片頭痛カードゲーム変更前   作:広所恐怖症

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23話(8550)

 ──リューガくんが決意表明をしてから、改めて僕たちは歩き出した。アイカちゃんが自分のことを話し始めてくれたり、リューガくんも今考えているデッキ構成なんかを語ったりして。

 

 まだまだアイカちゃんの中で、周囲に対する暗い思いが渦巻いているのは確かだろう。それでも、少なくとも今この瞬間に限っては(わだかま)りを感じさせることなく、明るく談笑に花を咲かせられているのは確かだった。

 小さな一歩かもしれないが、確かに前に進めたと、そう思いたい。

 

 ……と。

 

 

「──アイカ? アイカなのっ?!」

 

 

 僕らが進んでいた煉瓦の道。その先から、誰かがこちらに勢い良く駆け寄って来た。僅かに身構えたものの、人影の正体がアイカちゃんのお母さんであることに気付き、僕たちは構えを──いや、そんな仰々しいものでもないんだけど──解いた。

 

 …やばい。アイカちゃんのお母さんのことを普通に忘れてた……!?

 

 

『…──(車の件、きちんと報告するのだぞ?)』

 

「(全て博士の仕業にします)」

 

 

 この悪魔め!! と叫ぶドルムは、僕がシャドウズと勘違いされない様に仮面を、サングラスとマスクの形態に素早く切り替えてくれた。

 ふむ……彼女が『アイカ』と呼んだことから察するに、博士を倒したことで街の人々にかけられていた洗脳の類は解除されているらしい。仕組みが分からないのでちょっと不安だったんだけど、杞憂に終わった様で何よりだ。

 

 

「ああ、アイカ。無事で良かった、本当に……!」

 

 

 涙を流しながら両手を広げ、こちらは駆け寄って来るアイカちゃんのお母さん。

 それを見て、同じくアイカちゃんも駆け出──そうとして。

 

 

「……ねぇリューガ」

 

「ん?」

 

 

 ふと。母親の元へ行こうとしていたアイカちゃんが、リューガくんに訊ねた。

 

 

「──リューガ。何があってもアタシの隣に居る、って言ったけど。……信じて良いんだよね?」

 

 

 怯える様な──或いは、縋る様な。

 

 交差させた自分の指先へと不安そうに視線を向けるアイカちゃん。……リューガくんは確かに決意を露わにしてくれたけど、やっぱり、まだ信じられない部分があるのだろう。

 そんな彼女の問いかけに、リューガくんは改めて言った。表情を凛々しく整えてから、しっかりと。

 

 

「ああ。俺はもう、絶対に逃げない。どんなことがあっても、お前の隣に居るって誓うよ」

 

「…えへへ」

 

 

 その言葉を聞いたアイカちゃんは、少しだけ目尻に涙を溜めて嬉しそうに微笑んだ。

 そして、

 

 

()()()()

 

 

 ──限界までカッ開かれた両目。耳まで裂けんばかりに弧を描く口。少しだけ茶色がかった濃い隈も合わさって、アイカちゃんが見せたその表情はどんなホラー映画よりも恐ろしく見えた。

 

 …イマノナニ? とでも言わんばかりにリューガくんが指をさしながら僕の方を見てくるが、生憎と、それに返せる答えを僕は持ち合わせていない。

 

 …──さて、と。

 

 

「──ぎびッ。ぐぎがっ、おおぶぷふっ。………おおおぅうげえええええぇえぇ──ッ!!」

 

「えええっ!? いきなり嘔吐しながら倒れたァ!? ……えっ、ちょっとお前これ大丈夫なヤツなのかッ!!?」

 

 

 改めて、アイカちゃんが母親の元へ駆け出したのを確認してから、サングラスを外し、すぐ側にあった街灯を全力で直視する僕。

 視界一杯に飛び込んで来た光の群れに眼球と視神経、その奥に鎮座していたクソ雑魚脳みそを焼かれた結果、恐るべき速度で激痛と衝撃に襲われ、派手に吐瀉物を吐き散らしながらその上に容赦なく倒れ込んだ。

 

 

(これでいい、これでいいんだ…)

 

 

 遠のいていく意識の中、僕の脳裏にはアイカちゃんと初めて出会ったあの夜の出来事が思い出され。そして、1つの予感で埋め尽くされていた。

 

 これから起こることはきっと、美しいとか優しいとか、そう言ったものたちからは遠くかけ離れたものに違いない。ここで意識を失っていた方が、幸せな筈なんだ──…。

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

 操られていた母親と、解放されたその娘。はっきりと自分の意思を取り戻したアイカの母親は、霞がかった意識と記憶がはっきりしたことで、理解した。

 …ずっとずっと自分の愛する娘を、いなくなってしまったもう1人とした扱い続けていたことを。

 

 なんて、なんて恐ろしい。

 どうしてそうなってしまったのかは分からない。でも、謝りたくて、それ以上にアイカの無事が嬉しくて。

 

 

「アイカ!」

 

「お母さんっ」

 

 

 広げた両手でその身体を抱き留め、力一杯抱き締める。

 今までそう出来なかった分、強く、強く、精一杯に。

 

 

「ごめんなさい、アイカ。本当に…っ」

 

「お母さん──」

 

 

 涙を頬に伝わせる彼女に、アイカは言った。

 

 

「──アタシの好きな食べ物って、知ってる??」

 

「ええ、知ってるわ。──()()()()()()()()よね? 家に帰ったら、いっぱい作ってあげるわ。たくさん、たくさん……ッ!」

 

「えへへ」

 

 

 腕の中で、小さな笑い声が発せられた。

 そして。

 

 

()()はユウカの好きな食べものだよ」

 

 

 ──ばっ、と。

 

 のっぺりとした平坦な声を聞いたアイカの母親は、慌ててアイカの肩を掴んで突き放した。そうして視界に捉える、『アイカ』の表情。

 限界まで見開かれた双眸。目立つ隈。そのボリュームによってまるでハートマークの様になった前髪が、面倒臭そうな動作で掻き上げられ、丁度半分だけ欠けた形となる。

 

 アイカ、とその名前を口に出そうとして吐き出されたのは、擦過音に似た空気が漏れ出る音だけだ。

 

 

「アタシの好きなカードの属性は分かる? アタシがどんなデッキを使うか知ってる?」

 

 

 ……アイカが言葉を紡ぐ度、母親の顔から血の気が失せていく。先に断っておけば、彼女は育児放棄の類をしていた訳ではない。それに関しては、訊ねられればアイカも間違いなく否定する。

 

 時間が揃えば家族でピクニックに出かけた。誕生日を迎えれば、パーティだって開かれた。手を引いてカードショップに行けば、欲しいとねだったカードも買ってもらえた。

 

 アイカだけでなく、彼女の母親もそれらの記憶が確かにある。なのに、分からない。

 ……何年も一緒に過ごしていた筈の自分の娘の趣味嗜好、その他全てが。

 

 ──望月によって意識に干渉を受けた人々は、アイカを『ユウカ』として長らく扱っていた。

 ()()()()()()()()()()()()、アイカは誰にも見られず生きてきている。完全無欠の主人公、この世界の絶対的な中心存在の横で、路傍の石ころとして。名前も持たない、通行人Aとして。

 

 主人公(ユウカ)の隣の何者か。

 付属品、()()()()()存在。

 

 

「分からないよね。分っかんねぇよなぁ」

 

 

 この乱雑な口調が本来の彼女であることも、分からない。

 次第に呼吸が乱れ、視界が眩んでいく。パニックに陥った母親が過呼吸に似た症状によって、膝を折り、ずるずると地面に蹲っていった。

 

 側から見れば、懺悔する様な格好に思えなくもない。それを前にして少女は、隈の目立つ薄暗い双眸を向けるだけである。

 

 

「じゃあね、バイバイ。お・か・あ・さ・ん。……アタシはユウカじゃないから、アンタにはいらないみたいだし」

 

 

 ──行こっか、と。

 それだけ言って、母親のことなど既に眼中に無いかの様に明るく朗らかに笑いながら、アイカがリューガの手を取る。

 

 きゅっと口を引き結んだ彼は、何も言えない、語れない。

 蒼白となった顔面から滝の様に汗を流しながら横を見ても、全身を分厚い鱗に覆われた異形のユニットは、自身の相棒たる吐瀉物の上で意識を手放した少年の介抱を続けるばかりで、こちらを見ようとしてくれない。

 

 リューガには分かった。アレは絶対、意図的に、目を逸らしているッ。

 

 

「えへへ、うふふっ。あはは」

 

 

 ニタニタ、ゲタゲタ、ゲラゲラと。

 不気味に笑う少女に半ば引きずられる形で、リューガは煉瓦の敷かれた道を進んでいく。夜風が彼の体を撫でるが、そんな冷たさよりも彼の体と心は恐怖で凍りついてしまっていた。

 

 ──こうして1人の少女を取り巻いていた物語は、今度の今度の今度こそ、結末へ辿り着く。

 ずっとずっと以前から定められていた、当然の帰結を迎えて。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

 ──さよーなら、と。教師に手を振りながら校門を後にしていく生徒たちに混じりながら、リューガもそれに続いていた。

 

 これから彼が向かおうとしている目的地、その位置の関係上、周りには同級生や同じ学校に通う児童の姿は見られない。

 僅かに茜が差し始めた空の下を、リューガは進んで行く。

 

 

「──よっす」

 

「おぎゃあっ!!」

 

 

 ざぼっ、と。唐突に横合いの生垣の中から人が飛び出したことで、リューガの喉奥から奇天烈な悲鳴が発せられた。

 体に葉っぱを張り付かせながら生垣から這い出て来たのは、ギャグの領域に片足を突っ込んだ様な大きさのサングラスをかけ、口元を黒いマスクで覆い隠した少年である。

 

 

「どっ、どこから出て来てるんだこの野郎!?」

 

「しょうがないだろー、人目につかない様にしないといけないんだから」

 

 

 異様に濃い影を足元に伸ばした少年は、どこからともなく現れた黒猫を自分の肩に乗せながらリューガの隣に並び、歩き始めた。

 

 

「あれからどう? そのー、アイカちゃんは」

 

「……、ん」

 

 

 少年からの質問に、リューガは懐から取り出した携帯端末を取り出して操作すると、とある動画データを呼び出した。少年が画面を覗き込むと、教室と思しき場所で1人の少女が何かをしている姿をサングラス越しに捉える。

 リューガによって再生ボタンが押され、映像が動き出すのと合わせて音声が流れ始めた。

 

 

『──鏡よ鏡よ鏡さァん! 世界でイチバン可愛いのは、このアイカちゃんだよなァああああッ!!』

 

『もちろんよ私たちのお姫様!!』

 

『『『YEAAAAAAAAAH!!!!!』』』

 

 

 ──顕現した無数のユニットの幻影に囲まれながらテンションをぶち上げている少女の姿を確認した彼は、「うん」と短く漏らしてから。

 

 

「元気そうだね、良かったよ!」

 

 

 彼は大人だった。抑圧から解放され怪物が爆誕した有様を目の当たりにしても、それを黙殺する。……無数の生徒に囲まれながら、更にその全員から困惑の視線を向けられながらアレだけ騒げるのは、胆力とかそういう話ではない。

 微妙に気まずくなった空気を払拭しようと、少年は話題を少しだけ変えてリューガに訊ねる。

 

 

「えーと、君の方は最近どう?」

 

「暇さえあれば、毎日アイカとファイトしてるよ」

 

「へえー、そっか。……アイカちゃん、今は自分の好きなカードを普通に使えるんだもんね。良かった良か」

 

「──1日500回はする様に言われてる」

 

「………」

 

 

 虚ろな表情で力無く笑うリューガは、気のせいか少しだけ頬が()()()いる様に思えた。

 それから彼らは、互いに何も言うことなく道を進んで行く。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 僕とリューガくん。暫く歩いて彼と一緒に訪れたのは、一軒の家屋である。木造の平屋でそこそこ大きいそれは、アイカちゃんが新しく暮らしている場所だった。

 

 元々暮らしていた不亜糸(ふあいと)市から少しだけ離れた場所に建つここは、アイカちゃんの親戚に当たる老夫婦が暮らしており、アイカちゃんが晒されている家庭事情を知った彼らによって引き取られた経緯がある。

 知った、と言うか。リューガくんや彼の親御さんが東奔西走した結果なんだけど。

 

 

「隣に居続ける。もう逃げない、って。言っちゃったからなぁ」

 

「な、ナイスファイト…」

 

 

 力無く言うリューガくん。色々な苦労がそこにはあったのだろうが、それを窺い知る術は僕は持たない。

 取り敢えず、労いの言葉をかけておこう……。

 

 

『──うーむ。あの家、()いてはあの家庭環境から距離を置けたのは喜ばしいことに変わりはないが、かと言って。大きく環境が変化したことに変わりはあるまい。あの者は大丈夫なのか?』

 

 

 声は僕の足元から。

 僕の影と同化している邪神・ドルムの疑問は尤もだ。ここに来るまでの間に見せてもらった動画では、元気そう(?)にしていたものの、その実、気丈に振る舞っているだけの可能性もある。特に、アイカちゃんは演じることを得意としてしまっているが故に余計に不安を感じてしまう。

 

 

「あー。その点に関しては大丈夫だぞ?」

 

 

 しかしながらリューガくんからの返事はさっぱりしたもので、言いながら、彼は玄関のチャイムを押した。木造の建物でそこだけ近未来的で、少し浮いているそれがこっちまで聞こえて来る甲高い音を発すると、次いで、玄関戸の向こうから足音。

 

 ガラリと音を立てて引かれた戸、僕たちの前に現れたのは白く染まった髪を後ろで結えた老齢の女性である。眉間に皺を寄せた女性は僕たちの姿を一瞥してから、自分の背後に向けて声を放った。

 

 

「──アイカ! お友達が来たよ!」

 

 

 どたどた、と。女性の声の後、奥の方からアイカちゃんが現れる。いらっしゃーい、と彼女と挨拶を交わしてから、老齢の女性が言う。

 

 

「それじゃあアタシらは台所に居るからね。気にせず座敷でゆっくり遊びな。ほら爺さん、そこに居たら若い子の邪魔になります、ジジババは奥に引っ込みますよ!」

 

「あいよ、あいあい。──ふかし芋あるけど食うか、アイカ?」

 

「若い子はもっと洒落たものの方が好きなんです。……アイカも、そのお友達たちも。アタシらのことは構わなくて良いからね。ほら、お爺さんらさっさとこっち来なさい!」

 

「わぁったよ、婆さん。ゆっくりドラマでも見ようか。──君ら、よぉ来たな。何も無いが、ゆっくり遊んでけ」

 

 

 言いながら、お爺さんとお婆さんは奥の部屋へと入って行ってしまった。

 な? と。こちらへ振り返り、目だけでそう語るリューガくんに僕は頷き、ドルムも気配で納得したのを察する。

 

 表情や雰囲気から、第一印象こそ少し気圧されてしまったが……うん。あれは大丈夫だ。上手く言語化が出来ないけれど、そう思えた。

 

 

「いらっしゃい2人とも。それじゃあ早速──ファイトしよっか!」

 

 

 部屋に通されたのも束の間、アイカちゃんは両目を限界まで開きながら(ニッコリスマイルで)デッキを構え、こちらに向けて来た。それに応えるべく、僕らも同じ様にしてデッキを取り出し、構える。

 

 

「「「アウェイク!」」」

 

 

 足元に展開された魔法陣が、僕たち3人を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

「──これで〈アカツキ〉の戦力は20000/23! コアエネルギーにアタック、とどめだ!」

 

「きゃあ!?」

 

 

 僕のバトルゾーンのユニットが攻撃を繰り出し、そしてそれが最後の一撃となる。アイカちゃんのコアエネルギーがゼロになったことでファイトは終了。魔法陣が解除されたことで幾何学模様の走っていた空間が消え、元々居た和室の風景が僕たちの視界に飛び込んで来た。

 

 

「よ、よぉしッ。やっと、げほっ。やっと勝ったぞ! げほごほっ、おえ!」

 

「はぁ、はぁっ。せ、接戦だったね! 汗かいたーっ」

 

「すげぇ熱いファイトだったな2人とも! 見てるこっちも手に汗握ったぜ!」

 

 

 つ、疲れた。一瞬の油断も許されない試合だったが、何とか。何とか勝てたぞ、アイカちゃんに……!!

 

 疲労から肩で息をする僕。床に全身を投げ出したまま笑顔のアイカちゃんと、鼻息を荒くしながら興奮した様子を見せるリューガくん。

 

 いやはや、なんとも……なんとも、楽しいファイトだった。

 最後に楽しいひと時を過ごせたので、うん。僕は満足だ。

 

 

「………本当に、行っちゃうんだね」

 

 

 ふと、アイカちゃんが声を漏らす。先ほどまでのファイトの熱に浮かされていた楽しげな表情はそこには無く、寂しげに眉根を下げて力無く笑っていた。

 

 今日この日。僕たちはこの街を離れ、どこか遠くへ行くことを決めていた。

 シャドウズとやらが蠢くことで、治安の悪化した現代社会。警察官が問答無用で拳銃を向けて来る様な世紀末な状況下で、ドルムとナゴラ──現実世界に顕現し、自在に力を振るえる2柱の存在が露呈してしまったこの状況。下手に1箇所に留まるのは危険だと判断してのことだった。

 

 

「うん。これはもう、決めたことだからね。この後すぐ、出発するつもりだよ」

 

「そっか。……そっか」

 

「お互いのことなんて、殆ど知らないけど。…寂しくなるな」

 

 

 ぐるぐる、と喉を鳴らしながらアイカちゃんに擦り寄るのは黒猫の姿になったナゴラである。小さなその身体を抱きかかえながらアイカちゃんが寂しそうに呟けば、リューガくんもほんのりと目を伏せて言ってくれた。

 ……やっぱり、別れというのはどうしても悲しさを伴ってしまうものなんだなぁ。ほんの少し目頭に熱を感じながら、僕たちは玄関へと向かう。

 

 

「いつか──いつか、さ。また会えたら、その時は…」

 

「言わなくても分かってるよアイカちゃん。その時は、また皆でファイトしようよ!」

 

「──うん! 絶対だからね!」

 

「もちろんさ!」

 

「ぜってェだぞ」

 

 

 1トーン低くなったアイカちゃんの声に思わず飛び上がる。

 急にスイッチ入れるんじゃないよ全く!

 

 

「それじゃあ……元気でね、2人とも」

 

「ああ、それじゃあな」

 

「元気でね…」

 

 

 寂しそうに言うアイカちゃんからナゴラを受け取り──ちょっ。アイカちゃんナゴラのこと離して? 離してってば、ちょっ。す、すごい力だッ!?──受け取りつつ、リューガくんとアイカちゃん。そして老夫婦に見送られながら、夕焼けに染まった景色の中を、僕たちは進んで行く。

 

 ──タイムスリップした先で出会した、数奇な運命と、それに翻弄された人々。色々なことが起こったけど、取り敢えず。

 彼ら彼女らとのこの出会いを、僕が忘れることがないのは確かな事実だった。

 

 

『──いや、濃すぎて忘れる方が無理じゃろあんなの』

 

『で、あるな』

 

「ちょっと! 綺麗にまとめようとしてんだから空気読んでよ!」

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

 ──1人の少年と、彼に憑いた2柱の邪神。

 彼らが人知れず後にした街の、どこかの路地にて。とある少年が、虚ろに歩みを進めていた。

 

 青色の髪と、丸い眼鏡。名前を、駆道(くどう) イクタと言う。

 

 

「うう……」

 

 

 常であれば、彼はとある少年少女たちと行動を共にしているが、現在は1人だ。

 頼れるリーダー的存在である竜胆(りんどう) リューガ。そして、誰に対しても優しい文武両道の完璧超人たる、愛園(あいぞの) ()()()。いつも一緒の仲良し3人組は、しかし今ではその姿は見ることは出来ない。

 

 

「なんで、なんでなんだ……」

 

 

 共に、シャドウズを打破する為に日々自分たちに協力してくれていた、望月博士の逮捕。憧れの存在は『アイカ』と名前を変え、それを親友に訊ねてみても、これが本来の正しいことなんだと、訳の分からないことを口走るばかり。

 

 ……イクタの日常は、ある日を境に完全に壊れてしまった。何もかもがチグハグとなり、自分の足元が次々と崩れ去る様な、不気味な感覚。

 どうすれば良いのか、分からない。彼は、そうして暗闇に迷い込む。

 

 

「──そこの君」

 

 

 声。

 そちらを、向く。

 

 

「何やら困っている様子。私で良ければ、話を聞きますよ?」

 

「──あ、あなたは…??」

 

 

 そうですねぇ、と影は笑う。

 

 

「個人を差す単語は持ち合わせていなくてですね、うーん……取り敢えず、『教団』の一員、とでも名乗っておきましょうか」

 

 

 別れがあれば、出会いもある。

 ──それの善し悪しを知るのは、まさしく神だけだ。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

 ──また有るところ。飾り気の無い無機質な建造物、その一室にて。

 

 

「おっ。任務お疲れ様ー、順調そうじゃーん」

 

 

 入室したスーツの女性・郡山(こおりやま) ヒトミを出迎えたのは、明るい髪色をした短髪の男性だ。ヒトミと同じくスーツ姿のその人物は、彼女の上司──ミステリオマキアを使用して起こる犯罪を取り締まる治安維持部隊・『機関』のエージェントの一員である。

 

 挨拶もそこそこに、ヒトミは手元の資料を机に並べて確認を促した。彼女が纏う冷気に僅かに身震いしながら、男性は資料へと視線を這わせる。

 

 

「…──こいつぁ、中々どうして。郡山ァ。また、めんどくさそうな案件を持って来てくれたじゃないの」

 

「事態は急を要します。……兎にも角にも、先ずは人手を集めないと」

 

「かぁーっ。こりゃあ暫くは徹夜だなぁ!」

 

 

 彼らの視線の先にある資料。そこには、黒い仮面を嵌めた少年ほどの背丈の人物の写真が添付されていた。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

「……本音を言わせてもらえれば、想定以上に想定以下だったな」

 

 

 深夜、病室。

 ベッドの上に寝かされているのは、1人の老人だ。意識こそあれ、とある理由から自分の意思では身体を動かすことが出来ない彼のすぐ側に、影が立っていた。

 

 明かりの落とされた室内の暗闇に、溶け込む様な黒。190cm近い身長、筋骨隆々の肉体。それが纏うのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()変わった衣服だった。

 

 兜に似たヘルメットを被る謎の大男は、何も返さない老人に語りかける。

 

 

「より完全な形で顕現させていれば、こんな有様にはならなかっただろうに。……まあいい、既に過ぎたことだ」

 

 

 一呼吸挟み、

 

 

「この(チカラ)は既に無用。──俺が有効に活用してやろう」

 

 

 老人の懐から、漆黒のオーラを纏う1枚のカードが引き抜かれる。それに合わせて、ベッドに寝る老人の体が暗い影に引き摺り込まれていった。

 

 後には何も残らない。

 老人も、鎧の男も。跡形も無く消え去ってしまった。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

 1人の少年を中心に、ゆっくりと。そして確実に、物語は動き始める。

 

 どこに向かい、どの様な結末を迎えるのか。

 それはまだ、誰にも分からない──。

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