建物が崩れ、戦地跡となりつつあるトリニティ自治区のとある場所。荒れた地面をさらに荒らすように酷い雨が降っている。
そんな雨の中、一人の生徒が歩いていた。服装からしてトリニティの生徒である彼女は銃を携えてビチャビチャと地面にたまった雨水をはじき歩いていた。
目的はミサイルの爆発に巻き込まれた友人を探すため。
理由は心配でいてもたってもいられなくなったから。
そんな友達思いの彼女はその友達と連絡が取れず、そしていまだに行方不明だという事に焦りを感じていた。
事前に友達から聞いていた話ではこのあたりが友達が担当していた場所のはずで、もしかしたらこの辺りで瓦礫の下敷きになっているのかもしれない。
だから彼女は耳を澄ませながらこの付近を捜索していた。
「…………………………だ……か」
「……?」
そんな中、雨音の中でかすかに届いた人の声。彼女はその声が聞こえた方向へと足を進める。友達かもしれない、そんな思いを抱いて。
けれどたどりついたその先で見つけた生徒を見て、その思いは砕け散った。
「……………たす、けて……くれ」
その生徒はうつ伏せの状態で瓦礫の下敷きになっていた。体のほとんどが埋もれていて、右手と頭だけしか自由に動かせることが出来ない。いや、その右手も頭も自由に動かせないようだった。自力で脱出しようとしたのか右手は傷だらけ血まみれていて、彼女の頭付近の地面は彼女がもがき苦しんだであろう跡が残っていた。
それに瓦礫の下からは雨水と混じり合った赤い血がにじむようにあふれてきていて、出血が止まっていない。
「………ゲヘナっ」
彼女の声が聞こえたのか瓦礫に埋もれたゲヘナ生は錆びたブリキのような動きで顔を上げた。その目は虚ろではあったが最初はどこか希望に満ちていた。けれど彼女が着ている制服がトリニティのものだとわかるとその目からは完全に光が失われてしまった。
「………く、そ………トリニ、ティ……か」
「……」
カチャッと手に持っていた銃を構える。この状態なら何発か打ち込むだけでこのゲヘナ生のヘイローを壊せるだろう。
彼女の内には多くの憎しみがあった。過去から続く因縁、わかり合うことが出来ない性質、気にくわない生き方。それは植え付けられたものもあっただろうが過去の経験からくるものでもあった。多くのトラブルに巻き込まれた。ただそこにいただけなのにとばっちりを受けた。お気に入りのお店が破壊された。友人の一人がけがを負わされた。そんなトリニティの生徒ならだれもが経験したことがあるだろうそんな出来事。珍しくない出来事。日常へと化してしまった出来事。
そんな日常ではゲヘナに対して恨みつらみが募っていくのは当然で、助けようなんて考えは浮かんでくるはずもなく、むしろこの状況は普段の鬱憤を晴らすいい機会だった。
周りには誰もいない、銃声も雨音が消してくれる。誰も彼女をとがめる生徒はいない。
目の前のゲヘナ生も自分の運命を諦めたのか顔を伏せる。
死にたくない。
みっともなく命乞いをすれば見逃してはくれるかもしれない。
その思いは確かにある。けれど、トリニティの生徒には助けられたくはなかった。
昔からの確執、それはゲヘナ側にもあるのだから。
大昔にトリニティがゲヘナに対してとった経済制裁。
それがゲヘナ側がトリニティを恨む大きな一因だった。
無論ゲヘナ側にも十分な資金はあった。けれどトリニティはゲヘナ以上の資金を使い必要以上に物資を買い占め、独占する。そして定価以上でそれをゲヘナへと輸出しようとしてきていた。
無論今はそういったことはないものの、そういった過去があったことは事実。そしてそれによって当時のゲヘナは物価高に苦しんだことがあり、その恨みは消えずに引き継がれてきた。
とはいえそのトリニティの経済政策ももとはゲヘナの自由気ままな行為に迷惑していたからで、ゲヘナもゲヘナでトリニティの笑顔の裏で相手の足を引っ張るような、そんな陰湿な関係性に嫌悪感を抱いていたからで……。
そういったどちらが始めたではない、お互いに最初から忌み嫌うような性質だったからこそ過去の因縁が現在まで続いてきたのだろう。
だからこそトリニティとゲヘナは永遠に手を取り合うことが出来ないのだと、そうお互いに思っている。
そして彼女が引き金を引いたとき、それは現実になる。
誰に知られるでもなく、両者の溝は永遠に埋もれないものになる。
彼女が引き金に指をかけた、その時だった。
『――えーっと、みんな、聞こえてるかな?』
そんな気の抜ける声が響いたのは。
私は今トリニティ自治区全土に聞こえるように放送し、配信をしている。
「それなりに知名度は広がっているとは思うけど知らない人もいるだろうから自己紹介からするね。私は連邦捜査部シャーレに所属してる先生です」
緊張した心を隠しながらクロノス報道部に向けられたカメラに向かってしゃべっている。
「どうして私がこうやって放送しているのか、なんでこうしてしゃべっているのか。そのことについて疑問に思っている人は多いと思います」
周りにはナギサやミカ、マリーなど様々な生徒が私を見ている。
「その答えは単純です。今すぐ君たちに戦いをやめてほしいからです」
真っ白になった頭で事前に用意した台本を確認しながらしゃべる。
「急に現れて何を言っているんだ。なにも知らない大人のくせに。そんな風に思ってる生徒はいるでしょう。……というか大半の子はそう思ってますよね」
けれど視界はぼやけ始め、台本になんて書いてあるのか次第にわからなくなってきてしまった。
「でもお願いです。少しの間だけでいいので私の話を聞いてください」
真っ白になった頭じゃ事前に決めた話す内容すら思いだせなくなっている。
「私はつい先ほどまで捕らえられていて、こうして救出されたころにはもうみんなが争っている状況でした」
もう自分がなにをしゃべっているのかすらわかっていない。
「だからこの場所で何が起きたのかは人伝でしか聞いてませんし、そもそもトリニティとゲヘナの因縁とか確執とか、そういったことも知りません。なんでお互いに恨んでいるのか、嫌っているのか、憎しみ合っているのか……。私は何も知りません」
ぼやけた視界で誰かが焦っているのがわかる。
「そんな大人が綺麗ごとの様に『争いはよくないからやめよう!』なんて言っても聞く耳を持ってくれないのはわかります」
誰かが私を止めようと動き、誰かそれを制止させている。
「みんなにもいろいろあったんだと思います。お互いに恨み合う原因だとか、嫌い合うきっかけになった出来事だとか」
きっと私の口はもうすでに台本とは違うことをしゃべっているのだろう。
「でも、それはみんなだって同じだよね」
けれど動き始めた私の口は止まらない。
「今銃口を向けている相手はどんな人なの?」
だって、私は『先生』なのだから。
「銃口を向けているなら好きな人ではないよね」
それに私自身も生徒たちには仲良くしてほしい。
「じゃあ、その人の名前は知ってる?」
楽しく過ごしてほしい。
「好きな食べ物は? 趣味はなに? その人の友達は? 家族は? 恋人は?」
友達と遊んで。
「あなたはその人の何を知っているの?」
勉強して。
「そもそも本当に目の前にいる相手はあなたにとって嫌いな相手なの?」
時にはケンカして。
「ゲヘナだからだとか、トリニティだからだとか、そんな理由で相手を嫌ってない?」
そんな、普通の学校生活を送ってほしい。
「もしそうなら目の前の相手と自己紹介をしてほしい。自分のことを話して、相手の話を聞いてほしい。お互いのことを知って、知り合ってほしい」
だから、今のままじゃダメなんだ。
「別に無理に相手のことを好きになれとは言わないよ。相手のことを知って、それで嫌いだと思うのなら私はその思いを否定はしない。それはあなたにとって大切な感情だから」
こんな血みどろした世界で子供たちが生きることになるなんて許せない。
「でも、もし一つでも共感できるものがあれば、わかり合えるものがあるのなら、それを足掛かりに友達になってほしい」
子供はもっとキラキラで、わくわくで、笑顔になるような、そんな世界で生きてほしい。
「最初から相手をわかり合うことを諦めないでほしい」
たとえこれが私のわがままなのだとしても。
「とはいっても今まで嫌い合っていた相手のことを急に知ろうとするのが難しいことはわかってる。話をしようとしても、いざ相手を目の前にすると我を忘れてしまうことだってきっとあると思う」
子供たちの未来には明るくて輝いている無限の可能性が広がっていているべきなんだ。
「だから、私がその間に入るよ」
これは、青春の物語なのだから。
「お互いに話ができるように、仲良くなれるきっかけを私に作らせてほしい」
そのためなら私は喜んで礎になろう。
「私がみんなのエデン条約機構になる!」
「〜〜あーもう!!」
銃を投げ捨て下敷きにしている瓦礫を上からどかし始めるトリニティの生徒。
「……なにを、している?」
「うるさいですね! 黙って助けられてなさい!」
乱暴な口調とは裏腹に慎重に瓦礫を少しずつ取り除いていく。
「私は、ゲヘナの――」
「そんなの見ればわかります!!!!」
その強い口調に驚いた私は思わず顔を上げ、彼女の顔を見る。
その顔は必死で、歪んでいて、綺麗だった。
「というかさっきの放送を聞いていなかったんですか!?」
「放送……? シャーレの先生の?」
「それ以外に何があるんですか!?」
聞こえていた。聞こえてはいたがこれから死にゆく自分には関係ないことだと思っていたし、こんな状況でそんなきれいごとを抜かすような大人だったのかと苛立ちの気持ちも芽生えていた。
「私はゲヘナが嫌いです! ほんっとーに大っ嫌いです!!」
そんな言葉で誰かが変わるわけがないと。
「でも!! ……でも、私はあなたを知りません」
もしその言葉が届く人がいても、ごくわずかな数だけだろうと。
「あなたがどんな人なのか。なにが好きなのか、なにが嫌いなのか、趣味は、得意なことは、苦手なことは、将来の夢は」
けれど、目の前の彼女はどうやらそのごくわずかな生徒だったらしい。
「そもそも私はあなたの名前すら知りません」
これがシャーレの、大人の力なのかと驚愕する。
「だから助けます! 助けてあなたの事を知ります!」
「おま、え……」
「そして嫌いになります!!!」
「…………は?」
唐突な宣言に私は呆気にとられてしまう。
「どうせゲヘナのあなたが好きなものなんて趣味が悪いものでしょう!?」
「……もし好きなものが一緒だったら、どうするつもりだ?」
「うわっ! 無理! ヤダ! 絶対ヤダ! 私の真似やめてください!」
「真似も何も、顔を合わせたのは今日が初めてなんだが……」
「つまりあなたは私のストーカーってことですか!? 最悪! 最悪です!」
「…………」
意味不明な妄想を口にしながらも手を緩めることはない。
「………………もし」
そんな彼女に一つの疑問が浮かび、思わず問いかける。
「もし私のことを知って、そして私のことを好きになったらどうするんだ?」
「は〜〜! 自信過剰すぎませんか!? たった今あなたのことが少し嫌いになりました!」
「――なっ!?」
予想外の答えが返ってくる。というかそもそも問いに対しての答えですらなかった。
「無理無理! 生理的に無理! あなたを好きになるとか絶対にありえません!!」
全力の拒絶に少し傷つきながらももう一つ問いかける。
「ならなんで、助けてくれるんだ?」
「私がそうしたいからです!!」
「――っ!」
「そもそも嫌いなあなたをこのまま死なせるわけないじゃないですか! 万全なあなたを屈辱まみれにしてから倒さないと気がすみません!」
なんて身勝手なのだろうか。ここまで身勝手な生徒はゲヘナにもなかなかいないだろうとむしろ感心してしまう。
「だから助けます!! 嫌いになったあなたを倒すために!!」
こんな生徒もいるのだと、私は初めて知った。知って、思ったことがあった。
「……私もたった今お前の嫌いなところを見つけたよ」
「はぁ!? 助けられおいて嫌いになるとか! ほんっとーにふざけた人ですね!!」
悪態をつきながらも救助の手を止めたりはしない彼女を見て私は笑みをこぼしながら口を開いた。
「理由をつけなきゃ私を助ける事ができないだなんて」
「なっ! なぁっ!?」
図星なのか彼女は顔を真っ赤にしプルプルと振るわせている。
「あーもう嫌い! 大っ嫌い! 死ぬほど嫌い! 死んでも嫌い! 大大大大ッ嫌い!!!!」
「――くははっ」
「笑ってる余裕があるなら後は自分でどうにかしてください!」
「いや、無理だ。最後の力を振り絞って笑ったからな」
「もう! もう! ほんとーにもう!!」
すでに雨はやみ、晴れていく雲の隙間から漏れるあたたかな光が私たちを照らしていた。
トリニティがゲヘナを嫌う理由はわかるんですけど、ゲヘナがトリニティを嫌う理由ってなんなんですかね。
トリニティから直接手を出すようなことはしないだろうし。
理由がマジでわからないからありえそうな理由をでっち上げました。
陰湿なトリニティにはお似合いな理由ですね。