片頭痛カードゲーム変更前 作:広所恐怖症
「──コアエネルギーにアタック。これでトドメだ!」
「ぐああああッ!!?」
こちらの最後の一撃が繰り出されたことで、相手のファイター──黒い仮面と暗い服装が特徴の人物は、衝撃と苦痛から悲鳴を上げて倒れ伏した。
「くそったれ…! いつもいつも、俺たちの邪魔、を、しやが……って…!」
こちらに恨み言を吐くも、それは次第に弱々しく途切れ……気を失ったらしい。がくり、という擬音がよく似合う動作で、その人物──シャドウズは、動かなくなる。
気を失った様だ。
『大丈夫か、リューガ』
ファイトが終わり俺に声をかけてきたのは、
俺を気遣ってくれるアルマリアだが、それは不要ってもんだ。
「気にすんなよ、アルマ。さっきのファイトはいつもよりも、相手から受けるアタックが少なかったからな。ほら、ピンピンしてるだろ?」
俺は大袈裟に腕を回すことで、体に異常がないことを伝えた。
……シャドウズたちとのファイトでは、通常とは異なり、呪文やユニットのアタックによってコアエネルギーに受けるダメージが、そのままファイターにフィードバックするという、特殊な
1点、コアエネルギーを減らされるだけでも気を失いそうになる激痛が全身に襲いかかるんだ。相手も同じ条件とは言え、一瞬の油断が、文字どおりに命取りとなるファイトを強いられるんだ。
しかし今回は、上手いこと俺がキーカードを引き続けられたことと、相手が手札事故を起こしてくれたお陰もあって、危なげなく勝つことが出来た。敗北したシャドウズも、気を失いこそすれ、絶命をした訳ではない。完璧な勝利と言えると思う。
『……お前はまだ子供だ。本来であれば、この様な戦いに身を投じるべきではない』
…なのだが。
ふと、表情を暗くした相棒がそんなことを言う。
この世に2つとない──通称〝ルナティックカード〟と呼ばれるアルマリアは、莫大な力を秘めた『エネルギー源』としてシャドウズに捕まりそうになっていた。
たまたまある日、アルマリアが襲われていた場面に出会した俺は、辛くもシャドウズを退けることに成功。
その日から彼女は、俺のデッキに加わることになる。
…出会いこそ偶然とは言え、アルマリアと共にシャドウズたちと戦うことを決意したのは俺自身だ。相棒と呼ぶべき関係となった今、最後まで付き合う覚悟は出来ている。
だから、気にするな──そんなことを言おうとした俺だったが、それは叶わなかった。
『「──ッ!!?」』
…アルマリアと同時に、『そちら』に振り向く。
ルナティックカードであることと、闇と対を成す、光属性である為か、アルマリアは闇のカードの気配を敏感に感じ取ることが可能だった。彼女のその特性によって、俺はこれまでも何度もシャドウズを発見し、奴らが何某かを行う前にファイトによって戦闘不能にしてきたのである。
だけど……今回の『これ』は違う。
何か…何か、強大な存在が現れた。気配から察するに、そう遠くはないだろう。
『なんだ、この気配は? 今まで相対した、どの闇のユニットとも、比べものにならん……!!』
呻く様に声を絞り出す、アルマリア。緊張から、頬に汗を伝わせる彼女の様子から、只事でないことを俺は理解する。
『──リューガくん、リューガくん!? 大変なんだ、今、僕のユニットたちがとてつもなく大きな闇の気配を感じたって……!!』
と。そんな時にかかってきた、誰かからの着信。
突然ポケットの中で震えたケータイに驚きながら出れば、それは、俺の親友であるイクタだった。
彼も、この気配に勘付いたらしい。
「──アルマ。気配の詳しい場所は分かるか?」
『正確な位置は私にも分からん。恐らくは、
驚いた声を上げるアルマリアだが、流石は相棒。こちらの考えが、よく分かってる。
「イクタ、場所は不亜糸公園だ。俺たちはそこに向かう。お前は警察に連絡して、後から来てくれ。あと、途中の十字路あるだろ? そこに、さっき俺が倒したシャドウズが気を失ってるから、そっちも頼めるか?」
『そんな、リューガくん。1人で行く気なの!?』
悲鳴に近い声をイクタが発した。彼には悪いが、説明や弁明をする時間すら、今は惜しい。「頼んだぜ!」と言って俺は通話を終わらせ、目的地である公園へと駆け出す。
『リューガ。これまでお前は、何度も悪しき者たちに勝利し、退けて来た。……だが今回限りは、勝てる保証はゼロに近いんだぞ!?』
「やばいと思ったら、
『ええい、くそっ。この聞かん坊め……!』
この悍ましい気配から、俺も今回ばかりは無事では済まないと確信を覚えている。
今この気配に気付けているのは俺たちだけで、そして俺たちがその場所に最も近いはずなんだ。
(
……アルマリアには悪いけど、既に覚悟は終わらせてある。
両脚に込めた力をより一層強め、俺は突き進んだ。
◆◀︎▲▶︎▼
どのくらい走っただろうか。目的の場所である、不亜糸公園に俺たちは辿り着いた。
陽の光が降り注ぐ時間であれば、老若男女の憩いの場として賑わいを見せている公園も、夜半の今は静かなもので、日中とは異なった顔を見せている。
そんな公園の中心点、そこにほど近い場所。
夜闇の暗さに紛れ込むようにしてそいつらは存在していた。
先ず初めに目に入ったのは1人の人間。俺とそう変わらない背丈で、随分と見慣れてしまった、黒を基調とした衣服と黒曜石に似た暗い表面の仮面を付けた、シャドウズの構成員。
次に、とても小柄な少女。その幼さから、幼女とすら言えるかもしれない。小麦に焼けた肌、
そして、最後。
そこに居たのは──
『(…リューガ。これより行われるファイト、私たちは全力でお前を支えよう。──覚悟は出来ているな?)』
俺の耳元に口先を運んだアルマリアが囁く。
言外に、彼女は俺に教えてくれているのだ。こここそが、分水嶺にして最終分岐点。退くのならば、今しか無い、と。
それらを全て理解した上で、俺の答えは1つだった。
「見つけたぜ、シャドウズ!! 俺のルナティックカードを賭けて、ファイトだ!」
──デッキを取り出し、シャドウズへと向けて声を発する。
背後からは、やれやれと言わんばかりに、アルマリアが溜め息を──少しだけ、笑みを含んだ具合で吐き出したのが分かった。
…俺がデッキを構えたことで、シャドウズも同じ様にデッキを取り出し、構える。
覚悟は決めた、決意は固めた。
…後は、全力を尽くすだけだ……!!
そうして。俺たちの開戦宣言を皮切りに、火蓋が切られる──その直前。
「おぽぇ」
目の前のシャドウズが、仮面の隙間からキラキラしたものを吐き出した。
突然のことに、俺は思わず悲鳴を上げちまった。
◆◀︎▲▶︎▼
やあ、こんにちは。僕はユーキ。
色々と聞き慣れない単語を言いながらファイトの申し出をして来た、僕と同年代くらいの男の子に、よく分からないけどその申し出に応えようとしてその目の前でリバースをしてしまった、どこにでもいる普通の少年だ。
片頭痛の症状の1つとして、慢性的・突発的な頭痛の他に、吐き気や嘔吐感が上げられるのだが、これが中々に厄介だったりする。
個人差があるこの吐き気、僕の場合はかなり耐え難いことが大半だ。今回も、人前にも関わらず堪えられなかったことから、その強さを察してもらえると思う。
一応、胃の内容物を吐き出すことで、多少なりとも吐き気が軽減されるのが僅かばかりの救いかな。……身体の方へのダメージは確実にあるんだけども。
「よ、よぉし。お待たせ、早速ファイトをやろう……はぁ、はぁ」
「お、おう…」
傍らに、純白に輝いた美しい外見のユニットを控えさせている相手ファイター。
公園に備わっていた水道で、吐瀉物の処理等を終えた後。弱々しく発した僕の言葉に、苦虫を噛み潰したみたいな表情で彼はデッキを構える。
『(ユーキよ。本当に大丈夫か? あれなら、我の方からファイトを断るが……)』
ふと、ドルムが耳打ちした。
僕の体調を気遣っての申し出は有難いが、ここは1つ、僕は気を振り絞ってファイトをしてみようと思う。
と言うのも、ミステリオマキアというTCGは、黎明期こそ娯楽や嗜好品として世界に進出していたものの、生活の一部となった現代に於いては、競技であり、コミュニケーションツールであり、問題解決方法であり、そして交渉手段と言った、多種多様な側面を持ち合わせているのだ。
ここでファイトをすることで、この少年から現代社会──僕たちにとっての2年後の世界の事情なんかを、聞き出せれば、と思った訳だ。
頭痛はまだまだ続いているが、少なくとも吐き気は大分マシになっている。この分であれば、ファイトも問題なく行えるはずだ。
僕が大変見苦しい所を見せてしまった為、とても苦々しい表情となってしまっている少年に申し訳なく思いながら、デッキを構える。数瞬遅れて、少年の方もデッキを構え直してくれた。
さあ──いざ!
「「アウェイク!」」
夜の闇を引き裂くようにして光の線が走り、魔法陣が僕らを包み込む。
◆◀︎▲▶︎▼
「…──ぅ、う?」
「あら。お目覚めかしら」
その人物──黒い仮面と衣服を纏った人物・シャドウズの構成員は、目を覚ました瞬間、自身の鼓膜に飛来したその声に、反射的に飛び上がり、構えを取る。
しかし、それは叶わなかった。彼の肉体は椅子に座らされた体勢のまま、手首・足首を紐状の物で拘束されてしまっており、実際に彼が成せたのは、椅子を僅かに揺らすことだけである。
「お互い、時間は限られているわけだし……手短にいきましょうか」
仮面越しに、シャドウズはその姿を認めた。
糊の効いたスーツを纏った、透き通った水色の髪をポニーテールに結えた女性。背丈は小柄な部類に入るだろう。
「……『機関』のエージェントか」
「構成員の人数と拠点の場所。そして目的は?」
肯定も否定もせずに、女性は静かに質問を投げかける。シャドウズの男は、それに対して嘲笑を返すばかりだ。
「ハッ。舐められたものだな。そう簡単に口を割るとでも?」
「構成員の人数と拠点の場所。そして目的は?」
「煮るなり、焼くなり、好きにしな。こちらが口を割ることは絶対に無い」
「
あん? と、男が眉を顰めるよりも早く。女性の白魚の様な指先が、数度。トントンと軽く、拘束された男の手首を叩いた。
直後。
「な──う、おぁあああ!!?」
バギバギバギィ! と音を立てて、男の手が氷に包まれる。
肌を引き裂かんばかりの冷気は止まることなく、じわじわとその領域を広げて行く。
「な、なんっ。なんだこれは、俺の腕が、こおり……っ!?」
理解の及ばない突然の出来事に、男は容易くパニックに陥った。範囲を広げていく氷から逃れようと必死に男は暴れるものの、きつく施された拘束と男の体を椅子ごと飲み込む氷結とが組み合わさり、それは徒労に終わってしまう。
「構成員の人数と拠点の場所。そして目的は?」
「ひぃ、ひぃッ。待て、待て! 分かった、話す! 話すよ! だっ、だからこれを止め──!」
「構成員の人数と拠点の場所。そして目的は?」
先ほどまでの威勢はどこへやら。鼻水を垂らしながら懇願する男だが、対して女性は変わらない調子で同じ文言を繰り返すのみ。
「おぉ、俺は下っ端なんだ。詳しいことは知らないが、竜胆ってガキから、ナントカってカードを奪うように言われたんだッ。ほ、本部の拠点だとかまでは知らない。アルバイトみたいなもんなんだよ、連絡を受けたら指定された場所に向かう、うぅ、本当だ!」
既に、男の左上半身は分厚い氷に飲み込まれている。凍てつく冷たさに、自身の命の危機を、明確に感じ取りながら、懸命に言葉を紡ぐ男。
そんな彼に返されたのは、
「……構成員の人数と拠点の場所。そして目的は?」
え? という、間の抜けた声が男の口から漏れ出る。
遂に、氷はその範囲を下半身にまで伸ばし始めた。体温を奪われたことで男の体が震え始める。
「だっ、今言っただろう? 俺が知っているのはそこまでだ! こ、この氷を……ひっ」
男の喉が引き攣り、奇妙な音を空気と一緒に吐き出した。
いつの間に現れたのか不明だが、女性の側。そこに、東洋系の衣服を纏った人型の影が存在していたのである。まるで死人の様な青白い肌をしたそれは、氷に飲み込まれていく男に向けて、ニタリとした不気味な笑顔を浮かべていた。
嗜虐心を多分に含んだその笑顔を浮かべる存在は、恐らくはユニット。その〝幻影〟だと思われる。
……幻影が指先をくるりと回せば、音を立てて氷が広がる速度が早まり、男の体をすっぽりと包み込んでしまった。残されたのは、首から上の僅かな範囲。それも、じわじわ
(こいつだ──こいつがこれをやっているんだ!)
仕掛けは分からないが、男は確信した。
ユニットの力が具現化し、現実に干渉している──!
「あ……あぅ、が…」
恐怖と、低体温によって鈍る思考。霞始める視界の中で、女性がこの短時間で聞き慣れてしまった文言を繰り返した。
冷徹に、冷酷に。
「構成員の人数と拠点の場所。そして目的は?」