カイザーPMCの基地、その北方で起きている戦いは熾烈を極めていた。一個半大隊と三人のゲヘナ風紀委員、そしてたった一体ではあるがその巨体の前ではすべてが塵芥に見えるほどの圧倒的な力を持った存在、ビナー。
一見すると三つ巴の戦いに見えるが、実際は風紀委員会対カイザーPMC&ビナーといった構図だ。
別にカイザーPMCとビナーが手を組んでいるわけではない。むしろ両者ともお互いのことを憎き仇敵のように思っている。ビナーは住処を荒らされ、カイザーPMCは調査を邪魔されている。手を取り合うことなどありえないだろう。
だか、ことこの状況に至っては憎しみすら後回しにしてしまう。
なぜならここにはゲヘナ風紀委員長がいるから。
ビナーは本能的に理解する。彼女は自身に滅びをもたらすことができる存在だと。
カイザーPMCは知っている。このキヴォトスにおいて最も敵にしてはいけない生徒だと。
ゆえに両派の思惑は一致する。この厄介な存在を倒してから手負いとなった敵を相手すればいいと。
ヒナがビナーに攻撃を仕掛けようとするとカイザーPMCの邪魔が入り、カイザーPMCに攻撃を仕掛けようとするとビナーに隙をさらすことになる。
もしヒナが全力を出せば互角どころかヒナに軍配が上がるだろう。けれどヒナが全力を出すことは出来なかった。なぜならここにはヒナだけではなくイオリとチナツの二人がいるからだ。
本来優秀な二人の生徒だがこの状況で全力を出せば二人を巻き込んでしまう恐れがあるため防戦一方の戦いになってしまっている。
『委員長! ここは撤退すべきです!』
耳につけた通信機からアコの声が響く。
『幸い向こうも仲間というわけではありません! 私たちが撤退すれば向こうは勝手に争います! 時間も十分稼ぎました! これ以上はもう――!』
「だめ、そうするにはカイザーPMCの戦力を削りすぎた。このままカイザーPMCとビナーがぶつかれば数分と持たずにカイザーPMCは負ける。そうなったら先生が逃げるための時間が稼げない。そもそも撤退時に生じる隙を見逃してくれるとは思えない」
『ですが――』
「大丈夫。まだ、持ちこたえて見せる」
気丈にふるまうもヒナの顔には冷汗が流れ、状況がよくないことは明らかだった。
もともと相手していた一個大隊の兵士たちの数は減っていたが、残っていた兵士とあとから合流してきた兵士たちの数を合わせると一個大隊以上の数になり、そのうえビナーの相手もしなければならない。
この状況をどう打開するかと意識をそらした瞬間のわずかな隙をビナーは見逃さなかった。
ビナーの攻撃が一気に過激になりヒナは対応がほんの少し遅れた。それでも何とかビナーの攻撃をしのいでいたが捌ききれないと悟り、ビナーの攻撃を跳躍で避ける。そのままヒナが着地しようとした地面に手りゅう弾が転がってきた。
「――くッ!」
羽を使い着地地点をずらすが、着地する前に手りゅう弾が爆発する。
爆発によるダメージは少なかったものの衝撃自体は受け、吹き飛ばされ地面を転がった。すぐに体勢を立て直そうと立ち上がるもののビナーから発射されたミサイルが目前までせまっている。
回避は間に合わないと踏んだヒナは防御態勢を取り、すぐにミサイルが着弾した。
さすがのヒナもビナーの攻撃にはダメージを負い、額からつぅと一筋の血が流れる。
すぐに攻勢に出ようと体を動かすが、視界の端でロケットランチャーを構えている兵士の姿が見えた。
避けようと思ったが反対側にはイオリの姿があり、イオリは他の兵士たちを相手取っていてこっちの状況に気がついていない。
このまま避けてしまうとイオリに当たってしまうため、受け止めようともう一度防御態勢を取ろうとする。けれど攻勢に出ようとしていた体は急な判断に追いつかず間に合うかどうかぎりぎりだ。
直撃を覚悟したとき、奇妙な車を見つけた。それはカイザーPMCの車だったが当の兵士たちはその車の存在に困惑している。
「うちの生徒に――」
そして車のエンジン音を響かせながら爆走する車が――
「――何してんのぉ!!!」
――今まさに引き金を引こうとしていた兵士を後ろから思いっきり引き飛ばした。
「ヒナちゃん! 無事!?」
車から降りてヒナに駆け寄る。
「せっ! 先生!? どうしてここに……?」
「困っている生徒を助けるのは『先生』の役目だからね。それよりもケガとかしてない!? してるね! 大丈夫!?」
「へ、平気。大したけがじゃない。すぐ治る」
「ホント!? よかったぁ」
多少よごれてはいるけどヒナの状態と本人の口から発せられた言葉に安堵する。映像で見た限り結構厳しそうに戦っていたから大事に至る前に合流できてよかった。
「それよりも先生! 早くここから逃げて!」
焦ったようにヒナは訴えてくる。まあ当然の反応だろう。何しろ私にはヒナどころか普通の生徒にすら勝てないほど貧弱な体をしているんだから。
だから私は心配そうにしているヒナを安心させるために精一杯の虚勢を張って笑った。
「大丈夫だよヒナちゃん」
「――え?」
「ビナーの相手は私に任せて」
一瞬あっけにとられたように固まるヒナは私の言った言葉を理解したとたん信じられないといった表情で詰め寄ってくる。
「待って先生! どうやって戦うつもりなの!? 先生は――」
「そうだね。私はみんなと違って銃弾一発で死んでしまうかもしれなし、武器だってろくに扱えない。ヒナちゃんから見たらか弱い存在かもしれない。でも――」
ヒナに背を向けビナーを見つめる。ビナーは突然現れた私のことを警戒しているのかその鋭い眼光でじっとこちらを見つめていた。
「それでも私は『先生』なんだ。だから生徒を守ることは当たり前なんだよ」
気圧されそうになるのを必死にこらえビナーに一歩近づく。
「それに私にはとっておきの切り札があるからね」
『大人のカード』をすぐにでも取り出せるよう胸ポケットに手を当てる。
「だから、私に任せて」
ビナーが目の前に立った私に向かって雄たけびを上げる。その迫力はすさまじく体が震える。
実際に対峙して思う。キヴォトスに来る前はビナー君とか言ってゆるキャラみたいな扱いをしていたけれど、これはまさしく怪獣だ。ただの人が敵う相手じゃない。出会った瞬間に死を覚悟しなければならない相手だ。
早まる鼓動、荒れる息、震える体、カチカチと鳴らす歯、潤む目。私の体のすべてが今すぐにでも逃げ出したいと訴えてくる。けれど……。
「『先生』なら逃げない。『先生』なら立ち向かう。『先生』なら――絶対に生徒を守る!」
怖いからなんだ。恐ろしいからなんだ。死が目前に迫ってきているからなんだ!
私は……『先生』でなくちゃいけないんだ! だから――!
「お願いみんな。力を貸して!」
大人のカードを取り出す。それは淡く光っており、どこか心温まるぬくもりを感じた。
ビナーが口を開く。そこに小さな光が生まれ、次第に大きくなっていく。眩い光の集合体はまさしく死の塊だ。逃げることは出来ないと本能的に確信する。
ビナーが少し顎を引き、光を放つ。遠くにあったはずの光はすでに眼前にまで迫ってきていた。
「――先生の頼みなら、いつでも」
私の横を一陣の風が通り過ぎ、光の前に立ちふさがった彼女は私に背を向けて直立する。背中には白が混じった青い羽を羽ばたかせ、白い白衣を身にまとい、羽と同じくらい青い髪をたなびかせているその姿は安心感と頼もしさを混ぜ合わせた雰囲気を醸し出している。
彼女は左手に持った盾を正面に突き出す。そして、盾と光がぶつかった。その衝撃はただ後ろで守られている私にも届き、今にも吹き飛ばされそうなほど。けれど、彼女はそんなもの感じていないかというように不動だった。
周囲は吹き飛び、砂はそこら中を荒れ狂うように飛び回り、熱せられた空気は私の肌を焼いてしまうほど。そんな状況の一瞬一瞬がまるで数分、数時間のように感じられる。
ようやく光が収まり、さっきまでの残響があたりを支配する中、彼女は私のほうへと振り返った。エメラルドグリーンの瞳を潤ませながらまっすぐと私を見つめてきて目が離せない。
「……本当に。本当に、お久しぶりです。先生」
彼女、蒼森ミネは感慨深そうにそう言った。
その言葉に私はなんと声をかけたらいいのだろう。ミネを見るかぎり彼女は私を知っている。私と知り合っている。けれど私はこのキヴォトスに来て彼女と会ったことはない。だから彼女はこの世界じゃない別の世界の蒼森ミネなのだろう。
「ミネちゃん。私は……」
「なにも、なにも言わないでください」
どこか寂し気に微笑みながらミネは私の言葉遮った。
「またこうして先生と出会えた。先生が頼ってくださった。それだけで私は十分なんです」
「……ミネちゃん」
「そしてそれはほかの皆さんも同様です」
「そういうことだよ、先生」
背後からいくつかの気配を感じ振り返る。砂埃の中から悠々とあらわれた五人の生徒。長いピンク髪をおさげにまとめ、形容しがたい服装をした生徒。赤い髪で二つの団子を作り、ところどころ色で汚れた制服を着た生徒。黒に近い褐色肌にメイド服を包み、長い黒髪を揺らす生徒。黒いショートボブに猫耳をぴょこぴょこと動かす生徒。鎖骨にかかるくらいのピンク髪にサイドテールを作り、白い白衣にナースキャップを被った生徒。
「うわぁー! なにあれ! すっごいでっかいね! 描きがいがあるよ!」
「いや、あれはキャンパスじゃあ……。まあ、ミレニアム内や公共の場で落書きされるよりましだけど」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! そもそも戦って勝てる相手なの!? あれって!」
「落ち着いてください、カズサさん。皆さんで力を合わせれば大丈夫です。それに先生もいますから」
「エイミちゃん、マキちゃん、カズサちゃん、カリンちゃん、セリナちゃん」
みんなが和気あいあいとしながらそれぞれ武器を構える。その姿に油断はなく、目の前のビナーをしっかりと見つめていた。
「みんな……。ありがとう」
「お礼はいいよ先生。私たちが好きで来ただけだから。そんなことよりも目の前のビナーに集中して」
「うん、そうだね」
ビナーに向き直る。相変わらずすさまじい圧を感じる。けれど、先ほどまでとは違い私には力を貸してくれる生徒たちがいる。それだけで勇気があふれてくる。
一度深呼吸をする。緊張を、恐怖を、不安を、勇気を、あらゆる感情をすべて一つにまとめ覚悟に変える。
「――いくよ! みんな!」
「「「「「「はい!!!!!!」」」」」」
戦いが始まった。
……どうして。
どうして誰も来てくれないんだ。
どうして誰もお時間を頂戴してくれないんだ!
ヤダヤダヤダ!!!
誰にも会えないなんてヤダァァァァァァ!!!!!
みんなに会いたいよぉぉぉぉ!!!!
生徒たちにお時間奪われたいよぉぉぉぉ!!!!
毎週の楽しみだったのに!!!!
イヤだぁぁぁぁぁ!!!!
でもしょうがないよね。
毎週ネタを考えるのはものすごく難しいもん。
むしろ今までずっと続けてきてくれたことを運営に感謝しなくちゃ。
ありがとうございます。
でもやっぱヤダァァァ!!!!
生徒たちと戯れて癒されたいよぉぉぉ!!!