「お疲れさまでした先生」
ナギサが近くに歩み寄ってきながら声をかけてくれる。
「ごめん、途中から頭真っ白になっちゃって……。ちゃんと話せてたかな?」
正直なところ、先ほどまでしゃべていた内容すら覚えていない。失敗してないか、変なことを話していないかと不安な気持ちでいっぱいだ。
「えぇ、素晴らしい演説でしたよ」
「そっか。それならよか、た……」
ナギサに褒められ安心した直後私はふらついてしまう。
「先生!?」
緊張から解放された反動か、それとも体の限界が近づいてきているのか意識を失い倒れそうになった私をナギサが受け止めてくれた。
「大丈夫ですか先生!?」
「ごめん、ありがとう」
まいった。まだやらなければいけないことがあるというのに体に力が入らない。
「だいじょうぶ先生!?」
「無理しないでください!」
ミカやマリー、ハナコ、他にもこの場にいた生徒たちが駆け寄ってきてくれた。
「あとは私たちに任せてください! 先生は――」
「大丈夫、だよ。まだ……大丈夫……だから」
無理やりにでも力を入れふらつきながらも自分の足で立つ。まだ何も終わっていない。始まったばかりなんだ。ここで倒れるわけにはいかない。
「状況の、確認を……おねがい」
「先生っ!!」
けれどまたふらつき倒れそうになってしまう。今度はナギサだけでなく多くの生徒に支えられてしまう。
「無理もありません。先生はもともと重体で、本来ならまだ療養しているはずの状態ですので」
心配をかけてしまい申し訳なく思う。けど、さっきの演説でどうなったかは確認しないと。
「エデン条約機構、ユスティナ聖徒会への影響、それと各戦況についてまとめて」
「っ! ……わかりました。お任せください。ですからそれまではどうかお休みください」
「ごめんね、ありがとう」
「ミカ、先生を第二校舎の特別病室へ」
「わかった! 任せて!」
ナギサが私の耳に顔を寄せ、私にだけ聞こえる声で伝えてくれる。
「――そこにヒナさんが療養しております」
「! ヒナちゃんが」
「ヒナさんも先生と同じで重体です。治療も済み今は眠っているはずですので様子をうかがってきてもらってもよろしいでしょうか?」
「うん、わかった。見てくるね」
「おねがいします」
ミカに抱えられその場を後にした。
しばらくミカに抱えられていたからか、ほんの少し余裕が出てくる。
「………だれ?」
ナギサに教えてもらった病室に入るとベッドの上で横になっているヒナの姿があった。
「起きてたんだねヒナちゃん」
「!? せんせ――っ!」
私に気が付いたヒナが体を起こそうとした。けれど怪我の影響か起こそうとした直後体が硬直し、苦しそうにうめき声をあげた。
「無理に起きようとしなくていいよ!」
「これくらい、平気よ」
そのままベッドに寝かせようとしたけれど、ヒナはそれを断って上半身を起こした。
「……無事だったのね先生」
「うん」
病衣に身を包んだヒナは、私と同じで至る所に包帯を巻いている。
まさかヒナがここまでの怪我を負うとは思ってもみなかった。原作でもたしかに怪我を負ってはいたがここまでじゃなかった。こんな、体を起き上がらせることすら難しい状態ではなかった。
これも、私が余計なことをしてしまったからなのだろうか。最初から『先生』と同じ動きをしていればよかったのだろうか。……答えは出なかった。
ミカに頼んで椅子に腰かけ、ヒナと向き合う。
「いつ頃目覚めたの?」
「先生の、声で……」
「さっきの放送聞いてたんだ。ちょっと恥ずかしいな」
「……胸を張っていいと思うわ」
「そう? そう言ってくれて嬉しいな」
会話が止まる。重々しい雰囲気が広がり、何を話せばいいのかわからなくなる。
少しの静寂の後、ヒナが口を開いた。
「……ごめんなさい」
「……え?」
ぽつりとつぶやいたヒナの言葉に驚く。
「どうしてヒナちゃんが謝るの?」
「私は、何もできなかった」
ヒナは顔を伏せ、何があったか語ってくれた。
私が攫われた後にナギサとカヤと私を救出するために動いてくれていた事、飛んできたミサイルは撃ち落としたが、本命は防げなかったこと。アリウススクワッドのサオリと戦い、冷静さを失ってヘイローを破壊する爆弾の直撃を受けてしまったこと。
「先生からいろいろ教えてもらったのに、対策だって考えたのに……私は何一つとして役に立てなかった」
「そんなことは――」
「それに……その腕も……」
私の折れた左腕を見て顔を歪め、ギリッと歯をならすヒナ。
「もっと早くに救出できれば。ううん、そもそも私が先生の護衛をしていればそんなことには……」
「ヒナちゃん……」
ちがう。ヒナは頑張ってくれた。限られた情報の中必死にやってくれた。
「ヒナちゃんは悪くないよ。悪いのは私」
「そんなこと――!」
元はといえば私が攫われたことが原因だし、話を聞く限り私がいてもどうにかできたとは思えない。
「私が甘かった、油断してた、警戒が足りなかった」
子供たちを洗脳し、ミサイルを撃ってくるような卑劣な大人だと知っていた。
「ベアトリーチェの危険性は私が一番よく知っていたはずなのに、私は何も行動を起こせていなかった」
そんな大人が私の存在を計算に入れ計画を変えようとするのは予測出来ていたはずなのに。
「前もってベアトリーチェに対抗するための手札を用意すべきだった。そもそもベアトリーチェが行動を起こす前に先手を打つべきだった」
アビドスの一件からそれなりに時間はあったんだ。いろいろと忙しくもあったけど、それでも時間はあった。
「打てたんだ、私は。知っていたんだから。……でも」
私は行動しなかった。出来なかった。
「でも、知っている未来から変わることを恐れていた。変わった世界で何もできない私を直視するのが怖かった」
頭がいいわけでも、力があるわけでもない。私はただの一般人だ。そんな私が唯一持っている武器が原作知識だ。それが使い物にならなくなった時、私は何を持って戦えばいいのかわからなかった。それなのに――。
「怖かったのに、変えてしまった。中途半端に変えてしまった。もしかしたらよりよい未来になるんじゃないかと思って」
ただの一般人である私が生徒たちに頼られる存在になるために、役立つ存在でいるために。『先生』の真似事を続けるために。
「本当により良い未来に変えるためには躊躇したらいけなかった。最初からすべてを変える覚悟でやらなきゃいけなかった。けど自分にとって最大の武器がなくなることを恐れて、それでももしかしたらと、途中で可能性に賭けてしまった。変えてしまった。その結果がこれだよ。私が傷を負ったのも、こんな状況になっちゃったのも、私が中途半端なことをしてアリウスの策にはまっちゃっただけの話だよ」
ヒナは納得がいっていないのか、顔をしかめたままだった。
「だから、その憎しみに振り回されないで」
「――え?」
サオリに負けたときのことを恨めしそうに思い返して話していた。私の折れた腕を憎たらしそうに睨んでいた。そんな様子を見ればなんとなくは察しが付く。
「サオリちゃんになにか言われたんだよね」
「それは……」
ヒナが冷静さを失うなんて考えにくい。きっと、よっぽどのことがあったはずだ。
「写真を……。先生が傷ついて倒れた写真をっ。それだけじゃない! そのときの状況を! 声を! 先生のそのケガを、彼女が――ッ!!」
「うん。この怪我はサオリちゃんにつけられたものだよ」
「「――ッ!」」
私の言葉にヒナは怒りで体を震わせている。
ヒナだけじゃない。後ろで控えているミカも同じだった。
「私はアリウスで、拷問を受けた。殴られた、蹴られた、腕も折られた」
「だったらっ! ……だったら、なんで先生はそんな風に落ち着いていられるの?」
「サオリちゃんも、私の大切な生徒だから」
「「!?」」
私の言葉にヒナが目を丸くする。おそらくミカも。
「そんな風に、傷をつけられても……?」
「うん」
「腕を、折られても……?」
「うん」
「先生は、彼女を許すの……?」
「許すもなにも、私はサオリちゃんのことを恨んでないからね」
「なんで、そんな……」
私はサオリのことを知っている。ミサキのことを、ヒヨリのことを、アツコのことを。アリウスの子たちを知っている。どんな環境で生きてきたのかを。
だから、恨まない。恨めない。あの子たちのことを。小さな力を合わせて生きてきた子供たちのことを。
「私には、出来ない」
「別にサオリちゃんのことを許してあげてって、押し付けるつもりはないよ」
私だって原作の知識がなければ恨んでいただろう。もしくはトラウマになっていたかもしれない。
「私のことを思ってくれてありがとう。私のことで怒ってくれてありがとう。でも、それはダメだよヒナちゃん。その憎しみをぶつけちゃったら、止まらなくなっちゃう」
憎しみの連鎖だけはつなげちゃいけない。ヒナが恨まれるところなんて、見たくない。
「おねがいヒナちゃん。難しいかもしれないけど、辛いかもしれないけど……。それでも彼女たちのことを知ってほしい」
ひどいお願いをしている。自分勝手が過ぎる。
これが本当に『先生』としてすべきことなのか、わからなくなる。
「…………もしかして先生、彼女たちは……いつか……」
「うん」
ヒナの濁した言葉の真意をくみ取って肯定する。
「………………そう」
少しの沈黙の後、ヒナは目を伏せ、顔の力を抜いていく。
「今は、考えないようにするわ」
「ありがとうね、ヒナちゃん」
右手を伸ばしヒナを抱き寄せる。左手が動かせず抱きしめることが出来なくて少しもどかしい。
「少し、眠るわ」
「おやすみ、ヒナちゃん」
数分もたたないうちにヒナから寝息が聞こえ、そっと横にして布団をかけた。
残酷だね。