片頭痛カードゲーム変更前   作:広所恐怖症

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6話(4044)

「──博士、望月(もちづき) 博士! 大変なんだ!」

 

「おお、こんな早朝から、一体どうしたと言うんじゃリューガ」

 

 

 寝ぼけ眼を擦りながらリューガを出迎えたのは、簡素なスーツの上から白衣を着た、初老の男性だ。灰がかった髪と豊かな髭を携えた彼の名前は、望月 会希(カイキ)。ここ──モチヅキ研究所にて、ミステリオマキアの研究を行っている人物である。

 

 

「こんな朝早くから悪ぃ博士。けど、大変なんだ! 昨日、シャドウズと戦ったんだけど……そいつは今までの奴と違って、闇の力でファイトの最中にカードを書き換えてきたんだ!」

 

「なんじゃと!?」

 

 

 リューガを始めとした一部の少年少女から博士の愛称で呼ばれる彼は、その豊富な知識を用いて、闇で蠢くシャドウズたちと日々戦いを繰り広げている、正義の心を胸に秘めた若きファイターたちのサポートを行ってもいた。

 

 その道に生き数十年。幾多もの講義の壇上に上がり、大会での実況解説へと足を運び、時にはファイター御用達(ごようたし)のテレビ番組に呼ばれるほどの、折り紙付きのその頭脳と知識。

 しかしながら、此度リューガから発せられたその言葉は、望月を驚かせるには十分であった。

 

 

「ど、どういうことじゃ。詳しく聴かせてくれ、リューガ!」

 

「俺にもなにがなんだか分からないんだよ、博士…。そいつが付き従えてたユニットの幻影が、何かしたかと思ったら……次の瞬間には、相手のユニットの姿や能力が全然違うものになってたんだ。……属性を複数持ったユニットなんて、聞いたことがない」

 

 

 ユニットを包んだ闇が晴れたことで現れたのは、姿形はもちろん、その性能も大きく異なった、全くの別物と化したユニットである。

 

 自身の、常識の枠外にある力が作用したとしか思えない、理外の現象。昨夜のファイトで起きたその一場面を思い出したリューガは、薄寒いものを覚え、一筋の汗を頬に伝わせた。

 

 

「…──分かった、リューガ。(くだん)の現象については、儂の方でも調べてみよう」

 

「悪い、博士。こういった調べ物とかは、全部博士に任せっきりでさ」

 

「何を言うリューガ。謝るのならば、それは儂の──(おとな)たちの方だ。子供である諸君らを、まるで駒を動かす様にシャドウズたちと戦わせているのじゃからな」

 

「博士……」

 

 

 悲哀と懺悔。幾つかの感情が織り混ざった表情を見せた望月に、リューガは静かに声を漏らす。

 

 

「覚えておいておくれ、リューガ。シャドウズたちを倒さんとする君の志は、正しく、尊ばれるべきものではある」

 

 

 だが、と彼は一呼吸挟む。

 

 

「しかし、君が傷付くことで心を痛める人々がいる。…どうか、それだけは忘れないでほしいんじゃ」

 

 

 目前の少年と目線を合わせ、肩に手を置き静かに語る老人。その瞳には、僅かに、陰が差していた。

 

 ──闇の力を操り世界に破壊を齎した集団、シャドウズ。

 彼らの兇手によって、望月の娘夫婦と孫娘の尊い命が奪われてから、もうじき1年が経とうとしている。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

「──そっか。そんなことが……」

 

 

 学校終わりの下校中。リューガが体験したことに表情を曇らせたのは、眼鏡をかけた青髪の少年・幾太(イクタ)であった。

 彼の傍には、鮮やかな桃色の髪が特徴的な少女・友枷(ユウカ)もおり、リューガが口にした、闇の力を与えられたことでユニットが姿形を変える謎の現象を聞き、不安そうに表情を曇らせている。

 

 

「ねぇ。私、心配だよ……。リューガくんに、もしものことがあったら…」

 

 

 ボリュームのある前髪が、まるでハートマークの様な形をしているユウカ。その特徴的な髪の(ひま)から覗く、くるりとした丸い瞳は、今にも泣き出してしまいそうに潤み、揺れていた。

 その姿を見て「ユウカちゃん…」と、イクタが声を漏らす。

 

 こちらの手を握り、必死に訴えかけてくる幼馴染。

 しかし、シャドウズたちは──目的の詳細は今なお不明なのだが──リューガが持つ、世に2つと存在しないルナティックカードであるアルマリアを狙って日夜ファイトを仕掛けてきている。

 

 シャドウズたちとの戦いを避ける為には、相棒たるアルマリアを手放さなければならず、そしてそれは大切な相棒を見捨てるに等しい行為だ。そんなことを、はい分かりましたと許容することを、リューガは良しとしたくはない。

 例え、どんなに仲の良い幼馴染の言葉であったとしてもだ。

 

 ……しかしながら、彼女の不安も、確かに一応の理解が出来ないわけではない。

 本来であればこの様な問題は、警察だとか、そういった役職に就いている大人たちに任せるのが普通なのだ。

 

 危険を顧みずにシャドウズたちと日夜ファイトを繰り広げるのは、(ひとえ)にリューガの心情的な問題である。彼奴らの悪事を、黙って見過ごすことをしたくないからだ。

 

 

「……………あ、黒猫」

 

「リューガくん? 今、私は真剣に君のことを心配しているんだよ?」

 

「──あっ。あーっ、えっと。黒猫に横切られると不吉だって表現がよくあるけど、あれは黒猫が不幸の象徴だからって理由じゃないらしいよ! 本来、黒猫は幸運の象徴とされていて、彼らに横切られるということは──…」

 

 

 返答に困った結果、露骨に会話の腰をぶち折ったリューガの反応に、ユウカが割と本気のトーンとなったことを察したイクタが雑学を披露することで緩和を試みる。

 

 その横を、我関せずと言わんばかり。小柄な黒猫がのんびりと歩いていく。

 

 

 

 

 

 ◆◀︎▲▶︎▼

 

 

 

 

 

 少年2人と1人の少女。

 背後から飛来する彼らのやりとりは、その歩みを進めるにつれて遠ざかっていく。

 

 夕闇が迫り始める時刻。黒猫が訪れたのは河川を跨ぐ為に架かった橋梁、その下だ。

 背の高い草に覆われた河川敷。その一角へと足を運んだ黒猫は、1度、伸びを行ってから()()

 

 

『おーい、お主ら。今戻ったぞい』

 

 

 ぱきょり。

 小気味よくも肌が粟立ちそうな音を立てて、額にある、第3の目を開いた黒猫の正体は、冥界の神であるナゴラバウワフが現代社会に合わせて作り上げた、仮初の姿であった。

 

 

『おう。問題は無かったか? 我が同志よ』

 

 

 もりっ、と音を立てたのは、ナゴラの目前の地面だ。おおよそ、畳3枚分ほどの範囲の地面が長方形状に、少しだけ隆起したのである。

 地面に生まれた僅かな隙間から顔を出すのは、荒々しい鱗に覆われた、竜の頭部。ナゴラと同じく、神の名を冠した摩訶不思議な存在、ドルムハーオスだ。

 

 

「うわ〜。あの男の子、昨日闘った子だよね?」

 

 

 空いた隙間から飛び出したのは漆黒に染まった円筒状の物体。

 ドルムの権能によって生み出された、高性能な望遠レンズを扱い、対岸の道を進む少年少女を観察しているのは、ユーキと言う名の少年だ。

 

 

『わしの覚えていた匂いとも一致したのう。あ奴らの住処が、近くにあるのではないかの?』

 

「ひえぇ。出会さない様に気をつけないとなあ」

 

 

 言いながら、地面の隙間に体を滑り込ませるナゴラ。入り口である『蓋』をドルムが閉めれば、そこはただの地面として元に戻る。

 

 出掛けていたナゴラを迎えたのは、どこぞのマンションの一室を、そのまま引っこ抜いて来たかの様な具合で整った『部屋』である。床や天井・壁のその精確さは、手作業で地面を掘り出したところで出せる精度ではない。

 ……何故、自身の相棒たるドルムが邪神などという呼称を与えられたのかは、もしかしたらこの技術力を恐れられてのことかもしれないと。ユーキは独り、内心にて思いを巡らせる。

 

 凝固した闇(!?)によって補強された室内は、温度や湿度が快適な状態で保たれつつ、密室でありながらどこからともなく空気を取り込み、そして室内の空気が淀む前に外に排出する、不思議設計となっていた。

 

 ちょっと何言ってるのかわかんない。

 

 …──さて。一体なぜ、ドルムたちがこの様な状況になっているのか、だが。その理由は、昨夜に起きたファイトに起因している。

 

 ファイトに負けた少年は、そのまま敗者としてそれ相応に振る舞おうと考えていた。

 あくまでも、少年にとってファイトは『手段』でしかなく、勝てたら勝てたで。負けたのなら負けたで、自身の事情を説明して助けを求めようとしていたのである。

 

 しかしながら、そこに待ったをかけたのが、他ならぬドルムだった。

 

 ファイトの勝敗を決定付けることとなった、対戦相手のユニットが放った、眩い一撃。

 それに合わせて少年──それと、同志たる冥神──の体を、影の中に引き摺り込みその場から逃走を図った後、こうして身を潜めているその理由とは。

 

 

『よくよく考えてみるのだユーキ。貴様はあの夜、その見た目だけで拳銃を向けられたのだぞ? 誤解を解く間も無く我らの身柄が捕らえられていた……下手をすれば、それ以上のことがその身に降りかかっていた可能性もあったのだ』

 

 

 正体不明の、何某かの存在──シャドウズ。

 未だ、名前までしか知らないその存在を詳しく知らない内に、身柄を確保されるのは得策ではないと判断したドルムによって、ユーキたちはこうして現在、息を潜めることにしたのである。

 

 

『んー。何やら色々言うておるが、ユーキがその被り物を外せば、万事解決ではないのか?』

 

「僕に死ねと?」

 

『凄まじい圧じゃ……!!』

 

 

 邪神の権能を用いることで生み出された、あらゆる光彩を遮断しつつ世界を見ることを可能とする、黒い仮面。

 もはや、それを外して自然・人工問わず、多種多様な光が溢れる世界に身一つで躍り出るというのは、今の少年にとっては自殺行為に等しかった。

 ……割と冗談抜きで。

 

 

『そういうわけで、暫くは。こうして身を隠しつつ、情報収集に勤しむとしよう。…少なくとも、シャドウズやらとの情報を仕入れるまで、警察等に見つかることは避けるべきだと我は考えている』

 

「となれば、動き出すのは夜が得策かな?」

 

『うむ。それまでに、我も光彩遮断装置の改良を進めておこう。──2人とも、日が落ち次第行動に移す。しっかり休んでおくのだ』

 

 

 ドルムに促され、ユーキとナゴラは身を寄せ合って横になる。

 その内に、静かに寝息を立て始めた両者の姿を認めてから、ドルムは静かに作業を開始した。

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