

 

「なぁ! 物凄い勢いで黒煙上がってるんだけど、大丈夫なんだろうなアレ!!」

 

 

 リューガの視線の先。そこでは機械の塊に突き刺さった軽自動車が、爆発と共に黒煙を上げ続けていた。彼の付近には、気を失ったままのイクタや、呆然と炎を見つめたまま固まっているアイカの姿がある。

 全員もれなく、心なしか煤けている気がしないでもない。

 

 ひゅう、と吹いた風に身震いを起こした。そこでやっと、リューガは自分たちが研究所から外に連れ出されていたことに気付く。恐らくは、仮面の少年によって引っ張り出されたのだろう。

 

 

「アイカちゃん! 無事だったんだね……良かった、本当に…!」

 

「えっ。あ、うん…」

 

 

 アイカの姿を認めた仮面の少年は、僅かに鼻を啜りながら言う。

 言うのだが、いかんせんアイカの方は突然の出来事に腰を抜かしてしまっており、とてもではないが奇跡の救出を成し遂げられた、みたいな雰囲気とは口が裂けても言えない。

 

 

「…──あ、ああ。ああっ! も、燃えるッ。装置が、儂の家族を蘇らせる為の……! 儂の計画が、あ、あ、ああ…っ!!」

 

 

 …──横合いから聞こえて来たその声に、リューガたちはそちらを向いた。

 炎の赤色に照らされながら、悲痛な叫び声を放つ老人。纏っていた白衣は端の方が焦げ黒く変色している。両目を大きく見開き、火の手の上がる研究所を前にして地に手足を付ける彼……望月を見て、仮面の少年が呟いた。

 

 

「…アレが?」

 

「ああ……。街の人たちを操っていた張本人。望月カイキだ」

 

 

 リューガの返答に、彼は小さく「そっか」と溢す。アイカたちから視線を外すと、少年はデッキを取り出しながら博士の元へと歩みを進めた。その後ろに、どこからともなく現れた黒猫が続く。

 

 

『中々どうして派手な登場をするのう、ユーキ。…──さて、心の準備は出来ておるかの?』

 

「当たり前。…さて、と」

 

 

 一呼吸挟み、

 

 

「よくも僕の大切な友達を傷付けたな。──ここで全部終わりにさせてもらうぞ、博士とやら」

 

「…──貴様か。貴様かぁ! おのれ、おのれ、おのれぇ!! よくも……よくもぉっっっ!!」

 

 

 憎悪、そして憤怒。

 黒い感情を双眸に宿した望月が、絶叫を放ちながらデッキを取り出した。それに応える様に、少年もデッキを構える。

 

 

「「──アウェイクッ!!」」

 

 

 決着を付ける為、最後の闘いの火蓋が切られた。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

『うおオオぉ──ッッ!!』

 

 

 懸命に消火活動を続ける邪神の雄叫びを背に。

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