時計等がないため正確にはわからないが監禁されて二日はたっただろう。あれからナギサはふさぎ込んでしまっている。何度か声をかけ、慰めようとしたがいっこうに口を開こうとしない。一応ミカが持ってきてくれている食事には手を付けているが、だんだんと食べる量が減ってきていて顔色が悪くなってきている。
ミカが持ってきてくれる食事に偏りがあり栄養不足なのもそうだろうが、それよりもやっぱり精神的に傷ついているのが一番の原因だろう。
……もっとも信用している相手に裏切られるというのはどれほどつらいものなのだろうか? 想像するだけで苦しくなり、想像以上に悲しいものなのだろう。『先生』ならこんな場合でもナギサの心を救ってここから脱出する手立てを思いつくのだろうが、私には何も思いつかなかった。
「やっほー二人とも! お昼ご飯持ってきたよ!」
現状に頭を悩ませているといつものようにミカが食事をもって牢獄に訪れた。
監禁されてから朝、昼、夕と毎回ミカが食事を持ってきてくれていることから考えるにこの監禁はミカの単独犯行なのだろう。それはつまり見張りがいないということで、外からの助けがあれば脱出自体は簡単だ。……とはいえその外に助けを求める手段がないことが致命的だけれども。
「もうお昼なんだね、時計もないし空も見えないからわからなかったよ」
「確かに! 今度持ってくるよ! ほかには何か欲しいものある? できるかぎり要望には応えるよ」
「それじゃあ外に出してくれないかな?」
「それはダメー」
「そっか。それじゃあお腹がすいたし、ご飯が欲しいかな」
「それじゃあはい、今日のお昼ごはん」
ミカから差し出されたレジ袋を受け取り中を見ると、サンドイッチやメロンパンといった食べ物と飲み物が入っていた。
「ごめんね。本当はもっといいもの持ってきたいんだけど、そんなことをしたらさすがに怪しまれちゃうから」
「お昼ごはんありがとうね、ミカちゃん」
「あははっ! 捕らわれてるのにお礼とか面白いね!」
「仕事をさぼれるって考えたら意外と監禁されるのも悪くないよ。看守さんは美人だからね」
「それじゃあ二人は捕らわれのお姫様かな」
「私はお姫様って柄じゃないよ。むしろミカちゃんの方が似合ってると思うな。ミカちゃん可愛くてきれいだし」
「わーお! こんな状況で口説くなんて先生余裕あるね!」
今の私にできるのはミカと会話してできるだけ多くの情報を集めることぐらい。そこまで話術が得意ではないけれどなんとかやるしかない。
「それにしてもよく見に来てくれるよね。一人でティーパーティーを運営するの大変じゃない?」
「そうだね。ナギちゃんがいなくなっていろいろと騒ぎにもなっちゃってるし、すごく忙しいんだよね。セイアちゃんとナギちゃんを消したのは私だって噂も流れ始めちゃったし。……まぁ事実なんだけどさ☆」
「それじゃあ私が手伝うよ。だから出してくれない?」
「もー。ダメだってそれは!」
やっぱり外は騒ぎになっているらしい。そしてその対応でミカもあまり自由に動けなくなってきているのだろう。なら今すぐにでも補習授業部へ襲撃をするってことはないのかもしれない。……いや、これはさすがに希望的観測かな。逆にこれ以上に忙しくなる前に襲撃することだって考えられる。そもそも直接襲撃するのはアリウスでミカが動くとも限らない。
「そういえば昨日は補習授業部の二次試験日だったよね? 結果はどうだったの?」
「全員不合格だったよ」
「そっか、みんな頑張っていたんだけどダメだったのか」
「ん~、ダメだったというかダメにされたって感じ?」
「……どういう事?」
「いま補習授業部のみんなに合格されたらまずいからナギちゃんが用意してた策を使ったんだよね。合格ラインを90点に引き上げたり、試験範囲を増やしたり、さらにはゲヘナの廃墟を試験会場にして吹っ飛ばしたり」
「なかなかひどい事するね」
「えー、べつにこれ考えたの私じゃないし」
一応原作通りに進んではいるみたいだけど、いつ襲撃されるか予想ができない。どうにかして聞き出せ足りしないかな。
「あ、あと私がいなくなったこととか補習授業部のみんなにどう説明してるの?」
「先生にしか頼めない仕事でしばらく出張してもらってるって言っておいたから大丈夫だよ」
「なら今のところは無事なんだね」
「……あー、今襲撃について探りを入れてたんだー。ちょっとうかつに話しすぎたかな」
しまったな、勘付かれちゃった。気付かないうちに焦っていたみたいだ。
「先生との会話は楽しいけど、これ以上話していたらいろいろしゃべりすぎちゃうかもだし仕事に戻るね♪」
「またね。今度こそここから出してもらうために別の口説き文句を考えておくよ」
「あははっ、楽しみにしてるね!」
ミカが片手を軽く振って去っていく。軽快な足音はすぐに聞こえなくなっていった。
私は壁に背を預け、ズルズルと座り込む。壁の無機質な冷たさを背中に感じながらミカとの会話を思い返す。
ナギサの失踪はやっぱり多くの生徒に不信感を感じさせているらしい。ならいずれミカを調べ、救助が来る可能性も否定できない。
それにハナコだっている。ミカの説明が嘘だってことぐらい彼女なら気付くだろう。アズサだってそうだ。ミカが私とナギサを拉致監禁していることをサオリに伝えないわけがないし、そのサオリがアズサに伝えている可能性は十分にあり得る。
となると襲撃が起きるのがいつになるかが問題だ。たとえトラップだらけの別館で戦っても補習授業部だけじゃアリウスとミカには勝てない。
そうなる前にここから出てないと。そうすればナギサが正義実現委員会を動かして襲撃を止められる。
……結局、今の私にはみんなを信じる事しかできないらしい。なら私がすべきなのはいつ助けが来てもすぐに動けるようにしておくこと。そう結論づけてミカから渡されたパンを手に取ったとき――。
「……?」
妙な感触をおぼえた。
「……どうしてですか?」
「――!」
ぽつりと静寂な牢獄にナギサの小さな声が響く。久しぶりに聞いたナギサの声はわずかな風音でかき消されてしまいそうなほど弱々しかった。
「どうして先生は……こんな状況でそんな風にいられるのですか?」
『そんな風』……か。
「私だっていっぱいいっぱいだよ。ただ虚勢を張っているだけ」
「……虚勢」
「今の私にできることなんてない。とっておきの策も、みんなを驚かせる奇策も、何もない」
シッテムの箱がなくなるだけで何もできなくなった自分自身に呆れる。大人のカードはあるが今は使うことが出来ない。理由はわからないけど直感的にそうだという確信があった。
無力な私にはもう何もない。だから――。
「だから信じているんだ。みんなのことを。きっと助けてくれるって」
「私には……できません。誰かを信じることも、疑うことも……もう……」
信じていたものに裏切られ、疑ったものは冤罪で……。きっとナギサは自分の行動が取り返しのつかないことを引き起こしてしまった責任に押しつぶされてしまっているのだろう。
……私にできるだろうか。ナギサを励ますことを。いや、やらないといけないんだ。私は『先生』なんだから。
「信じることは美徳のように語られるけど、それは疑うことが悪だといってるわけじゃない。ナギサちゃんはミカちゃんを信じ、補習授業部の子たちを疑った。その結果はちょっと悪かったかもしれない。けど、エデン条約を完遂するための道中は決して間違っている物じゃなかった」
部屋の隅で座っているナギサちゃんの目の前まで近づき、抱き寄せる。
「疑心暗鬼の中でミカちゃんを信じ、一人でも戦おうとしたナギサちゃんの心は正しいものだったと私は思うよ」
ぎゅっと力強く、そして決して苦しくないよう優しく抱きしめる。
「よく頑張ったね、ナギサちゃん」
「……ぁ、あぁ――っ!」
ナギサの口から嗚咽かこぼれ始め、それが号哭に変わるのにそう時間はかからなかった。いつの間にか私の後ろにまわされていたナギサの両手が私の服を強く握りしめていて、静かな牢獄に響き渡るナギサの泣き声を私は強く心に受け止める。
しばらくするとナギサは泣き止み、私の腕の中からするりと抜け出してしまう。スンスンと鼻をならしてはいるが纏った雰囲気はティーパーティーのホストとして戦っていたころに戻っていた。
「申し訳ありません。お見苦しいところを見せてしまいました」
「そんなことないよ。辛かったらいつでも泣いていいからね。私の胸ならいつでも貸すから」
「ふふっ、それは魅力的な提案ですね。それではその胸、予約しておきます」
よかった。元気になったみたいで。
「ですがこのままではどうしようも――」
「大丈夫だよナギサちゃん。助けは来るから」
「……先生?」
先ほど手に取って違和感を覚えたパンを両手でつかみ、左右に引き裂く。
「――こんな風にね」
「それは――っ!」
引っ張り出したそれはチャック付きの小さなポリ袋で、その中にマイク付きイヤホンが一つ入っていた。
袋から取り出し、耳につける。
「聞こえてる……?」
『――スク水に必須な装備は?』
聞こえてきた問いかけに一瞬理解が遅れ、理解したとき笑いそうになってしまうがなんとかこらえて返答する。
「――ニーソ」
『…………ご無事で何よりです、先生』
なんでふざけて書いたスク水ニーソが合言葉になっているんですか?
本当になんで……?