片頭痛カードゲーム変更前   作:広所恐怖症

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22話(6093)

「………え?」

 

 

 魂喰冥神 ナゴラバウワフ──望月が切り札として喚び出した異形のそれは、自身を顕現させた者の命令に忠実に従って行動を起こした。

 とは言え分かりやすく熱線が放たれた訳でも、巨大な顎で食らいついた訳でもなければ、鋭い鉤爪を振りかざした、訳でもない。

 

 それでも、何かをした。見えない何かが繰り出されたのだ。

 

 

「あ、うあ……っ!」

 

 

 アイカも、リューガも──彼女らから少し離れた背後にて、未だ意識を取り戻さないイクタも、特に目立った外傷は見られない。

 

 ──ただ1人。

 視線の先、自分たちを突き飛ばした仮面の少年だけが、地面に倒れたまま動かない。

 

 

「ああああっ!! うあああああ!! うわあああああっ!!!」

 

 

 叫びながら、アイカは少年の元に駆け寄った。足を(もつ)れさせ、半ば這う様にして近づいて少年を仰向けに起こす。

 

 反応を示さず、糸の切れた人形の様に投げ出された四肢と頭。上下運動の見られない胸部が、少年の呼吸が完全に停止していることをアイカに無慈悲に理解させた。

 なけなしの知識を振り絞って、少女は精一杯心臓マッサージを試みる。正確かどうかなんて分からない。最初は重ねた掌で圧迫を試みていたそれも、次第に拳を叩き付ける乱暴な形となっていく。

 

 いくらアイカが小学生とは言え、力任せに胸を殴り続けられるのは相当の苦痛だ。

 それでも、それなのに。

 少年は、何も反応を返さない。……起きることが、ない。

 

 

「くはっ、いひひゃは! ざっ、ざまぁみろ。儂の邪魔をしたんだ、報いを受けて当然じゃ。わっ、儂と同じ苦しみを味わうが良いっ」

 

「て……めェええええええッ!!!」

 

 

 アイカの横を駆け抜けたリューガが、怒号を放ちながら望月に掴み掛かる。それを嘲笑いながら、望月が戯言を繰り返していった。

 その間も、アイカは必死に蘇生を試みる。滂沱の涙を流しながら、動け動けと祈りながら、弱々しく拳を振り下ろし続けた。

 

 

「嫌だ……嫌だよ、こんなの…!!」

 

 

 誰も自分を見てくれなかった。誰も自分を助けてくれなかった。地獄の日々は、だけどそれでも少年たちが立ち上がってくれたお陰で終わりを迎えたのだ。

 …──それなのに、なんで……!

 

 

「ぐひゃっ。ナゴラバウワフは、死を司る神じゃ。神に人が逆らえる訳も無し。そいつが目を覚ますことは2度とない! ──そぅら、次は貴様らだァ!」

 

 

 望月の言葉に合わせ、それまで制止していたナゴラバウワフが再度動く。無数にある手足を蠢かせ、望月の胸倉を掴んでいたリューガへと狙いを定めた。

 またアレが来る、『死』という概念そのものが、無慈悲に放たれる──。

 

 

『少々、調子に乗りすぎだな。失せろ下等』

 

 

 しかしそれは、邪神によって阻止された。

 黒々とした異形の身体は、より巨大な体躯を持つドルムが振るった拳によって粉砕される。砲弾じみた一撃を受けたナゴラバウワフの身体はアレだけ圧力を放っていたにも関わらず、黒い粒子となって霧散していった。

 

 ──カードとしての枠組みを超えて、現実に存在し自在に力を振るう、理外の存在。そんな、文字通りの切り札をいとも容易く葬られた望月は驚愕を露わにする。

 しかしながらそれも一瞬のことで、彼は皺の走る顔面を醜く歪めて嘲笑った。

 

 

「ただのユニットが、ナゴラバウワフを一撃で…っ?! ──い、いや! じゃが、例えナゴラバウワフを葬ったとしてもそいつが目覚めることは2度とない! 燃え尽きた灰がどうやっても元に戻らないのと同じ。神の御業とは覆し様がないのじゃからなぁ!」

 

『…そうだな、死者はどう足掻こうと蘇ることはない。死した者は、あるべき場所へと向かうのが摂理だ』

 

 

 意外にも、異形の邪神は望月の言葉に賛同を示した。仮面の少年、その相棒たる存在のその言葉を聞いたリューガは、彼がもう2度と目覚めないことを理解し、絶望の淵に立たされる。

 そして、

 

 

『という訳で()()()()じゃ、ほれ』

 

 

 ふと、声。

 次いで仮面の少年の体が跳ね上がり、「ごぼほッ!?」と勢い良く咳き込み始めた。

 

 

「み、げほっ。……みんな無事!? 大丈夫!?」

 

 

 先ず何よりも、他者の確認。先ほどまで鼓動は止まり、呼吸の一切を行っていなかった筈の少年は、酷く痛む胸骨に首を傾げながら辺りを素早く見回していく。

 それが意味することは1つだ。

 

 

「……え、あ。蘇生、し…???」

 

 

 望月の、間の抜けた声。その胸倉を掴んでいたリューガでさえも、起き上がった少年の姿に目を丸くするばかりである。

 

 目前で起き上がった少年と、次第に何が起きたかを理解したアイカが泣きながら──先ほどとは違った理由の涙を流しながら少年に抱きつき、「どわーっ!?」と少年が、受け止め切れずに悲鳴を上げて倒れる、その傍ら。

 

 小麦に焼けた肌、夜空を思わせる艶のある黒髪、純金で出来た獣の耳の様な頭飾り──そして、縦に裂けた第3の眼。

 少女の姿をしたその存在が何かをしたことを理解したことで、次第に意識が彼女に向けて集められる。

 

 

「ば……馬鹿な! 神たるナゴラバウワフの引き起こした現象は、覆しようがない! 灰を焼ける前に戻せず、沈む陽を止められん様に、死んだ者を蘇らせるなど同格かそれ以上の存在でもない限り──ひぃっ」

 

 

 爆ぜた様に叫び始めた望月だが、その言葉は少女・ナゴラが振り向いたことではっきりと確認できる様になったその顔を目の当たりにしたことで、悲鳴と共に停止する。

 幼さの残る整った顔立ち。細められた3つの眼と、一文字に引き締められた口。分かりやすく青筋を立ててはいないが、その場に居る誰もが理解した。

 ナゴラがブチ切れていることに。

 

 

『……お主の、愛する者らを奪われた悲しみと怒りは痛いほど分かる。わしも()()じゃからな』

 

 

 言いながら、望月の方へと近づくナゴラ。

 一歩進むにつれて、その肉体が次第にカタチを変えていく。ぶちぶちと不気味に音を立てながら、裂けた皮膚の下から赤黒く膨れ上がった筋肉が姿を晒し、血の代わりに流れ出る蕩けた黄金が蠢き、彼女の体にまとわりついていく。

 

 金と黒の体毛が入り混じった、四足の獣の下半身。少女の姿をした上半身の背からは、不揃いに翼や腕が多数、そして巨大な顎が無数に飛び出し、気色悪く脈動を続けた。

 

 

『悲しかったろう。辛く、苦しかったろう。……じゃと言うのに、そのお主が。その苦痛を与える側に成ってしまっては、な』

 

 

 ──もはや同情の余地は無い。

 紡がれたその言葉を聞き、望月は理解した。踏んだそれが虎の尾で、なぞったそれは龍の逆鱗で。……自分が、神の怒りに触れたことを。

 ドロドロと黄金の液体を血の様に、目尻や口、裂けた皮膚から垂れ流す少女の顔が、望月へとずぃっと寄せられる。

 

 ──ドルムに抱えられながら、2人から距離を取るリューガは理解した。

 あの日、あの夜。仮面の少年と出会う前に感じたあの悍ましいプレッシャーを放っていたのは、今自分を抱えてくれているこのユニットではなく──。

 

 

「あ、ああ……。うう、ううっ。何故、何故っ! 死者を蘇らせる力を有しているのに、どうして儂にその力を振るってはくれんのだぁ……ッ!!」

 

 

 …望月は、恐怖に震えながらも目前の怒れる神を糾弾した。その力があれば、その力を使ってくれれば、こんなことにはならなかったのに。

 家族にもう1度会いたい。それだけを切に願っていた老人を、冥界の神は切り捨てる。

 

 

()()()()()()()()。…わしの大切な者たちを傷付けるお前を、どうしてわしが助けなくてはならない?』

 

 

 一呼吸挟み、

 

 

()ね』

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

 ごと、と。鈍い音を立てて、望月の体が倒れる。少し遅れて、神々しくも禍々しい形態となっていたナゴラが、僕たちのよく知る、見慣れた元の子どもの姿へと戻っていった。

 んん、と伸びを行ってからこちらに振り返った彼女に向けて声を発したのは、〈竜〉デッキ使いの少年である。

 

 

「殺しちゃった……のか?」

 

 

 恐る恐る訊ねた彼に、しかしナゴラは『阿呆』と返した。

 

 

『お主らの見ておる前で──例え見ておらんくとも、こんな外道と同じ狢となる様な真似、する筈がなかろう?』

 

 

 ふぅ、と短く息を吐き出してから彼女は続ける。

 

 

『──じゃが、「繋がり」は絶たせてもらった』

 

 

 振り返り、背後に視線を向けたナゴラにつられて、僕たちも自然と動かなくなった望月に視線を注いだ。

 

 

『もう此奴は助けを借りねば何も出来ん。1人では満足に立つことも、飯を食らうことも、言の葉を吐き出すことも、何ものう』

 

 

 望月は、未だ生きている。但し、自分の意思でその身体を動かすことは未来永劫叶わない。

 それが、神の怒りに触れた者に与えられた罰だった。

 

 

『…──憎悪も憤怒も悲哀も絶望も、役立たずなその木偶(デク)の内側で好きなだけ募らせるが良い。お前の愛する者だけが居ない世界をのうのうと生きるわしらを眺め、ただただ生き、死んでいけ』

 

 

 魂と肉体。その繋がりを絶たれた老人は、何を語ることも出来ない。

 ……ただ一筋。その目尻から、涙を溢すばかりだった。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

 さて。

 

 今度の今度こそ黒幕を倒した僕たちは、研究所を後にする為に煉瓦の敷かれた緩やかな坂道を下って帰路へと就いていた。動けない望月博士と眼鏡をかけた男の子をドルムに担いでもらいながら、時折に吹く夜風の冷たさに身震いしつつ、揃って進んで行く。

 

 

「ごめんドルム、重いのに運んでもらっちゃって」

 

『ふんっ。()の子の方は兎も角、そんな奴、捨て置けば良いものを』

 

『そう言うな我が同士よ。これだけのことをしでかしたのだ、然るべき機関に身柄を明け渡さなければ』

 

 

 僕におぶられ背中にしがみつきながら悪態を吐くナゴラと、諭す様にそれに返すドルムの2柱。

 そんなやり取りを挟みながら、僕らは道を進んで行く。

 

 

「「………、」」

 

 

 進んで行く。

 

 

「「……………、」」

 

 

 ──会話が起こらねェッ!!

 

 一言も発することなく歩くのはアイカちゃんと〈竜〉デッキ使いの少年だ。渦中に立たされていたアイカちゃんは勿論、少年の方も、アイカちゃんに対する後ろめたさや申し訳なさからか顔色を窺うばかりで、何かを言おうとしては結局口を結んで黙ってしまうのを繰り返すばかりである。

 

 しゃ、喋ろうよぉ。色々と決着ついたんだからさぁ、気まずいのは分かるんだけど、もっとこう……喋ろうよぉっ!

 

 なんて風に心の中で思ってみても、アイカちゃんも少年も歩くことを続けるばかり……。

 

 …しょうがない、ここは僕が一肌脱ぐしか無い様だ!

 

 

「──しりとりでもしよっか??」

 

『わぁ下手くそ』

 

 

 横合いから飛来したドルムの言葉を聞き、仮面の下でそちらを睨み付ける。

 うるさいよドルム! それに、始め方があれでもこう言うのは勢いとノリでどうにでもなっていくんだ! よし、いくぞぉっ!!

 

 

「さぁ、先ずはナゴラからだ!」

 

『パン』

 

「ナゴラすぁん!?」

 

 

 小さな冥界の神様の言葉に、僕は悲鳴を上げる。

 どうして初手からこちらを見限る様な真似を!? な、何かご不満なことがお有りでしたか!?

 

 

「──あっはは」

 

 

 と。

 なんでどうしてと、背中のナゴラとコミュニケーションを取る為に勢い良く首を左右に振り続けると言う奇行を繰り返していると、小さな笑い声を僕の聴覚が拾う。そちらに振り向けば、口元を隠して柔らかな笑顔を浮かべているアイカちゃんの姿を認めることが出来た。

 

 

「よし、作戦通りだっ」

 

『どうして要らぬ見栄を張るのだ貴様は』

 

 

 ここに来て、彼女本来の笑顔を見られたことで安堵する僕たち。まだどこかぎこちなさが感じられるそれを見た僕は、小さく顎先を動かして〈竜〉デッキ使いの少年に合図を送る。

 ほら、行くんだ。1回タイミングを逃しちゃうと後はズルズル引きずっちゃうから。

 

 

「アイカ!」

 

 

 そんな僕の考えが伝わったらしく、彼は意を決した様子でアイカちゃんへ声をかける。

 

 

「ごめんリューガ。……アタシ、多分リューガのことを、許せないと思う」

 

 

 ──よりも早く、アイカちゃんの方から切り出した。とりつく島もなく拒絶された〈竜〉デッキ使いの少年……改めリューガくん。

 彼はその言葉に一瞬怯んだ様子を見せたものの、諦めることなく声を発した。

 

 

「…それで構わない。許されるわけない、俺は……俺はお前にそれだけ酷いことをしたんだ」

 

 

 だから、とリューガくんは続ける。

 

 

「だからこれから先──一生かけて、償ってく。…もう俺は逃げない。何があったって、絶対にお前の味方で(となりに)居続ける!」

 

 

 1人の少年が、己自身と少女に向けて決意を胸に誓いを立てた。僕たちはそれを、黙して見守

 

 

『(ここここっ、告白じゃ! プロポーズじゃっ、妻問(つまど)いの宣言じゃあっ!!)』

 

『(ほーらあっちに行ってこーい)』

 

 

 見守る。

 ……割と凄い勢いで、ドルムに投げ飛ばされたナゴラ。ドップラー効果によって、彼女の悲鳴が変な音階を奏でながら遠くに消えていった。

 まあ、うん。今のはナゴラが悪いかな?

 

 カッ飛んで行ったナゴラから視線を戻して僕は、アイカちゃんとリューガくん、2人の会話の行方を改めて見守ることにする。

 

 

「──ユウカは物語の主人公みたいな奴だったんだ。皆、アタシのことなんかどこにも居ない様に扱ってさ」

 

「………うん」

 

「アタシは、ユウカみたいに完全無欠じゃないから、さ。……リューガも結局、あんなこと言ってもアタシから離れてくんでしょ?」

 

「そんなこと…!!」

 

「──じゃあ」

 

 

 ──声を荒らげそうになったリューガくんに、アイカちゃんは容赦なく切り込んだ。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

「──じゃあ、アタシの好きな食べ物って知ってる?」

 

 

 自分と同じ姿、同じ声。それでいて漫画の中のヒーローや、絵本の中の主人公の様な『完璧な』存在がずっとずっと隣に立ち続け、そして周囲も『完璧な』主人公ばかりを注目し続ける。

 そこが世界の中心の様に、それ以外はそもそも存在していないかの様に。

 

 だから、誰もアイカのことを知らない。

 何1つ分からない。

 

 彼女の質問に、リューガは口を開けて間の抜けた表情を晒した。

 そして、

 

 

「──え、ああ。アップルパイだろ? ほら、俺たちが3年生の時ぐらいだっけ? 学校の運動会で、昼飯に俺の母さんがデザートで持ってきてくれたやつ。美味しい美味しいって、ずっと食べてたから……あ、あれ? 違ったか?」

 

 

 あ、と。

 今度はアイカの方が間の抜けた表情となる。

 

 誰もがユウカに注目していて、自分なんて誰も見ていてくれない。

 ──そんなことはなかった。なかったのである。

 

 

「あ、ううぅ……っ!!」

 

「わっ!? 悪いアイカ! ちちち、違ったか!?」

 

「ううっ。ううん、違。くて…!!」

 

「やっぱり違ったのか!? ええっと、それだと他は……!!」

 

 

 先ほどまでの決意を露わにした時の姿とは打って変わり、慌てふためくリューガに、アイカは大粒の涙を絶えず流しているが、その口元は緩やかに、柔らかな弧を描いていた。

 

 ──誰もが自分を見てくれない。それと同じく、アイカ自身も周囲を見ていなかったのである。彼女が気付いていないだけで、目前の少年は……リューガはきちんと、見ていてくれた。その事実を知り、少女は嬉しさを覚える。心の底から、喜ぶことがようやく出来たのだ。

 

 

「(──うん、うん。……良かったよ、ほんとう…)」

 

 

 その背後。仮面を嵌めた少年が、静かに1人。鼻を鳴らしている。

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