「――ぅあ!?」
多くの不幸を見た。
憎しみ合う姿、瓦礫に埋もれ助けを乞う姿、疑心暗鬼に苛まれる姿。今トリニティで起きているとても多くの不幸を見た。
悲劇的な現実を、目をそらしたくなる惨劇を、無残な現実を、残虐な行為を。
「……気は、済んだかい?」
セイアが悲し気な声色でささやく。私はその問いに答えるようにセイアの目を見た。
「………そうか」
セイアから視線を外し、私はもう一度柵の外へと手を伸ばした。
そこかしこで銃撃戦が起きている中、私は先生を両腕の中に抱えて走る。建物は崩壊し、瓦礫はそこかしこに散らばり、まともに走れる道なんてほとんどなく、一歩一歩足元に気を付けて進む。
「前方300m! またよくわかんないのが多数いるよ!」
「FOX2はミカの護衛! FOX4は援護! FOX3は私と一緒に突っ込むぞ!」
「「「了解!」」」
ユキノとクルミが先行し、幽霊のような謎の存在と交戦を開始する。
幸いなことにその存在はたいして強くなく彼女たちだけで十分対処できる存在だった。
だから私は気を付けて進むことだけに集中する。
腕の中の先生に刺激を与えないよう慎重に、気を付けながら、それでも急いで走る。
先生はとても軽く、そして細かった。少しでも力をこめれば折れてしまいそうになるほど。いや実際に折られてしまっている。
最初にその姿を目にしたときは我を忘れそうになった。現状を理解できず、呆然と立ち尽くし、その場に膝をつくように崩れ落ちてしまった。けれどFOX小隊のみんなが私に活を入れてくれた。
もし私一人だったらそのままアリウス自治区を滅ぼそうと暴走していただろう。
そしてもし私が協力していなかったら先生は救出できず本当に死んでいたかもしれない。
だから先生を救えてよかった、そう思う気持ちは確かにある。……けど、どこか落ち着かない。
…………本当に私でよかったのかと。ほかの誰かでもよかったのではないかと。
そう、思ってしまう。
「――私たちはここまでだ」
横から声をかけられすでに幽霊のような存在の対処を終えていたことに驚いたが、私が深く考え事をしていただけかと思い直した。
「誰かに姿を見らるわけにはいかないからさ」
「安心していいわよ。ここから先に敵影はないから」
「それに早いこと先生を治療したほうが良いですからね」
ニコの言葉につられ先生を見る。包帯を巻かれた脚、ガーゼを貼り付けられた頬、木の枝で固定された先生の左腕、など。ニコが応急処置を施してくれたとはいえ痛ましい姿に変わりはない。
その姿を見ただけでアリウスへの怒りや憎しみがふつふつと湧き始めてくるが、今はそんなことを気にしている場合ではないと自信を一喝する。
「先生を助けるのに協力してくれてありがとう!」
「……任務だからな」
ユキノはぶっきらぼうにそう告げるが、その声色はアリウスに侵入する時や先生の痛ましい姿を見た時と比べずいぶんと優しいものだった。
ほかのみんなもなんだかニマニマとしていたりするし、この子は優しい子なんだろうなと確信できる。
「みんな! ほんとうにありがとう!」
もう一度お礼を告げるとFOX小隊のみんなは笑顔を向けてくれてから離れていき、どこかへ行ってしまった。
「私もはやく先生を運ばないとっ!」
気持ちが逸り思わず体に力が入りそうになってしまう。けれど先生の体に負担をかけてはいけないと何とか抑え込む。
遠くで銃撃音が聞こえる。
向こうから怒声が聞こえる。
あっちからすすり泣く声が聞こえる。
あそこからは――。
そっちから――。
すぐそこから――。
(…………これが、戦争なの?)
ここまでの道中でいくつもの声を聞いてきた。
ゲヘナ憎しと攻撃するトリニティの声を。トリニティを潰そうとするゲヘナの声を。負傷して助けを求める声を。仲間を助けようと必死に救助活動する声を。何も知らず、ただ戦場に巻き込まれた人の声を。
そしてこれは、かつて私が望んでしまったことでもある。
(精神的に追い詰められていたから、なんて言葉で誤魔化していいわけがない)
もし私のクーデターが成功していたなら、私自身がこの光景を作り出していただろう。
そう思った時、背筋が急激に寒くなる。
本当に私は何も知らなかったのだと、本当に馬鹿なことをしようとしていたとわからされてしまう。
(……ううん、反省は後!)
どうやら長いこと思い悩んでいたみたいでトリニティ総合学園まですぐそこのあたりまで来ていたらしい。
見えてきたトリニティ総合学園の校門、その向こう側には多くの生徒が集まっていた。それも、武装した姿で。
「ティーパーティーもシスターフッドも信用ならない! 私たちは私たちの力でこのトリニティを守らなきゃいけない!!」
「そうだ! そうだ!」
「憎たらしいゲヘナも! 忌々しいアリウスも! 全部私たちの手で滅ぼすんだ!」
どうやらこの状況に不満を持ち、自分たちでどうにかしようと考えている生徒たちが集まった集団らしい。
迂回すべきかと一瞬迷ったが、そんなことをしている余裕はないと覚悟を決めてまっすぐに校門をくぐる。
「――お願い! そこをどいて!」
「聖園ミカ!? なんでここに!?」
集まっていた生徒たちが私に気付き驚いてざわつき始める。けれどそれだけで通れる道を作る、ということはなかった。
「道を開けて!!」
「止まれ! 聖園ミカ!」
もう一度叫ぶが今度は私に対して敵意を向け立ちふさがってくる。
「見てわかんないの! 先生が――!」
「いいから止まれ!」
銃口を向けられては止まるしかない。
「なんで監獄で閉じ込められているはずのお前が外にいるんだ!」
「そ、それは――っ!」
その質問に思わず口ごもってしまう。
先生を助けるためとはいえナギサの独断で私は外にいる。そのことを正直に話してしまえばナギサに非難の矛先が向かうかもしれない。いや、向かうだろう。それほどまでに彼女たちは激高し、怒りに支配されてしまっている。
「理由は話せないし罰なら後でいくらでも受ける! だからそこをどいて! 早くしないと先生が!」
「……先生?」
どうやら私のことで頭がいっぱいだったようで先生に気が付いていなかったらしい。そして私の腕の中にいるボロボロになった先生を見て動揺が走り始める。
「酷い怪我なの! 早く治療しないと先生が死んじゃうかもしれない!」
状況を理解したならすぐにどいてほしい。
先生のことを思うなら早くしてほしい。
わからないタイムリミットは刻一刻と近づいているのだから。
……。
…………。
……………なにを悩む必要があるのだろう。
すぐにどけばいいだけの話のはずだ。
急いで先生を救護騎士団のもとに届けなければいけないとわかるはずだ。
なにをしているのだろうかこの集団は。
「……本当に怪我をしているのか?」
「…………ぇ?」
誰かがつぶやいた声に驚く。なんでそこに疑問を持つのかと。
「もしかして先生と聖園ミカはアリウスと協力してトリニティを内側から崩壊させようとたくらんでいるんじゃ……?」
また誰かがつぶやいた言葉にに耳を疑う。
「だってそうだろ。聖園ミカが外にいること自体がおかしいのに、その聖園ミカがなんで傷だらけの先生をここまで運んでくるんだ?」
「確かに、勝手に外に出ている聖園ミカと先生が一緒にいるのはおかしい、かも?」
「なんでそうなるの!? 別に私と先生は関係ないでしょ!」
「それに最近は先生の姿が見えなかったし、そもそも先生を連れてきた時期は聖園ミカがまだティーパーティーだったころだ。先生と聖園ミカが繋がっていてもおかしくはない」
誰かが勝手に作り上げた妄想にありえないでしょと思う。だってあの時私は先生と敵対していたんだから。
けれどそんな杜撰な妄想に誰かが触発される。
「そうだ! 先生もアリウスの手先だったんだ!」
「これまでいい顔をしてきたのも私たちを騙すためだったんだ!」
先生への疑いの目は一気に広がり、すぐに非難の声があちこちから上り始める。
(なんで……? なんで先生までそんなこと言われなきゃいけないの? 全部私が悪いのに)
どうして先生がこんな風に悪く言われないといけないのだろう。先生はこんな私にも手を差し出してくれる優しい人なのに。私たちのために一生懸命頑張っている人なのに。誰よりも生徒の幸せを願っている人なのに。
(なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでッ!!!)
『そんなの私が一緒にいるからに決まっているじゃん』
(――っ!)
『私はわるーい魔女。不幸をばらまく最悪の魔女。みんなから嫌われて、憎まれて、蔑まれて、気味悪がられて……。先生はなんにも悪くないのに。そんな私が一緒にいるから先生も不幸になる』
まただ。また聞こえてくる。私の中の私が語りかけてくる。
『もし先生を運んできたのが私じゃなかったらここにいるみんなは非難なんてしないですぐにでも道を開けてくれただろうね』
私は私の声に納得してしまう。これがもしナギサだったら、あるいはシスターフッドの人だったら、正義実現委員会の人だったら、補習授業部の子たちだったら。もし私じゃなかったら今すぐにでも道を開けてくれただろう。いや、むしろ協力だってするだろう。
『ひどいよね、一目見ただけで先生が重体だってわかるはずなのに、すぐにでも手当てしないと死んじゃうかもしれないのに……』
そうだ、そう訴えた。けれど私の言葉に彼女たちは聞く耳を持たなかった。
『勝手に疑って、勝手に悪者にして、何も知らないくせに、何もわかってないくせに』
挙句の果てに先生にすら悪意を向け始めた。
『――でも大丈夫。この状況をどうにかする方法はあるから』
……………………どうやって?
『ここにいる奴ら全員を消しちゃえばいいんだ♪』
私の言葉に私は驚愕した。
『だってそうでしょ? あいつらは私の話なんて聞かないんだから。話し合いで解決できないんだったら残る手段はそれしかないよね?』
……確かにそうかもしれない。
『大丈夫! ほかの人だったら出来なかったかもしれないけど私ならできる』
……どうして?
『だって私は『聖園ミカ』なんだもん。こんな奴らなんてすぐにでも蹴散らせるよ♪』
そっか。私なら確かにそれができる。でもそれは――。
『(こんな奴らに気を遣う必要なんてあるの?)』
大勢の生徒が私と、先生に非難の言葉を投げかけてくる。罵詈雑言を叫んでいる。敵意を向けてきている。憎悪を募らせている。
このままだと言葉だけではなく力も振るい始めるだろう。
私にとっては大したことない力でも、先生にとっては致命的な力を。
先生を死に至らしめる攻撃を。
(なんで先生がそんなことにならなきゃいけないの?)
おかしいじゃないか。先生を攻撃するなんて。
(アリウスにひどい拷問を受けて、こんなにボロボロの状態になっちゃったのに。なんでだれも先生のことを心配してあげないの?)
おかしいじゃないか。私たちは先生にお世話になっているのに。
(私がいるだけでそんなことになるのって、おかしくない?)
おかしいじゃないか。優しい先生を疑うなんて。
(そうだよ、おかしいよ。いくら私が魔女だからってそれだけで先生まで非難するなんて間違ってるよ)
別に私が正しい人間じゃないなんて私が一番よくわかっている。けどそれは彼女たちが正しい理由にはならないんだ。
(そう、そうなんだ。間違っているんだ。ここにいる人は先生以外みーんな間違っているんだ)
私の中で笑い声が響く。違う。私が笑っている。ヘイローが輝きを失っていく。
『さあ、私に体をゆだねて――』
そうしよう。自分自身に従おう。
魔女として邪魔なものは全て消し去ろう。
敵対する者には不幸をあたえよう。
目に映るすべての者を壊してしまおう。
悪人として悪人を潰してしまおう。
正しいものを守るために。
目の前の誰かが銃を構えている。よくわからない誰かが銃口を向けて来ている。大したことのない奴らが引き金に指をかけている。
向こうがその気なら私だってそうするしかないよね。
だって先生を守るためだもん。
(ごめんねセイアちゃん、ひどいことしちゃって。ごめんねナギちゃん、もう友達じゃいられないみたい)
ヘイローが陰り始めていることに私は気が付かない。
(ごめんなさい先生、それとありがとう。こんな私に手を差し伸べてくれて。その手はもっと別の、優しい子に差し出してあげて)
私も自分の銃に手をかけ――――。
「――――だめぇぇぇぇぇえええ!!!!」
大きな声と共に誰かが私の前に立ちふさがる。
「…………え?」
違う、立ちふさがっているんじゃない。
両手を広げ、羽を広げ、私に背を向け立っている。
私をかばうように、私を守るように立っている。
「……コハル、ちゃん?」
正義実現委員のエリートは、小さい体を恐怖に震わせながらもトリニティに立ち向かっていた。
コハルとかいう追い詰められれば追い詰められるほど輝きを増す女の子、いいよね。