「――ここの奥の部屋だ」
エレベーターが開かれるとともにカイザー理事がつげた。
先に見えるのは飾り気のない一本道の廊下と一つの扉。それ以外には何もなく、不気味な空気が充満している。
カイザー理事が歩きだし、それに続くように私も足を進めた。決して長くはないはずの廊下が無限に続いているかのような錯覚に陥る。
「――ついたぞ」
カイザー理事に声をかけられ扉まであと一歩の距離まで近づいていることにようやく気付いた。
「案内してくれてありがとうね」
「この状況でそんな言葉が出てくるとは、ずいぶんと余裕なのだな」
「……そんなことないよ」
本当だ。余裕なんてあるわけがない。この先にいるのは悪人や悪役なんかじゃない。悪すらも利用する大人だ。
正直、私が戦ってまともに勝てるような相手じゃない。出来れば今すぐにでも逃げ出したい、関わりたくない。……でも、やらなきゃならない。
幸いというべきか、どう戦えばいいかの見本はある。というかそれが心の支えになっているからこそ私はまだここに立っていられる。
それに、生徒とも約束したんだ。こんなところで怯えている場合じゃない。
「私は一足先に帰らせてもらおう。それでは先生、健闘を祈るよ」
遠ざかっていく足音を背に、私は前に出る。
一度深呼吸をし、意を決して扉を開けた。
「――ようこそ、お待ちしておりましたよ先生」
部屋に入るなり聞こえてきたのは黒服の声。親しみを持って話しかけてきた声に背筋がぞわりと震えた。
「久しぶりだね、黒服」
「ええ、こうして再会できる日を心待ちにしておりました」
「……私としては会いたくなかったけどね」
「おや、ずいぶんと嫌われてしまっているようですね。とはいえそれも仕方のないことでしょう」
早打つ鼓動を悟られないよう感情を押さえつけ、冷静さを保つ。
ふぅと息をつき、勝負を仕掛ける。
「単刀直入に言うよ。ホシノちゃんを返して」
「フム、いいでしょう」
――予想外の返答に一瞬思考がとまった。
「なにを驚いているのですか? 貴女が言ったことでしょう。……当然条件がありますが」
「……なに」
「貴女ですよ、先生。貴女が我々の仲間になってくれるのならばホシノさんは返します。アビドスの借金もこちらで何とかしましょう。もちろん金輪際アビドスに手を出しません」
「それなら前に断ったはずだけど。カイザー理事から聞いてないの?」
「聞いていますとも。そのうえでもう一度尋ねているのです」
「そもそもなんでそんなに私に執着するの?」
本編でも『先生』に執着していたし『先生大好きクラブ』なんて言われていたけれど、それ以上の執着を黒服から感じる。
「……正直に言うと私の興味は今、貴女に向いているのですよ。無論、ホシノさんを手放すのは惜しいですがそれ以上の価値が貴女にはある」
「私の価値……?」
「えぇ。私たちは貴女のことを我々とは違うキヴォトスの外からやってきた大人、そう認識していました。けれどどうやらそれ以上のナニかがあるのだと私は確信しています」
「……そう、私のどこに惹かれたのかは知らないけど仲間になる気はないよ」
「そうですか。それは残念です。それではホシノさんをお返しすることはできませんね」
「いや、返してもらうよ。何しろ貴方たちはホシノちゃんを誘拐したんだから」
「おや、これは異なことを。ホシノさんは自分の意思で我々のところに来たというのに。契約書にもちゃんとサインしてあるでしょう?」
黒服が一枚の紙を私に差し出してくる。それはホシノが黒服のものになるという契約書。
「これがある限りホシノさんの所有権はこちら側にあるのです」
「それは違うよ。そもそもホシノちゃんは貴方たちのモノじゃない」
「いいえ、ホシノさんはアビドスを退学してこのように契約書にサインしているのです。届け出を確認していないのですか?」
「届け出はちゃんと確認したよ。でも――」
一枚の紙を取り出し黒服に見せる。
「ホシノちゃんの退学届に担任である私がまだサインしていない」
ゲーム本編で『先生』がとった一手。ルールを順守する黒服からしてみれば致命的な一手だ。
「だからホシノちゃんはまだアビドス高校の生徒だし、私の大切な教え子だよ」
本編通りならこれで退くはず。……なのに、なぜだか背中に付きまとう嫌な予感が消えない。
「これがある限り貴方に打つ手はない。そうでしょ?」
「……そうですね。私とホシノさんが交わした契約はあくまでホシノさんが学校をやめていることが前提としてあります。それが覆された以上、手を出すことはできません」
黒服が意味をなくした契約書を破り捨てる。
「……なるほど。学校の生徒、そして先生ですか。これはなかなかに厄介な概念ですね」
背もたれに背を預け、ふぅと息をつく黒服。少しの沈黙の後、体を起こし口を開いた。
「いいでしょう。ホシノさんが今どこにいるのかお教えします。その代わり私の質問に一つ答えていただきませんか?」
「質問……?」
「えぇ、なんてことないただの質問です」
……いったい何を聞くつもりなのだろうか?
「……いいよ。それで質問って」
「先生、貴女未来を知っていますね」
――――――は?
「クックックッ、その反応、どうやら私の予想通りのようですね」
うそでしょ? なんでそんな、どこでばれた?
「どうしてばれたのか? と不思議そうな顔ですね」
まずい。完全に主導権を握られた。
「先生、貴女は一つミスをしました。それは私とカイザー理事のつながりを知っていたことです」
つながり……? あの時か!
「お気づきになられたようですね。そうです、カイザー理事は私の名前を一切出していませんでした。なのになぜ貴女は私たちが手を組んでいることを知っていたのでしょう?」
原作知識の弊害が出た。そうだ、知ってるはずがないんだ。だって二人のつながりを示すものは何もなかったんだから。……いや、だとしてもそれだけで未来を知っているとはならないはず。
「……それだけじゃ根拠として薄いでしょ」
「えぇ、あくまで予想の一つでした。ですが、先ほどの会話で予想は確信へと変わりました」
「……会話?」
別に変なことは言っていなかったはずなのに。
「ホシノさんの退学届です。貴女はそれで私が退くことを確信していましたね」
口には出していないはずなのに。いくら何でも対人能力が高すぎる。
「確かにあの一手は私にとって致命的でした。ですがそれは私という個人を知っていないと確信することはできないはずです」
言われてみれば確かにそうだ。……だとしても、たったそれだけの情報でここまでわかるものなの?
「知りようのない情報を知り、私の行動を理解している。……それもキヴォトスに訪れて間もない貴女が」
反論することができない。まさかこんなすぐにばれることになるなんて。
……いや、落ち着け。それがばれたからどうなるってわけじゃない。
「もし私が本当に未来を知っているとして。それでどうするつもり?」
「どうもしません」
「――え?」
「勘違いしないでいただきたい。さっきの質問はあくまで確信を確証にするためのものです。これ以上どうこうしようとするつもりはありません」
そう言うと黒服は一枚の紙を取り出し、私に差し出してくる。
「先生、これを」
黒服が差し出してきた紙を受け取って見るととある場所について書かれていた。
「ホシノさんはそこにいます」
私は紙をポケットにしまい部屋を後にする。
「微力ながら先生の幸運を祈っておりますよ。クックックッ」
扉が閉まる直前の黒服の笑い声が耳に残った。
いやー、百花繚乱編2章前編はよかったですね!
まさかサプライズであの子が登場するとは思ってもみませんでした。
出てきたとき大爆笑しましたよ。
他にもシュロちゃんが可愛いかったり、新キャラのアザミちゃんがすごい叡智だったり、コクリコ様も本格的に登場してきたり。
それにアヤメちゃんの性格が大体予想通りだったのはうれしかったですね。
かわいいねアヤメちゃん。
百花繚乱のみんなも仲良くわちゃわちゃしててほっこりしましたね。
ユカリはみんなの光で可愛いわんこだし。
キキョウは隙あれば卑しさを見せてくる可愛いキャットだったし。
レンゲはみんなの良さを最大限引っ張り出してくれる可愛い女子高生だし。
ナグサは雪のように真っ白で溶けてなくなりそうなほど儚い雰囲気をまといながら真顔でおもしれ―ことをする可愛い女の子だったし。
後編がマジで待ち遠しいですね。