トリニティ自治区の辺境の地、人の気配どころか動物の気配すらない自然に囲まれた共同墓地。
そのうちの一つのお墓を動かすと地下へと続く梯子があらわれた。
「今だったらここから入れるよ」
そういってミカは後ろの4人に向き直る。
「へー、こんなところにアリウスに続く道があったんだ」
そういって地下を覗き込むのは栗色の髪と対物ライフルを携えた生徒。
「ちょっと! あんま覗き込まないの! 落ちたらどうするの!」
「へいきへいきー。それよりも結構狭いね。これじゃあFOX2はお留守番かな?」
「私の盾よりあんたのライフルの方が大きいでしょ!」
そんな生徒に小言を言うのは黄色の髪に大きな盾を装備した生徒。
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
二人の間に入り仲裁するのはピンク色の髪と大きな狐耳が特徴的な生徒。
「それよりもどう、FOX1。向こうの状況は?」
「そろそろ調印式が始まりそうだ」
「そっか。……装備の点検は済ませてあるからいつでも大丈夫だよ」
「わかった」
FOX1と呼ばれた生徒、七度ユキノは自身の小隊メンバー全員の顔を見る。その顔持ちに緊張や不安といった気持ちはなく、作戦を成功させるという自信だけがあった。
「――これよりシャーレの先生の救出作戦を開始する」
「「「了解!」」」
FOX小隊はミカの道案内の下行動を開始した。
「それじゃあ行こっかユキノちゃん!」
「……任務中はFOX1と呼んでくれと頼んだはずだが」
「えー、可愛くないからヤダー」
ぶーぶーと文句を言いながら梯子を使い下へと降りていった。
「……ほんとはポイントマンの私が先に降りるべきだと思うんだけど」
「そんなこと気にせず真っ先に降りて行っちゃったね」
「なんだったらFOX3よりも適任なんじゃない?」
軽口をたたきながら全員がはしごを伝い下へと降りていくと、そこはカタコンベになっていた。
警戒しながらミカの案内の元、先を進んでいく。
「それにしてもナギちゃんたら思い切ったことするよね」
呆れたような、驚いたような声でミカはつぶやく。
「――まさかエデン条約そのものを囮に使うなんて」
エデン条約調印式が行われる古聖堂、その近くに佇むひときわ大きいビルの上でヒナは佇む。風がびゅうびゅうと吹きヒナの髪を大きくたなびかせている。
「……そろそろかしら」
ヒナは先生救出のためにアリウス自治区へ侵入を行うメンバーに思いを馳せる。聖園ミカ、そしてFOX小隊。確かにこのメンバーなら実力も技術も申し分ない。しかも聖園ミカは本来謹慎中、調印式に出ていなくても問題ない。
(さすがにこのメンバーが先生救出のためにアリウスへ侵入するだなんて想定しているわけがない)
ヒナが下を見下ろせば万魔殿に風紀委員会、ティーパーティー、正義実現委員会とゲヘナ、トリニティの全戦力が周辺を警戒していた。
(ここまで警備を厳重にすればアリウスも相当の戦力をこちらに充てるしかない。そうすればアリウス自治区の警備も手薄になり潜入しやすくなる、か。……思い切った作戦ね)
ナギサからこの作戦を聞いたときヒナは耳を疑った。自身だけではなく自校の生徒、そしてゲヘナの生徒すら巻き込み囮に使うなんて。
もしこの場にミサイルが撃ち込まれれば両校とも多大な被害が出る。死者が出る可能性だってある。両校同士の戦争にまで発展するかもしれない。いや、確実に戦争が起きるだろう。
――だからこそ、ヒナはこの場に立っていた。
戦争を起こさないために。
ミサイルを撃ち落とすために。
(……責任重大ね)
ふぅとため息をつく。けれどそれはプレッシャーを感じてではない。ヒナは期待に応えるために余分なものを吐き出すためだった。
『ヒナさん、そちらはどうですか?』
耳につけたインカムから桐藤ナギサの声が聞こえる。
「問題ない。ここならどこから巡航ミサイルが飛んできても撃ち落とせる」
周囲には視界を遮るものはなく、どこからミサイルが飛んできてもすぐに補足できる自信があった。
不審なものがないかあたりを見渡す。小さな違和感すらも見逃さないために。
(? あれは……? あぁ、マコトが乗っている飛行船ね)
空へと上がっていく飛行船を見つけたヒナは先生の話を思い出す。話の通りなら墜落するとのことらしいが、髪の毛がアフロになったぐらいで大したけがはしないらしい。
(……ほうっておいても大丈夫ね。それよりも今はミサイルがどこから飛んでくるか警戒しないと)
ヒナは感覚を研ぎ澄ませる。耳を澄まし小さな異音すら聞き逃さないように。肌に感じる敵意を感じ漏らさないために。
『――あと五分で調印式が始まります』
「わかった」
『ご武運を』
ナギサとの通信が切れる。残ったのは風が吹く音と、下から聞こえてくる小さな喧噪。その喧噪も調印式が近づくにつれ静かになっていく。銃を構えたまま全神経を尖らせ、その時をじっと待ち続ける。
鳥が羽ばたく音、風が吹く音、車が走る音、人々の喧噪、あらゆる音を捕らえ続けているといつの間にか調印式が始まろうとしていた。
いつミサイルが飛んできてもおかしくない状況の中、ヒナは肌をピリッとさす敵意を感じた。
(――! 来てる! でもどこから?)
周りを見渡すが巡航ミサイルの影も形もない。
勘違いではない。確かにミサイルが飛んできているのを感じる。空気を切り裂くわずかばかりの音が聞こえる。だがどこを見渡してもミサイルは見つからない。
(いったいどうして?)
ヒナの心に焦りが生じる。一刻も早く見つけなければと。
心を落ち着かせ、耳に全神経を集中させる。雑音に混じったミサイルの音を聞き分け、どこから飛んできているのかを瞬時に判断する。
(! 上か!)
勢いよく見上げるとそこには天から墜ちてきているミサイルの姿があった。
(見つけた! ……でもあれは巡航ミサイルじゃない。あれは――弾道ミサイル!?)
飛んできているミサイルの種類が違い一瞬戸惑うが、すぐに気持ちを切り替える。
「いや、今はそんなことどうでもいいっ」
自身の愛銃『終幕:デストロイヤー』を天めがけて構える。外すわけにはいかない。撃ち漏らすわけにはいかない。気付くのが遅れた分、この一撃で決めないと下に影響が出る。
ふぅと大きく息を吐き、照準を定めた。そして――ヒナの指が引き金を引いた。
「――貫け!」
掛け声とともにヒナの愛銃から放たれたビームは一直線に飛んでいき――ミサイルを貫いた。直後大空で起きる爆発に爆音。そしてその爆発によって空気の塊となり伝わってくる衝撃と熱波がヒナを襲う。
そしてその影響は下にいる生徒たちにも届き、ざわざわと騒ぎ始めた。
『――ヒナさん! 結果は!?』
そんな中ヒナの通信機にナギサからの通話が繋がり、情報共有をする。
「ミサイルは撃ち落としたわ。……でも、あれは巡航ミサイルじゃない。弾道ミサイルよ」
『!? どういうことですか?』
ヒナはたった今撃ち落としたミサイルについて考える。あの軌道は間違いなく弾道ミサイルだった。
「希望的観測を言えば先生の記憶違いか……」
『敵が巡航ミサイルから弾道ミサイルに変えた、といったところでしょうか』
そうであったらいいと考えはするものの、そんなわけがないと否定し可能性を考える。
(可能性が高いのは本命の巡航ミサイルから気をそらすため。でももしそうなら同時に撃ってくるはず。わざわざ分けた必要は? 同時だと対応される可能性があると考えたから? 確かに対応できたかもしれないけど……。そうしなかったってことはもっと確実に巡航ミサイルを落とす自信がある?)
思考を回す。あらゆる可能性を考える。なにか……なにかないかと。
(――もしかして、なにかを見落としてる?)
思考を広げるためにヒナは周囲を見渡し情報を集めようとした時、あるものを見た。
「――え?」
ヒナはそれを見た時、思考が止まった。なんで、どうして、なぜ……?
止まっていた思考が急速に回り出し、一つの可能性に気付いた。いや、可能性じゃない。確信だった。先生から伝え聞いたベアトリーチェの性格とこれまでの対応。そして今起きている現実。そのすべてが嚙み合った。
今更逃げたところでもう遅い。けれどヒナは叫ばずにはいられなかった。
「――今すぐ逃げなさい!! もうすぐ巡航ミサイルが落ちる!!」
『!? いったいどういう事ですか!?』
「巡航ミサイルは――飛行船の中よ!!」
ヒナの視界にはこちらに向かってきている飛行船の姿が映っていた。それもあと数十秒もしたらヒナのいる場所に墜落する軌道で、眼前に迫ってきていた。
アリウス自治区のとある一室。薄暗く、重苦しい部屋の中でベアトリーチェはTVの画面を眺めている。そこには飛行船が墜落し古聖堂、そしてその周囲一帯が爆破され、崩壊したニュースが流れていた。
「やはりさすがの風紀委員長でも仲間を撃ち墜とすことは出来ませんでしたか」
ベアトリーチェが興味なさげに、けれど勝ち誇ったようにつぶやく。
「あの飛行船は私が差し上げたもの。つまりミサイルを積み隠しておくことも、自動操縦に細工をすることも造作もないことです」
念のためとボタン一つで爆破できるような細工も施してあったがそれは杞憂に終わったのだとゴミ箱にボタンを投げ捨てた。
ベアトリーチェは通信をつなげ、先生へと語り掛ける。
『――しゃべる気になりましたか?』
ベアトリーチェの視界にはまるでぼろ雑巾のように床に倒れ伏している先生の姿が映る。その姿には生気はなく、威厳はなく、警戒すべき敵としての可能性すら見出せない。
もはや先生はベアトリーチェにとって遥か格下の存在でしかなかった。
『エデン条約の襲撃は成功に終わりました。これから両校が戦争をおこし、それをいさめるために我々がエデン条約機構を手にするのも時間の問題です』
ベアトリーチェは淡々と事実を告げるが、先生はそれに反応することはなかった。
『わかりますか? 貴女は負けたのです、先生』
敗北を突きつけてもなお沈黙を続ける先生にもはや抵抗どころかしゃべる力すらなくしてしまったのか、なんにせよ勝利を確信したベアトリーチェは最後のチャンスを先生に与える。
『シッテムの箱の起動方法を教えなさい。そうすれば命だけは助けてあげますよ』
「…………」
なにも返事をしない先生に見張りをしていたアリウス生が軽く蹴り上げたことで先生は仰向けにさせられる。
髪はぼさぼさ、目は虚ろ、ボロボロの服に傷ついた肌、ひゅうひゅうと呼吸をする血がこびりついた口。
『もう一度聞きます。シッテムの箱の起動方法は?』
「……………………ぉ」
先生の口が小さく動き、かすれた声を発する。
「…………ぉしえる、もんか」
『――!!』
丸一日間拷問受け先生の精神はとっくに摩耗しているはず。だというのにいまだに折れない先生にイラつきをおぼえ、そしてあきれ果てる。
『その誇り高さには敬意を表します。ですがしゃべらないのであればもはや貴女は必要ありません』
ベアトリーチェにとって先生はすでに生かす価値もなくなったのか、無機質な声色へと変わっていった。そしてベアトリーチェが合図を出し、アリウス生が先生に銃口を向ける。
『――さようなら、先生』
ベアトリーチェの言葉に従うように、アリウス生が銃の引き金を引いた。
牢獄に響く一発の銃撃音。そしてその銃撃でこの牢獄が真っ赤に彩られる――ことはなかった。
『――な!?』
銃弾は先生には当たらず、先生の横の床に穴をあける。
銃弾が外れたのはべつにアリウス生が躊躇ったわけではなかった。邪魔が入らなければアリウス生が放った銃弾は間違いなく先生に当たっていた。
「そこまでにしていただきましょうか。ベアトリーチェ」
『なんであなたがここに――!』
アリウス生の腕をつかみ銃弾を、銃撃をそらしたのは漆黒の体を真っ黒なスーツで身にまとい、亀裂の入った黒い顔に怪しげな笑みを浮かべ、白く発光した目でベアトリーチェを見つめる黒服だった。
良かったね先生。白馬、というには黒すぎるけど王子様が助けに来てくれたよ。
いやなんでいるんだよ、キッショ。