合宿が始まって数日、いろいろなことがあった。模擬試験をして学力を測ったり、わからないところを教え合ったり、ハナコとエロ談議で盛り上がったり、コハルのエロ本騒動があったり……。
そんな充実した日々を送っていたが、これからのことをどうすればいいのか考えがまとまらないまま時間は刻一刻と減っていく。
思い悩み、精神が少しずつすり減っていくのを感じていると、とうとうターニングポイントがやってきた。
合宿所のプールサイドに立ちながら待ち合わせ相手が来るのを待っている。
「やっほー先生☆ 久しぶり、っていうにはそんなに期間は空いてないかな?」
背後から陽気な声とともに声をかけてきたのはティーパーティーのミカ。
エデン条約において最も中心に位置し、必ず助けなければいけない相手。
「久しぶりでいいんじゃないかな? 挨拶なんてそんなものだよ」
「そうなんだ!」
悩みなんて何一つないような笑顔を浮かべ、明るい雰囲気を周りに伝播させるその姿。そのうちに秘められている悲痛な覚悟を知っているため痛々しさを感じる。
「調子はどう? 補習授業部の子たちはみんな頑張ってる? 人気がないことをいいことに夜な夜な遊んでたりしない?」
「大丈夫。みんな試験に向けて一生懸命勉強してるよ」
「それならよかった!」
補習授業部の近況報告をしながら軽く談笑する。けれど私の心中はひどく荒れていた。
「それにしても奇遇だよね。お互いに相談したいことがあるなんて。……まぁ、先生の相談もなんとなく予想がついてるけど」
アイスブレイクは終わり、本題に入る。
「内容的に先生から話してくれた方が話が早そうだし、先生からどうぞ」
「そう? それじゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」
もう後には引けない。覚悟を決めろ。
「単刀直入に言うよ」
息を整える。震えそうになる口を力ずくで抑え込み、意を決して話す。
「今すぐアリウスから手を引いて」
「――っ!?」
ミカの顔が驚愕に染まるのは当然だろう。なにしろ誰にもしゃべっていないのに私が知っているなんて予想できない。この一言はずいぶんとミカの虚を突いたはずだ。
「……なんで先生がアリウスのこと知ってるの? そもそも手を引けって。まるで私がアリウスと手を組んでいるみたいじゃない」
「…………」
「なんて、ごまかしは聞いてくれそうにないね」
内心困惑、疑念、恐怖といろんな感情が吹き荒れているだろうにすぐに立て直して話し始めるのはすごいとしか言いようがない。私だったらもっと表に出してしまうだろう。
「うん。いろいろ聞きたいことはあるけど確かに私はアリウスと手を組んでるよ。でも別に悪だくみをしているわけじゃ――」
「セイアちゃんの襲撃事件。それはアリウスによって引き起こされたこと」
「……まいったな、そのことまで知ってるなんて。ナギちゃんったらおしゃべりなんだから」
「何もしゃべってないよ。私がナギサちゃんから聞いたのはこの補習授業部の中に裏切り者がいるという事だけ」
押し黙るミカ。その顔には先ほどまでの笑顔なんて微塵もなく、無表情で私を見つめていた。
「ミカちゃん、今すぐアリウスから手を引いて。そうすればまだ間に合う。ミカちゃんに最悪な未来は訪れない」
「……あはっ。未来を見てきたみたいに言うんだね。まるでセイアちゃんみたい」
今度は私が押し黙ってしまう。
「どうして先生が知っているのか? どうしてばれたのか? 疑問は尽きないけど……」
ミカがゆっくりと銃口を向けてきた。
「バレたからにはもうこうするしかないよね」
指が引き金に掛けられる。
「あーあ、まいっちゃうなー。せっかくナギちゃんにもばれないように立ち回ってきたのに。全部パーになるなんて。今頃ナギちゃん私をとらえるために準備してるんだろうなー」
「ナギサちゃんは知らないよ」
「――え?」
「ううん。ナギサちゃんだけじゃない。ほかの誰も、私以外は知らない」
無表情だった顔がポカーンと信じられないものを見たように変わった。
「つまりここで先生を消せば、何も問題はないってこと?」
「そうだよ。ミカちゃんの悪だくみを知っている人は誰もいなくなる」
ミカの疑問を肯定する。
「それに私がいなくなっても裏切り者が先生を消したってナギサちゃんは考えるだろうから、疑いの目がミカちゃんに向くことはないよ」
「……なにそれ」
ミカの表情がまた変わる。信じられないものを見たような、けれどさっきのような呆気にとられた表情ではなく正気を疑うような顔に。
「なんで私の身を気にかけてるの? 今まさに先生のことを、殺そうとしているのに」
私に向けられた銃口は震えることなく、私の頭を狙っている。
「――はっきり言って、おかしいよ」
おかしい、おかしいか。それはそうだろうね。だって、ただの常人に『先生』の役は務まらない。普通のままでは『先生』の足元にも及ばない。なら自分の命を差し出すぐらいの覚悟を持たない限り、『先生』の真似事なんて私にはできない。
冷ややかな目とともに向けられた銃口。ほんの少しでもミカが指を動かすだけで私の命は散ってしまうだろう。
はっきり言って怖いし、逃げだしたい。ビナーと向き合った時のような、明確な『死』を身近に感じ体が震えそうになるが無理やり抑え込める。
「いったい何が目的なの?」
「最初に言った通りだよ。アリウスから手を引いて」
「そうじゃなくて! そうすることで先生になんの得があるの!?」
「ミカちゃんがひどい目に合わなくなる」
「――ッ!」
ミカの表情が崩れる。あふれた感情が顔を歪ませ、言葉遣いも感情的に変わっていく。
「私が裏切り者だと気づいていながらなんで私の味方をしようとするの!? 先生は誰の味方なの!?」
「私は――」
銃を持っていない反対の手を取り、両手で包む。
「私は、生徒みんなの味方だよ。それはもちろんミカちゃん、君の味方でもあるんだ」
まっすぐとミカの目を見つめる。その瞳は揺れていて、私の真意を測りかねているようだった。
「私を信じてほしい。私はただ、ミカちゃんを助けたいだけなんだ」
「…………」
私たちの間を沈黙が支配する。
ミカの出す答えを待つ、その一時がずいぶんと長く感じる。
緊張し、鼓動が速まり、冷汗をかく。
「……本当に誰にも伝えてないんだよね?」
やっとの事開かれたミカの口。目前に迫った答えに期待が膨れ上がる。
「うん。誰にも教えていないし、誰かに話すつもりもないよ」
「…………」
再び訪れた沈黙。けれど先ほどのように長くは続かなかった。
「そのことについては信じてあげる。けど、手を引くつもりはないよ。セイアちゃんの死を無駄にするわけにはいかない」
「――それはっ」
その先を言おうとして、寸前で止めた。セイアが死んでいないことを知ればミカは止まるだろう。それはメインストーリーが証明している。けれどそれはセイアと仲が良く、トリニティに精通しているハナコが言ったからこそだ。それにあの時は状況も味方していた。
でも今は違う。私の言葉には何の根拠もない。セイアが死んでいないなんて言ってもうまいこと言ってミカを騙そうとしている、そう捉えられてもおかしくない。
これ以上話すべきじゃない。そう思った。
「それじゃあね先生」
その場を後にするミカの背中を見えなくなるまで見送り、今後のことを考え始める。
「ミカちゃんに信じてもらうにはセイアちゃんに会わせる必要がある。そうすればなし崩し的にナギサちゃんも事を理解できるし、アリウスの襲撃に万全の準備ができる。……けど問題はセイアちゃんの居場所がわからないこと」
すべての鍵はセイアだ。セイアと接触さえできればうまくいくはず。だけどその伝手がない。
ハナコに話して協力してもらう? それが一番現実的だ。けどそこまでの信頼関係を築けていないし、そもそもまだ傷が癒えていなくて目を覚ましていないはずだ。
なんにせよまずはハナコと仲良くならないと。けど焦らずに。何しろハナコのことだ。打算的に仲良くしようとするとすぐに気が付くだろう。
やることは変わらない。補習授業部のみんなと一緒に勉強し、試験を乗り越える。その過程でティーパーティーみんなの問題を解決する。
目的を再設定しなおし、みんなの元へ戻るために教室に向かった。
わーおキャンセル。
だから初対面の時に言っておく必要があったんですね。
嘘です偶然です。
あの時にはこんな展開考えてませんでした。
でもコクリコ様も「優秀な語り手は不測の事態も伏線に仕立て上げるもの」って言ってたし、私ってもしかして優秀なのでは?
なわけないだろ調子のんな。
もっと人気が出てから言いやがれ。