トリニティ総合学園の広場、そこで大勢の生徒に囲まれた私を守るように立ちふさがったのは先生の生徒、下江コハルだった。
「そこをどきなさい!」
「いやだ!」
先ほどまで私に向けられていた悪意や憎悪を一身に受けてもコハルは怯えることなく一人で立ち向かっている。
「どきなさい!」
「やだ!」
「どけっ!」
「――っ! 絶対どかない!」
違った。コハルの体は震え、怒鳴られるたびビクッと体を跳ねさせている。よく聞けば声もどこか震えていた。
怖いんだ。恐ろしいんだ。今すぐここから逃げ出したいんだ。
それでもコハルはこうして私を守ってくれている。
「どうして先生が傷だらけなのか、どういてミカ様がその先生を抱えてここにいるのか。私にはなんにもわかんないけど……。でもこれだけは違う! こんなのは絶対正しくない!」
「いいえ! これは正しい行いです! 私たちは私たちの平和のために戦っているのですから!」
「そんなわけない! これが正しい行いなわけない!」
「その女はトリニティを貶めようとした魔女なんですよ! それはアナタだって知っているはずでしょう!?」
「昔はそうだったかもしれないけどっ、少なくても傷ついた先生を助けようとしてる今のミカ様が間違っているはずがない!」
間違ているはずがないとコハルは言った。言ってくれた。かつてひどいことをしたのに。退学寸前まで追い込んだのに。痛い目にあわせてしまったのに。それでもコハルは私を信じてくれた。
「むしろ間違っているのはあなたたちよ!」
「! なんですって!?」
「この騒動をどうにかしようとしている人たちがいるのに! それを無視して自分勝手に行動して! どんな理由があるのかわからないのに思い込みで先生とミカ様を排除しようとして! そんなの絶対間違ってる!」
すごいなぁ、と思った。かっこいいなぁ、と思った。自分の正義を信じ、たった一人で立ち向かうその姿に憧れを抱いた。
「このっ! 言わせておけば! いい加減にしろよ――ッ!」
「――ひっ!?」
大勢の生徒に銃口を向けられたコハルがか細く悲鳴を上げる。
「アナタもまとめて――っ!」
やめてと叫ぼうとした。けれどそれよりも先に声が響く。
「いい加減にするのはあなた達です」
「!?」
私はその声に聞き覚えがあった。私が聞き間違えるはずがなかった。長年ずっと隣で聞いてきた声なんだから。
「銃を下ろしなさい。今は仲間内で争っている余裕はありません」
後ろから近づいてくる足音が私の横を通り過ぎ、私たちの前に立ちふさがる。
服はボロボロ、きれいな髪も乱れ、羽は汚れてしまってる。肌にはあざや切り傷もあり満身創痍といった風貌だった。けれど彼女は背筋を伸ばしてまっすぐ立ち、声を張り上げ、あっという間にこの場を支配してしまった。
「…………ナギちゃん」
漏れ出た言葉に反応しナギサがちらりと私の方を見て温和に微笑む。
「ミカさん、よく頑張りましたね。それにコハルさんもミカさんを助けていただいてありがとうございます」
「え!? あっ! えっと……」
「あとは私に任せてください」
ナギサは前を向き、一度深呼吸してから話し始める。
「皆さん、落ち着いて聞いてください」
ナギサの声はよく通り、誰も動けずにいた。
「こんな状況になり疑心暗鬼になるのはよくわかります。……私もかつてそうでしたから」
集まっている生徒たちに寄り添うように語り掛け、恐怖の糸に絡まった生徒たちの心を少しずつ解いていく。
「ですがそんな私を助け出してくれたのは先生でした。この中にも先生に助けられた者、お世話になった者もいるはずです」
思い当たる節があるのか何人かの生徒は気まずそうに眼をそらしたり、眉をひそめたりしていた。
「そんな先生が数日前アリウスに攫われてしまいました。私はその情報を伏せ、そして先生を助け出すために独断でミカさんを解放し先生を救出してほしいと頼んだのです」
それは私が言わなかったことだ。言ってしまえばナギサにすべての責が及ぶから。いくらティーパーティーのホストといえどトリニティ総合学園全体で決められた決定を勝手に破ったことは大罪だ。けれどナギサはなんてことないかのように口にした。
「事の責任はすべて私にあります。非難するならばミカさんではなくこの私にしてください」
この学校のトップが自ら罪を犯し、自ら告白したことに生徒たちは驚き、ざわざわと話し始める。罪を犯したのだから罰を受けるべきだとか、正当性があるのだから不問にすべきだとか。
「――ですが! それは事がすべて治まってからです!」
けれどそんなざわつきも一瞬で静まり返る。
「今は一刻を争う事態です! 内部分裂していては本当にトリニティは崩壊してしまいます! そうしないために私は全力を尽くします!」
ナギサの立ち振る舞いに目が釘付けになっていく生徒たち。ナギサの言葉に耳を傾けていく生徒たち。ナギサの訴えに心を寄せ始める生徒たち。
いつの間にかこの場にいた生徒全員がナギサに逆らえなくなっていた。
「私を信じ、私に従うなら今すぐ道を開けなさい!!」
ナギサの迫力に気圧された生徒たちが次々に避けはじめ、あっという間に道ができる。
「――大丈夫ですか皆さん!」
その道を通り救護騎士団の生徒たちが急いで駆け寄ってきた。
「ミカ様! 先生を担架へ!」
指揮を執っているのはピンク髪の生徒で、確か名前は鷲見セリナだったろうか。彼女の指示に従い先生をゆっくりと担架におろすとすぐに運ばれていった。
「ナギサさんも行きましょう!」
「いいえ、私はまだやるべきことが残っているので」
ナギサはセリナの誘いを断り校舎へと目を向けている。
「……わかりました。では少々その場でじっとしていてください」
「え? えぇ。…………え?」
「はい、できました」
なにが起こったのだろうか。瞬きをしたほんの一瞬の間にナギサの体中に包帯がまかれていた。
ナギサ自身も困惑しているのか目をぱちくりとしている。
「これはあくまで応急処置です。あとでちゃんと治療を受けに来てくださいね!」
「は、はい……?」
そう言い残してセリナは校舎へと急いで戻っていった。
「ナギちゃん、私は…………」
「ミカさんは先生のそばにいてください」
「えっ!? でも……」
いいのだろうか私がそばにいて。監獄に戻らなくて。
「先生が起きた時、誰かがいないと寂しいでしょうから」
「起きた時って、一日二日で起きるような怪我じゃ――」
「起きます。必ず。すぐにでも」
ナギサの目には一切の疑いがなく、本当にそう思っているみたいだった。
「先生はきっと無理をするでしょうから、その時はミカさんが先生を支えてあげてください」
いつの間に、そんなに先生と仲を深めたのだろうか。
……いいな。私も同じように先生と仲を深められるかな。
「うん、わかった。ナギちゃんも無理しないでね」
「もちろんです」
ナギサと別れ、私はセリナの後を追った。
「………………コハルちゃん、ナギサちゃん、ミカちゃん」
なにをしているんだ私は。
生徒たちがまだ頑張っているのに。
生徒たちが踏ん張っているのに。
生徒たちがこんなにも必死に生きているのに!
それなのに私は『諦観』していたって?
ふざけるな。
そんなの、許されるわけがない!
「どこへ行こうというのだね?」
背後から声がかかる。どうやら私はテラスの扉から外に出ようとしていたらしい。
「どんなに足掻こうともこの結末を変えることは――」
「出来る出来ないじゃないよセイアちゃん」
振り返りセイアと目を合わせる。その瞳は疑問に満ちているようだったが、どこか不安や心細さを感じ取れた。
「私はやるんだ。やらなくちゃいけないんだ。だってそれが『先生』なんだから」
策なんてない。思いついてない。これから先がどうなるかなんて全くわからない。
怖いし、不安だし、逃げ出したい。
でもコハルの勇気を見て、ナギサの信頼を聞いて、ミカの頑張りを知って、今を生きている子供たちを見て見ぬふりなんてできない。
「待ちたまえ先生。君の体はまったくもって治っていない。そんな体で無理をすればっ」
「心配してくれてありがとうねセイアちゃん」
セイアに背を向け、扉に手をかける。
「大丈夫。子供たちのケンカをちょっと止めてくるだけだから」
扉を開ければ眩い光が広がっていて、その中へと足を踏み入れた。
ナギサ「よくやりましたね……若い正義実現委員」
ナギサ「あなたが信じる正義が生み出した”勇気ある数秒”は」
ナギサ「良くか悪くか、たった今世界の命運を大きく変えました」
ナギサ「この戦争を……終わらせに来ました!」
今話だいたいこれ。