トリニティとゲヘナ、二つの自治区を結ぶ橋の上。そこで私は美食研究会をゲヘナの風紀委員会へ引き渡すためにゲヘナからの迎えを待ってた。
風を遮るものがない深夜の橋の上のため少し肌寒い。
「――それにしても先生の指揮があれほどまでとは。初めて体験しましたが敵に回すとこれほど恐ろしいものだとは思いませんでした」
「……そうかな?」
「えぇ、まるで私たちの行動すべてが予測されているかのような……そういった印象を受けましたわ」
ハルナは私の指揮をほめてくれたけど、あまり手放しには喜べない。何しろ私の指揮はアロナの戦略地図があってこそだ。美食研究会の逃走ルートを一つ一つ潰し追い詰めるなんて私の地頭では到底出来っこない。
「ですので今度はぜひ、先生の指揮下で戦ってみたいものですね」
「ハルナちゃんの期待にそえる指揮ができるかはわからないけど、その時はよろしくね」
「えぇ。期待してお待ちしてますわ」
そんな風にハルナと話をしているとゲヘナ側の橋の向こうから一台の車がこっちに向かってきているのが見えた。
「……どうやらお迎えが来たようですね」
そうつぶやいたハルナの声をかき消すように車のエンジン音がどんどん近づいてきて、目の前で止まった。
「……お待たせいたしました。死体はどこですか?」
「うーん、死亡者はいないかなぁ」
車から降りてきた少女、氷室セナは開口一番そういった。
「……失礼。死体ではなく負傷者でしたね。納品リストには新鮮な負傷者3名と人質1名との記載がありましたが……あなたはどこの所属ですか? 見たところトリニティの生徒ではありそうですが正義実現委員会ではありませんよね?」
「……あー、えっとねぇ……」
そりゃトリニティの制服を着ていたらトリニティの生徒だと思うよね。
「その人はシャーレの先生よ」
どうやって説明しようか悩んでいたら車から見覚えのある生徒が下りてくる。
「久しぶりだね、ヒナちゃん」
「えぇ、久しぶ、り……?」
車から降りてきたヒナは私の恰好を見てポカーンと口を開いていたが、数秒後おそるおそるといった感じで声を震わせながら私に問いかけてくる
「……あの、先生。その恰好は……?」
「………………気にしないで!」
いろいろと弁明したかったが、なにをどうすれば生徒の制服を着ることになるのか。そのいい感じの説明が思い浮かばず、弁明を放棄した。
「………………………………そう」
ものすごい沈黙の後、何もかもを飲み込んだようなヒナの一言はまるで親が子供の見てはいけない秘密を見てしまい見て見ぬふりをしたかのような、そんな反応に見える。
ヒナの中で私の印象はどうなっているのか、ものすごく気にはなるが聞いたら後悔しそうだと思ったから触れることはやめ、美食研究会の引き渡しを始める。引き渡しは何事もなく進み、すぐに完了した。
「積載は完了しました。出発の準備もできています」
「……少し待ってて」
ヒナは運転席に座っているセナに一言声をかけ、私に近づいてきた。
「先生、トリニティで何をしているの?」
「補習授業部ってところで顧問をしているよ」
「それは知ってる。私が聞きたいのはなぜこの時期にトリニティにいるのかということ。シャーレは中立機関のはず。なのにエデン条約を目前にした今先生がトリニティにいるということはつまり……」
ヒナは言葉を止め、少し考え込んでから言葉を発する。
「……いや、先生がそんなことをするわけない。ごめんなさい、今のは忘れて」
「うん、わかった。……ヒナちゃん、私からも一ついいかな?」
「? えぇ、いいけれど」
ひとつ、深呼吸をする。
「……ヒナちゃんはエデン条約の行く末がどうなるか、予想できる?」
「――どういうこと?」
ヒナは私の質問に訝しみ眉をひそめる。
「先生、今の発言はまるで……エデン条約がうまくいかないといっている様な……」
話すべきか一瞬逡巡するが、ここで変にごまかすよりもちゃんと話したほうがいいと思った。
「エデン条約締結日、その日に襲撃を受ける」
「――襲撃!?」
唐突な情報に驚き困惑していたけど、すぐに冷静になったヒナは情報を集めるために質問をしてくる。
「……誰が? 何のために?」
「…………」
「それにどうして襲撃が起きるってわかるの? 先生、何を知っているの?」
その質問に私は答えることが出来ない。答えていいのか、わからない。私が未来を知っているということは誰にも話していない。……なぜか黒服は自力でそのことを推察していたけれど。
ここで沈黙してもヒナは追及はしないだろう。
……けれどそれでいいのだろうか? すべてを話さず、一方的に情報をあたえて、それでいいのだろうか。こんな私をみんなは信じてくれるのだろうか。不審に思うのではないだろうか。
……いや、そうじゃない。私は話したいんだ。自分ひとりじゃ抱えきれなくて、どうすればいいのかわからなくて……。誰かに話して楽になりたいんだ。助けてほしいんだ。頼りたいんだ。
私は今まで誰にも頼らなかった。本当の意味で自分から距離を詰めたことがなかった。……そっか。だからか。私がホシノの説得に失敗したのはそれが理由だったんだ。
信じてくれなかったら、という恐怖はある。けれど、それは話さない理由にはならない。
大きく息を吐き、意を決して話しだす。
「……もし私が未来を知ってるっていったら、信じる?」
「信じるわ」
ためらうことなくそういってくれたヒナに耳を疑った。
「……しんじるの?」
「先生が嘘をつく理由が見当たらないもの」
「――」
疑うことなく即答してきたヒナに呆気にとられた。
「……っふ」
「先生?」
「あははははっ!」
たまらず声を上げて笑う。感情のままに、心の思うままに。こんな風に笑ったのはいつぶりだろうか。
「そっか! そっか! あはははっ!」
ずっと感じていた心の重みが消える。軽くなった心が踊る。
あぁ、そうか。これが頼るってことなのか。
「あははっ……。ありがとうね、ヒナちゃん」
「お礼を言われるようなことなんて……」
「ううん。ヒナちゃんのおかげで私は前に進むことが出来た。だから、ありがとう」
「……よくわからないけど、どういたしまして」
納得がいっていなさそうだったがヒナは私の感謝を受け入れてくれた。
「――風紀委員長、まだですか?」
「もう少しだけ待ってて」
車から呼び掛けてくるセナにヒナは返事をする。
「みんなを待たせてるし、詳しいことはまた今度話すね」
「えぇ。待っているわ。それじゃあ先生、また」
「うん、またね」
ヒナが踵を返して車に向かっていくが、途中で足を止めた。
「…………ねぇ、先生」
「どうしたの?」
「その秘密は私以外に話したことがあるの?」
「ないよ。話したのはヒナちゃんだけ」
「……そう」
そう返事をするとヒナは少しの間黙り込み、私の方を振り返った。
「何かあったら私を頼ってね」
そういったヒナの顔は小さく笑っていた。
「うん。頼りにしているよ」
私の言葉を聞き届けたヒナは車に乗り込み、ゲヘナ自治区へと帰っていった。
その後ろ姿を見届けているとピロンと音が鳴る。見てみるとモモトークにメッセージが届いていた。
『テロリストの引き渡し、ありがとうございました』
『少々お話したいことがありますのでテラスにお越しいただいてもよろしいですか?』
送ってきたのはナギサでこちらを労う言葉と、どうやら何か用事があるらしくテラスに誘う内容だった。断る理由もないからすぐに返事を返す。
『すぐ向かうね』
『お待ちしております』
テラスの前まで来た私は扉をノックする。
「ナギサちゃーん。きたよー」
けれど扉の向こうからは何も返答がない。
「ナギサちゃーん? 入るよー?」
扉を開けて中に入る。
「? ナギサちゃん?」
けれどテラスには人影が見当たらなかった。不思議に思いあたりを見渡してみると、普段ナギサが座っている場所のテーブル、その上にティーカップが中身をこぼすように倒れていた。
「!?」
急いで近くまで駆け寄ると、そこには床に倒れ伏しているナギサの姿があった。
「ナギサちゃん!? だいじょう――ぅ!?」
ナギサの無事を確かめようと手を伸ばした瞬間、私の体に電流が流れる。突然のことに私は何もできず意識を手放した。
書くにあたりエデン条約編見返しているんですけど……。
セナがヒナに「死んだ人を見たことないでしょう」って言った時、ヒナ何も答えてないんですよね。
もしかしてヒナ、見たことあるの?
もし見たんだったら雷帝関係でしょうし、それを引きずっているってことですよね。
ホシノに憧れていた理由にも納得いきますし。
もしそうだったらヒナ、ホシノ以上にお労しいことになりそう。
いずれ来るだろうゲヘナのストーリーがより一層楽しみになりましたね。