「ミカ様! こんにちは!」
「うん、こんにちは」
トリニティ総合学園の廊下をミカは歩く。けれどその内心は荒れていた。
(――今のところ学園内に変化はない。普段通りの学園)
先生と別れた後、ミカは先生の言葉を確かめるためにティーパーティーのテラスへと向かう。逸りそうになる気持ちを抑え、普段通りの聖園ミカとして。
(もしナギちゃんに私が裏切り者だということを事前に伝えていれば、あの時に取り押さえられていたはず。そうならなかったからには私と会う直前までは本当に伝えてない。問題なのは私と別れた後……)
もし先生がミカが裏切り者だということを伝えているならば正義実現委員会が動いているはず。その気配が全く感じられない以上、本当に伝えていないのかもしれない。
(でも、それすら罠だったら……?)
疑心暗鬼になった心は周りの人すべてを敵だと思わせてくる。予想外の出来事で混乱した頭ではちゃんとした思考をすることが難しい。
そもそもなぜ、ミカが裏切り者だと先生は知っていたのか。
(ばれるような動きはしていない。現にナギちゃんには一切ばれていなかった。なら、誰かが漏らした? その可能性として一番ありえそうなのはアズサちゃん。でもアズサちゃんが先生に話す理由は? アリウスを裏切った? いや、そんなことをする理由がないはず。ならスクワットが……? それこそあり得ない。彼女たちがそんなことをするとは思えない)
考えれば考えるほど焦燥が心を満たしていく。足早になりそうな体を何とか抑えつける。
(……考えても結論が出ない。今は先生の情報収集能力が異常に長けているって思うしかない)
テラスの扉が見えたためミカは思考を中断した。今は先生の事よりもナギサにミカが裏切り者だと伝わっているのか、その確認のほうが大事だ。
テラスに入る扉。その目の前で一度立ち止まる。
この先にはナギサがいる。ナギサと話し、先生の言葉が真実か確かめる。そのためにここにやってきた。けれど――腕が動かない。
(…………怖い)
脳裏に浮かびあがる扉の先の光景。そこにはナギサが正義実現委員会とともに自身に銃口を向ける姿。軽蔑し、侮蔑し、愚者を見る冷たい眼差し。
古い付き合いの幼馴染にそんな目線を向けられることを想像するだけで恐怖が湧き上がってくる。今すぐにでも逃げ出したいと思ってしまう。
セイアが襲撃された時点で覚悟は決めていたはずなのに、いざ予想外の事態に遭遇するとその覚悟すらとけて消えてしまいそうになる自身に呆れ、怒る。
もう後には引けない。進み続けるしかないんだ。ミカは弱り切った心に活を入れ、意を決して扉を開けた。
「やっほーナギちゃん!」
いつも通りの声で、いつも通りのテンションで、いつも通りに挨拶をする。けれど、すぐに銃は抜けるように警戒はしたままテラスへと入った。
「……ミカさん。もう少し慎みというものをですね……」
「いーじゃん別にー」
特に変わりなくミカをたしなめるナギサ。その様子を見てミカは心の中でほっと一息をついた。
警戒は続けながら談笑を始めるが、変わったところは見られない。いつも通りのナギサだ。
しばらくするとピコン、ピコン、ピコン、と数回ナギサのスマホが鳴る。その音は聞きなじみのあるモモトークの通知音だ。
「……はぁ」
ナギサがスマホを見ると『またか』といったため息をついた。
「なになに、どうしたの? 誰から?」
「先生からです」
「――!?」
自然と体が硬直する。
「……どんな内容なの? 私にも見せて」
「? えぇ、いいですけど……。面白いものではないと思いますよ?」
ナギサの背後に回る。先生からのメッセージがどんな内容だったとしてもすぐに動けるように。
ナギサがモモトークを開く。ロードする一瞬の時間に様々な最悪な想像が頭の中ではじけ、緊張で体が震えた。
「――え?」
「ね、言った通りでしょう?」
けれど想像とは違い、むしろ真逆の内容で肩透かしを食らう。
先生とのトーク画面には補習授業部の子たちが勉強している姿やご飯を食べている姿、掃除をしている姿などの写真と先生の一言が写っていた。
「先生は毎日、今日補習授業部が何をしたか、何があったかを写真と共に送ってくるのです」
「へー、そうなんだ!」
ミカの事には一切触れない内容。これならと一瞬安心しかけたが気を取り直す。
前のモモトークにそう言ったことが書いてあるかもしれない。わからないように暗号化して送ってきているのかもしれない。
不安を感じたミカは確かめるためようとする。
「ねっ、ねっ。ほかのも見ていい?」
「いいですよ」
ナギサからスマホを受け取り、トーク履歴をさかのぼっていく。写真と雑談だけでミカのことは一切言及されていない。やがて最初のトーク履歴に到達した。縦読みや斜め読みなどありえそうな暗号はないかともう一回見てみるがそれらしいものは見つからなかった。
「ミカさん……?」
「…………」
何度か繰り返しても見つからず、本当にそういったものはないのだと確信する。
「うん、ありがとねナギちゃん」
「え、えぇ。べつにかまいませんが……」
スマホを返し、席に着く。
「そうだナギちゃん」
「なんでしょうか?」
「……先生にセイアちゃんの事、伝えたほうがいいかな?」
探りを入れ、ナギサの一挙手一投足をじっと見つめる。
「……そうですね」
ナギサは一度、ゆっくりとティーカップを口に運んだ。喉をこくりと鳴らした後、かちゃりと小さな音を立てティーカップをテーブルに置く。
「先生には伝えないでよいでしょう。そもそも先生は補習授業部という例外の部活を作るためにお呼びしたのです。余計なことを伝えて予想外な行動をされても困ります」
「……そうだね」
ティーカップを見つめながらつぶやくナギサ。その姿に動揺や嘘のしぐさはなく、本心からそう言っているのだとミカは確信する。
(ナギちゃんと先生は完全につながってない。今後も警戒は必要だけど、先生が私が裏切り者だとを話すことはなさそう)
『――本当に?』
「――っ!?」
耳元でささやかれた、ように感じた言葉に反射的に振り返る。
「……どうかしましたか?」
おそらく自身の不安に思う気持ちがあふれ出し、幻聴のように聞こえたのだろう。実際『本当に大丈夫か?』『もしかしたら今日の夜に先生がナギちゃんに連絡するかもしれない』『今のうちに手を打った方がいいのでは?』と次から次へ不安が湧き出てくる。
「いや、なんだか変な音が聞こえた気がして。……虫かな?」
「ふむ、防虫対策は完璧にしているはずですが……。まぁテラスという特徴上仕方がないことではありますね。一応防虫対策用品を増やしておきましょう」
「うん、お願い♪」
ナギサとともにティーパーティーの業務を始めるミカ。時には談笑したり、まじめに仕事をしたり、お小言を言われたりといつも通りの日常を過ごす。
けれど内心は不安に駆られ、まともに集中できる精神状態ではなかった。
ふーん、なるほどね。
マイアを追放しちゃったからあんな顔になっちゃったわけね。
いやマジで内心ヤバそう。
仲間を大切にするスバルにとって追放なんて絶望する要因でしかないでしょ。
しかもかつてトリニティがアリウスを追放したことと同じことをしてるわけでしょ?
たぶんスバルはそれに気がついてるし、アリモブちゃんたちは気づいてないでしょ?
守りたいと思った子たちが寄ってたかって守りたい子の一人を差別するでしょ?
これスバルの中でアリモブたちが守りたい子じゃなくなりつつなってない?
というか嫌悪になりかけてるでしょアレ。
で、そんなことを考えている自分自身に嫌悪していって苛立って。
その苛立ちをアリモブにぶつけてさらに自己嫌悪してって。
不幸せスパイラルでは?
でもしょうがないよね。
釣った魚にエサを与えまくってたんだもん。
増長するのは仕方ないよ。