対策委員会編を終えてシャーレに戻った私を出迎えてくれたのは怒りに震えていたユウカだった。どうやら私が大金を使ったことがばれているようでいくら生徒のためだとしてもさすがに使いすぎだとお説教された。
とはいえそのお説教も事情が事情だけに長くは続かなかったし、最終的に食生活が不安だということで料理を作ってくれることになった。正直この申し出はものすごくありがたかったが申し訳ないと断ろうとした。けど断ろうとするとものすごい早口でいろいろまくしたてられたので押し切られてしまった。
そんなこんなでユウカの怒りも収まった頃、どうして大金を使ったことを知っているのかを聞いたところ、どうやら傭兵たちから手紙やいろいろな贈り物がシャーレあてに届いたらしい。不審に思い手紙を読んだことで事のいきさつを知ったみたいだった。
とはいえ手紙ならまだしも贈り物をもらうようなことはしていないはずだと思い、届いている手紙を読み進めていくとその理由がわかった。
どうやらカイザーPMCの基地を襲った時、金目になりそうなものをいくつかかっぱらい結構な収入を得たようでそのお礼ということらしい。……それと、自分で言うのもなんだけど私自身に価値を見出しているようだ。私と関りを持っていれば今回のように大きな収入を得られるかもれないと。
正直なところ、あまり頼りたくはない。というのもやっぱりお金がかかるから。とはいえどうしようもないときは頼ってしまうだろうと思う。
今は素直に好意を受け取ろうと贈り物に目を向ける。装備品や食料品、お守り、雑誌、ワイヤレスイヤホン、オルゴール、ぬいぐるみ、アクセサリーなど様々だった。とりあえず普段使いできるものは使っていこうと思い手始めにお守りとアクセサリーを財布につけてみた。これらが誰の贈り物なのかはわからないけど大切にしようと思う。
そんな風に贈り物を片付け、たまっていた仕事に手を付ける。私が留守の間、できるかぎりの仕事をしてくれていたらしく、そこまで多くはなかった。ユウカには本当に頭が上がらない。今度、ちゃんとお礼をしよう。
それから数日たってたまっていた仕事が終わった頃、シャーレに来客が訪れた。
「やっほー、せんせー」
「ホシノちゃん!」
見たところほかのアビドスの子たちはおらず、一人で来たみたいだった。
「シャーレってかなり大きいんだね。おじさんびっくりしちゃったよ」
「といってもほとんどのスペースを持て余しているんだけどね」
なんでもない雑談を軽くしホシノをもてなす。べつに何も用がなくただ遊びに来ただけならこのままおしゃべりしたりしてゆったりとした時間を過ごしてもいいかなと思ったが、それだったらホシノは一人では来なかったと思う。実際、何か話したそうにちらちらとこっちを見ながらタイミングをうかがっている。
「それでホシノちゃん。今日はどうしたの?」
「えっとー。実は、ね……」
少し言いづらそうにもじもじとしていたホシノだったけど、意を決したように話し始める。
「先生には改めてお礼を言おうと思って」
「お礼……?」
「うん、あの時ちゃんと言えてなかったなって思って」
そっか。確かにあの時私は気絶しちゃったし、そのあとシャーレに戻っちゃったからちゃんと話す機会がなかったっけ。
「それに……先生を騙して黒服の誘いに乗っちゃったことも謝りたくて」
確かにそれについては理由が知りたいかも。
「いや、先生のことは信じてはいたんだよ。ちゃんと守ってくれるんだろうなって。そこは嘘じゃない。でも……」
ホシノの言葉が止まる。しゃべろうと口を開こうとはするがなんて言ったらいいのかわからないのか口が閉じてしまう。そんなことを数度繰り返し、少し考えがまとまったのかぽつぽつと話し始める。
「黒服は先生のこと狙ってて……。先生なら皆のことを守ってくれるけど、もし先生がいなくなったらアビドスは本当に滅んじゃうかもしれないと思って……それで、えっと……だからその、身代わりになろうと……」
……なるほど、そういう事だったんだ。ホシノは自分を犠牲にすることで黒服の目を私から自身に向けさせようとして……。そっか。それじゃあちゃんと届いてはいたんだ。けど届いたからこそホシノは……。
「……そっか、守ろうとしてくれたんだね」
「うん……結局罠にはまって守るどころか迷惑をかけちゃったけど」
あははと気まずそうに愛想笑いをする。
「ありがとうホシノちゃん。守ろうとしてくれて」
ホシノを抱きしめる。あの時とは違い、優しく。
「うっ、うへぇ!? 先生!?」
「だから、そんなに自分を責めないで。自分の事、許してあげて」
右手をホシノの頭に添え、動かす。さらさらな髪は抵抗することなく逆に私の手をなでてきて心地よさを感じた。
「一人で抱え込まないで。私はちゃんとそばにいるから」
チクタクと時計の針が回る音だけだった部屋に新たな音が混じる。
しばらくした後、胸の下あたりで小さく動く感覚をおぼえた。
「……ありがとう先生。助けてくれて」
「うん」
「それと、ごめんなさい。勝手なことをして」
「いいよ。気にしないで」
「ありがとう。……ありがとう、ございます」
「……これからはちゃんと頼ってね」
「……はい」
胸に広がる暖かさと冷たさに心地よさを感じながら時間を忘れた。
数時間後、ホシノはシャーレを後にしてアビドスへの帰路に就く。体全体に広がっていた熱は消えてしまったが心の奥底には残っていた。
冷静になった頭がアビドス行きの電車に揺られながらもそれを感じることはなく、黒服とかわした会話を思い起こして考える。
『もし先生を連れてくるのならあなたを開放し、二度とアビドスにはかかわらない、といったらどうします? 当然借金もこちらで全額肩代わりしますよ』
書類にサインする前に言われた言葉が脳裏から離れない。
(あいつは先生にものすごく執着していた。それも、いままで狙っていた私を諦めることをいとわないほどに)
数年かけて手に入れようとしていた存在がもうすぐ手に入るというのに、わざわざ手放してしまう危険を犯してしまうほど。それほどまで先生に価値を見出していた。
先生もなんで黒服が先生を狙っているのか理解はしていなかったけど、狙われていることについてはそこまで疑問に感じていなさそうだった。
黒服との会話を思い返し、もっと深く考える。
『先生に会って初対面の感想は?』『先生についての疑問は?』『妙に勘がいいと思ったことは?』『なぜ大人嫌いのあなたが先生を信じようと思ったのですか?』『先生を見て既視感を感じたりは?』
(あいつとの会話はほぼすべてが先生に関係すること)
それになんだか質問内容も少し変な感じだ。うまく言えないけど、先生の人となりとかじゃなくて、行動を重要視しているかのような。
(そういえば、先生と屋上で話したとき。私が黒服から取引を持ち掛けられていることを話しても全く驚かなかった)
あの時はたいして疑問に思わなかったけど、よくよく思い返すと不信感がある。
(ただ真剣に私の話を聞いていたからってのもあるかもしれないけど……。でも私が黒服について知っているかって聞いたら驚いていた。それはなんで? この疑問は考えすぎ?)
一度疑問に思えばどんな些細なことでも怪しく思い始めてしまう。
(……そもそもなんで先生はこんなにも私たちのことを気にかけてくれるの? なんで私たちのことが好きなの? まだたいして関係も深くなかったのに)
先生は信じられる大人だということはわかっている。体の内側に残っている熱がそれを証明してくれる。けれどそれ以外のことについて私は何も知らない。
(……先生。貴女は一体、何者なんですか?)
「……なるほど」
暗い一室の中で怪しく光るモニターに照らされた黒服は一人納得する。
「どうやらビナーの登場は先生にとって予想外だったようですね」
モニターに映るのは先の一件の映像。それも先生を中心としたものばかり。黒服は先生の一挙手一投足、表情の些細な変化までじっくりと観察しプロファイルを進めていた。
「つまり貴女の知っている未来とはもうすでにかけ離れている、というわけですか」
プロファイルした先生の情報をもとに当時の先生の感情を推察し、先生への理解を深めていく。
「元の未来にも興味はありますが、かけ離れていく未来にどういった対応をし、どのような結末が待ち受けるのか……。楽しみですね、クックックッ」
「――室長」
セーラー服を身にまとい、長い黒髪と狐耳が特徴的な少女が声をかける。その先にはピンク髪が特徴的な少女が机の上にあるいくつもの書類とにらめっこをしながら座っていた。
声をかけられた彼女は書類から目線を外し、椅子に深々と腰を掛ける。
「結果はどうでしたか?」
「それが……。中身はほとんど空で、唯一残っていたのはカイザーPMCがビナーと呼んでいた巨大生物。それと彼らの直近の戦闘データだけでした」
「……そうですか。困りましたね」
ピンク髪の彼女は深いため息をついた後、体を起こし両肘を机につけ手を組む。
「この取引に応じることは同時に弱みを握られるという事。そうなる前にこちらも何かしらの弱みを握っておきたかったのですが……」
彼女は一枚の紙に目を落とす。そこに書かれているのはカイザーPMCから持ち掛けられた取引内容。向こうは最新鋭の装備を通常よりも格安で売り、こちらは継続的に買うという内容。
この取引によってヴァルキューレの装備は一新できるし、カイザーは半永久的に収入を得ることが出来る。お互いにメリットは大きいが、デメリットを考えたらカイザーのほうがが圧倒的に有利なのは明白だ。何しろこの取引が大衆に知られればダメージが大きいのは我々の方。それに向こうはカイザーPMCを切り捨てることが出来るのだから。実際、今回の一件についてもカイザー理事を切り捨てることで事態を収縮している。
「はぁ、SRTが存続していれば思いっきり介入し、カイザーの悪事を暴くことが出来たのですが……」
「……申し訳ありません」
「貴女が謝ることではありません。むしろ謝るべきはこちらなのですから」
普段は全く機能しないのにこういった時だけ動きが速い自身が所属している機関を愚痴る。
「それで……どうするつもりですか?」
「……受けましょう」
「!? なぜですか?」
「単純に私の知らないところであれこれ動かれても困りますからね」
書類から目をはなし狐耳の少女と目を合わせる。
「……それに、SRTを復活させるにはそれ相応の最新設備が必要となってきます。そのためにはカイザーの力が必須です。……業腹ですがね」
「それは……」
少し重くなった空気を変えようとピンク髪の少女は話題を変える。
「そんなことよりも、もう一件の方はどうでしたか」
「……シャーレの先生のことですね」
狐耳の少女は調査結果をどう報告したものかと少しためらうが、事実をそのまま伝える。
「……結論から言うと、あの時あらわれた生徒は皆、先生とは一切関りがありませんでした。それどころかシャーレという存在すら知らない生徒のほうが多いほどです」
「――はぁ。予想はしていましたが、本当にそうだとすると頭が痛いですね」
ピンク髪の少女はあの時の光景を思い出す。先生がビナーと呼ばれる巨大生物と対峙し、光の中から現れた生徒たちの姿。あの時は生徒全員の素性はわからなかったが救護騎士団団長とC&Cの生徒は知っていたし、何よりどうやって彼女たちがあの場にあらわれたのか疑問が尽きなかった。
間違いないのはあの生徒たちは全員、先生が呼び出したという事だけ。
「幸いなのは先生が善人であること。もし先生が悪人なら呼び出した生徒を使い、あらゆる生徒に冤罪を擦り付ける事や、各校の重要な情報を盗み出すことすらできたでしょう」
ほかにも様々な悪事に使うことが出来るであろう力。それが先生の手にあり心底安堵する。けれど油断もできない。もしその力が他の誰かの手に渡ったらどうなるか……。
「とりあえずこれまで通り監視を続けてください。何か動きがあればすぐに報告を」
「わかりました、室長」
セーラー服を着た狐耳の少女は敬礼をし部屋を後にする。
一人になり広々とした部屋に少女の深いため息が響く。しばらく椅子に腰かけていた少女は立ち上がり窓に近づいた。きれいに掃除され水垢一つない窓からは雑多に広がるビルなどの建物が見える。その中から遠くに見える一つのビルを少女は見つめていた。
「さて、先生が私からの贈り物を気に入ってくださるとよいのですが……」
そうつぶやいた少女は窓から視線を外し、再び書類とのにらめっこを再開した。
予想外の出来事にまきこまれながらもなんとか終えた対策委員会編。けれどこれは先生にとって序章に過ぎず、原作とは違い様々な者の思惑が動き始めたこの世界で先生は『先生』を遂行しなければならない。
新たに動き出したこの物語がどのような結末にたどり着くのか。それは誰にもわからない。
作者にもわからない。