私に先生は荷が重すぎます!   作:朱汰清家

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拷問

「…………ん、ぅん?」

 冷え切った空気が肌をさす感覚で目が覚めると、そこは薄暗い部屋の中だった。いや、部屋と称することもおこがましい場所だった。

 小さな照明がチカチカと点滅を繰り返し、照らされた壁は無機質なコンクリートでただ一面を除いて四方を囲んでいる。そしてその一面も鉄格子で閉ざされいる。

「…………牢獄?」

 自身が今いる場所を認識しまたか、という思いが浮かび上がってくる。そして次に思い浮かんだのはここがどこの牢獄かという事だった。

「たしか……ヒナちゃんとナギサちゃんと別れて…………そして、どうしたんだっけ?」

 起きたばかりだからか記憶が曖昧だ。

「……あ、痛ったぁ」

 どこの牢獄かを考えるために直前の記憶を思い出そうとすると頭痛が走り思考を邪魔される。

 頭に手を伸ばそうと右手を動かしたらジャラジャラという音がし、見てみると私の右腕に手錠がつけられており、その手錠からのびた鎖は壁へ繋がっていた。幸いなことに鎖は長くこの牢獄内なら自由に動けそうだが、ただそれだけだった。

 少なくともトリニティで監禁されていた時よりも劣悪な環境と対応にかなりまずい状況であることは理解できた。

(アロナちゃん! 聞こえる!?)

 呼びかけてみるが反応はない。よくよく自分の所持品を確認してみればシッテムの箱だけがなくなっていた。

(なんでシッテムの箱だけ……?)

『――目覚めたようですね』

「――っ!?」

 突如牢獄に響いた知らない女性の声。それと同時に鉄格子の先にとある女性のホログラムが映し出された。その女性を見てここがどこなのか、そして私をこうして拉致監禁したのが誰なのかようやく理解した。

『初めまして先生』

「――ベアトリーチェ!」

『おや、やはりご存じだったようですね』

 驚きのあまり相手の自己紹介より先にベアトリーチェの名前を叫んでしまう。ただどうやらベアトリーチェもそのことに対して驚かないあたり、黒服から私のことを共有されているようだ。

『ご存じのようですが改めてご挨拶を。私はベアトリーチェ。ゲマトリアの一員です』

「……黒服からどこまで聞いてるの?」

『あなたが未来を知っているという事。そしてその未来からすでにかけ離れていっているという事』

「!? そこまで……っ!」

 まさか未来が変わり始めていることすら把握しているとは思わなかった。

『そしてここまで言えばわかるでしょう。私がなぜ貴女をこうして誘拐したのかも』

「……自分の計画を邪魔させないため」

『その通りです。未来を知っているのならこれから起こす私の計画を止めるために貴女は動こうとするでしょう。いえ、すでに動き始めているのでしょう?』

「…………」

『私の計画がすべてバレている。ならこうして貴女を無力化してしまえば邪魔されることはなくなる。もし他の生徒に話していたとしても所詮子供の浅知恵。私が練り直した計画の前にはなすすべもないでしょう』

「練り直した……?」

『えぇ、当然でしょう? すべてバレた計画をそのまま続行するバカなんていません』

 やっぱりかと納得すると同時に焦る。情報のアドバンテージがなくなったどころか原作より酷い状況になっている。ベアトリーチェがどんな手を使ってくるのか、練り直した計画がどんなものなのかまるでわらないのだから。

『その様子からして計画を練り直したのは正解だったようですね』

 私の焦った内心をベアトリーチェは見逃さなかった。黒服然り、こういった対人能力の高さは大人として敵わない。

 けれどひとつ、疑問に思ったことがある。

「……一つ聞いてもいい」

『? なんでしょうか?』

 この質問は藪蛇になるかもしれない。けど、聞かずにはいられなかった。

「……なんで、私を生かしているの?」

『……ほう』

「私が知っている貴女なら私を捕まえるんじゃなくて、私を消すはず……だよね?」

 私を生かしている、それはつまり私に死なれたら困るということだ。ベアトリーチェの性格的に殺す前に少し話をしてみたい、だなんて考えはあり得ない。私に聞きたいことがあるか、それとも利用価値があるか。なんにせよこれは確認しないといけない。

『……えぇ、貴女の言う通り。計画の邪魔となる貴女は真っ先に始末すべきだと私は今も考えています』

「ならなんで?」

『単刀直入に言いましょう。シッテムの箱の起動方法を教えなさい』

「――っ!」

 そういう事か、と納得した。ベアトリーチェの目的はシッテムの箱を利用すること。

『あれを扱うことが出来れば私の目的達成に近づくことが出来る。いや、近づくどころかさらにその先へ行くことさえ――』

 私もシッテムの箱がどういったものなのか、何が出来るのか、逆に何が出来ないのか、一切わからない。けれど、それを彼女に教える事だけは絶対に出来ない。

『ですのでそれさえ教えてくだされば命は取りません。どうですか?』

「断る」

『……やはりそうですか。まぁ想定の範囲です』

 めんどくさそうにため息交じりに話すベアトリーチェ。

『ですが無理矢理にでも話してもらいますよ』

 ベアトリーチェがパンッと手を叩くと鉄格子の先に生徒が現れる。私はその生徒をよく、知っている。

「サオリちゃん……!」

「……私のことを、知っているのか」

 錠前サオリ、エデン条約襲撃の実行犯でトリニティとゲヘナに強い憎悪を植え付けられている生徒。そんな彼女が目の前に現れた理由がわからないほど、私は察しが悪くなかった。私はこれから起こる出来事に恐怖し、怯え、歯がカチカチとなってしまう。

『――痛めつけなさい。……あぁそれと、先生はアナタたちとは違い体が脆いのでほどほどに手加減を忘れずに』

「わかりました。マダム」

 サオリが鉄格子の扉を開け牢獄の中に入ってくる。コツコツと響く足音、一歩一歩近づいてくるサオリの影。鉄格子から私までほんの数歩の距離しかないというのに、その一歩ですらとても長く感じる。

 やがて目の前にサオリが立つ。サオリは左手で私の胸ぐらをつかみ、持ち上げ――。

「――フンっ!」

 思いっきり右こぶしを私のお腹めがけて殴りつけてきた。

「――ァガッ!」

 サオリの拳が私のお腹にめり込んでくる。内臓は圧迫され、衝撃が全身に広がり、痛みが神経を伝って脳を刺激する。

「ガハ――! ハァ――! エホ! ゲホ!」

 肺にたまっていた空気が喉を通り過ぎ外にこぼれる。空になった肺は酸素を求め呼吸をおこなうが、一息吸うたびに空気が喉に引っかかりむせてしまう。

 初めて感じる痛み。初めて経験する暴力。初めて向けられる底知れぬ憎悪。

 私が今まで過ごしてきた世界とは明らかに違う世界。痛みが日常の世界、暴力が当然の世界、怒りと憎しみが蔓延している世界。まるで、地獄に引きずり落されてかのようだった。

『シッテムの箱さえ扱うことが出来ればこの世界のすべてを今すぐにでも明らかにすることが出来る。……けれど私はべつにシッテムの箱を使わずともよいということをお忘れなく』

 それはつまり、そういう事なのだろう。しゃべらなければ始末するだけだと。

『――答えは変わりましたか?』

 私自身の命とこれから私の身を襲う苦痛、この二つを人質に取られた私はビナーと対峙した時とは別種の恐怖に体を支配されながら口を開く。

「……だれが、おしえる……もんか」

『そうですか。わかりました。――サオリ』

「はい」

『腕を折りなさい』

「っ!?」

 サオリが私の左腕をつかむ。そして――。

 ゴキッ! と嫌な音が鳴った。

「――ァァアアアアアアアアアッッ!!!」

(イタイ痛い痛いイタイイタイ痛いいたい痛いいたいいたいイタイイタイ痛い痛いいたいいたい!!!!!!!!!)

 折られた左腕を押さえ床をのたうち回る。ガチャガチャと鎖が暴れ回る。

 悲鳴は止まらず、涙は溢れ、腕を折られた痛みが私の心を傷つける。

 痛みから逃れようとするが、その痛みが私を逃してくれない。

「アアアアアアアァァァァッ!!!!!! アアアアァァァァァァ!!!!! アアアァァァ!!! ァァァァぁぁぁ!――ガハ、ッァ……ァァ、ハァ――!」

 やがて喉は枯れ、悲鳴は嗚咽へと変わっていった。全員から冷汗が溢れ、涙と共に床を濡らしていく。

 痛みになれたわけではない。痛いものは今も痛い。けれど脳はその痛みがあるものだと考え、諦め、体は痛みを受け入れる。

 全身を駆け巡る血流が体を熱くする。荒々しく吐き出す息ですら熱を持っている。

「ゥウ……ぁ、…………グぁ…………ァァ……」

 燃え上がるような熱を持った私の体を冷たいコンクリートの床が冷ましてくれる。それが心地よく、痛みから逃れるために全身をコンクリートの床に預けた。

「は、ぁ……ハァ……はぁ……はぁ…………」

『どうです? 話す気になりましたか?』

 ベアトリーチェの言葉がぼんやりと聞こえる。痛みでいっぱいになった脳が楽になりたいと叫んでいる。痛みに支配された体が諦めろと訴えてきている。

 折れかけた心が言葉をつむぐ。

「……だれ、が……おしえる、か…………ばーか」

『!?』

 それでも『先生』なら。私が憧れた『先生』なら。私が大好きな『先生』なら。こんなところで折れたりはしない。どんな絶望的な状況でも諦めたりはしない。

『――強情ですね。いいでしょう、いつまでそのような態度でいられるのか。見ものですね』

「立て」

 サオリが私を片手で持ち上げ、殴ってくる。殴り飛ばされ床に転がった私をサオリが蹴っ飛ばしてくる。折れた腕を、踏みつけられる。

 吐血する。鼻血がでる。皮膚が破ける。狭い牢獄が私の血で彩らえれていく。

 殴られ、蹴られ、壁に打ち付けられ、罵倒され、様々な痛みを与えられ続けた私の意識は次第に遠のき、体の痛みによって意識を引き戻される。

 涙で滲み、血で彩られた私の視界はもはや外の状況を認識することが出来なくなっていた。

 

 

 

 気がつけば牢獄には誰もおらず、私自身も床に倒れていた。

 服はボロボロに破かれ、あらわになっている肌には傷かあざができ、血やよだれ、汗など自身の体液が傷口にしみる。

 それを、わたしは、たにんごとのように、かんじる。

 いたそうだなぁ、と。

 つらそうだなぁ、と。

 くるしそうだなぁ、と。

 かわいそうだなぁ、と。

 ぼんやりと、そうかんじている。

 考える事すら億劫になった私の意識は、疲れた夜のように自然と手放された。







とてもかわいそうだね
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