片頭痛カードゲーム変更前   作:広所恐怖症

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2話(5629)

 防川(さきがわ) 衛護(エイゴ)は理解した。

 今日この日こそが、自分の命運が尽きる日なのであると。

 

 夜間パトロールの為、住み慣れた町中を巡回していたエイゴ。その最中に彼が出会ったのは──出遭ってしまったのは、とある人物である。

 

 深く被ったフード付きの衣服、手を覆うグローブ、ズボン、靴………そのどれもが漆黒に染まっており、夜闇に紛れ込むことを前提として生み出されたのは、一目瞭然であった。

 

 不審者然とした不審者との、予期せぬ邂逅。

 しかしながら、曲がりなりにもエイゴは警察官である。警察学校での経験によって鍛えられた彼の精神は、その程度で悲鳴を上げるほど、ヤワでは無かった。

 

 であれば、彼が自身の死を直感するに至った原因は何か。

 その不審人物が抱えていた、黒々とした謎の生命体を見たからか?

 

 否。

 確かにその謎生物は、多種多様な生命体を、無理矢理融合させた様な悍ましい外見を、確かに持ってはいる。が、エイゴはすぐさまそれが、ユニットの〝幻影(シャドウ)〟であることを見抜いた。

 

 ファイトで用いられる投影技術を使用せずに、ユニットが現実世界に己の似姿を出現させる現象である〝幻影〟。

 トラブルを避ける為に、こうして人目を避けた場所や時間帯に、幻影化したユニットと交流を行うファイターは、一定数いるものだ。また、幻影自体は物理的干渉能力を有さない為、危険度は皆無に等しい。

 出来たとしても精々が、自身の使い手であるファイターとの、僅かな接触程度である。

 

 であれば、一体なんなのか。

 ……それは、(くだん)の謎の人物が顔に嵌めた、仮面の所為だった。

 

 材質不明の、黒曜石に似た黒い仮面……。

()()()()()()()。その仮面を身に付けた者たちの存在を。

 

 

 

 ───〝シャドウズ〟。

 

 

 

 かつての日。あの()()()を引き起こした、人々に恐怖をもたらし、世界を混沌に導いた破壊者の集団。

 カードの力を実体化させる闇のファイトによって、多くの犠牲者を生んだ、邪悪なファイターたち──!

 

 1年前に様々な組織や人々が力を合わせ、シャドウズの壊滅と言う結果を手にしたものの、未だその残党たちは闇に臥して復活の機会を狙っている。

 シャドウズによる被害は各地で絶えず起こっており、関連する報道も後を絶たない。

 

 

(ああ……)

 

 

 早鐘を打つ心臓とは対照的に、身体はその真芯から凍えて動かなくなる。シャドウズと遭遇したと言う事実は、容易くエイゴから抗う意志を剥奪していった。

 

 脳裏に、これまで彼が歩んで来た日々がフラッシュバックする。

 明滅する記憶と風景は様々だ。

 

 子供の頃にしたファイトの一幕。

 警察官となるまでの厳しい訓練の日々。

 自分を産み育ててくれた、父と母の──

 

 

(……………)

 

 

 ──父と母のことを、思い出す。

 

 口下手な為に多くを語ることのない、行動によってその誠実さを証明する、警察官だった父。

 職業柄、家を空けがちだった父に代わり、弱音も文句も吐くことなく、家を守りながら自分を育ててくれた母。

 

 凶悪犯から市民を守る為、身を挺してファイトを行った父に憧れて警察官を目指したエイゴ。

 その夢が叶った時。涙ぐみながら喜んでくれた母と、ただ一言。小さく小さく、「そうか」と微笑んだ父の姿。

 

 ──今の自分は果たして、彼らに顔向け出来るのだろうか?

 

 

(……いいや)

 

 

 ──脅威に臆して身を竦ませている今の自分を、胸を張って、尊敬している貴方たちの子供であると言えるのか?

 

 

(いいや)

 

 

 ──今ここで自分が、目前の脅威に立ち向かわなかったその時。その魔手が2人の元に届かないなどと言う保証は存在するのか?

 

 

(いいや!!)

 

 

 ──今しなければならないのはなんだ? 怯えることか、竦むことか?

 このまま何も出来ずに(たお)れ伏し、自分が守るべき人々が危険に晒されることを、仕方ないことだと許すことか!?

 

 

((いいや)ッッッ!!!!!)

 

 

 

 鼓動は依然、早鐘を打っている。

 だがそれは、怯えているからではない。恐怖を(こく)し、固まった身体を動かす為だ。

 

 心は依然、恐怖に支配されている。

 だがそれは、目前のシャドウズに対してではない。大切な人々が危機に晒されるかもしれないと言う、自身の命運が尽きるよりも何億倍も恐ろしい事実に対してだ。

 

 

「──お」

 

 

 刹那の空白。

 そして。

 

 

「おおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 

 咆哮。

 

 それと共にホルスターから引き抜かれたのは、弾丸の込められた拳銃──ではなく、それを模して作られた特殊な機器。

 対暴札闘者用捕縛陣展開装置……通称・HC(ハンドカフス)

 

 常であれば、ファイター同士が開戦宣言を行うことで展開される魔法陣(フィールド)を、その手順を省略して展開することで、HCの使用者と対象の両者とで、強制的にファイトを開始させる代物だ。

 

 ……言うまでもなく、HCが出来るのは、あくまでも強制的なファイトの開始のみ。その勝敗は、ファイターの腕前によって決定される。

 

 詰まるところ。

 今からエイゴがするのは、命を懸けた時間稼ぎである。

 しかしながら既に、覚悟を決めた彼が、それに恐怖を覚えることはない。

 

 訓練によって身体に染み付いた動作は、一瞬で完了される。

 構えを取り、狙いを澄まし。そうして後は、引き金を引くだけとなった──その時だ。

 

 

 

 ドパンっ!! と水面を突き破る様な音を立てて現れたのは、分厚い筋肉と荒々しい鱗に覆われた、巨大な双腕である。

 

 

 

「!?」

 

 

 エイゴの目前。反応が無さすぎて、惚けているんじゃないかとさえ思えるシャドウズの、その足元から出現した巨大な腕は、一瞬の内にシャドウズの体──それと、それに抱えられていた謎の生命体──を掴み取ると、そのまま影の中に引き摺り込み、凄まじい速度で夜闇に包まれた通りの向こう側へと消えて行った。

 

 後に残されたのは、HCを構えたままの姿勢で固まったエイゴと、彼のHCが対象を捉えられなかったことを伝える、エラー音だけである。

 

 

「…──ぶはっ!? げふっ、ごほっ!! …ぐ、うぅ……!! ──報告、報告! シャドウズと接触、繰り返します、シャドウズと接触しました! 至急、応援をお願いします!!」

 

 

 いつの間にか止まっていた呼吸。それに気付いたエイゴは、慌てて空気を肺に取り込み、胸の痛みに呻めきながらも、無線を通して状況を伝えた。

 その時である。

 

 

「──これは一体、なんの騒ぎですか?」

 

 

 ふと。横合いから掛けられたその声に、エイゴは視線を動かした。

 

 そこに居たのは1人の人物。糊の効いたスーツを纏い、澄んだ水色の髪をポニーテールに結えた、小柄な女性である。

 極度の緊張から脱したばかりで、すぐさま受け答えに応じることが出来ないでいるエイゴの前で、その女性は自身について説明を述べた。

 

 

「『機関』所属の()()です。付近でHCの使用が確認された為、駆け付けたのですが」

 

「きっ……ゲホ。『機関』っ? では、貴方はエージェント……!」

 

 

 HCは使用と同時に、関連組織に向けて位置情報等の信号を発信する。信号を受け取った者が迅速に駆け付けられる様に備わった機能であり、郡山(こおりやま)と名乗ったこの人物も、エイゴのHCからの信号を受信した様だ。

 

 今し方、彼女が言った『機関』。それはとある組織の名称である。

 数居るプロのカードファイター。その中でも、上澄み中の上澄みを集められて結成された組織。シャドウズの壊滅に大きく貢献したとされる、エイゴたち警察とはまた異なった治安組織だ。

 

 一般的にエージェントと呼ばれる彼ら彼女らは、表立って活動をしている数名を除けば、設立者も構成人数も全くの謎に包まれている秘匿性の高い集団である。

 

 唯一判明しているのは、その折り紙付きの実力だ。

 

 頼もしい増援の登場である。エイゴは息も絶え絶えとなりながらも、なんとか事態の説明に努めた。彼からシャドウズの存在を知った彼女は、件の対象が逃げたであろう方向を見つめながら。

 

 

「分かりました。私は対象を追います。貴方は周辺住民への避難勧告を」

 

「く…っ。了解しました……」

 

 

 言外に足手纏いだと言われ、己の無力さに下唇を噛むしかないエイゴ。その様子を横目に眺めながら、エージェントの女性は通りを進み始める。

 ──と、その直前。

 

 

「──ああ、それと。貴方は義正(ヨシマサ)さんを知っているかしら?」

 

「? ヨシマサ……あっ、他守(たもり)警部補のことですか?」

 

 

 呼び止められたエイゴは、不思議に思いながら言葉を発した。「それでしたら…」と短く、役職以外にも個人的な交友関係を少なからず有していることをエイゴは伝えた。

 

 

「それだったらこう伝えてください。──旧病村(やみむら)宅に、何者かが侵入した形跡がついさっきまであった、と」

 

「は、はぁ。了解しました…?」

 

 

 イマイチ理解は出来ずとも、『機関』所属のエージェントが言うのだからと。エイゴは内容に齟齬が無いか、女性から言われた内容を一言一句正確に復唱を行う。

 

 

「それでは私は追跡に向かいます。……さっきのこと、必ず伝える様にお願いします」

 

 

 そう言って、彼女は暗闇の中に消えていく。

 その背中を見送ってから、避難勧告の為に動き出したエイゴ。

 

 …──彼は終ぞ、先ほどの女性から放たれる、薄氷の様な極限まで研ぎ澄まされた殺意に気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

 さて。

 

 ところ変わって、不審者と言われてもなんら反論が出来ない出立ちをしたとある少年と、彼に憑く、2柱の邪神。彼らが現在、どうしているかと言うと。

 

 

『おいぃいいいい!! なんだアイツ、なんだアイツ!! 何もしてないのに問答無用で拳銃向けてきたぞどうなっているのだあの警察官んんんんん!?』

 

「僕が知る訳ないだろぉ!!?」

 

『うぉーい突然どうしたお主ら! わしにも分かる様に説明せいっ!』

 

『ええとなんだあれだ貴様に分かりやすく言うとその──(いしゆみ)、弩だ! 先ほどの者は我らに弩を向けてきたのだッ!!』

 

『なぬぅっ!? なっ、「こちら」ではあの様な小ささの弩があるのか!?』

 

『なんなら威力もあちらが上だ!』

 

『嘘ォっ!?』

 

「──嘘だろそんな数年でそこまで治安が落ちに落ちたっていうのか…!?」

 

 

 三者三様にパニックを引き起こしながら、邪神の権能によって影と一体化しつつ移動をすること暫く。

 

 凄まじい速度で地面を滑っていた彼らは、ドルムの体力が尽きた頃、丁度良く休めそうな公園へと辿り着いていた。場所も名前も分からないその場所で唯一分かることは、取り敢えず自分たちは危機的状況に陥っているかもしれない、その事実である。

 

 

『く……ッ、これは完全に予想外であるぞ。よもや、2年の歳月が経つ内に、日本の治安がここまで悪化していたとは…!!』

 

「ど、どうしよう。これから一体、どうすれば良いんだ!?」

 

 

 邪神の言葉に、少年は頭を抱えて嘆いた。

 

 日本の治安を守る存在の筆頭と言っても過言ではない組織、そこに属する警察官から拳銃──と、彼らは思っている──を向けられた事実は、恐怖を覚え、混乱に陥るのには充分であった。

 

 彼らが冷静さを欠いているのは、言うまでもない。

 

 

『うむむぅ。…先程の者は何故わしらに弩を向けてきたのじゃ? ユーキの格好が怪しかったからなのか?』

 

 

 ふと、額に持つ第3の眼を除けば、殆ど人間の子供と変わらない姿をしたナゴラが唸りながら言った。それを聞いた少年とドルムは、合点がいった様子で声を揃える。

 

 

『なるほど、そうか! ユーキの格好が原因か! ……であれば話は早い。服装を整えた後。すぐに弁明に向かうぞ、ユーキよ!』

 

「応!」

 

 

 小さな冥神により、原因究明に至った両者。彼らの行動は早かった。

 バッと音を立て。2柱の神に見守られながら、少年は自身の顔を覆っていた仮面を外す。

 

 

「おおうげぇええ……っ!?」

 

『ああっ! 今の一瞬でユーキが片頭痛によりダメージを!?』

 

 

 極度の片頭痛に、文字どおり頭を悩ませていた少年を思い創り出された、一切の光彩を遮断しつつ周囲の情報を脳に直接伝える装備である黒い仮面。それを外したことで視界いっぱいに飛び込んで来た光の群れにより、少年は悲鳴を上げてのたうち回ることとなった。

 

 夜闇を照らす、街灯の僅かな明かりでこれである。

 人工の光の他、自然光すらも全力で降り注ぐ日中に仮面を外した場合、少年がどうなってしまうかは想像に難くない。

 

 ドルムとナゴラからの手厚い介抱を受けた少年は、付け直された仮面の下で、こひゅーこひゅーと弱々しい呼吸を繰り返すばかりである。暫くはロクに動くことが出来ないだろう。

 悲しさを覚えてしまうほどには貧弱が過ぎた。

 

 

『…これからしなくてはならないのは、衣食住の確保及び、ファッションとして取り入れられるレベルまで光彩遮断装置を改良すること──事態は火急を要する。我が同志たる冥神よ、貴様の力も頼りにさせてもらうぞ…!!』

 

『正直何が何やらと言った具合ではあるんじゃが……そうも言ってられんか。他ならぬ、ユーキの為。わしに出来ることがあれば、なんでも申すが良い!』

 

 

 邪神と冥神は力強く手を交わす。

 この、余りにも弱々しい、自分たちが居なければたちまち命を散らしてしまいそうな人間の為、彼らは今こそ力を合わせたのだ。

 

 …──と。

 

 

「──見つけたぜ、シャドウズ!!」

 

 

 場所は公園の入り口から。

 自分たち以外は人気の欠片も無いこの場所に、突如として響いた声の正体を知る為に、ドルムたちはそちらを向いた。

 

 そこに立っていたのは、1人の少年である。

 

 嵐の様な荒々しい形をした浅葱色の頭髪。紫電を思わせる双眸は、力強さと鋭さを併せ持ちながらドルムたちを睨んでいた。

 

 

「これ以上、お前たちの好きにはさせねえ。……俺の〝ルナティックカード〟を賭けて、ファイトだ!」

 

 

 ──状況は分からず、突如として現れた少年が言っていることも同様に分からない。

 それでも。仮面の下で死にそうになっていても、彼はファイターであった。

 戦いを求められたのならば、自身のデッキを持ってそれに応える。

 

 少年はファイトを始める為、懐からデッキを取り出した。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

「おぽぇ」

 

「うぎゃあ!?」

 

 

 そして吐いた。

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